メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(17.7.20)

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Index 

□投票に行こう!

 仙台市長選挙(7/23投票)、横浜市長選挙(7/30投票)

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仙台市長選挙(7/23投票)、横浜市長選挙(7/30投票)は、東京都議会議員選挙に続き

地域の課題が争点化されるとともに、安倍政権への信任を問う性格にもなりつつあります。

仙台、横浜のお知り合いに、「ぜひ、投票に行こう」とのお声がけをお願いします。

東京都議会議員選挙の結果は、投票率が8ポイント上がったことも大きな要因となっています。

イギリスの総選挙でも、若者の投票率アップが、「保守党大勝」との事前の予想を覆しました。

選挙戦の情勢については、下記をご参照。

<仙台市長選>郡氏なおリード 菅原氏迫る

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201707/20170719_11021.html

混迷の横浜市長選!争点はやっぱり「カジノか否か」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52350


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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PDFファイル⇒17年7月天秤棒駅頭24

学生議会で質問した女子大生が
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅西口で、毎回の駅前清掃の後、開始した。
午前7時30分頃大学4年生の女学生から、覚えていますか、と笑顔で話し掛けられた。
直ぐには分からなかったが、一昨年に開催した、越谷市議会主催の、第3回学生議会で、一般質問をした学生だった。しかも、その答弁に立ったのが私だった。
当時は質問した学生は、全員紺色のリクルートスーツ姿だった事もあり、初夏の白いワンピース着に別人のようだった。これから就職活動にはいり、病院の検査技師の職を目指しているが、困難が予想される、との話だった。
精一杯頑張って、と激励した。
午前7時から、前日に引き続いて会派 自治みらいの、市政報告会を午前8時まで取り組んだ。会派所属の4人の議員は、会派の会報「ギカイタイムス」の最新号の配布と、マイクを順次握りそれぞれ、議会報告をした。
 来週の月曜日は、午前7時から大袋駅東口で市政報告会の予定だ。   (5月19日)

ミニ東京の開発にならないか
昨朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅西口で何時もの様に開始した。前回の同駅での駅立ちに見かけた駅前ビルの解体が、終わって更地になっていた。
確かに古い建物ではあったが、次々とビルの解体と同じ様な建設物が続くのは、ミニ東京の再来に過ぎない。時代は大きく変化しているにも拘らず。
(5月30日)

麦わら帽子のない頭に初夏の日差しが
昨朝の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始した。それから直ぐに、30代の馴染みのサラリーマンが1000円のカンパを。
市政レポートを受け取り、何時もありがとうございます、と付け加えて。恐らく初めてのカンパだろう。こちらこそ、大切に使わせて頂きます、と返事をした。
朝から気温がドンドン上昇して行く。連日の夏日なのに麦わら帽子を自宅に忘れて来た。
そのため通常の立ち位置では、太陽が正面から当たり、汗が吹き出してくる。やむなく、場所を移動して日差しを避けたのだが、何時もの位置とは違うため一旦通り過ぎて戻って来る市民が、分からなかった、と。
終了間際の午前8時30分頃、旧知の高齢女性が、何時もの1000円のカンパを。今日も銀座で映画ですかと尋ねた。すると指を顔に当てて、なんしょ、と小声の返事だった。聞かない方がよかったのか、と思いながら、2時間30分の駅立ちを終わった。迎えに来た妻と最寄りのデニーズで朝食を取った。
この店は分煙がしっかりしており、煙が店内に漂わないため妻のお気に入りだ。
(5月31日)

公衆電話の料金回収作業を見て
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で実施した。午前8時10分頃、エスカレーターの上り口に設置されている、公衆電話の料金の回収に、ビル管理の女性?(制服姿だったが、NTTの職員ではなかった)がやって来た。
しばらく見ていると、十円玉を回収していたが、それ程の数量ではない。
すでに、携帯電話を始めスマホの台数が日本の人口を超えている。20年前には、想像もつかなかった事だ。
確かに便利で使い勝手が良い機種であり、常に最新情報と連絡が時間や場所を超えて可能となっている。しかし、僅か20年で人々の生活は、分断の渦の中でもがき苦しんでいるのも事実だ。スマホの普及による光と影を思う。
(6月1日)

貧乏ひまなしの暮らしが続いた
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分から午前8時40分まで実施した。
駅に到着して街宣用具の設置をしていた、午前5時20分に馴染みの通勤途中の高齢女性から話し掛けられた。何時もの時間だったが、朝早くから、大変ですね、と話したら、貧乏ひまなしですよ、との返事。
こちらも同じですよ、と返したら、少し戸惑った様に笑顔での反応だった。何度も失職し仕事も居住も変わり子どもが3人もいて、波乱の人生だったので、正にこの言葉通りの生活だった。良くそんな風には見えない、と言われるのだが。午前8時前、旧知の高齢男性が、無言で市政レポートを手に取って。
そして、ポケットから出した1000円札を頂いた。ありがとうございます、とお礼を言ったのだが、無言で改札に向かわれた。
確か初めてかもしれないが、やっぱり支えて頂いている事のありがたさが、心にしみた朝だったが、6月議会では、共謀罪法反対の意見書が否決された。国会では、強行採決に。
             (6月15日)

“年寄り”の言葉のいろいろの意味
昨朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅東口で開始。直ぐに高齢の馴染みの男性が笑顔で、お互い朝が早いねーとの話に、そうですね、と返事。すると年寄は朝が早いから目がさめるねー、との返答に、んーん前夜は午前2時に就寝しているので、返事に困っていたらエスカレーターで登っていかれた。
午前7時過ぎ70代の旧知の女性がゆっくりと、歩いて来られたので、何時もの様に気を付けて、と送り出した。
すると年寄だからねー、との返事。いいえ、今日は気温が上がる予想ですから、暑さに気を付けて下さい、と返答した。「年寄」という意味も人それぞれの受け止め方がある。
午前8時40分で終了したが、朝から加計学園のメール問題が焦点に。 (6月17日)

修学旅行にも行けない生徒がいたら
昨朝の駅立ちは、午後5時30分からせんげん台駅西口で開始。5時15分に駅に到着したら、中学生の集団がそれぞれのグループで談笑していた。
そこで、生徒に尋ねてみたら、越谷市立北中学生の生徒達で、京都に修学旅行に2泊3日で行くために集合している。東京駅に向かい新幹線を利用。
ただ、トランク等の大きなバッグは持参しておらず、宅急便で既に配送したとの、事だった。
皆嬉しい顔で改札に向かっていたが、もしかすると、こんな楽しい旅行に経済的な理由で参加を諦めた生徒がいるかもしれない、と頭をよぎった。
午前6時30分頃旧知の銀行員の方から、何時も様に、1000円のカンパを頂いた。前日に佐賀銀行の本店で不祥事が発生した事を話したら、すみませんと何度も頭を下げられた。
勿論私に謝れる理由はないので、直接はなんの関係もありませんよ、とこれも何度も話した。 企業人とはこんな風に連帯責任を負わざるを得ないのか、少し重たい気分になった。
(6月21日)



メルマガ♯がんばろう、日本!         №225(17.6.30)

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Index 

□民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、

重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを

 ●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える

   6/18シンポジウム

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう

□「囲む会」のご案内 

  

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民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、

重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを

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●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える

 6/18シンポジウム

 6月18日、第105回シンポジウムを開催。テーマは「民主主義のバージョンアップ」。世界的にも民主主義の機能不全が指摘されるなか、「自治」や「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて民主主義の底力を鍛えるところから、21世紀型民主主義へのバージョンアップの方向性を議論しようというもの。

 第一部は、吉田徹・北海道大学教授による「日本政治の過去、現在、未来~民主主義の現在地~」と題する講演。

 「グローバル・ポピュリズム・ドミノ」と称されるような、21世紀に入ってからの世界的な「民主主義の変調」は、いくつかの構造的かつ複合的な要因によるものであるとしたうえで、日本においては「政治不信」という形で現れていること。その背景にはタテ(政府や政党)のみならずヨコ(社会の人間関係)に対する不信が国際比較においても高い、「高度不信社会」ともいうべき日本社会の構造があること。

 ここから導かれる過剰な自助努力原理が、連帯の欠損や「デフレ政治」を生み出していること。このような信頼の欠如でもなんとかやれていた「中福祉・中負担」社会が、いよいよ持たなくなっている今、さらなる政治の領域の「合理化」→自助努力圧力と政治不信の増大(低福祉・低負担)という社会に向かっていくのか、それとも信頼と連帯(高福祉・高負担)の社会へと向かうのか、という岐路にあること、などが的確なデータとともに提起された。

 講演の最後では、民主政のインフラである社会関係資本(他者に対する信頼や互酬性が当然とされる意識の集積)を作っていくことが、先進国の政治において必要になっていることをあげて、「活動とは物や物質の介入なしに、直接、人と人との間で行われる唯一の活動力であり、複数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが1人の人間ではなく、複数の人間であるという事実に対応している」(『人間の条件』)というハンナ・アーレントの思想を紹介した後、次のように締めくくられた。

 「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのかを考える時にある」。

 第二部は、吉田先生、小川淳也・衆議院議員、役重真喜子・花巻市コミュニティアドバイザー、稲垣文彦・中越防災安全推進機構アーカイブス・メモリアルセンター長、松本武洋・和光市長によるディスカッション。役重氏、稲垣氏は、行政とも政治家とも異なる「中間組織」的な立ち位置から、コミュニティーにおける自治の当事者性を涵養し、同時にこれを公的な意思決定といかに架橋するか、という問題設定を体現されている方として参加していただいた。

 多岐にわたる論点をあえて整理すれば、前半は「当事者性の涵養と、コミュニティを軸とした社会関係資本の集積の試み」といえるだろう。民主主義は共同体の自己決定であるが、その「私たち」という当事者性をどのように涵養していくのか。そしてコミュニティーにおけるそうした当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように有意義なものとして架橋していくか。

 役重氏、稲垣氏からは、中山間地域の現場のリアリティに根ざした、コミュニティにおける当事者性の涵養について、示唆に富んだ問題提起がなされた。またフロアの地方議員会員からは、ユーレイ(〝足〟がない)といわれる首都圏において、どのように当事者性を涵養していくか、その試行錯誤のあれこれが報告&提起された。地方と都市部という違いはあれ、民主主義をどのように日常のなかで実態化し、社会関係資本として集積していくか、その経験知、実践知の共有という性格の議論となった。

 ここでのひとつの大きな軸は、「分断を乗り越える」。グローバル化と「右肩下がり」という大きな時代の変化を、世代間対立(逃げ切り世代vs逃げ切れない世代 シルバー民主主義など)や、グローバルエリートvs見捨てられた人々、といった対立や分断の構図にしない「私たち」の当事者性を、どう育んでいくかということだ。

 こうした問題設定が共有されるに従って、「自治やコミュニティ? そんな小さなことは政治じゃない、政治は『天下国家』だ」というカンチガイは、はるか後景に退けられることになる。代わって、グローバルや「天下国家」はローカルやコミュニティ、自治といったことにしっかり足をつけてこそ、ということが共有されるようになる。

戸田代表の集約コメントでは、こう述べられている。

「『グローバルになればなるほど、ローカルが大切だ』と。グローバル化を、憎悪や寸断として受けとめるのではない側は、グローバルな世界がわかればわかるほど、ローカルが見えるようになるはずなんです。国境を越えて世界が見える、と同時に本源的な社会性をローカルの世界に見出す。それは『遅れた前近代』でもなければ、『取り戻す』ものでもない。『なつかしい未来』とでも言うべきものであり、アンチ・グローバル的な感情では見えないものです」。

こうした政治社会意識の〝変化〟が、ライフスタイルの転換―衣食住や自分の人生のグリップ感―を伴って進行していることが、3.11後の大きな特徴でもあるだろう。

松本・和光市長も加わった後半でも、「自治」を軸に多岐にわたる議論が繰り広げられたが、ひとつの軸は、コミュニティーにおける自治の当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように架橋していくか、あるいはそこでの距離感を近づけていくかということであったと思う。

仕組みのひとつとしては、「地域内分権」とか「地域自主組織」といわれているものもあるが、役重氏が言うように「お金をあげるから、自分たちで決めてね」ということとは次元の違う、コミュニティでの「自分たち」の当事者性が、地域全体の意思決定とどう有機的に架橋されているのか、というところの問題だろう。あるいは大きな理念やビジョンを語る政治と、コミュニティの自治、当事者性をどう有機的につないでいくか、ということでもある。

「立派な」理念を語る政治家に「お任せ」するのは楽だが、フォロワーも「いっしょに目指す」のでなければ、いつでも「結果を出せ」と求めるだけの消費者民主主義になってしまう。同人地方議員からは、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、すぐに「結果を出せ」とは言わないとの発言があったが、そういうフォロワーとの関係性をどう作っていけるか。フォロワーシップの波を繰り返し作り出していく、そこにリーダーシップの素養が生まれてくるということだろう。

松本市長は、これからの縮小社会に向かって、いわば「負」の分配が必要になってくるなかで、身の回りの範囲で「お互いさま」でみんなが考えていける、そういう投げかけを行政も議員もしなければならない、と同時に「その先」にある未来の展望を、政治がいかに語れるかだと述べた。

「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのか」。戸田代表の集約では、このように述べられた。

「地縁、血縁、師弟関係も重要です。それを否定するために言っているわけではありませんが、そういう縁がなくても、『この問題、どう思う』という会話が普通にでき、そこから議論の輪が広がり、そこにコミュニティの縁、自治の縁もつながり、社会的な縁が多元的になる。そういう関係性をつくりだす、それが活動だということです。~社会的な主体性、社会的な縁、それと地域やコミュニティをどうつなぐか。がんばっている地域というのは、『外』の視点や人を生かしていると言いますが、そういうことにも通じます」。(シンポジウムの詳細は459号にて。)

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう

6月18日のシンポジウムを受けて、民主主義の底力を鍛えるための問題設定を、さらにどのように整理し、深めていくか。今年から来年にかけての「囲む会」やシンポジウムは、ここから準備していくことになる(12面日程参照)。

 7月13日の京都での「囲む会」では、「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」とのタイトルにもあるように、グローバルとローカルを有機的に結びつける主体性について、6月18日とは違う切り口で考える。

 フランス大統領選挙では、「国際政治における新たなトレンドを裏付けた。どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、国家主義者か国際主義者かという構図になった」(ギデオン・ラックマン 日経4/27)と言われる。トランプのパリ協定離脱と、米国の自治体、企業などの連合による「反撃」も、こうした構図を示しているといえるだろう。EUについても、統合がもたらす諸問題に国際協調の立場で向き合うか(すぐに結果を出せなくても)、一国主義で対応するのか、という構図になる。

これは言い換えれば、資本中心のグローバル化に、環境や財政、社会的投資などの分野での統合の深化でいかに対抗するか、ということにもなるだろう。

「トランプもルペンも、グローバル化の中で失ったものを、国家主義の観点で取り戻そうということです。安倍さんも『日本を取り戻す』と言っていました。

一方でまだ解答はありませんが、グローバル化がもたらす負の側面に、国際協調で向き合って未来に向かって取り組んでいこうと。こちらの側がグローバル化の負の側面に動揺したり、言い訳や弁明をした場合は、不平不満が可視化されていますから、さらにそれが勢いづくことになります。マクロンは、弁解をせずに国際協調の確信を語ったんですね。もちろん今後そう簡単にはいきませんが、困難を伴いながらも、国際協調の観点で諸問題を解決する方向に進むのか、不平不満が再び噴き出すのか」(戸田代表コメント 6/18)

われわれ日本の『グローカル』な主体性も、こうした構図のなかでとらえていきたい。

さらに、「その時に、今日の議論でもありましたが、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、『結果を出せ』とすぐには言わないと。コミュニティでの議論の実践知から、そういう発言がありました。これも重要だと思います。

政治家は『結果を出す』ことが問われますが、その合意形成には時間がかかるという意味をフォロワーに伝え、どれだけフォロワーシップの波をつくりだせるか。そのためにはどういう論点があり、どう整理されているのかということです。多元社会になればなるほど、一部を切り捨てて『決める』というわけにはいきませんから」(戸田代表コメント 6/18)ということだ。

 「すぐには解決できない」ことを共有し、「任せた」ではなく「いっしょにやろう」というフォロワーシップの波を、繰り返しどのように作りだせるか。ここからリーダーシップの素養が生まれてくる。8月27日の「囲む会・特別編」では、地方議員会員の経験知、実践知を交えながら、こうした新たな社会活動家の資質や役割について議論を深めたい。

 そして10月21日のシンポジウム「民主主義のための社会的投資とは」(仮)では、6月18日での議論を踏まえ、民主政のためのインフラである社会関係資本への投資について議論を深めたい。

 「人への投資」「未来への投資」は単なる○○対策ではない。(ましてや「お試し改憲」の目くらましとしての「高等教育無償化」の打ち上げ花火でもない。)

 6月18日のシンポジウムで吉田先生は、北欧の高福祉・高負担の国々と南欧の低福祉・低負担の国々の違いについて、前者は他者への信頼度が高く、後者は低いこと、そして前者は財政が健全であるのに対し、後者は財政破綻→緊縮→政治不信というスパイラルにあると指摘している。

 

 イギリス総選挙で労働党が若者の支持を集めて猛追したのも、「国民教育サービス」のマニフェストによるところが大きいとされている(ブレイディみかこ 朝日6/22)。自分で考えられる市民を育てるのに十分な時間と人手を子どものために割く、そのための投資を国が行うという「人に投資する政治」は、若者の熱い支持を集め、EU離脱投票では低かった若者の投票率は、今回の総選挙では大きく伸びた。

 あるいは一連の選挙から、「社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では昨年、有権者の過半数が、右派ポピュリストに籠絡されたが、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに『ノー』と言ったのである」(熊谷徹 日経ビジネスオンライン 6/23)ともいえる。

 こうした「民主主義のための社会的投資」について、グローバル化の下での国際的な共通課題という視点も持ちながら議論したい。

同時にこうした投資を可能にする経済について、「国民経済の細胞としての地域経済」という視点や、「持続可能な地域経済循環」という視点を整理したい。経済政策というと、GDPの伸び率や物価、株価、国際収支、為替などが論じられるが、これでは足元の地域経済の実態は見えてこない。地域ごとに異なる経済の実相をどれだけ把握できているか。

自治体の財政についても、「財源がない」という話で思考停止していないだろうか。実際に地域の経済がどうなっており、どのようにお金が回り、誰がどのように納税しているのか、どこにどんな社会的投資をすれば、地域の経済活動がどのように活性化するのか、その波及効果を最大化するためにはどうするか、といった知恵を絞るべきではないか。

11月12日の総会では、これらの論点、問題設定を整理して、次の大会をどう準備するかを議論したい。

安倍政権は来年の任期満了をにらんで、「お試し改憲」を具体的な政治日程に上らせようとしている。目先の政局や選挙を乗り切るための「お試し改憲」よりも、尊厳ある「人たるに値する生活の必要」(労働基準法)を充たすべく「憲法の徹底した実質化を」というフォロワーシップの重層的な波を!

(「日本再生」458号 一面より)

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「凡庸の善」で考え続けるために

「囲む会」のご案内 

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■第178回 東京・戸田代表を囲む会

「憲法を議論するための〝共通の土台〟とは」

7月18日(火) 1845より

ゲストスピーカー 宍戸常寿・東京大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

■第179回 東京・戸田代表を囲む会 特別編

「フォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップとは」

8月27日(日) 1300より

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

■第30回 戸田代表を囲む会in京都

「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」

7月13日(木) 1830より

ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授

コープイン京都

参加費 1000円

■第106回 シンポジウム

「民主主義のための社会的投資とは」(仮)

10月21日(土) 1300から

TKP麹町駅前会議室 ホール8A

諸富徹・京都大学教授 廣瀬克哉・法政大学教授 佐無田光・金沢大学教授 ほか

参加費 2000円

■「がんばろう、日本!」国民協議会 第八回大会第五回総会

11月12日(日) 1000から1800

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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1)、ヘイトスピーチ対策法
2)、教育機会確保法の具体化(フリースクールへの支援等)
3)、自殺(自死)対策
どのテーマも、これまでの制度の外側で起きている深刻な社会問題であり、自治体の責任が問われています。
しかし、市長も教育長も旧来の枠組みから一歩も抜け出していない答弁に終始しました。
思考停止の状態で2期8年も続いた挙句、市長は本年10月の市長選挙に、3選の出馬を6月議会で表明されました。
これ以上時代の変化に対応出来ない、その問題意識さえない、市政運営の継続に市民の批判が続いています。


PDFファイル⇒17年6月天秤棒

6月越谷定例市議会は、6月1日からはじまりましたが、冒頭から毎年繰り返される「議長の一身上の都合」を理由とする辞任のため、一年交代で新議長が選出されました。

議長ポストのたらい回し、今年も?
毎年6月議会の冒頭は、議長が一年で辞任をするため、議長選挙が行われ、新議長が就任する“年中行事”が今回も行われました。
しかも、自民党、公明党、民進党と無所属の会、刷新クラブの4会派(32名の議員の中で21人の議員を占めている)だけで、事前協議(談合?)で、正副議長を始め、4つの常任委員会の正副委員長ポストまでたらい回しをしているのではないか、との市民の厳しい批判が続いている中でした。
議長選挙の中で、唯一議会改革として取り組んでいる、議長立候補者による「議長公約」の文章化と全議員への配布だけは、今回も実行されました。
しかし、当選した議長公約の事後公開は実現されず、公約の検証は皆無の状態が続いています。
勿論、私は議長選挙の前に開催される会派代表者会議(7つの会派代表者で構成されている)で、一年交代の議長選挙に関して、せめて2年間の期間とすることや仮に一年で辞任を前提として議長公約を出すのなら一年間に出来ることややりたいことを明記すること等他会派に強く要望し協議を求めて来ました。
そこで、毎回私は議長選挙立候補に当たり、議長任期は2年間を目途することを始め、議長公約の市民への公開等を明記して臨んでいますが、全く改善の見通しはありません。
今回の議長選挙の結果は、岡野英美議員(公明党)25票、白川秀嗣(自治みらい)7票となり、岡野新議長が就任しました。
 議長選挙立候補にあたってのマニフェスト(所信)について
越谷市議会 自治みらい
代表 白川 秀嗣

 一昨年4月の市会議員選挙を経て、越谷市議会として、この間「市民に開かれた議会」をめざし、様々な議論が行われて来ました。
しかし、議長の一年交代が慣例化し、残念ながら本6月議会でも議長が一年で辞職されました。
 私は、本年5月25日の会派代表者会議で、議長の一年毎の交代を変更するよう強く要望させて頂きました。
 前回の市議会選挙は、投票率が史上最低の40%を割り込む結果となり、また市長選挙でも35%前後の低投票率が続いています。
 これは、住民福祉の向上を目的としている議会のシステムが有効に機能していないことに大きな原因があります。
 このため、議長の責任は勿論、議会全体が連続的な改革を推進していく覚悟が求められています。
 同時に立憲民主主義の視点から、多数決の手法を少数者への分断と不信の増幅に使うのか、信頼と連帯のために使うのかも大きな課題となっています。
 つきましては、「市民により開かれた議会」への歩みを更に進めるため、以下の10点を議長マニフェスト(所信)として明示し、議長の職責を全力で務めさせて頂くものです。
        記
1、 議長就任期間の一年交代の慣例を改め、議長任期を2年間とするため、今後その環境整備に努めます。

2、 議長候補マニフェスト(所信)は、議長選挙後に当選した議長のものを出来る限り市民に公開します。

3、 前期に開催された、議会主催の「市政報告会」の実績を基に、様々な問題点を改善しながら再度開催するために努力します。          (裏へ)

4、 議会基本条例の制定を任期中の実現をめざし、特別委員会の設置等実現を図ります。

5、 議会の防災対策のため、現在の議場の議席・執行部席・傍聴席に防災ヘルメット、防災頭巾を設置します。

6、 議会傍聴者からの議会アンケートは、全議員に周知するようにします。

7、 閉会中の本会議場は、出来るだけ市民に開放して行きます。

8、 議会だよりの改善のため、市民がどの程度議会だよりを読んでいるのか調査を実施します。

9、 議長への手紙、メールを整備して、市民からの議会、行政への意見、要望を受けつける仕組みをつくります。

10、休日、夜間議会を開催し、市民や小中学生等が傍聴して頂く様に工夫します。

                                以上

議長に就任された岡野議員の議長公約(あえて反対するほどの大きな指針の違いはありませんが、その実現手段の提案や他議員の参加と協力が必要です)実現のために、私が協力するは当然なのですが、市民の皆さんとの連携も必要です。
そのためにも、議長公約が公開されることが前提ですが、公開することは全会派の了解とはなっていませんので、残念ですがここに掲載することが出来ません。
また、来年の6月議会で、岡野議長が一年で辞任されないことを強く期待しています。

意見書案の審議を巡り紛糾
現在参議院で激しい論議が行われている「組織的犯罪処罰法改正案」(共謀罪法案)に反対する意見書を、私を始め自治みらいの4人、共産党2人、民進党と無所属の会4人が賛同者となり6月1日に議員提出議案として出しました。
通常は意見書の提案と審議、採決は議会最終日(つまり、今回は6月20日)に行うのですが、国会の閉会が6月18日予定のため、意見書が仮に採択されても送付先の国会が閉会していることから、先議(通常の議案審議に先立ち日程を早めて審議すること。一般的には議会初日、今回は6月1日に行うのが通例)を提案者の山田議員(共産党)からお願いがありました。
これを受けて議案を取り扱う議会運営委員会(議運)では、一旦先議を行うことに全会派一致して決定しました。
ところが、その日程を巡り激しい攻防が展開されました。
それは、6月1日冒頭での審議日、6月13日の議案質疑の日か、その中間の一般質問の初日6月7日なのか、断続的に議運が開催されました。
自治みらいは、この議案の取り扱いは内容に反対か賛成かを問うものではなく、あくまで国会開催中に間に合う様に事務的に処理すべきものであり、速やかに行う様に議会初日の審議を主張しました。
しかし、自民党、公明党、刷新クラブ、保守無所属の会が、6月13日の審議を譲らず、自民党の委員(伊藤治議員)からは採決による決定方法の示唆まで発言がありました。
これまで、議運では全会一致の原則で何事も決定してきた伝統があったのですが、本年3月議会での「議場への国旗掲揚」を巡り、これまでの慣例を一方的に破り、自民党委員(この時も伊藤議員)が審議打ち切りの動議を提案し、多数決で強行するなど、今回も同様になる可能性が浮上しました。
そのため、止む無く6月13日の審議に同調しましたが、極めて事務的に取り扱うべき議案にも拘わらず、何故これほど抵抗するのか全く不明でした。

市長選挙にむけ高橋市長、3選を表明。
6月9日、高橋市長は、本年10月に実施される越谷市長選挙に、3期目の立候補を予定していることを表明されました。
本庁舎の耐震化対策が、後手、後手に回っている現実が、市長公約の「安心、安全さいたまNO1」の対極にあることを含め市民の審判を受けることになります。


PDFファイル⇒17年6月天秤棒駅頭23

用意したチラシが、途中でなくなって
昨朝の駅立ちは、北越谷東口で、駅前の清掃作業の後午前6時から開始。午前6時40分毎回私にぶつかるまで早足で歩いて来る、40代前後の男性が今回も同様の行動に。
以前、邪魔だ、邪魔だと怒鳴られた事もある。ジーンズにポロシャツやジャンバー姿が多い。
想像するに派遣の現場労働者ではないのか?行き場のないうっぷんを、誰かにぶつけたくて、私が標的になっている様にも見えるのだが。毎回の事なので、何時も朝から気分が暗くなる。
そんな中でも午前8時前、馴染みの30代の女性から、配布した5月14日開催のアチャアチャ(食とくらしのマルシェのお祭り)の案内チラシを見て、あらかわいいと笑顔で。
綺麗なカラー印刷とかわいいイラスト入りのパンフだけに、私が通常配布している市政レポートとは全く異質。
しかも14年間もあまり変わり映えがしないためか、目立つのだろう。(以前にも書いたが、カラーで印刷したいのは山々だが最低1万枚で8万円程の費用が必要となる)
更になんとこの時間に用意したチラシが無くなってしまった。昨夜準備で用意した枚数を間違えた様で、直ぐに妻に電話をした。
午前2時過ぎに準備をして午前5時前には起床しているのでチラシを入れた袋を確認しなかったためだ。
当然、妻は不機嫌な様子だったが、(午前5時30分に自宅を出て、北越谷駅で街宣用具を降ろして一旦自宅に戻っている。通常なら午前8時30分過ぎに再び北越谷駅に迎えに来るのだが今回は2往復になるため)直ぐに車で配送してくれたので、午前8時30分まで途切れなく配布を続けることが出来た。その後妻の機嫌をとる労苦をともなって。
              (5月9日)

越谷市民に、選挙区が異なる有権者が
今朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅西口で開始。駅前にあったビルが解体され、更地に大型ユンボが配置されていた。
午前8時前、地元大袋地区でスポーツレクリエーション推進協議会の役員のサラリーマンから、衆議院の選挙区割りに関して話しかけられた。一票の格差是正のため最高裁が勧告を受けて法改正に進んでいる。
このため、これまで第3区(越谷市と草加市)の選挙区だった越谷市のせんげん台西地区と大袋地区が隣の春日部市を含む第13区に編入された。
つまり、越谷市民の中で選挙区が違う有権者が存在する事に。この件で話しになり、当該の市民は殆ど知らないだろうし、地元の意見も聞いて欲しかった、と。
午前8時過ぎ、馴染みの女性が、チラシを受け取り少し驚いた様に、これ何?と。配布していた5月14日開催の第3回アチャアチャの案内パンフを見て。昨日もそうだったが、このチラシに女性がよく反応して頂いている。何時もの単色刷りの市政レポートに慣れすぎているせいだろう。それ程読んで頂いている証左かも。
   (5月9日)
         
気づかない中で、1000円のカンパが
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で午前6時から開始したが、市政レポート配布の定位置は、太陽が早くも照りつけて暑い。
 午前6時30分過ぎ、馴染みの40代のサラリーマンが、チラシを受け取り、(裏へ)      演壇のカンパ箱に500円を投入して頂いた。
確か前回も頂いたはずだが。後ほどカンパ箱を見たら。
500円硬貨以外に1000円札が。昨日は雨のため駅頭を中止しており、前日の大袋駅かその前の北越谷駅で、どなたかがカンパをして頂いた様だ。午前7時30分頃、何時もペットボトルを差し入れて頂く50代のサラリーマンの方が、キャリーバックを引いておられたので、出張ですか?と尋ねた。
羽田空港から宮崎市に向かうとの事。更に仕事の後、故郷の熊本市に帰ると。気をつけて行ってらっしゃい、と送り出したら、何時もの様に冷たい飲料水の差し入れが。
その後若い男性7人と女性1人の一団が、大きな横断幕を掲げて駅前に勢ぞろいした。パンダ美容院の従業員の皆さんだ
しかし、並んでいるだけで何も始まらない。10分程して、おはようございます、行ってらっしゃい、パンタ美容院です、と声を合わせて通勤客に呼びかけていた。
やっぱり街頭で大きな声を出すのは、勇気がいるものだ。ましてや、20代の若者だ。しかし、やる気と慣れが恥ずかしさを忘れる、私がそうである様に。         (5月11日)

人身事故が、道路や運行に大きな影響を
昨朝の駅立ちは、午前7時から北越谷駅西口で開始したが、自宅から駅に向かう4号線が、上りも下りも、渋滞して中々駅に着かない。
交通事故が原因ではないか、と思って到着したら、駅構内に乗降客が溢れていた。
 午前5時30分頃、大袋駅と北越谷駅間の踏切で人身事故が発生していた。(よく人が飛び込む場所だ)
このため、ダイヤが大幅に乱れており、大きな影響が北越谷駅で起こっていた。演説を始めて暫くしたら、何時もはせんげん台駅で出会う、20代のサラリーマンが、歩いて来られた。また大袋駅で出会う50代のサラリーマンは、奥様に車で送ってもらった、と。どちらも、私のマイクの声に反応して話し掛けて頂いた。
本当に、毎日市内の何処かの駅で、市政報告会に取り組んでいるのですねー、と。午前8時前、30代前半?の女性が、近づいて来たものの、何か話し掛け様として躊躇している様子。
そのため、私から声をかけてみたら、駅前の灰皿問題だった。灰皿の周りには喫煙者の煙で充満している
このため、直ぐ横に設置してある郵便ポストに手紙が入れにくい、移動して欲しい、との事。 
以前から灰皿問題に市民からの改善要望が寄せられていた。先般も市役所の担当課長に話したが、灰皿の移動先に近くの公園を検討したが、地元住民が反対し、更に交番の前も断わられたとの経緯を説明した。
このため、移動ではなく撤去の方向で現在検討中である、と付け加えた。ただ、時期が特定されていないため、待つしかない。この女性は、黙って聞いておられたが納得されたのだろうか。受動喫煙法も検討されているのだから、法制定によりこんな状態を早く解決する事に繋がって行くはずだ。     (5月17日)

会派の市政報告会との違いに戸惑い
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分から開始したが、午前7時からは自治みらいの4人の議員による街頭市政報告会を開催した。そのため通常の街宣用具を設置せずにスタートした。すると、午前6時過ぎ毎回カンパを頂く銀行員の方が、カンパ箱がないので、次回にします、と。午前7時過ぎ、自治みらいの街宣に移行したら、自転車駐輪係の馴染みの高齢男性が清掃の手を休めて、もう終了ですか、と話し掛けられた。
いいえ、今から会派の市政報告会です、と返答。また、通常の場所ではない所で、自治みらいの会報を配布していた事で旧知のサラリーマンからも、立ち位置が、変わったんですか、とも尋ねられた。すでに14年間も続けているので、通勤客にとっては定常の風景になっているのだろう。        (5月19日)


メルマガ♯がんばろう、日本!         №224(17.5.31)

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Index 

□民主主義をバージョンアップするための確信を語ろう

「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治と「議論による統治」をつなぐ

 ●弁解ではなく、確信を語る

 ●価値をめぐる問いに向き合ってこそ、主権者教育

 ●民主主義の足場はどこまで固まっているか

□「囲む会」のご案内 

  

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民主主義をバージョンアップするための確信を語ろう

「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治と「議論による統治」をつなぐ

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 6月18日のシンポジウム(詳細は末尾「ご案内」参照)のテーマは「民主主義のバージョンアップ」。そのための起点となるであろう点について、考えたい。

●弁解ではなく、確信を語る

 イギリス国民投票、アメリカ大統領選と、先進国政治の乱気流が続く中、フランス大統領選は、開放経済と移民包摂に積極的で国際協調や欧州統合の重要性を正面から説くマクロン氏を大差で選出する結果となった。

 これは、「国際政治における新たなトレンドを裏付けた。どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、国家主義者か国際主義者かという構図になった」(ギデオン・ラックマン 日経4/27)ということでもある。「既存政治の機能不全」や、「やせ細る中間層」、「先進国リスク」といった問題に、国際協調・国際主義の立場に立って向き合うのか、それとも国家主義の立場に立って、国境の壁を高くすることで向き合うのか、それが問われるということだ。

 この転換をもたらしたものは何だろうか。人びとの不安や不満の高まりに対して、「知識人ですら、反自由主義的ポピュリズムに『理解』を示し、ひそかに迎合する中」(遠藤乾 東洋経済オンライン5/8)、「マクロン氏は11人の候補者中唯一、開放経済と欧州統合の意義を堂々と肯定し、そのうえで選出された。つい10年ほど前に、欧州憲法条約が国民投票で否決され、その後遺症が残る国での話である」(遠藤乾 朝日5/25)。

 遠藤氏はこうしたマクロン氏の揺るぎない確信を、彼個人のバックボーンから解き明かして、こう述べる。「(マクロン氏の思想的立場からは)~欧州は、個人と社会、市場と衡平、競争と尊厳との間に均衡が成り立つ稀な場に映る。国もそう。欧州という枠のなかでフランスは開花し、そうなることで欧州も輝く。だからそれは、保全されなねばならない。統合や協調を進めるのに弁解は不要だ、となる」(遠藤 前出「朝日」)。

 もちろん、「こうした確信は傲慢と紙一重」(同前)ともなりうるだろう。だがポイントは別のところにある。人びとの不安や不満をどれだけ「的確に」「正しく」分析できたとしても、そこに立脚すべき強い〝確信〟がなければ、乱気流を乗り切ることはできない、ということだ。

 それは例えばまちづくりをめぐる地域の議論の場で、どんなに有能なコンサルによって的確な現状分析と方向性が示されたとしても、そこに〝思い〟がなければ人びとを動かすことはできない、ということに通じる。〝思い〟があって、人びとが動くからこそ、合意形成のプロセスが動き始める。当然、思いも立場も意見も利害も違う人びとのなかでの合意形成は、時間も手間もかかる。その紆余曲折を一歩ずつ進めるためにも、〝思い〟を繰り返し共有することが大切だ。その過程で〝思い〟は〝みんなの意思〟になっていく。

 それがあれば大きく道を外れたり、修復不能な分断に陥る可能性は低くなる。それがなければ、目先の個別的な利害に不断に揺さぶられ、はじめは小さな食い違いが分断と対立の芽に転化することになる。そうしたいわば、拠って立つべき確信をどう持つか、が問われているのではないか。

 民主主義のバージョンアップというのは、たんなる制度や仕組みの改変の話ではない。民主主義の価値をめぐる問いに真剣に向き合い、その過去―現在―未来のなかから共有すべき価値を磨いていくことだろう。そこに弁解は不要だ、必要なのは確信なのだ。

●価値をめぐる問いに向き合ってこそ、主権者教育

 民主主義の機能不全は、他人事ではない。「安倍政治」の下で、民主的な統治プロセスがいかにないがしろにされているか、挙げればきりがない。もちろんそれに対する抗議行動も必要だろう。だがそれは「安倍政権打倒」だけで済むことなのか。もっと根本のところ、民主主義の価値について共有するところから組み立てなおすことなしには、民主主義のバージョンアップにつなげることはできないだろう。遠くに跳ぶためには、後ろに下がらなければならない。

「私は行政学者ですから、地方自治について制度や組織の話を長年やってきました。もちろん今もそのレベルでの改革も必要なのですが、最近はもっと根本のところで自治のあり方を再構築、バージョンアップしないと物事は動かない、そのギリギリまで来ているのではないか、という思いが強くなっています。

最近『ポピュリズム』という議論がありますが、東京都政では石原都政の成立をめぐっても、そういう議論がありましたし、その前の青島都政も『人気投票云々』と言われたりしました。そういうことが繰り返されつつ、劣化しているんじゃないか、という感じもあります。

 これは一つひとつの現象を批判しているのではなく、なぜそうなっていくのか、ということにまでさかのぼって考え、そこからどう構えていけばいいかということを、もう一度組み立てなおさなければいけない、そんな時点に今立っているのかな、と思っています」(廣瀬克哉・法政大学教授 「日本再生」457号)。

 「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのはまちがいである。~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」。これは、1948年から53年まで中学・高校の教科書とした使われた「民主主義」のなかの一文だ。この復刻版(幻冬舎新書)を編集した西田亮介氏(東工大准教授)は、同書の解説でこう述べている。

 (18歳選挙権を受けて総務省と文科省が制作した教材は)「政治や選挙の基礎知識について端的に記述されているともいえるが、ここには価値をめぐる問いは登場しない。見事なまでに教科書的である。なぜ民主主義を学ぶ必要があるのか、民主主義と憲法の関係はどのようなものなのか。近代日本にどのように民主主義は定着してきたのか。日本の民主主義の固有性、短所、長所とは何か・・・・・・。このような価値に関する問いと向き合わずに済むように、巧妙にデザインされている。(これらが政治的にセンシティブなものであったとはいえ/引用者)~こうした問いこそが、民主主義や政治と向き合うモチベーションの源泉となる。価値をめぐる問いを抜きにして、日本における民主主義の質感や手触り、固有性を語ることはできず、また政治的な志向も自覚できないだろう」

 

 価値をめぐる問いに向き合わずに済ませてきた民主主義とは消費者民主主義であり、それは「消費者として公共サービスに依存することが当たり前」の社会だ。その「依存して生きられる社会」が、いよいよ限界を迎えつつあるなか、私たちは民主主義をめぐる問いに向き合って、そこから構えなおしていくべき地点に立っている。その足元は自治の現場にほかならない。

「介護サービスの消費者として、そのサービスを買えるお年寄りは、消費者として自分の生活の質を買うことができます。それができる消費力がなくなると、ここは傷んでくる。傷んだ人の割合が多いコミュニティで、まさにまちが荒れてくるというようなことが進んでいくとき、でも本当にまちをそういうふうに使い捨てていって大丈夫ですか、みんなが不幸になりませんか、そうならないためにどうしたらいいんでしょうか、何ができますか、というコミットメントが自治体を動かす仕組みであると考えると、それは民主主義の政治制度の中で動かしていくしかないわけです。

だから投票だって、行かなくちゃいけないのだと思います。~中略~理念をお説教するのではなくて、このまちで生きていくことの『宿命』として、どんなふうに振る舞うのが大人であるか、そういうたしなみとして民主主義を再生させないといけないんじゃないか、そういう主権者教育をわれわれは求められているのではないか、と感じています」(廣瀬先生 前出)

依存するのが当たり前という「豊かな社会」の消費者民主主義のライフスタイルそのものを見直し、「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治(廣瀬先生)というライフスタイルへと転換していくところから、民主主義を再生させる。迂遠のようにみえるが、それが主権者運動の歴史的な役割だろう。

●民主主義の足場はどこまで固まっているか

 

 問われているのはポピュリズムの是非や危険性ではなく、ポピュリズムの波に足をすくわれないほどに、民主主義の足場が固められているのか、ということだ。

 「石川 (憲法について)議論の自由度が増したのは確かですね。でも、肝心の『憲法への意志』がどこにあるかと考えると暗たんたる状況です。支える意志ですね。~『憲法への意志が憲法の規範力を支える』~日本の場合は『憲法への意志』が、9条とその支持層に限られており、憲法の核心をなす立憲主義の本体が、それによってのみ支えられるという構造になっている。~他方で、いたずらに憲法を敵視する復古的な勢力だけが、依然として改憲への『意志』を持っている。この状況でもかまわないという立場を取ると、立憲主義そのものの否定に加担することになると思います。そうやって憲法の根幹を奪われてしまうことへの危機感が、『真ん中』には感じられません。もしそこに、立憲主義の敵を退ける強い『意志』を見出せる状況ならば、9条の是非を視野に入れた、より広範な憲法論議が可能になりますが」(石川健治 5/3毎日)。

 立憲主義を支える「意志」とは、どういうものか。「立憲主義は独裁国家ではない、現代民主政国家にとってのグローバルスタンダードでもあるが、その核心は『法によって国家権力を構成し、制限する』という点にある。ここで強調したいのは、国家権力を構成するという点、すなわち複雑化する現代社会で『国民』を形成する政治プロセスを生み出すという憲法の働きである」(宍戸常寿 正論6月号)。

 「国民」とは、あらかじめ一枚岩のまとまりを形成している存在ではない。とくに現代社会は多様な利益、価値、世代、地域、信条などの違いのなかで、それを調整しバランスをとることの繰り返しであり、政治プロセスもまた、こうした利害や立場の違いを調和させて(多数決至上主義ではなく!)合意形成を調達していくものにほかならない。

 こうした「議論による統治」(三谷太一郎)における当事者性の涵養と、「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治における当事者性の涵養を結びつけ、その結びつきによってそれぞれをさらに豊かなものにしていく、そうした民主主義の循環をつくりだしたいものである。

 政治家に〝確信〟を求めるのは「ないものねだり」だが、空虚な言葉をふりまく政治家には事欠かない現状のなかで、せめて「あったものをなかったものにはできない」というオープンな都政運営への転換くらいはめざしたいものだ。

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「凡庸の善」で考え続けるために

「囲む会」のご案内 

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■第177回 戸田代表を囲む会

「『国家戦略特区』を検証する~〝暮らし〟と〝なりわい〟を地域の手で」

6月3日(土) 1330より

ゲストスピーカー 岡田知弘・京都大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

「第二の森友」といわれる加計学園(愛媛)問題は、国家戦略特区の産物である。

アベノミクスの下で進められている国家戦略特区が何を生み出しているのか。

その検証とともに、いわばその対極にめざすべき地域再生―地域経済の活性化

について、またそこでの自治体の役割について、お話しいただく。

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第105回 シンポジウム

制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受けとめる民主主義の底力を鍛えよう

~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~

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6月18日 1230から

TKP市ヶ谷カンファレンスセンター7階ホールA

参加費 2000円

講演とディスカッション

吉田徹・北海道大学教授

小川淳也・衆議院議員 ほか


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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PDFファイル⇒天秤棒駅頭 17年5月NO22

朝日がまぶしい駅前で、体温も上昇
昨朝の駅立ちは、午前6時前に越谷駅東口に到着して、清掃の後、市政レポートの配布を始めた。連日の暑さのためコートを使用せず、夏服で対応した。
 午前7時馴染みのサラリーマンが、一旦レポートを受け取り戻って来て冷たいペットボトルを頂いた。更に馴染みの女性からも同じ様に頂いた。
午前8時過ぎには、太陽の光が眩しく体が暑くなっているのが、分かるのかその女性から、暑くなるので、体を大切に、と言って頂いた。 
また、午前8時過ぎにスピーカーの電池が切れてしまい、終了までの30分間は、肉声での呼びかけのため、喉が痛くなる程だった。(4月20日)

泥酔状態の若者のため口に
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅西口で開始したが、事前の清掃では相変わらずゴミや吸い殻、食べ物の容器等散乱しているため時間がかかった。
清掃をしている間に、若い男性4人と女性の一団が怒鳴りながら歩いて近づいて来た。こんな状態の時はトラブルが起きやすい。案の定トラブルが発生。
泥酔状態の男性の一人が、市政レポートを入れていたギャップの袋を見つけて持ち去ろうとした。このため、それは私の物です、と話すと、おまえの物か、と返事。(大人に向かって、タメ口はやめなさい)、と言おうとしたら、別の男性が、すみません、と謝った。その後タクシー乗り場で更にコンビニから買って来たのか、包装容器を道に散らかして去って行った。
直ぐにまた清掃したのだが、朝までアルコール漬けになる程、気持ちが晴れない事があったのか?
午前6時30分頃作業着姿の中年男性から、成田空港行きのバスに乗り遅れたが、どうすれば成田に行けるか、教えて下さい、と。
直ぐにスマホで、東武鉄道を利用して成田空港までの検索をして教えようとした。
ところが、タクシー乗り場付近にいた妻とおぼしき人に声をかけ、大きなトランク2個を抱えてタクシーに乗り込んで行った。
飛行機の出発に間に合う様に利用したのだが、恐らくタクシー料金は、3万円を超えるだろう。所要時間は、1時間30分くらいだろうが、私なら時間に間に合うなら電車を利用するのだろうが、どんな事情かは分からない。
更に午前7時前に自民党の街宣用の幟が車から運ばれて来た。市議も顔を見せた。駅立ちの日程を時々見間違ってしまう。
今朝も同様のミスを犯してしまった。また、昨日と同じ夏服のため体が冷え切った朝に。
その後、18年前5票差で落選した最初の越谷市議選の折、熱心に支援を頂いた地元の中小企業の社長さんに、10年ぶりに会った。
最近赤山町に自宅を移転、大宮で午前8時からの会議に向かう、との事。普段は電車を利用しないが、あれからずーっと駅頭をしているのか、尋ねられ、今72才でオリンピックを二度体験出来る等の話に時間を忘れた(4月21日)

偶然が次々に重なった、ファミレスで
昨朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時から開始したが、演壇の場所は喫煙者用の灰皿の横にあり、次々と出勤前の市民がタバコを吸っている。
時には10名前後にもなり、当然煙が周辺を覆い漂ってくる。午前8時30分過ぎに終了して、街宣用具を積み終えた車の中で、妻が何度も私に言った。
服に匂いが染みついている、と。すでに自分では気づかない程ニコチン臭になっていた。
これから政務活動費の作成と報告のため市役所に直ぐに向かうため、役所の近所の東越谷のデニーズで朝食を食べた。席に座ったら知り合いの女性が前の席におられたのでご挨拶をした。なんと6年ぶりの再会。
私が事務所を借りているビルの1階で営業をされていた居酒屋の女性店主で、当時二軒の店を切り盛りされていたが、1軒に集中するため移転された。
それ以来お会いしていなかったので話が盛り上がった。そしてバタバタして挨拶もせず引っ越したので気持ちです、とデニーズで販売していたマンゴーを頂いた。
気持ちは十分受け止めたし、お世話になったのはこちらの方なので、品物は遠慮したいと何回も断った。
しかし、どうしてもとの事だったので、ありがたく頂いた。その後3年前に亡くなった室内清掃の会社の社長の奥様が、入って来られた。 
こちらも葬儀以来3年も会っておらず、社長の最後の話に。
会社を引き継ぎ、従業員の協力の中順調に経営を続けている、との事。
社長はガンのため様々な治療を試みたが、死期が迫り、覚悟を決められて病室から自らの携帯電話で、私に最後に会いたいとの連絡が。
当時入院していた独協病院に駆けつけ15分程話したが、死期が近いとは感じない程元気だった。
それが7月20日だったが、奥様が携帯を取り出し通話記録の私の名前を見せて頂き、今でも消さずに持ち歩いている、と。実は縁の近い人に次々と病室に来てもらったが、私が最後の人間となり、それから1週間程で亡くなった、との事だった。
偶然とは言え、何年も会えなかった人々に触れ合う朝となった。    (4月26日)

気配りの暖かさと冷たさの差し入れ
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分から開始。午前7時頃に30代の馴染みのサラリーマンから、冷えた缶コーヒーを頂いた。午前8時過ぎ、駅前広場の清掃係りの高齢男性から、暖かいベットボトルを頂いた。この間毎回の差し入れだ。それぞれ私の体への気配りだけに、駅頭継続の元に。(4月27日)

カンパが入った封筒に激励の言葉が
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅西口で開始。午前6時に駅前のパチンコ店のガラス張りの正面側に縦2m横4mの巨大スクリーンが設置されており、ニュースの画像とテロップが次々に映し出され始めた。パチンコ店と言へども、社会的関心とは無縁ではない。いやむしろ人びとの関心や興味が何処にあるのか、市場の動向に敏感でなければ生き残っていけない。 
午前6時過ぎに、何時もカンパを頂くサラリーマンから、恥ずかしいから、あんな事は書いちゃダメですよ、と笑顔で異議申し立て?を受けた。(一心太助の記事だが、また書いてしまった。それ程私にとっては意味がある事なので)
更に馴染みの女性2人から同じ事を言われた。市政レポートと共に配布した、来月開催されるイベントの案内パンフがカラー刷りでイラストが入っている。まあーカラー刷りですか、可愛いイラスト、と。確かに普段私が作成するチラシは、単色で、イラスト描写はないので、驚かれたのだろう。(もう少し財政に余裕があれば、カラー印刷が出来るのだが。)  それでも、年に1回カラー刷りの市政レポートを作成、配布しているが1回で30万円を超える。
 午前8時過ぎ、旧知の中年女性から、ご苦労様と声が掛かり、封筒を渡された。中身を直ぐには確認しなかったが、封筒には、自記筆で一心太助を楽しく読んでいます、と。中には2000円が同封されていた。
 今日、せんげん台駅で駅立ちをするのは、事前には把握出来ないので、何時も持ち歩いていて、たまたま渡して頂いたのだろう。最近、市政レポートやチラシをバックに入れて話し掛ける市民の方が目立っている。14年間毎日続ける駅立ちは、少しつづ目に見えない広がりになっているのだろうか。   (4月28日)