メルマガ♯がんばろう、日本!         №号外(17.9.12)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 書籍のご案内

・震災市長の手記 相馬市長 立谷秀清

・自治体若者政策・愛知県新城市の挑戦

  

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「震災市長の手記」相馬市長 立谷秀清 

近代消防社

3.11で津波被害を受けた後、福島第一原発事故では「ろう城」を決意した相馬市・立谷市長。

復興においては、「長屋」をはじめとするコミュニティーの形成に配慮したプロセスを進めている。

市長のメールマガジン、写真を多用した、臨場感溢れる手記。

「未曾有の大災害に翻弄された一人の地方首長の記録として、未来の相馬市民のみならず、南海トラフ地震をはじめとする今後の災害対策や危機管理のお役に立つことが出来れば幸甚です」(「はじめに」より)

ご厚意により、著者割引にて 1520円(税込み)(定価 2000円+税)

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「自治体若者政策・愛知県新城市の挑戦」 松下啓一・穂積亮次

萌書房

若者議会などで注目される新城市の若者政策を紹介。個別政策としての「若者」政策にとどまらず、住民自治、議会、行政などとの「入れ子構造」のような展開が、その制度や仕掛け、当事者へのインタビューとともに紹介されている。

こちらも著者割引にて 1400円(税込み)(定価 1600円+税)

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囲む会、シンポジウムなどの会場にて販売

送付の場合は別途、送料(実費)が必要になります。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(17.8.18)

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Index 

□ 民進党代表選挙 候補者討論 8月21日

□「囲む会」のご案内 

  

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民進党代表選挙 候補者討論 8月21日 1815より

Yahoo!みんなの政治

https://seiji.yahoo.co.jp/article/719/

<出演>(敬称略)
出演:前原誠司(民進党)、枝野幸男(民進党)
司会:荻上チキ
パネリスト:
神保哲生(ジャーナリスト、ビデオニュース・ドットコム代表)
浜田敬子(元AERA編集長、BUSINESS INSIDER JAPAN統括編集長)
吉田徹(北海道大学法学研究科教授)

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■第179回 東京・戸田代表を囲む会 特別編

「フォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップとは」

8月27日(日) 1300より

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

*二回の政権交代の経験を、フォロワーシップの転換としてどのように語るか。その糸口を探る議論をしたいと思います。


メルマガ♯がんばろう、日本!         №226(17.8.3)

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□ 二回の政権交代を、フォロワーシップの転換としてどう語るか

  ~民主主義のバージョンアップの糸口へ

●「決められる政治」の〝終わりの始まり〟 フォロワーシップの転換の〝始まりの始まり〟

●「決められる政治」(多数決民主主義)か、

多様な「国民」の有機的統合プロセスとしての「議論による統治」か

□「囲む会」のご案内 

  

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二回の政権交代を、フォロワーシップの転換としてどう語るか

~民主主義のバージョンアップの糸口へ

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●「決められる政治」の〝終わりの始まり〟 フォロワーシップの転換の〝始まりの始まり〟

東京都議会議員選挙での自民大敗に続き、仙台市長選挙でも与党候補が敗北、安倍政権の支持率は「危険水域」といわれる20%台まで急落している。世論調査では「自民党に対抗できる政党が必要」が八割(朝日新聞 7/11)にのぼるものの、その「受け皿」となる野党が見あたらないなかで、民意は行き場を失っている(ように見える)。

私たちは、ここからどの方向へ進むのか。政治不信と消費者民主主義の肥大化―感情の劣化と政治の劣化という負のスパイラルを、自らの足元を掘り崩すところまで進めるのか。それとも、「一票で政権をつくる」という二度の政権交代の経験を、フォロワーシップの転換として語る糸口を手にしていくのか。

東京都議会議員選挙は、その試金石となるか。

都議選の投票率は51%、前回(2013年)より8ポイント上がった。民主党政権誕生前夜、09年の都議選より3ポイント低いが、イメージ的にいえば、政権交代に期待し、がっかりして棄権した人びとのなかで、再び投票所に足を運んだ人がそれなりにいた、ということだろう。

もちろん、これには「小池効果」がかかわっている。時事通信の出口調査では、「支持政党なし」の約55%が、都民ファースト公認または推薦の候補に投票している。その「期待」を、安倍批判や「小池劇場」効果といった感情の動員レベルだけで語って終わりにするか。あるいはそこから、消費者民主主義のユーレイ(地に足がついていない、どころか「足がない」)からの転換の可能性を見出すべく、とらえていくのか。「小池都政への期待」という形で表れた有権者の気持ちを、社会的政治的表現にしていくために、どのようなコミュニケーションが求められるのか。

「別の言い方をすると、日本で初めて選挙で政権交代をして、民主党政権の経験をしたうえで今日に至っている……その中で自分と社会との関係、あるいはフォロワーとの関係の作り方の型を、それぞれが持ちつつあるということです。政権交代とその『失敗』の経験を、組織として集積することはまったくできていません。個人として集積するしかない。~中略~そのためには、他者との関係で気持ちが通じ合うということでないとダメですね。気持ちというのはそれぞれですから、百人いれば気持ちの通じ方も百通りを越える。それがないと、『伝える』活動、『広げる』活動は分かりません。『自分は正しい』『自分はこれをやりたい』とさえ言っていればいいと思うのは、素人です。

気持ちを分かち合うということがない時は、…『アンチ安倍』とか、『○○に反対』ということで、何かしら一致しているように思っているということです」(戸田代表 457号「囲む会」)

賛成・反対の二択や、与えられた選択肢から自分の気に入ったものを選ぶ・うまくいかなければ文句を言う、という消費者的態度にとどまらない「小池都政への期待」の可能性があるとすれば、ひとついえることは、二〇二〇年以後の超高齢・人口減少フェーズにおける東京の課題に関する「自分事」感覚―当事者性の萌芽―ではないか。

 「都議選で投票する人を決めるとき、市場移転を重視するかどうか」について、朝日調査では「重視する」30%「重視しない」63%。読売調査では、争点として重視するテーマは「医療や福祉政策」76%、「地震などの防災対策」65%で、市場移転問題は48%にとどまっている。曲がりなりにも、「二〇二〇年以後の東京」を中心課題として訴えたのは、小池知事がはじめてだろう。この「期待」に応えずに、〝国政あそび〟にうつつをぬかすことを許さない。それが、二元代表制の一方である都議会に託された民意というべきだろう。(都民ファーストの国政進出について、「進出してほしい」42%、「してほしくない」36% 朝日7/11)

 都議会では、都民ファースト55議席をはじめ小池知事支持勢力は79議席と過半数を上回る。常識的に考えれば、これまでブラックボックス化していた都政のチェックや情報公開、議会改革(開かれた議会)は、少なくとも全国標準並みにはなるはずだ。(「あったもの」を「なかった」とは言わない程度の、常識の公文書管理など。)

問題は誰がそこに魂を入れるか。政権交代前夜に民主党は都議会第一党となりながら、過半数に達しないために苦労した。その経験から何を学んだかということであり(多数をとりさえすればできるor合意形成プロセスをマネージする)、さらに言えば「オープンガバメント」を目指したものの混乱に陥った民主党政権の失敗の経験を、どこまで「自分事」にできるのか、ということでもある。

そしてそこで、有権者の「期待」と接点をもつコミュニケーションを、どれだけ集積できるか。これは政治に対して「結果を出せ」と要求する消費者的態度から、合意形成に関わる当事者性への転換の糸口だ。

これからの日本社会では、縮小均衡は避けられない。そこで政治に求められるのは、「みんなが満足する結果」ではなく、「それぞれが納得する(「仕方ない」と思える)結論」を出せるかであり、必要なのは「お互いさま」と思えるような合意形成のプロセスと、そのインフラ整備だ。

 「(区画整理を)市の施工でやると、その地域の住民は消費者になって、行政不服審査を何十通も出してきたりするんですね。組合施工でやると、何となくお互いさまという中で、そんなに異論は出てこないんです。

 当事者意識というのは、そういうところだと思うんですね。お互いさまだと思えれば、ある程度がまんして、辛抱強く着地点を見つけようとするのが人間だと思います。ところが自分は消費者側だとか、自分は当事者ではないという判断をした時には、何と言うか人間の獰猛さみたいなものを感じることもあります。

 下り坂の時代とか、撤退戦という話がありましたが、特に首都圏ではこれから、いろいろ嫌な判断をしていく場面が本格的にでてくるわけです。公共施設の再編なんかもそうですね。そういう時に、みんなが当事者意識を持って判断していけるところに持ち込むことができれば、下り坂を降りていくのにマッチした社会が作れるのかなと思います。

そのためには繰り返しになりますが、身の回りの範囲でみんなが考えていく、身の回りの範囲のことを役所からも投げかけていく、そんなことができればなと思っています」(松本・和光市長 6/18シンポジウム)

多様なフォロワーシップの波をつくりだし、そのコミュニケーションの繰り返しのなかから当事者性を涵養していく―こうした合意形成プロセスをマネージしていくこと。「決められる政治」の対極ともいえる、こうした政治プロセスへの転換の地歩を、足元から固めていくときだ。劣化した土壌のまま、化学肥料とF1種と農薬で「いい」野菜を作っても先細るだけ。必要なのは、豊かな土壌づくりだ。そのためにも、「お試し改憲」をはじめとする政治の〝煽り〟行為を封じるフォロワーシップの波を。

●「決められる政治」(多数決民主主義)か、

 多様な「国民」の有機的統合プロセスとしての「議論による統治」か

 安倍一強体制の崩壊、民進党の迷走…。過去二回、「一票で政権を替える、作る」経験をした私たちは、こうした液状化現象にどう向き合うのか。

 「官僚主導でやってきた行政が本格的に転換したのは2009年に民主党政権が発足して脱官僚依存を唱えた時点からです。民主党政権は政治主導を制度化しないままに自民党政権に代わり、4年間、政治主導として進めてきたことの限界が出ています。~略~政策形成は限界にぶつかっている。~略~多角的に問題の所在を認識、分析しないまま、~略~短絡的に考えられています。十分に練られた政策とはいえず、思いつきに近いものです」(牧原出・東大教授 朝日7/25)。

 政権交代の「先」の政治プロセス、合意形成プロセスを「お任せ」にして、「結果を出せ」と要求する消費者にとどまるか、政権交代の「先」の政治プロセスにも「自分事」感覚を持つフォロワーへ、歩みを進めるか。

 民主党政権の混乱を「決められない政治」と批判した安倍政権の「決められる政治」とは何だったか。「多角的に問題の所在を認識、分析しないまま、~略~短絡的に考えられ」た「思いつきに近い」(牧原 前出)政策が、多数決至上主義で「短絡的」に決められた。その「歪み」が端的に表出したのが森友、加計、日報問題ではないか。

 オープンな決定過程を目指すゆえの混乱か、「官邸の意向」次第で「決められる政治」か。「決められる政治」(多数決民主主義)か、多様な「国民」の有機的統合プロセスとしての「議論による統治」か。二度の政権交代の経験を、この点からも検証するステージに進もう。

 民主党政権は曲がりなりにも原発・エネルギー政策という国民的課題を、参加とオープンなプロセスで決めようとした。安倍政権では、3.11以前に戻っている。その「逆コース」をなお押しとどめているのは、地方における「脱原発依存」の根強い民意であり、エネルギーを「自分事」とする暮らしの営みだ。

 特区は民主党政権では、地域発の要望を受けたボトムアップの認定過程だった。安倍政権では「やる気のある地域を国が指定する」という、自治分権とは対極に転換した。森友、加計は、そこに群がる「お友だち利権」の一端にすぎない。その背景には、「天下り」ならぬ「天上がり」(458号岡田・京都大学教授「囲む会」参照)という利害関係者による政治プロセスの占有―国民(国会)、自治体は排除―がある。

 政権の都合で「あったもの」を「なかった」と言い、「戦闘」を「衝突」と言い換える。そんなことが頻発する「決められる」政治は、まともではない。(退却を「転戦」、略奪を「調達」と言い換えた時代は、「忘れていい」過去ではない。)

 「議論による統治」には、まだまだ混乱や紆余曲折は避けられない。しかし、多角的な問題の所在を共有すれば市民もすぐに「結果をだせ」とは言わない、という実践知、経験知はすでに自治の現場では集積されつつある(6/18シンポジウム参照)。こうした土壌をさらに豊かなものにすることこそ! 

 そのためにも「お試し改憲」より、「人たるに値する生活の必要」(労働基準法)を充たすべく憲法の実質化を!

 

(「日本再生」459号 一面より)

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「囲む会」のご案内 

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2009年民主党政権、2012年第二次安倍政権という二回の政権交代の経験を、

フォロワーシップの転換としてどのように語るか。

今年後半から来年にかけては、こうした問題設定から各種の催しを企画していきます。

政治不信と消費者民主主義の肥大化―感情の劣化と政治の劣化という負のスパイラルを、

自らの足元を掘り崩すところまで進めるのか。

それとも、「一票で政権をつくる」という二度の政権交代の経験を、

フォロワーシップの転換として語る糸口を手にしていくのか。

予定される総選挙、憲法改正論議などを、

民主主義のバージョンアップにむけたとば口として迎えるべく!

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■第179回 東京・戸田代表を囲む会 特別編

「フォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップとは」

8月27日(日) 1300より

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

*二回の政権交代の経験を、フォロワーシップの転換としてどのように語るか。その糸口を探る議論をしたいと思います。

■第106回 シンポジウム

「民主主義のための社会的投資とは」(仮)

10月21日(土) 1300から

TKP麹町駅前会議室 ホール8A

諸富徹・京都大学教授 廣瀬克哉・法政大学教授 佐無田光・金沢大学教授 ほか

参加費 2000円

*6/18シンポジウムの「続編」。民主主義のインフラとしての社会関係資本(人びとのつながり)を

豊かにするための社会的投資とは、そこでの自治・自治体の役割、可能性とは…

■第29回関西政経セミナー 
「まちづくり・地域経済と、自治・民主主義」(仮)
11月4日(土) 1400から

キャンパスプラザ京都

川勝健志・京都府立大学准教授、田中誠太・八尾市長 ほか
参加費 1000円

*上記と同様の趣旨で。

■第31回 戸田代表を囲む会in京都

「中東を考える」(仮)

9月26日(火) 1830から

コープイン京都

末近浩太・立命館大学教授

参加費 1000円

■「がんばろう、日本!」国民協議会 第八回大会第五回総会

11月12日(日) 1000から1800

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)


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□投票に行こう!

 仙台市長選挙(7/23投票)、横浜市長選挙(7/30投票)

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仙台市長選挙(7/23投票)、横浜市長選挙(7/30投票)は、東京都議会議員選挙に続き

地域の課題が争点化されるとともに、安倍政権への信任を問う性格にもなりつつあります。

仙台、横浜のお知り合いに、「ぜひ、投票に行こう」とのお声がけをお願いします。

東京都議会議員選挙の結果は、投票率が8ポイント上がったことも大きな要因となっています。

イギリスの総選挙でも、若者の投票率アップが、「保守党大勝」との事前の予想を覆しました。

選挙戦の情勢については、下記をご参照。

<仙台市長選>郡氏なおリード 菅原氏迫る

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201707/20170719_11021.html

混迷の横浜市長選!争点はやっぱり「カジノか否か」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52350


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、

重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを

 ●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える

   6/18シンポジウム

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう

□「囲む会」のご案内 

  

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民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、

重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを

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●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える

 6/18シンポジウム

 6月18日、第105回シンポジウムを開催。テーマは「民主主義のバージョンアップ」。世界的にも民主主義の機能不全が指摘されるなか、「自治」や「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて民主主義の底力を鍛えるところから、21世紀型民主主義へのバージョンアップの方向性を議論しようというもの。

 第一部は、吉田徹・北海道大学教授による「日本政治の過去、現在、未来~民主主義の現在地~」と題する講演。

 「グローバル・ポピュリズム・ドミノ」と称されるような、21世紀に入ってからの世界的な「民主主義の変調」は、いくつかの構造的かつ複合的な要因によるものであるとしたうえで、日本においては「政治不信」という形で現れていること。その背景にはタテ(政府や政党)のみならずヨコ(社会の人間関係)に対する不信が国際比較においても高い、「高度不信社会」ともいうべき日本社会の構造があること。

 ここから導かれる過剰な自助努力原理が、連帯の欠損や「デフレ政治」を生み出していること。このような信頼の欠如でもなんとかやれていた「中福祉・中負担」社会が、いよいよ持たなくなっている今、さらなる政治の領域の「合理化」→自助努力圧力と政治不信の増大(低福祉・低負担)という社会に向かっていくのか、それとも信頼と連帯(高福祉・高負担)の社会へと向かうのか、という岐路にあること、などが的確なデータとともに提起された。

 講演の最後では、民主政のインフラである社会関係資本(他者に対する信頼や互酬性が当然とされる意識の集積)を作っていくことが、先進国の政治において必要になっていることをあげて、「活動とは物や物質の介入なしに、直接、人と人との間で行われる唯一の活動力であり、複数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが1人の人間ではなく、複数の人間であるという事実に対応している」(『人間の条件』)というハンナ・アーレントの思想を紹介した後、次のように締めくくられた。

 「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのかを考える時にある」。

 第二部は、吉田先生、小川淳也・衆議院議員、役重真喜子・花巻市コミュニティアドバイザー、稲垣文彦・中越防災安全推進機構アーカイブス・メモリアルセンター長、松本武洋・和光市長によるディスカッション。役重氏、稲垣氏は、行政とも政治家とも異なる「中間組織」的な立ち位置から、コミュニティーにおける自治の当事者性を涵養し、同時にこれを公的な意思決定といかに架橋するか、という問題設定を体現されている方として参加していただいた。

 多岐にわたる論点をあえて整理すれば、前半は「当事者性の涵養と、コミュニティを軸とした社会関係資本の集積の試み」といえるだろう。民主主義は共同体の自己決定であるが、その「私たち」という当事者性をどのように涵養していくのか。そしてコミュニティーにおけるそうした当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように有意義なものとして架橋していくか。

 役重氏、稲垣氏からは、中山間地域の現場のリアリティに根ざした、コミュニティにおける当事者性の涵養について、示唆に富んだ問題提起がなされた。またフロアの地方議員会員からは、ユーレイ(〝足〟がない)といわれる首都圏において、どのように当事者性を涵養していくか、その試行錯誤のあれこれが報告&提起された。地方と都市部という違いはあれ、民主主義をどのように日常のなかで実態化し、社会関係資本として集積していくか、その経験知、実践知の共有という性格の議論となった。

 ここでのひとつの大きな軸は、「分断を乗り越える」。グローバル化と「右肩下がり」という大きな時代の変化を、世代間対立(逃げ切り世代vs逃げ切れない世代 シルバー民主主義など)や、グローバルエリートvs見捨てられた人々、といった対立や分断の構図にしない「私たち」の当事者性を、どう育んでいくかということだ。

 こうした問題設定が共有されるに従って、「自治やコミュニティ? そんな小さなことは政治じゃない、政治は『天下国家』だ」というカンチガイは、はるか後景に退けられることになる。代わって、グローバルや「天下国家」はローカルやコミュニティ、自治といったことにしっかり足をつけてこそ、ということが共有されるようになる。

戸田代表の集約コメントでは、こう述べられている。

「『グローバルになればなるほど、ローカルが大切だ』と。グローバル化を、憎悪や寸断として受けとめるのではない側は、グローバルな世界がわかればわかるほど、ローカルが見えるようになるはずなんです。国境を越えて世界が見える、と同時に本源的な社会性をローカルの世界に見出す。それは『遅れた前近代』でもなければ、『取り戻す』ものでもない。『なつかしい未来』とでも言うべきものであり、アンチ・グローバル的な感情では見えないものです」。

こうした政治社会意識の〝変化〟が、ライフスタイルの転換―衣食住や自分の人生のグリップ感―を伴って進行していることが、3.11後の大きな特徴でもあるだろう。

松本・和光市長も加わった後半でも、「自治」を軸に多岐にわたる議論が繰り広げられたが、ひとつの軸は、コミュニティーにおける自治の当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように架橋していくか、あるいはそこでの距離感を近づけていくかということであったと思う。

仕組みのひとつとしては、「地域内分権」とか「地域自主組織」といわれているものもあるが、役重氏が言うように「お金をあげるから、自分たちで決めてね」ということとは次元の違う、コミュニティでの「自分たち」の当事者性が、地域全体の意思決定とどう有機的に架橋されているのか、というところの問題だろう。あるいは大きな理念やビジョンを語る政治と、コミュニティの自治、当事者性をどう有機的につないでいくか、ということでもある。

「立派な」理念を語る政治家に「お任せ」するのは楽だが、フォロワーも「いっしょに目指す」のでなければ、いつでも「結果を出せ」と求めるだけの消費者民主主義になってしまう。同人地方議員からは、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、すぐに「結果を出せ」とは言わないとの発言があったが、そういうフォロワーとの関係性をどう作っていけるか。フォロワーシップの波を繰り返し作り出していく、そこにリーダーシップの素養が生まれてくるということだろう。

松本市長は、これからの縮小社会に向かって、いわば「負」の分配が必要になってくるなかで、身の回りの範囲で「お互いさま」でみんなが考えていける、そういう投げかけを行政も議員もしなければならない、と同時に「その先」にある未来の展望を、政治がいかに語れるかだと述べた。

「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのか」。戸田代表の集約では、このように述べられた。

「地縁、血縁、師弟関係も重要です。それを否定するために言っているわけではありませんが、そういう縁がなくても、『この問題、どう思う』という会話が普通にでき、そこから議論の輪が広がり、そこにコミュニティの縁、自治の縁もつながり、社会的な縁が多元的になる。そういう関係性をつくりだす、それが活動だということです。~社会的な主体性、社会的な縁、それと地域やコミュニティをどうつなぐか。がんばっている地域というのは、『外』の視点や人を生かしていると言いますが、そういうことにも通じます」。(シンポジウムの詳細は459号にて。)

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう

6月18日のシンポジウムを受けて、民主主義の底力を鍛えるための問題設定を、さらにどのように整理し、深めていくか。今年から来年にかけての「囲む会」やシンポジウムは、ここから準備していくことになる(12面日程参照)。

 7月13日の京都での「囲む会」では、「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」とのタイトルにもあるように、グローバルとローカルを有機的に結びつける主体性について、6月18日とは違う切り口で考える。

 フランス大統領選挙では、「国際政治における新たなトレンドを裏付けた。どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、国家主義者か国際主義者かという構図になった」(ギデオン・ラックマン 日経4/27)と言われる。トランプのパリ協定離脱と、米国の自治体、企業などの連合による「反撃」も、こうした構図を示しているといえるだろう。EUについても、統合がもたらす諸問題に国際協調の立場で向き合うか(すぐに結果を出せなくても)、一国主義で対応するのか、という構図になる。

これは言い換えれば、資本中心のグローバル化に、環境や財政、社会的投資などの分野での統合の深化でいかに対抗するか、ということにもなるだろう。

「トランプもルペンも、グローバル化の中で失ったものを、国家主義の観点で取り戻そうということです。安倍さんも『日本を取り戻す』と言っていました。

一方でまだ解答はありませんが、グローバル化がもたらす負の側面に、国際協調で向き合って未来に向かって取り組んでいこうと。こちらの側がグローバル化の負の側面に動揺したり、言い訳や弁明をした場合は、不平不満が可視化されていますから、さらにそれが勢いづくことになります。マクロンは、弁解をせずに国際協調の確信を語ったんですね。もちろん今後そう簡単にはいきませんが、困難を伴いながらも、国際協調の観点で諸問題を解決する方向に進むのか、不平不満が再び噴き出すのか」(戸田代表コメント 6/18)

われわれ日本の『グローカル』な主体性も、こうした構図のなかでとらえていきたい。

さらに、「その時に、今日の議論でもありましたが、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、『結果を出せ』とすぐには言わないと。コミュニティでの議論の実践知から、そういう発言がありました。これも重要だと思います。

政治家は『結果を出す』ことが問われますが、その合意形成には時間がかかるという意味をフォロワーに伝え、どれだけフォロワーシップの波をつくりだせるか。そのためにはどういう論点があり、どう整理されているのかということです。多元社会になればなるほど、一部を切り捨てて『決める』というわけにはいきませんから」(戸田代表コメント 6/18)ということだ。

 「すぐには解決できない」ことを共有し、「任せた」ではなく「いっしょにやろう」というフォロワーシップの波を、繰り返しどのように作りだせるか。ここからリーダーシップの素養が生まれてくる。8月27日の「囲む会・特別編」では、地方議員会員の経験知、実践知を交えながら、こうした新たな社会活動家の資質や役割について議論を深めたい。

 そして10月21日のシンポジウム「民主主義のための社会的投資とは」(仮)では、6月18日での議論を踏まえ、民主政のためのインフラである社会関係資本への投資について議論を深めたい。

 「人への投資」「未来への投資」は単なる○○対策ではない。(ましてや「お試し改憲」の目くらましとしての「高等教育無償化」の打ち上げ花火でもない。)

 6月18日のシンポジウムで吉田先生は、北欧の高福祉・高負担の国々と南欧の低福祉・低負担の国々の違いについて、前者は他者への信頼度が高く、後者は低いこと、そして前者は財政が健全であるのに対し、後者は財政破綻→緊縮→政治不信というスパイラルにあると指摘している。

 

 イギリス総選挙で労働党が若者の支持を集めて猛追したのも、「国民教育サービス」のマニフェストによるところが大きいとされている(ブレイディみかこ 朝日6/22)。自分で考えられる市民を育てるのに十分な時間と人手を子どものために割く、そのための投資を国が行うという「人に投資する政治」は、若者の熱い支持を集め、EU離脱投票では低かった若者の投票率は、今回の総選挙では大きく伸びた。

 あるいは一連の選挙から、「社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では昨年、有権者の過半数が、右派ポピュリストに籠絡されたが、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに『ノー』と言ったのである」(熊谷徹 日経ビジネスオンライン 6/23)ともいえる。

 こうした「民主主義のための社会的投資」について、グローバル化の下での国際的な共通課題という視点も持ちながら議論したい。

同時にこうした投資を可能にする経済について、「国民経済の細胞としての地域経済」という視点や、「持続可能な地域経済循環」という視点を整理したい。経済政策というと、GDPの伸び率や物価、株価、国際収支、為替などが論じられるが、これでは足元の地域経済の実態は見えてこない。地域ごとに異なる経済の実相をどれだけ把握できているか。

自治体の財政についても、「財源がない」という話で思考停止していないだろうか。実際に地域の経済がどうなっており、どのようにお金が回り、誰がどのように納税しているのか、どこにどんな社会的投資をすれば、地域の経済活動がどのように活性化するのか、その波及効果を最大化するためにはどうするか、といった知恵を絞るべきではないか。

11月12日の総会では、これらの論点、問題設定を整理して、次の大会をどう準備するかを議論したい。

安倍政権は来年の任期満了をにらんで、「お試し改憲」を具体的な政治日程に上らせようとしている。目先の政局や選挙を乗り切るための「お試し改憲」よりも、尊厳ある「人たるに値する生活の必要」(労働基準法)を充たすべく「憲法の徹底した実質化を」というフォロワーシップの重層的な波を!

(「日本再生」458号 一面より)

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「凡庸の善」で考え続けるために

「囲む会」のご案内 

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■第178回 東京・戸田代表を囲む会

「憲法を議論するための〝共通の土台〟とは」

7月18日(火) 1845より

ゲストスピーカー 宍戸常寿・東京大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

■第179回 東京・戸田代表を囲む会 特別編

「フォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップとは」

8月27日(日) 1300より

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

■第30回 戸田代表を囲む会in京都

「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」

7月13日(木) 1830より

ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授

コープイン京都

参加費 1000円

■第106回 シンポジウム

「民主主義のための社会的投資とは」(仮)

10月21日(土) 1300から

TKP麹町駅前会議室 ホール8A

諸富徹・京都大学教授 廣瀬克哉・法政大学教授 佐無田光・金沢大学教授 ほか

参加費 2000円

■「がんばろう、日本!」国民協議会 第八回大会第五回総会

11月12日(日) 1000から1800

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□民主主義をバージョンアップするための確信を語ろう

「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治と「議論による統治」をつなぐ

 ●弁解ではなく、確信を語る

 ●価値をめぐる問いに向き合ってこそ、主権者教育

 ●民主主義の足場はどこまで固まっているか

□「囲む会」のご案内 

  

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民主主義をバージョンアップするための確信を語ろう

「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治と「議論による統治」をつなぐ

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 6月18日のシンポジウム(詳細は末尾「ご案内」参照)のテーマは「民主主義のバージョンアップ」。そのための起点となるであろう点について、考えたい。

●弁解ではなく、確信を語る

 イギリス国民投票、アメリカ大統領選と、先進国政治の乱気流が続く中、フランス大統領選は、開放経済と移民包摂に積極的で国際協調や欧州統合の重要性を正面から説くマクロン氏を大差で選出する結果となった。

 これは、「国際政治における新たなトレンドを裏付けた。どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、国家主義者か国際主義者かという構図になった」(ギデオン・ラックマン 日経4/27)ということでもある。「既存政治の機能不全」や、「やせ細る中間層」、「先進国リスク」といった問題に、国際協調・国際主義の立場に立って向き合うのか、それとも国家主義の立場に立って、国境の壁を高くすることで向き合うのか、それが問われるということだ。

 この転換をもたらしたものは何だろうか。人びとの不安や不満の高まりに対して、「知識人ですら、反自由主義的ポピュリズムに『理解』を示し、ひそかに迎合する中」(遠藤乾 東洋経済オンライン5/8)、「マクロン氏は11人の候補者中唯一、開放経済と欧州統合の意義を堂々と肯定し、そのうえで選出された。つい10年ほど前に、欧州憲法条約が国民投票で否決され、その後遺症が残る国での話である」(遠藤乾 朝日5/25)。

 遠藤氏はこうしたマクロン氏の揺るぎない確信を、彼個人のバックボーンから解き明かして、こう述べる。「(マクロン氏の思想的立場からは)~欧州は、個人と社会、市場と衡平、競争と尊厳との間に均衡が成り立つ稀な場に映る。国もそう。欧州という枠のなかでフランスは開花し、そうなることで欧州も輝く。だからそれは、保全されなねばならない。統合や協調を進めるのに弁解は不要だ、となる」(遠藤 前出「朝日」)。

 もちろん、「こうした確信は傲慢と紙一重」(同前)ともなりうるだろう。だがポイントは別のところにある。人びとの不安や不満をどれだけ「的確に」「正しく」分析できたとしても、そこに立脚すべき強い〝確信〟がなければ、乱気流を乗り切ることはできない、ということだ。

 それは例えばまちづくりをめぐる地域の議論の場で、どんなに有能なコンサルによって的確な現状分析と方向性が示されたとしても、そこに〝思い〟がなければ人びとを動かすことはできない、ということに通じる。〝思い〟があって、人びとが動くからこそ、合意形成のプロセスが動き始める。当然、思いも立場も意見も利害も違う人びとのなかでの合意形成は、時間も手間もかかる。その紆余曲折を一歩ずつ進めるためにも、〝思い〟を繰り返し共有することが大切だ。その過程で〝思い〟は〝みんなの意思〟になっていく。

 それがあれば大きく道を外れたり、修復不能な分断に陥る可能性は低くなる。それがなければ、目先の個別的な利害に不断に揺さぶられ、はじめは小さな食い違いが分断と対立の芽に転化することになる。そうしたいわば、拠って立つべき確信をどう持つか、が問われているのではないか。

 民主主義のバージョンアップというのは、たんなる制度や仕組みの改変の話ではない。民主主義の価値をめぐる問いに真剣に向き合い、その過去―現在―未来のなかから共有すべき価値を磨いていくことだろう。そこに弁解は不要だ、必要なのは確信なのだ。

●価値をめぐる問いに向き合ってこそ、主権者教育

 民主主義の機能不全は、他人事ではない。「安倍政治」の下で、民主的な統治プロセスがいかにないがしろにされているか、挙げればきりがない。もちろんそれに対する抗議行動も必要だろう。だがそれは「安倍政権打倒」だけで済むことなのか。もっと根本のところ、民主主義の価値について共有するところから組み立てなおすことなしには、民主主義のバージョンアップにつなげることはできないだろう。遠くに跳ぶためには、後ろに下がらなければならない。

「私は行政学者ですから、地方自治について制度や組織の話を長年やってきました。もちろん今もそのレベルでの改革も必要なのですが、最近はもっと根本のところで自治のあり方を再構築、バージョンアップしないと物事は動かない、そのギリギリまで来ているのではないか、という思いが強くなっています。

最近『ポピュリズム』という議論がありますが、東京都政では石原都政の成立をめぐっても、そういう議論がありましたし、その前の青島都政も『人気投票云々』と言われたりしました。そういうことが繰り返されつつ、劣化しているんじゃないか、という感じもあります。

 これは一つひとつの現象を批判しているのではなく、なぜそうなっていくのか、ということにまでさかのぼって考え、そこからどう構えていけばいいかということを、もう一度組み立てなおさなければいけない、そんな時点に今立っているのかな、と思っています」(廣瀬克哉・法政大学教授 「日本再生」457号)。

 「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのはまちがいである。~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」。これは、1948年から53年まで中学・高校の教科書とした使われた「民主主義」のなかの一文だ。この復刻版(幻冬舎新書)を編集した西田亮介氏(東工大准教授)は、同書の解説でこう述べている。

 (18歳選挙権を受けて総務省と文科省が制作した教材は)「政治や選挙の基礎知識について端的に記述されているともいえるが、ここには価値をめぐる問いは登場しない。見事なまでに教科書的である。なぜ民主主義を学ぶ必要があるのか、民主主義と憲法の関係はどのようなものなのか。近代日本にどのように民主主義は定着してきたのか。日本の民主主義の固有性、短所、長所とは何か・・・・・・。このような価値に関する問いと向き合わずに済むように、巧妙にデザインされている。(これらが政治的にセンシティブなものであったとはいえ/引用者)~こうした問いこそが、民主主義や政治と向き合うモチベーションの源泉となる。価値をめぐる問いを抜きにして、日本における民主主義の質感や手触り、固有性を語ることはできず、また政治的な志向も自覚できないだろう」

 

 価値をめぐる問いに向き合わずに済ませてきた民主主義とは消費者民主主義であり、それは「消費者として公共サービスに依存することが当たり前」の社会だ。その「依存して生きられる社会」が、いよいよ限界を迎えつつあるなか、私たちは民主主義をめぐる問いに向き合って、そこから構えなおしていくべき地点に立っている。その足元は自治の現場にほかならない。

「介護サービスの消費者として、そのサービスを買えるお年寄りは、消費者として自分の生活の質を買うことができます。それができる消費力がなくなると、ここは傷んでくる。傷んだ人の割合が多いコミュニティで、まさにまちが荒れてくるというようなことが進んでいくとき、でも本当にまちをそういうふうに使い捨てていって大丈夫ですか、みんなが不幸になりませんか、そうならないためにどうしたらいいんでしょうか、何ができますか、というコミットメントが自治体を動かす仕組みであると考えると、それは民主主義の政治制度の中で動かしていくしかないわけです。

だから投票だって、行かなくちゃいけないのだと思います。~中略~理念をお説教するのではなくて、このまちで生きていくことの『宿命』として、どんなふうに振る舞うのが大人であるか、そういうたしなみとして民主主義を再生させないといけないんじゃないか、そういう主権者教育をわれわれは求められているのではないか、と感じています」(廣瀬先生 前出)

依存するのが当たり前という「豊かな社会」の消費者民主主義のライフスタイルそのものを見直し、「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治(廣瀬先生)というライフスタイルへと転換していくところから、民主主義を再生させる。迂遠のようにみえるが、それが主権者運動の歴史的な役割だろう。

●民主主義の足場はどこまで固まっているか

 

 問われているのはポピュリズムの是非や危険性ではなく、ポピュリズムの波に足をすくわれないほどに、民主主義の足場が固められているのか、ということだ。

 「石川 (憲法について)議論の自由度が増したのは確かですね。でも、肝心の『憲法への意志』がどこにあるかと考えると暗たんたる状況です。支える意志ですね。~『憲法への意志が憲法の規範力を支える』~日本の場合は『憲法への意志』が、9条とその支持層に限られており、憲法の核心をなす立憲主義の本体が、それによってのみ支えられるという構造になっている。~他方で、いたずらに憲法を敵視する復古的な勢力だけが、依然として改憲への『意志』を持っている。この状況でもかまわないという立場を取ると、立憲主義そのものの否定に加担することになると思います。そうやって憲法の根幹を奪われてしまうことへの危機感が、『真ん中』には感じられません。もしそこに、立憲主義の敵を退ける強い『意志』を見出せる状況ならば、9条の是非を視野に入れた、より広範な憲法論議が可能になりますが」(石川健治 5/3毎日)。

 立憲主義を支える「意志」とは、どういうものか。「立憲主義は独裁国家ではない、現代民主政国家にとってのグローバルスタンダードでもあるが、その核心は『法によって国家権力を構成し、制限する』という点にある。ここで強調したいのは、国家権力を構成するという点、すなわち複雑化する現代社会で『国民』を形成する政治プロセスを生み出すという憲法の働きである」(宍戸常寿 正論6月号)。

 「国民」とは、あらかじめ一枚岩のまとまりを形成している存在ではない。とくに現代社会は多様な利益、価値、世代、地域、信条などの違いのなかで、それを調整しバランスをとることの繰り返しであり、政治プロセスもまた、こうした利害や立場の違いを調和させて(多数決至上主義ではなく!)合意形成を調達していくものにほかならない。

 こうした「議論による統治」(三谷太一郎)における当事者性の涵養と、「いのちの世話を人びとが協力してなす技」としての自治における当事者性の涵養を結びつけ、その結びつきによってそれぞれをさらに豊かなものにしていく、そうした民主主義の循環をつくりだしたいものである。

 政治家に〝確信〟を求めるのは「ないものねだり」だが、空虚な言葉をふりまく政治家には事欠かない現状のなかで、せめて「あったものをなかったものにはできない」というオープンな都政運営への転換くらいはめざしたいものだ。

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「凡庸の善」で考え続けるために

「囲む会」のご案内 

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■第177回 戸田代表を囲む会

「『国家戦略特区』を検証する~〝暮らし〟と〝なりわい〟を地域の手で」

6月3日(土) 1330より

ゲストスピーカー 岡田知弘・京都大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

「第二の森友」といわれる加計学園(愛媛)問題は、国家戦略特区の産物である。

アベノミクスの下で進められている国家戦略特区が何を生み出しているのか。

その検証とともに、いわばその対極にめざすべき地域再生―地域経済の活性化

について、またそこでの自治体の役割について、お話しいただく。

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第105回 シンポジウム

制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受けとめる民主主義の底力を鍛えよう

~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~

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6月18日 1230から

TKP市ヶ谷カンファレンスセンター7階ホールA

参加費 2000円

講演とディスカッション

吉田徹・北海道大学教授

小川淳也・衆議院議員 ほか


石津美知子
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Index 

□〝忘れられた〟人びとの感情が渦巻く乱気流のなか、

「議論による統治」=民主主義のバージョンアップに向かって進んでいこう

 ●乱気流に突入するなかで、分断と対立を増幅するのか、

  民主主義のバージョンアップか

 

 ●民主主義の底力 日本ではいかに試されようとしているか

□「囲む会」のご案内 

  

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〝忘れられた〟人びとの感情が渦巻く乱気流のなか、

「議論による統治」=民主主義のバージョンアップに向かって進んでいこう

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【乱気流に突入するなかで、分断と対立を増幅するのか、民主主義のバージョンアップか】

 世界中から注目されたフランス大統領選。第1回投票の結果、無所属のマクロン氏と、極右「国民戦線」党首ルペン氏が、決選投票へ進出することになった。5月7日に行われる決選投票でルペン氏が当選する可能性は低いが、フランス社会の分断状況は、六月の国民議会選挙にも大きな影響を及ぼすだろう。

 右派の共和党と左派の社会党が、いずれも決戦投票に候補者を出すことができなかったのは、1958年に成立した第五共和政史上初めてだ。オランド政権で経済相を務めたものの、主要政党からの支援を一切受けず、一年前に立ち上げた自らの政治運動を率いて立候補したマクロン氏は「長年フランスを支配してきた二大政党制は拒絶された」と演説した。

 二大政党による政治構造は、「豊かな中間層」と「政権交代のある民主主義」という「戦後合意」を体現するものともいえるが、こうした時代が過去となる一方で新しい時代の方向性は未だ見えない、乱気流ともいえる状況に突入しつつあることが、いよいよ明らかになった。

 ルペン氏の国民戦線は、前回の大統領選では南仏の1県を制しただけだったが、今回は失業率の高い北部と南部の一帯を制した。ルペン氏の得票率が最も高かったのは、北部エーヌ県で約34%。次点のマクロン氏をダブルスコアで引き離した。同県を含む北部の工業地帯は炭鉱業などで栄えたが斜陽化した地域で、移民の割合は必ずしも高くないが、高失業率に直面する(トランプを支持したラストベルトを彷彿とさせる)。南部の地中海沿いの地域でも、高失業率上位10県のうち9県を押さえたという。

 1972年に創設された国民戦線は、共産主義や移民、EUなどの「敵」を設定して攻撃する政治手法で知られてきた。その支持層は高齢者やブルジョワ、カトリック強硬派が中心で、地域的にも工業化が進んで移民が多いフランスの東部や南部に集中していたが、近年は、かつて社会党や共産党を支持していた労働者層が国民戦線支持に回っている。少なくない労組や社会党、共産党の活動家が今や国民戦線で活動しており、かつて左派の牙城だった北東部の工業地帯や北部の旧炭鉱地帯が、国民戦線の票田へと変化した。国民戦線が市政を担うところでは、今回の大統領選でもルペン支持が高く、40%を超える市もあるという。

 

 有権者の多様な感情―不安や怒り―は、「誰かを支持する」投票としてではなく、「何かに抗議する」投票として、既成政党に懲罰を与えている。有権者をますます極端に走らせる社会的、経済的な問題に対処することができなければ、ポピュリスト政党は今後もその政策が検証されないまま、反対勢力として台頭し、成長し続けるかもしれない。

 今や既存の制度の外側に大きく広がっている切実な問題提起を、いかにして民主政治の土俵のうえにのせていくか、そのための新たな共有地、公共空間をつくりだすことができるか。既存の民主主義制度の外側にいる(と感じざるをえない)人々、「自ら行動を起こすことで政策に影響を及ぼせるという希望」を失い、あるいは「自分たちは忘れ去られた」と感じている人々を、「内側の一員」「当事者」として包摂、再統合することができる民主主義のバージョンアップこそが、国境を超えて問われている。

 「AfD(ドイツのための選択)は、数年前にできた新党で極右、反ユダヤ主義者、反ユーロのリベラル、反欧州、そして国粋主義者もいる。現時点では、投票する人の多くはこの党への支持ではなく、既存政党に移民政策などで政策的な変更を求めるシグナルとして投じています。~中略~この状況にドイツの主流政党、中道政党がどう対応するか。60年代の極右政党NPD(ドイツ国家民主党)が台頭した時のように、SPD(社会民主党)は左の、CDU(キリスト教民主同盟)は右の、疎外感を持つ有権者の支持を吸収できるかにかかっています。それによって過激な政党の支持は干上がる。中道が議会の7~8割を占め、安定化できます。この点が20~30年代のドイツ(ナチス台頭の時代/引用者)との非常に大きな違いです」(マグヌス・ブレヒトケン 朝日4/6)

 ドイツでは欧州議会で長年活動してきたシュルツ氏がSPD党首となり、社会保障による再分配の強化を打ち出して、支持を伸ばしている。二大政党が社会政策をめぐって競い合う構造を作り出すにしたがって、AfDの支持率は低下。9月の連邦議会選挙を占うとされる地方選挙でも、有権者はこれまでになく、CDUとSPDの二大政党間の政策論議に期待する結果となっている。

 民主主義を憎悪と対立を増幅するツールにしないための、立憲民主主義の土台や枠組みを担保する責務は、政党だけに帰せられるものではない。

 「こういう時代だからこそ、議会や法治主義といった安定的なシステムによって揺れを吸収していくことが重要です」「(ドイツの反イスラム運動)ペギーダは、『我々こそが人民の声だ』と叫びますが、そうではありません。彼らの票は抗議の票であって、有権者は極右、極左が志向する社会を望んでいるわけではない。AfDの政治家も時に人種差別的なコメントを投げかけ、社会の反応を試そうとします。そういう試みを成功させないようにするのが我々の責務です」(同前)

 民主主義は単なる多数決ではない。議会(議論による統治)や法治主義、人権など、立憲民主主義を支える規範や制度の全体によってこそ、民主主義は連帯とリスペクトのためのツールとして機能する。そうした規範や制度を最終的に担保するのは、「われわれ」なのだ。

【民主主義の底力 日本ではいかに試されようとしているか】

 グローバル化、EU、移民などをめぐって社会の対立が深まるヨーロッパや、社会が二極化して分裂するアメリカに比べ、日本での対立や分断はその様相を異にしている。また既存政党への忌避感も、ポピュリズムというよりは無党派層の増大や低投票率(大量の棄権)という形で現れている。ここにどう向き合うか。

「分断社会というのは、いろんな立場の人が両極に引っ張られていく状態ですから、例えば野球で言うと、レフトのファールグラウンドとライトのファールグラウンドに引っ張られて、センターがどんどん空いていく、そういうイメージです。

極端な意見でないと注目されない、真ん中の意見は『面白くない』、まずそもそも『面白いかどうか』で評価されるみたいな。ただ私は、日本という国というか国民性では、それでも今でもまだ真ん中に大勢の人がいるんじゃないかと思っています、意見としては。~ただ何よりもその人たちが、『それでは面白くない』と言われ、『お前、どっちなんだ』と言われ、どんどん自信を失っている。それが今の状況ではないかと思っています」(湯浅誠氏 10―14面「囲む会」)。

「そういうふうに両極化してくると、『どっちかに振れた方がみんな喜んでくれる』という誘惑に駆られます。それが分断社会の持つベクトルなんだと思うんです。そういう中で何ができるか。それが、タイトルにもつけていただいた『目線を合わせる』ということだと思っています。~中略~ちょっと迂遠かもしれませんが、今の分断状況を何とかしようと思うと、やはり右中間から左中間にいる人々に自信を持ってもらわないといけないし、自信をつけるために何ができるかを考えないといけない。

『面白くない』と言われてスルーされるような意見を、いかに面白く関心を持ってもらえるように言えるか。いかにそこを強化できるか。両極に振れたくなる誘惑に抗するためにも、目線を合わせる作業をどれだけ積み重ねられるか。それが大事だし、中長期的に政治的にも効いてくるはずだと思っています。

それがおそらく、『民主主義のバージョンアップ』ということにもつながるのではないか。私としてはそういう問題として理解しています。

 そう考えると、先ほど言ったような格差の固定化や貧困の連鎖の中で目線が合わなくなってしまっている人たち、その両方の人たちのいわば通訳が必要だろうと。『あなたからはこう見えるでしょう、だけどこの人たちからはこう見えるんです』とか、『それはあなたが見えていることと、実はそんなに変わらないんですよ』というようなことを伝えられるということです。~中略~『説得できるか』という以前に『耳を傾けてもらえるか』。そこが勝負だろうと」(同前)

 民主主義は単なる多数決ではない。意見の違いや利害の対立があるからこそ、そこに政治―議論と合意形成のプロセス―が必要になる。その基礎には、こうした「目線を合わせる」こと、「説得」以前に「耳を傾けてもらう」ための豊かな実践をどれだけ集積できているか、ということがある。その決定的な舞台は自治の現場だ。

 自治の現場では、「地域や社会をこうしたい」という思いが起点だ。それがなければ、議論をしようという意欲も湧いてこない。思いや感情のないところに、意思は生まれない。そしてその思いは、誰かの「強いリーダーシップ」によってではなく、ふつうの人々のフォロワーシップの転換・集積によってこそ実現される―市長や議員が代わっても変わらない地域の方向性は、市民によってこそ正当化される―からこそ、始まりは私的な思いからであっても、議論の過程で社会的に共有される質のもの、「みんなの意思」へと深化してゆく。「議論による統治」とは、こういうプロセスだろう。

 「絶対的なリーダーの即断による迅速な行動ではなく、結論を導き出すための長時間にわたる議論を許容する多数で多様な人々の『受動性』をより重要なもの」(三谷太一郎「日本の近代とは何であったか」岩波新書)とする「議論による統治」は、「熟議デモクラシー」にも通じる。

 同書によれば、「議論による統治」に対置されるのは「立憲的独裁」である。この概念を提唱した蝋山政道は、デモクラシーなき立憲主義である「立憲的独裁」を、ドイツにおける緊急令(ワイマール憲法48条)による統治、イギリスの挙国一致内閣、ニューディール政策を進めるアメリカなど、欧米先進国共通の現象として見る。5・15事件後、蝋山が唯一の道として提言したのは、天皇によって正当性を付与された行政権に直結する専門家組織による「立憲的独裁」であった。そこには明治憲法下の「立憲主義」に対する危機感はあったが、もはやそれは議会から離れた、「議論による統治」を否定した「立憲主義」にほかならない。

 三谷太一郎氏は、こう問う。「今後の日本の権力形態はかつて一九三〇年代に蝋山政道が提唱した『立憲的独裁』の傾向~を強めていくのではないかと考えています。これに対して『立憲デモクラシー』がいかに対抗するのかが問われているのです」(同前)。

 ドイツは、「議会や法治主義といった安定的なシステムによって揺れを吸収していく」ことで、ナチスの台頭を許した20~30年代とは違う地平を開こうとしている。われわれは、どうだろうか。

 自治の現場でようやく見えてきつつある「議論による統治」の実感を、どのようにしてガバメントに接続させていくかも、大きな課題になる。

 「合併で大きくなったガバメントのなかで、地域がいかに政治的有用感をもちうるか、ということです。自分の意見がいかに政治や行政に反映されているか、という感覚のことを政治的有用感と一般的に言い、たしかにその通りなんですが、農山村の場合にはむしろ自分たちの力や、コミュニティの共同力がいかにまちに役に立っているか、あるいは信頼されて活用されているか、そこが一番大事だと思うんです。

 冠婚葬祭で鍛えられたような自治力、いざ困ったときには自分たちで生き抜いていく力、そういったものが行政や政治のなかにきちんと認められる、尊敬をもって位置づけられる。そういうことが大事で、これは『お金をあげるから自分たちで好きなように地域づくりをしてください』というのとは、似て非なるものです。

 なぜコミュニティとガバメントの接続が大事かというと、いくら小さな自治と言っても、やはり市全体の方向性に関わるような、例えば災害復興とか、人口減少に対応していくまちづくりなど、大きな方向は自治体レベルの議論であり、そこに有用感がなければ人は社会に信頼や生きがいを見出せません。合併はそこをすごく薄めてしまいました。地域のなかで顔が見える、そのなかで小さな単位の合意形成ができる、それを自治体レベルの政策決定やまちづくりの大きな方向性などに、どう結び付けていくか。それがいかに大切か、私たちは震災復興の過程で改めて知ったはずです」(役重眞喜子氏 四四九号)

 社会の分断状況、民主主義の試練は、日本にとっても対岸の火事ではない。谷口将紀「二重の政治的疎外をいかに乗り越えるか」(中央公論5月号)は、「人びとと政治家の二重の政治的疎外、即ち第四次産業革命やグローバル化を受けて中間層に広がる動揺と、これに対して主体的・効果的に取り組みを欠く政治は、諸外国に限られた現象ではない。彼我の差は、難民問題や国民投票あるいはトランプという発火点の有無にすぎない」として、この「二重の政治的疎外」への処方箋として、「中核層」の育成を提起する。

 ここで言う「中核層」とは、戦後合意の下での社会的成熟を体現する社会層であり、従来のような所得階層としての「中間層」に代わって、「自らの生き方を主体的に選択した上で、社会の在り方を考えようとする人びと、さらには積極的に社会を支えようとする自負と責任を持つ人びと」を指す。「思い」を起点に、議論を通じて「みんなの意思」をつくりだしている人びと、目線を合わせようとしている人びとには、中核層として想定される人びとの顔が容易に思い浮かぶはずだ。

「議論による統治」の実感や民主主義のための社会関係資本の集積、目線を合わせるための豊富な実践的教訓、それらが民主主義の底力として試されるときは、遠からずやってくるだろう。

「オリンピック後にみんなの目がちょっと向き始めた時は、チャンスかもしれないが、より大きなピンチかもしれない。~その時に『極端には極端で対抗』みたいなことではない形で、向き合えることが大事なんじゃないか」(湯浅氏 同前)。

「議論による統治」を否定する「立憲的独裁」に対抗しうる民主主義の底力を、自治の現場に根をはって鍛えていこう。

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「凡庸の善」で考え続けるために

「囲む会」のご案内 

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■第176回 戸田代表を囲む会

都議選をどう戦うか~2020年後を見すえて

5月8日(月)1845より

ゲストスピーカー 中村ひろし、中山ひろゆき、今村るか、浅野克彦(現職都議)

         増子博樹、もり愛(予定候補) ほか

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

■第177回 戸田代表を囲む会

「『国家戦略特区』を検証する~〝暮らし〟と〝なりわい〟を地域の手で」

6月3日(土) 1330より

ゲストスピーカー 岡田知弘・京都大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

「第二の森友」といわれる加計学園(愛媛)問題は、国家戦略特区の産物でもある。

アベノミクスの下で進められている国家戦略特区が何を生み出しているのか。

その検証とともに、いわばその対極にめざすべき地域再生―地域経済の活性化

について、またそこでの自治体の役割について、お話しいただく。

*「囲む会」終了後、少人数での懇親を予定(会費2000円程度)

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第105回 シンポジウム

制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受けとめる

民主主義の底力を鍛えよう

~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~

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6月18日 1230から

TKP市ヶ谷カンファレンスセンター7階ホールA

参加費 2000円

講演とディスカッション

吉田徹・北海道大学教授

小川淳也・衆議院議員 ほか


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp


メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(17.4.28)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□囲む会のご案内 

「都議選をどう戦うか~2020年後を見すえて」 

「『国家戦略特区』を検証する~〝暮らし〟と〝なりわい〟を地域の手で」

□シンポジウム 6月18日

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第176回 戸田代表を囲む会

都議選をどう戦うか~2020年後を見すえて

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5月8日(月)1845より

ゲストスピーカー 中村ひろし、中山ひろゆき、今村るか、浅野克彦(現職都議)

         増子博樹、もり愛(予定候補) ほか

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

7月の都議選をどう戦うか。

2020年オリンピック・パラリンピック後から、東京でもいよいよ人口減少が始まる。

2025年以降、団塊世代が後期高齢者になるにともなって、これまで先送りしてきた

「不都合な真実」が、否応なく可視化される。

この「危機」を分断と対立の増幅にかっさらわれることなく、向き合うことができるか。

都議選をめぐる現状はそのはるか手前で、こうした課題が少しでも見えているとは言いがたいが、

消費者民主主義を満喫してきたユーレイが「自分事」として向き合うためには、

まずは「感情」「気持ち」が動くことからしか始まらない。

気持ちのないところに意思は生まれないのだから。

その意味で、小池劇場によって呼び起こされた「感情」「気持ち」をどうとらえ、受けとめ、

つないでいくかという点で、都議選の意味は大きい。

それはまた、「安倍一強」体制に対して、永田町の外から「変数」を作れるか(さざ波であったとしても)ということでもある。

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第177回 戸田代表を囲む会

「『国家戦略特区』を検証する~〝暮らし〟と〝なりわい〟を地域の手で」

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6月3日(土) 1330より

ゲストスピーカー 岡田知弘・京都大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人1000円  購読会員2000円

「第二の森友」といわれる加計学園(愛媛)問題は、国家戦略特区の産物でもある。

アベノミクスの下で進められている国家戦略特区が何を生み出しているのか。

その検証とともに、いわばその対極にめざすべき地域再生―地域経済の活性化

について、またそこでの自治体の役割について、お話しいただく。

*「囲む会」終了後、少人数での懇親を予定(会費2000円程度)

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第105回 シンポジウム

制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受けとめる

民主主義の底力を鍛えよう

~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~

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6月18日 1230から

TKP市ヶ谷カンファレンスセンター7階ホールA

参加費 2000円

講演とディスカッション

吉田徹・北海道大学教授

小川淳也・衆議院議員 ほか


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №222(17.4.2)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受け止める

 民主主義の底力を鍛えよう

~「乱気流に突入する機内の泥酔客」が問う民主主義のバージョンアップ

 ●緊迫する北東アジア情勢  問われるリアリズム 

 乱気流のなかでパニックに陥らないために

 

 ●制度の外側からの問題提起を受け止め、ともに新しい共有地をつくる

 ●「早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け」

  社会関係資本の集積とは―総会報告にかえて

□「囲む会」のご案内 

  

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制度の外からの問題提起を、新しい〝共有地〟の糸口として受け止める

民主主義の底力を鍛えよう

~「乱気流に突入する機内の泥酔客」が問う民主主義のバージョンアップ

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●緊迫する北東アジア情勢  問われるリアリズム 

 乱気流のなかでパニックに陥らないために

北東アジア情勢が緊迫の度を高めている。1992年の北朝鮮の核開発疑惑に端を発し、米軍の攻撃準備で「戦争前夜」にまで至った94年に匹敵するといってもいいかもしれない。94年危機はカーター元大統領の電撃訪朝と米朝合意、KEDO(北朝鮮への軽水炉提供、日韓が資金提供)という多国間枠組みへと、曲がりなりにも着地したが、今や時代は様変わりしている。

「かつてであればアメリカの意図はある程度わかるんです。もちろん批判されるところもあるでしょう、われわれとは対立するところもあるかもしれない。ただいずれにしても、一定の軸があってそこはぶれない。その一方で『北朝鮮は何をするかわからない』と。こういう方程式が描けたんです。

ところが今は連立方程式になっていて、アメリカもどっちに行くのか分からない、北朝鮮もどっちに行くのかわからない、そういう見方をしなければならないと思っています」(大野参議院議員 「囲む会」15―19面)

 向きや方向の違う大小さまざまな空気の渦が生み出す乱気流のなかを飛行する、そんなイメージだろうか。

 3月6日北朝鮮はミサイル4発を日本海にむけて発射、在日米軍基地を標的とした実験であると明らかにした。さらに東アジア歴訪中のティラーソン米国務長官と中国・王毅外相との会談の際には、弾道ミサイルに搭載できるとされる新型高出力エンジンの地上燃焼実験を行い、「成功」したと発表、22日には再びミサイルを発射(失敗)した。

 一連の行動は米新政権に対する挑発と見られるが、北朝鮮に対する脅威認識は新たな段階に入らざるをえない。ひとつは先代や先々代と異なり、三代目は衝動的行動が目に付くこと。また2000年代の核・ミサイル開発は瀬戸際外交の交渉カードという面が強かったが、今や武器としての精度を高めるという面が強い。核弾頭搭載の長距離弾道ミサイルが完成すれば、これまでのレベルを超えることになる。

 一方トランプ政権の東アジア政策は不透明だが、日韓中を歴訪したティラーソン国務長官は、北朝鮮政策について「オバマ政権の『戦略的忍耐』の時期は終わった」「あらゆる選択肢を検討」と、先制攻撃の可能性を排除していない。トランプ政権は未だ人事も整っておらず、政権の体をなしているとはいえない状態で、「北朝鮮」「IS」を優先順位としている(大野参院議員「囲む会」参照)。

 政権の目玉としていたオバマケア代替策が共和党の反対で議決できないなど、内政で躓くトランプ政権にとって、議会や司法の関与が相対的に少ない外交・安全保障は、「成果」を見せるチャンスと映るかもしれない。その意思決定に関わるであろう政権メンバーを想起すると、こちらも「危うい」といわざるをえない。統合参謀本部議長と国家情報長官を国家安全保障会議の常任メンバーから外し、大量の偽ニュースを流したネットメディアの元会長がアドバイザー役と、外交や安全保障に不可欠な冷徹なリアリズムの欠如を懸念せざるをえない。

 米朝間の緊張の高まりについて、中国の王毅外相は記者会見で「両国は互いに加速しながら接近する2台の列車のようだ」と述べ、「問題は双方が本当に正面衝突する用意があるかだ。われわれが今優先するのは、赤信号を出して両方の列車にブレーキをかけることだ」と危機感をあらわにするとともに、中国の役割を「転路手」と規定した。ティラーソン米国務長官との会談では、米中の連携で合意したと伝えられている。貿易摩擦という火種を抱えつつ、米中間で一定のディールはできるという関係はできつつあるのかもしれない。

 国連決議違反を繰り返す北朝鮮は、中国にとっても今や「お荷物」になりつつあるだろう。中国の関心事は北朝鮮の政権の存続ではなく、有事の際に予想される難民問題と朝鮮半島における緩衝帯の確保といってもいいだろう。

 

 朴大統領の弾劾が成立した韓国では、大統領選挙が行われる。新大統領が選出されるまで、韓国は当事者能力を十全には発揮できないことにならざるをえない。また選挙中は北朝鮮政策も含めて保守・革新の対立が激しくなるだろう。それが新政権にマイナスの影響を及ぼすことはないだろうか。

 韓国の選挙では、北朝鮮が挑発し保守派がそれに乗じる、いわゆる「北風」といわれる現象がたびたび繰り返された。今回の大統領選挙では革新系の野党候補が優勢と伝えられ、対北宥和政策やTHAAD配備見直しなどが取り沙汰されるが、現実的に考えれば取り得る選択肢は限られている。法案を通すうえでも保守派との妥協は不可欠だ。勝利が確実視されているからこそ、野党候補には、選挙戦の最中から対立と分断を乗りこえる現実的な政策対話が求められるだろう。それは、韓国民主主義の成熟のさらなる一歩でもある。

 現実的な対応が求められるのは、日本も同様だ。北朝鮮に対しては、軍事攻撃も含む選択肢も排除できない。だがそれは、外交・安全保障の選択肢を幅広く確保するという意味においてであり、そこではこれまで以上に冷徹なリアリズムが不可欠となる。

 当たり前だが、軍事的措置の発動自体については、よほど慎重でなければならない。核施設への空爆は、施設が地下に建設されている可能性が高い以上至難であり、効果は限られている。また、北朝鮮の反撃はソウルや日本に向けられ、そのコストはあまりに高い。中国との関係調整も簡単なことではない。

 94年危機の際には、韓国の金泳三大統領がクリントン大統領に対して「何百万人もの死者が出るかもしれない」と説得したといわれている。また劇的な形で米朝交渉に持ち込んだ北朝鮮のトップは金日成だった。こうした役者がもはや存在せず、舞台装置も大きく様変わりした今日、われわれが発揮すべき当事者能力とは何か、についてリアルに検討し準備すべきだろう。

 関係国である日本、韓国、中国、アメリカ、(ロシア)の北朝鮮に対する脅威認識には、一致する部分もあれば異なる部分、ずれる部分もあるのは当然で、それを調整し、すり合わせるのが外交である。

 その調整のメカニズム、枠組み、方程式といったものが、大きく様変わりしている。かつての六者協議での日米韓の連携及び中国との関係は、アメリカの枠組みのなかで調整していればよかった。しかし今や枠組みそのものが「予測不能」なのだ。

 またアメリカの枠組みが所与のものなら、それを前提に「許せない」とか「叩け」とか「崩壊する」と言っていればいいが、その前提が予測不能である今は、何が脅威なのか、何がリスクなのか、優先順位はどうなのかなどを自分の頭で考えなければならない。それがあってはじめて、自前でどこまで準備できるのか、他国と調整が必要なことは何なのかなどが検討できる。

 いずれにせよ、関係する多国間の協議―連携が不可欠であり、〝当事者〟こそがその枠組みを準備しなければならない。中国は〝仲裁者〟として名乗りを上げている。日本、韓国はどうか。当事者としてもっとも連携が求められているときに、日本は未だに駐韓日本国大使を帰任させていない。

 北東アジアは多国間の枠組みが存在しない数少ない地域だ。成功しなかったとはいえ、北朝鮮危機はKEDO(94)、六者協議(03)という多国間の枠組みの試みにつながってきた。〝当事者〟がこうした構想とリアリズムを持つことがなければ、「自分のことしか考えないアメリカ」と「台頭する中国の脅威」の狭間で右往左往することになる。

 アメリカ的秩序に寄りかかったままでは、乱気流のなかでは思考停止に陥るか、パニックになって自分を見失う。異なる多様な立場・利害・感情etcを冷徹に判断するリアリズムは、日本社会にこそ問われている。

●制度の外側からの問題提起を受け止め、ともに新しい共有地をつくる

  

 Brexit(英国民投票)、トランプ旋風はどこまで吹き荒れるのか。フランス大統領選挙、ドイツ総選挙など重要な選挙を控えるヨーロッパで、その試金石となったのが3月15日のオランダ総選挙だった。反イスラム、反EUをかかげる極右・自由党が第一党に躍進すると見られていたが、結果は現首相率いる中道右派の自由民主党が第一党となった。自由党は議席を大幅に伸ばすも第二党にとどまり、連立交渉は自由党抜きで進むことになる。ルッテ首相は「オランダが“誤ったポピュリズム”を止めた」と述べたが、問題の構造は依然として続いている。

 オランダ政治は戦後、自由民主党とキリスト教民主勢力、中道左派・労働党の三大政党が「親EU・民主主義」の枠を作ってきた。1998年の総選挙では、定数150のうち三大政党の合計は112議席にのぼった。それが徐々に減り、今回は計61と過半数にも届かない。極右の勝利を回避したとはいえ、米英両国と同様エスタブリッシュメントへの反乱が起きているのは明らかだ。

 フランス大統領選挙では、極右候補がはじめて決選投票に進むと見られているとともに、既存政党の候補が決選投票に残らないという事態が予想されている。今や既存の制度の内側にではなく、外側に大きく広がっている切実な問題提起を、いかにして民主政治の土俵のうえにのせていくか、そのための新たな共有地、公共空間をつくりだすことができるかが問われている。

 ポピュリズムは単なる大衆迎合主義ではないし、必ずしも排外主義に直結するわけでもない。既存の民主主義制度の外側にいる(と感じざるをえない)人々、「自ら行動を起こすことで政策に影響を及ぼせるという希望」を失い、あるいは「自分たちは忘れ去られた」と感じている人々を、「内側の一員」「当事者」として包摂、再統合することができる民主主義のバージョンアップこそが問われている。

 「ポピュリズムは、人々の参加と包摂を促進することでデモクラシーの実現に寄与するばかりか、すでに実現したデモクラシーをさらに発展させること、すなわち『デモクラシーを民主化する』うえでも、重要な意義を持つというのである。

 しかし他方、ポピュリズムはデモクラシーの発展を阻害する面も持つ。(「人民の意思」の名の下に/引用者)権限の集中を図ることで、制度や手続きを軽視し、少数派に抑圧的に作用する可能性がある」(水島治郎「ポピュリズムとは何か」中公新書)

 「デモクラシーという品のよいパーティーに出現した、ポピュリズムという泥酔客。パーティー客の多くは、この泥酔客を歓迎しないだろう。ましてや手を取って、ディナーへと導こうとはしないだろう。しかしポピュリズムの出現を通じて、現代のデモクラシーというパーティーは、その抱える本質的な矛盾をあらわにしたとはいえないだろうか。そして困ったような表情を浮かべつつも、内心では泥酔客の重大な指摘に密かにうなずいている客は、実は多いのではないか。

 シャンタル・ムフが指摘するように、現代デモクラシーの抱える問題に真摯に向きあおうとしないのであれば、不満は持続し、『より暴力的な表現方法をとる可能性』さえある。泥酔客を門の外へ締め出したとしても、今度はむりやり窓を割って入ってくるのであれば、パーティーはそれこそ台無しになるだろう。

 この厄介な珍客をどう遇すべきか。まさに今、デモクラシーの真価が問われているのである」(水島 同前)

 「泥酔客」を迎え入れる場は、「品のよいディナーパティー」ではない。主権者としての役割と責任を分かち合い、この社会をよりよいものとして次世代に手渡す、そのための新たな「共有地」(コモンズ)をともにつくりだす、その公共空間・言論空間へ招き入れることだ。

 「これは(社会の)分断状況がこれ以上進まないように、自分でできることをするということでもあります。分断というのは、お互いがお互いを理解できなくなるときに生まれるのだろうと思います。分断が今以上に進んで、それこそトランプさんのような人が出てこないように、そのために自分なりにできること、というイメージなんですが。

 同時にこれは主権者教育だとも思っているんです。人間、どうしたって見える範囲の人に影響されるわけですが、自分に見えている範囲以外にも世界があって、そこではそういう見え方もあるんだと、多角的に見る目を養う。一人ひとりが多角的に見る目を持つことが、民主主義の成熟には重要なんだろうと思うんです。お互い自分の側からだけ一方的に言っていると、お互いに耳を傾けなくなってしまうので、『目線を合わせる』ということをなんとかやっていきたいということで、二足のわらじを履いているわけです」(湯浅誠氏 インタビュー 3―5面)

 民主主義という共有地は「あなたも含めたみんなのもの」だからこそ、酔っ払って文句や不満をぶつけるだけではなく、ともに耕す役割と責任を分かち合おうではないかと。その持続活動のなかから、民主主義を不断にバージョンアップしていく社会関係資本を集積していくことこそ、主権者運動にほかならない。

●「早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け」

  社会関係資本の集積とは―総会報告にかえて 

 第八回大会第四回総会(3月20日)では、民主主義のバージョンアップを支える社会関係資本の集積をめぐって、報告と討議が行われた。社会関係資本とは人々のつながり、ネットワークのなかで集積される互酬性と信頼性の関係の集積を指す。そうした関係性をつくりだし、集積する公共空間、言論空間をどうつくりだし、持続的に維持、発展させ、またその障害をどう乗り越えるか。

 ここで求められるのは、開かれた社会性だろう。

 「他の市民を平等な者として尊重し、扱うことは、他の市民に対して理由を挙げて正当化しうる仕方で主張し、行為することを求める。自らにとって合理的な判断や行為も、他の市民の立場にたった場合には受け入れがたい場合がある。他の市民もまた受容し、共有しうる理由にもとづいているときに、その主張や行為は同時に理にかなっていると見ることができる」(齋藤純一「不平等を考える」ちくま新書)

 「地域や社会をこうしたい」という思いがなければ、議論をしようという意欲も湧いてこない。その思いは、誰かの「強いリーダーシップ」によってではなく、ふつうの人々のフォロワーシップの転換・集積によってこそ実現される―市長や議員が代わっても変わらない地域の方向性は、市民によってこそ正当化される―からこそ、始まりは私的な思いからであっても、それは社会的に共有される質のものへと深化してゆく。

 そして社会的に共有されるからこそ、意見の違いはもとより、「意見を言わない」、「議論しようとしない」、「批判ばっかり」などの、いかんともしがたい人々にも、それぞれの役割と参加の道すじを見出そうとすることを「あきらめない」持続性が鍛えられる。「早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け」というアフリカのことわざは、民主主義のための社会関係資本の集積には「効率のよい近道」はないことを教えている。

 「このような理由の検討は、ふだんの暮らしからかけ離れたものではなく、市民は、理由の検討に日々携わっている。情報交換・意見交換のネットワークである公共圏は、そのような理由の検討が行われる公共的な推論の場でもある」(齋藤純一 前出)

 こうした公共空間、言論空間を、まさに日々の暮らしの現場で―議会のなかで、会派のなかで、地域のなかで、市民同士のなかで、そして友人や家族のなかでも―不断につくりだしていくことになる。その多様な経験や試行錯誤の教訓が交換される場もできる。

 こうした場では、今ここにいる人々の立場や利害、感情からだけではなく、過去・現在・未来にわたる観点から「今ここにはいない」人々、あるいは制度の外にいる人々にも「席は設けてある」という言論空間をつくりだす努力が求められる。

 「それは、時間的・空間的に境界をもたない。ある制度が妥当なものであるかどうかの検討は、他国の政治文化に蓄積された理由を参照しても行われるし、ある意思決定を正当化する理由の検討は、それによって影響を被る将来の人々にとって受容可能であるかどうかという観点からも行われる。そして、憲法を変えるような重大な意思決定については、それを成果として遺した過去の人々の観点から見て十分な理由をそなえているかどうかも問われる。

 個々の法や政策をめぐる正当化理由の検討も、時間・空間的にひらかれた公共的な推論の一環として行われており、その意味で、どのような理由を受け入れ、どのような理由を退けるかは、何を公共の精査に耐えたものとして後世にのこしていくかにかかわっている」(齋藤純一 前出)

 民主主義は単なる多数決ではない。意見の違いや利害の対立があるからこそ、そこに政治―議論と合意形成のプロセス―が必要になる。それゆえに「民主主義は単なる政治のやり方ではない。…すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心(文部省・西田亮介『民主主義』幻冬舎新書)」だからこそ、「他の市民を平等な者として尊重し、扱うことは、他の市民に対して理由を挙げて正当化しうる仕方で主張し、行為することを求める」(齋藤純一 前出)のであり、議論のプロセスや合意の形成、あるいは合意ができないことの確認も、「何を公共の精査に耐えたものとして後世にのこしていくか」にかかわる。

 こうした場づくりは、ふだんの暮らしとかけ離れたものではない。

 「『安全』は科学で、『安心』は感情の問題だと単純に分けてしまうことには反対です。安全は国際規格でも定義されているように『受け入れられないようなリスクがないこと』とすると分かりやすいと思います。リスクを見積もり、どの程度なら受け入れられるかを決め、どう安全を確保するのかを示す。こうした過程を日常的に説明する地道な作業の繰り返しが信頼、つまり安心にもつながります。~中略~BSEをめぐり専門家が信頼を失った英国は、意思決定に消費者や住民が参加する制度を充実させて、社会が大きく変わりました。専門家は、数ある関係者の一部に過ぎません」(岸本充生・東京大学特任教授 朝日3/17)

 「(対話の場で)参加者が理解したのは、それぞれが考えるリスクが違うということです。~中略~自分だけでなく、多様なリスクを知り、互いの立場を考える。いろんな立場の人々が、それぞれが安心できるようなパイプをたくさんつくっていくことから、社会に安心が醸成されると思います」(吉田省子・北海道大学客員教授 同前)

 自治の現場、暮らしの現場から、こうした公共空間をつくりだし、維持し発展させ、そこで培われる互酬性と信頼性の関係性、政治的有用感を集積していこう。

 乱気流に突入しつつある機内でパニックに陥らないリアリズム、泥酔客の出現を新しい〝共有地〟への糸口に転じる民主主義の底力を、自治の現場、暮らしの現場から着実に鍛えていこう。

(「日本再生」455号 4/1 一面より) 

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第174回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「孤立と分断に抗して~『目線を合わせる』ということ」

 4月11日(火) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆第175回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~自治の視点から考える」

 4月16日(日) 午後4時より

 ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆シンポジウム 講演とディスカッション

 「立憲民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換」(仮)

 6月18日(日)12時30分から

 TKP市ヶ谷カンファレンスセンター 7階ホールA

 吉田徹・北海道大学教授 小川淳也・衆議院議員 ほか

 参加費 2000円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №221(17.2.28)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

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Index 

□乱気流を突き抜けて民主主義をバージョンアップするために、

小さくても無数の行動を持続し、広めよう

 ●曲がり角を迎える民主主義 

  21世紀型民主主義へのバージョンアップか、民主主義の脱定着か

 ●トランプさん、ありがとう

 「警告」に応えて行動し、民主主義のバージョンアップのための社会関係資本を積み上げよう

□「囲む会」のご案内 

  3.11を忘れない

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乱気流を突き抜けて民主主義をバージョンアップするために、

小さくても無数の行動を持続し、広めよう

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【曲がり角を迎える民主主義 

 21世紀型民主主義へのバージョンアップか、民主主義の脱定着か】

 民主主義が大きな曲がり角を迎えている。2016年は第二次大戦以降でもっとも、民主主義の限界と欠点が明白になった年といえるだろう。民主主義は人権の尊重や社会的連帯のためのツールである一方、憎悪と対立を増殖するツールともなりうることを、私たちは目の当たりにした。20世紀、二度の世界大戦を通じてファシズムと全体主義に打ち勝った自由民主主義を、21世紀のそれへとバージョンアップできるのか。その歴史的挑戦の只中に、私たちはいる。

 とくに3月15日投開票のオランダ総選挙、4月から5月のフランス大統領選挙、6月のフランス国民議会選挙、9月のドイツ連邦議会選挙は、こうした攻防の焦点となる。

 オランダでは、移民受け入れ反対や反EUを掲げる右翼・自由党(PVV)が首位の勢いを保つ。比例代表制の下、今回は31の党が出ており、PVVは150議席中30議席を得て第一党となると予測されている。しかし過半数を得る政党はないため連立が不可欠となるが、PVVと連立を組む政党はないだろうと見られている。

 フランス大統領選挙は今のところ、一回目の投票でどの候補も過半数を得られず、決戦投票が予想されている。極右・国民戦線のルペン候補は、前回(2012年)は決選投票に進めなかったが、今回は決選投票に残ると見込まれており、決選投票での当選の可能性は高くはないが、完全に排除することもできないと見られている。

 ドイツでは、前EU議会議長を首相候補に擁する社会民主党の支持率が急伸、メルケル首相率いる与党連合と支持率を競っている。移民受け入れに反対する「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は10%程度、依然として議席獲得ラインの5%を上回っているが、今年に入ってからは低下傾向にある。

 トランプ大統領のアメリカでは、大統領令の乱発と司法による対抗や地方政府のサンクチュアリ宣言、あるいは政権スタッフの更迭、メディアとの対立、タウンミーティングでの議論など、立憲民主主義を機能させるとはどういうことか、その「生きた教科書」のような事態が展開されている。「人々の感情の烈風を受けた政治家の人格に、政治が過度に左右されないための建国者たちの工夫」(岡田憲治 日経ビジネスオンライン11/15)の数々が、はたしてどこまで機能するかが試されている。

 かつてチャーチルは、「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けば」と述べた。だが皮肉なことに、冷戦の終焉によって民主主義が「唯一のゲーム」となったにもかかわらず、むしろ民主主義の正統性は揺らぎ始めているように見える。

 「過去三〇年を通じ、北米と西ヨーロッパの民主主義では、議会や裁判所といった政治制度に対する信頼が大きく低下した。同様の傾向は投票率にも現れている。政党への帰属意識は弱まり、党員数が減少する中、市民の既存政党への支持も低下した。代わって有権者はシングル・イシューの運動を支持し、ポピュリスト的な主張をする候補者に投票し、自らを現状への反対派と位置づける『反体制』政党への支持を強めている。世界で最も経済的に発展し政治的に安定した地域においてさえ、民主主義は修復が必要な状態にあるように見受けられる」(「民主主義の脱定着へ向けた危険」ロベルト・ステファン・フォア、ヤシャ・モンク 世界2月号)

 自国において民主主義がうまく機能していない、あるいは政府がきちんと仕事をしていないと不満を感じても、選挙や抗議行動を通じてそれを変えることができると人々が考えているなら、体制としての民主主義は定着しているといえる。

 だが、1995から2014年の世界価値観調査のデータを基にしたフォアとモンクの分析は、次のように警鐘を鳴らす。

 「筆者らが分析から得た知見は憂慮すべきものである。民主主義が深く定着しているとされる北米や西ヨーロッパ諸国の多数の市民は、自国の政治的リーダーへの批判的な姿勢をただ単に強めたわけではない。より正確に言えば、彼らは政治体制としての民主主義の価値を疑い、自ら行動を起こすことで政策に影響を及ぼせるという希望を失い、民主主義に代わる政治体制としての権威主義の支持に前向きになっている。以前と比較し、民主主義の正統性の危機はより多くの指標に亘って現れているのである」(フォア&モンク 前出)

 ヨーロッパでは「既成政党に対する不信」、「グローバル化による格差拡大」、「イスラム移民に対する拒否感」が、こうした動きの要因として挙げられるため、日本からは距離があるように見えるかもしれないが、必ずしもそうとはいえない。「ポピュリズム」(中公新書)の著者、水島治郎千葉大学教授は、「ポピュリズムというテーマは学生も関心が高い」と、次のように述べている。

 「質問や講義後のコメントを通じて、学生の関心が強いのが伝わりました。~略~ポピュリズムに関心があるといっても、少なくとも日本では、学生が排外主義にシンパシーを感じているということではありません。若者たちは既成政治への違和感を強く持っていて、ポピュリズムの持つ『既存の権威への挑戦』『エリートに対する逆転劇』といった要素に共鳴している部分もある、他方で危うさも感じている、いずれにせよ関心を寄せている、ということだと思います」

(http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/101818.html)

 ポピュリズムは単なる大衆迎合主義ではないし、必ずしも排外主義に直結するわけではない。既存の民主主義制度の外側にいる(と感じざるをえない)人々、「自ら行動を起こすことで政策に影響を及ぼせるという希望を失い」、あるいは「自分たちは忘れ去られた」と感じている人々を、「内側の一員」「当事者」として包摂、再統合することができる民主主義のバージョンアップこそが問われている。

「水島 二〇世紀型の政治の在り方が、二十一世紀になってかなり崩れているにも関わらず、それを見る眼鏡は過去のままではないか、という気がしています。政治社会的な構造として言われてきたのは、政党は基盤となる利益団体や支持団体を持ち、支持団体の下に人々を掌握する。その仕組みの中で上がってくる声を取りまとめ、政策を統合し、結果、政党はデモクラシーの中心で力を発揮できると。政治はこれまで、そのような構造として、捉えられていたと思います。~略~

 しかし、かつてのように、誰もが労働組合、農業団体、中小企業団体、専門職団体、さらには地元の自治会といったものに所属する時代ではなくなっていますよね。二〇世紀は既存の団体の力が強かった時代です。しかもそうした既成団体は、政党と繋がることで利益を擁護してきた。団体は政党を支持し、政党は団体に利益をもたらす。保守政党、左派政党を問わず、そのようにして安定的に成り立ってきたのです。

 ところが一九九〇年代以降、グローバリゼーションの波の中で、その仕組みが崩れていく。今ではグローバリゼーションに対応することが、右派も左派も、政治エリートの至上命題になっているのです。そういう流れの中で、足元の社会と政党がかけ離れてしまう。一方で既成の団体も足腰が相当弱っていて、人々のアイデンティティを組(ママ)み取る力がない。

 ~略~切り捨てられたサイレント・マジョリティは、ツイッター等で直接ポピュリストリーダーへ繋がります」(「民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今」 対談・宇野重規・水島治郎 週間読書人ウェブ2/10 http://dokushojin.com/article.html?i=829)

 

 これまでの既存の政治構造では「外側」「周縁」化され、政治化されてこなかった人々の声や問題を、どのように社会として取り上げ、政治化し、新しい合意を形成していくか。これは狭義の政治には収まりきらない、いわば民主主義の社会的な基盤、社会関係資本をつくり出していく営み、運動と一体のものだ。

 「……人間生活の政治化ということだと思います。『政治化』とは、イデオロギーということではなく、地域に根差した人たちがどうやったら生きていけるか、それを調整し組み立てるということです。~そうした本来のポリティクスないしは政治的経済によって、グローバル化に対抗する。アメリカで今回それを担ったのがサンダースの支持者たちでした。~(『アメリカ第一』のトランプのポリティクスに対し、『この地域の我われ住民』という/引用者)サンダースの訴求力が弱かったとすれば、それは、結局『敵』をつくりだして自らの立ち位置を固める、そうした言説で支持者をまとめるほうが勝ちを占めたということでしょう」(西谷修「アメリカのない世界」 世界1月号)

 人々の感情を煽ることが容易い「ポスト真実」や「デマクラシー」と言われる時代の乱気流のなかで、民主主義のバージョンアップのための社会関係資本の集積、それを可視化する「新しい現実」を、暮らしや自治の現場にどれだけつくりだすことができるかが問われている。

【トランプさん、ありがとう

 「警告」に応えて行動し、民主主義のバージョンアップのための社会関係資本を積み上げよう】

 「民主主義は一晩で滅びるわけではなく、脱定着へ向けて動き始めた民主主義が必ず崩壊するわけでもない。~多くの市民が熱心に民主主義を支持し、反体制政党が周辺的な存在ないしは皆無であり、主要な政党が政治ゲームのルールを重んじる世界である時、民主主義が破綻する可能性は限りなく低い。しかしながら、我々が住んでいる世界がこうした世界であるのかはもはや定かではない」(フォア&モンク 前出)

 この数年を後から振り返ったとき、「あれは私たちへの『警告』だった」と言えるだろうか。

 「私は、怒りを感じる一方、とてもフシギな感覚に陥っている。トランプ大統領という新世界の『化け物』は、空から降ってきたものでも、戦争や暴力によって生まれたものでもない。~略~

 トランプ大統領によって、私たちは権力が暴走すること、政府が嘘をつくこと、自由主義諸国のリーダーといえども常に疑いの目でみて、時には彼らを強く批判して、私たちの手で止めないといけないことを、逆説的な意味で学んだ。

 こうした考えは、なんとなく日本では『サヨクっぽく』聞こえる。反対ばかりしている変わった人の考えにみえる。

 しかしながら、トランプ大統領という思わぬリーダーの登場によって、左翼も右翼も関係なく、こうした『批判的なスタンス』は、私たちが近代社会や民主主義の社会を生きる『市民』として、大前提として持っておくものだ、ということを改めて知った。~略~

 トランプ氏は自身のことを、これまでのワシントンの政治家と違い、『口先ではなく、行動する大統領になる』とたびたび口にしている。私たちもactionあるのみだ」(竹下隆一郎 ハフィントンポスト日本版編集長 

http://www.huffingtonpost.jp/ryan-takeshita/what-i-think-about-presidenttrump_b_14522924.html)

 時代が大きく転換し、それまでの秩序や体制が液状化するなかで、ある人々は思考停止に陥るが、ある人々は「警告」に耳を傾け行動し始める。この分岐は、「エリートと庶民」「リーダーとフォロワー」という線に沿って走ってはいない。それはわれわれ庶民、フォロワーのなかの主体分解だ。

 「ポスト真実」や「デマクラシー」と言われる時代の乱気流のなか、「風頼み」の凧やグライダーの出番はない。社会関係資本の集積とつながらない「政治」の出番はない。持続可能性と結びつかない経済活動、経営には乱気流を抜ける展望はない。

 混迷を突き抜けた先、破局の先に「新しい現実」が見えている者は、この乱気流を突き抜ける準備を整えつつある。3.11以降の「新しい現実」は、暮らしと自治の現場に着実に集積されている。

 そして危機の時代には、多数の「普通の」人々のなかからも、「警告」に応えて行動する人々が生まれてくる。

 第二次大戦後に民主主義が強く支持されたのは、その理念によってよりも、豊かな中間層を作り出したことによってだというのは、その通りだろう。同時に、その豊かな中間層が支持した民主主義は、日本では消費者民主主義、お任せ民主主義というべきものだった。(トランプ氏の選挙スローガン〝MAKE AMERICA GREAT AGAIN〟で想起されるAMERICAがGREATだった時代は、人種分離が合法とされていた時代でもある。その「豊かさ」はどういう民主主義とセットなのだろう。)

 今や、その中間層はやせ細り(相対的貧困率は16%でOECD30カ国中四番目に高い)、「自ら行動を起こすことで政策に影響を及ぼせる」という希望を失うどころか、その概念すらはじめから奪われている人々、社会的な自尊感情や政治的有効性感覚を持てない人々を大量に生み出している。

 ここの社会関係資本を豊かにすることを伴わずして、民主主義を鍛えることも、バージョンアップすることもできないだろう。私たちのなかでのフォロワーシップが、勝負の鍵を握っている。その主戦場は、暮らしと自治の現場にほかならない。

 「昨年の参院選では、はじめての18歳選挙権ということもあって、主権者教育ということがさかんに言われましたが、多く場合やっているのは投票者教育ですよね。それはどうなの、と思います。投票というのは、いわば最後の行為です。それ以前に、自ら主体になる経験値を貯める必要があると思います。

 自分が毎日通う学校のことや、住んでいる地域のことを考えたこともない子どもが、マニフェストを勉強して国政のことを語ったところで、どんな意味があるのか。勉強することに意味がないとは言いませんが、自分たちの学校や地域のことについて、みんなで苦労して合意形成してきた経験があれば、市政だろうと国政だろうと、もっと言えば国際政治だろうと、自分の価値観でしっかり判断できるだろうと思います」(熊谷・千葉市長 5―7面インタビュー)

 消費者民主主義からの主体分解が、「消費者として文句を言う」ところから始まることは避けられない。暮らしや地域自治の現場では、企業や組織など、タテの価値観で仕切られた集団のなかではほとんど出会わない、数々の小さな摩擦や衝突に出くわす。その摩擦や衝突を繰り返すなかで、我を通す=「消費者として文句を言う」だけなら、持続性は生まれない。

 はじめは「耐える」だけだとしても、関係性を持続するなかから他者を意識する感性が生まれるかもしれない。その小さな違いは、タテの価値観では見えなかった(存在しているにもかかわらず、「ない」ことにされていた)社会の関係性のなかでの、ちょっとした「ありがとう」かもしれない。

 世間の大半の問題は、賛成・反対や単純な多数決では決着がつかない。多様で複雑な利害や意見の違いをぶつけ合い、「まぁそれなら仕方ないか」といえるところまで議論を重ね、折り合いをつけることによって民主主義の正統性は育まれる。「消費者として文句を言う」ことから始まったとしても、「まぁそれなら仕方ないか」というところまでのプロセスに参加し続けることで、政治的有効性感覚が集積される。

 その意味で、政治は百円ショップで気に入ったものを買うことよりも、日々妥協と取引を重ね、相手に働きかけをしながら、折り合いを付けていく結婚生活に近い。(「日本再生」四五一号 吉田徹・北海道大学教授インタビュー参照)

 その結婚生活にも、新しい可能性が見えているのかもしれない。『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマ(ラブコメ)が評判になった。「契約」で同居をはじめた男女が、結婚して「共同経営責任者」という関係を築くというストーリー。

 「一つ確かなことは、この二人には、出発点に素敵な仕掛けがあったということだ。『契約』関係という仕掛けだ。対等な契約当事者として、二人は互いに尊重し合い、『合意』を目指して丁寧に話し合うことを重ねてきた。対等であることが、、参加を強要せずして真摯な話し合いを可能にし、紛争の解決を導くのだ。~略~二人の小さな政治共同体が、希望のありかを教える。家事に象徴される共同性の責務は、たえざる分担の見直しを迫る。だからこそ、決定に参加する地位が対等に当事者に保障されていなければならないのだ」(「ラブコメで語る男女共同参画」糠塚康江 世界3月号)。

 民主主義のバージョンアップを可能にする社会関係資本を、暮らしと自治のあらゆる現場から集積しよう。そのための小さくとも無数の行動を波を起こそう。何度でも、あきらめず。

(「日本再生」454号 3/1 より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第173回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「〝トランプのアメリカ〟と、どう向き合うか~先が見通せない時代の指針を考える」

 3月6日(月) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 大野元裕・参議院議員

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆第174回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「孤立と分断に抗して~『目線を合わせる』ということ」

 4月11日(火) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆第175回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換~自治の視点から考える」

 4月16日(日) 午後4時より

 ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

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 東京で語り継ぐ東日本大震災

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7回目の3.11を迎えます。5年目の昨年と比べて、メディアで知り上げられる機会も、

ずいぶん減っているように感じますが、まちづくりをはじめ復興は、これからが正念場。

2013年9月、東北の復興を飲食業として支えるべく東京に「かき小屋」をオープンした飛梅では、

今年も「東京で語り継ぐ東日本大震災」の集まりを開催します。

飛梅に食材を提供している漁師さん、蔵元さん、水産加工業者さんたちの話を聞き、

おいしい料理とお酒を味わいながら、「これから、わたしたちにできることはなんだろう」

と考えてみませんか。

東京で語り継ぐ東日本大震災

3月10日(金) 1830から2030

かき小屋 飛梅 神田西口店

会費 6000円(料理7品 ドリンク飲み放題)

売上の一部を「あしなが育英会」に寄付。

申し込み・問い合わせ 03-3527-1663

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 3.11を忘れない 福島から未来へ

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(主催 FoE Japan のよびかけより)

東京電力福島第一原発事故から6年。帰還促進政策の中で、現行の災害救助法に基づく住宅提供の打ち切りが迫り、原発事故被害者は精神的にも経済的にも追いつめられた状況に置かれています。2016年4月から小売り電力の全面自由化が始まり、私たちは再生可能エネルギーの電力を選べるようになりましたが、国は託送料金への上乗せという形で国民全体から廃炉費用を回収しようとしています。
しかし、希望もあります。昨年、福島の高校生達がドイツに招かれ、持続可能な未来にむけてドイツやベラルーシの若者と交流しました。彼らは新たな期待を持って、未来に向かって動き出しています。ベトナムは原発計画を中止しました。世界が持続可能な社会に向けて動き出しています。
原発事故被害の実相とエネルギー政策の未来をみつめます。
ぜひお誘いあわせの上、お越しください。

http://www.foejapan.org/

3.11を忘れない 福島から未来へ

3月10日(金) 1300から1600

文京区民センター 2A

第一部:原発事故の被害の実相
・基調講演:つながり合う被害者と福島の今…武藤類子さん/ひだんれん共同代表
・事故後6年…各地で迫られる選択

 帰還せざるをえなかった母親からの訴え
 母子避難を支える父親として
・福島の高校生から~ドイツで学んだ福島の姿
・廃炉作業員と福島原発事故の現実…なすびさん/被ばく労働を考えるネットワーク
・保養の現場から…矢野恵理子/福島ぽかぽかプロジェクト

第二部:原発なき未来に向けて
・基調講演:どうなる東電?どうなる私たちのお金?…大島堅一さん
・「原発事故と電力自由化後の日本のあるべきエネルギー政策」…吉田明子 /FoE Japan
コメント:福田健治さん/弁護士、福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク代表

資料代 500円

要申し込み http://www.foejapan.org/


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp