メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(19.1.15)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 県民投票への参加を求めて ハンスト決行!

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2月24日に予定されている「辺野古埋め立て」の賛否を問う沖縄県民投票。

しかし5つの市では、市長が投票を実施しないとしています。県民の投票の権利

(賛成も反対も)を市長や議会が奪うというのは、民主主義・国民主権にあるまじき

事態です。

県民投票の会・代表の元山君が、5市の県民投票実施を訴えて、今日から

地元の宜野湾市役所まえでハンガーストライキに入りました。

本土の私たちに直接できることは限られていますが、民主主義を踏みにじらないためにも

ぜひ注視していただきたいと思います。

会のホームページから寄付をすることもできます。

https://hungryforvote.net/index.html



メルマガ♯がんばろう、日本!         №245(18.12.27)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 「2020後」にむけて 

  立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

  ~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

 <第九回大会 基調> 

●「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」?  

右肩下がりの時代の民主主義とは 

●「民主主義の死は選挙によってもたらされる」? 

  分断を深める選挙ではなく、課題を共有する場としての選挙へ(略)  

● 「失われた30年」? 平成デモクラシーの総括とは(略)

● 消費者民主主義・依存と分配の破局に備える 

  「2020後」を生き抜く自治の当事者性を

□第九回大会のご案内 ほか

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<第九回大会 基調> 

2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

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【「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」?  

 右肩下がりの時代の民主主義とは】

 2020後―いよいよ本格化する人口減少時代に何よりも問われるのは、右肩下がりの時代の民主主義―合意形成のあり方だ。

 人口減少時代には、これまでの拡大基調から縮小・減退基調への転換が問われることは、言うまでもない。「あれも、これも」から「あれか、これか」、「何をあきらめるか」を決めると言われる所以だ。問題は、この転換を経済合理性や効率、選択と集中などの「市場の論理」「行財政改革の論理」で行うのか、それとも「民主主義の論理」「自治の論理」で行うのか、だ。

 「市場の論理」「行財政改革の論理」では「何を切るか」ということになる。これは容易に奪い合いと分断に転じうる議論だ。そうではなく、「何を守るために、何をあきらめるのか」「絶対に譲れないものは何か」「何を守るためには負担増という選択肢も選ぶのか」などの議論を通じて合意形成をはかるのか。どちらの道を歩むかによって、人口減少時代の私たちの暮らしや地域のあり方は大きく違ってくるはずだ。

 「何を切るか」を効率的に決めるのなら、選挙で勝ったほうに決定を〝お任せ〟する多数決民主主義でいいだろう。立場や利害の違いも「数の力」で決着をつければよい。多数決民主主義では「民意は一枚岩だ」とされ、「選挙で勝てば一枚岩の民意を代表するのだから、後は何を決めてもいい、それを推し進めるのが民主主義だ」ということになる。選挙は、意見や立場の違いに数で決着をつけ、多数派に白紙委任する場にほかならなくなる。このような民主主義を「立憲的独裁」と呼ぼう。

 その対極にあるのは、「民意は多元的だ」という前提から出発して、多元的で多様な民意を議論を通じてまとめ上げていく民主主義だ。「何を守るために、何をあきらめるのか」「絶対に譲れないものは何か」「何を守るためには負担増という選択肢も選ぶのか」といった議論は、多数決だけでは決められない複雑で手間のかかるものだ。だからこそ、そのプロセスは選挙に限定されないし、その全体をより透明で開かれたものへ、より応答性と説明責任を伴うものへと、不断に「作りこんでいく」ことが求められる。民主主義とは合意形成のプロセスにほかならない。

 「民主主義は多数決だ」という以上の民主主義観しか持っていなかったとすれば、ここから右肩下がりの時代の立憲的独裁へと向かうのか、それとも多様な民意を前提とした合意形成プロセスとしての立憲民主主義へ向かうのか。「安倍政治」たたんでいくプロセスは、そのせめぎあいの渦中にあるということでもある。

(中略)

【消費者民主主義・依存と分配の破局に備える 

 「2020後」を生き抜く自治の当事者性を】

「2020後」という問題設定は、依存と分配の民主主義、消費者民主主義の破局にどう備えるか、ということを意味している。そこでなによりも問われるのは、当事者性にほかならない。

「2020後」は、ある日突然訪れる危機ではない。すでに課題は見えている。その「不都合な真実」に向き合って、どう準備するかが問われている。それを当事者性で考える自治の力が決定的なのだ。それが抜ければ「危機だから『決められる政治』だ」という立憲独裁になる。人口減少→厳しい決断が迫られるという発想は、「痛みを伴う改革」から通底したものだ。

「住民自治を人工的(政策的)に涵養することができるのか、という疑問が生じるかもしれない。本書はこの問いに対して、あえて『可能だ』と回答しておきたい。~略~これらが住民自治を涵養するうえでの決定的に重要な要素である。逆に、こうした住民自治の基盤形成が、近い将来に予想される人口減少の本格化までに間に合うのであれば、私たちはパニックに陥る必要はない。『成長型都市』から『成熟型都市』への歴史的転換期を、トップダウンではなく、ボトムアップで乗り切っていく力量が、都市の側に備わるからである」(諸富徹「人口減少時代の都市」中公新書)

 「2020後」を生き抜くこうした住民自治を涵養するうえで、もっとも重要なのは「人」だ。

 消費者民主主義では、〝自分の人生は自分がオーナーだ〟という当事者意識は生まれない。依存と分配では、自分自身のことさえ「立場」や「肩書き」でしか語れない。それは「開票結果を見て、自分が多数派だったと分かったら、なんだか安心しました」という平成生まれの若者にも受け継がれていく。

 一方で、平成は右肩上がりの終身雇用―肩書き―が当たり前ではなくなった時代でもある。いろいろな困難を伴いつつも、転職や移住などが珍しくなくなるなかで、「少なくとも自分の人生は自分がオーナーだ」という感覚も生まれてきた。肩書きや立場とは違うオーナーシップ、すなわち当事者性の感覚だ。

 そこから、権限や立場ではなく一市民としてこう思うということが提起され、共有され、その相互関係が形成されていく。異質でバラバラで、生まれながらには何も共有していない個人の集まりだからこそ、同質性や同調性を求めるのではない、違いを理解しあったうえでの共感や共有という関係性が分かるようになる。イメージ的に言うとタテの関係ではなくヨコの、なおかつ一方向ではなく多方向のフラットな関係だ。そうした場づくりができるかどうかが意識されるようになるからこそ、フォロワーシップとかファシリテーションという概念も実践的に体感されるようになる。

 「課題を共有し、そこからさらに目的や方向を共有するというふうに関係性を深めていく、その人間関係や社会関係を整理したり、そのための環境を整えることがリーダーシップだと。そういうことが選挙にかかわるところでも、いわゆる市民が主体となった『共闘』という形ででてきている。

 選挙もこうしたリーダーシップ―フォロワーシップが回りだすようになり、そこで土俵が作られて候補が選定されると、勝てるようになるわけです」(戸田代表 475号)

 「自分が課題ないしは目標だと思い、かつ自分ひとりではできないことを、誰かと共有したときに『公共』が生まれるのであって、地域だから、家族だから、仲間だからといってアプリオリに課題を共有できるわけではない」「地域に住んでいるから地域の公共を担いなさい、とは言えない。それでは強制労働です。課題に対する共感、言い換えると『ほっとけない』という気持ちがあることが必要で、それは地域に発生するのではなく、地域にいる人びとに対して発生していて、その発生が継続的多面的になって『このまち、好きだ』ということになるわけです」土山希美枝・龍谷大学教授 「日本再生」471号)

 「公共性とは、閉鎖性と同質性を求めない共同性、排除と同化に抗する連帯である」(齊藤純一「公共性」 岩波書店)

 課題の共有や共感、そこから他者とつながることで生まれる自己有用感や政治的有用感、その持続性や広がり。〝共有地〟を耕すとはそういうことだろう。「2020後」を生き抜く自治の当事者性を。その一歩として、2019年統一地方選、参院選をはじめとする各選挙を準備しよう。

(「日本再生」476号一面より)

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「がんばろう、日本!」国民協議会 第九回大会

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「2020後」にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

日時  2019年1月6日(日)1300から1700

場所  TKP市ヶ谷カンファレンスセンター

    https://www.kashikaigishitsu.net/facilitys/cc-ichigaya/access/

参加費 2000円

【第一部 講演(問題提起)】

吉田徹・北海道大学教授 (民主主義のゆらぎと課題)

諸富徹・京都大学教授  (人口減少時代の都市経営と住民自治)

【第二部 パネルディスカッション】

吉田先生 諸富先生 

松本武洋・和光市長 廣瀬克哉・法政大学教授 山本龍彦・慶應大学教授

講演を受けて、山本先生(AIと憲法)、廣瀬先生(2019地方選の構え方)、松本市長(分権時代の国―地方関係/市長会の問題提起など)から「民主主義を深める」ための課題、視点の提起。それらを踏まえての討議。 

全体として、「国民主権で統治機構を作りこんでいく」という感覚と、そのステップとして、2019年統一地方選、参院選(場合によれば憲法国民投票)を構えていくこと。またそれを通じて、2020後―〝宴の後〟を生き抜く自治力を涵養していくという方向性を共有できるものにしたいと思います。

*「日本再生」475号(12/1)、「京都・囲む会」での戸田代表の提起もご参照。

(終了後に懇親会 事務所↓(徒歩5分)へ移動  1730くらいから 参加費1500円)

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp/map001.html

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外交・安全保障シンポジウム

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米中「戦略的競争」関係と東アジア・日本

~「自国第一主義」の広がり、新たな国際協調の再構築は可能か

日時 2019年4月14日(日) 1300から1700

場所 TKP飯田橋ビジネスセンター 3階 ホール3A

   (JR「飯田橋」東口 徒歩3分)

参加費 2000円

【問題提起とパネルディカッション】

中西寛・京都大学教授  川島真・東京大学教授

大庭三枝・東京理科大学教授  佐橋亮・神奈川大学教授  ほか 

【趣旨】

「自国第一主義」を掲げるトランプ政権、「一帯一路」「中国製造2025」などの挑戦的な目標を掲げる習近平政権。米中関係は「新冷戦」とも称される状態です。ただし、米ソ冷戦と大きく違うことは、今や米中は貿易はもとより金融、ハイテク技術まで相互の依存関係を深めていることです。対立をエスカレートさせる一方で、決定的になる前に「寸止め」する「適度な間合い」を探るための、〝海図のない〟プロセスともいえるでしょう。

こうした米中の「戦略的競争」関係が東アジアにもたらす〝波乱〟に、どう向き合うか。そのなかから、APECやASEANなどの〝資産〟を元に、新たな東アジアの国際協調を構築できるか。

また、米中の「戦略的競争」関係がもたらす〝波乱〟に対処するために、日本(外交、内政)にどういうことが問われるのか。それは、「2020後」の課題にも通じるものがあるのではないか。

こうした観点から議論をすすめたいと思います。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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PDFファイル⇒18年12月天秤棒No57

15年前の、自宅訪問の時の印象は
今朝の駅立ちは、通常通り午前6時前から大袋駅東口で開始したが、直ぐに中年男性からペットボトルの差し入れを頂いた。気温は日に日に下がって来ているので、ホットな飲み物はありがたい。
午前7時過ぎ共産党の街宣活動が、同駅で始まったが、何時ものようにマイクの音がかぶらない様に双方で配慮しながら行った。
ただこちらは何時も単独だが、共産党の皆さんは数人で必ず実行されておりそこに差がある。
ただ、チラシを受け取る市民の数はこちらが圧倒的に多いのだが。
午前6時20分過ぎ、せんげん台駅から北千住駅に向かう各駅停車の電車が大袋駅に停車した。その先頭の車両に先週の日曜日に桜井地区消防団が主催する団員と自治会長等の交流会が徳樹庵下間久里店で開催され、その席上で暫くお話した男性が、手を振って頂いたので、こちらからも振り返した。
実は、これまでこの男性は、通勤時毎回、毎回大袋駅での駅立ちの私の姿を見つけては、回りの乗客が驚くほど手を振ってきたのだが、私が全く反応しなかった、との事。気が付かず申し訳ないとお詫びしていた。
そこで、市政レポートを配布しながら、背中、後方に停車する上りの電車に注力している所
に、停車した車両に姿を発見する事が出来た。
更に、一心太助の天秤棒は時々2種類が配布される事が話題となり、私は字だらけの2種類のチラシは読んで頂いていなのでは、と疑心暗鬼だったのだが、何とこの男性は2種類あるとラッキーと思い、夢中で読んでしまう、との応答にすっかり恐縮してしまった。
また、この交流会では、良くせんげん台駅でお会いする、馴染みの中年の男性消防団員の方と話し込んだ。
この男性は、15年前の市議選挙前に私が自宅を訪ねて行き、挨拶や資料を渡した事を鮮明に記憶している、との話だった。僅か数分しか話さなかったが信頼できる人物だと、感じたそうだ。
当時は地域の問題や住民の生活感覚を知るために、毎日、毎日数百軒をローラーで訪問していて、時には訪問先の無遠慮な対応に心が折れそうになった事を何度も体験した。
しかし、こんな風に受け止めて頂いていた市民の気持ちを今聞かせてもらい、その重みを痛感した。
その後直ぐに大きなキャリーバックを抱えた馴染みの30代のサラリーマンとお会いしたので、出張ですか、と尋ねた。
すると、えー神津島に行きます、との返事。カミツシマ?との顔をしていたら、東京都の離島の神津島のことです、と教えて頂いた。
更に、同じ様ないでたちの旧知の男性も、福島に出張との事。気をつけていってらっしゃい、と送り出した。
その後近くの喫煙所から歩いて来た40代(?)の男性から声がかかった。
建設重機を扱う仕事に従事しており、昨日から徹夜の作業となっており、その仕事明け、との事。
大袋駅近くの居酒屋で先ほどまで、一杯飲んでいた、と付言された。
確かに顔が、朝から赤ら顔になっている様にみえたのは、そのせいだったのか。
この男性は何時もは、せんげん台駅で私を見かけているが、大袋駅でもやっているんですか、と聞かれたので、市内6駅の東口、西口11か所で毎日、毎朝取り組んでいますよ、と返答した。               (裏へ)
午前8時30分過ぎ、中年の女性から、私の市政レポートを主人が駅で受け取って、自宅に持って帰ってくるので、何時も楽しみにして読んでいます、とのお話して頂いた。
(11月13日)

午前5時10分からの出会い
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口に午前5時10分過ぎに到着して、街宣用具を車から降ろして設置し始めていたところ、馴染みの中年サリーマンの方から声が掛かった。
この男性は都内の医療機器の製造販売の会社に勤務しており、早朝から出社して仕事をこなした方が効率がいいと、この時間に出勤している、との事。
近年医療保険点数の低下の影響で、かつての様な会社の状況ではないが、何とかやっている、と話されていた。
話が終わって直ぐに、駅階段を降りて来られた旧知の中年男性からも話し掛けられた。
多くのビルに設置してあるエレベーターの整備を徹夜で行った勤務明けで、これから自宅に帰る途中だとの話だった。
それから直ぐに、馴染みの女性が大きなキャリーバックを抱えながら、エスカレーターの入り口に来られたので、どちらかに出張ですか、と尋ねた。
すると、これから沖縄に出張で羽田空港に向かいます、との返事だった。
更に、大きなボストンバックを引きながら旧知の中年女性にお会いしたが、こちらは1週間程カンボジアに旅行に出かける、との事だった。
これら4人の市民の皆さんとの出会いは、午前5時10分から午前6時までの短い間に起きたものだが、早朝から人生悲喜交々の事態に触れた時間帯だった。   (11月14日)

男子高校生からの差し入れに思う
今朝の駅立ちは、午前7時から越谷駅西口で開始して午前8時30分まで実施した。
駅前清掃の後、直ぐに大きなスピーカーを使用して、12月3日から始まる12月議会で提案予定の市長提出議案の事前説明と報告をする市政報告会を開催した。
午前7時30分頃、馴染みの越谷技術高校2年生の男子生徒が笑顔で近づいて来て、暖かいペットボトルを差し入れてくれた。
この男子生徒は、自宅から自転車を使いせんげん台駅東口から、電車に乗り越谷駅で降車して、更に2代目の自転車で高校に通学している。
そのためここ1年以上にわたり、せんげん台駅東口や越谷駅西口で頻繁に出会い、市政レポートを毎回受け取って頂いて来た。
しかし、差し入れは初めての事であり、心から感謝の気持ちを伝えた。 
(11月29日)

庭で育てた大量のみかんを頂いた
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅東口で、駅前清掃の後スタートした。
何時もの様に、次々と通勤客が駅構内へもくもくと向かう中、市政レポートの配布も順調に進む日常の光景が今日も。
この駅が、最も馴染みの市民が多いため、朝の挨拶やほんの少しの会話も次々と交わされて行く。そんな中、午前8時過ぎに馴染みの中年女性が笑顔で近づいて来られて、紙袋に一杯入った(30個を超える程の)みかんを差し出して、これ自宅の庭になったみかんですが、食べますか、と尋ねられた。
えーみかんは大好きですが、こんなに大量にいいんですか、と応答した。
どうぞ、と渡して頂いた。恐らく職場の同僚等に差し入れのため持参して行く途中で、私に会ったため、急きょ変更されたのではないか、と推測した。一人占めにしてゴメンナサイ。後程食べてみたが、本当に甘く美味しい味がした。
(12月5日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


1 地方分権の推進について
 ① 各種事業策定における国と自治体の関係について
 ② 通達と通知について
 ③ 今後の対応について
2 認知症の予防対策について
 ① 認知症の実態について
 ② 予防対策の具体的な取組について
 ③ MCI検査について
3 子ども達が自由に学べる教育について
 ① 教育機会確保法の主旨について
 ② フリースクール等の支援について
4 再生可能エネルギーとまちづくりについて
 ① 本市の再生可能エネルギーの現状について
 ② シュタットベルケ方式について
 ③ ソーラーシェアリングについて

越谷市議会ホームページ http://www.koshigaya-city.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=1550


PDFファイル⇒18年12月天秤棒No56

越谷はいい町と、思えて来た
今朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30時まで2時間30分、蒲生駅東口で実施した。
一心太助の天秤棒と4地区有志議員が主催する、第9回市政報告会の参加を呼びかける案内チラシの2種類を配布した。
午前8時頃、馴染みの40代のサラリーマンの方から声が掛かった。一心太助の天秤棒に掲載された記事の中で、“甲子園優勝戦の日に、新人戦の大会が”(本年8月21日)の事が話題になった。
この新人戦の高校野球部は、春日部東高なのだが、この男性の息子さんが試合に臨んだとの事だった。そう言えば、野球がやりたくて春日部東高等学校に入学したと以前話しておられた。
午前8時30分まえに、やはり馴染みの高齢女性と会話になった。この女性は、毎回必ず“紙代にして下さい“と1000円のカンパを頂いており、今回も同様にして頂いた。
そして、若い頃はそれほど思わなかったが、越谷がいい町だと最近感じている。歳をとったせいですかね、と笑顔で話されて改札に向かわれた。いい町にして行きましょう、と見送った。(10月17日)

水曜日は定休日なので、参加します
今朝の駅立ちは、何時もの様に午前6時から越谷駅東口で開始した。
開始して直ぐに、駅付けのタクシー運転手の方から声が掛かった。
良くがんばっているねー、と話始められた。春日部市に在住していて、越谷タクシーに20年以上勤務している、との事。私も岩槻タクシーでハンドルを握っていた職歴があるので、より親近感が湧いてくる。
あと半年先の来年4月は市会議員選挙がある事が話題に上ったら、直ぐに“岩槻タクシーがついているから大丈夫だよ”と話された。
(選挙期間中の1週間、街宣車の運転手をタクシー運転手が引き受ける事があるのだが、私は20年前の最初の選挙の折、岩槻タクシーのご好意で運転手さんの協力を頂いた経緯がある。しかしその後は、地元の市民の方にお願いしている)
 どんな意味で、大丈夫と言われたのか確認しなかったが、選挙は様々な市民の皆さんの協力、参加がなければ当選出来ない事は肝に銘じている。
午前6時30分すぎ、何時もの様に団体職員の男性から、先生これ、とペットボトルを頂いた。毎回、毎回の差し入れに感謝、感謝。
その後、すぐにこちらも毎回、毎回なのだが朝の犬の散歩でお会いする、30代のサラリーマンの方から、自分のチラシ代です、と話されてポケットから出した200円を頂いた。
更に、中年の男性からカンパ箱に1000円が、午前8時過ぎには、旧知の礼儀正しいサラリーマンの方から5000円のカンパを頂いた。こちらも定期的にカンパを頂いている。
そして、馴染みの30代の不動産会社に勤める男性から、声がかかった。
11月7日(水)開催する市政報告会への参加の件で、毎週水曜日は、休みなので参加してみます、と話されてペットボトルを差し入れて頂いた。お待ちしています、と返事をした。
午前8時30分過ぎに、旧知の中年男性から一旦市政レポートを受け取った後、戻ってこられて、暖かい肉まん2個とペットボトルを差し入れて頂いた。今朝は、次々にカンパや差し入れが続いたが、それだけに、これに応えるための努力が欠かせない。
(10月25日)(裏へ)

早朝から浦和レッズへの応援が
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時40分に到着して、何時もの駅前清掃の後、午前6時から開始した。この駅の清掃は、市内6駅の中で最もごみや吸い殻等が散乱しており、毎回時間をかけて実行しなければ綺麗にならない。そのため開始時間の午前6時を過ぎることがしばしばあり、この日も同様に遅れての開始となった。
午前7時数人の若い男性と女性の一団が、大きな声で“浦和レッズへ応援、宜しくお願いします”と浦和レッズ一戦必勝と記載されたチラシを配布し始めた。11月3日のガンバ大阪と12月1日のFC東京との試合の案内も。
私は午前7時からは、大きなスピーカーを使用して9月議会の報告をするため、声がかぶってしまうので、肉声の彼らには、少し気が引けたのだが。
しかしそんな心配など物ともしない様な、大きな声で混雑する乗降客に向かって呼びかけていた。また、英会話の会社の宣伝チラシ(ポケットティシュとセットにしてある)の配布も始まり、只でさえ賑やかな朝の駅前広場は、更に賑やかになった。(最も通勤客が朝の慌ただしい中、どう感じているのかは、不明だが)
午前8時30分頃全日本年金組合埼玉県本部の委員長をされている、馴染みの高齢男性から、組合機関紙を渡された。その一面には、この男性が今年春にジュネーブのILO本部を訪問した記事が掲載されているので読んでみて下さい、との事だった。    (11月2日)

到着時間が心配、市政報告会の参加
昨朝の駅立ちは、私が居住する地元自治会の東都にこにこクラブが主催する、毎年恒例の日帰りバス旅行に参加するため中止した。このクラブは毎日早朝にラジオ体操を全員で行っていて、私と妻も会員なのだが、私は殆ど参加しない不良会員。ただこの旅行には必ず参加して来ており、この日も地元を午前7時30分に出発するバスの一員となった。群馬県甘楽町小幡の名勝楽山園の散策やリンゴ園での食べ放題など、一日を楽しみ、午後5時30分には帰って来る行程となっていた。
ところが、この日は8人の議員有志が主催する第9回市政報告会を大袋の北部市民会館で午後6時30分から開始するため、準備のため午後6時には会場入りしなければならない事になっていた。
予定表通りにバスが運行されれば、何とか間に合うはずなのだが、高速道路の混み具合次第であり、あくまで予定となっていた。
役員の方にも心配して頂き、時間通りに運行出来る様に時間配分に配慮して頂いていたのだが、それでも心配が募っていた。だが、無事予定より少し遅れたが、帰宅することが出来た。
 バスを降りて、リンゴを始め沢山のお土産を抱えて家に直行し、直ちに会場に向かい市政報告会の準備に取り組んでいたら、他の議員から“遅れるのではなかったのー”との声が。もしもの事に備えて、遅れるかもしれない、と事前に連絡をしていたため、こんな反応となった。
その市政報告会には、多くの市民に参加して頂き、9月議会の焦点だった、国民健康保険税の引き上げの議案や茨城県東海第二原発の20年間の運転延長に反対する意見書の採択など、賛成反対の主張を含めて活発な議論が展開された。終了後居酒屋での反省会の席上には、私のお土産のこんにゃくのお菓子が並べられ、有志議員が舌鼓を打っていた。 (11月8日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。
 その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒18年12月天秤棒No55

一心太助で紹介した女性が再び
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時前から始まり、午前8時30分過ぎまで市政レポートと11月7日に開催する、8人の越谷市議有志が主催する第9回市政報告会の案内チラシを配布した。
そして、午後7時から午前0時まで、せんげん台駅東口で夜の駅立ちを実施したため、ダブルヘッダーの活動で、朝、夜合わせて7時間30分の駅立ちとなった。
 午後7時市政レポートの配布を始めた途端、駅前の焼き肉屋の呼び込みのためのチラシを配布していた若い女性が笑顔で近づいて来た。
彼女は、以前一心太助の天秤棒で記事を掲載した(本年4月20日、“チラシ配布のアプローチの違い”で紹介した)女性だった。
その一心太助を大袋駅で私から受け取り読んで、声を掛けて頂き記事の話が話題となった。
この日も、駅前は家路を急ぐ駅乗降客で慌ただしく、それ程チラシを受け取る市民は多くはないのだが、彼女は何時もの笑顔で宣伝チラシの配布を続けていた。
私もそうだが一度チラシを配布してみると分かる事だが、予想以上に受け取りが芳しくない状態も多いのだが、それでも笑顔で区別のない態度で呼びかけ、配布を続けられるのかは、まさに仕事への構え方によって違って来る。
不特定多数の市民へのアピールは、慣れて来ることが重要だが、同時にチラシを受け取らない多くの市民も、無関心の様に見えるものの、プラスにもマイナスにも静かに観察されているので、惰性での活動は直ぐに分かってしまうのではないか、と気を抜かない様に何時も心がけている。
今夜も午前0時過ぎの電車到着から、階段を降りて帰宅する市民が駅前から姿を消した頃、妻の迎えの車で帰宅した。
(10月10日)

夜の駅立ち、次々と議員関係者と出会う
今朝は、通常どおり午前6時から、新越谷駅東口で駅立ちを開始して、午前8時30分過ぎまで、市政報告会を実施した。
昨日に引き続き、午後7時から午前0時過ぎまで、せんげん台西口で市政レポートを配布した。開始して直ぐに、馴染みの中年女性から、「今日は12時すぎまで駅頭をするんですか」と笑顔で声を掛けて頂いた。
 夜の駅立ちを始めてすでに4年が過ぎており、定着して来たのだろうか、こんな言葉を頂くまでになっている。
 午後9時過ぎ高齢男性から話かけられた。私と同じ会派の菊地議員の支持者の方で、この日は千葉県銚子沖で釣ってきたヒラメを肴に仲間達で一杯やって来た帰りだそうだ。
 前回の県議選を始め、街宣車の運転手をこれまで努めた経験談や議員の評価をひとしきり話されて、がんばれよと励まされ、帰って行かれた。
 それから直ぐに、また同じ会派の辻議員のご両親が階段を降りてこられて、あいさつをして頂いた。             (裏へ)
 午後10時過ぎに、前回の県議選で惜敗された藤沢氏が降りて来られた。
 それから30分後位に、中年女性が近づいて来られて、これカンパです、と500円を頂いた。朝と違って夜はカンパ箱を用意していないので直接頂いたものだ。
 午後11時過ぎ、若い男性が近づいて来て、大野市議を知っています、と話されて名刺を渡されたが、そのまま階段を昇って行かれた。
その名刺には、日本語の記載がなく、全て英語の表記のため、どんな方なのかはその場では理解出来なかった。(後日ネットで調べて見たが、ダンサーの方ではないか、と推測された)
午前0時が近づいて来た頃、馴染みのセミナー経営の男性が仕事帰りに声を掛けて頂いた。
遅い時間の帰宅となったが、明日は子どもさんが在学している小学校のPTAのバザーで焼きそばを1000食作る担当なので、がんばります、と張り切っておられた。そして500円のカンパを頂いた。
毎日遅い時間までの仕事で、休日はゆっくりしたいのではないか、と推測したが子ども達や地域のため何か、自分が出来る事を精いっぱい実行する普段の姿勢にこそ、その人の人間性を感じる。
また、馴染みの高齢男性が階段を降りて来られて「先生、こんなに遅くまで活動しておられるんですか」と声を掛かった。
(先生と呼ばれるのは、あまり慣れていなのだが、最近市役所の職員の方も、先生との呼び方はせず、白川議員とか、白川さんと声を掛けて頂いている。)
そして、小さなのし袋に入った1000円のカンパで頂いた。何時もは朝の始発の電車午前5時10分に乗り通勤しているので、私に会えないので、と付言された。
確かにこの駅での朝の駅立ちは、通常午前5時30分から開始するので、お会い出来なかったが、準備のため午前5時過ぎにお会いしたことが以前あり、その折にも1000円のカンパを頂いていた。
それにしても、階段の上方から私を確認してから、降りてくる極めて短い時間にどの様にしてのし袋にお札を入れて頂いたのだろうか。
私がこの日夜の駅立ちを実施することなど知る由もなかったはずなのに。のし袋を常時携帯しておられるのか。そんなことに思いを馳せながら、午前0時過ぎに今日一日(いや、時計の針は、すでに土曜日を示していた。)の活動を終えた。
西口から東口に移動して、妻の迎えの車で帰宅して、就寝したのは午前1時30分を過ぎていた。          (10月12日)

男子高生が市政レポートを受け取る
今朝の駅立ちは、通常どおり駅前清掃の後午前6時から新越谷駅西口で、市政レポートの配布を開始した。
午前7時30分過ぎ、男子高校生から市政レポートを受け取って頂いた。
そのため、こちらから声をかけてみた。どこの高校ですか、と尋ねたら杉戸農業高校園芸科の一年生、との返答。どうして市政レポートを受け取って頂いたのですか、と私。すると地元だから市政のことを知りたかった、との返事に、まだ16歳なのに(いや、そのように高校生のイメージを作ってしまっている自分自身の固定概念ではダメなのだが)興味を持っている事実に嬉しさがこみ上げて来た。
更に越谷技術高校の男子生徒も同じ様に、せんげん台駅頭で何時も市政レポートを受け取って頂いている。
午前8時過ぎ、馴染みの中年女性が毎回だが、差し入れをして頂いた。本当に毎回、毎回ありがとうございます。
朝食にどうぞ、と最寄りのコンビニで販売しているさつまいもの入りの米粉パン、餅米使用のおにぎり、そしてペットボトルを。
そのコンビニ袋には、「レジ袋がご不要な方はお申し出て下さい」と印字されていた。ビニール袋による環境破壊が注目されている昨今、コンビニでも小さな改善が取り組まれている。
            (10月16日)
<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(18.12.17)

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Index 

□ 辺野古埋め立て停止を求めるホワイトハウスへの嘆願署名

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沖縄県民の民意を踏みにじる形で強行される辺野古の海への土砂投入。

この問題は「新基地建設」の是非のみならず、

県知事選や県民投票という民主主義の発動を圧殺する、政権のあり方を問うものです。

「せめて、県民投票まで土砂の投入を停止して!」というホワイトハウス宛の嘆願署名が

ネット上で行われています。

発起人はハワイ在住、沖縄ルーツの日系4世。

署名は外国人も可。期間中に10万筆以上が集まると、ホワイトハウスは回答することが

義務付けられている。仮に「門前払い」的な回答でも、「ここに問題がある」と提起する

意味があります。(469号 曽我部先生の「囲む会」参照)

署名の期限は2019年1月7日。

土砂を投入しているのは日本政府で、ホワイトハウスではありませんが、

「ここに問題がある」ことを知らしめる、

そして民主主義を圧殺するような日本政府へのカウンターとしての意味があると思います。

署名については以下をご参照。

https://note.mu/tkatsumi06j/n/ndb0592be531d


石津美知子
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メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(18.12.13)

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Index 

□第九回大会(2019.1.6)シンポジウムのご案内

□外交・安全保障シンポジウム(2019.4.14)のご案内

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「安倍政治」6年間の総括・検証を、立憲民主主義の深化の糸口へ、どうつなげていくか。

それはまた「2020後」、すなわち東京オリンピック後に本格的に問われるであろう

民主主義の「次のステージ」を準備することでもあります。

「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という多数決民主主義に替わる、

国民主権で合意形成プロセスを作りこんでいく民主主義のイノベーションを。

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「がんばろう、日本!」国民協議会 第九回大会 シンポジウム

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2020後にむけて 立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

日時  2019年1月6日(日)1300から1700

場所  TKP 市ヶ谷カンファレンスセンター

概要  第一部 講演(問題提起)

    第二部 パネルディスカッション

(懇親会 事務所(徒歩約5分)へ移動  1730くらいから)

【第一部 講演】

吉田徹 北海道大学教授 (民主主義のゆらぎと課題)

諸富徹 京都大学教授  (人口減少時代の都市経営と住民自治)

【第二部 パネルディスカッション】

吉田先生 諸富先生 

松本武洋・和光市長 廣瀬克哉・法政大学教授 山本龍彦・慶應大学教授

講演を受けて、山本先生(AIと憲法)、廣瀬先生(2019地方選の構え方)、松本市長(分権時代の国―地方関係/市長会の問題提起など)から「民主主義を深める」ための課題、視点の提起。それらを踏まえての討議。 

全体として、「国民主権で統治機構を作りこんでいく」という感覚と、そのステップとして、2019年統一地方選、参院選(場合によれば憲法国民投票)を構えていくこと。またそれを通じて、2020後―〝宴の後〟を生き抜く自治力を涵養していくという方向性を共有できるものにしたいと思います。

*「日本再生」475号(12/1)、「京都・囲む会」での戸田代表の提起もご参照。

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外交・安全保障シンポジウム

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米中「戦略的競争」関係と東アジア・日本

~「自国第一主義」の広がり、新たな国際協調の再構築は可能か

日時 2019年4月14日(日) 1300から1700

場所 TKP飯田橋ビジネスセンター 3階 ホール3A

   (JR「飯田橋」東口 徒歩3分)

参加費 2000円

【問題提起とパネルディカッション】

中西寛・京都大学教授  川島真・東京大学教授

大庭三枝・東京理科大学教授  佐橋亮・神奈川大学教授  ほか 

【趣旨】

「自国第一主義」を掲げるトランプ政権、「一帯一路」「中国製造2025」などの挑戦的な目標を掲げる習近平政権。米中関係は「新冷戦」とも称される状態です。ただし、米ソ冷戦と大きく違うことは、今や米中は貿易はもとより金融、ハイテク技術まで相互の依存関係を深めていることです。対立をエスカレートさせる一方で、決定的になる前に「寸止め」する「適度な間合い」を探るための、〝海図のない〟プロセスともいえるでしょう。

こうした米中の「戦略的競争」関係が東アジアにもたらす〝波乱〟に、どう向き合うか。そのなかから、APECやASEANなどの〝資産〟を元に、新たな東アジアの国際協調を構築できるか。

また、米中の「戦略的競争」関係がもたらす〝波乱〟に対処するために、日本(外交、内政)にどういうことが問われるのか。それは、「2020後」の課題にも通じるものがあるのではないか。

こうした観点から議論をすすめたいと思います。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №244(18.11.30)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 「2020後」にむけて、立憲民主主義を深めていくために

  ~民主主義のイノベーションと自治の当事者性の涵養

●「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」? 

  多数決民主主義の白紙委任か、立憲民主主義への深化か

●「民主主義の死は選挙によってもたらされる」?

  分断統治ではなく、課題を共有した連帯を

● 人口減少時代の民主主義―住民自治の当事者性を涵養する 

統一地方選をどう構えるか

□第九回大会のご案内 ほか

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「2020後」にむけて、立憲民主主義を深めていくために

~民主主義のイノベーションと自治の当事者性の涵養

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【「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」? 

多数決民主主義の白紙委任か、立憲民主主義への深化か】

 与党理事(平沢勝栄議員)が「議論したらきりがない。いくらでも問題点が出てくる」という入管法改正が、与党の強行採決によって衆院で可決された。問題点を議論するのが国会のはずだが、「中身は後から決める」という白紙委任、すでに一二八万人いる外国人労働者の現状に関するデータもデタラメ、野党の追及で開示するも「コピー不可、書き写しのみ」(国会に開示されたデータは国民のものではないか)など、これまで繰り返されてきた強行採決に比べても酷い。

 衆議院の委員会審議時間も、安保法制(2015)116時間、TPP関連法(2016)70時間、データがデタラメだった働き方改革(2018)33時間に比しても、わずか17時間という異例の短時間で、政府・与党側の「審議しない」姿勢はあからさまだ。

 衆院通過を巡っては、大島衆院議長が与党の国対委員長に対して、来年4月予定の法施行の前に、関連政省令が整った段階で衆院法務委員会での質疑を求めるという、異例の議長あっせんを行った。与党の議事強行に危機感を持ったとされるが、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という政府・与党の姿勢は、ますます強まっている。

 民主主義は多数決だ、という以上の民主主義観を持っていなければ、「安倍政治」の六年間は、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という立憲的独裁への白紙委任を進めてきた六年間ということになる。他方で「安倍政治」の六年間は、「民主主義は選挙だけではない」→「民主主義は合意形成のプロセスだ」という民主主義観へ転換する主体的な条件を準備してきたともいえる。言い換えれば、「民主主義は多数決だ」という民主主義観しか持っていなかったところから、多数決民主主義を通じて立憲的独裁への白紙委任に向かうのか、それとも多様な民意を前提とした合意形成プロセスとしての立憲民主主義へ向かうのか、「安倍政治」のたたみ方は、そのせめぎあいの渦中にあるということだ。

 たとえば以下で述べられているような民主主義の「設計思想」は、多数決民主主義観では「教科書」の話にしかならないだろう。しかし「民主主義は合意形成のプロセスだ」という民主主義観が腑に落ちるようになると、「国民主権で統治機構を作りこんでいく」うえでの重要な論点、問題提起として受けとめられるようになるのではないか。

 「投票重視の点で見ると、その反対側にあるのが『投票以外の要素もあるんだ』という考え方で、立憲主義はその例です。議会で多数を得ても、それを拒絶する憲法裁判所などの制度が整えられている。選挙で選ばれたわけではない人が政策決定に強くかかわるという面では、ある種のエリート主義の面を持っています。一方で、多数決だけでは侵害し得ない領域をしっかりと確保することによって、少数者の保護が可能になる。『憲法裁判所で否決されるような法案はそもそもつくらない』となって、議会の好き勝手な活動を抑止することにもなる」(古賀光生・中央大学准教授

 https://globe.asahi.com/article/11882947)

 「選挙は、小選挙区制であれ比例代表制であれ、どこかで意見集約をしなければなりません。ヨーロッパ大陸型の比例代表制は、投票した後で様々な意見を議会の場に出して、交渉して多数意見を練り上げていきます。逆に、選挙をするまえに意見を集約して投票にかけるのが、イギリスに見られる小選挙区制です。ただ、イギリスのように歴史に厚みがあり、明文化されていないルールも尊重するシステムが確立されていればいいのですが、同じ小選挙区制を新興民主主義国で導入すると、『小選挙区で勝てばいいでしょ』『3分の2を取ったら、憲法を変えていいでしょ』『変えたら、憲法裁判所を停止していいでしょ』と、際限なく物事が決められていく。『決められればいい』というポピュリズムの論理に引きずられかねません。もちろん、民主主義の定着度によっても、その国がどのような制度を持っているかによっても、状況は異なります」 (同前)

 「安倍打倒」「反安倍」では、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という「安倍政治」の土台は変わらない。多数決民主主義にとどまらない民主主義観への転換、立憲民主主義を深めるために国民主権で統治機構を作りこむプロセス(狭義の「システム」のみならず「政治文化」も含めた)への踏み込み、それらの深まりと広がりの度合いに応じてこそ、「安倍政治」をたたむことができる。

 逆にそれが弱ければ弱いほど、たとえば以下の問題提起のように、民主的な合意形成の基盤は毀損されていくのではないか。

 「このような現状(憲法について共通の土台がないまま議論がかみあわない/引用者)のもとでの改憲は、現行憲法に対する社会のなかの共通感覚がないままに、さらに変わっていくことを意味しますから、日本がどのような社会を目指すのかという理想に対するコンセンサスや正統性が失われてしまう懸念があると思います。

 つまり、大半の人が、『どっちでもいいから好きにやって』という感じで憲法が変わってしまいかねず、憲法の正統性への疑義は残り続けることになるのではないでしょうか。これまでの日本社会は、経済的にそれなりに成功してきたので、憲法に対する疑義や矛盾もうまい具合に覆い隠されてきましたが、『ポスト平成』はどう考えても右下がりの時代になりますから、それらがむき出しになってしまいかねません」(西田亮介「憲法改正には関心なし? 若者たちの事情」WEBRONZA 11/25

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018111300001.html)

 「安倍政治」をどうたたんでいくか。それはポスト平成―2020後の次世代に、どういう民主主義を手渡していくかということでもある。多数決民主主義を超えた立憲民主主義への糸口をつくれるか、むきだしの分断や対立を「数で決着つける」という民主主義か。

【「民主主義の死は選挙によってもたらされる」?

分断統治ではなく、課題を共有した連帯を】

 

 今、世界中で民主主義が危機に直面しているといわれる。全米でベストセラーとなった「民主主義の死に方」(レビツキー/ジブラット 新潮社)のカバーに書かれている「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。『合法的な独裁化』が世界中で静かに進む」は、こうした状況を端的に示しているといえるだろう。

 著者はインタビューでこう述べている。(読売 11/22)

「――民主主義はどのように『死』に至るのか。

レビツキー氏  現代においては、銃で権力を掌握するのは困難だ。これは良いニュースで、私たちは民主主義は安全だと当然のように思っているが、実はそうではない。民主主義は別の方法で死ぬのだ。怒れる市民には、民主主義的な制度を民主主義に反して使う指導者を選ぶ余地がある。こうした『内部からの死』に対して、民主主義は本質的に脆弱だ」

 「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という民主主義が、「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える」。「民主主義の死」はクーデターや銃によってではなく、選挙によってもたらされる。「怒れる」一票と「どっちでもいいから決めて」は、コインの表裏にほかならない。

 憲法はこうした多数決民主主義の暴走を抑える存在だが、それだけでは頼りない。

「ジブラット氏  合衆国憲法は重要だが、それほど多くのことは書かれていない。我々は憲法と同時に、明文化されていないが数世紀の間に築き上げられた、政治家はいかに振舞うべきかという規範を重要視してきた。我々が『柔らかいガードレール』と呼んでいるもので~『相互的寛容』~『自制心』」。

 誰もが一票だからこそ、『柔らかいガードレール』としての規範もまた、「選ばれた人」だけに求められるものではない。一九四八年から五三年まで使われていた中学・高校の社会科教科書には、このような記述がある。「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。~中略~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」(「民主主義」西田亮介・編 文部省・著 幻冬舎新書)

 こうした民主主義観―『柔らかいガードレール』をどう継承し、次世代とともに21世紀にふさわしくアップグレードしていくか。それが問われている。民主主義という〝共有地〟は、耕す人がいなければ簡単に荒れ果て「内部からの死」に至る。「選ばれた人」だけではなく、普通の人たちがそれぞれの力量に応じて耕してはじめて、〝共有地〟は持続可能になる。民主主義は「内部からの死」に脆弱だが、その崩壊を食い止めるのは「偉大なリーダー」よりも普通の人々の一歩だ。

 残念ながら、消費者民主主義の爛熟で私たちの〝共有地〟は荒れ果てており、民主主義や憲法についての共通感覚も失われている。このなかで『柔らかいガードレール』を築くことは、世代間や社会階層間の分断を克服していくことでもある。選挙で多数を取ることは大事だが、そのために「敵」を作り分断を煽れば、〝共有地〟は荒れて『柔らかいガードレール』はさらに脆弱になってしまう。

 アメリカで存在感を増す「反トランプ」の草の根運動に、「インディヴィジブル」という運動がある。「インディヴィジブル」とは、「分割することができない」という意味で、「忠誠の誓い」で唱えられる一文に入っているという。この言葉が政治運動として使われるようになったのは、トランプ政権がアメリカ社会の分断をさらに深刻なものにするとの懸念から。連邦議会の元スタッフ4名が、分断の対義語である「インディヴィジブル」をタイトルにした、草の根活動のハンドブックを作り、ネットで公開、オバマケア見直しを頓挫させる草の根運動の原動力になったと言われている。

 選挙で当選したい議員心理をつかんで、地元の議員にどうアプローチして話を聞いてもらうかなど、書かれていることは特別なことではないという。草の根保守の運動であるティーパーティーとの違いは「彼らがアメリカの分断を望んでいたのとは逆に、我々は共生社会としてのアメリカの再建を目指しているのです」(https://hbol.jp/179848/3)とのことだ。

 分断統治ではなく、課題を共有した連帯を。来年は統一地方選、参院選が予定されているが、各種の「共闘」もこうした土台の上に構築されることが重要だ。

 「安倍官邸の『勝利の方程式』は、低投票率・与党の組織票固め、そして『こんな人たち』というように『賛成・反対』に分断するということです。選挙を通じて意見の対立がさらに深まるようなやり方は、トランプにも通じます。『民主主義は多数決だ』という民主主義観では、意見の違いを多数決で決着つける、ということになる。そのためにむしろ分断を煽る。これでは選挙の結果、選挙前よりも対立が深まることになる。

 そうではなく、有権者の関与によって意見の違いを新たなステージでまとめあげる、ということ。来年の統一地方選は構え方としては、選挙を通じて新しい自治のあり方を生み出すことに挑戦する、ということです。選挙の争点も、対立を明らかにするためではなく、地域の課題を共有するための問題提起ということになる。選挙後にも選挙で提起された問題を解決するための、新しい会話の糸口になるような構え方をしなければならない」(4面京都「囲む会」)。こうした試みは、地域の現場から始まっている。

 政権を争う国政選挙では「勝ち・負け」は避けられないが、「有権者の関与によって意見の違いを新たなステージでまとめあげる」という自治の政治文化が基礎にあっての政権選択なのか、「意見の違いを数で決着つける」という政権選択なのかは、民主主義にとって大きな違いである。

【人口減少時代の民主主義―住民自治の当事者性を涵養する 

 統一地方選をどう構えるか】

 「2020後」という問題設定は、これまでは漠然とした不安だった人口減少社会の到来に向き合わざるをえないなかで、その当事者性をどう準備できるのかということにほかならない。人口減少時代は突然やってくる危機ではなく予見しうる問題であり、だからこそ「あれか、これか」を自分たちで決める自治の当事者性を涵養できれば、チャンスに転じることもできる。

 自治の当事者性を涵養できなければ、「あれか、これか」をトップダウンで決める、そこに白紙委任することになる。「その先」をいささかグロテスクに描けば、映画「十年」のなかの、生産性の低い高齢者に安楽死を推奨する国の事業とそれに身を委ねる高齢者、ということになろうか。民主主義と同様に当事者性も、不断に涵養し続けなければ「内部からの死」に脆弱だ。

 人口減少時代に直面する課題は多数あり、どれも優先順位の高い重要な課題だが、何よりも問われるのは、課題を共有し向き合うための当事者性の涵養にほかならない。来年の統一地方選をはじめ各種の選挙―とりわけ地方選挙では、こうした当事者性の涵養にどう結びつけられるかが最重要の課題だろう。

 人口減少時代にはこれまでの「拡大」基調から「縮小・縮退」基調への転換が不可欠だとされる。そのとおりであるが、問題はその転換を経済効率や合理性、選択と集中といった市場の論理、行財政改革の論理で行うのか、あるいは民主主義・自治の論理で行うのか、ということでもある。課題を共有する当事者性は、後者から涵養されるのは言うまでもない。

 節約至上主義ではなく、何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増もあえて選ぶのか、こうした議論を市民とともにどれだけ深めることができるか。

 「あれか、これか」と言っても優先順位は多様だ。企業経営なら経済効率や合理性で判断すればいいが、「地域経営」はそうはいかない。議会には、地域の多様な利害を表出させつつ、上記のような議論のなかから優先順位を決めていく役割がある。その役割を果たすうえで、「自分は財政の切り口から判断する」「自分は子育ての切り口から判断する」「自分は産業自治の切り口から判断する」というような「審判としてのモノサシ」を、議員候補者の公約として提示してはどうか。

 何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増もあえて選ぶのか、こうした議論からは、立憲民主主義の基礎である「われら主権者がつくった政府(自治体政府)」というオーナー感覚―当事者性が育まれるはずだ。そういう〝共有地〟を耕していかなければならない。

 「選挙で勝てば、後は何を決めてもいい」のトップダウンでは、人口減少時代の政策はこれまで以上に地域の現場に丸投げになる。

 入管法改正は、人手不足→安価な外国人労働力という発想で、「生活者として受け入れる」という視点は欠落している。しかしすでに研修生や留学生という形の外国人労働者なしに、私たちの生活は回らない状態だ。その彼らを生活者として受け入れようと試行錯誤しているのは、地域であり自治体である。入管法改正が成立すれば、さらに自治体に丸投げになることを懸念して、外国人住民が多く暮らす自治体で組織する「外国人集住都市会議」(座長都市・太田市)は、共生施策の整備に国が深く関わるよう求めている。

 人手不足解消という経済の論理だけでは、地域は回せない。地域には、生身の人間として、生活者として受け入れる自治や共生の論理が不可欠だ。

 昨年の総選挙で与党の公約として掲げられた幼児教育の無償化。政府が来年10月からの実施としていることに対して、全国市長会は「確実な財源の保障及び子どもたちの安全を確保するための質の担保手法が国から示されない限り、円滑な施行は困難である」として政府に要請を行った。「保育園を考える親の会」の自治体へのアンケートでは、自治体負担が発生して財政が圧迫されることで、「保育の質確保策に悪影響」「公立保育所の予算確保が難しくなる」などが上がっている。

 待機児童対策として政府肝いりの「企業主導型保育所」も倒産や補助金詐欺などの問題が出ている。これも「自治体を関与させずにスピーディーに」と言いながら、その後始末のツケは自治体に回されている。

 待機児童解消や幼児教育無償化は、待機児童の「頭数」や保育所の「数」の問題ではない。曲がりなりにも、子どもの保育の質をどう確保するか、ということで取り組んできた自治体の関与を排したトップダウンでは、現場は回らない。

 人口減少時代をトップダウンではなく、地域から住民自治の当事者性で乗り切っていく力量を備えていく。その一歩として2019年統一地方選を。「2020後」に向けた民主主義のイノベーションへ。(3―6面「囲む会」も合わせて参照を。)

(「日本再生」475号一面より。紙幅の関係で、紙面では一部割愛しています。)

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「がんばろう、日本!」国民協議会 第九回大会

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2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

日時  2019年1月6日(日)1300から1700

場所  TKP市ヶ谷カンファレンスセンター

概要  第一部 講演(問題提起)

    第二部 パネルディスカッション

参加費 2000円

(懇親会 事務所(徒歩5分)へ移動  1730くらいから 参加費1500円)

【第一部 講演(問題提起)】

吉田徹 北海道大学教授 

諸富徹 京都大学教授 

【第二部 パネルディスカッション】

吉田先生 諸富先生 

松本武洋・和光市長 廣瀬克哉・法政大学教授 山本龍彦・慶應大学教授

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望年会のお知らせ

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■東京

12月15日(土) 1600から1900

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 1500円

■京都

12月6日(木) コープイン京都
第一部・講演 1800-1900 中西寛・京都大学教授  参加費 1000円
第二部・懇親会  参加費 3500円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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