メルマガ♯がんばろう、日本! №254(19.10.1)
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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index
□ 消費者民主主義の破局からどこへ向かうのか
「静かな全体主義」か、多様性と自由に支えられる民主主義のイノベーションか

●「表現することの自由」と
無関心・自発的隷従が招き入れる「静かな全体主義」

● 自己決定権だからこそ必要な支えあいの社会

□囲む会(東京10/23)のお知らせ
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消費者民主主義の破局からどこへ向かうのか
「静かな全体主義」か、多様性と自由に支えられる民主主義のイノベーションか
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【「表現することの自由」と
無関心・自発的隷従が招き入れる「静かな全体主義」】

「あいちトリエンナーレ」に対して、文化庁はいったん決定した補助金を不交付とした。これに抗議して、参加アーティストによるプロジェクトReFreedom_Aichiが、不交付決定の撤回を求めるネット署名を開始。半日で5万を超えた署名は、さらに日を追って増え続けている。

同プロジェクトは、「展示中止を迫った中には市長などの公人も含み、そして過熱したのはテロ予告や恐喝を含む電凸など。作品の取り下げを公人が迫り、それによって公金のあり方が左右されるなど、この一連の流れは、明白な検閲として非難されるべきもの」だと批判。「これまで先人たちが作りあげてきた日本の文化政策、公的助成制度の根幹を揺るがす暴挙」だとしている。

文化庁は不交付の理由として(1)審査段階で具体的な計画がなかった(2)電凸や脅迫が続いた時点で報告がなかった(3)展覧会中止によって事業の継続が見込まれにくくなった、などをあげている。展示内容に言及することなく、(巧妙に?)「手続き」を理由にしているようにみえるが、いったん決定した補助金を後づけの理由で不交付にするのは前例がないと、文化庁も認めている。

今回の事態が「検閲」にあたるかについて、法律論上の議論はあるだろう。しかし「これがまかり通ると、補助金を盾にした、事実上の国家による検閲につながる。これからの申請団体は、自主規制(自己検閲)せざるを得なくなるから。そして、芸術に対して脅迫行為を行った者達に対して、国がその正当性を認めるかのようなメッセージとなりかねない」(日比嘉高 ツイッター)。

署名に賛同した為末大氏は、「茶色の朝を思い出す」とツイッターでつぶやいている。「茶色の朝」は、20年前にフランスで刊行されベストセラーとなった短編。「茶色以外のペットは処分するように」という法律を皮切りに、主人公と友人の身の回りで次々に「茶色」以外の存在が認められなくなっていく。「ごく普通の」国家が、日々の生活に知らぬ間に忍び込み、人々の行動や考え方を支配するようになるという寓話だ。

無関心・怠惰と、忖度・自発的隷従との間に確固たる境界はない。「見たいものしか見ない」「何をしてもムダ」という〝空気〟がどこへ向かうのか。私たちは大きな岐路に立っているのではないか。こうした状況は「民主主義」にも大きく関わる。

「『民主的』な選挙で選ばれた権力によって、立憲民主主義のルールや仕組みが死に追いやられていくプロセスが先進各国でも繰り広げられていますが、わが国におけるその起点は、低投票率にあるといってもいい。『安倍一強』を支えているのは、熱烈な支持というよりも、低投票率に表される『無関心』という『空気』です。この問題を外して統一地方選、参院選の総括はできません」(戸田代表 2―6面「囲む会」参照)

「(新たな全体主義は)かつての全体主義のように確固とした思想や理念を持つわけではないし、唯一絶対の党組織があるわけでもない。が、社会の既存の組織が力を失ってすべてが流動化するなかで、共通の意味が解体することで指針を失った個人は、メディアがたれ流す大量のパッチワーク的な情報の洪水に溺れてしまう。そこで個人は、政治参加を馬鹿にしながらも、相互に対立するイメージの断片に目を奪われ、踊らされる。~中略~
もし多くの人が、社会の動きは個人の力の及ぶところではなく、残されているのは、社会の大勢のおもむくままに流されていくことだけだと考えているとすれば、それはトクヴィルの「民主的専制」や、ルゴフの「新たな全体主義」に近いのではなかろうか。危険なレベルにまで低下した投票率と「政党の座標軸」の融解は、私にそのような危惧を抱かせる。
換言すれば、「静かな全体主義」が日本で進行している。そして、それこそが特定の個人や組織の思惑を超えた、日本社会の趨勢(すうせい)である。
とはいえ、そのような現状の(ママ)ただ追認するのであれば、それもまた「静かな全体主義」に対する従属に過ぎないだろう。諦観(ていかん)に身を委ねる余裕は、今の日本社会に残されていないように思われる。民主主義の立て直しのために、声を上げねばならない。「静か」になってはいけないのである」(宇野重規 論座 9/1)

あいちトリエンナーレを契機に始まった「表現の自由」をめぐる議論は、新たなステージに移りつつつあるのかもしれない。
「静かな全体主義」に身を任せるなら、アートに求めるのは「心地よさ」や教養、誰もが認めるような名作としての価値などだろう(ただし今日「名作」とされる作品でも発表当時は駄作とされたものは少なくない)。
「表現の不自由展・その後」に対しては、「税金を使うべきではない」「自由というなら補助金を頼るな」という非難もある。しかしアートに対する公的補助は表現者への援助というより、より多くの市民が自由な表現にふれることを可能にするためのものだ。「表現の自由」は民主的な社会のインフラのひとつなのだ。

今回のあいちトリエンナーレがモデルとしたのは、ドイツで行われているドクメンタという美術展だという。現代アートを退廃芸術として弾圧したナチスの歴史を踏まえた現代アートの世界的なイベントのひとつ。2017年のドクメンタをリポートした藤幡正樹(メディアアーティスト)は、フランス人の友人の「アートがなかったら、考える時間がなくなってしまうじゃないか」という言葉を紹介しながら、ドクメンタに通底している姿勢は、戦中と対比的に「表現することの自由について考える」ことだろうとしている。
そして政治的な匂いのする作品の展示が可能なのは、説明してもらうのではなく、自分自身で作品のコンテクストを読み解き、他の人とコミュニケーションすることができる観客との信頼関係―ドクメンタの集積の成果―があるからだろうとしている。
(http://realkyoto.jp/review/documenta14-2/?fb_comment_id=1445558558813387_1452996998069543)

表現の自由の担い手は、送り手と受け手の双方であり、両者による情報の伝達と交流の場が必要だということだ。「表現の自由」は、言いたいことを言い散らかすことではない。ReFreedom_Aichiに参加している小泉明郎(映像作家)は、こう述べている。「作家が、政治性を抜いた無菌状態で中立的な普遍性を見せるのがアートではなく、個人が矛盾を表現し、シェアすることにアートの意味がある。なぜ作家がこの作品を作ったんだろうと考える一歩を踏み出すことで、政治的立場を超えた、より豊かで普遍的なコミュニケーションが可能になる」(バズフィードジャパン 9/10)。

ReFreedom_Aichiは、アーティストと観客との協働による「表現の自由」の獲得をめざしている。「私たちの自由を自ら勝ち取るために、私たちは奇跡を起こさなければなりません。ボイコットを表明したキューバ人アーティスト、タニア・ブルゲラは、『これまで数々の検閲を受けてきたし、見てきたが、一度検閲された作品が再び再開された経験は一度もない』しかし日本の関係者と話すうちに、『今回はそれが可能なのではと感じている』と話しました」(https://www.refreedomaichi.net/blank)

「表現の不自由展・その後」を中止に追い込んだのは、シンボル化によって作品解釈の多義性を塞ぎ、単純化することで同質化しようとする社会の〝空気〟の暴走であるともいえる。そのきっかけを与えた政治家の発言(犬笛)は厳しく問われるべきだが、より本質的なことは、自分自身で作品のコンテクストを読み解き、他者とコミュニケーションできる観客との信頼関係という、民主主義の基盤ともいうべき社会関係資本への糸口をどう作り出すか、ということだ。

他者への想像力を欠き、違いを怖がり、「見たいものしか見ない」社会から、「静かな全体主義」と自発的隷従へと移行していくのか、あるいは表現の自由や民主主義を、自ら担い手として再構築していくか。私たちは歴史的な分岐点に立っているのではないか。

【自己決定権だからこそ必要な支えあいの社会】

文化庁の補助金不交付決定に対し、大村愛知県知事は、国・地方係争処理委員会をはじめとする法的な措置をとると発言した。この問題は「表現の自由」に対する侵害であると同時に、地方自治のあり方にも大きくかかわる。現行制度の下で、地方財政の少なくない部分が国からの補助金でまかなわれている。いったん決定された補助金が、政権や政治家の意向で取り消されることがまかり通るなら、現状でも多々制約を受けている地方自治は、さらに成り立たないことになる。

地方分権で国と地方は対等とされ、地域経営の自由度が高まったはずだ。しかし地方創生・地方版総合戦略をはじめ、補助金の要件としてさまざまな行政計画の策定を義務づけるような集権化の構造も強化されている。さらに言えば、基地問題で「ノー」の民意を示し続ける沖縄県や、「ふるさと納税」で意に沿わない泉佐野市などに対する制裁的な意味合いの措置も目立つ。

地方自治とは地域の自己決定権であり、その基本は住民・市民の議論を通じた合意形成だ。先の参院選での沖縄県や秋田県、新潟県、青森県などでは、地域の自治―自己決定権が争点化されたといっていいだろう。

「『地方からの課題を無視する国政』と、レジュメには書いてあります。石垣市に自衛隊の基地を作るというときに、まず住民投票をやりましょうと市民が提案しました。直接請求で出されたのですが、議員の多数が反対しました。その理由として、『基地問題は国政問題、防衛問題なんだから地方は発言できない』と議員の方々は言うわけです。
住民投票運動をした金城さんという方は、『国政だから、国防問題だから関われないということなら、思考停止になる』と。『国防』と言っておけば、あるいは『国の仕事なんだ』と言って地方が関われなかったら、自分たちは何もできなくなるんじゃないか。とりわけ生活に密接に関わる問題について、『国防』と言った途端に何も言えなくなったら思考停止でしょう、それが民主主義なんですか、ということなんですね。(石垣島の自衛隊基地建設予定地周辺は水源にあたるため、島民の生活や農業に大きく関わる/編集部)

私たちは地域や自分の生活に関することについて、発言する権利があると思います。基地問題は生活に関わることで、安全保障とか自衛隊について、いいとか悪いとか言っているわけではない。自分たちの生活にとって問題だと思うことについて提言しましょうよ、ということです。もちろん、自衛隊や日米安保について問題だという人たちもいるかもしれませんが、まずはその水準で議論しましょうということです」(江藤俊昭教授 484号参照)

自分たちの生活や地域に関わることについて、「国防だから」といった途端に思考停止になるところから「茶色の朝」までは、そう遠くない。自分たちの生活や地域に関わることについて発言し、議論することは民主主義の基本だ。当然そこには異なる立場、利害がある。その違いを怖がるのではなく、想像力を働かせることこそが、豊かな社会につながる。

アートと地域自治に共通するのは、異なる他者との「摩擦」に対する耐性―目先では損をするかもしれないコミュニケーションの力―を育む場となりうることではないか。そうしたコミュニケーションの担い手をうみだすことのできない社会は、「行政に頼っている田舎の限界集落は消えたほうがいい」という短絡的な思考が幅を利かせる貧しい社会だ。こうした「選択と集中」の価値観は、選択されない可能性を恐れるところからの画一化と自発的隷従へとつながる(7―11面 山下祐介教授「囲む会」参照)。
そこに、イノベーションを生み出すような創造性や活力は育まれるのか。

消費者民主主義の破局の果てに見えるものは何か。
「『くらしとせいじ』と言ってるのは、『自分の生活は自分でなんとかするしかない。政治って、それができない人のためのものでしょ』という感覚が当たり前になったところで、日々の生活で感じる問題を、個人で解決する問題ではなく社会の問題、そして政治の問題として争点化―再政治化することができなければならない、ということです。
~中略~今やみんながレールに乗れるわけではない。『依存と分配』が破局するなかで、もうレールはないんだ、自分の人生は自分で自己決定していくしかない、という分解が始まっている。そこから一方で『個の多様性』ということが体現され、自分の生きかたや自分の問題を、個人の問題ではなく社会の問題、政治の問題として語り始めている。今度の参院選では、その一端が可視化され始めたということでもあるわけです」(戸田代表 前出)

自己決定だからこそ、お互いの支えあいが不可欠なのだ。民主主義のイノベーションの担い手を!

(「日本再生」485号 一面より)
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□第203回 東京・戸田代表を囲む会
「平成外交を振り返りながら、これからの日本外交を考える
~沖縄を糸口に」(仮)
10月23日(水) 1845から
ゲストスピーカー 宮城大蔵・上智大学教授
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
同人1000円 購読会員2000円

□第39回 戸田代表を囲む会in京都
「財政民主主義ってなに? ~アベノミクス(量的緩和策)の検証から」
11月14日(木) 1830から
ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授
コープイン京都201会議室
参加費 1000円(学生 500円)回 東京・戸田代表を囲む会
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石津美知子
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メルマガ♯がんばろう、日本! №253(19.8.30)
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Index
□ 低投票率の構造のまま民主主義を衰退させるのか、
縮退時代の争点設定で、民主主義をバージョンアップさせることができるか

● 低投票率の構造にどう向き合うか
埼玉県知事選が示唆するもの

● 新たな争点設定と、その主体性が問われている

□囲む会(東京9/17)のお知らせ

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低投票率の構造のまま民主主義を衰退させるのか、
縮退時代の争点設定で民主主義をバージョンアップさせることができるか
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【低投票率の構造にどう向き合うか 埼玉県知事選が示唆するもの】

8月25日投開票の埼玉県知事選挙。当初は知名度で優勢とされていた自公推薦候補を破り、国民民主党を離党し「県民党」として戦った大野氏が当選を果たした。マスコミでは「与野党一騎打ち」と評されるが、大野氏は国政政党の推薦を要請せず(県連レベルでの支持)、草の根からの支持を積み上げて猛追した結果だ。既存政党の枠組みでは、埼玉県知事選の教訓は見えない。
「日本再生」482号のインタビューで大野氏は、「無所属県民党」として、永田町の力学や関係に左右されない勝手連的なネットワーク型の選挙に取り組むこと、これはある意味で「壮大な社会実験」ともいえるが、これまでどおりの選挙では十年後に向けた舵は切れない、との趣旨を述べている。

ポイントは、前回県知事選から5・68ポイント投票率がアップしたことだ。32・31という投票率は全国的にみれば「ワースト」の範疇だが、それでも統一地方選、参院選と続いた後の単独選挙で6ポイント弱投票率を上げるには、それだけの県民が投票所に足を運ぶ気になる選挙戦を展開できなければならない。
「投票に行こう」というキャンペーンだけでは―どんなに斬新なキャンペーンでも―、投票率は上がらない。低投票率は「争点の不在(争点隠し)」や「政治不信、無関心」の結果であり、その構造を変えるような争点設定や選挙戦の展開によって、いわゆる無党派層の数ポイントが動き投票率が上がる結果、組織票のウェイトが相対化されることになる。

今回の埼玉県知事選は、その典型だろう。自公推薦候補は参院選のときから参院選候補と二人三脚で活動し、知事選では官邸直結をアピール、業界団体や県議後援会などの組織固めに徹したという。大野氏は上田知事の応援を受け、連日朝から夜まで街頭に立ち、一人ひとりの有権者と目線を合わせて政策を訴え、対話することに徹した。

出口調査によれば、大野氏は▽立憲民主、共産支持層の8割▽国民民主の7割▽社民の6割を固めたほか、自民の3割▽公明の2割にも食い込み、無党派層からも6割の支持を集めた。一方の青島氏は推薦を受けた自民、公明支持層の7割、日本維新の会の6割の支持も集めたが、無党派層は3割にとどまった。

争点設定という側面でも、この出口調査によれば、大野氏に投票した人の6割が「政策・公約」を基準に投票、「支持政党や団体の推薦」が2割で続いたのに対し、青島氏は「政策・公約」「人柄・イメージ」が3割ずつ、「支持政党や団体の推薦」が2割だ。

争点設定というと、「○○に賛成か反対か」とイメージしがちだが、争点は「与えられる」ものではなく「有権者が作る」ものだ(総会 江藤先生提起など参照)。つまり「政策・公約」で判断しようとする有権者に、投票所に足を運んでもらうことができてこその争点設定だ。
その意味で、選挙直前に自民党が多数を占める県議会で急遽特別委を設置した「県庁建て替え」は、自公候補の「公共事業を増やす」公約とともに、「何のために、何に投資するのか」が、有権者からは争点化されたかもしれない。大野氏は「公共事業は必要かどうかであって、増やすことが目的ではない」「県庁建て替えより県民に必要なことがある」と訴えた。

低投票率という現象の背景にある構造――選挙や政治が、くらしの問題と乖離している――に、どう向き合うか。埼玉県知事選の教訓は、この視点から統一地方選、参院選を総括する必要があることを示している。

【新たな争点設定と、その主体性が問われている】

現代の民主主義の死は選挙から始まる、といっても過言ではない。「民主的」な選挙で選ばれた権力によって、立憲民主主義のルールや仕組みが死に追いやられていくプロセスは、先進各国でも繰り広げられている。わが国におけるその起点は、低投票率にあるといってもよいだろう。「安倍一強」を支えているのは、熱烈な支持というよりも、低投票率に表される「無関心」という「空気」だ。

いわゆる「安倍支持の空気」といわれる心象風景は、例えばこういうものだろう。「政治は助けてくれない/だから変わらなくていい」、「だって自己責任でしょ」。あるいは「自分の生活は自分でなんとかするしかない。政治って、それができない人のためのものでしょ」と。くらしの問題は私生活やマーケット・経済の領域で自力で解決することであり、そこに「政治」はかかわってこない。

こうした「無関心」の構造について、総会で江藤・山梨学院大学教授は〝シビル・ミニマム〟を手がかりに、以下のように述べている。(6―9面参照)
60年代、70年代の社会資本の充実(シビル・ミニマム)を求める市民運動は革新自治体を生みだし、投票率も保たれていたが、社会資本がある程度整備され「総与党化」の流れが始まるのと並行して、投票率は低下していく。その背景には、社会資本の適正水準は多様であることから、一定水準以上は個人の選択・責任であるとして「政治」より「私生活」や「経済」の領域が重視されるようになったことがある(脱シビル・ミニマム)。

この自己責任論が新自由主義の下でさらに肥大化し、今日の「無関心」の地層に連なっている。縮退社会に向かうなかで、ここにどのように「新シビル・ミニマム」を争点設定できるのか。そしてその担い手―主体をどうつくりだしていけるのか。これが「ポスト安倍政治」の問題設定である。

争点は自然発生的には浮上しない。例えば参院選で有権者がもっとも重視した政策は年金・社会保障だったが、与党は選挙前の国会審議に応じず、政府は本来なら選挙前に公表すべき、法律で義務付けられた五年に一度の年金財政の検証すら、選挙後に先送りした。権力側は争点を隠す。

また社会保障の財源として議論すべき財政についても、「財政民主主義という観点をあいまいにしているから、消費税も『今は増税する時期か』とか、何パーセントならいいのかという状況論に終始する。これでは争点化できません。
税金は金持ちや特権階級からとればいい、という時代ではなくなった、つまり財政民主主義というときにどうするか。自分たちの必要を支えるために政府を構成し、そのための財源を広く参加して支えるということです。そういうことが全部抜けて、『景気がいいかどうか』、『どの時期に増税するか』だけになっている。『金持ちから取れ』というのは、その裏返しです。増税不要論と先送り論がコインの裏表のようになって、社会の持続可能性という肝心な問題は争点化されないまま―非決定―になる」(戸田代表 総会 10-11面)。

争点は自然に浮上するものではないし、「与えられる」ものでもない。作り出すものだ。誰が? 市民が主権者として。

自己責任論は、一方に「自分の生活は自分でなんとかするしかない。政治って、それができない人のためでしょ」という「無関心」を生み出しているが、他方で「少なくとも自分の人生は自分がオーナーだ」という生き方も生まれている。
レールのない時代、自分の人生は自分が切り開いていくしかない。自分の人生は自分で切り開かなくてはならないからこそ、人間としての尊厳や生存権は社会が、したがって政治がちゃんと保障せなあかんのじゃないかと。

ここから新たな政治との向き合い方―「くらしとせいじ」という再政治化―争点設定をどのようにできるか。
こうした意味での「新シビル・ミニマム」について、高度成長期のシビル・ミニマムとの対比から、以下のようなことがいえるだろう。

ひとつは人口減・縮退社会という価値観の転換。経済も人口も右肩上がりで増えるときの「分配」をめぐるものとは、争点設定の軸がまったく違ってくる。結論を先取りして言えば、経済成長を前提にしたビジョンから、持続可能性を前提にしたビジョンへ、政策思想の軸の転換を伴うことなしに争点化はできない。この点で財政は重要なポイントになる。

もうひとつは多様性。シビル・ミニマムのニーズも適正水準も多様化している。同時に、その供給主体も公的部門だけではなくNPOや企業など多様化している。そのなかで「公的」な役割とはなにか、私的な領域、マーケットで解決できるものはなにか、人々の共同・協働の領域とはなにかを、再定義していくこと。その際には「課題を共有するところに公共は生まれる」ということが、基本的な指針となるはずだ。

そして「誰が」争点設定するのか。
シビル・ミニマムは、第三者が「これが適正だ」と決めるものではなく、市民参加や熟議によって達成されるものであるとされる。新シビル・ミニマムも、多様な市民が主権者として参画することで争点化される。そこでの市民参画は、行政や政治を市民が「下から」動かすというよりも、市民が主体的なアクターとしてかかわっていくことによって切り開かれるだろう。例えばこのように。

「今日社会や地域で起きているさまざまな問題、市民の困りごとは、多岐にわたっています。空き家の問題、バス路線の廃止の問題、公共施設の縮小や維持の問題、ブラック企業や過労死や自死の問題、シングルマザー問題、子ども達の不登校やいじめや虐待など、新たな貧困と格差がますます広がっています。
これらの問題は、これまでの人口が増加して行く右肩上がりの時に制定された制度の外で起きている問題であり、市民が行政や政治にお願いするだけでは解決出来ない問題ばかりです。
私たち市民一人一人が当事者意識をもって、今自分が直面していない問題でも、私の問題ではなく、私たちの問題としてどこまで主体的に受け止め、社会参加して行けるかが、大きなポイントです」

これは埼玉県知事選における大野候補の越谷での個人演説会、司会あいさつの一部。この個人演説会は、従来とはまったく違う市民主導で行われ、六人の市民がそれぞれの当事者性から〝くらしとせいじ〟を訴えた。そこに込められているのは、私や私たちの困りごとは誰かに依存することで解決はできない、市民自身が当事者であり、これからの地域社会の主体的責任者であるということを、選挙という場を通じて可視化していこうという試みだ。

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp/diary/diary-now.html

低投票率の構造―消費者民主主義・自己責任・無関心―のまま、民主主義を衰退させていくのか、縮退時代の争点設定―再政治化から民主主義をバージョンアップさせることができるか。ポスト安倍政治の舞台は、このように設定されるだろう。

(「日本再生」484号 一面より)
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□第202回 東京・戸田代表を囲む会
「『支え合わない国』?私たちの税と社会保障」(仮)
ゲストスピーカー 高端正幸・埼玉大学准教授

9月17日(火) 1845から
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
参加費 同人 2000円 会員 1000円
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□立川市長選
8月25日告示、9月1日投票。四選をめざす現職に、酒井大史・元都議が挑みます。

「つくる。新時代立川!の会」ホームページ

http://www.tachikawa.website/index.html

立川市にお住まいの方、また友人、知人へのお声かけを、ぜひ!
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石津美知子
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メルマガ♯がんばろう、日本! 号外(19.8.22)
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Index
□「囲む会」のお知らせ
第201回 8月26日 「自治体の2040年問題」(仮)
山下祐介・首都大学東京教授

第202回 9月17日 「『支え合わない国』?私たちの税と社会保障」(仮)
高端正幸・埼玉大学准教授

□埼玉県知事選 立川市長選のお願い
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第201回 東京・戸田代表を囲む会
「自治体の2040年問題」(仮)
ゲストスピーカー 山下祐介・首都大学東京教授

8月26日(月) 1845から
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
参加費 同人 2000円 会員 1000円
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□第202回 東京・戸田代表を囲む会
「『支え合わない国』?私たちの税と社会保障」(仮)
ゲストスピーカー 高端正幸・埼玉大学准教授

9月17日(火) 1845から
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
参加費 同人 2000円 会員 1000円
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□第38回戸田代表を囲む会in京都
参院選を振り返る~『2020後』を生き抜く当事者性とは」
8月29日(木)1830~2100
コープイン京都201会議室
参加費1000円(学生500円)
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□埼玉県知事選挙
8月25日投票の埼玉県知事選挙。大野もとひろさんが激戦を繰り広げています。

https://oonomotohiro.jp/

低投票率が予想されるなか、組織票で有利な与党系候補を上回るためにも、
埼玉県内の友人、知人、お知り合いへのお声かけを、よろしくお願いします。

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□立川市長選
8月25日告示、9月1日投票。四選をめざす現職に、酒井大史・元都議が挑みます。

「つくる。新時代立川!の会」ホームページ

http://www.tachikawa.website/index.html

立川市にお住まいの方、また友人、知人へのお声かけを、ぜひ!
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石津美知子
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PDFファイル⇒19年8月天秤棒No68

「カラスを何とかしてよー」との受け止め方  
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口の午前5時30分過ぎに到着して、通常通り街宣用具の設置の後、駅前清掃に取り掛かるが、この駅は毎回吸い殻は勿論、コンビニ等で販売しているファ-ストフードや弁当の食べかすやペットボトル等のごみが散乱しており、そのため時間をかけてホウキで作業をする。
しかし、集めて来たごみを目当てに今度はカラスが5匹ほど周辺から降りて来て、ごみをくちばしでつつき、また散乱させた。
中には、そのままくわえて飛んで行くカラスや場所取りで喧嘩状態のカラスなど、モー全く折角集めたのにー。
 午前6時過ぎからやっと市政レポートの配布を開始したところ、救急車がサイレンを鳴らし駅前に横づけとなった。越谷市の救急隊員が2人ストレッチャーを車から出して、駅構内に消えていった。
暫くして、通勤客だろうか、女性(よく顔が分からないので、多分そうだろうと推測したが)が運ばれて来た。
直ぐに、発車するのかと見ていたらなかなか出発せず、何と40分以上も停車している状態が続いた。
多分救急病院の受け入れ先が見つからず、次々と病院への問い合わせをしているのだろう。まま、良く見られる風景だったが、やっと目途が付いたのか、午前7時前に発車して行った。
午前7時過ぎに、30代の現場作業員風(非正規雇用か?)の男性がチラリと私を見て「カラスを何とかしてよー」と捨て台詞のまま立ち去って行かれた。
確かに、私こそつい先ほどカラスたちに腹がたったのだから、気持ちは同じかもしれないが、何の挨拶の言葉もなく、いきなり何とかしてよー、はないでしょう。人と話をする時には最低の礼儀があり、自分の言いたいことだけ言ったら、後は関係がないとの態度をまず改めて下さい、との言葉をかける間もなくすたすたと去って行かれた。
この手の市民が増えているが、私はどんな市民でも出来うる限り会話を試みているが、議員とはそんなもんだ、との認識や会話自身が出来ない市民なのだろう。    (6月25日)

参議院選挙は、どこに投票するのか?
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で何時もの様に午前5時過ぎに到着して準備を始めた。
ただ、今長女と3歳の孫が帰省しており、そのため早朝からその世話に妻がかかりきりで、駅立ちの車での送迎が出来ず、私が一人運転を行う事になってしまい、自宅を出るのも何時もよりも早く出て、街宣用具の設置後は最寄りの駐車場へと車を移動させてからの市政レポートの配布を始めた。       (裏へ)
始めてすぐの午前5時30分過ぎ、何時もこの時間にお会いするなじみの中年女性から、今度の参議院選挙はどこに投票すればいいのですか、と尋ねられた。
各種選挙前にはよく尋ねられるのだが(勿論私の市議選挙だけはそんな質問は当然ないのだが)、安倍政権は6年以上も続いている。
自民党の党内でさえ、官邸主導により議論が出来にくい状態が続いており、この状態は社会全体にとっても自民党にとっても問題であり、野党第一党の躍進により与野党の国会での緊張関係を作り出す事が必要なので、野党第一党の立憲民主党を支持しています、と返事をした。
するとやっぱりそうですね、と笑顔で構内に歩いて行かれた。
午前6時時過ぎ、中学生の一団が次々と駅前に集合して来た。そのひとつのグループに尋ねてみたら、北陽中学校の3年生の修学旅行の一団で、これから京都、奈良へ3日間の旅行だと教えてもらった。
それぞれ事前にグループを編成して、訪問地やコースを調査して実行する方式をとっている。旧来の就学旅行とは取り組む方法が随分変わってしまったが、家庭の事情で参加を断念する生徒もいるのではないか、と心に引っ掛かりながらも、楽しんで来て下さい、と声をかけ送り出した。          (7月5日)

女子高校生に次々と出会った、夜の駅立ち
今朝の駅立ちは、午前6時前から蒲生駅東口で開始した。今回も車の運転は私なので午前5時過ぎには自宅を出て、蒲生駅へ。
午前7時30分頃、前にも紹介した築地の幼稚園に通園している母親と年長の娘さんと出会った。
今日から夏休みに入り、これから自宅に向かう途中での出会いとなった。
参議院選挙の低投票率が予想されることなど話し込んでいたら、あーカンパ箱があるんですね、と気づかれた後、直ぐに5000円ものカンパを頂いた。
(その2日後、“いつも木曜日の朝、蒲生駅でお目にかかれることを楽しみにしています。これからも応援させて頂きます。”とのメールまで頂いた。)
午後6時からせんげん台駅東口で、夜の駅立ちに取り組み午前0時近くまでの6時間、市政レポートを配布したので、朝を入れて合計8時間30分の活動となった。
午後7時頃、何時も大袋駅西口から久喜高校に通学する3年生の女子高生と会った。なんでも突然パフェを食べたくなったので、友人を呼びだして近くの喫茶店に行くとの事だった。
盛んにスマホをいじっていたが、いいお友達だね、と付言したが、満足したのだろうか。
別れたすぐ後、今度は高校生の時からせんげん台駅東口で良く出会っていた女子で、都内の大学に進学し、(大学生の時も、時々駅で挨拶をしたり、先の市議選中にも話した)そしてこの春卒業して就職した22歳の女性と話になった。都内のホテルに就職したとのことで、フロント業務を担当している、と。ホテルにはレストランも併設しているとの事なので、一度ランチを食べに行きます、と話は弾んだ。
午後8時過ぎ、これも朝大袋駅西口から通学している埼玉県羽生市にある誠和福祉高校の3年の女子と話になった。
せんげん台駅東口近くにある歯医者に週4日間、1日3時間程度でアルバイトをしていて、その帰り。福祉の国家試験の準備をしている、と前に聞いていたので時間がなくて大変だねー、と話したら、うーん大丈夫です、との返事だった。
午後8時30分過ぎ、制服姿の女子高校生がだれかと待ち合わせなのか、スマホを手に暫くエスカレーター前で話をしていたが、笑顔で近づいて来て、市政レポートを下さい、と話し掛けられたので直ぐに手渡した。
また、スマホで話ながら待ち続けていたので、私から話し掛けて見た。どうして市政レポートを受け取って頂いたのですか、と。
すると、今度参議院選挙で初めての投票をするので参考になるかと思って、との返事だった。
そうか、18歳まで投票年齢が引き下げられたのだから、現役高校生も有権者となり一票を投ずる責任と権利が発生した、と改めて思いを巡らせたが、果たして参考になったのだろうか。
午後11時30分過ぎに用意した市政レポートが全てなくなってしまった。
今回から午後7時開始ではなく、午後6時から開始したため、想定よりも多くの市民の方に市政レポートを受け取って頂いた結果だ。
そして、これまでポツポツを降っていた雨が本格的に降り出して来たので、本日はこれで終了し長い、長い1日が終わった。(7月18日) 


メルマガ♯がんばろう、日本! №252(19.7.28)
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Index
□ 「ポスト安倍政治」の問題設定と
その「担い手」(「2020後」を生き抜く当事者性)を
~参院選の総括視点にかえて

● 破局へのカウントダウンが始まった「時間かせぎの政治」
ポスト安倍政治(「2020後」)の課題設定へ

●制度の外からの問題提起
自己責任論の〝終わりの始まり〟になるか

□総会(8/4) 囲む会(東京8/26 京都8/29)のお知らせ

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「ポスト安倍政治」の問題設定と
その「担い手」(「2020後」を生き抜く当事者性)を
~参院選の総括視点にかえて
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● 破局へのカウントダウンが始まった「時間かせぎの政治」
ポスト安倍政治(「2020後」)の課題設定へ

参院選の投票率は48・80パーセント。前回2016年を5・90ポイント下回り、過去最低だった1995年の参院選(44・52%)に次ぐ低投票率となった。
「投票率が低かったのは、政権の『針小棒大』な成果の宣伝にしらける一方、あえて『反対票』を野党に入れるという気分にもならず、投票に行かなかった有権者が多かったためではないでしょうか」(藻谷浩介 朝日7/23)

「年金だけでは老後に2000万円不足」問題もあって、有権者が参院選でもっとも重視する政策として挙げていたのは社会保障だった。しかし「人生100年時代にどう備えるか」という国民の問いや不安に、与党が選挙戦を通じて向き合ったとはいえない。むしろ逆に本来なら選挙前に公表されるべき、法律で義務付けられた五年に一度の年金財政の検証すら、選挙後に先送りした。
「どうなっており、どうなりうるか」という、まともな議論の前提さえ成り立たなければ、選挙は政策論戦の場ですらなくなり、「争点」はただの「勝ち負け」でしかなくなる。低投票率はその結果にすぎない。国民にとって大事な課題や争点は、永田町の外にある。

「有権者に一体何が争点なのか、判然としないままに選挙が行われたことが低投票率のもう一つの原因でした。「政治の安定か、混乱か」「憲法の議論が必要か否か」と問われれば多くの人が「安定」「必要」を選択するに決まっているのですが、「安定した政治で何を目指すのか」「憲法のどこをどのように変えるのか」を語らないままに「国民の大きな支持を得た」と評価すれば、国民の意識との間に乖離があるように思えてなりません」(石破茂・衆院議員 ブログより)

議論を封じる・逃げる、都合の悪いデータは改ざんする、公文書は破棄する、さらには逆らう者には狙い撃ちのように報復するという政権運営は、二度と野党に政権を渡さないことを至上命題としてきた安倍政権の「守り」の姿勢が行き着いた姿だ。
この11月で安倍政権は憲政史上最長の長期政権となる見込みだが、その長期政権の源泉は「衆院選のリセット効果をうまく利用して短い任期を積み重ねた『短期政権型の長期政権』」(牧原出 朝日7/23)というところにある。長期政権にふさわしいレガシーが見当たらないのも、短期間にリセットを繰り返す「やっている」感の演出ゆえといえるだろう。

ただし「やっている」感を演出する材料も、次第に尽きつつある。今や政権末期の求心力を維持するために手札として残っているのは、「解散」カードと「改憲」カードくらいだろう。これに揺さぶられて、永田町のなかのゲームに右往左往するのか。参院選の世論調査でも、安倍政権に一番力を入れてほしい政策は「年金などの社会保障」が38%、「憲法改正」は3%(比例で自民党に投票した人のなかでも4%)(朝日 7/24)。「ポスト安倍政治」にむけた課題や争点は、永田町のゲームの外にあることは明らかだ。

アベノミクスの出口が見えないまま、世界経済の先行き不透明性もあいまって、日本の財政リスクは高まっている。本格的な人口減少社会を迎える「2020年後」は目前だし、その先には、団塊ジュニア世代が高齢者となり始め、人口減少社会がピークを迎えるといわれる「2040年問題」が見えている。長期政権の強みとされてきた外交においても、米中関係の戦略的構造変化をはじめ、これまでの延長にはない諸課題が「待ったなし」だ。いずれも「やっている」感の演出でなんとかなる局面ではない。
「やっている」感を演出する「時間かせぎの政治」は、いよいよ破局にむけたカウントダウンに入っている。その破局の向こうに何を準備するのか。それがこの参院選の総括にほかならない。そしてそのフィールドは永田町の外にある。

●制度の外からの問題提起 自己責任論の〝終わりの始まり〟になるか

今回の参院選では、「ポスト安倍政治」にむけた課題設定の芽も生まれつつある。「2000万円問題」が有権者の関心を集めたのは、それが単に高齢者の問題にとどまらず、日本社会全体に広がる「貧困」の問題と無縁ではないと、多くの人が感じているからだ。それを反映する形で、例えば「最低賃金の引き上げ」を与野党各党が公約に掲げたり、野党からは家賃補助などの住宅政策が訴えられた。住宅政策については、日本では市場を通じた自己責任=持ち家政策が中心で、後は低所得層への福祉対策という意味合い(選別主義)だった。家賃補助は、普遍主義の観点からの住宅政策への転換の糸口といえる。

あるいは選挙前の党首討論では、原発の新増設と並んで「選択的夫婦別姓」や「(同性婚など)性的少数者の法的権利」について、各党首の賛否が問われた。こうしたテーマが、選挙における政党間の争点として浮上したのは、今回がはじめてではないか。
永田町の外からの問題提起が、政治の課題設定につながりつつある。その動きを、より確実なものにしていけるか。

平成という時代は、家族と雇用の標準形が崩れていった時代だ。終身雇用を前提に家族と企業に支えられていた社会保障システムは、非正規労働者の拡大によって崩壊した。セーフティネットのないまま、自己責任論だけが肥大化していった。それに対する異議申し立てをすくい上げたのが、山本太郎氏率いる「れいわ」だったといえるだろう。
重い障害を持った人を議員として国会へ送り込むことで求められるのは、国会のバリアフリー化だけではない。生産性で人間を選別するという新自由主義の発想から「自己責任」とされてきたさまざまな理不尽を、国会のなかにおいても「可視化」することではないか。

一方で平成という時代は、個の多様性への入り口の時代でもあった。既存の制度の外に追いやられた問題が「自己責任」とされる一方で、レールなき時代に「少なくとも自分の人生は自分がオーナーだ」という自己決定の小さき主体性も生まれた。例えばそこでは同性婚と子育ては、こんなふうに「地続き」だ。
「同性婚を認めることによって増えるのは同性愛者ではなく、子どもを育てられる家庭である。そして、「マイノリティでも軽視されない社会に生きている」という安心感である。個を大切にするこの時代、必要なのは「今ある普通」に人を当てはめるよりも、「普通」の幅を広げていくことなのではないか」
(合田文 ポリタスhttps://politas.jp/features/15/article/659)

セクハラサバイバーや聾唖者、保育士などと並んで同性婚を訴えて比例当選した石川大我氏(立憲)が代表しているのは、LGBT当事者だけではなく、「普通の幅」を広げていこうとしている多様な人々だろう。
今回の参院選を、「制度の外」からの当事者の声を政治の課題設定へとつなげていく〝始まりの始まり〟にできるか。

「~ただ、それが旧システムの終わりの始まりになるかは未知数です。投票率は低く、日本では自己責任論が広がり、社会としての連帯感は10年前より後退している印象さえあるからです」(稲葉剛氏 朝日7/23)

自己責任論からのバックラッシュは想定されるが、それ以上に課題となるのは「共同性」の再編/再構築だろう。多様な当事者の声が挙がれば、それがぶつかりあうこともある。「○○ファースト」なら消費者民主主義の延長でも可能だが、当事者の声を受け止めたうえで、「あなたの問題は私の問題でもあり、私たちみんなの問題でもありますね」という共同性へと再編していけるような公共空間を、どうつくっていけるか。

ポスト安倍政治の問題設定においても、共同性の再編/再構築は必要不可欠だ。税の議論がきちんとできない立憲民主主義はありえない。税は「とられる」ものではなく、私たちの必要を満たすために政府を構成する手段にほかならない(財政民主主義)。「私たち」という共同性を再編/再構築できなければ、一方に自己責任論が蔓延し、他方に増税不要論が繰り返され、「2020後」を生き抜く当事者性を失ったまま破局を迎えることになる。

社会的孤立(いわゆる「ひきこもり」)も、自己責任論の行き着いたひとつの姿だろう。最近の大きな事件の影響で、高齢の親が無収入の中高年の子どもを支える「8050問題』「7040問題」が注目されている。ただしここで注意したいのは、「ひきこもり当事者が犯罪に走る」というステレオタイプの俗論ではなく、社会的孤立を個人の自己責任とするのではなく、社会全体で向き合う問題とすることができるか、ということだ。(津田大介「論壇時評 6/27朝日より。)

言い換えれば共同性の再編/再構築という課題は、「2040年」を自己責任の破局のなれの果てとして迎えるのか、「私たちみんなの問題」という当事者性と共同性で向き合えるのか、ということを意味する。「2020後」という問題設定は、その分岐点にそろそろ差しかかりつつあるなかでの時間の使い方ということでもある。

参院選では当初の予想以上に、一人区での善戦がみられた。野党の候補者調整は、16年参院選から数えて二回目。長期政権で「動脈硬化」(牧原 前出)が進みつつある自民党に対し、野党統一なら勝てるという可能性が高まれば、有為な人材も集まってくる。そこで必要なことは、ポスト安倍政治の課題設定の共有とそのための合意形成だ。野党共闘がうまくいったところでは、選挙区の票が比例での政党票の合計を上回っている。

政党の足し算を越えた求心力を、どう作り出していくか。そのためにも個別政策の調整という範疇ではなく、永田町の外、制度の外からの問題提起に応えた、旧来の政治の枠組みに替わる政策思想の軸―共通の土俵を設定したうえでの合意形成が、その内容とプロセスともに求められる。参院選そして統一地方選の総括から、解散カード、改憲カードに右往左往しない軸足を。

(8月4日 総会の議論の方向性として)

(「日本再生」483号一面より 紙幅の関係で紙面ではタイトルの一部を変更しています。)
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第九回大会 第一回総会
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1月6日の第九回大会に基づいて、統一地方選、参院選の総括と、今後の方向について
共有するために、下記のように「総会」を開催します。

第九回大会 第一回総会
8月4日(日) 1000から1800
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
参加費 無料

戸田代表の提起
江藤俊昭先生(山梨学院大学教授)の問題提起 コメント
討議
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第201回 東京・戸田代表を囲む会
「自治体の2040年問題」(仮)
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8月26日(月) 1845から
ゲストスピーカー 山下祐介・首都大学東京教授
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
参加費 同人 2000円 会員 1000円
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第38回戸田代表を囲む会in京都
参院選を振り返る~『2020後』を生き抜く当事者性とは」
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8月29日(木)1830~2100
コープイン京都201会議室
参加費1000円(学生500円)

石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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PDFファイル⇒19年7月天秤棒No67

ふるさと納税問題は高額な返礼品?
今朝は朝から雨が降り続き、駅立ちは中止したが越谷市議会臨時議会が、午前10時から開催され、正副議長を始め議会人事や4つの常任委員会等への全議員の所属を決定した。
 因みに私は、前期に引き続き建設常任委員会の配置となったが、5期目にして会派に所属しない議員となったため、議会運営委員会等のメンバーになることが出来ないため、本会場の議席を始め会派間で協議決定された後に、最終的に処遇が決定されるため、全く意思は発動することが出来ない状態となった。
 議会の控室は提供されたが、最も狭い部屋となり、看板には「無所属」と表記されている。
さて、当日地方税制の改正条例が3本、市長から提案されたがその中にふるさと納税の改正条例があり、本会議場で質疑に立った。
実は、総務省が全国の自治体に呼びかけて「ふるさと納税制度」を法律で制定した。これは政府と自治体の関係が、旧来の垂直的な関係から水平的な関係に変えて行く試みであり、一定の評価は出来るものであり、各自治体で様々な取り組みが行われ、地方自治体の自主財源に寄与する結果となった。
ところが、総務省は自治体の独自の取り組みが中央集権なコントロールが出来なくなるとの思惑から返礼品だけを焦点に法改正をしてしまい、返礼品は寄付額の30%以内とする事や、地場産品に限定するなど省令で自治体に通知した。
これを受けて越谷市でも地方税制の改正が提案された。
しかし、この様な総務省のやり方は、ますます地方分権から離れて行くことになっているが、問題は肝心の自治体のトップにその認識が極めて低いことが問題であり、越谷市もその例外ではない。
勿論、ふるさと納税制度には様々な問題を内包しており、根本的には地方交付制度の問題であるので、運用を是認するものではないが、それにしても何の問題もないように、ただ条例改正を形式的にしてしまう今日の市長の姿勢は問題ではないだろうか。   (5月21日)

議員の最大の職務は、議案への賛否
昨夜から雨が間断なく降っており、今朝の駅立ちは中止せざるを得なくなった。
本日6月10日から6月越谷定例市議会が開始され、6月27日までの約20日間の日程となっている。
 市議選挙後の本格的議会のため、新人を含め18人もの議員が一般質問を予定している。
選挙での公約や主張を披歴したいとの気持ちは良くわかる。
 しかし、一般質問とは議決事項でもなければ、執行部を拘束するものでもない。
昔から議会の花とも言われているが、議会の最大の責任は議決行為であり、一般質問はこれとは一切関係がない。
 勿論一般質問の意味が全くないわけではないし、質問の仕方では大いに執行部に影響を及ぼすことも可能だ。
 しかし、それでも市長提出議案への集中的な関心と質疑を最優先にして行く議員の姿勢が極めて大切であることを自覚する必要がある。
(6月10日)

越谷市の最も基本的な街づくりの指針として、第5次総合振興計画(今後10年間)の策定作業が始まりました。今回の策定には市民参加が重視され、初めての無作為抽出の公募型も採用されています。裏面に市民懇談会の内容を掲載しますので、ぜひご参加をお願いします。


PDFファイル⇒19年7月天秤棒No66

開票結果が午後11時過ぎに事務所へ
投票日となった、4月21日(日)は、習慣となっているので、午前5時過ぎには起床した。
ゆっくりと新聞に目を通し、パソコンでツィッターやフエイスブックも同じようにチェックをしたため、午前中の時間を要した。
午後4時頃、投票場となっている桜井南小学校の体育館に向かった。徒歩で10分足らずの場所にあり、会場には選挙立ち合い人の馴染みの自治会長の皆さんが着席しておられた。
記帳台で投票用紙に氏名を記帳(一字一字思いを込めて、丁寧に書き入れた。こんなに自身の名前を書くことは、4年に一度のことだが)して、投票箱に。
一日中、着席しての立ち合いは大変なことは容易に推測出来るので、挨拶と簡単な労いの言葉をかけて、会場を後にした。
午後8時には、投票時間が締め切られるので、それまでは、何度も越谷市選挙管理委員会が発表する投票状況をスマホで確認するが、極めて投票率が低い。
午後8時過ぎには、選挙事務所でスタッフの皆さんと開票作業の状況を見守ったが、開票場となった越谷市総合体育館には、レポート隊を2名派遣して、状況の報告をして頂いた。
開票は午後9時から開始されるため、まだ正確な開票情報は全く分からない。ただ会場に来ている候補者や運動員の様子等は連絡が随時入って来る。
午後10時選挙管理委員会の公式な開票状況の発表がなされたが、500票との事。
選挙開票事務について、市長に私はこれまで何度も質問と改善提案をして来た。
つまり、迅速にしかも正確な開票事務を進めるためには、これまで習慣として来た作業手順や開票台を始めとした会場のレイアウト、職員スタッフの配置等を全面的に見直す必要がある。
これは実は開票作業を対象としているが、課を超えた全職員が一同に共同作業を迅速に取り組むため、所謂縦割りの障害を物理的にも精神的にも変えて行く最大の舞台となるからだ。
すでに、全国では開票作業の全面見直し運動が10年も前から開始されおり、大幅な時間短縮を実現した自治体が続出している。
「最小の労力で最大の効果を図る」公務員の仕事は、地方自治法でこの様に規定している。
かつて、越谷市は、市議選挙の開票事務で大きなミスを犯した事やその原因が特定出来ない事態や最終結果の確定が県内ワースト1になるなど、不名誉が続いていた。
特に開票事務が遅れる大きな原因に、開票立ち合い人による“丁寧な”一票一票の確認作業に時間を要するため、深夜に及ぶことが多々あった。
これは不明票の判定などのマニアル等の説明が開票日当日に実施されており、事前に立ち合い人に周知する時間が限定されていた。
そこで、私は立ち合い人が丁寧に票を扱うのは当然なので、出来うる限り早く事前説明を開催して頂く様に、何度も何度も質問を繰り返した結果、現在は開票日前に開催する様に改善もなされた。
午後11時当選確実の報とともに4000票を超える得票結果に事務所に三々五々に集まって頂いた支援者の皆さんから歓声が沸き起こった。
開票レポ隊の帰りをまって、午後11時30分頃簡単な選挙報告会が始まった。
選挙期間中の苦労話や失敗談など次々と話題が提供されて、当然だが、皆さん満足な笑顔を見せておられた。
午前1時過ぎには、報告会は一応お開きにはなったが、明日の駅立ちに配布する市政レポート(当選者の一覧や得票など)の作成のため、別のスタッフによる作成作業は別の場所で平行して取り組まれていた。
350枚ほどの市政レポートが届いていたが、これを3つに折る作業はこの時間から開始された。
手織りのためこの作業に3時間以上を要し、担当したスタッフはほぼ徹夜状態だった、と後日報告を受けた。
私は、帰宅して就寝したのは午前2時過ぎで、午前4時に起床して、事務所の市政レポートを取りに行き、せんげん台駅東口に向かった。
(4月21日)

開票日の次の日も、通常通りの駅立ち
午前5時前にせんげん台駅東口に到着して、何時もの様に駅前の清掃作業の後、街宣用具を設置して、事務所から持ってきた市政レポート(市議選挙特集号)の配布を始めた。
通常なら午前5時30分開始なのだが、選挙期間中は、午前5時前から駅立ちに取り組んだ経緯があり、この時間からの配布となった。
流石に、この時間帯は選挙期間中と打って変わり普通の月曜日の朝で、静かな駅前となっていた。
おめでとうございます、これからもしっかり市政を変えて下さい、選挙で疲れているのに、やっぱり駅に立つんですね、等のお祝いの言葉が馴染みの市民だけでなく、次々と間断なく続く状態のまま午前8時30分過ぎまで続いた。
当然だが、当選確定が深夜に及び、まだ当落を知らない市民の方も多くおられた。
このため、当選したの?と恐る恐る尋ねる市民もおられた。
ブッチギリの当選ですね、圧勝ですねとのお祝いも寄せられた。
しかし中には、おめでとう、でもトップ当選ではなかったね、との言葉も少なくない市民の方から頂いた。
すみません、力不足のため期待やご尽力に応える事が出来ませんでした、とお詫びした。
午前6時30分頃、橋本議員(自民党)と午前7時頃山田議員(共産党)も駅頭をそれぞれ開始された。
(4月22日)

当選報告会の開催は、今回で5回目
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時前から開始した。駅前清掃は普段通りだが、開始時間は通常より30分早い。
これは選挙期間中の時間帯を踏襲しての開始となった。
前日に引き続き、当選おめでとうの言葉は、途切れることなく続く。
早朝から駅前の清掃を担当されている高齢者の方から、お祝いの言葉とともに何時もの様にペットボトルを2本差し入れて頂いた。
また、カンパも次々と寄せられて、6人もの市民の方の気持ちを頂いた。
午前6時30分頃馴染みの高級キャバクラの店長さんからも、(この時間帯に営業を終えて帰宅する途中に良く声を掛けて頂いている)おめでとうございます、勝利の印です、と栄養ドリンク(タフマン)を頂いた。
本当にそうですね、勝利のVサインですね、と応じたが、やはり当選したことで何時もよりホットした気分となっていた。
更に、馴染みの自転車整理係りの高齢者からも、当選おめでとうございます。約束通り白川さんに12票入れました、と話しかけられた。
えー、そんなに大家族でしたっけ、と応じたら、いいや息子やその嫁や親せきなどに働きかけた、との返事だった。
今回の4148票は、前回よりも338票も上積みの結果となっており、この様な市民の方の支持によって実現したのだろう、と敬服した。
この日は、午後7時から選挙報告会を白川事務所で開催した。
会場には、様々な支援者や市民の方が駆けつけて頂き、料理の差し入れと共に選挙運動の苦労を労う多くの言葉があふれ、また約束した市民マニフェスト「私たちが創る、地域の未来」の実行を着実にする様に注文する事も多く聞かれた。
5期目に入ったが、平常心とともに4年間の市民の付託の重さも感じ取った集会だった。
(4月23日)