メルマガ♯がんばろう、日本!         №244(18.11.30)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 「2020後」にむけて、立憲民主主義を深めていくために

  ~民主主義のイノベーションと自治の当事者性の涵養

●「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」? 

  多数決民主主義の白紙委任か、立憲民主主義への深化か

●「民主主義の死は選挙によってもたらされる」?

  分断統治ではなく、課題を共有した連帯を

● 人口減少時代の民主主義―住民自治の当事者性を涵養する 

統一地方選をどう構えるか

□第九回大会のご案内 ほか

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「2020後」にむけて、立憲民主主義を深めていくために

~民主主義のイノベーションと自治の当事者性の涵養

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【「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」? 

多数決民主主義の白紙委任か、立憲民主主義への深化か】

 与党理事(平沢勝栄議員)が「議論したらきりがない。いくらでも問題点が出てくる」という入管法改正が、与党の強行採決によって衆院で可決された。問題点を議論するのが国会のはずだが、「中身は後から決める」という白紙委任、すでに一二八万人いる外国人労働者の現状に関するデータもデタラメ、野党の追及で開示するも「コピー不可、書き写しのみ」(国会に開示されたデータは国民のものではないか)など、これまで繰り返されてきた強行採決に比べても酷い。

 衆議院の委員会審議時間も、安保法制(2015)116時間、TPP関連法(2016)70時間、データがデタラメだった働き方改革(2018)33時間に比しても、わずか17時間という異例の短時間で、政府・与党側の「審議しない」姿勢はあからさまだ。

 衆院通過を巡っては、大島衆院議長が与党の国対委員長に対して、来年4月予定の法施行の前に、関連政省令が整った段階で衆院法務委員会での質疑を求めるという、異例の議長あっせんを行った。与党の議事強行に危機感を持ったとされるが、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という政府・与党の姿勢は、ますます強まっている。

 民主主義は多数決だ、という以上の民主主義観を持っていなければ、「安倍政治」の六年間は、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という立憲的独裁への白紙委任を進めてきた六年間ということになる。他方で「安倍政治」の六年間は、「民主主義は選挙だけではない」→「民主主義は合意形成のプロセスだ」という民主主義観へ転換する主体的な条件を準備してきたともいえる。言い換えれば、「民主主義は多数決だ」という民主主義観しか持っていなかったところから、多数決民主主義を通じて立憲的独裁への白紙委任に向かうのか、それとも多様な民意を前提とした合意形成プロセスとしての立憲民主主義へ向かうのか、「安倍政治」のたたみ方は、そのせめぎあいの渦中にあるということだ。

 たとえば以下で述べられているような民主主義の「設計思想」は、多数決民主主義観では「教科書」の話にしかならないだろう。しかし「民主主義は合意形成のプロセスだ」という民主主義観が腑に落ちるようになると、「国民主権で統治機構を作りこんでいく」うえでの重要な論点、問題提起として受けとめられるようになるのではないか。

 「投票重視の点で見ると、その反対側にあるのが『投票以外の要素もあるんだ』という考え方で、立憲主義はその例です。議会で多数を得ても、それを拒絶する憲法裁判所などの制度が整えられている。選挙で選ばれたわけではない人が政策決定に強くかかわるという面では、ある種のエリート主義の面を持っています。一方で、多数決だけでは侵害し得ない領域をしっかりと確保することによって、少数者の保護が可能になる。『憲法裁判所で否決されるような法案はそもそもつくらない』となって、議会の好き勝手な活動を抑止することにもなる」(古賀光生・中央大学准教授

 https://globe.asahi.com/article/11882947)

 「選挙は、小選挙区制であれ比例代表制であれ、どこかで意見集約をしなければなりません。ヨーロッパ大陸型の比例代表制は、投票した後で様々な意見を議会の場に出して、交渉して多数意見を練り上げていきます。逆に、選挙をするまえに意見を集約して投票にかけるのが、イギリスに見られる小選挙区制です。ただ、イギリスのように歴史に厚みがあり、明文化されていないルールも尊重するシステムが確立されていればいいのですが、同じ小選挙区制を新興民主主義国で導入すると、『小選挙区で勝てばいいでしょ』『3分の2を取ったら、憲法を変えていいでしょ』『変えたら、憲法裁判所を停止していいでしょ』と、際限なく物事が決められていく。『決められればいい』というポピュリズムの論理に引きずられかねません。もちろん、民主主義の定着度によっても、その国がどのような制度を持っているかによっても、状況は異なります」 (同前)

 「安倍打倒」「反安倍」では、「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という「安倍政治」の土台は変わらない。多数決民主主義にとどまらない民主主義観への転換、立憲民主主義を深めるために国民主権で統治機構を作りこむプロセス(狭義の「システム」のみならず「政治文化」も含めた)への踏み込み、それらの深まりと広がりの度合いに応じてこそ、「安倍政治」をたたむことができる。

 逆にそれが弱ければ弱いほど、たとえば以下の問題提起のように、民主的な合意形成の基盤は毀損されていくのではないか。

 「このような現状(憲法について共通の土台がないまま議論がかみあわない/引用者)のもとでの改憲は、現行憲法に対する社会のなかの共通感覚がないままに、さらに変わっていくことを意味しますから、日本がどのような社会を目指すのかという理想に対するコンセンサスや正統性が失われてしまう懸念があると思います。

 つまり、大半の人が、『どっちでもいいから好きにやって』という感じで憲法が変わってしまいかねず、憲法の正統性への疑義は残り続けることになるのではないでしょうか。これまでの日本社会は、経済的にそれなりに成功してきたので、憲法に対する疑義や矛盾もうまい具合に覆い隠されてきましたが、『ポスト平成』はどう考えても右下がりの時代になりますから、それらがむき出しになってしまいかねません」(西田亮介「憲法改正には関心なし? 若者たちの事情」WEBRONZA 11/25

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018111300001.html)

 「安倍政治」をどうたたんでいくか。それはポスト平成―2020後の次世代に、どういう民主主義を手渡していくかということでもある。多数決民主主義を超えた立憲民主主義への糸口をつくれるか、むきだしの分断や対立を「数で決着つける」という民主主義か。

【「民主主義の死は選挙によってもたらされる」?

分断統治ではなく、課題を共有した連帯を】

 

 今、世界中で民主主義が危機に直面しているといわれる。全米でベストセラーとなった「民主主義の死に方」(レビツキー/ジブラット 新潮社)のカバーに書かれている「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。『合法的な独裁化』が世界中で静かに進む」は、こうした状況を端的に示しているといえるだろう。

 著者はインタビューでこう述べている。(読売 11/22)

「――民主主義はどのように『死』に至るのか。

レビツキー氏  現代においては、銃で権力を掌握するのは困難だ。これは良いニュースで、私たちは民主主義は安全だと当然のように思っているが、実はそうではない。民主主義は別の方法で死ぬのだ。怒れる市民には、民主主義的な制度を民主主義に反して使う指導者を選ぶ余地がある。こうした『内部からの死』に対して、民主主義は本質的に脆弱だ」

 「選挙で勝ったのだから、後は何を決めてもいい」という民主主義が、「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える」。「民主主義の死」はクーデターや銃によってではなく、選挙によってもたらされる。「怒れる」一票と「どっちでもいいから決めて」は、コインの表裏にほかならない。

 憲法はこうした多数決民主主義の暴走を抑える存在だが、それだけでは頼りない。

「ジブラット氏  合衆国憲法は重要だが、それほど多くのことは書かれていない。我々は憲法と同時に、明文化されていないが数世紀の間に築き上げられた、政治家はいかに振舞うべきかという規範を重要視してきた。我々が『柔らかいガードレール』と呼んでいるもので~『相互的寛容』~『自制心』」。

 誰もが一票だからこそ、『柔らかいガードレール』としての規範もまた、「選ばれた人」だけに求められるものではない。一九四八年から五三年まで使われていた中学・高校の社会科教科書には、このような記述がある。「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。~中略~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」(「民主主義」西田亮介・編 文部省・著 幻冬舎新書)

 こうした民主主義観―『柔らかいガードレール』をどう継承し、次世代とともに21世紀にふさわしくアップグレードしていくか。それが問われている。民主主義という〝共有地〟は、耕す人がいなければ簡単に荒れ果て「内部からの死」に至る。「選ばれた人」だけではなく、普通の人たちがそれぞれの力量に応じて耕してはじめて、〝共有地〟は持続可能になる。民主主義は「内部からの死」に脆弱だが、その崩壊を食い止めるのは「偉大なリーダー」よりも普通の人々の一歩だ。

 残念ながら、消費者民主主義の爛熟で私たちの〝共有地〟は荒れ果てており、民主主義や憲法についての共通感覚も失われている。このなかで『柔らかいガードレール』を築くことは、世代間や社会階層間の分断を克服していくことでもある。選挙で多数を取ることは大事だが、そのために「敵」を作り分断を煽れば、〝共有地〟は荒れて『柔らかいガードレール』はさらに脆弱になってしまう。

 アメリカで存在感を増す「反トランプ」の草の根運動に、「インディヴィジブル」という運動がある。「インディヴィジブル」とは、「分割することができない」という意味で、「忠誠の誓い」で唱えられる一文に入っているという。この言葉が政治運動として使われるようになったのは、トランプ政権がアメリカ社会の分断をさらに深刻なものにするとの懸念から。連邦議会の元スタッフ4名が、分断の対義語である「インディヴィジブル」をタイトルにした、草の根活動のハンドブックを作り、ネットで公開、オバマケア見直しを頓挫させる草の根運動の原動力になったと言われている。

 選挙で当選したい議員心理をつかんで、地元の議員にどうアプローチして話を聞いてもらうかなど、書かれていることは特別なことではないという。草の根保守の運動であるティーパーティーとの違いは「彼らがアメリカの分断を望んでいたのとは逆に、我々は共生社会としてのアメリカの再建を目指しているのです」(https://hbol.jp/179848/3)とのことだ。

 分断統治ではなく、課題を共有した連帯を。来年は統一地方選、参院選が予定されているが、各種の「共闘」もこうした土台の上に構築されることが重要だ。

 「安倍官邸の『勝利の方程式』は、低投票率・与党の組織票固め、そして『こんな人たち』というように『賛成・反対』に分断するということです。選挙を通じて意見の対立がさらに深まるようなやり方は、トランプにも通じます。『民主主義は多数決だ』という民主主義観では、意見の違いを多数決で決着つける、ということになる。そのためにむしろ分断を煽る。これでは選挙の結果、選挙前よりも対立が深まることになる。

 そうではなく、有権者の関与によって意見の違いを新たなステージでまとめあげる、ということ。来年の統一地方選は構え方としては、選挙を通じて新しい自治のあり方を生み出すことに挑戦する、ということです。選挙の争点も、対立を明らかにするためではなく、地域の課題を共有するための問題提起ということになる。選挙後にも選挙で提起された問題を解決するための、新しい会話の糸口になるような構え方をしなければならない」(4面京都「囲む会」)。こうした試みは、地域の現場から始まっている。

 政権を争う国政選挙では「勝ち・負け」は避けられないが、「有権者の関与によって意見の違いを新たなステージでまとめあげる」という自治の政治文化が基礎にあっての政権選択なのか、「意見の違いを数で決着つける」という政権選択なのかは、民主主義にとって大きな違いである。

【人口減少時代の民主主義―住民自治の当事者性を涵養する 

 統一地方選をどう構えるか】

 「2020後」という問題設定は、これまでは漠然とした不安だった人口減少社会の到来に向き合わざるをえないなかで、その当事者性をどう準備できるのかということにほかならない。人口減少時代は突然やってくる危機ではなく予見しうる問題であり、だからこそ「あれか、これか」を自分たちで決める自治の当事者性を涵養できれば、チャンスに転じることもできる。

 自治の当事者性を涵養できなければ、「あれか、これか」をトップダウンで決める、そこに白紙委任することになる。「その先」をいささかグロテスクに描けば、映画「十年」のなかの、生産性の低い高齢者に安楽死を推奨する国の事業とそれに身を委ねる高齢者、ということになろうか。民主主義と同様に当事者性も、不断に涵養し続けなければ「内部からの死」に脆弱だ。

 人口減少時代に直面する課題は多数あり、どれも優先順位の高い重要な課題だが、何よりも問われるのは、課題を共有し向き合うための当事者性の涵養にほかならない。来年の統一地方選をはじめ各種の選挙―とりわけ地方選挙では、こうした当事者性の涵養にどう結びつけられるかが最重要の課題だろう。

 人口減少時代にはこれまでの「拡大」基調から「縮小・縮退」基調への転換が不可欠だとされる。そのとおりであるが、問題はその転換を経済効率や合理性、選択と集中といった市場の論理、行財政改革の論理で行うのか、あるいは民主主義・自治の論理で行うのか、ということでもある。課題を共有する当事者性は、後者から涵養されるのは言うまでもない。

 節約至上主義ではなく、何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増もあえて選ぶのか、こうした議論を市民とともにどれだけ深めることができるか。

 「あれか、これか」と言っても優先順位は多様だ。企業経営なら経済効率や合理性で判断すればいいが、「地域経営」はそうはいかない。議会には、地域の多様な利害を表出させつつ、上記のような議論のなかから優先順位を決めていく役割がある。その役割を果たすうえで、「自分は財政の切り口から判断する」「自分は子育ての切り口から判断する」「自分は産業自治の切り口から判断する」というような「審判としてのモノサシ」を、議員候補者の公約として提示してはどうか。

 何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増もあえて選ぶのか、こうした議論からは、立憲民主主義の基礎である「われら主権者がつくった政府(自治体政府)」というオーナー感覚―当事者性が育まれるはずだ。そういう〝共有地〟を耕していかなければならない。

 「選挙で勝てば、後は何を決めてもいい」のトップダウンでは、人口減少時代の政策はこれまで以上に地域の現場に丸投げになる。

 入管法改正は、人手不足→安価な外国人労働力という発想で、「生活者として受け入れる」という視点は欠落している。しかしすでに研修生や留学生という形の外国人労働者なしに、私たちの生活は回らない状態だ。その彼らを生活者として受け入れようと試行錯誤しているのは、地域であり自治体である。入管法改正が成立すれば、さらに自治体に丸投げになることを懸念して、外国人住民が多く暮らす自治体で組織する「外国人集住都市会議」(座長都市・太田市)は、共生施策の整備に国が深く関わるよう求めている。

 人手不足解消という経済の論理だけでは、地域は回せない。地域には、生身の人間として、生活者として受け入れる自治や共生の論理が不可欠だ。

 昨年の総選挙で与党の公約として掲げられた幼児教育の無償化。政府が来年10月からの実施としていることに対して、全国市長会は「確実な財源の保障及び子どもたちの安全を確保するための質の担保手法が国から示されない限り、円滑な施行は困難である」として政府に要請を行った。「保育園を考える親の会」の自治体へのアンケートでは、自治体負担が発生して財政が圧迫されることで、「保育の質確保策に悪影響」「公立保育所の予算確保が難しくなる」などが上がっている。

 待機児童対策として政府肝いりの「企業主導型保育所」も倒産や補助金詐欺などの問題が出ている。これも「自治体を関与させずにスピーディーに」と言いながら、その後始末のツケは自治体に回されている。

 待機児童解消や幼児教育無償化は、待機児童の「頭数」や保育所の「数」の問題ではない。曲がりなりにも、子どもの保育の質をどう確保するか、ということで取り組んできた自治体の関与を排したトップダウンでは、現場は回らない。

 人口減少時代をトップダウンではなく、地域から住民自治の当事者性で乗り切っていく力量を備えていく。その一歩として2019年統一地方選を。「2020後」に向けた民主主義のイノベーションへ。(3―6面「囲む会」も合わせて参照を。)

(「日本再生」475号一面より。紙幅の関係で、紙面では一部割愛しています。)

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「がんばろう、日本!」国民協議会 第九回大会

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2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

日時  2019年1月6日(日)1300から1700

場所  TKP市ヶ谷カンファレンスセンター

概要  第一部 講演(問題提起)

    第二部 パネルディスカッション

参加費 2000円

(懇親会 事務所(徒歩5分)へ移動  1730くらいから 参加費1500円)

【第一部 講演(問題提起)】

吉田徹 北海道大学教授 

諸富徹 京都大学教授 

【第二部 パネルディスカッション】

吉田先生 諸富先生 

松本武洋・和光市長 廣瀬克哉・法政大学教授 山本龍彦・慶應大学教授

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望年会のお知らせ

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■東京

12月15日(土) 1600から1900

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 1500円

■京都

12月6日(木) コープイン京都
第一部・講演 1800-1900 中西寛・京都大学教授  参加費 1000円
第二部・懇親会  参加費 3500円


石津美知子
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Index 

□ 2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

●〝2020後〟の課題に向きあう転換へとつながるように、

「安倍政治」をどうたたんでいくか 

●人口減少社会の問題設定 

 民主主義の論理か、行財政改革の論理か

□第九回大会のご案内 ほか

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2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

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【〝2020後〟の課題に向きあう転換へとつながるように、

 「安倍政治」をどうたたんでいくか】

 自民党総裁選で安倍総理圧勝のシナリオを崩したのは、地方票だった。「安倍一強」の地方での足元の危うさを示すように、沖縄県知事選挙では政権側が全力で支援した佐喜真・前宜野湾市長が、翁長前知事の後継である玉城デニー氏に大差で敗れた。出口調査では自民支持層の二割、公明支持層の三割が玉城氏に投票している。

 沖縄県内では知事選以降、豊見城市長選で二十年続いた保守市政をオール沖縄候補が破り、那覇市長選では翁長市政を受け継ぐ現職が再選された。全国的にも兵庫県川西市長選、千葉県君津市長選、京都府大山崎町長選で、自民系候補が敗れている。「安倍一強」の終焉は、地方から告げられつつある。

 内閣改造も政権の求心力とは、ほど遠い。産経新聞の調査でも、内閣改造以前と比べて支持は2.0ポイント減、不支持は0.5ポイント増というありさま。内閣改造と自民党役員人事を「評価する」は24・9%、「評価しない」は58・6%に上り、改造内閣に期待しないという回答も51・9%。

 消費税率引き上げ、外国人人材受け入れ(実質的な移民政策)など、憲法改正以上に今国会で議論されるべき課題は多い。どの問題も根底にあるのは急激な人口減少と高齢化であり、弥縫策の積み重ねには限界がある。だが、この内閣の顔ぶれでまともな議論ができると思う人は、ほとんどいないだろう。しかもデータの改ざんや隠蔽、統計のごまかしが横行した前国会のケジメは、何ひとつついてはいない。

 世論の政権からの遠心化が、今後の基本的な方向性となる。いいかえれば、「安倍政治のたたみ方」―どうたためば〝2020後〟の課題に向きあう転換につながるのか、どうたためば〝2020後〟の課題に向きあうためのリソースをさらに毀損することになるのか―が、問われることになる。

 政権と官邸は、憲法改正を求心力回復の突破口にしようとするかもしれない。しかし憲法改正では一貫して官邸が世論と乖離している。自民党の船田元氏は、衆院憲法審査会の党人事で野党との協議を重視する船田氏ら「協調派」が幹事を外され、「代わって、いわゆる『強硬派』と呼ばれる安倍総理に近い方々が、(新しい幹事として)野党との交渉の前面に立つことになった」と指摘する。「安倍一強」の手法を今後も押し通すのか。2019年統一地方選をはじめとして、政権与党は世論の厳しい目にさらされる。

 「国内で遠心力が働き続けるとすれば、政権は万難を排して引き締めに入ろうとするのではないか。良識ある国民ならば、眉をひそめるような無理筋の国会審議、法解釈を曲げてでも支持層に利益配分を行ったり、なりふり構わず反対派に報復したりということも考えられる。政権の終末時、断末魔の叫びのように」(牧原出 WEBRONA 10/15)

 2019年統一地方選をはじめとする地方選挙は、こうした「無理筋」を防ぎつつ、「安倍政治」を賢くたたむための攻防になる。それは国政の代理戦争などでは断じてない。争点設定はあくまでも地域の課題を共有するためであり、住民・市民が学習と討論を通じて練り上げた公約(マニフェスト)を基に行われる選挙をめざすべきだ。政党のかかわりは、市民が設定した土俵に乗れるかどうかで決まる。

 もうひとつの場は国会だ。先の通常国会終了後、大島衆院議長は、政府による公文書の改ざんや隠蔽、誤ったデータの提供などが相次いだことについて「民主的な行政監視、国民の負託を受けた行政執行といった点から、民主主義の根幹を揺るがす問題」という異例の所感を公表した。一方、衆院議院運営委員長となった高市氏は10月25日、自民党の小泉進次郎氏ら国会改革を求める超党派議員と面会し、「議運委員長として実現を目指す事柄」と題した私案を提示。この中で政府提出法案の審議を優先し、議員立法や一般質疑は「会期末前に残った時間」を充てることなどを掲げた。これでは国会は「安倍一強」の追認機関と化す。

 国会が安倍一強の無理筋に追従するのか、振り回されないようにするのか、与党内の常識派が問われる。先の総裁選でも可視化されたように、その常識派を後押しするのは国民世論だ。

 〝2020後〟の課題に向きあう転換へつながるように、「安倍政治」をどうたたんでいくか。地域からの輿論の迫り上げを。

【人口減少社会の問題設定 

 民主主義の論理か、行財政改革の論理か】

 自公・官邸の「必勝パターン」を崩した沖縄県知事選以降、各地の首長選挙で自民系候補が敗れている。兵庫県川西市長選では、半年にわたる市民との対話を通じて政策マニフェストを磨いてきた越田謙治郎氏が、前市長による後継指名と自民党の推薦を受けた候補に圧勝。「ハマコー王国」といわれていた保守地盤の強い君津市の市長選挙では、三代にわたって首長を務めた家系の前市長の基盤を受け継いだ自公推薦候補を、連合千葉の推薦を受けた無所属新人の女性候補が破った。

 京都府大山崎町長選では、与野党相乗りの現職を共産支持の新人(大山崎町議を5期務めた元自民党の前川氏)が破った。公立保育所の民営化をめぐる一万一千名の署名を無視するなど、前町長の町政運営への反発が高まるなか、「市民派」を掲げる新人候補は「住民委員会」の設置など、住民主体のまちづくりを公約に掲げたという。

 これらに共通するのは「野党共闘」という国政での枠組みではなく、住民・市民が地域の課題を共有し、地域のこれからを自ら選択する、その自治のための争点設定、土俵づくりという点にある。政党のかかわりは、その土俵に乗れるかどうかで決まってくる。「野党共闘ありき」ではない。参院選一人区での野党の候補者調整もこうしたプロセスにできるか、政党以上に有権者の力が試される。

 別の角度から言えば、「人口減少社会に向けてということがリアルになって、拡大要求型ではなく縮小型の政策が問われるときに、その決定を中央集権的に、立憲独裁的に、行財政改革の論理でやるのか、それとも立憲民主主義的に、議論による統治や住民自治の論理でやるのか。そういうステージに入るということです。

 住民自治の涵養になる選挙ということは、選挙を通じて分断や対立を深めるのではなく、有権者の関与によって分断や対立を収めるということです。『どっちの側につくんだ』という選挙のやり方ではなく、たとえば総合計画を共通の土台にして、それぞれの視点や方向性を議論するというような。住民自治の涵養とつながるように、というところから、いろいろな知恵も出てくるわけです」(13面「囲む会」戸田代表)。

 2019年統一地方選をはじめとして各種選挙では、人口減少社会の到来という「不都合な真実」にどう向き合うかが問われる。厳しい選択が問われることもあるが、そこでの本質的な軸は、行財政改革の論理か民主主義の論理かということだろう。

 その場しのぎの取り繕いや、破綻が明らかな「計画」でごまかしていれば、人口減少社会の到来は「突然の破綻」と受けとめられ、そこでの決断の厳しさは「手の爪をはぐか、足の爪をはぐか、どちらか決めなければならない」(473号一面参照)という類のものと受けとめられることになる。行財政改革の論理とはこれだ。

だが「人口減少は、ある日突然やって来る危機ではなく、かなり正確に予測できるものです。したがって準備することができる。予測できるにもかかわらず準備できていないことが、最大の問題」(諸富徹・京都大学教授 471号「総会」)であるからこそ、人々がきちんとした情報に基づいて議論し、自己決定していくためのプロセスを支えることこそが政治の役割となる。人口減少社会に向き合う民主主義の論理や作法が問われる。

さらに言えば、「人口減・少子高齢化というのは、単なる自然現象ですか。違いますね。政策の失敗でしょう。人口減・少子高齢化は、すでに七十年代には分かっていた。それに対応すべき時間と政策資源を、行財政改革の名の下に犠牲にしたのではないのか。

同じように出生率の低下に直面していたフランスは、政策によってそれを回復しました。日本は端的に言えば、団塊ジュニア世代のところで社会の持続可能性を犠牲にしたんです。行財政改革や効率性の論理の前に、デモクラシーの論理(民主政の基盤づくり)が太刀打ちできなかった。その弱さなのです」(14面 戸田代表)

 行財政改革の論理で推し進められた平成の合併は、「『団体自治』を侵害するとともに、『民主主義(住民自治)』を侵害するものであった」(幸田・神奈川大学教授 9面)。そしてその先に見えてきているのは、総務省の「自治体戦略2040構想研究会」の報告に見られるような、住民自治はおろか団体自治さえも否定する中央集権派による、人口減少時代の問題設定である。

 民主主義は単なる多数決ではない。「あれか、これか」「何かをあきらめる」という厳しい選択が求められるからこそ、「これだけ話し合ったんだから」ということも含めた〝納得〟のプロセスが不可欠だ。それなしには、多数決民主主義は対立と分断を深める結果にしかならない。話し合いを通じて課題を共有するからこそ、問題を解決するための自治の当事者性も生まれてくる。それなしに、民主政の基盤は鍛えられない。

 ヨーロッパやアメリカでの社会的分断は、われわれにとっても対岸の火事ではない。ますますグローバル化する経済や情報、社会の変化に「取り残された」と感じる人々、将来が見えないと感じる人々は、潜在的にも増えている。そのなかで行財政改革の論理でさらなる分断を煽るのか、民主主義の論理で自治の当事者性を涵養していくのか。〝2020後〟を見すえて、住民自治の涵養の場としての選挙をつくりだそう。

 〝2020後〟の課題に立憲民主主義で向き合うために。第九回大会(1月6日)「2020後にむけて 立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ」に、多くのみなさんのご参加を。

(「日本再生」474号一面より)

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「がんばろう、日本!」国民協議会 第九回大会

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2020後にむけて 

立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か

~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

日時  2019年1月6日(日)1300から1700

場所  TKP市ヶ谷カンファレンスセンター

概要  第一部 講演(問題提起)

    第二部 パネルディスカッション

参加費 2000円

(懇親会 事務所(徒歩5分)へ移動  1730くらいから 参加費1500円)

【第一部 講演(問題提起)】

吉田徹 北海道大学教授 

諸富徹 京都大学教授 

【第二部 パネルディスカッション】

吉田先生 諸富先生 

松本武洋・和光市長 廣瀬克哉・法政大学教授 山本龍彦・慶應大学教授

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望年会のお知らせ

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■東京

12月15日(土) 1600から1900

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 1500円

■京都

12月6日(木) コープイン京都
第一部・講演 1800-1900 中西寛・京都大学教授  参加費 1000円
第二部・懇親会  参加費 3500円

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「囲む会」のご案内@京都

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●第36回 戸田代表を囲む会in京都

11月17日(土) 1830から

「『安倍政治』の検証から、選挙をどう構えるか

 ~戸田代表の提起と自治体議員の討議を軸に」

コープイン京都 


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp


メルマガ♯がんばろう、日本!         №242(18.9.29)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 多様で複雑な社会で「国民」を形成する政治プロセスの質をどう高めるか

~第九回大会にむけて

●「安倍政治」の総決算

 〝オリンピック後〟の選択肢を立憲的独裁で準備するのか、

  議論による統治=立憲デモクラシーで準備するのか

●国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ

□「囲む会」のご案内 ほか

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多様で複雑な社会で「国民」を形成する政治プロセスの質をどう高めるか

~第九回大会にむけて

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【「安倍政治」の総決算】

 〝オリンピック後〟の選択肢を立憲的独裁で準備するのか、

  議論による統治=立憲デモクラシーで準備するのか

 自民党総裁選挙で三選を果たした安倍首相。さらに三年の任期を手にしたことで、2021年まで首相を務めることも可能になり、実現すれば憲政史上最長の首相在任となる。その長期政権は、東京オリンピック・パラリンピックの〝宴の後〟に何を残すのか。これからは、「安倍政治」の総決算が問われる。

 すでに六年間の長期政権にもかかわらず、具体的な成果は乏しい。アベノミクスはいまだに「道半ば」、「一億総活躍」「人づくり革命」などの目玉政策も、一年ごとの看板架け替えで検証さえできない。二十回超の首脳会談を重ねた日露関係は、プーチン大統領から「領土問題抜きの平和条約」を提案され、朝鮮半島情勢では蚊帳の外。「やっている」感だけの限界を、「憲法改正」の一発勝負で突破できるのか。むしろ「憲法改正」も、求心力維持のための究極の「やっている」感ではないか。

 〝宴の後〟の2021年。総人口はピークの2010年から約四百万人減の1億2400万人、高齢化率は30%、女性の過半数が50歳以上という社会と推計されている。団塊世代がすべて後期高齢者となる2025年を目前に、50代に突入する団塊ジュニア世代にはダブルケア(介護と子育て)が大きな問題になるだろう。警察や消防、医療、教育、ケアなど生活の根幹を支える領域でも、人手不足は深刻だろう。

 2020年とされていた財政健全化の指標であるプライマリーバランスの黒字化は、2022年へ先送りされている(2017)。アベノミクスでさらに増えた巨額の財政赤字を抱え、高齢化のピークを乗り切る体力は残されているのか。他方で道路、橋の約40%が建設後五十年を経過するなど、大量のインフラが更新期を迎える。空き家も含め、高度成長期のストックが〝負動産〟になりかねない。

 「安倍政治」は首相主導と長期政権という強大な政治力を、こうした困難な課題に向き合うためではなく、「二度と野党に政権を渡さない」ために使い尽くした。「ポスト安倍」の政治は、「あれか、これか」という難題にどう向き合うのか。

 ポスト安倍の最有力候補と目される小泉進次郎氏は、「2020年以降」を見すえているとされる。その視線は、たとえば次のように紹介されている。

 「村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にはこんな場面がある。

 登場人物のアカは、新人教育のセミナーで受講生にこう話す。今から、君の手の爪、もしくは足の爪をペンチではがす。それはもう決まっている。しかし、どちらの爪を選ぶかは自由だ。10秒以内に決められなければ両方はぐ――。受講生は8秒ぐらいでどちらかを選ぶ。なぜそちらを選んだかと聞けば、「どちらもたぶん同じくらい痛いと思います。でもどちらか選ばなくちゃならないから」と答える。アカは「本物の人生にようこそ」と語る。

 進次郎氏は2013年8月の講演の最後に、この場面を持ち出した。

 「このシーンを読んだ時に、今の日本だと思った。二つの選択肢が目の前にあって、二つの道がある。でも、どちらかの道にいけば、痛みなんてないという世界はない。どっちの決断をしても、必ずその中で、不利益を被る人がいたり、そういった要素があったりする。ビジネスも政治もそう。でも決断しないといけない」

 「首相になってこれを成し遂げたい」というビジョンを掲げればよい時代はとっくに終わった。人口減少社会を迎える日本に、もはや取り得るべき選択肢はほとんどない。政治家の役割は、手の爪か足の爪か、どちらの爪をはぐのかを決めることだ。自分はいずれその決断をするしかない――進次郎氏は「二者択一の決断」にますます追い込まれているようだった」(「『小泉進次郎』という脱げない着ぐるみ」三輪さち子 WEBRONZA 9/24)

 90年代の統治機構改革―平成デモクラシーは、政治主導―集権化によって「あれも、これも」のコンセンサス型政治では難しいとされる、「あれか、これか」を「決められる」政治をめざすとも言われた。「安倍政治」は「決められる政治」を標榜して、集権化された権力を政権維持のために使い尽くしてきたが、その後の「決められる政治」は、「手の爪か足の爪か、どちらの爪をはぐのかを決めること」だと?!

 ここには民主主義をめぐる根本的な対立軸がある。「手の爪か足の爪か、どちらの爪をはぐのか」という選択肢は、誰がどういうプロセスで決めるのか。その政策形成過程は、行政権に直結した少数の専門家による統治(立憲的独裁)なのか、議論による統治(立憲デモクラシー)なのか。

 「誰もが賛成するような改革案が明確になっていれば、強い指導者が有権者の支持を背景に、その改革を実現することも可能だろう。しかし~利害得失があり、誰もが賛成できるというわけではない。~何でも多数決で決めさえすればよいわけではない。たとえば、課題の構造が一般に周知されていないのに、いきなり総選挙などで多数決型の決定が行われても、実質的に意味のある選択を有権者がしたことにはならない。有権者が十分納得するのを待っていては、改革などいつまでたっても実現しないと思われがちだが、消極的ではあっても有権者が納得していなければ、そうした改革は実施しない。そう考えると、誰かに改革案の選択をゆだねてしまうのでは、結局意味のある改革は実現できない可能性が高いのである」(「現代日本の政策体系」ちくま新書 飯尾潤)

 「実質的に意味のある選択」「消極的ではあっても有権者が納得」という「議論による統治」は、すでに地方自治の現場においては多様に試みられ、集積されつつある。その核となるのは「住民自治の根幹としての議会を作動させる」ということにほかならない。(本号6―10面江藤俊昭先生、ならびに前号・廣瀬克哉先生を参照)

さらに言えば「人口減少は、ある日突然やって来る危機ではなく、かなり正確に予測できるものです。したがって準備することができる。予測できるにもかかわらず準備できていないことが、最大の問題」(諸富徹・京都大学教授 471号「総会」)であるからこそ、人々がきちんとした情報に基づいて議論し、自己決定していくためのプロセスを支えることこそが政治の役割だろう。いきなり「手の爪か足の爪か、どちらの爪をはぐのか」という選択肢しか示せないなら、それは政治の敗北ないしは放棄としか言いようがない。

 「待鳥 …今の日本政治は、今日と明日のことしか考えないかのような雰囲気になっていますが、それではまずい。明後日のことは明後日の人たちが考えればいい、と言い放つ人たちに対する対抗軸が、どこかにあるはずなんです。小泉進次郎さんが期待されているのは、明後日のことを語っているふうに見えるからなんですよね」(「中央公論」10月号)

 「中西 …現時点では国民がそれこそ今日明日の問題についてそこそこ満足している状況なので野党は苦しいですが、来年以降は安倍政権の『昨日』、つまり実績がより本格的に問われる。…その時に今日明日の話の繰り返しでなく、明後日の日本について議論することが重要です。全ての国民がハッピーになる選択は難しくはありますが、より悪くない方法は何かについて、しっかり議論して選択肢を提示していく必要があると思いますね」(同前)。

 「明後日」をめぐる選択肢を立憲的独裁で準備するのか、議論による統治=立憲デモクラシーで準備するのか。「安倍政治」の検証・決算は、こうしたフェーズに移りつつあるだろう。

【国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ】

 平成という時代は「失われた三十年」と重なる。確かに、人口減少時代・21世紀型社会へと転換するための時間や資源を少なからず失ったが、民主主義を深めるために得たものもあったといえるのではないか。

「近代において日本だけでなく多くの国も、民主主義が深まるのは戦争―総力戦の時です。国民の参加が必要ですから。日本も日露戦争と第一次大戦との関係で大正デモクラシー、敗戦との関係で戦後民主主義です。そして九〇年代の統治機構改革は、冷戦の終わりにともなうものでもあった。

では今日われわれは、戦争を媒介にせずに立憲民主主義を深めることができるのか。これは言い換えれば、九〇年代の統治機構改革の検証から、国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ、踏み込んでいけるかということです」(13面 戸田代表)

「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けば」とはチャーチルの言葉だが、独裁や全体主義との対比で民主主義を語るステージから、次世代に受け渡すべき民主主義の価値とは何か―自己決定権や人権、個人の尊厳など―を問うステージへ、ということでもある。

そのための主体基盤という点で平成という時代は、多様性や個人の尊重ということが、普通の人の生活感覚や生き方に根づいてきた時代といえるかもしれない。たとえば「新潮45」をめぐる問題は、「ヘイトは『言論の自由』ではない」「意見や党派的立場の違いではなく、人権侵害」ということが、さまざまな人々からそれぞれの言葉で発信された。休刊は、出版側の責任の取り方として十分なものとはいえないが、人権や多様性の尊重が民主主義や言論の自由の前提だ、ということが〝共通の常識〟になりつつあることの反映でもあるだろう。

そして多様性の尊重を前提にするからこそ「国民」も均質・同質ではなく、利害関心もバックグラウンドも違う人々が共に生きる社会をどのように構成し、「国民」を形成していくのか、そしてそのプロセスにおいて「課題を共有したところに公共が生まれる」ということができるのか、ということが見えてくる。それは「課題の共有なき同調圧力」「多数決主義の民主主義」から派生する社会的分断を乗り越えていく可能性でもあるだろう。

「(辺野古移設をめぐる県民投票)署名活動に参加し、辺野古移設に賛成でも、活動には反対しない人に出会いました。最初は拒否気味でも、話していくうちに接点が見つかったこともあります。話せば何かが変わる。~略~1回の県民投票や選挙で問題が解決しなくても、何度でも話し合って、長いスパンで考えていきたい。それこそが民主主義だと思います」(「分断の沖縄と若者たち」朝日9/22)

こうした主体基盤のうえで、国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスとして「2020年以降」を準備しよう。

(第九回大会にむけて、10/13「囲む会」ではこうした問題設定について議論したいと思います。)

(「日本再生」473号一面より 紙幅の関係で紙面では小タイトルや本文の一部を割愛しています。)

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囲む会のご案内@東京

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●第196回 東京・戸田代表を囲む会

10月3日(火) 1845から

「平成の合併を問う―自治の観点からの検証と問題点」

ゲストスピーカー 幸田雅治・神奈川大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

●第197回 東京・戸田代表を囲む会 特別編

「第九回大会にむけて」

10月13日(土) 1300から1700

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 なし

*立憲民主主義の基盤としての社会関係資本を私物化、食い逃げするのか、

次世代に手渡すための責任を果たすのか。

九回大会に向けた「立ち位置」を議論、共有したいと思います。

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「囲む会」のご案内@京都

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●第35回 戸田代表を囲む会in京都

10月6日(土)1430から

コープイン京都

「『住民自治の根幹』としての議会を作動させる~統一地方選を議会力アップに」

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

●第36回 戸田代表を囲む会in京都

11月17日(土) 1830から

「『安倍政治』の検証から、選挙をどう構えるか

 ~戸田代表の提起と自治体議員の討議を軸に」

コープイン京都 

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望年会のお知らせ

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■東京

12月15日(土) 1600から1900

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 1500円(予定)

■京都

12月6日(木) コープイン京都
第一部・講演 1800-1900 中西寛・京都大学教授  参加費 1000円
第二部・懇親会  参加費 3500円

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第九回大会

2019年1月6日(日) 午後

TKP市ヶ谷カンファレンスセンター

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□JVC代表交代記念トークイベント

 「私たちはなぜ国際協力をするのか?」

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469号掲載のJVC(日本国際ボランティアセンター)代表・谷山さんと、

新代表・今井さんのトークイベント。聞き手は堀潤さん。

10月20日(土) 1400から1630 

GRID永田町6階

参加費 1000円(JVC会員 800円)

(1700から懇親会 別会費 3500円)

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□小川淳也 東京後援会政経セミナー 昼食勉強会

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10月24日(水)1130より昼食 1200より講演

講師 吉田徹・北海道大学教授

会場 ホテルニューオータニ エドルーム(ザ・メイン 宴会場階)

会費 10000円

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□大野もとひろと日本の未来を考える会  パーティー

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10月23日(火) 1830から

ルポール麹町 2階 ロイヤルクリスタル

会費 20000円

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ガンと地域医療―人に寄り添う医療を考える

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白石けい子・練馬区議のセミナーです。ご自身の体験を踏まえて。

講演、体験発表 パネルディスカッション

10月14日(日) 1000から1200

石神井公園区民交流センター(ピアレス)3階 大会議室

参加費 無料

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沖縄県知事選挙を考えるためのサイト

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●ポリタス 沖縄県知事選挙2018」から考える

http://politas.jp/

●OKIRON 沖縄を深堀り・論考するサイト

https://okiron.net/

●沖縄県知事選「争点消滅」の重い意味 佐藤学

現代ビジネスオンライン

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57666


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Index 

□ 第九回大会にむけて 「囲む会」特別編

□ 10月の「囲む会」& 望年会のお知らせ

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第九回大会にむけて 「囲む会」特別編

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第九回大会(2019年1月6日)にむけて「囲む会」の特別編を開催します。

(総会に準じる)

第197回 東京・戸田代表を囲む会

10月13日(土) 1300から1700

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 なし

*立憲民主主義の基盤としての社会関係資本を私物化、食い逃げするのか、

次世代に手渡すための責任を果たすのか。

九回大会に向けた「立ち位置」を議論、共有したいと思います。

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10月の「囲む会

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●東京

第196回 東京・戸田代表を囲む会

10月3日(火) 1845から

「平成の合併を問う―自治の観点からの検証と問題点」

ゲストスピーカー 幸田雅治・神奈川大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

●京都

第35回 戸田代表を囲む会in京都

10月6日(土)1430から

コープイン京都

「『住民自治の根幹』としての議会を作動させる~統一地方選を議会力アップに」

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

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望年会のお知らせ

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■東京

12月15日(土) 1600から1900

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 1500円(予定)

■京都

12月6日(木) コープイン京都
第一部・講演 1800-1900 中西寛・京都大学教授
第二部・懇親会


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Index 

□ 川西市市長選挙のお知らせ

□「囲む会」のご案内 

□お薦め映画 

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川西市市長選挙、越田けんじろうさんが立候補予定

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10月14日公示、21日投開票の兵庫県川西市市長選挙に、

同人である「越田けんじろう」さんが立候補を予定しています。

http://koshida.net/

新人同士の対決となる予想です。9月14日の決起集会には北川正恭氏がゲストとして登壇するように、ローカルマニフェスト運動に尽力してきた越田さん。

川西市にご家族、友人、お知り合いがありましたら、ぜひお声かけを。

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囲む会のご案内

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●東京

第196回 東京・戸田代表を囲む会

10月3日(火) 1845から

「平成の合併を問う―自治の観点からの検証と問題点」

ゲストスピーカー 幸田雅治・神奈川大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

●京都

第35回 戸田代表を囲む会in京都

10月6日(土)1430から

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「『住民自治の根幹』としての議会を作動させる~統一地方選を議会力アップに」

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

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お薦め映画  ~民主主義のたいまつを次世代に手渡す~

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好評を博した「タクシー運転手」(光州事件 1980年)から七年目の韓国で、軍事独裁政権に対して大統領選挙を戦い取った民主化運動の、実話に基づいた映画

「1987、ある闘いの真実」

http://1987arutatakai-movie.com/

朴槿惠政権下、ブラックリストをかいくぐっての制作過程は、「たくさんの人たちの小さな勇気が集まって大きな奇跡になるという点で、今作のストーリーととても似ていると感じた」とチャン監督。

インタビューは↓

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180910-00010000-globeplus-int

1987年の民主化デモに参加した女性が娘と今作を見に行くと、娘が涙を流して「お母さん、ありがとう」と言って母を抱きしめたという。「この映画を撮ったやり甲斐を大きく感じた。2016~17年にろうそくを手にデモに繰り出した若い世代は、1987年とまったく同じ状況ではないものの、政権に立ち向かった意味では似た経験をしている。韓国では世代間の断絶が問題になり、コミュニケーションがうまくとれていないだけに、映画を通じて世代を越えた会話が生まれ、1987年と2017年の違いを話し合うきっかけになればと思う」

12月にはさらに、朴槿惠政権下で民主主義がいかに踏みにじられたかを描く硬派ドキュメンタリー映画が2本、日本で公開される予定。


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Index 

□ 対立と分断・諦め感を蔓延させるのか

 「有権者の投票や関与によって政治的対立を治める」一歩とするか  

  ~自民党総裁選と沖縄県知事選

●立憲的独裁への歩みを進めるのか、「議論による統治」を深めるのか

●対立と分断をさらに深めるのか、自己決定権=自治を確立する一歩か

□「囲む会」のご案内 ほか

□本&映画 お薦め

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対立と分断・諦め感を蔓延させるのか

「有権者の投票や関与によって政治的対立を治める」一歩とするか  

 ~自民党総裁選と沖縄県知事選

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【立憲的独裁への歩みを進めるのか、「議論による統治」を深めるのか】

 この九月に行われる自民党総裁選と沖縄県知事選挙は、立憲民主主義をどう深めていくかに関わる重要な選挙になるだろう。民主主義イコール多数決、選挙に勝てば何でも好きなようにやれる、という立憲的独裁への歩みを進めるのか、民主主義は討論を通じた合意形成のプロセスであるという「議論による統治」を深めるのか。

 安倍政治の五年あまりを経た自民党総裁選(9月7日告示、20日投開票)は、これまでにない異様なものになっている。石破氏とその陣営に対して「干し上げる」という恫喝が公然と行われたり、「正直、公正」とのスローガンが首相に対する個人攻撃だとして封じられそうになったり、中央省庁での障がい者雇用の意図的水増しというあるまじき事態に、先頭で責任を取るべき首相が総裁選の票固めを最優先していたり。実質的に首相を選ぶ自民党総裁選が、ここまで私物化されたことがあっただろうか。

 なかでも大きな問題は、論戦の機会が大幅に減っていることだ。石破氏は、「六年前の選挙に比べ論戦の回数が減ると、有権者はどうやって判断すればいいのか」「自民党にもいろんな議論があるとわかってもらいたい。街頭演説では言いっ放しで議論にならず、討論を行うことが国民に対する義務だ」と述べ、討論会の回数を増やすように求めている。

 しかし首相サイドからは、「総裁選は党員や党所属議員ら限られた人にしか投票権がない。一般人にも届くような討論会をしても仕方ない」との声が聞こえる。憲政史上最悪とも言われるこの通常国会では、野党との論戦から逃げる首相の姿勢が際立った。オモテの論戦を封じる一方、「忖度」などで権力を行使する。民主的な形式で選ばれながら、その権力行使がブラックボックス化する立憲的独裁の姿が、見えてきているのではないか。

 「民主主義は、真剣な政治討議がなくとも、それにも関わらず、仮に何をなすべきかについて幅広い合意があるならば健全であり得る。仮に合意がなくとも、討論の文化があるならば、民主主義は健全であり得る。しかしながら深く厳しい分裂と真の討論が欠如している場合、民主主義は健全性を持続することができない。何故ならばその場合、民主主義は単なる数の専制になるからである」(ロナルド・ドゥオーキン「民主主義は可能か――新しい政治討議のための原則について」 信山社)。

 討議がなくても幅広い合意がある―伝統的な地域共同体や、「包括政党」と言われたかつての自民党のイメージだろう。だが世間の批判を敵に回してなおLGBT差別をはばからない杉田議員の寄稿問題に静観の姿勢を崩さなかった自民党は、もはや「包括政党」とはいえない。

 「討議がなくても幅広い合意がある」ことが難しくなっているなら、「合意がなくとも討論の文化がある」状態を作り出せるのか。それとも議論を封じ、忖度や同調圧力で動かしていくのか。改竄、虚偽答弁、廃棄、隠蔽の証拠がいくら出ても、以前の強弁を繰り返すだけの安倍政権に対する諦め感にとどまるのか、意見が違う相手と議論して知恵を出し合う文化をつくりだす一歩を踏み出すのか。「安倍政治」と対峙する側が問われている。

 地方の党員票が、自民党総裁選の結果だけでなく今後の方向を左右するといわれている。地方議員や支部が、上意下達や忖度、同調圧力で動く党員・議員なのか、あるいは議論の作法―何をなすべきかの合意がなくとも討論の文化はある―で動く党員・議員なのか。党籍のないわれわれは自民党総裁選に一票を投じることは出来ないが、こうした観点から観察してみようではないか。

 こうした観点は、来年の統一地方選にもつながってくる。選挙を白紙委任(期限付き独裁)にしない、「お任せから約束へ」→約束を実行する責任を問う・検証するというマニフェスト選挙は、首長選挙では一定程度定着してきた(さらに拡大・定着させることは必要)。新たな課題は、議会を「住民自治の根幹としての議会」として動かすことだ。とくに「地方制度改革」として、町村議会のあり方研報告や議選監査委員の選択制など、議会の機能や権能を縮小する方向が見え隠れしているなか、「住民自治の根幹としての議会」という軸から進むべき方向性をとらえ、地方自治、住民自治の領域から立憲民主主義を深める一歩を蓄積していくことが重要になるだろう。そのための議員・議会マニフェストとは、という問題設定に挑戦したい(本号 廣瀬・法政大学教授の「囲む会」参照)。

【対立と分断をさらに深めるのか、自己決定権=自治を確立する一歩か】 

 翁長氏の死去に伴って、沖縄県知事選挙が自民党総裁選挙と前後して行われることになった。前回の知事選では自主投票だった公明党が、自民党とともに佐喜真・宜野湾市長を支援し、翁長氏を支援したオール沖縄からは玉城デニー氏(自由党国対委員長)が立候補する。知事選では辺野古新基地建設が大きな争点となるが、この知事選は国政の対立構図に収まるものではないし、そこに従属させるべきではない。

 沖縄の民意は一貫して新基地建設に反対してきた。しかし2013年「県外移設」を公約した仲井眞知事が東京で、支援策と引き換えに新基地建設を容認、同じく「県外移設」を公約した県選出の自民党議員が、党本部で新基地建設容認の会見に並ばされた光景は、沖縄の民意が本土政権に潰されたことを象徴するものとして受けとめられた。保守政治家として大田革新県政と鋭く対立し、仲井眞知事の選対本部長を務めた翁長氏が、保革を越えたオール沖縄として立つのはここからだ。

 翁長氏が掲げた「イデオロギーよりアイデンティティー」は、本土の無理解に対抗する「アイデンティティー」ではなく、「沖縄の自己決定権を確立する」という目標を掲げたものだといえる。しかし「オール沖縄」を掲げて民意の結集を図り、14年の知事選で圧勝したにもかかわらず、「安倍政治」は対話も討論も拒み「粛々と」権力を行使するとともに地域社会に楔を打ち込み、沖縄の分断と対立は深まった。

 自己決定権を確立するためのアイデンティティーとは、他者を排除したり否定することによって「発見」されるアイデンティティーではない。この知事選は中央とのパイプによってではなく、自分たちの手で未来を作るための選挙だ。そうしてこそ、アイデンティティーに依拠しつつ、「有権者の投票や関与によって政治的対立を治める」方向へ一歩踏み出すことが可能になるのではないか。

 玉城デニー氏は出馬会見で「かけがえのないこの島の未来を、誰でもなく、自分たちの手で作り出していく」と決意を述べた。

 民主主義とは、社会の構成員一人ひとりが共同体の未来を統御するために、能動的に環境に働きかけていくことだ。それが可能であり、たとえ不十分であってもそれが機能していると信頼できなければ、あるいはそうした実感や期待感が持てなければ、民主主義は劣化していく。選挙で繰り返し示された民意が一顧だにされない一方で、「粛々」と工事が進められ、政権によって地域社会に楔が打ち込まれていく状況は、諦め感の蔓延と民主政治への信頼そのものが失われていく過程ともなりうる。選挙がこうした分断や対立をさらに深めることになるのか、それとも「有権者の投票や関与によって政治的対立を治める」方向への一歩となりうるのか。中央とのパイプによってではなく、自分たちの手で未来を作ることを共通の基盤とすることができるなら、「合意がなくとも討論の文化がある」ステージに向かうことができるのではないか。

 8月29日沖縄県連を立ち上げた立憲民主党は、枝野代表が会見で次のように述べた。「(米軍基地が集中していることによる)米軍兵士による犯罪、米軍機の事故など~沖縄県民の忍耐はもはや限界に達しており、国の安全保障の名のもとに日本国民が沖縄県民に大きな負担を押し付けているという非難を免れることはできません。沖縄県民の怒りは数々の選挙結果にも現れています。沖縄の分断と対立を生む新たな基地の建設をこれ以上強行し続けることは、あまりにも無理がある状況と判断せざるを得ません」。

 辺野古新基地建設については、安全保障政策の観点からも検討されなければならないし、民主党政権も含めた決定過程の検証も不可欠だろう。だがまず分断と対立をこれ以上深めない―ここが基本になるということだろう。

 沖縄では7月、普天間飛行場の辺野古への移設の賛否を問う県民投票の実施を求める署名が約十万筆集まった(条例制定に必要なのは二万三千筆)。署名運動を推進したのは若者たち。「若い人が基地問題、とくに辺野古の米軍基地建設に向き合って、きちんと話し合って、考えて、決めるというのが最大の目的だ」と代表の元山氏は言う。米軍基地で生活の糧を得ている人も少なくない、そして「濃い」人間関係が残る地域社会では、なかなか言いづらいこともある。そんななかで若い世代が意見の異なる相手とも対話し、そのプロセスそのものを重視し、反対票を集めてノーを突きつけるというより、結果が「イエス」でもそれはそれで受け入れると言う。「でもそれで終りというわけではないし、そこからまた座り込みをしたり選挙で意思表示したりする」。自己決定権を確立していく一歩は、こうして始まっている。

 「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けば」とはチャーチルの言葉だが、独裁や全体主義との対比で民主主義を語るステージから、次世代に受け渡すべき民主主義の価値とは何か―自己決定権や人権、個人の尊厳など―を問うステージへ、ということでもあるだろう。

(「日本再生」472号 一面より)

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囲む会のご案内

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●東京

第195回 東京・戸田代表を囲む会

9月11日(火) 1845から

「安倍政治の検証と野党の役割」

ゲストスピーカー 大野元裕・参議院議員

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

●京都

第35回 戸田代表を囲む会in京都

10月6日(土)1430から

コープイン京都

「『住民自治の根幹』としての議会を作動させる~統一地方選を議会力アップに」

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

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第九回大会(予定)

2019年1月6日(日) 午後

TKP市ヶ谷

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□JVC代表交代記念トークイベント

 「私たちはなぜ国際協力をするのか?」

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469号掲載のJVC(日本国際ボランティアセンター)代表、谷山さんと、新代表・今井さんのトークイベント。聞き手は堀潤さん。

10月20日(土) 1400から1630 

GRID永田町6階

参加費 1000円(JVC会員 800円)

(1700から懇親会 別会費 3500円)

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□小川淳也 東京後援会政経セミナー 昼食勉強会

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10月24日(水)1130より昼食 1200より講演

講師 吉田徹・北海道大学教授

会場 ホテルニューオータニ エドルーム(ザ・メイン 宴会場階)

会費 10000円

問い合わせ 小川淳也事務所 03-3508-7621

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お薦めをいくつか

#戦争への道を検証する

なぜ負けることが分かっていた戦争を始めたのか。

「一億総懺悔」でもなく、「空気」や「忖度」でもなく、事実に基づいて検証するとは?

○「戦争調査会」 井上寿一 講談社現代新書

敗戦後、幣原内閣の下に立ち上げられ、GHQ指令によって一年弱で廃止された「戦争調査会」。

その残された資料を読み解くなかから、なぜ道を誤ったのかを考える。

○「1941 決意なき開戦」 堀田江里 人文書院

第28回アジア・太平洋賞特別賞受賞。1941年、日米開戦の決断に至るプロセスを、意思決定当事者のみならず、エリートや庶民も含めた「世間」の動きも含めて重層的に追った<ドキュメンタリー>的作品。

400ページあまり 3500円という本なので、図書館でリクエストするのも手。

#分断と憎悪に立ち向かう

○「判決 ふたつの希望」

http://longride.jp/insult/

レバノンで制作された映画。2017年ベネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされた。

些細なトラブルから民族、宗教、政治の対立が増幅されていくなかで、希望は見出せるのか。「これは法廷ドラマであり、エンターテインメントであり、和解とは何かについて考える映画だ」と監督は語る。

酒井啓子先生は、政治運動としてのアラブの春は鎮圧されたが、その精神は文化運動として社会により深く根を張りつつあるとおっしゃったが、その一例ともいえるかもしれない。(酒井先生のインタビューは473号に掲載予定。)

○映画「グレーテスト・ショーマン」の主題歌とも言うべき「This is Me」ワークショップセッションの動画

人を見世物にして「グレーテスト・ショーマン」と言われた人物のストーリーを、ミュージカル仕立てにした映画。このなかで演じられる「This is Me」のワークショップ。映画のなかで、彼らを「ケダモノ」と憎悪する人びとに向かって、「This is Me」と力強く歌う場面は鳥肌もの。

7/27自民党本部前の抗議行動での訴えにも通じるものを感じる。

○沖縄を深堀り・論考するサイト OKIRON

https://okiron.net/

宮城大蔵先生も関わっている沖縄についてのサイト。県知事選は本土紙でも報道されるが、本土目線ではなく、沖縄のさまざまな立場や思いに目線を合わせて考えることが、まずは必要だろう。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 奴らを通すな!

民主主義を単なる政治のやり方だと思うのはまちがいである。

すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、

それが民主主義の根本精神である。

●安倍政治の検証を媒介に、立憲民主主義の主体的基盤をどう創りだしていくか

●課題を共有しているという状況そのものに、公共が存在している

□8月「囲む会」のご案内

□えだのん「魂の演説」 ブックレットに

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奴らを通すな!

民主主義を単なる政治のやり方だと思うのはまちがいである。

すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、

それが民主主義の根本精神である。

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【安倍政治の検証を媒介に、立憲民主主義の主体的基盤をどう創りだしていくか】

 安倍政治の検証から立憲民主主義を深めていくための問題設定を、どう整理していくか。安倍政治をどう検証すれば、立憲民主主義を深めることにつながるのか。

 「安倍政治」は九〇年代の統治機構改革(平成デモクラシー)、とくに官邸主導を軸とした政治システムの産物でもある。平成デモクラシーは、官邸主導と政権選択・政権交代を両輪として成り立たせるはずであったが、それを政権交代なき政治主導・官邸主導へと帰結させたのが、「安倍政治」にほかならない。

 立憲民主党、枝野代表は国会終盤の内閣不信任案提出の際、三時間強の演説の最後にこう述べている。

 「この国会は民主主義と立憲主義の見地から、憲政史上最悪の国会になってしまったと言わざるを得ません。
 ~災害よりもギャンブル解禁、災害よりも党利党略の定数6増を優先する内閣を信任して災害対応をさせるよりも、そしてウソと誤魔化しと開き直りを重ねる内閣を信任して災害対応をさせるよりも、よりマシな内閣のもとで再出発して災害対応にあたる方が適切であると考えます。
 ~今のような姿勢で政権運営を続けることは、もし政治が与党対野党のような戦いであるならば、目先の野党との戦いという意味では成功をしてきたと。これからも一定期間は成功をするかもしれません。そして、政治に権力闘争という側面があり、与党が野党との戦いに勝とうとする。そういう思いを持つことは否定しません。

 ~しかし、それは一側面でしかありません。政治の本質は与党と野党の戦いではありません。それは目的ではなく、あくまでも手段であります。権力闘争に勝つという目的のために社会のモラルや秩序を壊してしまう。本来、民主主義の前提として成されなければならない、国会でウソをつかない、国会には正しい文書を出す、情報を隠し誤魔化しはしない。そうしたことを壊してしまったのでは、本来、国民生活のより豊かな暮らし・生活をつくり上げていくという本来の目的に反することになってしまいます。
 これ以上、目先の権力闘争ばかりを重視して、国民生活の将来に禍根を残し、ウソや誤魔化しや開き直りを蔓延させて、モラルハザードを生じさせれば、必ずや歴史に断罪されるとわたくしは確信をしております。
 第二次世界大戦、日中、日米戦争に至る経緯の中でも、目先の権力闘争には勝ったけれども、結果的に我が国を破滅的な状況に追い込んだ政治リーダーが、残念ながら少なからずいらっしゃいます。
 このまま安倍政権の横暴を許していけば、残念ながらそうした道に入り込んでしまい、後戻りが出来なくなってしまうのではないかということを強く危惧をいたしております」。

(https://note.mu/jun21101016/n/n2782bfee0c0より 同演説の全文はブックレットとして8月9日に出版される予定)

 安倍政権は、「二度と野党に政権を渡さない」(政権交代を封じる)という目先の権力闘争が全てだ。戦後国際秩序の流動化などの時代の変化、人口減・少子高齢化への対応、あるいはエネルギー転換といった長期的な政策課題は、いっさい視野に入っていない。解散も「二度と野党に政権を渡さない」というところから判断(2014年、2017年)するため、政権選択の機会を国民から奪う「自己都合解散」となる。国会運営や災害対応において旧来の自民党とは異質なのも、政権の使命が「二度と野党に政権を渡さない」ところにあるからだ。二度と政権交代をしないというのは、民主主義の後退にほかならないが、自民党内からそういう声も出ないところまで、党内の多様性―疑似政権交代の主体基盤―は失われている。

 これが現代の立憲的独裁の姿だろう。問題はその主体的基盤がどこから形成され、どのように広がるのか。ヨーロッパでもアメリカでも、あるいは一部アジアでも、強権的な統治や排外主義、「○○ファースト」のような反立憲的な動きに対して、立憲的なカウンターが登場し、その論戦・攻防を媒介に「非立憲」的な社会空間にも主体分岐が走っていく。しかし日本の場合、「非立憲」の主体分岐はほとんど見えない。不支持の理由がダントツで「人格が信用できない」という一方で、「他にいないから」(野党がだらしないから)という理由で「安倍一強」が続く状況は、それを端的に表している。民主主義や立憲主義についての共通の参照点が見当たらず、ここまでは集積された、次の段階へのハードルはこう、という問題設定にならない。非立憲というより「無立憲」ともいうべき主体状況。

 たとえば。若者に人気のロックバンドRADWIMPSの「HⅠNOMARU」という曲の歌詞が、軍歌を髣髴させるとして批判された。それに対して作者(30代前半 帰国子女)は、「何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたい」とその意図を表明した。じつはこの曲は、サッカーワールドカップの民放テレビ局のテーマ曲とのカップリングで、平成における「スポーツ特番のお祭り化&感動をありがとう路線」のなかで「みんながひとつになれるようなアツイ歌詞を」とマーケティングした結果ではないかと指摘されている。

(プチ鹿島 現代ビジネス7/2 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56343?page=4)

 「何の思想的な意味もない」「右でも左でもない」からこその、純粋な消費者民主主義のマーケティングの産物。反立憲でも非立憲でもない「無立憲」の主体基盤が見え隠れしている。自由や民主主義、人権といった普遍的価値を、消費者民主主義、私生活主義として享受してきた〝私〟は、いとも簡単に「ここではない理想の『日本』への憧れ」という「大きな物語」に回収される。資本主義の粋を集めたマーケティングによって。

 一方で7月27日の自民党本部前。杉田水脈議員の「LGBTは生産性が低い」という荒唐無稽な差別寄稿と、それに対して二階幹事長が「政治的立場、人生観はいろいろ」と、容認ともとれる発言をしたことに抗議して五千人が集まった。きっかけは個人のツイッターでの呼びかけ。おりしも障がい者施設で入所者19人が、「生産性が低い」として殺された事件から二年。「生産性」で人間を選別する〝思想〟に、LGBT当事者はもとより幅広い人々が、「人間の尊厳」(憲法13条)を訴え抗議した。

 そこで繰り返された「私の生きかた、私が決める」「私の価値は私が決める」というコール。まさに個人主義。でもそれは「私の勝手」ではなく、私とあなたとあの人とあの人…のなかで共有される価値であり、その関係性のなかで課題が共有される状況にこそ公共がうまれる、ということだ。この公共は「ここではない理想」の「大きな物語」ではなく、私とあなたとあの人とあの人…との「小さな物語」、その無数のつながりというべきだろう。

 自民党本部前の抗議行動でも「自分は右とか左とか、どーでもいいと思っている。でもこの発言を見過ごすことはできない」とのスピーチがあった。右とか左、思想的立場に関係なくという個人主義や私生活主義、消費者民主主義の「岩盤」に、人間の尊厳という根本的な価値から亀裂が入りつつあるのか。欧米ほどの波及ではないにしろ、#Me Too運動にもみられるように性暴力、性差別に対する意識は変わりつつある。その根幹にあるのは「人間の尊厳」であり、それこそが立憲民主主義の核心にほかならない。

 「人間が人間として自分自身を尊重し、互いに他人を尊重しあうということは、政治上の問題や議員の候補者について賛成や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである」(「民主主義 1948-53中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版」西田亮介・編 幻冬舎新書)。

 「~現代の民主主義社会に暮らす私たちにとっても、ファシズムはけっして遠い過去の話ではなく、民主主義が『多数派の支配』と理解されているような社会では、その危険性はむしろ高まっているというべきだろう。~権威に服従する人びとは一見従属的な立場におかれているように見えるが、実は上からの命令に従うことで(多数派に埋没している安心感から/引用者)自分の欲求を充足できる治外法権的な自由を享受して」(「私が大学で「ナチスを体験する」授業を続ける理由」田野大輔 現代ビジネス7/6)いるとも言える。

 ファシズムの担い手ははじめから「大きな物語」を語ったのではない。むしろ「自分のことしか考えてなかった」(映画「ゲッペルスと私」)。そんな〝私〟が「大きな物語」に回収されない「小さな物語」を紡ぎ続けるためには、小さくても自分事として考える、当事者性を涵養する関係性、場、機会をさまざまなところに作り出すことが不可欠だ。

【課題を共有しているという状況そのものに、公共が存在している】

 異質でバラバラで、生まれながらには何も共有していない個人の集合である現代社会のなかで、自分が政策や制度の消費者・受益者であるだけでなく、当事者でもあることを意識するのは、問題が課題として共有されたときだろう。

 「(地域に限定されず)いろいろなところで公共性がうまれうるなかで、公共性のあるところに共通して存在しているものは、課題を共有しているという状況だと思います。このときの課題は、現状の問題という意味だけではなくて、未来の目標を含むとお考えいただくと良いでしょう。

 つながりが薄くなったと言いますが、それは『地域』の課題を共有する強さということではないでしょうか。つながりだけでいえばむしろ、多様な層のつながりを持ちうるし持っていると。

 ですから、市民や公共ということを考えるとき、公共というのはもちろんオカミでもなく物理的な区画でもなく、課題を共有しているという『状況』に公共が内在していると理解できるのではないでしょうか。まさに『共通の関心事』があるところ、課題を共有する人びとの関係性のなかに公共がうまれ、あらわれてくるのではないでしょうか」(土山希美枝・龍谷大学教授 3-5面インタビュー参照)。

 課題を共有する関係性=公共性は地域に限定されないが、地域がその重要なフィールドのひとつであることは間違いない。「地域というのはアプリオリな公共圏ではありませんが、そこに住んでいるという物理的な状況がありますから、公共圏を形成しやすいとは言えます。大事なことは、自明でないからこそ、異質で立場や利害の違う構成メンバーで課題を可視化して共有する、その積み重ねです。逆に問題設定、課題設定がなくて地域だから協力しなさいというのは、一番共感を形成しにくいのではないでしょうか」(土山教授 同前)

 来年に予定される統一地方選は、課題を共有する関係性としての地域の自治力が問われることになる。安倍政権は、一年ごとに政策の看板を架け替えて「やっている感」を演出するが、看板政策のひとつであった「地方創生」を検証するのは、まさに地域にほかならない。それは人口減少時代を国からのトップダウンではなく、ボトムアップで乗り切っていく力量をどう備えていくかということにほかならない。(6-18面 京都・囲む会ならびに総会の問題提起&討議を参照)

 平成デモクラシーの一環でもある分権改革によって、自治体は中央政府と対等の地方政府―市民の信託を受け、その地域に必要不可欠な政策・制度を整備する機構として位置づけられた。その力を自治体、議会、住民・市民がどう発揮していくか。課題を共有する関係性=公共性をつくりだす「小さな物語」を、多様かつ重層的に紡いでいけるかが問われる。

 人口減少時代には、生活の質は究極的には住民自治の力量に依存する。「そもそも住民自治を人工的(政策的)に涵養することができるのか、という疑問が生じるかもしれない。本書はこの問いに対して、あえて『可能だ』と回答しておきたい。住民に予算と権限を配分し、人的資本と社会関係資本への投資が促される環境を整備すること、他方で、市役所は『黒子』役に徹し、住民が議論し、自己決定していくプロセスを支えること。これらが~住民自治を涵養するうえでの決定的に重要な要素である。

 逆に、こうした住民自治の基盤整備が、近い将来に予想される人口減少の本格化までに間に合うのであれば、私たちはパニックに陥る必要はない。『成長型都市』から『成熟型都市』への歴史的転換期を、トップダウンではなく、ボトムアップで乗り切っていく力量が、都市の側に備わるからである」(「人口減少時代の都市」諸富徹 中公新書)。

 災害対策もそっちのけで総裁選の地方票固めに奔走する安倍総理。2012年は地方票で石破氏が上回ったが、今回はそれを封じる圧勝で三選後、臨時国会を召集、憲法審査会の議論を進めて、来夏の参院選前の通常国会終盤に改憲発議を可能にしようとの思惑が隠せないという。「来夏の参院選で『3分の2』を失っても、その前に発議にこぎつけておけば2019年の秋口にも国民投票で改憲を実現できる」、さらには「一気呵成に年内発議に持ち込めれば、来夏の参院選と同時の国民投票や、衆参同日選と国民投票のトリプル選挙の可能性すら出てくる」との憶測も出始めているという。立憲的独裁のタイムテーブルは、まさに目先の権力闘争からのみ組み立てられている。

 目先の権力闘争に明け暮れたあげく、国民生活を奈落の底に突き落とし、国策を誤った歴史の教訓に学び、立憲民主主義の基盤整備のタイムテーブルは「ゆっくり、いそげ」で。衆参同日選と国民投票のトリプル選挙の可能性という奇襲攻撃に浮き足立つことなく、住民自治の涵養に基盤を置くところから、参院選(場合によれば国民投票)を準備するのであって、逆ではない。第九回大会(1月6日)では、こうした方向性、問題設定をより実践的に共有したい。

(「日本再生」471号 8/1 一面より 紙幅の関係で紙面では一部を割愛しています)

*タイトルについて

「奴らを通すな」は、スペインの反ファシズム・反フランコ独裁のスローガン

「民主主義を…」は 「民主主義 1948-53中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版」西田亮介・編 幻冬舎新書より

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8月の東京・囲む会

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第192回

8月3日(金) 1845から

「2019統一地方選にどう臨むか 立憲民主主義を深めるローカルマニフェストへ」(仮)

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授

第193回

8月6日(月) 1845から

「立憲民主党 これからどう育てる?」(仮)

ゲストスピーカー 福山哲郎・参議院議員 立憲民主党幹事長

第194回

8月30日(木) 1845から

「住民自治の根幹としての議会 そのローカルマニフェストとは」(仮)

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

いずれも

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

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京都・囲む会

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第35回

8月23日(木) 1830から

「保守化する? 若者たち」

ゲストスピーカー 山田昌弘・中央大学教授

コープイン京都2階 201会議室

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第九回大会(予定)

2019年1月6日(日) 午後

TKP市ヶ谷

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緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」

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7月20日の衆院本会議で行われた、立憲民主党・枝野代表の内閣不信任案提出の趣旨説明。

3時間弱の演説は、直後からSNS上で「ぜひ出版を」との声があがり、8月9日に発刊

されることになった。

演説文に加えて、上西充子氏、田中信一郎氏の解説つき。

745円。扶桑社より。

早く手元に欲しい方はアマゾンで予約を。

できれば、まちの本屋さんでお取り寄せを(予約が多いと平積みになるかも)。


石津美知子
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Index 

□ 8月の囲む会
□ 「がんばろう、日本!」第九回大会

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8月の東京・囲む会

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第192回

8月3日(金) 1845から

「2019統一地方選にどう臨むか 立憲民主主義を深めるローカルマニフェストへ」(仮)

ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授

第193回

8月6日(月) 1845から

「立憲民主党 これからどう育てる?」(仮)

ゲストスピーカー 福山哲郎・参議院議員 立憲民主党幹事長

第194回

8月30日(木) 1845から

「住民自治の根幹としての議会 そのローカルマニフェストとは」(仮)

ゲストスピーカー 江藤俊昭・山梨学院大学教授

いずれも

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000円  購読会員 2000円

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京都・囲む会

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第35回

8月23日(木) 1830から

「保守化する? 若者たち」

ゲストスピーカー 山田昌弘・中央大学教授

コープイン京都2階 201会議室

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第九回大会(予定)

2019年1月6日(日) 午後

TKP市ヶ谷

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石津美知子
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Index 

□ 「安倍政治」の検証を

   民主主義と公共性のバージョンアップの媒介とする議論の波を

●安倍政治の検証を民主主義のバージョンアップへ  

 ~ゆっくり、いそげ

●国会の合理化? 議論による統治? 

 平成デモクラシーの総括から、国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへの転換を

●ファシスト的公共性? 閉鎖性と同質性を求めない共同性? 

 公共性のバージョンアップへ

□「囲む会」「総会」のご案内

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「安倍政治」の検証を

民主主義と公共性のバージョンアップの媒介とする議論の波を

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●安倍政治の検証を民主主義のバージョンアップへ  

 ~ゆっくり、いそげ

 7月22日まで延長されることになった通常国会。働き方改革(働かせ放題)、カジノ法案、参院定数増などの「重要」法案を可決するためとのことだが、世論調査ではいずれも「ノー」が多数を占めている。〔「働き方」改革:今国会での成立が「必要」25%、「必要ない」60%(読売5/18-20) カジノ法案:「成立させるべき」17%、「必要ない」73% 参院定数増:「成立させるべき」27%、「必要ない」49%(朝日6/16-17)〕

 「働き方」改革は前提となるデータの杜撰さが、野党の追及で再三発覚し紛糾した。参院に審議が移ってからも、「働く側のニーズ」とされていたヒアリングが12人にしか行われていないなど、制度の必要性の前提(立法事実)が崩れているにもかかわらず、成立が強行されようとしている。

 カジノ法案も、審議に約50時間を費やした介護保険法(1997)以来となる200条を超える新規立法だが、与党は18時間で衆院での審議を打ち切っている。国会の定数は与野党が協議を重ねて合意すべき事項であるはずだが、参院定数増は与党が数の力で党利党略を押し通すものだと言わざるをえない。参院選挙制度協議会の座長を務めた自民党の元参院幹事長・脇雅史氏は「恥の上塗り」と批判している(東京6/18)。

 

 国民が「必要ない」と思っている(「必要だ」と納得できるだけの議論を封じたまま)法案を、「丁寧な審議」とはほど遠いやり方で成立させることで、秋の総裁選での3選への道すじをつけたいという「首相主演の〝やってる感〟満載の安倍劇場」(自民長老) (泉宏 東洋経済オンライン6/22)。国政の私物化とは、まさにこのことだろう。

 「森友・加計」問題でも、公文書を改ざんしたと公式に認めているにもかかわらず、誰も何の刑事責任も問われず、ウソをついて新学部を開設し多額の補助金を得たと堂々と認めているにもかかわらず、誰も何の刑事責任も問われない。今通常国会で明らかにされたのは、日本社会のタガが完全に外れきった姿だ。

 問題はここからだ。「不起訴処分はおかしい」、「誰も罪に問われないのは不当だ」というのはまったく「正論」だが、そこにとどまったままでは議論―民主主義のバージョンアップのための議論―を、ミスリードしかねない。

 森友問題で関与を問われ「自分や妻が関与していたら総理大臣も議員も辞する」と答弁した安倍総理は、決裁後文書の改ざんが明らかになった後に「金銭の授受があれば」と責任の範囲を限定した。贈収賄という罪に該当しなければ責任はない、ということだ。民主主義の根幹に関わるという当事者責任は、完全にスルーされている。

 あるいはセクハラ問題で責任を問われた麻生大臣は、「セクハラ罪という罪はない」と開き直った。セクハラ罪という罪があろうとなかろうと、ことは人権、個人の尊厳にかかわる当事者責任の問題ではないのか。民主主義や人権といった普遍的価値は憲法に謳われている。その憲法に罰則が書かれていないからといって、それを守ろうとしないということでいいのか。私たちの社会がどこで底を打つのかが問われている。

 年金記録の紛失(2007)や薬害エイズ問題資料の放置(1997)などのように、わが国の公文書管理はずさんであるばかりか、終戦時に陸軍が都合の悪い資料を燃やした「伝統」を引き継いでいる。ようやく公文書管理法ができたのは2011年。制定にあたった福田元総理は、こう述べている。

 「実は法制化を進める段階ではあえて罰則をつくらないことにしたんです。あまり厳しくやりすぎると、最初からそうした文書を作らなくなってしまうことを心配した。まずは教育をしっかりすること、それが一番です」(朝日 6/9)。

 足元が底なしの状態で罰則を作っても、「記録は民主主義の原点」(同前)という公文書管理法の主旨を、どれだけ機能させられるのかという問題だ。セクハラ罪がなくても、曲りなりにも財務事務次官および財務省の責任が問われたのは、伊藤詩織さんの勇気ある訴えに始まる#MeToo運動が、日本社会の「底」を築き始めたからではないか。

 福田元総理はこうも述べている。

 「『記録を残す』とはどういうことか。新しい法律ができたとします。それはどんな社会情勢の中で、どんな議論を経てできあがったのか。国民がその時々の政治や行政を評価するためには、後々まで残る正確な記録が必要になる。それが選挙では投票行動につながり、政治家が選ばれ、政策が決まっていく。正しい情報なくして正しい民主主義は行われない。記録というのは民主主義の原点で、日々刻々と生産され続けるのです」(同前)。

 お任せ民主主義や多数決主義から民主主義をバージョンアップさせるためには、このような民主主義の原点としての記録の使いこなし方に、われわれ自身が習熟する必要があるだろう。食品に成分表示やトレーサビリティーを求めるなら、一年ごとに変わる政府の政策にもきちんとした検証を求めるべきだろう。あるいは五年たっても目標実現のメドすら立たないアベノミクスの看板政策―異次元の金融緩和について、厳しい検証を求めるべきではないか。

 「底」を築くという点では、自治の領域も重要だ。北川正恭三重県知事は就任冒頭に、「県議会議員と公務に関わる接触があった場合は公文書(情報公開対象)を必ず残す」と文書管理規則を改革した(1995)。その効果は県政の透明化とともに(議員への「忖度」から)県職員を守ることにもなり、さらには県議会の改革にもつながった。すなわち「口利き」に代表される旧来型の議員の「仕事の方法」を結果的に封じ、世代交代を促すことを伴って議会基本条例(2006)に象徴される政策型の議会へとつながったという(廣瀬克哉・法政大学教授 6/24@越谷)。

 今や食品表示のトレーサビリティーが日常のくらしで当たり前であるように、公文書や検証可能な公的な記録も民主主義に不可欠なインフラとして使いこなそう。働き方改革(働かせ放題)がここまで紛糾したのも、厚労省の資料を過労死遺族や専門家が事実とエビデンスに基づいて検証し続けてきたからこそだろう。どんな社会情勢の中、どんな議論を経てできた法律なのかが後々も検証される―その歴史の検証に耐えうるような「今」を、足元から一歩ずつ積み重ねていこう。

 

●国会の合理化? 議論による統治? 

 平成デモクラシーの総括から、国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへの転換を

「安倍一強」下での国会の惨状を見れば、国会改革が急務であることには多くの同意がえられるだろう。問題はそこに、民主主義のバージョンアップにむけた論点や展望はあるのか、ということだ。

 「安倍一強」は、90年代の一連の統治機構改革の産物でもある。〝安倍政治の終わりの始まり〟とは、この90年代の統治機構改革(平成デモクラシー)の教訓と総括の上に立って、「権力を構成する」=国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへと転換することにほかならない。

 「与野党の権力を巡る競争から、有権者の選択を経て、選ばれた首相に一定期間、権力を集中させる。政権選択と首相主導の組み合わせ。これが『平成デモクラシー』のガバナンスの両輪だ」(「平成デモクラシー史」清水真人 ちくま新書)

 「政権選択と首相主導という『平成デモクラシー』の両輪のバランスを揺るがすのが『安倍一強』だ。衆院任期を半分以上残した一四年の『小刻み解散』。憲法に基づく臨時国会の召集要求を逆手にとった一七年の『冒頭解散』。どちらも自公連立政権の継続以外の政権の選択肢は示されなかった。野党陣営に『政権の受け皿』を提示する責任があるのは当然だが、そもそも、衆院選を有権者による政権選択の機会にさせない思惑が先に立った解散権の行使が続く。

 首相主導の統治への権力集中はあくまで『期間限定』であり、合理的な時間軸で政権選択という権力競争が機能することが大前提だ。首相主導が強まった結果、政権選択を実質的に封じ込める狙いで解散権を行使するなら『平成デモクラシー』への過剰適応とも言える」(同前)。

 平成デモクラシーの教訓と総括に立つなら、まず「首相主導」の仕組みを政権延命のために私物化している安倍政治の検証から始めるべきだろう。小泉進次郎議員を中心とする自民党若手議員による国会改革案は、国会論戦の場を政策論議(委員会)、疑惑追及(特別委員会)、国家ビジョン(党首討論)という3レーンに分けることを提案している。しかし、今国会で明らかになった文書改ざん、隠蔽、データ偽装、官僚・大臣による虚偽答弁の数々は「疑惑」「スキャンダル」という次元の問題なのか。民主主義の根幹を揺るがす問題ではないのか。この認識が共有されない国会改革案は、言論の府である国会の合理化=政策決定の効率化にすぎないだろう。

 「モリ・カケ」でまともに国会審議ができない責任は、与党の国会運営にある。自民党筆頭副幹事長がまず取り組むべき国会改革は、政府・与党の責任を明らかにすることだろう。

 90年代の統治機構改革の議論では、政権交代可能な二大政党化、国対政治などのインフォーマルな決定過程の制度化といった統治システムの転換も、「主権者が権力を構成する」「国民主権で統治機構を作りこんでいく」という視点から論じられたとは、残念ながらいえない。「首相主導」の仕組みを政権延命のために私物化するという安倍政治は、その帰結であるともいえる。

 首相主導と政権交代を両輪とする統治システムを維持するのであれば、「主権者が権力を構成する」「国民主権で統治機構を作りこんでいく」という視点から、平成デモクラシーの教訓のうえに国会改革を考えることになる。それは国会の合理化ではなく、議論による統治をどう促進するか、ということだ。例えばこうだ。

「『国会に期待される役割』を三つあげてみました。立法機能、政府統制機能、多様な民意の反映機能です。もちろん他にもあるのですが、これらはいずれも現在のところ、大きく欠けていると言わざるを得ません。

まず立法ですが、現在は法案が提出され、議員が質問して、『○○時間たったから採決する』ということをやっているわけですが、これは立法手続きとして非常に不十分です。例えば逐条審議を行い、順番に体系的に問題点を明らかにしていくとか、あるいは委員会報告の担当議員を決めて、その議員が専門家のヒアリングをしたり官僚に事情を聞いてこの法案について報告書を出し、それで議論をするということは、日本では一切やりません。

予算も同様で、予算委員会というのは予算審議をしない、別なことをいろいろやっているというようなこともあるわけです。

二つ目の政府統制機能の中で目玉となっているのは、国政調査権です。国政調査権というのは、スキャンダルを追及するための権限ではありません。現在の証人喚問は政治的パフォーマンスとして行われますが、不祥事の調査であれば本来、その事実関係を調査した上で問題点を指摘し、必要に応じて制度改革の提案を行うなどの報告書を作成し、公表する必要がある。誰か呼びつけて吊るし上げてお終い、というようなものでは決してないわけです。

三つ目の多様な民意の反映機能ですが、これは先ほどのホワイトハウスの請願と同じで、国会の中でも多様な民意を反映する必要があるだろうと思います。これは二院制関係でいろいろな可能性があるかなと思います」(曽我部真裕・京都大学教授 469号)

 平成デモクラシーの教訓のうえで「国民主権で統治機構を作りこんでいく」ための国会改革は、政策決定の効率化や国会の合理化といった「速度による政治」や集権化に対するある種のブレーキとしての、議論による統治を促進するものであるべきだろう。

●ファシスト的公共性? 閉鎖性と同質性を求めない共同性? 

 公共性のバージョンアップへ

 安倍政治の検証を民主主義のバージョンアップへの糸口とともに、公共性のバージョンアップへとつないでいくことができるだろうか。

 佐藤・京都大学教授は、「ファシスト的公共性」という問題提起をしている。

 「公共圏とは世論ないし輿論を生み出す社会空間であると考えるなら、ハーバーマス的な市民的公共圏の理想的な枠内にとどまっているのは、私に言わせれば知的怠慢としか思えない。そこであえて、ファシスト的公共性という言葉を使って現実の世論と向き合うべきなのです。

そもそも、日本で市民的公共性と訳されているものは、ブルジョア的公共性です。これは財産と教養を入場条件とした、つまり格差を前提にした公共性なのです。格差のある公共性を市民的公共性、格差のない公共性をファシスト的公共性と定義したとして、どちらを選びますか。多くの人がファシスト的公共性の方を選ぶのではないか。その危険性を忘れてはいけません」(4―6面)。

格差社会と言われて久しい。社会調査データに基づいて①資本家(経営者、役員)、②新中間階級(被雇用者管理職、専門職、上級事務職)、③労働者、④旧中間階級(自営業)のほかに、アンダークラス(非正規労働者)をひとつの階級とみなす必要があるとの研究もある(「新・日本の階級社会」橋本健二 講談社現代新書)。現制度の内側で安泰を求める人々と、制度の外側に置き去りにされた人々へと社会を分断するのか。あるいは他者を排除しない、閉鎖性と同質性を求めない共同性へとバージョンアップできるか。

「いまあるのは、いわば『追い込まれた』私生活志向である。日々の勤めをはたし、暮らしをまもっていくだけで精一杯で、働き方や暮らしを左右する政策について熟慮したり、自らの判断を行動に移していく余力はなかなか得られない。それでも、重要な政策については人任せにしないという政治的関心が、近年、たとえばエネルギー政策や安全保障政策、あるいはまた待機児童問題などをめぐって表明されてきた。

~中略~社会統合の再建が、再び異質とされるものを排除する内向きのものに傾いていくのか。中間層が現に経験している生活条件の悪化が、ポピュリズムの政治の繰り返しを招き、不安定化を加速させていくのか。

それとも、格差の拡大に歯止めをかけ~中略~『われわれ』のまとまりを排他的につくりだすのではなく、異なった文化や価値観が多元的に共存できるような統合のあり方を築いていくのか」(「不平等を考える」齊藤純一 ちくま新書)。

 諸富徹・京都大学教授は、「新・日本の階級社会」の書評(朝日2/25)でこう述べている。

 「気になるのは、アンダークラスで平等化への要求が、排外主義と強く結びつくようになっていることだ。日本でも、イギリスのEU離脱やトランプ米大統領誕生の要因となったポピュリズムと同様の芽が現れ始めているのだろうか。

 著者は、社会分断を乗り越えていく希望はあると強調する。格差縮小を志向し、排外主義・軍国主義化に批判的な、リベラルな価値観を持った人々が階級を超えて広範に存在することも浮かび上がってきたからだ」。

 平成という時代の特徴は、多様性だろう。「一億総中流」も「一枚岩」も幻想だ。そればかりではない。外国人労働者はすでに128万人、留学生も含めて彼らなしにはもはや成り立たない社会になっている。公立学校に通う外国人の子どもは8万人にのぼる。日本国籍を持つ日本人の「見た目」も多様だ。暮らしや仕事、学校などの地域において、こうした多様性を前提にした共同性、課題を共有したところにうまれる公共性をどう創りだしていけるか。

(7/14総会および第九回大会にむけた議論として。)

(「日本再生」470号 一面より)

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総会

7月14日(土) 1000から1800

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授

         「人口減少時代の都市と自治」

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□第35回 戸田代表を囲む会in京都
8月23日(木) 1830から
会場 コープイン京都

会費 1000円(学生500円)

「保守化?する若者たち」

ゲストスピーカー 山田昌弘・中央大学教授

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映画「ゲッペルスと私」

https://www.sunny-film.com/a-german-life

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ナチスの宣伝相・ゲッペルスの秘書として働いていた女性(103歳)の独白。

当時のことを振り返って「何も知らなかった。私に罪はない。自分のことを考えていただけ。

職場での義務をはたしていただけ」という。

エンターテイメントの要素は一切なし。

彼女の独白の合間に当時の映像が挟まれ、見るものは「これから登場するかもしれないファシズムと

自分はどう向き合うのか」を考えさせられる。

2016年アメリカ大統領選をテレビで見た彼女は、「トランプの演説、叫び方や言葉選びが

あの(ナチスの)時代を思わせ、とても不快だった」と感想を述べたという。

今号(470号)掲載の佐藤卓己・京都大学教授インタビュー「ファシスト的公共」にも関連。

岩波ホール(東京・神保町)で8/3まで

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石津美知子
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Index 

□ 都内 集まりのご案内

□ 「がんばろう、日本!」総会のお知らせ

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松尾あきひろ君を励ます会

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昨年の総選挙、東京2区で健闘した立憲民主党・「松尾あきひろ」さんを励ます集い

7月11日(水) 1900より

文京区民センター 3階A会議室

会費 無料

蓮舫参院議員 井出康生衆院議員(予定)

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まえだ順一郎 セミナー

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東京11区、立憲民主党・前田順一郎さんのセミナー

「財務省セクハラ問題を考える」

7月18日(水) 1900より

常盤台地域センター(東武東上線上板橋駅徒歩4分)

参加費 500円

ゲストは東京新聞の望月衣塑子さん。板橋区議会議員の五十嵐やすこさんもお招きして、

みんなでこの問題を考えていきたいと思います。

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「がんばろう、日本!」総会

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7月14日(土) 1000から1800

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授

         「人口減少時代の都市と自治」

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