20年5月天秤棒No78

早朝出勤に切り替えた、サラリーマン
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に何時もの様に午前5時30分過ぎに到着して、街宣用具の荷卸しと設置。
その後駅前周辺の清掃を始めた直後の午前6時前に馴染みの30代のサラリーマンと話になった。
えー、こんなに早くから出勤ですか、と尋ねたら、早くに出社して仕事をした方が効率的に出来るのでそうしている、との返事だった。
そして、午後5時には退社して電車内でのコロナ感染予防のため過密化が避けられる、とやっているが、実は結構夕方の電車は混んでいる、との話だった。
私も午前4時30分すぎには起床して、駅立ちに毎日臨んでいるが、議会質問の準備や急ぎの原稿書きのためパソコンに向かわざるを得ない時の早朝の時間帯は頭が冴えている気がしているので、早朝のデスクワークもそうだろうと、思った。
ただ、最近コロナ対応のため時差出勤が増えているのだが、夕方の電車が結構込み合っているとの話を多くの市民から聞く様になっている。午前7時頃サラリーマン風の方から、声がかかった。何時も楽しみに市政レポートを読んでいますとの、嬉しい話だった。
そして、先週はご苦労様でしたと付言された。えっーと何の事を指摘されているのか、一瞬戸惑っていたら、私の事わかりますか、と尋ねられた。直ぐに返事が出来なかったため、越谷市役所の課長だと、話された。
確かに先週は3月議会開催中であり、管理職の方は議会答弁等の仕事に就いておられる。
しかし、何時も市政レポートを受け取って頂いているにも拘わらず、認識が出来なかった失礼な対応に恥かしくなりながら、いってらっしゃいと見送った。
午前8時30分過ぎ市政レポートの配布を終了して、街宣用具を肩づけていたら20年来の知人で大手運送会社の幹部役員の男性と話になった。
何時も市政レポートを読ましてもらっているが、激しく変化している社会の中で、通常では知りえない情報が掲載されているので、役にたっています、と感想を頂いた。
5期17年間月2回のペースで発行、配布して来た市政レポートは、単なる私の活動の宣伝や政策の押し付けにならない様に留意して来た。しかし同時に私の考え方、データーの見方等を出来るだけ分かり易く掲載して来たつもりだ。
だからこんな風に受け取って頂いているのは、目的に沿った反応を聞くことが出来た朝だった。          (3月17日)

握手ではなく、グーでの挨拶に変更
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り駅前清掃の後、午前6時前から市政レポートの配布を始めた。
午前7時過ぎ馴染みの中年サラリーマンの方が何時もの様に笑顔で歩いて来られた。
そして毎回握手のあと、市政レポートを受け取り、時には1000円のカンパを頂いて来た。
しかし、今朝は違っており、私から握手しようと手を出したら、コロナ感染対応のためグーでのタッチを求められた。
そうですね、接触感染の予防ですね、とお互い笑顔でグータッチ。
その後、旧知の中年女性で看護師をされている方から声が掛かった。
こんな時期に駅頭、大変ですね、(コロナ対応で通常の生活や仕事が継続で出来なくなっている)と労いの言葉をかけて頂いた。そして、1000円のカンパを頂いた。
何時もありがとうございます。大切に使わせて頂きます。気を付けていってらっしゃいと声を掛け見送った。
午前8時過ぎ、今年東京電機大学を卒業し、鉄道を始め道路敷設の会社に内定が決まった馴染みの学生と話になった。
コロナの影響で大学の卒業式はどうなりましたか、と尋ねた。(市内の小中学校の卒業式は旧来とは様変わりして、在校生や来賓等の出席を制限する中、卒業証書の手渡し行われた)
すると、卒業式そのものが中止となり、そのため卒業証書は郵送で卒業生の自宅に送られて来た、との返事だった。
大学の卒業式では、恒例の学長のアカデミックな挨拶(最も近年ではそれも少なくっているようだが)や卒業生を代表しての首席者の答辞が名物ではあったが、何ともさびしい限りとも思いが走った。
(3月19日)

コロナ感染の影響がいたるところで
今朝の駅立ちは、午前5時前ににせんげん台駅西口に到着して、午前5時30分前から市政レポートの配布を開始。これから午前8時30分すぎまでの3時間の活動が続く。
午前6時前、都内のタクシー会社に勤務して仕事明けにせんげん台駅から帰途に就く、中年の運転手の方から元気な声で、おはよう、ご苦労さん、と何時もの様に声が掛かった。
そして何時もの様に、今日の売り上げはどうでしたか、との私の挨拶がわりの言葉にその時々の収益の状況で返事を頂いて来た。
今回の返事は、さっぱり売り上がない、と少し自嘲気味の反応だった。
そうですか、やっぱりコロナの影響が露骨に出でいますね、応答した。
午前8時過ぎ、旧知の40代の社員教育、セミナー講座を運営する経営者と話になった。
やはりコロナの影響で、3月は新入社員のための啓発セミナー開催で、1年の内最も忙しい時期にも拘わらず、3月は今日の1件だけしかない、との会話になった。
笑顔ではあったがその顔に気落ちした様な雰囲気を感じた。いやー本当に厳しい状況ですよ、と応答しながらエスカレーターを昇って行かれた。
             (3月31日)
夜来からの雨のため、今日は中止
今朝は、昨日から激しく雨が降り続き、せんげん台駅東口での駅立ちは中止した。
平日に天候不良のため駅立ちを中止することは時々あるのだが、雨だけでなく今朝は猛烈な寒さに襲われる朝となった。
すでに習慣になっているので、午前5時まえには起床しており、朝食を取る午前9時ころまでは、パソコンと向き合い、メールやフェースブックやツイッターの読み込みや書き込みの時間が取れるため、有効な時間帯となっている。
中止したせんげん台駅東口前には、障がい者や妊婦の市民のための停車スペース設置の陳情を受けて、先般実現したことを以前、市政レポートに掲載した。
この設置の担当課である、越谷市道路総務課の課長さんから、3月議会中に開催された建設常任委員会の審議終了後に、遠くからも見えやすい様に表示版の設置を検討して来たが、近々設置するとの報告を受けた。
ただ表現をどうするのか随分検討した結果「福祉専用乗降場」との看板表示となった、との経緯も説明して頂いた。
早速現場を確認したが、確かにこのスペース利用者にはより分かり易くなっていた。
また一つユニバーサルデザインに沿った設備が実現した。
これで市内6駅全駅での停車スペースが確保された。
             (4月1日)


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Index 
□ #検察庁法改正案に抗議します 
史上最大のオンラインデモ その最初のつぶやき

□ コロナ関連のお知らせ
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#検察庁法改正案に抗議します 
史上最大のオンラインデモ その最初のつぶやき
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3日の間に500万以上のツイートと、史上最大のオンラインデモとなった
#検察庁法改正案に抗議します
その最初の小さな声をあげた人のブログ

https://note.com/fuemi/n/n56bdee1d8725

「安倍政治」時代に、制度の外側で芽生え始めた民主主義が可視化されつつあり、
その担い手の「顔」が見えつつある。

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□ コロナ関連のお知らせ
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●コロナ危機で困っているシングルマザーと子どもに支援を

https://www.hitorijanai.org/

●給食がなくなり、飲食店が閉店。生産者を応援するために
ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
二本松農園  https://www.nihonmatsu-farm.com/
二本松農園では地域の生産者さんたちと力を合わせて、生活困窮家庭に食料を届ける活動も行っています。

http://nihonmatufarm.blog65.fc2.com/

●新型コロナウイルス支援情報まとめ

https://covid19.moneyforward.com/personal/supports?page=2

●仮設の映画館
閉鎖せざるをえないミニシアター、収益を得られない制作サイド、映画を見られない観客のために、オンラインで映画を配信、収入を劇場と配給で分配する。

http://www.temporary-cinema.jp/

プリズン・サークル
罪を犯した若者たちが自らと向き合っていく過程を描く圧巻のドキュメンタリー。

https://prison-circle.com/

●「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ
最近話題のカミュ「ペスト」の書評(津村記久子)。
新潮社Webマガジン「考える人」より

https://kangaeruhito.jp/article/14028

●小川淳也議員のドキュメンタリー映画!
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
6/13よりポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町などで公開予定

http://www.nazekimi.com/

小川議員へのダメ出しのようなタイトルだが、見終わって気づく。
問われているのは、有権者である私たちなのだと。
(上西充子 国会パブリックビューイング代表/法政大学教授)


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石津美知子
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Index 
□ パンデミックと大災害の時代に問われる民主主義の復元力と社会のあり方
―〝いのちとくらし〟そして政治

●「コロナ後」にむけて問われる「いのちとくらし」のあり方
●「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」か、
緊急事態にこそ「民主的な参加と自発的行動」を高める社会か

□ 5/9総会はオンラインで開催

□ コロナ禍を生き延び、「コロナ後」を考えるために
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パンデミックと大災害の時代に問われる民主主義の復元力と社会のあり方
―〝いのちとくらし〟そして政治
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【「コロナ後」にむけて問われる「いのちとくらし」のあり方】
 新型コロナウイルスは依然として、猛威をふるっている。最初に感染が確認された中国・武漢では都市封鎖は解除されたものの、健康診断なみのPCR検査によっても把握できない無症状感染者が存在するなど、地雷原を行くような状況だという。強力な都市封鎖を行ってきたヨーロッパでも規制の緩和が検討され始めているが、「出口」についてはきわめて慎重だ。ドイツのメルケル首相は、少なくともワクチンが開発されるまでは「ウイルスと共存する」ことが必要だと述べている。
 第一次大戦末期からのパンデミックであるスペイン風邪は足掛け三年、二回の波を経て感染拡大が収まったという。「ウイルスと共存する」長期戦を生き抜く準備はあるか、が問われている。

一方アメリカでは、再選にむけてトランプ大統領が経済活動の再開を急いでいる。強制を伴う都市封鎖を行ったヨーロッパでは、さまざまな生活保障がセットになっていたが、アメリカでは都市封鎖が直ちに失業に直結する。感染症の脅威によってあらわになった、医療体制や保険制度も含めた社会の脆弱性は、長期戦に耐えられるものではないだろう。
まさに「ヒト社会のあり方が感染症を選択する」(長崎大学熱帯医学研究所教授・山本太郎 中央公論4月号)。コロナが危機をもたらしているのではなく、元々あった社会の脆弱性がコロナによってあらわになっている。その脆弱性を直視しないままコロナ以前に戻すのでは、「ウイルスと共存する」長期戦を生き抜くことはできない。

「長期戦は、多くの政治家や経済人が今なお勘違いしているように、感染拡大がおさまった時点で終わりではない。パンデミックでいっそう生命の危機にさらされている社会的弱者は、災厄の終息後も生活の闘いが続く。誰かが宣言すれば何かが終わる、というイベント中心的歴史教育は、二つの大戦後の飢餓にせよ、ベトナム戦争後の枯葉剤の後遺症にせよ、戦後こそが庶民の戦場であったという事実をすっかり忘れさせた」(藤原辰史 朝日4/26)。
コロナ禍をどう生き延びるのか。その生き延び方が、「コロナ後」の社会のあり方を左右することになる。

封鎖下の武漢での人々の生活や死の悲しみを「武漢日記」というブログにつづった作家・方方は「武漢の人々のこの惨状を見ていると、強い憤りと悲しみを感じます。この事態が収束した後、彼らの死が無駄になってしまうのではないかと不安に思っています。私は生きている人々が、(自分たちの)利益のために、死者が何のために亡くなったのか軽んじてしまうのではないかと心配しています」と、中国メディア「財新」の取材に答えている。
しかし感染拡大を抑え込んだとする中国政府は、国民に対して感謝を求め、医療支援をした外国にも称賛を求めているという。それに呼応するかのように、ネットでは「武漢日記」の海外での出版が決まった方方に「売国奴」との罵声が浴びせられている。

朝日新聞編集委員・吉岡桂子は、北京に住む作家・閻連科の香港科技大学での方さんに触れた講義を紹介する。
「新型コロナとの戦争に勝利したと、国家がドラや太鼓を鳴らし、大騒ぎを始めるとき、そんな空っぽな歌を一緒に歌うような物書きではなく、自らの記憶を持つ偽りのない人間でいてほしい」(朝日4/25「多事奏論」)。
コラムはこう結ばれている。「おぼえていよう。目の前で起きていることを。コロナ禍の中で編まれつつある歴史の手綱を、握りしめておくために」。

コロナ禍は「いのちとくらし」そのものを直撃するがゆえに、どう生き延びるかは、それぞれの人や地域の「いのちとくらし」のあり方そのものを問う。国家が鳴らすドラや太鼓に惑わされないだけではなく、コロナ禍で問われる「いのちとくらし」の記憶を持つ、偽りのない人間であるとはどういうことか。

戦時下でも少なくない人は、大本営発表を信じていなかった(ジャーナリズム2019/6 辻田真佐憲)。しかし、そうやって生き延びた後の焼け野原から始まった戦後は、消費者民主主義の爛熟と破局―失われた30年に帰結した。「国家が鳴らすドラや太鼓」への不信だけでは、社会を変える力にはならなかったということだ。
3.11でも「コンセントの先」に気づかされ、暮らしのあり方を変え始めた人も一部にはいるが、社会を大きく変えるまでには至っていない。

感染拡大を防ぐためには、人との接触を抑えることが必要になる。しかし例えば学校を休校にして子どもを家庭で見なければならなくなれば、多くの場合、母親が仕事を休んだり減らしたりしなければならず、女性の比率が高い医療や介護、保育、小売などのいわゆるエッセンシャルワーク(社会生活の維持に不可欠な業務)に支障をきたすことになる。じつは「コロナ前」から、学校も病院も保育園も介護も物流も、ギリギリの状態で何とか回していたのだ。

あるいはテレワークが推奨されているものの、それができるのは正社員だけで、派遣社員は出社を求められるという構図もある。飲食店が「自粛」すれば、アルバイト学生が小遣いではなく、ただちに学費や生活費に困って学業を続けられなくなる。風俗店での仕事を失った若者がネットカフェからも締め出されて路上生活となった挙句、所持金も尽きて強盗を働いたという事件は、コロナとの長期戦を生き抜く社会のあり方を問う。(「コロナ後」には生活に困った女性が新たに風俗で働くから、それを「楽しみ」に今は自粛しようと有名タレントがラジオで発言した。こんな「地獄」を、「コロナ後」の常態にさせるわけにはいかない。)

それまで「常態」と考えられていたことが、コロナ禍で社会の脆弱性としてあらわになっている。そのなかで問われる「いのちとくらし」のあり方。最前線で献身的に働く医療関係者はもちろん小売や物流、農水産業者、外国人労働者など、私たちの日常生活は多くの人々に支えられている。その自分たちのくらしが、どれだけ他者を犠牲にせずに成り立っていけるかを考えることでもある。その自らの記憶をしっかり見据え、そこからコロナ後の「いのちとくらし」のあり方、〝私たち〟のあり方を模索していこう。

製造した東南アジアでは衛生用品としての基準を満たしていないため「布製品」扱いだったものが大量に混入した「布マスク」を、466億円かけて配布するという無能な政府(しかも公共調達にもかかわらず、その随意契約の情報も明らかにされない)。しかしその政府に対する不信だけでは、俗耳になじむことを声高に叫ぶポピュリストや違う形の「やっている」感に、お任せ先を変えることにしかならない。

「いのちとくらし」のあり方を問うことを基盤にした、民主主義の復元力が問われている。
内田樹は「月刊日本」のインタビューの最後にこう述べている。
 「(カミュの)『ペスト』では、猛威を振るうペストに対して、市民たち有志が保健隊を組織します。これはナチズムに抵抗したレジスタンスの比喩とされています。いま私たちは新型コロナウイルスという「ペスト」に対抗しながら、同時に独裁化という「ペスト」にも対抗しなければならない。その意味で、『ペスト』は現在日本の危機的状況を寓話的に描いたものとして読むこともできます。

 『ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人のグランです。昼間は役所で働いて、夜は趣味で小説を書いている人物ですが、保健隊を結成したときにまっさきに志願する。役所仕事と執筆活動の合間に献身的に保健隊の活動を引き受け、ペストが終息すると、またなにごともなかったように元の平凡な生活に戻る。おそらくグランは、カミュが実際のレジスタンス活動のなかで出会った勇敢な人々の記憶を素材に造形された人物だと思います。特に英雄的なことをしようと思ったわけではなく、市民の当然の義務として、ひとつ間違えば命を落とすかもしれない危険な仕事に就いた。まるで、電車で老人に席を譲るようなカジュアルさで、レジスタンスの活動に参加した。それがカミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったんだろうと思います。
~中略~「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなければならない。私はそう思います」

http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

【「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」か、
緊急事態にこそ「民主的な参加と自発的行動」を高める社会か】

 新型コロナウイルスにどう対処するかは、各国の民主主義や社会の強靭さをはかるものともなっている。とくに今回はIT技術をどう使うかが、「コロナ後」の民主主義のあり方にも大きくかかわってくるだろう。

 中国はコロナ前から、街中の監視カメラで交通ルール違反者をチェックし、それを個人の「信用スコア」に反映することで違反が減る、といったような「幸福な監視社会」を築いてきた。今回も都市封鎖とともに、こうした監視システムを徹底活用して人の移動を管理することで、感染拡大を抑え込んだ。治安や安全、効率が向上するならOKと、国家による市民の監視・統制の強化はコロナ前からおおむね受け入れられていた。
 だが新疆ウイグル自治区では、こうした監視システムは民族弾圧に「有効に」使われている。また人権活動家などの監視や摘発にも活用されている。自分たちさえ安全なら、今さえよければ、という消費者主義は「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」(東浩紀 AERA.dot 4/16)と地続きだ。そしてこれは中国だけの話ではない。

 韓国は当初、感染者が中国に次いで多く対応に苦労したが、徹底した検査と隔離、ITを活用した感染者の追跡を行って感染拡大をコントロールし、コロナ下でも総選挙を予定どおり実施した。今のところ選挙を契機とした感染拡大は起こっていない模様だ。
 韓国政府の原則は「開放性と透明性、民主的で自発的な参加」。スマホの位置情報やクレジットカード、交通カードの利用履歴、街頭の監視カメラなどの情報を組み合わせて、(個人が特定されない形で)感染者の動線を瞬時に公開することで、市民の自発的行動を促した。  IT技術によって監視と統制を強めるのではなく、徹底した情報公開による市民の自発的参加が促進された形だ。背景には、現在の政権が民主化運動によって誕生した政権であり、いろいろ不満はあっても透明性に対しては一定の信頼があるということがある。(本号・李鍾元教授インタビュー参照)

台湾も早期の対応によって感染拡大の防止に成功している。ここでもITが活用されているが、よく知られているように、行政府として積極的にITテクノロジーを活用しているのは、「ひまわり運動」にも参画した唐鳳氏だ。
「偽情報の多くは中国本土から配信されている。にもかかわらず、台湾では独立派の政治家の支持率が上昇している。唐氏はここに政治家と市民の相互関係があるとみている。政治家が一般市民の政治への直接参加の機会を広げれば、市民は政府への信頼をより強めるのだ。ソーシャルメディアが『偽の敵対感覚』を生む以上に、台湾では分散化技術を通じて人々が『現実を共有している感覚を持てる』ようになってきたと唐氏は言う」(ラナ・フォルーハー 日経2/21)

 政府に対する信頼とは、単なる「お任せ」ではないし、自分さえよければ、今さえよければという消費者民主主義でもない。韓国、台湾はともに民主化の歴史が世代をこえて受け継がれている。その社会の記憶によって、政府や政治家と市民との相互関係(批判と信頼)が成り立っている。
コロナの対応をめぐって政府への信頼が高まっているのは、西ヨーロッパ諸国も同様だが、ここでもスペイン風邪やレジスタンスをめぐる社会の記憶――「国家が鳴らすドラや太鼓」に対する不信にとどまらない「いのちとくらし」の記憶――がある。

先進国では唯一、日本だけがこの危機でも政府への信頼は高まるどころか低下している。政府の無能さのゆえではあるが、社会の信頼はどうか。同調圧力や忖度、隣組的発想に抗する、「いのちとくらし」のあり方を問うところからの連帯は可能なのか。

ITを活用した感染対策としては、シンガポールが開発した技術も注目されている。位置情報を使うのではなく、近距離無線通信を使って至近距離にいた人を感知、記録することによって、感染者と接触した人を追跡して隔離することができると期待されている。このアプリは強制ではないが、四割の人がダウンロードすれば効果を発揮すると言われており、オーストラリア政府が導入を決定、日本でも実証実験を始めるという。
やはりここでも課題は、政府に対する信頼だ。オーストラリア政府は導入にあたって個人情報の暗号化をはじめ、保健衛生当局以外はアクセスできないなど、厳格な個人情報保護策を講じるとしているが、それでも市民からの懸念が生じている。ましてや日本のように公文書の破棄や偽造、隠蔽、身内の利権・縁故主義がはびこる、「やっている」感さえ演出できなくなった政府では、誰が進んでアプリをダウンロードするのか。

またシンガポールは3月までは、台湾とともに感染拡大を防いだ優等生とみなされていたが、いまでは東南アジアで最悪の感染者数となっている。政府は早くから感染対策を進めてきたが、人口580万人の都市国家に100万人以上いるといわれる外国人出稼ぎ労働者は、その対象ではなかった。
低賃金の外国人労働者の多くは郊外の宿舎に密集して暮らしており、「社会的距離」を保てない宿舎で爆発的な感染拡大が起きかねないとの警告は、当初から発せられていた。医療へのアクセスも難しい環境だ。最近拡大する感染者のほとんどは、こうした外国人労働者だという。快適な日常生活を支えるうえで不可欠な外国人労働者を「不可視化」してきた結果にほかならない。

「シンガポールの現状は、パンデミックの際に疎外された人々を無視したらどうなるかを示唆している。積極的な濃厚接触者の追跡、広範な検査、しっかりした医療制度、厳格な隔離措置を実行できる効率的な政府──この国の新型コロナ対策は、他国から見たら羨ましくて仕方がない。それでも社会的弱者への目配りを欠いた状態では、十分な効果を発揮できない」(ニューズウィーク日本版 4/27 クロエ・ハダバス

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/post-93253_2.php)。

 コロナ禍であきらかにされた社会の脆弱性を放置すれば、「コロナ後」には社会の底が抜けることになりかねない。長期戦を生き抜くなかでこそ、社会の脆弱性を克服するための「コロナ後」の社会を構想しよう。

(日本再生492号 一面より)
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□ 5/9総会はオンラインで開催
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5/9に予定していた総会は、オンラインで行うことにしました。
下記、よろしくお願いします。

【日時】
5月9日(土) 10時から13時まで
Zoomというオンラインミーティングの無料ソフトを使います。(Yさんのご厚意です。)
参加はメールにて事前登録。登録されたメールアドレスにミーティング用のURLを送信しますので、それを使ってアクセスします。

必要なもの:パソコン(マイク、カメラ)またはスマホ  ネット接続環境
スマホの場合はバッテリー、通信容量に制約があるのでご注意を

【How to】
① 参加者は5月8日 18:00までに下記あてメールで連絡を。
ishizu@ganbarou-nippon.ne.jp 
連絡先のメールに、5/9ミーティング用のURL、ID、パスワードなどを送信します。

② 「活動報告」「感想 意見」などをメモ程度でもよいので事前に送っていただくと、当日の議論がよりスムーズに進むと思います。上記までお送りください。参加予定者に転送・回覧します。

③ 5月9日9:45から会議室を開けます。メールにある「Zoomミーティングに参加する」というURLをクリックすると入室できます。(URLをクリックすれば、ID、パスワードは必要ありません。Zoomのアカウントを作成する必要もありません。)

参考 Zoomで会議に参加する方法

https://zoomy.info/manuals/what_is_zoom/

*5/9ミーティング用のURL、ID、パスワードは、5/8に送信します。
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□ コロナ禍を生き延び、「コロナ後」を考えるために
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●アベノマスク 不要だという方は寄付することもできます。
不要なアベノマスク寄付先まとめ

https://cococarenote.com/4958.html

●給食がなくなり、飲食店が閉店。生産者を応援するために
ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
二本松農園  https://www.nihonmatsu-farm.com/

●新型コロナウイルス支援情報まとめ

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●「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ
最近話題のカミュ「ペスト」の書評(津村記久子)。
新潮社Webマガジン「考える人」より

https://kangaeruhito.jp/article/14028

●小川淳也議員のドキュメンタリー映画!
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
6/13よりポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町などで公開予定

http://www.nazekimi.com/

小川議員へのダメ出しのようなタイトルだが、見終わって気づく。
問われているのは、有権者である私たちなのだと。
(上西充子 国会パブリックビューイング代表/法政大学教授)


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Index 
□ 総会中止のお知らせとメッセージ

□ コロナ関連のお知らせ
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□ 総会中止のお知らせとメッセージ
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5月9日に予定していた「総会」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中止します。時期を見て改めて開催する予定です。

今回の感染症との戦いを、どう生き延びるか。その「生き延び方」が、「コロナ後」の社会をどうつくっていくかを、大きく左右することになると思います。
あまりよい例えではありませんが、戦略と呼べるものもないまま、方向性もバラバラで、「戦力の逐次投入」を繰り返す、ということが今回も行われています。ツケを回される現場は疲弊しきっていますが、一方でアベノマスクをほどいて作り替えたり、クリアファイルを切り抜いてフェイスシールドもどきを作ったり、アルコール度数の高いお酒を消毒用にしたりと、涙ぐましい工夫がされているのをみると、乏しい配給でやりくりしていた戦時下の暮らしも、もしかしたらこうだったのかとも思います。

そうやって生き延びた後に焼け野原から始まった戦後は、しかし消費者民主主義と「失われた30年」に帰結しました。少なくない人は大本営発表を信じてはいませんでしたが、不信だけでは社会を変える力にはならなかったということです。
また3.11でも「コンセントの先」に気づかされ、暮らしや生き方を変え始めた人もいますが、社会を大きく変えるまでには至っていません。

今回のコロナ禍は、「いのちとくらし」そのものを直撃するがゆえに、どう生き延びるかは、それぞれの人や地域の「いのちとくらし」のあり方そのものを問うものでもあります。
コロナ以前を「常態」と考えるなら、「コロナ後」はショックドクトリンによって、〈グローバル化×新自由主義×デジタル化〉を際限なく推し進める世界になりかねません。
コロナ以前を検証し、そこから新しい現実へと転轍するために、どう生き延びるか。ここ数か月(年単位かも)の感染症との戦いにおける「時間の使い方」は、21世紀初頭の私たちの社会のありかた―いのちとくらしのあり方―を方向づけるものになるはずです。

総会では、こうした問題設定を共有する予定でしたが、とりあえずstay at homeの時間を使って、以下をご参照ください。

●非常事態と立憲主義
「日本再生」491号 一面
感染症と文明社会 山本太郎 中央公論4月号
パンデミックを生きる指針 藤原辰史 B面の岩波新書
file:///C:/Users/ishiz/OneDrive/デスクトップ/バンデミックを生きる指針.pdf
緊急事態とエコロジー 西谷修 世界5月号
民主主義の抑制が問われる21世紀の政治思想 山本龍彦・東浩紀 中央公論4月号

●経済のすがた
もし君が首相になりたいと言うならば 金子勝 世界4月号
政権交代が必要なのは総理が嫌いだからじゃない 田中信一郎 現代書館
資本主義の新しい形 諸富徹 岩波書店

●社会を変える社会運動と自治
いま私たちは何をなすべきか 宮本憲一 世界4月号

●共通の〝参照点〟としての民主主義
ヨーロッパでは今回の社会防衛の戦いは「第二次大戦以来の~」と、よく表現されます。医療崩壊の危機にあったイタリア北部では、ファシズムに抗したパルチザンの経験が語られたといいます。非常時だからこそ民主主義を機能させる。その基礎には、その社会が共有する〝参照点〟としての民主主義の歴史的経験と集積があります。

試される民主主義(上・下) ヤン=ヴェルナー・ミュラー 岩波書店
民主主義 1948-53中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版 西田亮介・編 幻冬舎新書
 

*4/11シンポジウムで議論するはずだった国際協調や国際的な立憲主義のありかたについては、また改めて

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□ コロナ関連のお知らせ
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●アベノマスク 不要だという方は寄付することもできます。
不要なアベノマスク寄付先まとめ

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ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
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●新型コロナウイルス支援情報まとめ

https://covid19.moneyforward.com/personal/supports?page=2

*これから配られるであろう「一人10万円」も、堂々と受け取って、家賃や光熱費の足しにしたり、なじみの飲食店でおいしいものを食べたり、推しのCDやYouTube配信に使ったりしましょう。新しい現実に向かって生き延びるための社会運動に寄付することもできます。布マスク2枚に400億円を使うマヌケな政府から、一人10万円を取り返して、私たちの社会のために使いましょう。


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(20.4.9)
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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□新型コロナをめぐって問われる民主主義の力と
「コロナ」後の社会のありかたにむけて

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 新型コロナをめぐって問われる民主主義の力と
「コロナ」後の社会のありかたにむけて
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東京をはじめ7都府県に緊急事態が発令されました。
欧米のような都市封鎖や罰則を伴う行動規制が行われるわけではありませんが、ある意味では「それだからこそ」、お任せ民主主義、消費者民主主義のままでは不信や無責任が、さらに蔓延することにもなりかねません。

新自由主義を推進したイギリスのサッチャー首相は、「社会などというものはない。あるのは国家と家族だけだ」と言いましたが、新型コロナウイルスに感染した同じ保守党のジョンソン首相(容体は安定しているとのこと)は、「今回、社会というものが本当にあることが分かった」と述べています。

国家ではなく、社会の一員である主権者としての視点を獲得するうえで、参考になると思われる資料をご紹介します。

「感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿

http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/)。

《疫学的対策の観点から》
コロナ対策に今のところ「正解」はありません。日本は中国式でもなく、韓国式でもなく、欧米型の都市封鎖でもない、クラスター対策という対処法をとっていますが、それはなぜなのか。あるいは、このラインが突破されたときには「どうなりうるのか」、なぜ「三密を避ける必要があるのか」などについて、信頼できる専門家の知見に基づく理解は不可欠です。

●COVID-19への対策の概念 

https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf

押谷仁 厚労省対策推進本部 クラスター班

●「東京は手遅れに近い、検査抑制の限界を認めよ」
ダイヤモンドオンライン https://diamond.jp/articles/-/234205
渋谷健司 WHO事務局上級顧問

●新型コロナ対策の隠れた最前線 保健所の悲鳴

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-hokenjo

《民主主義の復元力と「コロナ後」の社会のために》

●人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を
ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿

http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/

●権威ではコロナを抑えられない 過去の教訓を生かした韓国の対策

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-140-20-04-g734/3

徐台教

●緊急提言!「命」とともに「いのち」を守れ/中島岳志×若松英輔×保坂展人
緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(上)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020040600007.html

●野党は今こそ「もう一つの自民党」でなく「別の世界」を示せ
中島岳志×若松英輔×保坂展人
緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(下)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020040600009.html

●なぜ私たちは「一斉休校」を批判しながら「緊急事態宣言」を待ち望んでしまったのか

https://bunshun.jp/articles/-/37092

「自粛」というユルイ対策が効を奏しなかったときに、「緊急事態宣言」では物足りなくなって、より「強い独裁」を求める世論が湧き上がる懸念。世論の後押しで、ドロ沼の戦争に突き進んだ時代の教訓を生かせるのか。


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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PDFファイル⇒20年3月天秤棒no77

蒲生駅前の灰皿の撤去と受動喫煙
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時30分前に到着して、街宣用具の設置、そして何時もの様に駅前清掃に取り掛かった。
この駅は東武鉄道とJR鉄道の駅が交差した市内の駅の中で一番乗降客が多く、しかも近くに歓楽街が明け方まで営業している。
そのためタバコの吸い殻を始め空き缶やペットボトルの飲料水やファーストフードの包紙や、食べかけた物までも散乱していることが多々ある。この様なごみが広く落ちているため6駅の中では清掃に一番の時間が必要とされる。
その清掃を終えて、市政レポートの配布を始めて午前8時過ぎ、中年男性から声が掛かりペットボトルとサンドイッチの差し入れを頂いた。そして地方議員はむなしい仕事ですね、と話されて、駅改札に向かわれた。推測するに地道に
頑張っていても、国会議員の様に目立つわけではなく、評価が低い仕事ではないのか、と言う意味ではないのかと思った。
市政や政治に元々興味がない市民、関心があってもあまり期待していない市民にとってはそうかもしれない。しかし日々のくらしや政治の中で矛盾や不条理に対して何かを感じている市民は沢山おられるのだが、議員との対話や接触がなく、あっても府に落ちる説明を聞くことが出来ない気分の市民も多くおられる。
だからこそ、何とか社会や市政の問題や解決策を考える材料を提供し続ける事に徹して16年が経過している。
どれほどの評価があるのかは、市民の側の受け止め方なので、私は少なからず主権者として、参加、行動する市民がおられるので、それを信じて活動を続けている。
午前8時30分過ぎ、蒲生駅から南越谷駅を利用されている馴染みの男性と話になった。昨年来お願いされていた蒲生駅東口に設置されている灰皿の撤去の事で、2月18日付で撤去が実行されるとの事で、そのお礼の言葉だった。
駅前の灰皿の撤去の陳情はせんげん台駅を始め、北越谷駅等これまで何年にもわたり受けており、これで全駅での撤去が実行された事になる。受動喫煙問題が社会問題化されており、市役所本庁舎の建て替えに際して市議会フロアーに喫煙所を設ける当初案も、市議会代表者会議での論議の中で、異論が出され結局設置しない事に変更された経緯もあり、飲食店等での禁煙禁止も広がっている。
              (2月4日)

新型コロナウィルスによる影響
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から市政レポートの配布を開始した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの30代のサリーマンの方とお会いした。何時もはもっと遅い時間にお会いするので、今日は随分早い出勤ですね、と声を掛けた。すると、えー時差出勤のためです、との返答だった。あーコロナウィルスのためですね、と応答しいってらっしゃい、気を付けてと声を掛け見送った。
午前7時30分過ぎ、同じ様に馴染みの中年サラリーマンの方とコロナの話題になった。
(裏へ)
すると、この男性は空調の会社に勤めておられるが、ウィルス菌の除去を徹底するとなるとビル全体の空調設備のメンテナンスに繋がり大変な事態になるかもしれない、との心配の声だった。
未知の病原菌との接触や治療の問題であり、小中学校の卒業式も通常通り開催されるのか、不安視されている状況であり、更に影響が広がって行くことが予想される。(2月18日)       

マスクを何とかしろ、と怒鳴る市民
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で午前6時前から開始した。
この駅は、東口に比べると乗降客が極めて少ない駅で、しかも出入り口が広いため余計に少なく感じる駅だ。
それでも、この16年間欠かさずに、駅立ちに取り組んで来た駅で、かつては見ず知らずの20代前半と見える女性から午前6時過ぎに良く冷えた缶ビール、しかもロング缶の差し入れを頂たり、羽田空港行きのバス停が駅前にあるため旅行用の大きなボストンバックを抱えた旧知の市民に出会う事もある駅だ。
午前8時過ぎ自転車で東口からきた高齢男性が(そもそも駅構内は自転車での通行は禁止されているのだが)、私の目の前を通り過ぎた途端、そんなことをやっているだったら、マスクを何とかしろ、と怒鳴りながら走っていった。
エー何ですか、と聞き返したら、マスクだよ、マスクと停車することなく、また捨て台詞。
あーだったらまず政府に行って下さい、と声を掛け会話をこころみたが、すでに遠くに走り去っていかれたので、その反応は分からなかった。
最近出来うる限り、この様なマイナスの市民の反応にも、何とか話そうと心がけてはいるが、相手は全く会話の意思はなく、何時も後ろ姿での捨て台詞が定番となっているため、実行出来ていない。
店頭でマスクの品切れ状態が続いている事は事実だし、異常事態だ。(デマが流れトイレットペーパーの買い占め騒ぎも起こっている)
だからこそ人と人の関係性を円滑に進めて行く姿勢が必要で、不満をぶつけることでは何も解決しない。
むしろ事態を悪化させることにもなりかねない。そんな話や気持ちを聞きたかったのだが。
誰も話し相手がいないため、不満を議員にぶつけ何を言っても構わないと思っている市民も多く、だからこちらが説明や反論をしようとすると逃げる様に去って行く市民は、残念だが近年増えている様に感じた朝だった。 
              (3月6日)

バレンタインデーで貰った送りものを
今朝の駅立ちは、せんげん台西口に午前5時前に到着して街宣用具を車から降ろしてセッテングしていたら、午前5時5分頃駅階段に向けて歩い行く旧知の高齢男性から声がかかった。久しぶりですね。昨年以来じゃあないですか、と笑顔で話して、何時もの様に小さなのし袋にはいった1000円のカンパを頂いた。(会ったら何時でも渡せるようにバックに入れて準備しているもの)そうですかね、以前お会いしたのは昨年でしたっけ、と返答したら、そうですよ、との応答だった。
通常での妻の運転では、この時間はギリギリ準備していなため、暫くお会い出来なかったのだ、と気が付いた。
 午前6時過ぎ、こちらも馴染みの都内で働く勤務明けの男性タクシードライバーから何時もの様に後方からご苦労様、との声がかかった。
 今日は売上げどうでしたか、と尋ねたら、例のコロナの件でさっぱりですよ、との返事だった。やはり新ウィルス感染のため客が減っている、との事。
 午前7時30分過ぎ、中年女性から少し恥ずかしげに、これ、私女性なのにバレンタインデーで幾つもプレゼントを頂くんですよ。これおすそ分けですが、どうぞ、と綺麗な小箱を頂いた。帰宅して空けて見たら日本橋にある有名なバームクーヘンのお店のものでした。(次男の妻からの情報だが、彼女はお菓子つくりの教室を自宅で開設しており、詳しいだろうと思い、蒲生に住んでいる次男に聞いて貰うように頼んでいた返事で)
 勿論大変美味しく戴いたが、新型コロナウィルスの影響で何かと気持ちが萎縮する日々に暫しの清涼剤となった。   (3月11日)


メルマガ♯がんばろう、日本!         №260(20.3.30)
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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□感染症との総力戦で問われる民主主義の復元力
「コロナ後」にむけて問われる社会のあり方

●ウイルスがあらわにする社会の矛盾や問題点
~社会のあり方が感染症を選択する
●緊急事態・総力戦と民主主義  「社会が生き延びる」ための民主主義を
●「コロナ後」に問われる課題 <グローバル化×新自由主義×デジタル化>
●自治が問われる 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を

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 感染症との総力戦で問われる民主主義の復元力
「コロナ後」にむけて問われる社会のあり方
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【ウイルスがあらわにする社会の矛盾や問題点~社会のあり方が感染症を選択する】

 中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症は瞬く間に世界中に広がり、世界保健機構(WHO)はパンデミック(世界的流行)を宣言した。人類は、古くは十四世紀ヨーロッパで猛威をふるった黒死病(ペスト)や第一次大戦末期からのスペイン風邪など、国境を越えた感染症の広がりを経験してきた。最近では、エボラ出血熱やSARSやMERSといった例もある。(ちなみに今回、比較的効果的に対処しているとされている台湾、韓国は、SARSやMERSでの失敗の教訓を生かしているといわれている。)

 長崎大学熱帯医学研究所教授・山本太郎は、「社会のあり方が感染症を選択する」と指摘する。
「なぜ、ある感染症が流行するのか。これまで私たち研究者は、その原因を一生懸命考えてきた。しかし、どうやらその考え方は『逆』ではないかと、私は近年思い始めている。流行する病原体を選び、パンデミックを性格づけるのは『ヒト社会』あるいは大きく『ヒト社会のあり方』ではないかと。古くは、中世ヨーロッパの十字軍や民族移動によってもたらされたハンセン病。十八世紀産業革命が引き起こした環境悪化が広げた結核。世界大戦という状況下で流行したスペイン風邪や、植民地主義と近代医学の導入がもたらしたエイズについては述べた。その意味では、今回の新型コロナウイルス感染症や未だアフリカを中心に収束が見られないエボラ出血熱も例外ではない。人の行き来により格段に狭くなった世界。野生生物が暮らす生態系への、私たち人間のとめどない進出。温暖化による野生生物の生息域の縮小。そうしたことが新たな感染症の流行と拡大をもたらした」(中央公論4月号)

その意味で新型コロナウイルスもまた、「ある種の自然の摂理として、現代文明の矛盾や問題点を大きく浮き立たせるような効果をもったのではないか」(中西寛・京都大学教授 本号インタビュー)といえる。

パンデミックの可能性はこれまでにも予告されてきたが、その影響は途上国において厳しいものになると考えられてきた。しかし今回は保健衛生体制が整っているはずの先進国において、ウイルスが猛威をふるっている。そしてこのことが、パンデミックの危機と世界経済の危機を直結させている。①グローバル化を推し進め、その恩恵を享受してきた世界、②とりわけリーマンショック後の金融緩和政策によって経済を維持してきた世界、という「ヒト社会のあり方」が今回のパンデミックを性格づけ、またその社会の矛盾や問題点を浮き立たせているといえる。

中国・武漢では一千万都市の封鎖という、かつてない犠牲を払った末ようやく収束に向かいつつあるといわれる。ほかの地域でも感染の広がり自体は、ある程度の期間が必要になるとしても、いずれ収束するだろう。もちろんその過程での社会の犠牲は、可能な限り抑えるべきだ。犠牲者は「数」ではなく、一人ひとり名前を持つ、誰かにとって大切な人なのだから。

 だからこそ私たちは感染予防のための基本行動をとりつつ、新型コロナウイルスによってあきらかになった社会の矛盾や問題点を検証し、「コロナ後」に教訓を生かしていけるかが問われている。

「そのひとつの象徴がオリンピックです。日本政府、日本社会としてはオリンピックにいろいろなものを賭けてきたし、実体経済にも社会にも大きな影響を及ぼすことになるので、できるだけ予定どおりやりたいということでしょう。
一方で仮に予定どおり開催できる状況になったときに、コロナの話は一時の悪いエピソードで、元に戻ってよかったということになると、大きな問題を先延ばしにしたまま現状の問題を抱え込むことになるのではないか。そういう意味で、オリンピックにどう対応するかは、日本の社会なり政治の現状に対する認識を反映するものになるのではないかと思います。日本の中でも、そういう観点からの議論をするインセンティブ、場がほぼ失われていますが、本当はそういう議論をする必要があるのではないか」(中西寛・京都大学教授 前出)

【緊急事態・総力戦と民主主義  「社会が生き延びる」ための民主主義を】

 今のところ新型コロナウイルスへの対処は隔離、移動制限が基本になる。当初、武漢での初期対応の遅れ(情報隠蔽)や、その後の強力な都市封鎖(市民的自由の制約)は、独裁色を強める習近平体制に起因し、またそれゆえ可能になるものと思われてきた。ところがヨーロッパやアメリカにも感染が拡大するにつれて、自由・民主主義体制をとる国々でも、市民的自由を強力に制限する政策がとられるようになってきた。逆に日本だけが、「自粛要請」というユルイ対策にとどまっている。
(ちなみに韓国は、大規模なアウトブレイク(集団感染)が発生しながら、新規感染者数の増加曲線を抑えることができたわずか2国のうち、中国ではないほうの国である。そして韓国は中国のように言論や行動に厳しい制限を課すことなく、またヨーロッパやアメリカのように経済に打撃を与える封鎖政策を行わずに、それを成し遂げている。「世界で賞賛される『韓国』コロナ対策の凄み」https://toyokeizai.net/articles/-/340150)

 日本が「自粛要請」というユルイ対策にとどまっているのは(「自粛」なので何の補償もない)、欧米のような市民的自由の制約をともなう強制措置の法的根拠がないことにもよる。しかし本質はそこにはない。総力戦を妨げているのは、ひとえに民主主義の欠如だ。
一部には今回の事態を〝奇貨〟として、緊急事態条項を盛り込む憲法改正につなげようとの動きもあるようだが、安倍首相の会見とメルケル首相やジョンソン首相の演説を比べるまでもない。自粛を要請するだけで判断も責任も丸投げ、官僚が用意した原稿を読み上げるだけの会見しかできない首相から出てくるのは後出し・小出しの対策だけ。対策と称して「ナントカ券」が次々に浮上するに至っては「マヌケ」「無能」と言うしかない。長期戦を覚悟と言う一方で、何の補給もないのは大日本帝国以来の伝統芸か。

問題は強力な権限がないことではなく、政府と国民との民主的信頼の基盤が棄損されていることにある。
「感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/)。データ改ざん、公文書破棄、検察トップの人事すら政権の都合で恣意的に行われる安倍政権によって、感染症との戦いで不可欠な政府に対する国民の信頼は地に落ちている。

ヨーロッパ各国は罰則付きの外出禁止令やイベント、集会の禁止など、市民的自由を厳しく制限する措置をとっている。その際に行われたドイツのメルケル首相やイギリスのジョンソン首相のテレビ演説が注目されるのは、「科学の専門家への信頼」に基づいたうえで、「社会が生き延びるために」という政治の決断と責任を、正面から引き受けるものとなっているからにほかならない。それによって「社会が生き延びるための市民的自由の制約」に対する国民的同意が調達される。(ヨーロッパ各国でも、また感染拡大防止のために個人情報を積極的に活用している台湾、韓国でも、市民の多くが政府の措置を支持している。)総力戦・緊急事態において、民主主義はこのように作動する。

 「つまり議会制民主主義をとる立憲主義的国家においては、社会統制を実現するためには、統制する敵を設定するうえで民主主義的な手続きを介した国民的同意の調達が不可欠ということだ。・・・そして、いまわれわれの目前に設定されている敵は、ウイルスである。ウイルスに対抗する国家的社会統制もまた、国民的同意にもとづく正統性を要する」(木下ちがや 「コロナ対策 従順なはずの日本がなぜ「総力戦」を闘えないか 〝動員〟を困難にしている民主主義の欠如」論座3/27

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020032600005.html?page=4)

 感染拡大を防ぐために移動や集会、経済活動の自由などをどこまで制約するのか。ここでは公衆衛生上の有効性とともに、立憲民主主義の観点からの問題設定と検証が問われる。
 「(独裁が許されるためには)共和政ローマを例にすると、三つの条件を満たすことが求められた。第一に、社会の存続にとって必要な一時的な措置に限り、恒久化は認めない。第二に、個人の自由を制約するのは他の同等の権利を守るときに限られ、しかも必ず論証が伴わなければならない。第三に、自らの政権を存続させるために緊急時の大きな権力を使ってはならない。不安に駆られた人々を安心させるためといった、あいまいな理由で緊急時の権力を振るっていいわけではない」(堀内進之介・首都大学東京客員研究員 朝日3/20)

 コロナウイルスとの戦いは「戦時」に例えられる。これは「社会が生き延びる」ための戦いであり、そのための「市民的自由の制約」だ。この戦いに必要な「信頼」(「人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)や国民的同意、そのための透明性、説明責任、検証などの民主主義に必須の要素を欠いたまま、なし崩し的に「戦時」に移行すれば、無責任、不信、分断が蔓延することになる。
3.11では社会的な連帯の萌芽が一時見られたが、現在ではむしろ無関心や分断が増幅している。太平洋戦争下の総力戦体制でも、多くの国民は大本営発表を信じてはいなかったが、不信感だけでは戦後の社会の変化には結びつかなかった。問われているのは私たちの民主主義、そして社会のあり方ではないか。

【「コロナ後」に問われる課題 <グローバル化×新自由主義×デジタル化>】

新型コロナウイルスは現代社会、とりわけ<グローバル化×新自由主義×デジタル化>というポスト冷戦期の社会の矛盾や問題点を、人類共通の課題として明らかにしている。

新自由主義とグローバル化は相乗効果的に発展してきた半面、それに伴うリスクに対応するグローバル・ガバナンスの体制は不十分なままだ。グローバル化によるヒトの移動の速さと規模が、新型コロナウイルスの急速な感染拡大をもたらした一方、グローバルな公衆衛生の体制は未確立なまま各国が対応するほかはない。短期的には人の移動を制限し、国境管理を厳しくしなければならないが、本質的には国際的な協力・協調こそが不可欠だ。今回の危機は、「自国第一主義」が幅を利かせてきた形勢から新たな国際協調へと転換する機会となるだろうか。

「感染症の大流行への本当の対抗手段は、分離ではなく協力なのだ」「この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた。その結果、今や私たちは、協調的でグローバルな対応を奨励し、組織し、資金を出すグローバルな指導者が不在の状態で、今回の危機に直面している」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)
例えばトランプ政権下で、米中関係は貿易戦争にとどまらない「新冷戦」ともいわれる様相を呈し、新型コロナウイルスについても非難の応酬を繰り返してきたが、こうしたことをいつまで続けるのか。

人類共通の課題ということから、中国・浙江大学の医師を中心に医療者向けに、武漢での治療経験をシェアするプラットフォームができている。(「ウイルスとの戦いをゼロから始めないで」中国の医師たちが治療経験をシェアするプラットフォームが誕生https://www.huffingtonpost.jp/entry/gmcc_jp_5e7c02bdc5b6cb08a927a084?ncid=tweetlnkjphpmg00000001)。
また中国はイタリアやセルビアなどに、物資とともに医療チームを派遣している。これを中国の影響力拡大のチャンスとするのか、それとも武漢の経験を人類共通の経験とするのか。公衆衛生が国境や政治体制を超えた人類共通の課題であるなら、中国が反対している台湾のWHO加盟も実現すべきではないか。

感染が大規模に拡大しているイランでは、アメリカによる制裁で必要な医薬品も不足している。イスラエルによる経済封鎖で「世界最大の監獄」といわれるパレスチナでも、感染拡大が懸念されている。感染症との戦いに、こうした対立や紛争を超えた「共通の課題」として取り組む知恵が問われているのではないか。
 「健康と言えば国家の単位で考えるのが当たり前になっているが、イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ。この単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)。

経済的利益を中心にしたグローバル化は、一方で対立や分断を深め、「自国第一主義」が台頭することにつながった。問題はグローバル化を止めることではなく、国際的な協力・協調を、グローバル化に見合った水準にまで深化、発展させることであり、感染症との戦いをその糸口へとつなげることができるかだ。
ドイツは自国の感染対策にも追われるなか、医療崩壊の危機にあるイタリア北部からの患者受け入れに踏み切った。風前の灯だったヨーロッパ統合の理想が、人々の支持を獲得する糸口になるだろうか。またそれは、より緊密な新たな国際協調への一歩となるだろうか。

パンデミックの危機は世界経済の危機にも直結している。当面の危機に対しては、大規模な財政出動で対処する以外にはない。各国は営業停止や失業に対する補償や給付、税や社会保険料、光熱費などの猶予や延期などの対策を打ち出している。(安倍政権が「マヌケ」と言われるのは、①「自粛」に対する給付がまったくないこと ②必要なのは「景気対策」ではなく、緊急の生活保障対策であることが、まったくわかっていないからだ。)

では「コロナ後」の世界経済を危機以前の姿に戻すのか。
新自由主義経済の下で広がった国境を超えたサプライチェーンは、経済合理的ではあるが大きな脆弱性も内包している。例えば感染症対策に不可欠な医療用マスクの製造は、世界的にも中国に大きく依存している。その中国での生産中止によって、感染症との戦いの最前線である医療機関は深刻なマスク不足に直面した。さらに言えば抗生物質についても、経済合理性から中国が生産の大部分を担っているという。いのちに関わる製品の供給を経済合理性に委ねるのではなく、社会の安全保障の観点から再編すべきではないか。

「コロナ後」の世界経済には、経済合理性によるグローバルなサプライチェーンや自由貿易などと、経済合理性とは別に国民経済や社会の安全保障の観点から維持する領域を、どうバランスさせるかが問われる。(地域に引き付けて言えば、災害対応や除雪などに地域の土建業は不可欠であり、その生業を維持するために一定の公共工事を発注することは、行革や効率とは別に地域を維持するために必要な投資であり、またそれが地域内で循環することを促進することで、国民経済の基礎である地域経済が成り立つことになる。)

もうひとつは、大規模な金融緩和によって株価を維持することで成り立たせてきた新自由経済の破局に、どう向き合うかということだ。
「つまり感染症への対応にとどまらず、経済対策がより大きな、根本的なチャレンジになっているわけです。すでにリーマンショック以降、西側の資本主義はある意味で、新自由主義的な発想の破綻を示しています。経済が伸びている間、とくに株式市場が上昇を続けている間は市場に不介入といっていますが、危機のときには政治に介入を求める。それが二〇〇八年以降は金融緩和だったわけですが、十二年間金融緩和をやってきて、結局は危機から抜けだせなかった。コロナの前から、その効果はほぼ失われつつあったわけです。
そういう状況で改めて、金融政策の不十分さが示されている(金融緩和をしても株価の下落に歯止めがかからない)」(中西寛・京都大学教授 前出)。

金融政策で危機を先送りしてきた新自由主義の手法は、いよいよ破局を迎えつつある。カネがカネを生むことでGDPを膨らませる経済から、GDPの中身や質を問う、成長の質を問う経済への転換。「脱炭素化」は、そのひとつの糸口ではないか。

感染症との戦いでは、情報テクノロジーも大きな要素となる。5Gは情報テクノロジーがSNSやIoTという段階から、スマートシティのような社会インフラの基盤となることを意味している。監視社会の側面も持つこうしたテクノジーをどう使っていくのか。
中国は感染拡大防止のために、顔認証をはじめとするITテクノロジーを徹底的に活用した。また台湾や韓国でも、隔離者の健康管理や感染情報の周知などで情報テクノロジーが積極的に活用された。中国では初期に感染情報の隠蔽があったように、情報統制や社会監視の側面が強調される。一方、台湾や韓国では市民に対する徹底した情報開示と、それに基づく協力のツールとして活用されている。

よく知られているように、台湾で行政府として積極的にITテクノロジーを活用しているのは、「ひまわり運動」にも参画した唐鳳氏だ。
「偽情報の多くは中国本土から配信されている。にもかかわらず、台湾では独立派の政治家の支持率が上昇している。唐氏はここに政治家と市民の相互関係があるとみている。政治家が一般市民の政治への直接参加の機会を広げれば、市民は政府への信頼をより強めるのだ。ソーシャルメディアが『偽の敵対感覚』を生む以上に、台湾では分散化技術を通じて人々が『現実を共有している感覚を持てる』ようになってきたと唐氏は言う」(ラナ・フォルーハー 日経2/21)

デジタル技術をどう使いこなすのかを決めるのは、社会のあり方にほかならない。デジタル技術の利用において、日本は中国、台湾、韓国はもとより東南アジア諸国にも後れを取っているのが実態で、こうした現実に向き合えるかということも問われるが、同時に不信や分断、無責任が蔓延する社会では、どんな優れた技術であっても使いこなすことはできない、という冷厳な事実にも向き合わなければならない。

【自治が問われる 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を】

特別措置法では、感染症との戦いにおいて都道府県知事に大きな権限が付される。首相の思い付きのような突然の学校閉鎖でも、学校を管轄する自治体とりわけ首長には、どれだけ現場(学校、先生、家庭、地域、社会生活全般)に即した対応を取れるかが試された。国の要請に唯々諾々と従って現場に丸投げするだけなのか、国の要請はそれとして(「端から従うつもりはなく」という首長もいた)、社会生活の維持と感染拡大防止のバランスをぎりぎりで取りながら、地域の実情に即して考え抜いた対策を取ったのか。その違いは市民にもよくわかったはずだ。

「誰がなっても同じ」「どうせ変わらない」と選挙にさえ行かなければ、愚かでマヌケな政府の決定で生活が立ちいかなくなるかもしれない。そのときに大事なのは、もっとも身近な自治体の首長ではないか。
和歌山県知事は、国の基準を無視して独自にウイルス検査を行い、県下の病院での感染を早期に封じ込めた。学校閉鎖で保護者が仕事に行けない、「自粛」で収入が減るなどの事態に対して、独自の給付を行ったり、上乗せしたりする自治体も複数存在する。地域の実情に即して〝いのちとくらし〟を守るために必要な施策を打つからこそ、国に対してもモノ申すことができる。
地域が自己決定できる地方自治の力は首長だけではなく、議会、市民それぞれにも試される。

 もうひとつは、私たちの社会のあり方だ。「風邪くらいで会社を休むな」という社会では、「体調が悪い場合は自宅静養」という初期の対策さえ取りにくい。また学校閉鎖でも明らかになったのは、先生も看護師も医師も保育士もいっぱいいっぱい、学校も病院も保育園もどの職場も、ギリギリの状態で何とか回していたということだ。「コロナ後」に元に戻すのではなく、持続可能な社会のあり方にむけて働き方、暮らし方から再構築しようではないか。

 また「自宅療養」と言われても、そのための部屋さえないという住宅格差は厳然と存在するし、増加する一方の単身世帯では自宅療養もままならない。「感染症は不平等のリトマス試験紙」と言われるそうだが、感染症の被害はもちろん、感染拡大防止に伴うさまざまな社会的経済的なしわ寄せも、弱い立場の人々により多くもたらされる。新自由主義の下では健康すら「カネ次第」「自己責任」とされてきたが、「社会の健康を守る」という観点からの多角的な社会政策が必要ではないか。

 イタリアで感染が拡大して医療崩壊に至っている一因は、近年の緊縮政策で病院などの医療施設が縮小されてきたことにあるという。最近日本でも、医療費削減のために病院の統廃合が計画されている。カネで健康を買うしかない社会では、ゲーテッドシティのように金持ちの健康は守られるが、弱者は放置される(それも自己責任で何とかするしかない)と思うかもしれない。しかし感染症で社会が崩壊する危機の前には、ゲーテッドシティも無力だ。

 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を構想するときではないか。そのためには〝いのちとくらし〟の現場で何が問題なのか、幅広い現場の声を聞き、そのなかから共通の課題を整理し、効果的な対策へとまとめ上げるとともに、それらを体系立てることで政策思想の軸の転換へとつないでいくことが、不可欠だ。そしてそれこそが本来、議員や政党に求められる役割であり、また議員や政党だからこそできる役割にほかならない。

(「日本再生」491号 一面より)

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□3/10「囲む会」中止のお知らせ

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3月10日開催予定の「戸田代表を囲む会」(ゲストスピーカー 小川淳也・衆院議員)は
新型コロナウイルス感染拡大予防のため、中止します。

ご了承のほど、よろしくお願いいたします。

なお、小川議員のインタビューを「日本再生」491号(4/1)に掲載する予定です。

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石津美知子
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PDFファイル⇒20年3月天秤棒No76

「知覧特攻平和館」等の行政調査の報告

1月29日、30日、31日の3日間にわたり、「子どもの貧困対策について」「知覧特攻平和会館について」「再生可能エネルギーの効率利用について」の3項目を調査事項とし、宮崎県宮崎市、鹿児島県南九州市、鹿児島県日置市への行政調査を実施しました。

 まず、宮崎市の「子どもの貧困対策について」調査しました。
質問 ①宮崎市では子どもの権利条例は、すでに成立しており、今回の子ども対策基本方針も確定しているが、国連の子どもの権利条約の理念や指針はどの様に生かされているのか。
②近年国は様々な社会的な課題への対応として、法律を制定してきているが、そもそも、それらの問題には各自治体で不十分だったとしてもその対応策を実行して来ている。しかし国の要綱や大綱の実施を自治体が担うことになり、結果として屋上屋を重ねた上に国からは財源や人材の登用がないと言う状況に対しての受けとめ方は。

 宮崎市では平成30年12月1日に、子どもの学びの支援の充実、家庭生活の支援の充実、生活基盤の確立に向けた支援の充実、つながり・見守りの仕組みの充実の4点にわたる視点で構成された「宮崎市子ども未来応援基本方針」を策定しました。策定にあたり事前にアンケートや市内の子どもに関する団体に対し意見交換会を実施し、これらの「子どもの生活実態状況調査」では、学習習慣と経済的困難・生活習慣に関すること、家庭的な養護と社会的相続に関すること、健康、家計と収入に関すること、他者や団体とのつながりに関すること、地域の交流に関することなどのほか、支援が必要な子どもを広く把握し、効果的な支援へとつなげていくことが課題としてあがっています。
 今後は、市における子どもの貧困に関する状況、暮らし向きに関する認識、「物質的剥奪」の状況にある世帯の割合、経済的貧困等、特に貧困を抱えやすい子ども・世帯についての課題や調査結果を踏まえ、今年度改定を進めている「第二期宮崎市子ども子育て支援プラン」との一体型としての貧困対策の計画を策定することになっているとの事でした。

次に、南九州市の「知覧特攻平和会館について」調査しました。

質問 ①年間人件費を含む経費約1億500
0万円(入場料)での運営は特質するも
のがあるが、今後どの様な課題を想定し
ているのか。
②特攻隊員の遺書や手紙だけを見て美化する傾向が高まっているが、戦争に突入していく、日中戦争当時からの社会や市民のくらし、雰囲気等を正確に伝えて行く事が大切と思われるが、その取り組はどうしているのか。

知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期の沖縄戦において、人類史上類のない特攻作戦で亡くなられた隊員の遺品や関係書類等を収集・保存・展示しその記録を後世に残すこと、またその史実を通じて平和の大切さ、命の尊さを語り継ぎ、世界恒久の平和に寄与することを目的として建設されました。
当初は運動公園の休憩施設として「特攻遺品館」という名前で建設されましたが、(裏へ)痛ましい事実に大きな反響が寄せられ、展示資料も増え手狭になったことから、特別対策事業として場所を移し、昭和62年2月に現在の会館が建設され名前も「知覧特攻平和会館」に改名されました。            
その後も数年にわたり増築・増設が行われてきました。
事業内容は資料の収集・保存活動、教育・普及活動、またその他に広報活動と平和事業があります。平和事業では、平成元年に届いたある女子高生からの手紙がきっかけとなり、平成2年から「平和へのメッセージfrom知覧スピーチコンテスト」が毎年8月15日に開催されています。
 「知覧特攻平和会館」を支えてきた遺族の方々の高齢化、また毎年多くの人が来館していることもあり、史実を正確に伝えていく場として今後もますます「知覧特攻平和会館」の役割が大きくなると考えられています。無謀な特攻作戦を実施して来た資料取集や展示をすることで、それを見た当時を知らない人々にも歴史に向き合ってほしい、とのことでした。
この様に一時資料の展示、保存に注力してきたが、その基本的な視点は特攻の様な無謀な作戦を二度繰り返してはならない事です。
そのため、特攻をむやみに美化したり、英雄として受け止めないよう様に配慮しています。
ただ、この「知覧特攻平和館」を支えて頂いて来た遺族の皆さんが高齢化しているので、史実を正確に伝えて行く場として、ますます「知覧特攻平和館」の役割が大きくなっており、学芸員も増員しました。
「何故特攻という作戦が取られたのか、それを何故受け入れて来たのか、事実に基づき当時の社会や家族、人々の生活感など伝えるための特段の努力をしている。
そのため学芸員の増員や明治期からの知覧地区での庶民の暮らしぶりまでさかのぼり、資料取集や展示をすることを通して歴史に向き合って欲しいとの館長の言葉が印象に残りました。

最後に日置市の「再生可能エネルギーの効率利用について」調査しました。
 
質問 ①町づくりの基本指針に、再生可能エ
ネルギーによる循環型・21世紀モ デルの地域起こしが必要とされているが、総合振興計画には、どの様に位置付けられているのか。
②単なる第3セクター方式は、すでに失敗しているが、日置市の取組は何がどう違うのか。
③この取組は、人と人の関係性を次世代
の社会に向けて再編していく運動となっており、また不採算
部門である福祉や公共交通等への財政支出までを目指しているのか。

日置市では、ひおき地域エネルギー株式会社の方にもご出席いただき、「日置市における地産地消型エネルギー利用のためのコンパクトネットワークについて」ご説明いただきました。
ひおき地域エネルギー株式会社は、平成26年6月16日に設立され、小売電気事業、特定送配電事業、水力発電事業の3部門の事業を行っている会社です。小売電気事業の目的は大手電力会社から地域電力に切り替えることにより、地域の経済活性化、地域循環とエネルギーの地産地消の仕組みを電気の販売を通して構築していくことです。
 コンパクトネットワークの概要は、行政エリアと福祉エリアをネットワーク化し、太陽光発電設備や、福祉エリアにおいてはそれに加えてコジェネ設備による電力を自家消費しています。
こうして外からの買電量を削減することで、電気料金と二酸化炭素排出削減に寄与しています。
また新設電気設備は、ひおき地域エネルギー株式会社が運用、管理、保守しています。今後も地域循環型のエネルギーシフトの加速が見込まれており、地域と共に歩む会社、IターンやUターンの若者をはじめ地域雇用を生み出す会社を目指している、とのことでした。
一連のお話の中で、今後とも地域循環型にエネルギーシフトが加速していく事を確信している。地域と共に歩む会社を経営し、IターンやUターンの若者をはじめ地域雇用を生みだす会社として、社員が子どもを大学卒業までを賄える給料(400万円から500万円)を出すことが出来る事を目指している、との発言に自信と地域の未来を感じました。   以上