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Index 
□ 「次なる波」に備えるために 
政治不信―総無責任連鎖からの脱却と、持続可能な社会への転轍を

●政治不信が露呈させる総無責任構造 
  「声をあげれば変えられる」という小さな「成功体験」を持続的に集積できるか
●「戦時体制」論が内包する国家万能感と生権力への依存
主権依存からコモンの拡充へ
●権力的「規制・統制」としての財政か、社会的連帯としての財政か

□ 小川淳也議員のドキュメンタリー映画 好評上映中
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
 ほか、お知らせ
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「次なる波」に備えるために 
政治不信―総無責任連鎖からの脱却と、持続可能な社会への転轍を
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【政治不信が露呈させる総無責任構造 
 「声をあげれば変えられる」という小さな「成功体験」を持続的に集積できるか】

「今、大臣がそういう発表をされたんですか?」。記者会見していた新型コロナウイルス対策専門家会議・尾身副座長は、西村担当相が専門家会議を廃止すると発表したことについて聞かれ、困惑してこう答えたという。

 専門家会議は2月、政府の対策本部に対して医学的見地から助言を行うために設置された。(オリンピックや習近平来日などへの考慮もあって)政府の対応が後手に回りがちななか、記者会見やメディアなどで積極的に国民に情報を発信してきた。こうした「前のめり」の姿勢は、専門家としての責任感や使命感によるものであるが、あたかも専門家会議が政府の方針を決定しているかのようにも見えた。
 いうまでもなく、責任は政府にある。緊急事態宣言の発出も、その解除も、最終的には政府が判断し、決定している。にもかかわらず、専門家会議が決定しているかのように受け取られるのは、原稿棒読みの総理会見に典型的なように、政府の政策判断の過程が見えないからだ。「専門家会議が政策を決めている」との疑念は、ひとえに政府の無責任さのゆえである。

牧原出・東大教授はこう指摘していた(5/2 論座)。
 「こうした状況で動き出したのが専門家チームであった。政権をあてにせず、自らが情報発信することで、時々刻々変化する事態に国民の目を向けさせようとしたのであろう。だが本来、専門家の判断はあくまでも専門的・科学的見地からなされるものにとどめ、その助言を受けて政治的決断を下し、責任を担うのは政府のはずである。
 ~中略~ここまで一連の流れを見ると、専門家の側は、責任を事実上負わせられるのを覚悟しているのかもしれない。とはいえ、新型コロナ感染症への対応が数年はかかる長いものだとすれば、現在の態勢はあまりにも急ごしらえであり、持続可能性が乏しい。やはり、政府と、科学的中立性に立つべき専門家とは、慎重に仕切られるべきである。さらに、責任の所在が政府にあることも、明確にされなければならない」。

 6月24日に発表された「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」という専門家会議の提言は、こうした観点から政府と専門家助言組織との責任範囲と役割の明確化を求めている。
まさに専門家会議がこの提言を記者会見で発表しているときに、西村担当相が突如、専門家会議の廃止と新たな分科会設置を発表した。これについて政府・与野党連絡会議では、野党のみならず与党からも経緯が不明などと批判が続出。政府側からは、「総理を本部長とする対策本部の正式決定ではない」などとの回答があったようだ。今後「ご飯論法」よろしく言い訳が並べられるのだろうが、事ここに至っては、政策判断や決定の合理的根拠、過程、説明責任などという以前の、「やっている感」さえも放り投げた政権の総無責任連鎖が露呈しているのではないか。

「次なる波」、さらには大地震や集中豪雨などをともなう複合災害も、「想定外」とはいえない。理由は分からないが、欧米に比べてケタ違いに感染が少なく推移しているここまででさえ、政権はこれほどの無責任さを露呈している。現状は極めて深刻だ。

 この総無責任構造と、どう向き合うか。
コロナ禍で、こうした政府の現状が可視化され、少なくない国民が政治に関心を持ち始め、声をあげ始めた。官邸の思いつきで、巨額の税金を投じて粗悪品が大量に混じった布マスクが配布され(マスク不足が解消された後になって届く)、黙っていたら、自粛下の生活支援として「お肉券」「お魚券」が配られたかもしれない。それに対してフリーランス、学生、自営業者、文化活動関係者など、多彩な人たちが声をあげることで、「政治を動かすことができる」ことが実感された。こうした小さな成功体験は貴重だ。
コロナ禍は、コロナ以前から内在していた社会の脆弱性(格差や不公正、「制度の外」の諸問題など)を突くとともに、それらに向き合う市民社会や民主主義の復元力(レジリエンス)を問う。分断をさらに深めるのか、連帯や信頼を発展させるのか。

コロナ禍で露呈した安倍政権の総無責任構造は、日本社会に内在してきた「政治不信」が顕在化したものにほかならない。よく指摘されるように、国際比較調査において、日本は他の民主主義国に比べて政治不信が強く、また他者への信頼が低いことが知られている。他人を信頼せず、「どうせ変わらない」と政治不信の殻に閉じこもったままでは、連帯は生まれず、総無責任構造がはびこるのは当然だろう。「声をあげれば変えられる」という小さな成功体験を、どのように持続的に積み重ねていくか、そして不信の連鎖を信頼の連鎖へ転換していくか。

 コロナ禍では、各国首脳や政府の対応と安倍政権の対応を比較することも容易になった。ここでも問われるのは、他国の首脳や政策をうらやむことではない。台湾の成功例に対する日本のまなざしへの「違和感」を、許仁碩・北海道大学法学研究科助教は次のように述べる(6/8 論座)。
 「民主主義は、過ちを犯さない英雄に政治を任せる体制ではない。人は過ちを犯すという前提で、市民の手でその過ちを自ら是正できる体制こそ民主主義である。コロナ禍はいつまで続くのは(ママ)誰も予断できない。それは、これからどれほどの課題を解決できるのか、どれほどの命を守れるかにかかっている。
 その際、他国の経験を参照し、自国の盲点を発見することは大事である。喉元過ぎれば熱さを忘れ、『日本モデル』を自慢している場合ではない。政治家に『人任せ』にするよりもっと市民社会に大切にすること、これまで問題とされてこなかったシステムの欠陥を改革すること、そして『自粛頼り』のコロナ対策を見直すこと。多くの命が失われたことから得た教訓をしっかり生かしてほしい」。

【「戦時体制」論が内包する国家万能感と生権力への依存
主権依存からコモンの拡充へ】

 先に引用した許仁碩・北海道大学法学研究科助教は、台湾の新型コロナ対策の成功について、政治家の英雄化や大臣の天才的能力よりも、台湾市民社会の力を強調する。そしてコロナとの戦いを「戦時」に例えることについて、「防疫のために『戦時体制』が必要だという主張は、台湾のコロナ対策の評価としてはずれている。それは『戦時体制』に内包されている国家万能感に惑わされている」と批判する(前出)。

 感染の爆発的な拡大を抑え込む局面では、少なくない国で強制的な私権制限が行われた。しかしこれから想定される長期戦は、「新しい生活様式」などと言われるような人々の行動変容にかかっている。そしてそのためには国家による強制や動員よりも、デジタルテクノロジーの活用が有効だとされる。
 統治におけるデジタルテクノロジーの活用については、しばしば中国のような「幸福な監視社会」がイメージされる。しかし中国といえども、こうした国家的監視は、安心供与などによる市民的同意を内在化したものであるという点で、単なる国家的強制とは言い切れない。

 吉田徹・北海道大学教授は、こうしたデジタルテクノロジーの活用における権威主義国家と自由主義国家との差異は、「薄い皮膜」でしかないと述べる(世界 7月号)。
 「市民の安全を保障するのが国家である限り、そして市民が自己の身の安全――テロに対してなのか、感染症に対してなのかは問わず――を欲するならば、統治能力の向上は個々の行動を公的主体が感知・追跡することでしか望めない。感染症対策においては、個人情報の処理が個人に任されてしまえば、集合行為問題は解決しない。そうであれば、情報の取り扱いの様式・規則という薄い皮膜しか、権威主義体制と自由主義体制の間には存在しないということになる」。

 人々の安全を保障する統治能力。これは最近改めて注目されるフーコーの「生権力」論だ。大まかにいえば、人々の生殺与奪の権限を握る古典的権力に替わる、人々の「生」を効率よく管理し、順応させて「生かす」権力。コロナ禍において、各国が人々を「生かす」ために外出禁止などの強制的な統治力を発動したことは、「生権力」の作動といえるだろう。
 前出の吉田教授は、「生権力を手にする主権という意味では、民主主義国家も権威主義体制も地続きとなる」とする。

 石田英敬・東大名誉教授は、生権力社会の典型例こそ日本だと言う(ゲンロンα6/23 https://genron-alpha.com/article20200623_01/)。例えば、政府からの通達が「外出自粛要請」にもかかわらず、多くの日本人が自主的に従ったことや、自粛警察のように、政府の権力ではなく一般人同士の監視の目が人々を「生かす」ための強力な権力として働くと。

 こうした「我々が生と自己保存を目的にする限り、国家主権を呼び込まざるを得ず、それが我々の生をむしろ脆弱なもの・・・にするという・・・逆説」(吉田 前出)に対して提起されるのは、「主権に依存しない、個人が他者に対して水平的な責任のもとに生きる、より厚い社会を作ること」(同前)である。
 「・・・倫理学者ヌスバウムは、個人の相互依存を前提とした関係性を前提とすることこそが、人間の安全保障につながると指摘した。ウイルスは社会の弱点に巣くう。周知のようにコロナ・パニックでの社会の脆弱さは、統廃合によって半減された保健所数や感染症対策予算削減など、一九九〇年代から進められた公共政策の結果でもある。ゆえに、ポスト・コロナ時代にあっては医療・介護・保健領域の拡充、そのための科学知の涵養など『ケア・エコノミー』が中心に据えられるべきだろう。
~中略~科学思想家の水嶋一憲の言葉を借りれば、コロナ・ウイルスは、コモン(共有財)の拡充を目指す契機を作る『コモン・ウイルス』として認識すべきなのだ」(同前)。
 

【権力的「規制・統制」としての財政か、社会的連帯としての財政か】

 「デジタル化した生権力の強化が不可避ならば、それに対応する強い民主主義が選択されなければならない。・・・デモクラシーをより厚いもの、すなわち政治と社会のより緊密な相互作用と相互信頼による統治様式の創出が求められる」(吉田 前出)。
 財政は、こうした相互信頼をつくり出すための共有財であるべきだ。
 神野直彦・東大名誉教授は、財政の使命は政治システム・経済システム・社会システムという社会を構成する三つのサブ・システムを統合することであり、その再編成が必要になるのが「危機の時代」だとする(世界7月号)。

 新型コロナウイルスがあぶり出したのは、一九九〇年代以降に急速に進んだグローバル化の下での「財政縮小―市場拡大」戦略の行き詰まりであり、それによって拡大されたさまざまな社会の脆弱性である。コロナ時代の財政は、「財政縮小―市場拡大」戦略に替わるシナリオを描き、そこから政治・経済・社会というサブ・システムを再編成することが求められる。

 神野氏はスウェーデンの対策を取り上げる。スウェーデンは多くのヨーロッパ諸国と異なり、ロック・ダウン型の権力的規制・統制策を取らず、市民の自発的規律性に基づく対策をとった。しかし感染者、死者とも他の北欧諸国に比べて突出して多くなっている。しかも死者の多くが高齢者であり、医療現場には過重ともいえる負荷がかけられた。(こうした負の側面は、二〇〇八年からの中道右派政権による民営化に一因があるとされている。)
 神野氏はこう提起する。
 「ロック・ダウン型の短期戦が有効なのか、権力的『規制・統制』を最小限にしようとするスウェーデンの持久戦型戦略が適切なのかを判断する能力は、私にはない。・・・しかし、スウェーデンの『コロナ危機』対応から学ばなければならないことは、この危機を克服して、どのような新しき時代を形成するかという希望のビジョンと結びつけていることにある。・・・権力的『規制・統制』によるロック・ダウン型の『コロナ危機』対応では、危機克服によってどのような社会を形成しようとしているのかが不明である。
・・・スウェーデンの『コロナ危機』対応は逆である。新しき時代を形成する国民運動による『コロナ危機』対応を考えているからである。・・・ストックホルム大学の訓覇(くるべ)法子元研究員の言葉で表現すれば、スウェーデンの『コロナ危機』対応は、『国民が連帯してコロナ危機に立ち向かい、国民の手であらためて民主主義的統治を取り戻そうという意思表明・挑戦』なのである」(前出)

 新自由主義の下での「財政縮小―市場拡大」は、政府の民営化ともいえる。財政は社会的信頼のための公共財としてではなく、市場の失敗の尻ぬぐい、とりわけリーマンショックに端的なように金融資本や大企業の〝救済〟に費やされた。社会システムにおける信頼が棄損され、社会の分断が深まるとともに、民主主義も機能不全に陥る。社会的信頼の棄損は、経済システムにおいてもマイナスに作用する。

 権力的「規制・統制」で、これを再編成することは可能なのか。他者への信頼、社会的な相互依存を前提としないバラバラな「個」(「孤」)が求める「生存」は、生権力を呼び込む。そこでは権力への依存とともに、排除されるべき「他者」が想定される。「『危機の時代』に権力的『規制・統制』が巧みに操作され、全体主義へと陥った過去の悪夢が甦る恐れがあることを自覚しなければならない」(神野氏 前出)。

 民主主義の再創造による危機の克服―サブ・システムの再編成が想定するのは、「小さくもなく大きくもなく、舵を切り間違えないように有効に機能する『賢い政府』となることである」(神野氏 前出)。
 「スウェーデンでは『信頼』と『自発的規律性』を掲げた国民運動で民主主義を再創造していくため、『規律・統制』やそれを受容することへの代償に、財政を動員する必要が小さい。そのため新しい時代を目指しながら、社会的インフラストラクチュアや社会的セーフティネットを張り替えていくことができる。メダルの裏側から表現すれば、感染症対策が経済活動と社会活動とのバランスを保ちながら進められていくことになる」(神野氏 前出)。

 翻ってわが国はどうか。コロナ禍の様相が明らかになりつつあるにも関わらず、令和2年度本予算はビタ一文も修正されず。いったん閣議決定された一次補正予算は、世論と野党に押される形で修正されたが、その大半は自粛に対する支援で、医療体制拡充のための費用(1兆8097億円)は、観光・消費支援(1兆8482億円)を下回っている。財源は全額国債で、新規国債発行額は本予算、二次補正と合わせて過去最大の90兆円あまり。
 はたしてこれが「未来への投資」と言えるのか。

持続化給付金をはじめ、コロナ対策の補助金や支援金の支給における「中抜き」も、「官から民へ」という掛け声の下、九〇年代から進められてきた「政府の民営化」の帰結だ。神野氏によれば、スウェーデンでは政府は社会に「埋め込まれている」が、日本では政府は社会に寄生する肉腫となりつつある。
国民の政治に対する関心の高まりも追い風となって、今国会では野党による政権監視や政策提言が、一定の成果をあげたといえるだろう。さらに求められるのは、その先に「財政縮小―市場拡大」戦略に替わるどんなシナリオを、市民とともに描いていくかだ。

「文在寅政権はキャンドル大統領選挙で多くの国民の支持で発足したが、一七〇〇万キャンドルの要求は政権交代そのものではなく、新しい大韓民国を作ろうというものであることを忘れてはならない」(金元重 世界 7月号)という韓国労組に倣えば、「既存政党間の政権交代そのものではなく、『財政縮小―市場拡大』戦略に替わる新しい日本社会のビジョンと、そこへの転轍のシナリオを共有しよう」という社会の声を強くしていくことこそ、求められている。
 
(日本再生494号 一面より)
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小川淳也議員のドキュメンタリー映画!
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ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町などで、好評公開中

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小川議員へのダメ出しのようなタイトルだが、見終わって気づく。
問われているのは、有権者である私たちなのだと。
(上西充子 国会パブリックビューイング代表/法政大学教授)

監督の寄稿(論座)
映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を撮って~小川淳也との17年
大島 新 ドキュメンタリー監督

https://webronza.asahi.com/national/articles/2020052900010.html

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□ 書籍「みんなの『わがまま』入門」 紹介
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「日本再生」494号(7/1)にインタビュー掲載の、富永京子・立命館大学准教授による
若者に向けた「社会運動のすすめ」的書籍

参照

https://book.asahi.com/article/12548056

「寒いから、冷房止めて」って会社で言える? 社会学者の富永京子さん「みんなの『わがまま』入門」
ご厚意により著者割引→1部 1550円にて。
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□ 都知事選候補者討論会
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報道番組やドキュメンタリーの制作に関わる有志による映像プロジェクト「Choose Life Project」
による都知事選候補者討論会(司会 津田大介氏)が、YOUTUBEで配信されています。


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石津美知子
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史上最大のオンラインデモ その最初のつぶやき

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3日の間に500万以上のツイートと、史上最大のオンラインデモとなった
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https://note.com/fuemi/n/n56bdee1d8725

「安倍政治」時代に、制度の外側で芽生え始めた民主主義が可視化されつつあり、
その担い手の「顔」が見えつつある。

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□ コロナ関連のお知らせ
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●コロナ危機で困っているシングルマザーと子どもに支援を

https://www.hitorijanai.org/

●給食がなくなり、飲食店が閉店。生産者を応援するために
ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
二本松農園  https://www.nihonmatsu-farm.com/
二本松農園では地域の生産者さんたちと力を合わせて、生活困窮家庭に食料を届ける活動も行っています。

http://nihonmatufarm.blog65.fc2.com/

●新型コロナウイルス支援情報まとめ

https://covid19.moneyforward.com/personal/supports?page=2

●仮設の映画館
閉鎖せざるをえないミニシアター、収益を得られない制作サイド、映画を見られない観客のために、オンラインで映画を配信、収入を劇場と配給で分配する。

http://www.temporary-cinema.jp/

プリズン・サークル
罪を犯した若者たちが自らと向き合っていく過程を描く圧巻のドキュメンタリー。

https://prison-circle.com/

●「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ
最近話題のカミュ「ペスト」の書評(津村記久子)。
新潮社Webマガジン「考える人」より

https://kangaeruhito.jp/article/14028

●小川淳也議員のドキュメンタリー映画!
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
6/13よりポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町などで公開予定

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小川議員へのダメ出しのようなタイトルだが、見終わって気づく。
問われているのは、有権者である私たちなのだと。
(上西充子 国会パブリックビューイング代表/法政大学教授)


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Index 
□ パンデミックと大災害の時代に問われる民主主義の復元力と社会のあり方
―〝いのちとくらし〟そして政治

●「コロナ後」にむけて問われる「いのちとくらし」のあり方
●「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」か、
緊急事態にこそ「民主的な参加と自発的行動」を高める社会か

□ 5/9総会はオンラインで開催

□ コロナ禍を生き延び、「コロナ後」を考えるために
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パンデミックと大災害の時代に問われる民主主義の復元力と社会のあり方
―〝いのちとくらし〟そして政治
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【「コロナ後」にむけて問われる「いのちとくらし」のあり方】
 新型コロナウイルスは依然として、猛威をふるっている。最初に感染が確認された中国・武漢では都市封鎖は解除されたものの、健康診断なみのPCR検査によっても把握できない無症状感染者が存在するなど、地雷原を行くような状況だという。強力な都市封鎖を行ってきたヨーロッパでも規制の緩和が検討され始めているが、「出口」についてはきわめて慎重だ。ドイツのメルケル首相は、少なくともワクチンが開発されるまでは「ウイルスと共存する」ことが必要だと述べている。
 第一次大戦末期からのパンデミックであるスペイン風邪は足掛け三年、二回の波を経て感染拡大が収まったという。「ウイルスと共存する」長期戦を生き抜く準備はあるか、が問われている。

一方アメリカでは、再選にむけてトランプ大統領が経済活動の再開を急いでいる。強制を伴う都市封鎖を行ったヨーロッパでは、さまざまな生活保障がセットになっていたが、アメリカでは都市封鎖が直ちに失業に直結する。感染症の脅威によってあらわになった、医療体制や保険制度も含めた社会の脆弱性は、長期戦に耐えられるものではないだろう。
まさに「ヒト社会のあり方が感染症を選択する」(長崎大学熱帯医学研究所教授・山本太郎 中央公論4月号)。コロナが危機をもたらしているのではなく、元々あった社会の脆弱性がコロナによってあらわになっている。その脆弱性を直視しないままコロナ以前に戻すのでは、「ウイルスと共存する」長期戦を生き抜くことはできない。

「長期戦は、多くの政治家や経済人が今なお勘違いしているように、感染拡大がおさまった時点で終わりではない。パンデミックでいっそう生命の危機にさらされている社会的弱者は、災厄の終息後も生活の闘いが続く。誰かが宣言すれば何かが終わる、というイベント中心的歴史教育は、二つの大戦後の飢餓にせよ、ベトナム戦争後の枯葉剤の後遺症にせよ、戦後こそが庶民の戦場であったという事実をすっかり忘れさせた」(藤原辰史 朝日4/26)。
コロナ禍をどう生き延びるのか。その生き延び方が、「コロナ後」の社会のあり方を左右することになる。

封鎖下の武漢での人々の生活や死の悲しみを「武漢日記」というブログにつづった作家・方方は「武漢の人々のこの惨状を見ていると、強い憤りと悲しみを感じます。この事態が収束した後、彼らの死が無駄になってしまうのではないかと不安に思っています。私は生きている人々が、(自分たちの)利益のために、死者が何のために亡くなったのか軽んじてしまうのではないかと心配しています」と、中国メディア「財新」の取材に答えている。
しかし感染拡大を抑え込んだとする中国政府は、国民に対して感謝を求め、医療支援をした外国にも称賛を求めているという。それに呼応するかのように、ネットでは「武漢日記」の海外での出版が決まった方方に「売国奴」との罵声が浴びせられている。

朝日新聞編集委員・吉岡桂子は、北京に住む作家・閻連科の香港科技大学での方さんに触れた講義を紹介する。
「新型コロナとの戦争に勝利したと、国家がドラや太鼓を鳴らし、大騒ぎを始めるとき、そんな空っぽな歌を一緒に歌うような物書きではなく、自らの記憶を持つ偽りのない人間でいてほしい」(朝日4/25「多事奏論」)。
コラムはこう結ばれている。「おぼえていよう。目の前で起きていることを。コロナ禍の中で編まれつつある歴史の手綱を、握りしめておくために」。

コロナ禍は「いのちとくらし」そのものを直撃するがゆえに、どう生き延びるかは、それぞれの人や地域の「いのちとくらし」のあり方そのものを問う。国家が鳴らすドラや太鼓に惑わされないだけではなく、コロナ禍で問われる「いのちとくらし」の記憶を持つ、偽りのない人間であるとはどういうことか。

戦時下でも少なくない人は、大本営発表を信じていなかった(ジャーナリズム2019/6 辻田真佐憲)。しかし、そうやって生き延びた後の焼け野原から始まった戦後は、消費者民主主義の爛熟と破局―失われた30年に帰結した。「国家が鳴らすドラや太鼓」への不信だけでは、社会を変える力にはならなかったということだ。
3.11でも「コンセントの先」に気づかされ、暮らしのあり方を変え始めた人も一部にはいるが、社会を大きく変えるまでには至っていない。

感染拡大を防ぐためには、人との接触を抑えることが必要になる。しかし例えば学校を休校にして子どもを家庭で見なければならなくなれば、多くの場合、母親が仕事を休んだり減らしたりしなければならず、女性の比率が高い医療や介護、保育、小売などのいわゆるエッセンシャルワーク(社会生活の維持に不可欠な業務)に支障をきたすことになる。じつは「コロナ前」から、学校も病院も保育園も介護も物流も、ギリギリの状態で何とか回していたのだ。

あるいはテレワークが推奨されているものの、それができるのは正社員だけで、派遣社員は出社を求められるという構図もある。飲食店が「自粛」すれば、アルバイト学生が小遣いではなく、ただちに学費や生活費に困って学業を続けられなくなる。風俗店での仕事を失った若者がネットカフェからも締め出されて路上生活となった挙句、所持金も尽きて強盗を働いたという事件は、コロナとの長期戦を生き抜く社会のあり方を問う。(「コロナ後」には生活に困った女性が新たに風俗で働くから、それを「楽しみ」に今は自粛しようと有名タレントがラジオで発言した。こんな「地獄」を、「コロナ後」の常態にさせるわけにはいかない。)

それまで「常態」と考えられていたことが、コロナ禍で社会の脆弱性としてあらわになっている。そのなかで問われる「いのちとくらし」のあり方。最前線で献身的に働く医療関係者はもちろん小売や物流、農水産業者、外国人労働者など、私たちの日常生活は多くの人々に支えられている。その自分たちのくらしが、どれだけ他者を犠牲にせずに成り立っていけるかを考えることでもある。その自らの記憶をしっかり見据え、そこからコロナ後の「いのちとくらし」のあり方、〝私たち〟のあり方を模索していこう。

製造した東南アジアでは衛生用品としての基準を満たしていないため「布製品」扱いだったものが大量に混入した「布マスク」を、466億円かけて配布するという無能な政府(しかも公共調達にもかかわらず、その随意契約の情報も明らかにされない)。しかしその政府に対する不信だけでは、俗耳になじむことを声高に叫ぶポピュリストや違う形の「やっている」感に、お任せ先を変えることにしかならない。

「いのちとくらし」のあり方を問うことを基盤にした、民主主義の復元力が問われている。
内田樹は「月刊日本」のインタビューの最後にこう述べている。
 「(カミュの)『ペスト』では、猛威を振るうペストに対して、市民たち有志が保健隊を組織します。これはナチズムに抵抗したレジスタンスの比喩とされています。いま私たちは新型コロナウイルスという「ペスト」に対抗しながら、同時に独裁化という「ペスト」にも対抗しなければならない。その意味で、『ペスト』は現在日本の危機的状況を寓話的に描いたものとして読むこともできます。

 『ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人のグランです。昼間は役所で働いて、夜は趣味で小説を書いている人物ですが、保健隊を結成したときにまっさきに志願する。役所仕事と執筆活動の合間に献身的に保健隊の活動を引き受け、ペストが終息すると、またなにごともなかったように元の平凡な生活に戻る。おそらくグランは、カミュが実際のレジスタンス活動のなかで出会った勇敢な人々の記憶を素材に造形された人物だと思います。特に英雄的なことをしようと思ったわけではなく、市民の当然の義務として、ひとつ間違えば命を落とすかもしれない危険な仕事に就いた。まるで、電車で老人に席を譲るようなカジュアルさで、レジスタンスの活動に参加した。それがカミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったんだろうと思います。
~中略~「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなければならない。私はそう思います」

http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

【「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」か、
緊急事態にこそ「民主的な参加と自発的行動」を高める社会か】

 新型コロナウイルスにどう対処するかは、各国の民主主義や社会の強靭さをはかるものともなっている。とくに今回はIT技術をどう使うかが、「コロナ後」の民主主義のあり方にも大きくかかわってくるだろう。

 中国はコロナ前から、街中の監視カメラで交通ルール違反者をチェックし、それを個人の「信用スコア」に反映することで違反が減る、といったような「幸福な監視社会」を築いてきた。今回も都市封鎖とともに、こうした監視システムを徹底活用して人の移動を管理することで、感染拡大を抑え込んだ。治安や安全、効率が向上するならOKと、国家による市民の監視・統制の強化はコロナ前からおおむね受け入れられていた。
 だが新疆ウイグル自治区では、こうした監視システムは民族弾圧に「有効に」使われている。また人権活動家などの監視や摘発にも活用されている。自分たちさえ安全なら、今さえよければ、という消費者主義は「緊急事態に人間を家畜のように監視する生権力」(東浩紀 AERA.dot 4/16)と地続きだ。そしてこれは中国だけの話ではない。

 韓国は当初、感染者が中国に次いで多く対応に苦労したが、徹底した検査と隔離、ITを活用した感染者の追跡を行って感染拡大をコントロールし、コロナ下でも総選挙を予定どおり実施した。今のところ選挙を契機とした感染拡大は起こっていない模様だ。
 韓国政府の原則は「開放性と透明性、民主的で自発的な参加」。スマホの位置情報やクレジットカード、交通カードの利用履歴、街頭の監視カメラなどの情報を組み合わせて、(個人が特定されない形で)感染者の動線を瞬時に公開することで、市民の自発的行動を促した。  IT技術によって監視と統制を強めるのではなく、徹底した情報公開による市民の自発的参加が促進された形だ。背景には、現在の政権が民主化運動によって誕生した政権であり、いろいろ不満はあっても透明性に対しては一定の信頼があるということがある。(本号・李鍾元教授インタビュー参照)

台湾も早期の対応によって感染拡大の防止に成功している。ここでもITが活用されているが、よく知られているように、行政府として積極的にITテクノロジーを活用しているのは、「ひまわり運動」にも参画した唐鳳氏だ。
「偽情報の多くは中国本土から配信されている。にもかかわらず、台湾では独立派の政治家の支持率が上昇している。唐氏はここに政治家と市民の相互関係があるとみている。政治家が一般市民の政治への直接参加の機会を広げれば、市民は政府への信頼をより強めるのだ。ソーシャルメディアが『偽の敵対感覚』を生む以上に、台湾では分散化技術を通じて人々が『現実を共有している感覚を持てる』ようになってきたと唐氏は言う」(ラナ・フォルーハー 日経2/21)

 政府に対する信頼とは、単なる「お任せ」ではないし、自分さえよければ、今さえよければという消費者民主主義でもない。韓国、台湾はともに民主化の歴史が世代をこえて受け継がれている。その社会の記憶によって、政府や政治家と市民との相互関係(批判と信頼)が成り立っている。
コロナの対応をめぐって政府への信頼が高まっているのは、西ヨーロッパ諸国も同様だが、ここでもスペイン風邪やレジスタンスをめぐる社会の記憶――「国家が鳴らすドラや太鼓」に対する不信にとどまらない「いのちとくらし」の記憶――がある。

先進国では唯一、日本だけがこの危機でも政府への信頼は高まるどころか低下している。政府の無能さのゆえではあるが、社会の信頼はどうか。同調圧力や忖度、隣組的発想に抗する、「いのちとくらし」のあり方を問うところからの連帯は可能なのか。

ITを活用した感染対策としては、シンガポールが開発した技術も注目されている。位置情報を使うのではなく、近距離無線通信を使って至近距離にいた人を感知、記録することによって、感染者と接触した人を追跡して隔離することができると期待されている。このアプリは強制ではないが、四割の人がダウンロードすれば効果を発揮すると言われており、オーストラリア政府が導入を決定、日本でも実証実験を始めるという。
やはりここでも課題は、政府に対する信頼だ。オーストラリア政府は導入にあたって個人情報の暗号化をはじめ、保健衛生当局以外はアクセスできないなど、厳格な個人情報保護策を講じるとしているが、それでも市民からの懸念が生じている。ましてや日本のように公文書の破棄や偽造、隠蔽、身内の利権・縁故主義がはびこる、「やっている」感さえ演出できなくなった政府では、誰が進んでアプリをダウンロードするのか。

またシンガポールは3月までは、台湾とともに感染拡大を防いだ優等生とみなされていたが、いまでは東南アジアで最悪の感染者数となっている。政府は早くから感染対策を進めてきたが、人口580万人の都市国家に100万人以上いるといわれる外国人出稼ぎ労働者は、その対象ではなかった。
低賃金の外国人労働者の多くは郊外の宿舎に密集して暮らしており、「社会的距離」を保てない宿舎で爆発的な感染拡大が起きかねないとの警告は、当初から発せられていた。医療へのアクセスも難しい環境だ。最近拡大する感染者のほとんどは、こうした外国人労働者だという。快適な日常生活を支えるうえで不可欠な外国人労働者を「不可視化」してきた結果にほかならない。

「シンガポールの現状は、パンデミックの際に疎外された人々を無視したらどうなるかを示唆している。積極的な濃厚接触者の追跡、広範な検査、しっかりした医療制度、厳格な隔離措置を実行できる効率的な政府──この国の新型コロナ対策は、他国から見たら羨ましくて仕方がない。それでも社会的弱者への目配りを欠いた状態では、十分な効果を発揮できない」(ニューズウィーク日本版 4/27 クロエ・ハダバス

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/post-93253_2.php)。

 コロナ禍であきらかにされた社会の脆弱性を放置すれば、「コロナ後」には社会の底が抜けることになりかねない。長期戦を生き抜くなかでこそ、社会の脆弱性を克服するための「コロナ後」の社会を構想しよう。

(日本再生492号 一面より)
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□ 5/9総会はオンラインで開催
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5/9に予定していた総会は、オンラインで行うことにしました。
下記、よろしくお願いします。

【日時】
5月9日(土) 10時から13時まで
Zoomというオンラインミーティングの無料ソフトを使います。(Yさんのご厚意です。)
参加はメールにて事前登録。登録されたメールアドレスにミーティング用のURLを送信しますので、それを使ってアクセスします。

必要なもの:パソコン(マイク、カメラ)またはスマホ  ネット接続環境
スマホの場合はバッテリー、通信容量に制約があるのでご注意を

【How to】
① 参加者は5月8日 18:00までに下記あてメールで連絡を。
ishizu@ganbarou-nippon.ne.jp 
連絡先のメールに、5/9ミーティング用のURL、ID、パスワードなどを送信します。

② 「活動報告」「感想 意見」などをメモ程度でもよいので事前に送っていただくと、当日の議論がよりスムーズに進むと思います。上記までお送りください。参加予定者に転送・回覧します。

③ 5月9日9:45から会議室を開けます。メールにある「Zoomミーティングに参加する」というURLをクリックすると入室できます。(URLをクリックすれば、ID、パスワードは必要ありません。Zoomのアカウントを作成する必要もありません。)

参考 Zoomで会議に参加する方法

https://zoomy.info/manuals/what_is_zoom/

*5/9ミーティング用のURL、ID、パスワードは、5/8に送信します。
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□ コロナ禍を生き延び、「コロナ後」を考えるために
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●アベノマスク 不要だという方は寄付することもできます。
不要なアベノマスク寄付先まとめ

https://cococarenote.com/4958.html

●給食がなくなり、飲食店が閉店。生産者を応援するために
ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
二本松農園  https://www.nihonmatsu-farm.com/

●新型コロナウイルス支援情報まとめ

https://covid19.moneyforward.com/personal/supports?page=2

●「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ
最近話題のカミュ「ペスト」の書評(津村記久子)。
新潮社Webマガジン「考える人」より

https://kangaeruhito.jp/article/14028

●小川淳也議員のドキュメンタリー映画!
「なぜ君は総理大臣になれないのか」
6/13よりポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町などで公開予定

http://www.nazekimi.com/

小川議員へのダメ出しのようなタイトルだが、見終わって気づく。
問われているのは、有権者である私たちなのだと。
(上西充子 国会パブリックビューイング代表/法政大学教授)


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□ 総会中止のお知らせとメッセージ

□ コロナ関連のお知らせ
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□ 総会中止のお知らせとメッセージ
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5月9日に予定していた「総会」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中止します。時期を見て改めて開催する予定です。

今回の感染症との戦いを、どう生き延びるか。その「生き延び方」が、「コロナ後」の社会をどうつくっていくかを、大きく左右することになると思います。
あまりよい例えではありませんが、戦略と呼べるものもないまま、方向性もバラバラで、「戦力の逐次投入」を繰り返す、ということが今回も行われています。ツケを回される現場は疲弊しきっていますが、一方でアベノマスクをほどいて作り替えたり、クリアファイルを切り抜いてフェイスシールドもどきを作ったり、アルコール度数の高いお酒を消毒用にしたりと、涙ぐましい工夫がされているのをみると、乏しい配給でやりくりしていた戦時下の暮らしも、もしかしたらこうだったのかとも思います。

そうやって生き延びた後に焼け野原から始まった戦後は、しかし消費者民主主義と「失われた30年」に帰結しました。少なくない人は大本営発表を信じてはいませんでしたが、不信だけでは社会を変える力にはならなかったということです。
また3.11でも「コンセントの先」に気づかされ、暮らしや生き方を変え始めた人もいますが、社会を大きく変えるまでには至っていません。

今回のコロナ禍は、「いのちとくらし」そのものを直撃するがゆえに、どう生き延びるかは、それぞれの人や地域の「いのちとくらし」のあり方そのものを問うものでもあります。
コロナ以前を「常態」と考えるなら、「コロナ後」はショックドクトリンによって、〈グローバル化×新自由主義×デジタル化〉を際限なく推し進める世界になりかねません。
コロナ以前を検証し、そこから新しい現実へと転轍するために、どう生き延びるか。ここ数か月(年単位かも)の感染症との戦いにおける「時間の使い方」は、21世紀初頭の私たちの社会のありかた―いのちとくらしのあり方―を方向づけるものになるはずです。

総会では、こうした問題設定を共有する予定でしたが、とりあえずstay at homeの時間を使って、以下をご参照ください。

●非常事態と立憲主義
「日本再生」491号 一面
感染症と文明社会 山本太郎 中央公論4月号
パンデミックを生きる指針 藤原辰史 B面の岩波新書
file:///C:/Users/ishiz/OneDrive/デスクトップ/バンデミックを生きる指針.pdf
緊急事態とエコロジー 西谷修 世界5月号
民主主義の抑制が問われる21世紀の政治思想 山本龍彦・東浩紀 中央公論4月号

●経済のすがた
もし君が首相になりたいと言うならば 金子勝 世界4月号
政権交代が必要なのは総理が嫌いだからじゃない 田中信一郎 現代書館
資本主義の新しい形 諸富徹 岩波書店

●社会を変える社会運動と自治
いま私たちは何をなすべきか 宮本憲一 世界4月号

●共通の〝参照点〟としての民主主義
ヨーロッパでは今回の社会防衛の戦いは「第二次大戦以来の~」と、よく表現されます。医療崩壊の危機にあったイタリア北部では、ファシズムに抗したパルチザンの経験が語られたといいます。非常時だからこそ民主主義を機能させる。その基礎には、その社会が共有する〝参照点〟としての民主主義の歴史的経験と集積があります。

試される民主主義(上・下) ヤン=ヴェルナー・ミュラー 岩波書店
民主主義 1948-53中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版 西田亮介・編 幻冬舎新書
 

*4/11シンポジウムで議論するはずだった国際協調や国際的な立憲主義のありかたについては、また改めて

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□ コロナ関連のお知らせ
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●アベノマスク 不要だという方は寄付することもできます。
不要なアベノマスク寄付先まとめ

https://cococarenote.com/4958.html

●給食がなくなり、飲食店が閉店。生産者を応援するために
ポケットマルシェ  https://poke-m.com/
二本松農園  https://www.nihonmatsu-farm.com/

●新型コロナウイルス支援情報まとめ

https://covid19.moneyforward.com/personal/supports?page=2

*これから配られるであろう「一人10万円」も、堂々と受け取って、家賃や光熱費の足しにしたり、なじみの飲食店でおいしいものを食べたり、推しのCDやYouTube配信に使ったりしましょう。新しい現実に向かって生き延びるための社会運動に寄付することもできます。布マスク2枚に400億円を使うマヌケな政府から、一人10万円を取り返して、私たちの社会のために使いましょう。


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□新型コロナをめぐって問われる民主主義の力と
「コロナ」後の社会のありかたにむけて

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 新型コロナをめぐって問われる民主主義の力と
「コロナ」後の社会のありかたにむけて
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東京をはじめ7都府県に緊急事態が発令されました。
欧米のような都市封鎖や罰則を伴う行動規制が行われるわけではありませんが、ある意味では「それだからこそ」、お任せ民主主義、消費者民主主義のままでは不信や無責任が、さらに蔓延することにもなりかねません。

新自由主義を推進したイギリスのサッチャー首相は、「社会などというものはない。あるのは国家と家族だけだ」と言いましたが、新型コロナウイルスに感染した同じ保守党のジョンソン首相(容体は安定しているとのこと)は、「今回、社会というものが本当にあることが分かった」と述べています。

国家ではなく、社会の一員である主権者としての視点を獲得するうえで、参考になると思われる資料をご紹介します。

「感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿

http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/)。

《疫学的対策の観点から》
コロナ対策に今のところ「正解」はありません。日本は中国式でもなく、韓国式でもなく、欧米型の都市封鎖でもない、クラスター対策という対処法をとっていますが、それはなぜなのか。あるいは、このラインが突破されたときには「どうなりうるのか」、なぜ「三密を避ける必要があるのか」などについて、信頼できる専門家の知見に基づく理解は不可欠です。

●COVID-19への対策の概念 

https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf

押谷仁 厚労省対策推進本部 クラスター班

●「東京は手遅れに近い、検査抑制の限界を認めよ」
ダイヤモンドオンライン https://diamond.jp/articles/-/234205
渋谷健司 WHO事務局上級顧問

●新型コロナ対策の隠れた最前線 保健所の悲鳴

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-hokenjo

《民主主義の復元力と「コロナ後」の社会のために》

●人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を
ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿

http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/

●権威ではコロナを抑えられない 過去の教訓を生かした韓国の対策

https://imidas.jp/jijikaitai/d-40-140-20-04-g734/3

徐台教

●緊急提言!「命」とともに「いのち」を守れ/中島岳志×若松英輔×保坂展人
緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(上)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020040600007.html

●野党は今こそ「もう一つの自民党」でなく「別の世界」を示せ
中島岳志×若松英輔×保坂展人
緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(下)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020040600009.html

●なぜ私たちは「一斉休校」を批判しながら「緊急事態宣言」を待ち望んでしまったのか

https://bunshun.jp/articles/-/37092

「自粛」というユルイ対策が効を奏しなかったときに、「緊急事態宣言」では物足りなくなって、より「強い独裁」を求める世論が湧き上がる懸念。世論の後押しで、ドロ沼の戦争に突き進んだ時代の教訓を生かせるのか。


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□感染症との総力戦で問われる民主主義の復元力
「コロナ後」にむけて問われる社会のあり方

●ウイルスがあらわにする社会の矛盾や問題点
~社会のあり方が感染症を選択する
●緊急事態・総力戦と民主主義  「社会が生き延びる」ための民主主義を
●「コロナ後」に問われる課題 <グローバル化×新自由主義×デジタル化>
●自治が問われる 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を

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 感染症との総力戦で問われる民主主義の復元力
「コロナ後」にむけて問われる社会のあり方
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【ウイルスがあらわにする社会の矛盾や問題点~社会のあり方が感染症を選択する】

 中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症は瞬く間に世界中に広がり、世界保健機構(WHO)はパンデミック(世界的流行)を宣言した。人類は、古くは十四世紀ヨーロッパで猛威をふるった黒死病(ペスト)や第一次大戦末期からのスペイン風邪など、国境を越えた感染症の広がりを経験してきた。最近では、エボラ出血熱やSARSやMERSといった例もある。(ちなみに今回、比較的効果的に対処しているとされている台湾、韓国は、SARSやMERSでの失敗の教訓を生かしているといわれている。)

 長崎大学熱帯医学研究所教授・山本太郎は、「社会のあり方が感染症を選択する」と指摘する。
「なぜ、ある感染症が流行するのか。これまで私たち研究者は、その原因を一生懸命考えてきた。しかし、どうやらその考え方は『逆』ではないかと、私は近年思い始めている。流行する病原体を選び、パンデミックを性格づけるのは『ヒト社会』あるいは大きく『ヒト社会のあり方』ではないかと。古くは、中世ヨーロッパの十字軍や民族移動によってもたらされたハンセン病。十八世紀産業革命が引き起こした環境悪化が広げた結核。世界大戦という状況下で流行したスペイン風邪や、植民地主義と近代医学の導入がもたらしたエイズについては述べた。その意味では、今回の新型コロナウイルス感染症や未だアフリカを中心に収束が見られないエボラ出血熱も例外ではない。人の行き来により格段に狭くなった世界。野生生物が暮らす生態系への、私たち人間のとめどない進出。温暖化による野生生物の生息域の縮小。そうしたことが新たな感染症の流行と拡大をもたらした」(中央公論4月号)

その意味で新型コロナウイルスもまた、「ある種の自然の摂理として、現代文明の矛盾や問題点を大きく浮き立たせるような効果をもったのではないか」(中西寛・京都大学教授 本号インタビュー)といえる。

パンデミックの可能性はこれまでにも予告されてきたが、その影響は途上国において厳しいものになると考えられてきた。しかし今回は保健衛生体制が整っているはずの先進国において、ウイルスが猛威をふるっている。そしてこのことが、パンデミックの危機と世界経済の危機を直結させている。①グローバル化を推し進め、その恩恵を享受してきた世界、②とりわけリーマンショック後の金融緩和政策によって経済を維持してきた世界、という「ヒト社会のあり方」が今回のパンデミックを性格づけ、またその社会の矛盾や問題点を浮き立たせているといえる。

中国・武漢では一千万都市の封鎖という、かつてない犠牲を払った末ようやく収束に向かいつつあるといわれる。ほかの地域でも感染の広がり自体は、ある程度の期間が必要になるとしても、いずれ収束するだろう。もちろんその過程での社会の犠牲は、可能な限り抑えるべきだ。犠牲者は「数」ではなく、一人ひとり名前を持つ、誰かにとって大切な人なのだから。

 だからこそ私たちは感染予防のための基本行動をとりつつ、新型コロナウイルスによってあきらかになった社会の矛盾や問題点を検証し、「コロナ後」に教訓を生かしていけるかが問われている。

「そのひとつの象徴がオリンピックです。日本政府、日本社会としてはオリンピックにいろいろなものを賭けてきたし、実体経済にも社会にも大きな影響を及ぼすことになるので、できるだけ予定どおりやりたいということでしょう。
一方で仮に予定どおり開催できる状況になったときに、コロナの話は一時の悪いエピソードで、元に戻ってよかったということになると、大きな問題を先延ばしにしたまま現状の問題を抱え込むことになるのではないか。そういう意味で、オリンピックにどう対応するかは、日本の社会なり政治の現状に対する認識を反映するものになるのではないかと思います。日本の中でも、そういう観点からの議論をするインセンティブ、場がほぼ失われていますが、本当はそういう議論をする必要があるのではないか」(中西寛・京都大学教授 前出)

【緊急事態・総力戦と民主主義  「社会が生き延びる」ための民主主義を】

 今のところ新型コロナウイルスへの対処は隔離、移動制限が基本になる。当初、武漢での初期対応の遅れ(情報隠蔽)や、その後の強力な都市封鎖(市民的自由の制約)は、独裁色を強める習近平体制に起因し、またそれゆえ可能になるものと思われてきた。ところがヨーロッパやアメリカにも感染が拡大するにつれて、自由・民主主義体制をとる国々でも、市民的自由を強力に制限する政策がとられるようになってきた。逆に日本だけが、「自粛要請」というユルイ対策にとどまっている。
(ちなみに韓国は、大規模なアウトブレイク(集団感染)が発生しながら、新規感染者数の増加曲線を抑えることができたわずか2国のうち、中国ではないほうの国である。そして韓国は中国のように言論や行動に厳しい制限を課すことなく、またヨーロッパやアメリカのように経済に打撃を与える封鎖政策を行わずに、それを成し遂げている。「世界で賞賛される『韓国』コロナ対策の凄み」https://toyokeizai.net/articles/-/340150)

 日本が「自粛要請」というユルイ対策にとどまっているのは(「自粛」なので何の補償もない)、欧米のような市民的自由の制約をともなう強制措置の法的根拠がないことにもよる。しかし本質はそこにはない。総力戦を妨げているのは、ひとえに民主主義の欠如だ。
一部には今回の事態を〝奇貨〟として、緊急事態条項を盛り込む憲法改正につなげようとの動きもあるようだが、安倍首相の会見とメルケル首相やジョンソン首相の演説を比べるまでもない。自粛を要請するだけで判断も責任も丸投げ、官僚が用意した原稿を読み上げるだけの会見しかできない首相から出てくるのは後出し・小出しの対策だけ。対策と称して「ナントカ券」が次々に浮上するに至っては「マヌケ」「無能」と言うしかない。長期戦を覚悟と言う一方で、何の補給もないのは大日本帝国以来の伝統芸か。

問題は強力な権限がないことではなく、政府と国民との民主的信頼の基盤が棄損されていることにある。
「感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ TIME誌緊急寄稿http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/)。データ改ざん、公文書破棄、検察トップの人事すら政権の都合で恣意的に行われる安倍政権によって、感染症との戦いで不可欠な政府に対する国民の信頼は地に落ちている。

ヨーロッパ各国は罰則付きの外出禁止令やイベント、集会の禁止など、市民的自由を厳しく制限する措置をとっている。その際に行われたドイツのメルケル首相やイギリスのジョンソン首相のテレビ演説が注目されるのは、「科学の専門家への信頼」に基づいたうえで、「社会が生き延びるために」という政治の決断と責任を、正面から引き受けるものとなっているからにほかならない。それによって「社会が生き延びるための市民的自由の制約」に対する国民的同意が調達される。(ヨーロッパ各国でも、また感染拡大防止のために個人情報を積極的に活用している台湾、韓国でも、市民の多くが政府の措置を支持している。)総力戦・緊急事態において、民主主義はこのように作動する。

 「つまり議会制民主主義をとる立憲主義的国家においては、社会統制を実現するためには、統制する敵を設定するうえで民主主義的な手続きを介した国民的同意の調達が不可欠ということだ。・・・そして、いまわれわれの目前に設定されている敵は、ウイルスである。ウイルスに対抗する国家的社会統制もまた、国民的同意にもとづく正統性を要する」(木下ちがや 「コロナ対策 従順なはずの日本がなぜ「総力戦」を闘えないか 〝動員〟を困難にしている民主主義の欠如」論座3/27

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020032600005.html?page=4)

 感染拡大を防ぐために移動や集会、経済活動の自由などをどこまで制約するのか。ここでは公衆衛生上の有効性とともに、立憲民主主義の観点からの問題設定と検証が問われる。
 「(独裁が許されるためには)共和政ローマを例にすると、三つの条件を満たすことが求められた。第一に、社会の存続にとって必要な一時的な措置に限り、恒久化は認めない。第二に、個人の自由を制約するのは他の同等の権利を守るときに限られ、しかも必ず論証が伴わなければならない。第三に、自らの政権を存続させるために緊急時の大きな権力を使ってはならない。不安に駆られた人々を安心させるためといった、あいまいな理由で緊急時の権力を振るっていいわけではない」(堀内進之介・首都大学東京客員研究員 朝日3/20)

 コロナウイルスとの戦いは「戦時」に例えられる。これは「社会が生き延びる」ための戦いであり、そのための「市民的自由の制約」だ。この戦いに必要な「信頼」(「人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)や国民的同意、そのための透明性、説明責任、検証などの民主主義に必須の要素を欠いたまま、なし崩し的に「戦時」に移行すれば、無責任、不信、分断が蔓延することになる。
3.11では社会的な連帯の萌芽が一時見られたが、現在ではむしろ無関心や分断が増幅している。太平洋戦争下の総力戦体制でも、多くの国民は大本営発表を信じてはいなかったが、不信感だけでは戦後の社会の変化には結びつかなかった。問われているのは私たちの民主主義、そして社会のあり方ではないか。

【「コロナ後」に問われる課題 <グローバル化×新自由主義×デジタル化>】

新型コロナウイルスは現代社会、とりわけ<グローバル化×新自由主義×デジタル化>というポスト冷戦期の社会の矛盾や問題点を、人類共通の課題として明らかにしている。

新自由主義とグローバル化は相乗効果的に発展してきた半面、それに伴うリスクに対応するグローバル・ガバナンスの体制は不十分なままだ。グローバル化によるヒトの移動の速さと規模が、新型コロナウイルスの急速な感染拡大をもたらした一方、グローバルな公衆衛生の体制は未確立なまま各国が対応するほかはない。短期的には人の移動を制限し、国境管理を厳しくしなければならないが、本質的には国際的な協力・協調こそが不可欠だ。今回の危機は、「自国第一主義」が幅を利かせてきた形勢から新たな国際協調へと転換する機会となるだろうか。

「感染症の大流行への本当の対抗手段は、分離ではなく協力なのだ」「この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた。その結果、今や私たちは、協調的でグローバルな対応を奨励し、組織し、資金を出すグローバルな指導者が不在の状態で、今回の危機に直面している」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)
例えばトランプ政権下で、米中関係は貿易戦争にとどまらない「新冷戦」ともいわれる様相を呈し、新型コロナウイルスについても非難の応酬を繰り返してきたが、こうしたことをいつまで続けるのか。

人類共通の課題ということから、中国・浙江大学の医師を中心に医療者向けに、武漢での治療経験をシェアするプラットフォームができている。(「ウイルスとの戦いをゼロから始めないで」中国の医師たちが治療経験をシェアするプラットフォームが誕生https://www.huffingtonpost.jp/entry/gmcc_jp_5e7c02bdc5b6cb08a927a084?ncid=tweetlnkjphpmg00000001)。
また中国はイタリアやセルビアなどに、物資とともに医療チームを派遣している。これを中国の影響力拡大のチャンスとするのか、それとも武漢の経験を人類共通の経験とするのか。公衆衛生が国境や政治体制を超えた人類共通の課題であるなら、中国が反対している台湾のWHO加盟も実現すべきではないか。

感染が大規模に拡大しているイランでは、アメリカによる制裁で必要な医薬品も不足している。イスラエルによる経済封鎖で「世界最大の監獄」といわれるパレスチナでも、感染拡大が懸念されている。感染症との戦いに、こうした対立や紛争を超えた「共通の課題」として取り組む知恵が問われているのではないか。
 「健康と言えば国家の単位で考えるのが当たり前になっているが、イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つ。この単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる」(ユヴァル・ノア・ハラリ 前出)。

経済的利益を中心にしたグローバル化は、一方で対立や分断を深め、「自国第一主義」が台頭することにつながった。問題はグローバル化を止めることではなく、国際的な協力・協調を、グローバル化に見合った水準にまで深化、発展させることであり、感染症との戦いをその糸口へとつなげることができるかだ。
ドイツは自国の感染対策にも追われるなか、医療崩壊の危機にあるイタリア北部からの患者受け入れに踏み切った。風前の灯だったヨーロッパ統合の理想が、人々の支持を獲得する糸口になるだろうか。またそれは、より緊密な新たな国際協調への一歩となるだろうか。

パンデミックの危機は世界経済の危機にも直結している。当面の危機に対しては、大規模な財政出動で対処する以外にはない。各国は営業停止や失業に対する補償や給付、税や社会保険料、光熱費などの猶予や延期などの対策を打ち出している。(安倍政権が「マヌケ」と言われるのは、①「自粛」に対する給付がまったくないこと ②必要なのは「景気対策」ではなく、緊急の生活保障対策であることが、まったくわかっていないからだ。)

では「コロナ後」の世界経済を危機以前の姿に戻すのか。
新自由主義経済の下で広がった国境を超えたサプライチェーンは、経済合理的ではあるが大きな脆弱性も内包している。例えば感染症対策に不可欠な医療用マスクの製造は、世界的にも中国に大きく依存している。その中国での生産中止によって、感染症との戦いの最前線である医療機関は深刻なマスク不足に直面した。さらに言えば抗生物質についても、経済合理性から中国が生産の大部分を担っているという。いのちに関わる製品の供給を経済合理性に委ねるのではなく、社会の安全保障の観点から再編すべきではないか。

「コロナ後」の世界経済には、経済合理性によるグローバルなサプライチェーンや自由貿易などと、経済合理性とは別に国民経済や社会の安全保障の観点から維持する領域を、どうバランスさせるかが問われる。(地域に引き付けて言えば、災害対応や除雪などに地域の土建業は不可欠であり、その生業を維持するために一定の公共工事を発注することは、行革や効率とは別に地域を維持するために必要な投資であり、またそれが地域内で循環することを促進することで、国民経済の基礎である地域経済が成り立つことになる。)

もうひとつは、大規模な金融緩和によって株価を維持することで成り立たせてきた新自由経済の破局に、どう向き合うかということだ。
「つまり感染症への対応にとどまらず、経済対策がより大きな、根本的なチャレンジになっているわけです。すでにリーマンショック以降、西側の資本主義はある意味で、新自由主義的な発想の破綻を示しています。経済が伸びている間、とくに株式市場が上昇を続けている間は市場に不介入といっていますが、危機のときには政治に介入を求める。それが二〇〇八年以降は金融緩和だったわけですが、十二年間金融緩和をやってきて、結局は危機から抜けだせなかった。コロナの前から、その効果はほぼ失われつつあったわけです。
そういう状況で改めて、金融政策の不十分さが示されている(金融緩和をしても株価の下落に歯止めがかからない)」(中西寛・京都大学教授 前出)。

金融政策で危機を先送りしてきた新自由主義の手法は、いよいよ破局を迎えつつある。カネがカネを生むことでGDPを膨らませる経済から、GDPの中身や質を問う、成長の質を問う経済への転換。「脱炭素化」は、そのひとつの糸口ではないか。

感染症との戦いでは、情報テクノロジーも大きな要素となる。5Gは情報テクノロジーがSNSやIoTという段階から、スマートシティのような社会インフラの基盤となることを意味している。監視社会の側面も持つこうしたテクノジーをどう使っていくのか。
中国は感染拡大防止のために、顔認証をはじめとするITテクノロジーを徹底的に活用した。また台湾や韓国でも、隔離者の健康管理や感染情報の周知などで情報テクノロジーが積極的に活用された。中国では初期に感染情報の隠蔽があったように、情報統制や社会監視の側面が強調される。一方、台湾や韓国では市民に対する徹底した情報開示と、それに基づく協力のツールとして活用されている。

よく知られているように、台湾で行政府として積極的にITテクノロジーを活用しているのは、「ひまわり運動」にも参画した唐鳳氏だ。
「偽情報の多くは中国本土から配信されている。にもかかわらず、台湾では独立派の政治家の支持率が上昇している。唐氏はここに政治家と市民の相互関係があるとみている。政治家が一般市民の政治への直接参加の機会を広げれば、市民は政府への信頼をより強めるのだ。ソーシャルメディアが『偽の敵対感覚』を生む以上に、台湾では分散化技術を通じて人々が『現実を共有している感覚を持てる』ようになってきたと唐氏は言う」(ラナ・フォルーハー 日経2/21)

デジタル技術をどう使いこなすのかを決めるのは、社会のあり方にほかならない。デジタル技術の利用において、日本は中国、台湾、韓国はもとより東南アジア諸国にも後れを取っているのが実態で、こうした現実に向き合えるかということも問われるが、同時に不信や分断、無責任が蔓延する社会では、どんな優れた技術であっても使いこなすことはできない、という冷厳な事実にも向き合わなければならない。

【自治が問われる 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を】

特別措置法では、感染症との戦いにおいて都道府県知事に大きな権限が付される。首相の思い付きのような突然の学校閉鎖でも、学校を管轄する自治体とりわけ首長には、どれだけ現場(学校、先生、家庭、地域、社会生活全般)に即した対応を取れるかが試された。国の要請に唯々諾々と従って現場に丸投げするだけなのか、国の要請はそれとして(「端から従うつもりはなく」という首長もいた)、社会生活の維持と感染拡大防止のバランスをぎりぎりで取りながら、地域の実情に即して考え抜いた対策を取ったのか。その違いは市民にもよくわかったはずだ。

「誰がなっても同じ」「どうせ変わらない」と選挙にさえ行かなければ、愚かでマヌケな政府の決定で生活が立ちいかなくなるかもしれない。そのときに大事なのは、もっとも身近な自治体の首長ではないか。
和歌山県知事は、国の基準を無視して独自にウイルス検査を行い、県下の病院での感染を早期に封じ込めた。学校閉鎖で保護者が仕事に行けない、「自粛」で収入が減るなどの事態に対して、独自の給付を行ったり、上乗せしたりする自治体も複数存在する。地域の実情に即して〝いのちとくらし〟を守るために必要な施策を打つからこそ、国に対してもモノ申すことができる。
地域が自己決定できる地方自治の力は首長だけではなく、議会、市民それぞれにも試される。

 もうひとつは、私たちの社会のあり方だ。「風邪くらいで会社を休むな」という社会では、「体調が悪い場合は自宅静養」という初期の対策さえ取りにくい。また学校閉鎖でも明らかになったのは、先生も看護師も医師も保育士もいっぱいいっぱい、学校も病院も保育園もどの職場も、ギリギリの状態で何とか回していたということだ。「コロナ後」に元に戻すのではなく、持続可能な社会のあり方にむけて働き方、暮らし方から再構築しようではないか。

 また「自宅療養」と言われても、そのための部屋さえないという住宅格差は厳然と存在するし、増加する一方の単身世帯では自宅療養もままならない。「感染症は不平等のリトマス試験紙」と言われるそうだが、感染症の被害はもちろん、感染拡大防止に伴うさまざまな社会的経済的なしわ寄せも、弱い立場の人々により多くもたらされる。新自由主義の下では健康すら「カネ次第」「自己責任」とされてきたが、「社会の健康を守る」という観点からの多角的な社会政策が必要ではないか。

 イタリアで感染が拡大して医療崩壊に至っている一因は、近年の緊縮政策で病院などの医療施設が縮小されてきたことにあるという。最近日本でも、医療費削減のために病院の統廃合が計画されている。カネで健康を買うしかない社会では、ゲーテッドシティのように金持ちの健康は守られるが、弱者は放置される(それも自己責任で何とかするしかない)と思うかもしれない。しかし感染症で社会が崩壊する危機の前には、ゲーテッドシティも無力だ。

 新自由主義―自己責任に代わる社会のあり方を構想するときではないか。そのためには〝いのちとくらし〟の現場で何が問題なのか、幅広い現場の声を聞き、そのなかから共通の課題を整理し、効果的な対策へとまとめ上げるとともに、それらを体系立てることで政策思想の軸の転換へとつないでいくことが、不可欠だ。そしてそれこそが本来、議員や政党に求められる役割であり、また議員や政党だからこそできる役割にほかならない。

(「日本再生」491号 一面より)

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石津美知子
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Index 
□3/10「囲む会」中止のお知らせ

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3月10日開催予定の「戸田代表を囲む会」(ゲストスピーカー 小川淳也・衆院議員)は
新型コロナウイルス感染拡大予防のため、中止します。

ご了承のほど、よろしくお願いいたします。

なお、小川議員のインタビューを「日本再生」491号(4/1)に掲載する予定です。

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石津美知子
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Index 
□「囲む会」ならびに「シンポジウム」中止のお知らせ

□コロナに負けないリテラシーを!

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 「囲む会」ならびに「シンポジウム」中止のお知らせ 
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3月10日の「囲む会」(ゲストスピーカー 小川淳也・衆議院議員)
ならびに
4月11日のシンポジウム(「新たな国際協調と民主主義の復元力を考える」)は
新型コロナウイルスの感染拡大リスクを考慮して、中止させていただきます。
ご了解のほど、よろしくお願いします。

すでにシンポジウムのチケットを購入いただいた方には、
担当者より返金させていただきます。

小川議員については、「日本再生」4/1号にインタビューを掲載予定。
シンポジウムについては、改めて時期をみて開催する予定です。

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コロナに負けないリテラシーを!
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最大の脅威は、「未知のウイルスだ」と不安をあおられること。
政府が不安をあおっている感がありますが、情報が錯綜しているからこそ
コロナに負けないリテラシーを。

◇新型コロナ感染拡大防止のために、どこまですべきか。(国際医療福祉大学 和田教授)

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada-2?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter

(「新型コロナウイルス10の知識」も含む)
◇専門家会議の見解について(東大医科学研究所 武藤教授)

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-muto?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter

◇ペスト時代の教訓から学べ ミラノの校長先生から生徒への手紙

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-00000002-ovo-life

◇国内感染状況 ビジュアル化

https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/

「一斉休校」では、各自治体の自立度が如実になりました。政府の言いなりになって現場(学校や家庭)に丸投げする自治体と、埼玉県や千葉市や和光市のように、可能な限り暮らしの現場とともに動こうとする自治体と。
「どうせ変わらない」と投票にさえ行かなければ、愚かで無能な政府の「思いつき」に振り回されることになるのだということ。そして「くらしといのち」に関わる自治体の大切さと、その長と議会を選んでいるのは「あなた」であり「わたし」だということ。

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石津美知子
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Index 
□囲む会のお知らせ

□書籍のご案内

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 囲む会のお知らせ 
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□第209回 東京・戸田代表を囲む会
 「安倍政治をどう検証し、対峙するか」(仮)
 3月10日(火) 1845から
 ゲストスピーカー 小川淳也・衆議院議員
 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
 同人1000円  購読会員2000円

以下に、小川議員の寄稿があります。
「桜を見る会問題 我々野党の責任を嚙み締める
国家国民への真摯な思いから湧き上がる正義感、倫理観、使命感、責任感に基づく追及を」

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020020700007.html

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総会のお知らせ  民主主義の復元力をどう準備するか
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□第208回 東京・戸田代表を囲む会
 「民主主義の復元力をどう準備するか~総会にむけて」
 2月22日(土) 1300から1800
 戸田代表の問題提起と討議
 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

□第九回大会 第二回総会
 5月9日(土) 1000から1800
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

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外交・安全保障シンポジウム
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4月11日(土) 1300から1700
TKP御茶ノ水カンファレンスセンター ホール2B
中西寛・京都大学教授  李鍾元・早稲田大学教授
川島真・東京大学教授  大庭三枝・東京理科大学教授
吉田徹・北海道大学教授
参加費 2000円

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書籍のご案内
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「ポスト安倍政治」に不可欠な「経済・社会の形」。民主主義の復元力や自己修正力を支える社会的経済的基盤を、どうつくりだしていくか。
その指針を考える好材料として。

●資本主義の新しい形
諸富徹 岩波書店 定価2600円(+税)のところ、著者割引にて2300円(税込み)で。

長期停滞の構造要因としての「資本主義の非物質的転回」。それが持続可能で公正な社会たりうるために必要な「社会的投資国家」とは。

●政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない
田中信一郎 現代書館 1700円+税

タイトルとは違って、人口減少、気候変動などの「制約」のなかで、持続可能で公正な社会をめざすための政策思想の軸の転換について、民主党政権の失敗も踏まえて、わかりやすく整理されています。


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 
□ 破局を迎えつつある「時間稼ぎ」の資本主義(新自由主義)、
問われる民主主義の復元力とその基盤づくり

● 気候危機が問う民主主義の持続可能性   
● 民主主義の復元力を支える社会的経済的基盤をどうつくりだしていくか

□囲む会のお知らせ

□映画のご案内

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破局を迎えつつある「時間稼ぎ」の資本主義(新自由主義)、
問われる民主主義の復元力とその基盤づくり  
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●気候危機が問う民主主義の持続可能性
 
今年のダボス会議にむけて発表されたグローバルリスク報告書では、今後起こりうるリスクの上位5つがすべて気候・環境関連で占められた。影響度の上位5リスクも「大量破壊兵器」を除いて気候・環境関連。資本主義の「中心」ともいえるダボスでさえ、気候危機はもはや「経済活動の土台そのものへの脅威」と認識されつつある。COP25で化石賞を受賞し、いまだに「経済か環境か」という議論が幅を利かせている日本は「ガラパゴス」というべきか。
気候危機はいまや「将来のリスク」ではなく、私たちの生存を脅かす「今そこにある危機」であり、グレタさんが主張するように「現在のシステムのなかに解決策が見つからないなら、システムそのものを変えるべき」ところにきている。一万一千人を超える科学者が支持した「気候危機の警告」という調査報告は、過去四十年間のデータに基づいて、化石燃料から再エネへの転換や、GDPの成長や富の追求ではない経済への転換など、経済成長を前提としたシステムそのものの転換を提言している。

パリ協定は、世界の平均気温を「産業革命前と比較して2.0℃以内に収める」ことを目標としていたが(ただし今のところパリ協定を守っても3.7℃上昇!)、ICPP(気候変動に関する政府間パネル)が2018年にまとめた報告書では、2.0℃上昇でも干ばつや海面上昇、食料不足など破壊的な経済・社会的影響を及ぼすとされている。こうした「不都合な真実」は、このところの異常気象や森林火災がもたらしている経済・社会的影響の大きさからも実感できるはずだ。

破局的な状況を避けるためには1.5℃が上限とみなされているが、このままでは早ければ2030年にもその上限に達してしまう。1.5℃という目標を達成するためには、2050年までに純排出をゼロにしなければならない。このような劇的な削減のためには「気候危機の警告」で提言されているような、経済成長を前提としたシステムそのものからの転換が不可避ということだ。「経済と環境の両立」ではなく、持続不可能なシステムから持続可能なシステムへの転換―転轍こそが問われている。

気候変動はヨーロッパを中心に選挙の争点となりつつある。アメリカでも民主党員の八割が温暖化を最優先課題に挙げている。アムネスティ・インターナショナルの調査(22カ国の18~25歳1万人以上を対象)では、23の課題リストから主要な5つを選ぶ設問で、回答者の41%が選んだ最も多かった課題は「気候変動」だった。これは世界の政治指導者たちに対するウェイクアップ・コールだと言われている。「今だけ、自分だけ」の消費者民主主義では「ガラパゴス」さえ維持できない。

持続可能なシステムへの転換は、気候変動対策にとどまるものではない。気候危機は構造的な不公正とリンクしている。昨年のクレディ・スイスの発表によれば、世界人口の0・9%が世界の富の43・9%を所有するとのこと。同じようにCO2排出量にも国や階級、企業によって圧倒的な差があるが、総じていえば排出量が少ない人々―若い世代や未来の世代、そして途上国や先進国のなかでも社会的に弱い立場の人々のほうが、排出量の多い豊かな人々よりも圧倒的に気候変動の被害に晒されるということだ。

 持続可能なシステムへの転換は、こうした不公正―権力・従属関係を正すことでもある。佐々木寛氏は「植民地主義」という表現で以下のように述べている(「日本再生」488号より)。
「これに関連してもうひとつ、私が重要だと思っているのは、未だに残る「国内植民地主義」の問題です。これは格差社会ともつながるのですが、新潟では例えばエネルギー植民地主義、沖縄なら安全保障植民地主義の問題です。つまり中央のために、「最大多数の最大幸福」のために、お前たちは犠牲になれと。この考え方を、あえて植民地主義と呼びたいと思います。自分たちだけが生き残ればいいとか、白人だけが豊かになればいいとか、こういう論理で民主主義をやっていくと植民地主義を増長させることになります。
 私が最近、「エネルギー民主主義」と言っているのは、この話に関連します。自分が使っているエネルギーが他者をどれだけ犠牲にしているか、ということを気にしないといけない社会になっている。市民社会や民主主義というものが、コロニアリズムからどれだけ卒業できるかということが、二十一世紀の課題だと思うのです。」

「よく原発は地元の経済にプラスになるといわれますが、それは神話、もっと言えば東京の人が作った神話です。新潟日報という地元紙が調査した結果、原発は地元経済に貢献していないことが明らかになっています。(例「崩れた原発『経済神話』」明石書店)
 一部のエリートや権力者にお金がいくのは確かです。でも地域経済にある種の依存性が生み出されますし、地域が本当に発展するかといえばまったくそんなことはない。しかも四十年たって廃炉ということになれば、その後はもはや永遠のマイナスでしかない。地域の一部の人を、しかも一時期だけ潤わせることはできても、地元の持続可能な経済には貢献しないというのが原発についての正確な認識です。
 ではどうするか。自然エネルギーは世界中どこにでも身近にあるし、タダで手に入る。それを利用して、自分で使うエネルギーを自分で作る。地域がそうなっていくと、自治が発達する。自然エネルギーによるエネルギー・デモクラシーが大事なのは、それが地球温暖化問題への対応というだけでなく、民主主義の新しい下部構造を作るからです。民主主義の制度を支えるポスト・コロニアルな下部構造を作っていく」

 植民地主義といわれるような構造的不公正の持続不可能性―破局が見え始めているときに、「今だけ、自分だけ」の消費者民主主義で逃げ切れるのか。自治の当事者性と自己決定力を鍛えることこそが問われている。

●民主主義の復元力を支える社会的経済的基盤をどうつくりだしていくか

「『我々の知っている資本主義は死んだ』。21日のダボスでの討論会で、顧客情報管理の大手、米セールスフォース・ドットコムのマーク・ペニオフ最高経営責任者(CEO)が声を上げた。企業は株主への利益の最大化にばかり目を奪われ、『不平等と地球環境の緊急事態を招いた』と語った」(日経1/23)
冷戦終焉からの三十年は、グローバル化×新自由主義×デジタル化と表現できるだろう。その結果、気候危機と「1%対99%」といわれるような圧倒的な格差が、社会の持続可能性そのものを脅かすまでになっている。資本主義と民主主義の双方が制度疲労を起こしており、そこから生じる社会の分断にデジタル化が拍車をかけている。

「歴史をみれば、民主主義体制が安定し、体制として完全な正当性を得ていた時期は例外的なものだということがわかる。ハンチントンが指摘したように、19世紀半ばの民主化は20世紀前半のファシズム、コミュニズムの台頭をみたし、戦後にも東西冷戦と南米・南欧の権威主義政権が存在していた。それでも、戦後に西側諸国の政治体制が安定的に推移し、体制として定着したのは、戦前の急進的な政治勢力が正当性を失い、変わって持続的な経済成長とその恩恵に預かった中間層の存在があったからだ。中間層が社会で多数派となったのは人類史上初めてのことだ。
ブルジョワ勢力に代表される資本主義(リベラリズム)と、コミュニズムとファシズムが旗手たろうとした民主主義(デモクラシー)が衝突し、戦争にまで至ったのが第二次世界大戦の経験だった。戦後はこの両者を、大きくなった政府が媒介した。しかしガバナンスの司令塔が不在のまま推移している現状では、資本主義と民主主義が再び衝突するようになった。
グローバル資本主義は前者の代表であり、ポピュリズムは後者の代表だろう。両者を強権的手法でもってすり合わせようとしているのが先の「競争的権威主義」の国々ということになる。これは冷戦に変わる新たな体制間競争の呈をなすことになるかもしれない」(吉田徹・北海道大学教授 「日本再生」488号)。

「競争的権威主義」とは、普通選挙が行われていても特定の政党や指導者が権力を独占し続ける体制を指す。普通選挙は行われていないが、「人民民主主義」と「グローバル資本主義」を強権的手法ですり合わせているという点で、中国はひとつのモデルといえるだろう。効率的な統治―決められる政治!―は、その「強み」と言えるかもしれない一方、異論や多様性、多元性を排除した中央集権は、今回の新型肺炎への対応が後手に回ったことにも見られる脆弱さを内包する。

 「強力な政権が常に『正しいこと』を行うなら最も効率的な政治体制だろう。しかし未来は誰にも正確に予測できない以上、指導者は間違える可能性があり、誤りを修正する仕組みも必要だ。中国のような独裁制は効率的かもしれないが、自己修正力においては民主制がまさる。それこそが『法の支配』や『権力の分立』の強みである」(中西寛 12/15毎日)
民主主義は単なる多数決ではないし、選挙独裁でもない。必要なのは、グローバル資本主義・新自由主義が求める効率のよい統治ではなく、民主主義の復元力や自己修正力だ。それを支えるのは社会―私たち―の自己統治(自治)・自己決定力にほかならない。

「私たちは確かに、当時民主化を先導した国でした。今や、EUの中で脱民主化を先導する国になってしまいました。民主化でせっかく立派な制度を築いたのに、社会がそれを支えられなかったのです」(マイテニ・バラジュ ブダペスト大学准教授/国末憲人 Globe+ 1/26)
民主主義の復元力や自己修正力を支える社会的経済的基盤を、どうつくりだしていくか。社会政策もここから考えていく必要がある。言い換えればそれは、私たちがどんな社会の価値観を選ぶのか、ということだ。例えばこのように。

「…スーパーの非正規雇用で働く勤続一〇年のシングルマザーが、『昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか』と相談してきた…あなたならどう答えるか。…私が回答例を書けば、以下の三つが考えられる。
①賃金は労働者の生活を支えるものである以上、年齢や家庭背景を考慮するべきだ。だから女子高校生と同じ賃金なのはおかしい。このシングルマザーのような人すべてが正社員になれる社会、年齢と家族数にみあった賃金を得られる社会にしていくべきだ。
②年齢や性別、人種や国籍で差別せず、同一労働同一賃金なのが原則だ。だから、このシングルマザーは女子高校生と同じ賃金なのが正しい。むしろ、彼女が資格や学位をとつて、より高賃金の職務にキャリアアップできる社会にしていくことを考えるべきだ。
③この問題は労使関係ではなく、児童手当など社会保障政策で解決するべきだ。賃金については、同じ仕事なら女子高校生とほぼ同じなのはやむを得ない。だが最低賃金の切り上げや、資格取得や職業訓練機会の提供などは、公的に保障される社会になるべきだ」(小熊英二「日本社会のしくみ」)

「努力すれば報われる」ということが実感できるとは、どういう社会なのだろう。あるいは「自分の参加で社会や政治が変わる」と実感できるとは、どういうことなのだろう。雇用、教育、福祉といった人生設計の基本にかかわる「社会のしくみの束」を、消費者民主主義(今だけ、自分だけ)ではなく、持続可能性から考えるとはどういうことだろう。
そうした当事者性を涵養するうえで重要なのが、自治の現場である。それは地域に限定されるものではなく、「課題を共有する」ところにうまれる場にほかならない。

「国家をはじめとする既存の政治的コミュニティそのものを否定するのではなく、ローカル・コミュニティの〈自治〉が自在に織りなすネットワークによって、既存の政治構造にボトムアップの意思決定のプロセスを実現する」(佐々木寛 世界1月号)。
 課題を共有するところに生まれる自己統治(自治)の力から、民主主義の復元力を。

(「日本再生」489号 一面より)
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 囲む会のお知らせ 
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□第207回 東京・戸田代表を囲む会
 「基礎的自治体と広域連携のあり方について」
 2月3日(月) 1845から
 ゲストスピーカー 幸田雅治・神奈川大学教授
 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
 同人1000円  購読会員2000円

□第209回 東京・戸田代表を囲む会
 「安倍政治をどう検証し、対峙するか」(仮)
 3月10日(火) 1845から
 ゲストスピーカー 小川淳也・衆議院議員
 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)
 同人1000円  購読会員2000円

□第40回 戸田代表を囲む会in京都
 「『地域から考える』とは~京都を例に」(仮)
 2月15日(土) 1830から
 ゲストスピーカー 岡田知弘・京都大学名誉教授
 ハートピア京都 第5会議室
 参加費 1000円(学生 500円)

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総会のお知らせ  民主主義の復元力をどう準備するか
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□第208回 東京・戸田代表を囲む会
 「民主主義の復元力をどう準備するか~総会にむけて」
 2月22日(土) 1300から1800
 戸田代表の問題提起と討議
 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

□第九回大会 第二回総会
 5月9日(土) 1000から1800
「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

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外交・安全保障シンポジウム
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4月11日(土) 1300から1700
TKP御茶ノ水カンファレンスセンター ホール2B
中西寛・京都大学教授  李鍾元・早稲田大学教授
川島真・東京大学教授  大庭三枝・東京理科大学教授
吉田徹・北海道大学教授
参加費 2000円

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映画のご案内
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●「プリズン・サークル」

私たちの社会が暴力や貧困から回復するために何が必要なのか・・・

「島根あさひ社会復帰促進センター」は、官民協働の新しい刑務所。警備や職業訓練などを民間が担い、ドアの施錠や食事の搬送は自動化され、ICタグとCCTVカメラが受刑者を監視する。しかし、その真の新しさは、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを日本で唯一導入している点にある。なぜ自分は今ここにいるのか、いかにして償うのか? 彼らが向き合うのは、犯した罪だけではない。幼い頃に経験した貧困、いじめ、虐待、差別などの記憶。痛み、悲しみ、恥辱や怒りといった感情。そして、それらを表現する言葉を獲得していく…

《監督のメッセージ》
刑務所が舞台ではあるけれども、刑務所についての映画ではありません。
犯罪者と呼ばれる人が主人公ですが、彼らだけの話ではありません。
他者の本音に耳を傾けることで、言葉を、感情を、人生を取り戻していく。
彼らも、私たちも、そこからしか出発できない。
犯罪をめぐる、四半世紀あまりの取材を通して実感してきたことです。
彼らの言葉に、じっと耳を傾けてみてください。
今まで見えなかった何かが、見えてくるはずです。

シアター・イメージフォーラム(渋谷)ほかで公開中

https://prison-circle.com/index.php?id=theater

●淪落(りんらく)の人

香港中を涙と希望で包んだ感動作
事故で半身不随になった中年男とフィリピン人家政婦との物語
主演は、雨傘運動を支持したために俳優活動を封殺された香港映画の名優、アンソニー・ウォン。

「この映画は、かつての香港映画にはなかったテーマを扱っています。こういう企画には、まずお金が集まらなかったでしょう。私は、新しい時代の、新しい現実を見つめる若い世代に、ゼロから新しい香港映画界を作ってほしいと思っているんです」 と、この映画に賭ける思いを語っている。

『淪落の人』自由を失くした香港映画の未来のために。デモ支持で封殺された名優アンソニー・ウォンの思い

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story-movie-hongkong_jp_5e3271e0c5b69a19a4a9fc1c?ncid=other_twitter_cooo9wqtham&utm_campaign=share_twitter

映画のサイト

http://rinraku.musashino-k.jp/

新宿武蔵野館ほかで公開中


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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp