メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(17.1.13)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆第170回 

「集団的自衛権を考える」(仮)

 1月19日(木) 午後7時から

 ゲストスピーカー 篠田英朗・東京外国語大学教授

◆第171回
「TICAD Ⅳと日本のアフリカ政策」

2月13日(月) 午後6時45分から
ゲストスピーカー 坂井真紀子・東京外国語大学准教授

◆第172回
「どうなる トランプのアメリカと中国」

2月18日(土) 1600から
ゲストスピーカー 朱建榮・東洋学園大学教授

 
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◆戸田代表を囲む会in京都

 「立憲民主主義をよりよく機能させるために~憲法を論じる共通の土台をどう作るか」

 2月8日(水) 午後6時30分より

 コープイン京都

 講演とディスカッション 曽我部真裕・京都大学教授、福山哲郎・参院議員

             泉健太・衆院議員、隠塚功・京都市会議員

 参加費 1000円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №219(16.12.28)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□民主主義のイノベーション、21世紀の課題先進国への挑戦。

「未来への責任」を地域に根ざして語り、ともに深める一年に。

 ●国境を超える民主主義のイノベーション 21世紀の課題先進国への挑戦

 ●「未来への責任」を担ううえで、私たちが向き合うべき問いとは

□「囲む会」のご案内 

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民主主義のイノベーション、21世紀の課題先進国への挑戦。

「未来への責任」を地域に根ざして語り、ともに深める一年に。

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【国境を超える民主主義のイノベーション 21世紀の課題先進国への挑戦】

 2016年は、第二次世界大戦以降で、もっとも民主主義の限界と欠点が明白になった年といえるだろう。民主主義は人権の尊重や社会的連帯のためのツールである一方で、憎悪と対立を増幅するツールともなりうるのだ。ファシズムと世界大戦をめぐる二十世紀の歴史的な教訓を踏まえ、二十一世紀の民主主義のイノベーションへの一歩を拓けるか。2017年はそれが問われる。

 二十世紀後半に民主主義が支持され、定着したのは、その理念の正当性によってというよりも、それが豊かな中間層を形成することができたからにほかならない。資本主義と民主主義は車の両輪となって、世界規模での「戦後民主主義」を支えてきた。しかしグローバル化の進展と新自由主義の台頭は、資本主義と民主主義の新たな矛盾を顕在化させている。

 「国家はグローバリズムを統御する主体としてではなく、これに棹差すようになったことで、課税権と金融市場のコントロールを自ら手放してしまった。その結果、自らの選択によって民主的な政府・統治が可能だとする政治的信頼も損なわれていくような、『二重のコントロール・ギャップ』(クラウス・オッフェ)によって民主主義の空洞化が進んでいる。中間層によって民主主義が支えられてきたのであれば、中間層の没落はそのままデモクラシーの後退を意味するだろう」(吉田徹「『グローバリズムの敗者』はなぜ生まれ続けるのか」 世界1月号)

 

 三月にはオランダで総選挙が、フランスでは四月から五月に大統領選挙、六月には国民議会選挙が、ドイツでは九月に連邦議会選挙が予定されている。2016年、EU離脱のイギリス国民投票、アメリカ大統領選挙に現れた「やせ細る中間層」の怒りや憤りが、さらに増幅されるのか。あるいは野放図なグローバル化をマネージすることと、国内の再分配政策を再構築することを組み合わせる包括的な構想を可能にする、政治の可能性―民主主義のイノベーションへの糸口を手にしうるのか。

 これは先進国だけの課題ではない。グローバル化のマネージや国内の再分配は中進国も含めた課題だ。ギリシャ債務危機、アジア通貨危機など、グローバル化の猛威により晒されるのは中小国であり、またロシア、中国といえども、そこから自由ではありえない。さらにグローバル化を放置したまま「99%対1%」といわれるような格差が野放しにされれば、国内秩序さえ脅かされることになるのは、先進国のみならず中国も本質は同じだろう。

 再分配も同様だ。グローバル化とともに少子高齢化、低成長、脱工業化といった変化に対応した再分配政策の再構築は、先進諸国のみならず中所得国にとっても「明日はわが身」であり、中国とて「他人事」ではいられない。資本主義と民主主義の再契約をなしうるかは、二十一世紀の課題先進国にむけた普遍的な挑戦だ。

 これは一国だけでなしうるものではない。国境を超えた民主主義のイノベーションの波、その相互連鎖を作り出せるか。私たちの民主主義も、その一翼を担えるかが問われている。

 「やせ細る中間層」の怒りや憤りの噴出は、新たな「政治の季節」の到来でもある。「特権的な5%、リスク意識を高め不安定な75%、社会的に排除された20%」(「分断された社会は乗り越えられるのか」今井貴子 世界9月号)という分断社会のなかで問われているのは、移民や外国人などに仮託しない形で生活や社会への不安を表出し、異なる他者と議論(闘議)できる場、関係性を作り出せるかだろう。生活の利害や社会への不安が否応なく政治化し、鋭く対立するように見えるときにこそ、政治が問われる。

 「……人間生活の政治化ということだと思います。『政治化』とは、イデオロギーということではなく、地域に根差した人たちがどうやったら生きていけるか、それを調整し組み立てるということです。~そうした本来のポリティクスないしは政治的経済によって、グローバル化に対抗する。アメリカで今回それを担ったのがサンダースの支持者たちでした。~(『アメリカ第一』のトランプのポリティクスに対し、『この地域の我われ住民』という/引用者)サンダースの訴求力がトランプのそれより少し弱かったとすれば、それは、結局『敵』をつくりだして自らの立ち位置を固める、そうした言説で支持者をまとめるほうが勝ちを占めたということでしょう」(西谷修「アメリカのない世界」 世界1月号)

 「敵」をつくりだす政治化か、「この地域の我われ住民」という政治化か。イギリスの国民投票でEU離脱派の合言葉は「コントロールを取り戻せ」だったが、グローバル化に対抗するナショナリズム―政治化にも二つの異なる方向性がある。

 「……『スコットランド独立投票は、ナショナリズムには民族的ナショナリズムと市民的ナショナリズムの二種類があるということをイングランドに示した』と言った。英国のナショナリストたちが『よそ者は出ていけ』と排外しているときに、スコッランドでは国の命運を決める投票権を在住外国人に渡していた。~中略~二〇一四年の英国とスコットランドはまったく違う形でアンチ・グローバリズムを表出させた」(ブレイディみかこ「ヨーロッパ・コーリング」岩波書店)

 「やせ細る中間層」の怒りや憤りの噴出を、どのように政治化していくのか。「トランプは問題解決にはほど遠いですが、彼のおかげで、問題を否定し続けることはできなくなりました。人々が利害を軸に集団をつくり、そのために進んで戦うという、生々しい意味での政治制度の復権。そこに私はまだ、希望を持っています」(シュトレーク 朝日11/22)。民主主義のイノベーションへの挑戦だ。

【「未来への責任」を担ううえで、私たちが向き合うべき問いとは】

  

 世界が第二次大戦以来の試練を迎えるであろうなかで、日本に生きるわれわれはどのように「未来への責任」を担っていくことができるだろうか。

 

 トランプのアメリカは、アメリカ主導の秩序に寄りかかっていさえすればよい、という「自明性に埋没した思考停止の蔓延に気付きを与える」(宮台真司 朝日11/25)だろう。「今の日本が混乱するのは当然です。絶望的な状況の自覚から始めるのです」(同前)。今回はこれができるか。

 中国大陸での場当たり的な戦線拡大から日米開戦に至る「あの戦争」の過程では、「絶望的な状況の自覚」すらできなかった。「自明性に埋没した思考停止の蔓延」からは、当事者性は生まれない。当事者性が欠落した無責任連鎖のなかでは「気付き」さえも生じない。ここを今回は越えられるか。

 「日本では開戦を軍部の独走と考える人が多いでしょう。~実際は、要所要所で戦争回避とは異なる選択を続け、自ら後戻りを難しくしたのです。政府や軍部にも開戦反対をほのめかす人はいました。しかし、身を挺し戦争に歯止めをかけようとする指導者はいませんでした。~開戦は多くの公式、非公式の会議を経て下されました。にもかかわらず、指導者層にことごとく当事者意識が欠けていました。東京電力福島第一原発の事故も新国立競技場の建設も、事後処理や決定過程が75年前と酷似しています。(責任の所在が不明/引用者)~開戦の決断を取り囲む状況を『空気』『雰囲気』でよりよく説明することはできます。しかし判断ミスや勇気の欠如は、自然発生しません。責任はあくまでも人間にあるのです」(堀田江理 朝日12/7)

 しかり。問題は「空気」ではない。責任はあくまでも人間にある。そしてフォロワーがフォロワーとしての責任を互いに問いあう型を持たなければ、リーダーの責任を問う作法は作れない(一億総懺悔→総無責任)。

 「国民の多くは対英米強硬論に与しつつ、同時に『戦争はぎりぎりのところで回避されるのでは』との希望的観測をも抱いていたのではないでしょうか。そのような意味で12月8日は『国民が国家の行く末に十全に関われなかった』ことを噛み締める日だと思います。

 『軍部の失敗』という総括は、現在、戦前期の軍部と同様の組織がない以上、実のところ痛くもかゆくもない総括です。そうではなく、社会に溢れているみせかけの選択肢を『本当の選択肢は何だったか』と置き換えて考える癖、言い換えれば『歴史に立ち会う際の作法』というもの、これが(日米開戦に至る/引用者)3つの失敗の事例から学べるものだと思います」(加藤陽子 日経ビジネスオンライン12/7)

 加藤氏は「本当の選択肢とは」と問うような態度の例として、次のように述べている。「(TPPについて)政府が私たちに示す選択肢が、『世界のGDP4割、人口8億の沃野に打ってでるか、それとも国内に引きこもるか』だとしても、その見せかけの選択肢の文句に惑わされることなく~中略~(日米両国が批准しなければ発効しないという)事実を前提として、なぜ日本政府が国会承認を急ぐのか、それを問うような態度を是非とも歴史から身につけたいと思います。『日米両国の批准がなければ発効しない協定が、アメリカの不参加にもかかわらず、承認を急がされるのは何故なのか』という形に、問いの形を変えていけばよいのです」(同前 12/8)。

 思考停止に陥らない問いの発し方。それは個々人の自覚だけでできるものではなく、人々の関係性のなかでこそ可能になる。イギリスの国民投票がウソが横行する「デマクラシー」と言われ、アメリカ大統領選挙が「ポスト真実の政治」と言われたように、怒りや憤りが政治的に噴出されるなかでは、「事実」や「真実」はどうでもよいものとされがちだ。ファクトチェックは大切だが、感情を事実や論理、合理的判断だけで納得させることは難しい。

 問題は、「敵」に仮託して感情を表出するのか、「顔の見える」関係性のなかで感情を表出できるのか、ではないか。遠くの誰かを全否定したり罵倒したりするのは簡単だが、目の前で話を聞いてくれる知り合いは、そう簡単に罵倒できるものではない。忖度でも同調圧力でもなく、単なる多数決でもなく、利害の対立、意見の相違を、まずは「そういうものだ」と認め合うところから互いに議論できる―そういう関係性のなかでこそ、事実は説得力を持つだろう。思考停止に陥らない問いの発し方は、そのなかで可能になるはずだ。

 「未来への責任」を担ううえで、私たちが向き合うべき問いは何か。

 「理念なきアメリカ、自分のことしか考えないアメリカという像は人をうろたえさせるかもしれませんが、その発想を持たなければ、世界はもはや未来をイメージできない。『日本の対米自立』と意気込む人もいるのでしょうが、右であれ左であれ、アメリカ的秩序に寄りかからずに自分の国はどうしていくのか、本格的に考えなければいけない時がきているということです」(西谷 前掲)。

 「『国体』とは、国の生き方そのものである。当座しのぎの外交的なパッチワークではなく、思想や原理が問われる。次の『国体』を構想するうえで鍵となるのは、普遍的価値との距離感だ。むきだしの権力政治がいっそう前景にせりだすなか(自分のことしか考えないアメリカ/引用者)、右でも左でもない日本国が、いま一度人権や平和といった規範に則って国の針路を見定めることができるのかどうか、正念場を迎えている」(遠藤乾 朝日11/24)

 「あの戦争」に負けた日本は、人類の多年にわたる努力の成果としての普遍的な理念に則って、国を復興しようと決意した。1948年から53年にかけて中学・高校の教科書として使われた「民主主義」(文部省)は、こう述べている。

 「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。~略~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」(西田亮介・編 幻冬舎新書)。

(「日本再生」452号 1/1 より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第169回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「環境・平和・自治・人権~反公害運動からの社会運動の歴史と《今》そして《これから》」

 1月5日(木) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 寺西俊一・日本環境会議理事長 一橋大学名誉教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

*社会運動が途絶えたといわれるなか、日本環境会議は三十五年以上にわたって公害、環境問題を軸に活動してきました。その歴史的な歩みと集積、そのなかで闘いとられた「環境・平和・自治・人権」という視点、またこれからの課題などについて、同理事長の寺西先生にお話しいただきます。

◆第170回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「集団的自衛権を考える」(仮)

 1月19日(木) 午後7時より

 ゲストスピーカー 篠田英朗・東京外国語大学教授

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 同人1000円/購読会員2000円

◆戸田代表を囲む会in京都

 「立憲民主主義をよりよく機能させるために~憲法を論じる共通の土台をどう作るか」

 2月8日(水) 午後6時30分より

 コープイン京都

 講演とディスカッション 曽我部真裕・京都大学教授、福山哲郎・参院議員

             泉健太・衆院議員、隠塚功・京都市会議員

 1000円

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2017年もよろしくお願いいたします。

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №218(16.11.28)

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Index 

□国境を超える民主主義のイノベーション 

 暮らしの現場、自治の現場からこそ見えてくる普遍的課題

 ●「グローバル化・国家主権・民主主義」のトリレンマと、民主主義のイノベーション

  衰退途上国か、課題先進国か

 ●諦めるなどという贅沢はありません、いいですか?

□「囲む会」「望年会」のご案内 

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国境を超える民主主義のイノベーション 

暮らしの現場、自治の現場からこそ見えてくる普遍的課題

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【「グローバル化・国家主権・民主主義」のトリレンマと、民主主義のイノベーション

 衰退途上国か、課題先進国か】

 自由と民主主義の国アメリカで、差別発言を繰り返してきたトランプ氏が次期大統領に選出された。自由・民主主義は、人権の尊重や社会的連帯のためのツールである一方で、憎悪と対立を増幅するツールともなりうるのだ。ナチズムの歴史的教訓をふまえて、私たちは21世紀における民主主義のイノベーションという課題に直面している。

 いち早く面談に駆けつけたわが総理は、トランプ氏を「信頼できる」と言った。ドイツのメルケル首相は「人権と尊厳は出身地、肌の色、性別、性的嗜好、政治思想を問うことなく守られるべきだ」と警告している。

 新TPP(TRUMP PUTIN LE PEN=仏国民戦線党首)という造語に見られるような状況は、二度の世界大戦の犠牲のうえに曲がりなりにも共有されてきた普遍的な価値と、それに基づいて築かれてきた内外の秩序が大きな挑戦にさらされているといえる。来年はフランス、ドイツで大統領選挙、国会議員選挙が控えている。イギリスのEU離脱、トランプの「アメリカ・ファースト」がEUの中軸にも飛び火すれば、それこそ「魚は頭(先進国)から腐る」ことになる。

いまや先進国リスクの時代だ。「ダニ・ロドリック米ハーバード大教授は主著『グローバリゼーション・パラドクス』で、『グローバル化―国家主権―民主主義』はトリレンマ状態にあると論じた。

国家主権と民主主義の連結により、グローバル市場に背を向けることはできる。また国家主権がグローバル化と結びつき、民主主義を犠牲にすることも可能だ。あるいは国家主権を犠牲にして、グローバル化と民主主義を選び、グローバルガバナンス(統治)と世界民主主義の組み合わせを構想することもできる。けれども、3つを同時に成立させることはできないという。

これは現代の先進国リスクを暗示しており、ほぼ例外なく民主主義的である先進国の悩みを言い当てている。つまり中国のような一党独裁国やシンガポールのような権威主義国は、主権とグローバル化の組み合わせで前進できるのに対し、先進国は自国の民主主義に敏感にならざるを得ない分、グローバル化が一層深化すると、トリレンマに陥る。

規制緩和と自由化を軸とする単純なグローバル化主義者は、統治権力=国家主権と結び、この民主主義的側面、ならびにそれを行使する中間層以下の人びとを、えてして『非合理』と軽視してきた。EUもまた、複数の統治権力=国家主権を束ねるところまではよかったが、民衆と民主主義を軽んじた。今起きているのは、やせ細る中間層以下からのしっぺ返しである」(遠藤乾 日経7/28「経済教室」)

「やせ細る中間層以下からのしっぺ返し」を回収するのは、憎悪に満ちた排外主義だけではない。仏国民戦線のルペン党首は、「歯止めのないグローバル化、破壊的な超自由主義、民族国家と国境の消滅を拒む世界的な動きがみられる」という洗練された主張を展開する。国家主権(民族国家、国境)と民主主義で「○○ファースト」「○○を取り戻す」ということだ。

 だがグローバル化に背を向け、主権国家にたてこもって「○○ファースト」で生き残れるのか。それは、さらなる衰退途上国への道ではないのか。国境に壁を築いても勤労層の雇用や所得が増えなかったとき、その怨嗟はどこに向かうのか。そしてたとえグローバル化に背を向けたとしても、一日に五〇〇兆円といわれる国際資本取引をはじめとする影響からは、大国といえども逃れることはできない。

 問題はこう立てられるべきだろう。グローバル化をマネージすることと、国内の再分配政策を再構築することを組み合わせる包括的な構想を、いかにして可能にするかと。

 「トリレンマの解消に魔法の杖はない。現在必要とされることを端的に言えば、グローバル化により置き去りにされた先進国の中流以下の階層に対して実質的な価値を付与し、支援インフラを構築する国内的改良と、放縦のままであるグローバル化をマネージする国際的組織化とを組み合わせることだろう」(遠藤乾「欧州複合危機」中公新書)。

 ここにあるのは直面する課題の普遍性だ。現在トリレンマに苦しんでいるのは先進国だが、グローバル化のマネージや国内の再分配は中進国も含めた課題だ。ギリシャ債務危機、アジア通貨危機など、グローバル化の猛威により晒されるのは中小国であり、またロシア、中国といえども、そこから自由ではありえない。さらにグローバル化を放置したまま「99%対1%」といわれるような格差が野放しにされれば、国内秩序さえ脅かされることになるのは、先進国のみならず中国も本質は同じだろう。

 再分配も同様だ。グローバル化とともに少子高齢化、低成長、脱工業化といった変化に対応した再分配政策の再構築は、先進諸国のみならず中所得国にとっても「明日はわが身」であり、中国とて「他人事」ではいられない。「第一次世界大戦前のグローバル化時代にこそ現代の社会保障制度の起源があるという点は強調しておくべきだ」(「21世紀の不平等」アンソニー・B・アトキンソン 東洋経済新報社)。グローバル化は、こうした国境を超えた課題の普遍性をもたらすといえる。

 さらに温暖化対策のような人類の持続可能性と同時に、エネルギー革命のような要素も含めた普遍的課題も視野に入れるべきだろう。

 こうした普遍的課題を前にして、主権国家に立てこもって「○○ファースト」といっていれば、分断と不信の連鎖のなかで衰退途上国の道を転がり落ちることになる。課題の普遍性に向き合うなかから、課題先進国の道をいかに切り開いていくか。「特権的な5%、リスク意識を高め不安定な75%、社会的に排除された20%」(「分断された社会は乗り越えられるのか」今井貴子 世界9月号)と言われるような社会の分断状況のなかでは、自由や民主主義を人権の尊重や社会的連帯のツールとしてどこまで集積してきたのか、というフォロワーの力が決定的に試される。

 日本における私たちの民主主義(のイノベーション)も、こうした課題を共有している。 

【諦めるなどという贅沢はありません、いいですか?】

 課題先進国への道を可能にする人々の関係性―社会関係資本は、民主主義を人権の尊重や社会的連帯のためのツールとして集積することと一体で形成される。そこにつながる問いの立て方、問題設定とはどのようなものか。反対に、憎悪と対立を増幅するツールとなりうる問いの立て方、問題設定とはどのようなものか。

 立憲主義とは、民主主義が感情に駆られた「多数の暴走」に転じる可能性に対する歴史的な知恵の集積といえるだろう。

 「普通に生きる人々の心の縫い目に沿って物事を考え、そこに見え隠れする切実さから乖離することなく、種々の決め事をするのが民主政治であるとするならば、指導者の人格は、人々の気持ちを救うためのある種の触媒となって、政策的合理だけでは表現できない、その時代を生きる者たちの欲望を引き出すだろう。星の数ほどの悪評をものともせずトランプに6000万人が投票した理由がここにある。

 しかし、人々の感情を動員して最高権力者の地位に就いても、アメリカの政治制度には『大統領が権力を行使しにくいようにするための手枷足枷』が芸術的と呼ぶべき統治制度(多重的なチェック・アンド・バランス/引用者)として待ち構えている。人々の感情の烈風を受けた政治家の人格に、政治が過度に左右されないための建国者たちの工夫である」(岡田憲治 日経ビジネスオンライン11/15)

 多様なプレイヤーに権限を分散させることによって、基本的に過激なことはできない統治システム。ただそれが維持されるために、どうしても失われてはならないものがある。

 「民主政治は人々の気持ちを集約させてリーダーを決める。しかし、そのシステムを死守するためには『いくら民主政治でも絶対にやってはいけないこと』を決めておかなければならない。それは『人間を差別して良いかどうかを投票によって決めること』と『誰に全ての権力を全面的に委ねるかという投票をしてはならないこと』である(人権規定と権力分立)。~中略~そして『これだけは、いくら仲が悪い民主党の馬鹿野郎とも唯一共有するルールだ』という矜持こそ、統治エリートたるものを支えていなければならない」(岡田 同前)

 この矜持を、フォロワーのなかでどこまで共有できるか。それができればできるほど、民主主義の質を高めるために必要な「質のよい悪口」が、生活圏においても可能になる。反対にこの矜持を共有できない度合いで忖度がはびこり、民主主義は人々の尊厳を否定する同調圧力に転じ、憎悪と不信を増幅させる。

 20世紀の工業化社会は太い大きな対立軸で成り立っており、それに沿って形成された政党を媒介に民主政治のモデルが形づくられた。しかし現代の脱工業化社会では、労働者といってもいくつもの集団に分断されている。それらをまとめるような大きな対立軸は存在せず、細かく小さな対立軸しか存在していない。ここから生じる政治的対立を、どのようにして民主主義の質を高める「質のよい悪口」にするか。そうした言論空間―公共空間を、日常的な暮らしや自治の現場でどう作るのか。どうすれば、それが憎悪と不信に転じてしまうのか。この試行錯誤と生きた教訓を手にしよう。その豊富さが民主主義の質を高める。

 来年はヨーロッパではフランス大統領選挙、国民議会選挙、ドイツ連邦議会選挙が予定されている。普遍的課題への挑戦、課題先進国への挑戦としてのEUの正念場であり、自由や民主主義を人権の尊重や社会的連帯のツールとしてどこまで集積してきたのか、というフォロワーの力が試される。

 トランプ現象はアジアにも飛び火するのか。韓国(来年末に大統領選挙)、台湾(今年政権交代)ではトランプに擬せられた人物の人気が高まっているという。その韓国では大統領退陣要求の百万単位のデモが行われているが、そこに渦巻いているのは主権者意識だという。

 「大統領をこの手で選ぶことができる権利をせっかく勝ちとったはずなのに、30年近く経っても、『仕事を任せる分、なぜしっかりとコントロールし、責任を負わせられなかったのか』という慙愧(ざんき)の念。そもそもそんな人物を選んでしまい、『委任と責任の連鎖』という代議制民主主義のメカニズムを利かせられなかったのは、究極的には自分たちのせいだという主権者意識。

 だからこそ、韓国国民はここまで怒っている。つまり、問題なのは、国政介入の真相以上に、『民主化以後の韓国民主主義』『1987年憲法体制』のあり方なのである」(浅羽祐樹・新潟大学教授 読売オンライン11/15)。

 あるいは、大陸と距離をとろうとする蔡英文政権を支持するという台湾のタクシー運転手は、「今度は反対の人の意見を聞いてくれ。民主主義には意見の対立は必要だよ」とさらっと言う。

 こうしたフォロワーの集積があるなかで、擬似トランプ人気のようなものがどれだけの力となるのか、あるいはこうしたフォロワーの動きが既存政党を動かすことができるのか。来年末のタイ総選挙も、タイにおける民主主義の新しいステージが問われるものとなるだろう。

 もうひとつ大事なことは、民主主義はやり直しが効くということだ。どんな政治決定も一度決めたら終わりというものではなく、後から変更可能な「暫定的」なものである、ということが基本原則だ。例えば、EU離脱を決めた国民投票という最高の意思決定も、実行に際しては国会の承認が必要とされるという(高裁判決。最高裁での審理はこれから)。難易度は高いが、その過程での「再考」も不可能ではない。

 「やり直しが効く」という原則はフォロワーの側の内発性、持続性によってこそ担保され、また生かされる。アメリカ大統領選挙の民主党予備選で善戦したサンダース上院議員は、「トランプかクリントンかのどちらかを選ばなくてはならないということに何らかの絶望を感じている支持者と共有したいことはありますか?」と問われて、こう答えている。

 「歴史を見て、今までもこれからも、変化は決して短時間にやってこないのだということを理解してほしいと思います。公民権運動、女性運動、組合運動、ゲイ運動、環境運動などの闘争を見てみると、これらの全ての運動は何年も、何年もかかっており、そして現在でもまだその状態が続いているのだということを理解してほしい。~中略~

 そして、真剣に政治を考えるなら車輪に肩を当てて懸命に車を押し、力を尽くし続ける必要があります。ときには目の前の選択が素晴らしいものでなくても、自分の最善の努力をする。そして選挙の後もその努力を続けるのです。~中略~

 世の中はそうやって動いています。諦めるなどという贅沢はありません、いいですか?」(「世界」12月号)

 国境を超える民主主義のイノベーション、その課題の普遍性は、立憲民主主義の主体性を涵養する自治の現場からこそ見えてくる。「普通に生きる人々の心の縫い目に沿って物事を考え、そこに見え隠れする切実さから乖離することなく、種々の決め事をするのが民主政治である」(前出 岡田)なら、その一番の現場こそ暮らしの現場、自治の現場であり、そこでの人々の「政治的有用感」を繰り返し高めることで、憎悪と不信の連鎖を未然に断ち、当事者性を涵養することこそ、民主主義のイノベーションの根源にほかならないのだから。

(11/13総会での提起、議論の要点も含む。)

(「日本再生」451号 12/1 より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第167回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「パリ協定とCOP22」(仮)

 ゲストスピーカー 明日香壽川・東北大学教授

 11月30日(水)午後6時45分より 【日程が変更されました】

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

 *温暖化防止の新たな国際条約、パリ協定が発効した。批准に出遅れた日本は今年のCOPに

締約国として参加できず。

国連の核兵器禁止条約にも反対。こちらも条約が発効すれば「唯一の被爆国」とは何なのか

が厳しく問われることになる。日本の国際的な立場はどうなっているのかを考えるために。

◆第168回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「民進党がめざすもの」(仮)

 ゲストスピーカー 大島敦・衆議院議員

 12月6日(火)午後6時30分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

 *民進党代表選挙で前原氏の選対事務局長を務めた大島議員に、「民進党のこれから」について

  お話しいただく。

◆第169回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「環境・平和・自治・人権~反公害運動からの社会運動の歴史と《今》そして《これから》」

 2017年1月5日(木) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 寺西俊一・日本環境会議理事長 一橋大学名誉教授

 *社会運動が途絶えたといわれるなか、日本環境会議は三十五年以上にわたって

  公害、環境問題を軸に活動してきました。その歴史的な歩みと集積、そのなかで闘いとられた

  「環境・平和・自治・人権」という視点、またこれからの課題などについて、

  同理事長の寺西先生にお話しいただきます。

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◆2016年望年会・東京

 12月23日(金・祝) 午後4時から

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 1500円

◆関西政経セミナー特別講演&望年会

 12月7日(水) コープイン京都

 ・特別講演会 午後6時より

 「地球環境×エネルギー×民主主義~私たちはどこまで来て、どこへ向かおうとしているか」

 諸富徹・京都大学教授

 会費 1000円

 ・望年会 午後7時より 

 会費 3500円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□12/1 囲む会 日程変更

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12月1日に予定していた「囲む会」は、ゲストスピーカーの都合で

11月30日に変更します。時間、場所は同じです。

◆第167回 東京・戸田代表を囲む会

 「パリ協定とCOP22」(仮)

 ゲストスピーカー 明日香壽川・東北大学教授

 11月30日(木)午後6時45分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円  購読会員2000円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□「囲む会」「望年会」「総会」のご案内 

 ~「凡庸の善」で考え続けるために

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◆第八回大会 第三回総会

「『時間かせぎ』の政治に対抗しうる『未来への責任』をどう語るか

 ~立憲民主主義と主権者運動の役割」(仮)

 11月13日(日)午前10時より午後6時

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

*昨年来の立憲民主主義のうねりを、内発的持続性として集積し、主権者運動の

新しいステージと役割へ、どのようにつないでいくか。

Brexitやトランプ現象などの世界的な「民主主義」、安倍政権の下での憲法論議、

All for Allなど、「次の課題」にどう向き合うか。

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【会員限定】東京・戸田代表を囲む会

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

◆第167回 東京・戸田代表を囲む会

 「パリ協定とCOP22」(仮)

 ゲストスピーカー 明日香壽川・東北大学教授

 12月1日(木)午後6時45分より

 *温暖化防止の新たな国際条約、パリ協定が発効した。批准に出遅れた日本は今年のCOPに

締約国として参加できず。すでに批准を終えた米中印の後塵を拝するというありさま。

国連の核兵器禁止条約にも反対。こちらも条約が発効すれば「唯一の被爆国」とは何なのか

が厳しく問われることになる。日本の国際的な立場はどうなっているのかを考えるために。

◆第168回 東京・戸田代表を囲む会

 「民進党がめざすもの」(仮)

 ゲストスピーカー 大島敦・衆議院議員

 12月6日(火)午後6時30分より(いつもより15分早くなっています)

 *民進党代表選挙で前原氏の選対事務局長を務めた大島議員に、「民進党のこれから」について

  お話しいただくとともに、民主主義における野党の役割、機能について考えたいと思います。

◆第169回 東京・戸田代表を囲む会

 「環境・平和・自治・人権~反公害運動からの社会運動の歴史と《今》そして《これから》」

 2017年1月5日(木) 午後6時45分より

 ゲストスピーカー 寺西俊一・日本環境会議理事長 一橋大学名誉教授

 *社会運動が途絶えたといわれるなか、日本環境会議は三十五年以上にわたって

  公害、環境問題を軸に活動してきました。その歴史的な歩みと集積、そのなかで闘いとられた

  「環境・平和・自治・人権」という視点、またこれからの課題などについて、

  同理事長の寺西先生にお話しいただきます。

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◆2016年望年会・東京

 「『時間かせぎ』の政治に対抗しうる『未来への責任』を語り合おう」

 12月23日(金・祝) 午後4時から

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 1500円

◆関西政経セミナー特別講演&望年会

 12月7日(水) コープイン京都

 ・特別講演会 午後6時より

 「地球環境×エネルギー×民主主義~私たちはどこまで来て、どこへ向かおうとしているか」

 諸富徹・京都大学教授

 会費 1000円

 ・望年会 午後7時より 

 会費 3500円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №217(16.10.29)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□民主主義は単なる政治のやり方ではない。

 すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、

 それが民主主義の根本精神である。

 ●衰退途上国か、課題先進国か

 ●「自分の人生や生活に影響を及ぼす問題について、誰にでも発言する権利が平等にある」

  を当たり前に

□「囲む会」のご案内 

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民主主義は単なる政治のやり方ではない。

すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、

それが民主主義の根本精神である。

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【衰退途上国か、課題先進国か】

 10月26日に公表された2015年国勢調査の確定値は、われわれの社会がどうなっているかを否応なく示している。人口減少は前提として、75歳以上の人口が初めて14歳以下の子ども(1588万人)を上回り、外国人労働者は前回(2010年)より10万人増の175万人と過去最高を更新。

 85年から30年間で75歳以上の人口は3・4倍に増加、14歳以下は4割減と少子高齢化に歯止めがかかっていない。14歳以下は人口の12・6%、世界最低の水準まで低下している。

 ひとり暮らしの増加で、世帯数は5344万と過去最高を更新。単独世帯は34・6%を占め、男性では25~29歳、女性では80~84歳が最も多い。65歳以上の6人に1人がひとり暮らしだ。

 少子化や単独世帯の増加に端的に現れているのは、生活保障や福祉を「家族」と「企業」に委ねてきた社会が、もはや成り立たなくなっている現実だ。それはまた、こうした社会の変容に対応してこなかった「失われた20年」の帰結でもある。

 「失われた20年」がもたらす「衰退」の本質は、GDPの多寡よりもむしろ社会の変質(ぶ厚い中間層→格差社会)にある。その様相を、小熊英二氏はこう描く。

 「平均所得が減り、教育費が高騰するなかで、教育においても格差の再生産(≒世襲化)が目立つようになった。

 75年に比べて、国立大授業料は約15倍、私大授業料は約5倍となった。渡辺寛人によると、子供1人を大学まで通わせた場合の教育費の家計負担は、すべて公立でも総額1千万円以上、すべて私立だと2千万円以上となる(渡辺寛人「教育費負担の困難とファイナンシャルプランナー」 POSSE32号)。

 一方で子育て世帯の平均年収は、97年から12年に94万円減った。後藤道夫によれば、年収400万円で公立小中学生の子供2人がいる4人世帯では、年収から税金・保険料・教育費を除いた生活費が、生活保護基準を下回る。大都市の世帯で子供2人が大学に進学すると、年収600万円でも下回ってしまう(後藤道夫「『下流化』の諸相と社会保障制度のスキマ」 POSSE30号)。

 そのため少子化や「子供の貧困」が広がる一方、約半数の大学生が奨学金を借りている。その多くは返済が必要な貸与型で、学部卒の平均貸与金額は295万円だ。これだけの金額が、卒業時に借金としてのしかかる。在学中から就職活動やアルバイトで必死な者も多い。

 ~中略~教育の負担だけでも、年収600万円以下の世帯はぎりぎりだ。さらに家族が病気になったり、介護が生じたりすれば、家計が破綻(はたん)しかねない。00年から14年に、生活が「大変苦しい」と回答する世帯は21%から30%に増え、「やや苦しい」とあわせて64%となった(渡辺寛人 前出)。

 ではどうするか。経済成長は一つの回答ではある。だが経済が成長しても、年功賃金が復活することはない。教育や介護の負担が増える時期に、年功賃金が増えるのが過去の前提だったのだ。となれば、公的援助の充実は不可欠である。

     *

 しかし政府の方針は、それとは逆行さえしている。坂口一樹によると、この15年間の医療政策は、医療需要から介護需要へ、介護施設から在宅介護へ、負担を移転させるものだったという(坂口一樹「“自助”へと誘導されてきた医療・介護」 世界4月号)。つまり政府や事業主の医療費負担を、家族の在宅介護に転嫁してきたのだ。その代償は、年間約10万人の介護離職だ。目先の財政負担削減のために、家族と社会に重圧を強いた政策ともいえる。

 恐ろしいのは、こうした政策の原因が意図的な悪意というより、ヴィジョンの不在であることだ。「社会保障と税の一体改革」に関わった駒村康平は、「年金、医療、介護、子育ての各制度『ごと』に議論が行われ、制度横断的な議論は行われなかった」と述べている(駒村康平「政府は『一体改革』というダイエットをやめ『副作用のある健康法』に飛びつくのか」 Journalism10月号)。

 これでは、医療費を削減すれば介護費が増え、介護費を削減すれば離職が増え、年金を削減すれば生活保護が増えるといった連関は論じられない。結果として、社会の再設計という総合的ヴィジョンは欠落し、個別の制度をどう延命するかという目先の議論が多くなる。こうして無自覚のうちに、家族と社会に負担を転嫁する政策が実現してしまう。それは結果として、格差の再生産や世襲化、介護離職や税収低下を招いている」(小熊英二「論壇時評」朝日10/27)。

 少子化や、グローバル化の下での「やせ細る中間層」→格差社会といった課題は先進各国に共通したものだ。問題はそれと向き合って「課題先進国」への道を開こうとするのか、それとも目先の「時間かせぎ」に明け暮れて「衰退途上国」への道を、このまま進んでいくのか。2015年国勢調査の確定値は改めて、私たちがその岐路に立っていることを示している。

【「自分の人生や生活に影響を及ぼす問題について、誰にでも発言する権利が平等にある」を当たり前に】

 衰退途上国と課題先進国、その分岐はなにか。社会を再設計するビジョンや理念は確かに必要だろう。「家族」と「企業」によって支えられることを基本に、そこから「こぼれ落ちた」人を救済するという、旧来の制度設計と政策思想―選別主義―に代わる、普遍主義の政策思想は構築されつつある(本号「囲む会」小川衆院議員、449号藤田氏インタビューを参照)。

「これからの時代は、社会に助けられるべき人と助けるべき人がいるんじゃなくて、みんなが一定の生活保障―最低限の尊厳ある生活保障―を求めているという前提に立ちます。したがって最低限の尊厳ある暮らしを成り立たせる教育、保育、子育て、そして医療、介護、年金については、全ての人々に対して、現物を中心に普遍的な給付を行っていく。そのための負担については、全ての国民が合意形成のもとに負担を拠出していく。そういう社会像を目指すべきである。これが経済社会の変化をとらえた時の唯一の道筋である、という考え方を、これから訴え、浸透させていきたいと思います」(「囲む会」小川衆院議員)。

 「みんなで支えるみんなの社会」という普遍主義的な制度設計のキモは、負担についての国民的合意形成である。そのためには、税は「とられるもの」ではなく、自分たちで社会を作るためだ、という当事者性の回復または創出が不可欠となる。

 税の歴史は立憲主義の歴史とパラレルであり、財政民主主義の主体性は、民主主義や自治の当事者性、主権者性と密接にかかわる。言い換えれば、「税はとられるもの」という感覚は、民主主義や自治に対する消費者的態度と一体のものといえる。ここをどう越えるのか。昨年来語られてきた立憲主義という感性を、憲法や安全保障だけではなく、地べたでの暮らしや自治、身の回りのあんなこと、こんなことからも話し合い、考え続けていく持続的なうねりにする、ということでもある。

 民主主義は出来がいいとはいえない仕組みだが、それでも最悪を避けるためには、今のところ唯一の知恵である。すべてを変える〝魔法の杖〟ではないが(そんなものはない)、現実を少しでもましなものに近づける努力はできる。そんな民主主義を高めるために必要なのは「物申す」行動であり、低めるのは「忖度」だ。

 忖度がはびこれば、「国策に反対するなら国から出て行くべき」、「俺は国のやることに反対しない。だから国が俺の人権を守るのは当たり前だ。だが国に反対している奴らの人権を、なぜ国が守らなければならないんだ」ということが「当たり前」になってしまう。

 面倒を避け、忖度でやり過ごす。そうした消費者民主主義的態度は、今や習慣ともなっている。だからこそ、「自分の人生や生活に影響を及ぼす問題について、誰にでも発言する権利が平等にある」「民主主義のためには、質のよい悪口を言う人が必要だ」(「デモクラシーは仁義である」岡田憲治 角川新書)ということを、暮らしの現場、自治の現場でこそ「当たり前」のものにしていかなければならない。

 そんな民主主義のための立ち振る舞いは、例えばこういうことだろう。

 「通販生活」という買物雑誌がある。この夏号で表紙に「今回ばかりは野党に一票、考えていただけませんか」と掲載した。これに対する読者からの批判に、冬号でこう答えている。批判は大きく「買物カタログに政治を持ち込むな」「両論併記すべき」「左翼になったのか」という三点。

 一点目について、日々の暮らしは政治に直接、影響を受ける。お金儲けだけ考えて政治には口をつむぐ企業にはなりたくない。二点目について、両論併記はこれまでもやってきたが、安倍政権の決め方は両論併記以前の問題と考える。

 三点目。「戦争、まっぴら御免。原発、まっぴら御免。言論圧力、まっぴら御免。沖縄差別、まっぴら御免。通販生活の政治的主張は、ざっとこんなところですが、こんな『まっぴら御免』を左翼だとおっしゃるなら、左翼でけっこうです」。そして最後に「『良質の商品を買いたいだけなのに、政治信条の違いで買えなくなるのが残念』と今後の購読を中止された方には、心からおわびいたします。永年のお買い物、本当にありがとうございました」と。

 忖度と、意見の異なる相手を尊重することとは全く違う。忖度では「強いもの」や「巨大な流れ」を増幅し、同調圧力をさらに強めることになる。その行き着く先は、例えばこういうことだ。
 「~困窮者の生活相談ボランティアに参加した。まるで支払い能力(税金、家賃、食費、ショッピング)のない人間は尊厳を認められていないのかのように力なく折れてしまった困窮者たちを目の前にし、日本の人権とは、払えない人間には認められない特殊な概念ではないかと思った。

 日本の教育の人権課題が知りたくて、法務省の「人権教育・啓発に関する基本計画」の「第4章 人権教育・啓発の推進方策」を読んでみると、ジェンダーや人種差別、高齢者、障害者などのいわゆる「アイデンティティ」課題は組み込まれていても、「貧困」という大項目が抜け落ちていた」(ブレイディみかこ シノドス 2016.9.17)。

 「自分の人生や生活に影響を及ぼす問題について、誰にでも発言する権利が平等にある」という状態が奪われたところでは、「人権」は普遍的な尊厳ではなく、ある人には与えられ、ある人には与えられなくて当然というものになってしまう。ブラックバイトの現場では、ひどい扱いを受けても、自分に責任があると追い込まれた若者が、声を上げられずに泣き寝入りさせられる。過労死した新入社員に対して「残業100時間で過労死とは情けない」というバッシングが浴びせられる。消費者民主主義の忖度が生み出したのは、こういう社会ではないのか。私たちは、こんな社会を次世代に残すのか。

 1948年から53年に中学・高校の教科書として使われた「民主主義」(文部省)はこう述べている。「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。~略~すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」(西田亮介・編 幻冬舎新書)。

「自分の人生や生活に影響を及ぼす問題について、誰にでも発言する権利が平等にある」ということが当たり前―そんな日常を暮らしの現場、自治の現場で作り出していこう。

(「日本再生」450号)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第166回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「《2020年後》にむけて、小池都政とどう向き合うか」

 ゲストスピーカー 酒井大史・都議会議員、中村ひろし・都議会議員

 11月1日(火)午後6時45分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

◆第167回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「パリ協定とCOP22」(仮)

 ゲストスピーカー 明日香壽川・東北大学教授

 12月1日(木)午後6時45分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

 *温暖化防止の新たな国際条約、パリ協定が発効した。批准に出遅れた日本は今年のCOPに

締約国として参加できず。オブザーバーとして出られるかどうか…というありさま。

国連の核兵器禁止条約にも反対。こちらも条約が発効すれば「唯一の被爆国」とは何なのか

が厳しく問われることになる。日本の国際的な立場はどうなっているのかを考えるために。

◆第168回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「民進党がめざすもの」(仮)

 ゲストスピーカー 大島敦・衆議院議員

 12月6日(火)午後6時30分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

 *民進党代表選挙で前原氏の選対事務局長を務めた大島議員に、「民進党のこれから」について

  お話しいただく。

◆第八回大会 第三回総会

「『時間かせぎ』の政治に対抗しうる『未来への責任』をどう語るか

 ~立憲民主主義と主権者運動の役割」(仮)

 11月13日(日)午前10時より午後6時

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

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◆2016年望年会・東京

 12月23日(金・祝) 午後4時から

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 1500円(予定)

◆関西政経セミナー特別講演&望年会

 12月7日(水) コープイン京都

 ・特別講演会 午後6時より

 「地球環境×エネルギー×民主主義~私たちはどこまで来て、どこへ向かおうとしているか」

 諸富徹・京都大学教授

 会費 1000円

 ・望年会 午後7時より 

 会費 3500円


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №216(16.9.29)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□ 暮らしのなか、自治の現場から、多様な政治的有用感を生み出し、

 「未来への責任」を分かち合う民主主義を育てていこう

  ~「時間かせぎ」の政治に向き合う主権者運動の役割とは

 ●あなたの民主主義はどんな民主主義ですか 

  反・非立憲空間を広げる「時間かせぎ」の政治に対抗するカウンターデモクラシー

 ●「未来への責任」を分かち合う生活者を主権者へ 

立憲民主主義の共有地・公共空間を暮らしのなかから

□「囲む会」のご案内 

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 暮らしのなか、自治の現場から、多様な政治的有用感を生み出し、

 「未来への責任」を分かち合う民主主義を育てていこう

  ~「時間かせぎ」の政治に向き合う主権者運動の役割とは

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【あなたの民主主義はどんな民主主義ですか 

 反・非立憲空間を広げる「時間かせぎ」の政治に対抗するカウンターデモクラシー】

 それは異様な光景だった。

 9月26日の衆院本会議。安倍総理は所信表明演説で、「現場では夜を徹し、今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている」、「今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけ、これに呼応して自民党議員がいっせいに立ち上がって拍手、安倍総理も壇上で拍手をした。

 民主党政権が誕生した際も、鳩山総理の演説で民主党議員が起立、拍手したとの指摘もあるが、安倍総理は、自衛隊など国家機関への「感謝」を要求して起立を促した。鳩山総理の場合は演説終了後、政治改革への賛同を訴えたことに賛同する意味で民主党議員が起立した。前者は北朝鮮型、後者はアメリカ型。この違いが分からないと、立憲主義も民主主義も分かっていないことになる。

 さらにいえば、海上保安庁、警察、自衛隊が対峙しているのは、中国の挑発行為だけではない。辺野古や高江では沖縄の民意に対峙して、「銃剣とブルドーザー」といわれた時代と変わらないような自治権圧殺の最前線に立っている(日本国政府の命令の下)。

 立憲主義とは国家の権力行使を法で制約し、規律化することである。究極の国家権力というべき自衛隊をはじめとする国家機関は、こうした規律・制約をもっとも厳しく課されるべき存在であることは、立憲民主主義においては当然のことだ。このような国家権力の規律化、制約こそ、立法府である議会が担うべき機能と役割にほかならない。

 9月26日の衆院本会議の異様な光景は、立法府・議会がこうした役割を放棄した姿といえる。そこでは国会の「外」の民意は「ないもの」とされ、投票箱に収まった民意(投票率55%)でさえ、その一部(沖縄の民意)は切り捨てられている。「この道しかない」といって選挙で勝てば何でもできる―選挙だけの民主主義、多数決主義だけの民主主義、立法府が行政権力に追従する姿。これは民主主義といえるのか。

 「時間かせぎ」の政治(448号一面参照)は、こうした反・非立憲主義の空間を拡大させる。これに対抗する立憲民主主義の空間を、どのように創出し拡大していくか。

 そこで必要なのは、「公共性とは、閉鎖性と同一性を求めない共同性、排除と同化に抗する連帯である」(448号「囲む会」参照)という視点だろう。「この道しかない」に対抗しうるのは、「この道はダメだ」という決め打ち、思考停止ではなく、〝凡庸の善〟で考え続けることであり、多様性の共存のなかで鍛えられる民主主義の胆力だ。

 「国家・国民が、個別的現象に対する情動的反応から徒に『力』や『支配』を求めて狂奔することなく、広い長期的な視野に立って地道に課題に取り組んでいく必要がある。その際求められるのは、多様な人間の共生を可能とする基礎的条件である『寛容』と『知恵の交換』である。われわれは、立憲主義を侮蔑し、『力』への信仰に走った国々(日本もそのひとつ/引用者)によってあの第二次世界大戦という未曾有の悲劇が引き起こされたことを決して忘れてはならない」(佐藤幸治「立憲主義について」放送大学叢書)。

 「中国の脅威」「抑止力」「アベノミクスの成果が出ないのは、アベノミクスが足りないから」等は、思考停止のマジックワードだ。「原発を動かさないと電気が足りない」というのも同じこと。こうした近視眼的な執着や、個別的現象に対する情動的反応から離れてみれば、まったく別の「新しい現実」や多元的な視点が見える。例えばこうだ。

 「普天間・辺野古問題には、二一世紀の日本にとって、『抑止力』の虚実や政治による外交の統制、中国を筆頭とするアジアとの向き合い方、中央と地方との関係、そして何よりも民主主義とはいかなるものであるべきかといった重要問題が凝縮されている。~中略~後世、『なぜあのような愚策を』と指弾されることが避けがたい辺野古での『現行案』に対するあまりに近視眼的な執着から離れ、『辺野古新基地なき普天間問題の解決』を実現できるか否か。それは日本が二一世紀中葉に向けて、前途を切り開くに足りるだけの『政治』を持つことができるか否か、その『試金石』なのである」(「普天間・辺野古 歪められた二〇年」宮城大蔵・渡辺豪 集英社新書)

あなたの民主主義は、どんな民主主義ですか。選挙さえすれば民主主義? 民主主義の決め方は多数決だけ? 「憲法改正は最後は国民投票で決めるんだから、国会での議論が煮詰まっていなくても三分の二で発議すればいいんだ」という民主主義?

「これまでは、民主主義というのは選挙に行くかどうかだけだったんです。四十年間、デモや社会運動、カウンターデモクラシーがほとんどありませんでしたから。そうなると『選挙に行って、俺らの気持ちを反映する政党があるのか』、こう返って来ますね。『永田町の政党なんか、私欲でやっているんだ』とか、『政権交代したってダメだったじゃないか』とか。こういうところから民主主義は投票だけではない、民主主義観にはいろいろある、そういうふうにフォロワーシップのほうが変わりつつあるわけです」(戸田代表 7-11面「囲む会in京都」)

【「未来への責任」を分かち合う生活者を主権者へ 

 立憲民主主義の共有地・公共空間を暮らしのなかから】

野党とは議会制民主主義と普通選挙権に並ぶ、民主主義の三大発明の一つ(吉田徹「『野党』論」ちくま新書)と言われる。「野党には期待しない」ということは、民主主義が機能しなくてもいい、選択肢を持たなくてもいい、ということを意味する(前出「囲む会in京都」)。野党あるいは反対党、あるいはカウンターデモクラシー、こうしたものなしに民主主義は機能しない。これは既存の野党を支持する、しないとは別の次元の話だ。このような民主主義の空間、場をつくり、共有地として手入れしていくことが主権者運動の役割だろう。

 そのために、どのようなコミュニケーションをしていけばいいのか。例えばこのように。

 「『野党に期待しない』というのは禁句だというと、『じゃ、どう聞けばいいのか』となりますね。そういう時は、『野党、反対党の機能と役割をどう理解していますか』と聞くわけです。

 反対党は与党、政権党に対して異議申し立てをすることが第一です。それが目先のチェックだけの異議申し立てか、それとも『三十年後の産業構造を考えたら、原発じゃなくて再エネでしょう』と、未来をどう変えるかというところからチェックする場合では、違ってきますね。だから『チェックしている』というなら、『目先のチェックだけじゃないですか、次の、未来の展望はどうなんですか』ということと、『争点を明確にできていますか』と。

 『補正予算でわれわれは子ども手当を二億増やす、安倍はそうでない』というだけの争点なら、子どもでもわかります。『私の争点の明確化は、必ず背景に立憲主義ということがある。その観点から、たとえば象徴天皇制はこう、緊急事態条項はこう、子ども手当はこう』と。そういう展開ができるかどうか。

三点目に、選挙の投票率が五割ということは、簡単にいえば『民意の残余』が五割程度残っているわけです。いわば投票箱の外の、既存の制度の恩恵を受けていない人たちの民意を、どのように吸い上げて政策化するのか、そこはどうですか? という会話になりますね。

『野党に期待しない』と言わない代わりに、今言ったような会話をしていくということです」(前出「囲む会in京都」)

「アベノミクスの成果が出ないのは、アベノミクスが足りないからだ」という「時間かせぎ」の政治に対して、「成果がでていない、国民の生活は苦しくなった」というだけでは、目先の異議申し立てにしかならない。政権党をチェックする野党の機能、役割は、近視眼的な執着や、個別的現象に対する情動的反応から離れた、まったく別の「新しい現実」や多元的な視点を提示すること―政策思想の軸の転換―だろう。

「次世代を意識してアベノミクスへの対立軸を打ち立てようとすれば、おのずと地道な結論にたどりつくはずだ。自民、公明、旧民主による『税と社会保障の一体改革』の3党合意は、少なくとも未来を見据えていた。民進党は原点に立ち返り、野心的なアベノミクスに対抗するのでなく、増税も視野に入れた財政再建と、家計に安心感をもたらす社会保障の充実を両立できる将来像を描いてほしい」(毎日7/28 「記者の目」)

 「特権的な5%、リスク意識を高め不安定な75%、社会的に排除された20%」(「分断された社会は乗り越えられるのか」今井貴子 世界9月号)という分断社会の到来を前に、「成長に依存しなくても人間の生活が保障され、そのための財源論からも逃げない」(井手英策 世界9月号)という合意形成の可能性は、暮らしの現場のなかに拡がりつつある。救済すべき弱者を選別するのではなく、みんなを底上げするためにみんなで負担する、そういう民主主義へ。

 自分(たち)の意見や行動が社会や政治に反映されているという実感を、政治的有用感という。暮らしのなかの困りごとや生きづらさ、不安について語り合い、政治に対して要求していくなかからうまれる政治的有用感を、「時間かせぎ」の政治に対抗しうる「未来への責任」を分かち合う民主主義へと育てていくことは、主権者運動の役割にほかならない。

(「日本再生」449号より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第165回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

 「民進党がめざすもの―民主主義における野党の機能と役割を考える」(仮)

 ゲストスピーカー 小川淳也・衆議院議員

 10月13日(木)午後6時45分より

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

 参加費 同人会員1000円/購読会員2000円

◆第八回大会 第三回総会

「『時間かせぎ』の政治に対抗しうる『未来への責任』をどう語るか

 ~立憲民主主義と主権者運動の役割」(仮)

 11月13日(日)午前10時より午後6時

 「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         号外(16.9.6)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index

 

◇ご案内

日本環境会議沖縄大会

環境・平和・自治・人権―沖縄から未来を拓く

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(大会案内より)

第33回日本環境会議沖縄大会は、環境・平和・自治・人権の問題が最も先鋭的に現れている沖縄から日本本土、米国、そして世界の人々へ問題提起を行い、そこでの世代間交流を含む人々の交流、意見交換を通じて未来を切り拓いていきたいとの趣旨で開催されます。ぜひ、多数の皆さまのご参加を期待いたします。

10月20日から23日

沖縄国際大学

詳細は下記より

http://www.einap.org/jec/article/jec/33/50

「囲む会」で話をしてくれた元山君(SEALDs RYUKYU)も登壇します。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №215(16.8.30)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□「このままでも明日は来るけれど、その先に未来はない」という

 〝未来の記憶〟を持つ生活者を、自ら未来を変えうる主権者へ

 ●さしせまる破局、それとどう向き合うか ~「時間かせぎの政治」に対抗する

□「囲む会」のご案内 

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「このままでも明日は来るけれど、その先に未来はない」という

〝未来の記憶〟を持つ生活者を、自ら未来を変えうる主権者へ

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【さしせまる破局、それとどう向き合うか 「時間かせぎの政治」に対抗する】

 「2050 近未来シミュレーション日本復活」(クライド・プレストウィッツ著 東洋経済新報社)という本が話題になっているらしい。イノベーション大国として台頭した2050年の日本のお話だ。

 「訪ねた企業では、ここは北欧かと見紛うばかり、女性が取締役会の過半を占めている。日本は、世界でも有数の女性が活躍する社会に生まれ変わったのだ。

 もっとも大きな変化は、人口動態だ。人口減少は2025年に上昇に転じ~中略~日本経済は年率4・5%で力強い拡大を続けるようになった。いったい2016年と2050年の間、日本に何が起きたのか。これこそが、本書の主題だ。

 2017年、危機が勃発する。アベノミクスは失敗、膨大な公債残高の償還可能性に不安を抱いた投資家が円建て資産を売却、資本逃避が始まる。窮した日本は、IMF管理下に入る。衝撃的なのは、サムスンによるソニーの吸収合併だ。~中略~国家の存立危機を前に、国会は『特命日本再生委員会』の創設を決める。(女性の就業率向上や計画的な移民の導入、再エネによるエネルギー独立、連邦制導入による徹底した分権など、同委員会の提言を実行に移すことにより)日本は明治、終戦後に続く3度目の経済的奇跡を自ら実現することに成功する」(朝日新聞8/28 書評/諸富徹・京都大学教授)

 著者は1980年代の日米貿易交渉にもあたった日本通。日本の経済社会システムの本質を突くような指摘も、多々ある。あの敗戦によってもなお生き延びた「1941年体制」(野口悠紀雄)が、IMFショック程度で改革できるのかとか、「特命委員会」の提言を「誰が」「どうやって」実現するのかなど、突っ込みどころもあるが、むしろそれらはわれわれの「宿題」と言うべきものだろう。

 この本に描かれる2050年の日本社会の姿は、「一億総活躍社会」や「同一労働同一賃金」、「働き方改革」などアベノミクスが掲げる目標とも、かなり重なるところがある。興味深いのは、このシミュレーションがアベノミクスの失敗→実質的デフォルトから始まっている点だ。

 アベノミクスとは何か。それは一言で言えば、破局に向かう「時間かせぎ」の政治だ。

「アベノミクスは三本の矢を矢継ぎ早に放つものの、それはリボルバー拳銃のように回転し続けるものである限り終わりはみえず、だから検証に晒されることもない。アベノミクスが成功しないのは、アベノミクスが不足しているからだという『リボルビング・アベノミクス』の論法がとられることになる。~中略~『道半ば』である限り、とりわけ景気上向きの実感が薄いとされる地方に、『いつかは』アベノミクスの波及が及ぶはず、という期待の操作ができるからだ。そして、その期待値は、政権持続と政策支持となって現れる。三期連続のマイナス成長、実質賃金の低下、消費水準指数の落ち込みといったマイナスの実感があってこそ、それらは期待値へと転換される」(吉田徹 世界9月号)

「そう考えたとき、アベノミクスを批判する野党が、景気回復への国民の『実感のなさ』を持ち出しても、その『実感』が待たれているものである以上、説得力を欠くのは当然である」(同前)

こうしたリボルビング・アベノミクスの「弱点」は、財政の持続可能性だ。アベノミクスの「三本の矢」は、金融政策、財政政策、構造改革というオーソドックスな経済政策を言い換えたにすぎない。特徴があるとすれば、金融政策を「ふかす」ことに特化した点だろう。

「1990年代初頭、バブル崩壊後の日本では、財政出動と減税で景気を刺激しさえすれば不況を脱出できる、と皆が信じ、巨額の財政政策を毎年繰り返した。90年代も今とまったく同じ議論をしていたのだ。違いといえば、当時は国の借金は少なく、高齢化も進んでいなかったことである」(小林慶一郎 日経6/20「経済教室」)

90年代の財政出動は、企業の過剰債務を国家が肩代わりする「徳政令」にも似た不良債権処理に費やされ、景気は回復せず国の借金だけが増えた。そこで今度は金融緩和を極限までやったが、これもうまくいかない。そこで再び「財政と金融の同時実施という昔と同じ話が『ヘリコプターマネー』政策として、まるで新しいことのように議論されている」(小林 同前)というわけだ。

二十年前と違うのは高齢化の進行と、GDP比250%まで積みあがった政府債務だ。あの竹中平蔵氏をしてさえ、「財政の健全化はどうしても必要です。~明日にも深刻な事態に陥るわけではありませんが、私は『日本経済全治何年』というより『余命何年』というくらいの危機意識は持たないといけない」(日経8/7)と言わしめるほど。

〝ゆでガエル〟は、すっかりゆで上がりつつある。アベノミクスとは「実現しないことが政権の選挙での強さと権力を担保している限り、それは少しずつ破局に向かう政治の『時間かせぎ』にしかならない」(吉田 同前)ということだ。

 私たちは問題設定を変えるべきだ(以下、5―7面「戸田代表を囲む会」より)。

 アベノミクスに効果があるかどうか、という話ではなく「さしせまる破局、それとどう向き合うか」という問題設定が必要になるんです。破局というと、「何とか避けられるのではないか」と対策を講じる、と発想しがちですが、そういうことではありません。若い世代は「このままでも明日は来るけれど、その先にあるのは超高齢化社会だ、リストラだ、社会保障の破綻だ…明日は来るけれどその先に未来はない」という感覚でしょう。

 「未来は明るい」と思っていない。そこに「希望」があるんです。破局の先に生き続ける何かを、どう準備するのか。年寄りは「逃げ切り」を考えますが、「逃げ切り」ができない世代は、「その先をどう生きるか」を考えるんです。その破局の時に立ち上がる、むしろチャンスだと思って立ち上がる、そのための新たな社会関係資本をどこまで作るか。これが「さしせまる破局、それとどう向き合うか」という問題設定です。(引用終わり)

「アベノミクスのように、期待値を操作して恣意的に『終り』をみせずに『破局』はないと証明しようとする政治の時間軸に対抗して、『破局』はあるものとすることで、未来を変えることのできる投企的な政治を可能にするのが『破局論』の時間軸である。そして、来るべき『破局』を読み取ることのできる・・・(のは)政策の専門家などではなく、・・・『未来の記憶』を持つ『事情に疎い者』、つまりは生活者でしかあり得ないだろう」(吉田徹「世界」9月号)。

このままでも明日は来るけれど、その先に未来はないという「未来の記憶」から、その未来に向かって自ら「かくあろうとする」、そういう生活者を主権者として登場させることだ。

【「特権的な5%、リスク意識を高め不安定な75%、社会的に排除された20%」という

 分断社会の克服に向けて】

破局を先送りする「時間かせぎの政治」は、アベノミクスに特有なものではない。

「政治経済学者シュトレークは、一九七〇年代の資本主義の構造的なショックをインフレで克服したことが新自由主義を生み、これが金融市場の自由化を進めたことで一九九〇年代の不況を招き、今度はそれを民間部門への債務付け替えで乗り切ろうとしたためにリーマンショックが起きた連鎖を検証し、これらは後期資本主義が破局に向かっている間の『時間かせぎ』にすぎないと喝破した」(吉田 同前)。

このプロセスは、次のようにも描かれる

「市民によって統治され、租税国家として市民によって財政的に支えられている国家が、その財政的基盤をもはや市民の出資によって賄えなくなり、その大きな部分を債権者の信用に依存するようになれば、それは民主的な債務国家へと姿を変える」(シュトレーク「時間かせぎの資本主義」 みすず書房)

この「民主的な債務国家」は「市場」によって、政治的行動を制約される(緊縮財政など)。他方、「国家はつぶれそうな銀行を救済し、この同じ銀行団によって破産寸前に追い込まれる――結果として、金融による支配体制が、当該国家の国民を保護監督下に置くことになる。(「デモクラシーか、資本主義か?」ユルゲン・ハーバーマス 三島憲一訳 「世界」9月号)。

民主主義が定着したのはその理念によってではなく、平等で豊かな中間層を生み出すことができたからである。「市場」によって監督される「民主的な債務国家」の下では、(適切な再分配を行うべき)政治は必然的に劣化し、社会は分断される。経済のグローバル化、とりわけマネー資本主義の拡大と民主主義との矛盾が深まるなか、「時間かせぎ」の政治はいつまで危機を先送りできるのか。

「第2次世界大戦後、英国では基幹産業の国有化と医療・教育の無料化が実現した。戦前のグローバリズム、言い換えれば行き過ぎた資本主義が、ファシズムと共産主義の諸国家を生んだ反省から、国家が資本主義を統御し、民主主義を安定させることが狙いだった。

このような国家のあり方は、他の先進国でも見られた『戦後合意』だった。だが、米国のトランプ旋風やサンダース旋風、欧州の極右や極左政党の台頭は、『戦後合意』が過去のものとなったことを示している」(吉田徹 読売8/12「論点」)

いまや先進国リスクの時代だ。「民主的な債務国家」はグローバル経済を統御できず、社会的分断と民主政治の機能不全に直面している。「戦後合意」を支えた中間層はやせ細る一方だ。

「ダニ・ロドリック米ハーバード大教授は主著『グローバリゼーション・パラドクス』で、『グローバル化―国家主権―民主主義』はトリレンマ状態にあると論じた。

国家主権と民主主義の連結により、グローバル市場に背を向けることはできる。また国家主権がグローバル化と結びつき、民主主義を犠牲にすることも可能だ。あるいは国家主権を犠牲にして、グローバル化と民主主義を選び、グローバルガバナンス(統治)と世界民主主義の組み合わせを構想することもできる。けれども、3つを同時に成立させることはできないという。

これは現代の先進国リスクを暗示しており、ほぼ例外なく民主主義的である先進国の悩みを言い当てている。つまり中国のような一党独裁国やシンガポールのような権威主義国は、主権とグローバル化の組み合わせで前進できるのに対し、先進国は自国の民主主義に敏感にならざるを得ない分、グローバル化が一層深化すると、トリレンマに陥る。

規制緩和と自由化を軸とする単純なグローバル化主義者は、統治権力=国家主権と結び、この民主主義的側面、ならびにそれを行使する中間層以下の人びとを、えてして『非合理』と軽視してきた。EUもまた、複数の統治権力=国家主権を束ねるところまではよかったが、民衆と民主主義を軽んじた。今起きているのは、やせ細る中間層以下からのしっぺ返しである」(遠藤乾 日経7/28「経済教室」)

「グローバル化―国家主権―民主主義」のトリレンマを解消する〝魔法の杖〟はない。だがトリレンマを深刻化させないことはできる。鍵を握るのは社会的な分断状況の克服である。その際に必要となるのは、幅広い生活保障にほかならない。

グローバル経済の下では社会保障制度はまかなえない、というのは本当だろうか。

ここで想起すべきは、「戦後合意」につながる社会保障制度は19世紀末からのグローバル化に起源を持つ、ということだ。「第一次世界大戦前のグローバル化時代にこそ現代の社会保障制度の起源があるという点は強調しておくべきだ。~中略~このタイミングを強調するのは、ヨーロッパでの社会保障制度プログラム導入が経済目標の実現と競合するものとは見なされず、むしろそれを補うものと考えられていたからだ」(「21世紀の不平等」アンソニー・B・アトキンソン 東洋経済新報社)

 21世紀の社会的分断は貧富の差や、出自や宗教による差別によるものだけではない。グローバル化の下、国境を超えた形で「特権的な5%、リスク意識を高め不安定な75%、社会的に排除された20%」(「分断された社会は乗り越えられるのか」今井貴子 世界9月号)というように分断され、さらに「リスクの多様化ゆえにそれぞれのグループ内でも連帯が生まれない」(同前)という分断構造になっている。だからこそ、より包括的な生活保障が不可欠になる。

 国家を介して市場経済と民主主義を両立させるという「戦後合意」を、それを可能とした歴史的条件―戦争と革命―なしに改めて履行させるうえで、政治の責務はきわめて重い。

【「時間稼ぎの政治」に対抗する「未来への責任」をどう語るか】

参議院選挙前の世論調査では、アベノミクスを「見直すべき」が61%と、「さらに進めるべきだ」の23%を上回った。消費増税の再延期についても、「社会保障の充実が難しくなったと思う」との懸念が53%に上った(毎日6/22)。それでもなお、「期待値を操作して恣意的に『終り』を見せずに、『破局』はないと証明しようとする」アベノミクスの手法が、選挙で一定の効果をあげられるのはなぜか。

 「『若者は保守寄りで、自民党支持が多い』とニュースが言っていた。たしかにそうだろうと感じる。だっていまの生活を格別変えてほしい、変えたいと思っている若者はそんなにいないはずだ。変わらなくても明日はくるのだから。

 しかし、その明日が来続けた先にあるのは、高齢化社会だ、年金だ、リストラだ、社会保障だ……明日は来るけれど、その先にはなにもない。

 どの党の公約を見ても、この不安や不満は解消されない。解決策が示されてないわけじゃないのに、しっくりこない。物足りないのはなぜか。

 きっと、未来なのだと思う」

(Yamato 19歳 ポリタスhttp://politas.jp/features/10/article/517より)

 時間かせぎの政治に対して、未来への責任をいかに語るのか。そのことが問われている。

 「選挙戦で気になったのは、自民党が『成長と分配の好循環』を掲げたのに対し、民進党も『分配と成長の両立』を打ち出し、経済成長が共通点になったことだ。~有権者には『どちらが先か』の議論にしか映らなかったのではないか」(毎日7/28「記者の目」小山由宇)。「私はキーワードとなるのは『次世代への責任』ではないかと考える。有権者が求めるのは経済成長の方策よりも、人口減少社会の中で、持続可能な財政や社会保障をどう構築するかという重いテーマだと思うからだ」(同前)。

 求められているのは、対象を選別して「救済する」選別主義から、中間層全体を底上げする普遍主義へという空間軸の転換、そして「時間かせぎ」の政治から「未来への責任」という時間軸の転換だ。ヨーロッパではEUレベルでも各国レベルでも、この転換をめぐる試行錯誤の政治的経験はかなり集積されている。では私たちは、この観点から政権交代の経験をどう語るのか。

「前原 (井手・慶應大学教授の著書を読んで)自分は大きな間違いをしていたと気付かされた。それは、『歳出削減イコール改革』と考えていたということです。本当に必要なところまで削ってしまっては、井手さんのご指摘のどおり、社会の分断をいっそう深めてしまう。

井手 まことしやかに語られる『支出の削減イコール財政再建』は本当か、ということですね。実は、低所得者へのいわゆる『弱者救済』ではなくて、中間層も含めて広くサービスを提供できている国のほうが、統計的に見て税収が大きい。政治的多数が受益者となって、自分の必要を満たしてくれる安心から、税金への抵抗が弱まる。こういう経路があります」(世界9月号 対談 前原誠司・井手英策)

「井手 日本では、これまで『分配か、成長か』という議論になりがちでしたが、今回の参院選では、むしろ『分配と成長の関係』が論点になった。~その課題設定からの変化じたいは評価したいのですが、結局は成長論議の枠にとどまり、そこで議論は止まったままでした。なぜ野党は思い切った生活保障策を打ち出せないのでしょう。

前原 それは、民進党がもっとも反省すべき点です。~方向性、キャッチフレーズは正しかったと思います。ただ~(それぞれの政策は)非常に重要ですが、政策全体の大きな柱、理念自体は打ち出せなかった。~中略~

 振り返ると二〇〇九年政権交代選挙の際には~目玉の政策がありました。しかしこのときも、強力な商品を並べていながら、目指すべき社会像をふまえた、奥行きのある政策にはなっていなかった。~きわめて生煮えの政策でした。

 もう、こうした失敗を繰り返すことは許されません。あらためて訴えていくべきは、財源論から目を背けない生活保障システムの構築です。消費税引き上げ分の残る2%も、もっと納税者の受益を増やす方向で使途を考え直したい。今回、野党は富裕者増税、企業増税しか打ち出せなかった。所得税、相続税、また配偶者控除、特別控除などもあわせて再検討しながら、『将来不安の払拭』『閉塞からの反転』という大きな柱を掲げる必要があると思います。

 ~中略~民主党政権は子ども手当の額、またその期間を~拡大しました。高校授業料の無償化も実現した。しかし、これはまだ完成ではないのです。〇歳から五歳までの就学前教育を無償化し、高等教育も無償化に近づける~これらふたつを実現するには、消費税一%でよいのです。この一%で、すべての子どもに、チャンスが与えられる。演説会で、『消費税の一%を子どもの未来に使うことに反対ですか』と尋ねると、異を唱える人はほとんどいません」(同前)

「井手 成長に頼るのか。あるいは規制緩和と財政再建を進めるのか。そうではなくて、成長に依存しなくても人間の生活が保障され、そのための財源論からも逃げない~脱「成長」とも異なる脱「成長依存」。新たな選択肢が見え始めています。

 だからこそ、あえてお聞きしたいことがあります。~野党共闘の枠組みの中で、このような社会のビジョンはそもそも受け入れられるのでしょうか。(野党の公約では富裕層・大企業を狙い撃ちにするが、それだけでは財源は足りない。)」(同前)

 このままでも明日はくるが、その先に未来はない―この不安や不満に正面から向き合うためには、人々の生活の必要―受益を徹底的に議論するとともに、財源論から逃げないという姿勢が必要だ。税と社会保障の一体改革がやろうとしたのは、そういう転換だったはずだ。

 「次世代を意識してアベノミクスへの対立軸を打ち立てようとすれば、おのずと地道な結論にたどりつくはずだ。自民、公明、旧民主による『税と社会保障の一体改革』の3党合意は、少なくとも未来を見据えていた。民進党は原点に立ち返り、野心的なアベノミクスに対抗するのでなく、増税も視野に入れた財政再建と、家計に安心感をもたらす社会保障の充実を両立できる将来像を描いてほしい」(前出 「記者の目」)

民進党をはじめとする野党、そして野党共闘に問われているのはここだろう。安全保障なら「情勢論」で「とりあえず合意」することもできる(旧社会党がそうしたように)。しかし財源論は、どういう社会をめざすのかという社会のあり方とともに、民主主義のあり方をめぐる本質的なハードルだ。ここをあいまいにした「よい再分配」論は、「このままでも明日は来るけれど、その先に未来はない」という〝生活者〟には、すでに見透かされている。増税反対だけでは、「経済成長依存」というアベノミクスと同じ土俵だ。それなら、50%の投票率で安倍政権が勝つに決まっている。

 「成長に依存しなくても人間の生活が保障され、そのための財源論からも逃げない」(井手 前出)という議論―ガチンコの議論―を、国民の前でどこまでできるか。一度失われた信頼関係を立憲民主主義のフォロワーシップの転換という新たなステージで、もう一度紡ぎ直すことができるか。

このままでも明日は来るけれど、その先に未来はないという「未来の記憶」から、その未来に向かって自ら「かくあろうとする」、そういう生活者を主権者として登場させるための舞台の幕が上がりつつある。

(「日本再生」448号より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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◆第27回 戸田代表を囲む会in京都

 「安倍政権の今後と、民進党のめざすもの―立憲民主主義のフォロワーシップの視点から」

 9月21日(水)午後6時30分より9時まで

 コープイン京都 202会議室

 参加費 1000円(学生500円)

 ゲストスピーカー 福山哲郎・参議院議員 泉健太・衆議院議員 隠塚功・京都市会議員


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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メルマガ♯がんばろう、日本!         №214(16.8.2)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□私たちの民主主義を、さらに鍛える―国民主権の発現としての憲法改正

 「主権者として憲法を立てる」を身近に創りだし、実感するために

 ●望む未来がありますか?

  選挙は政治家のものではなく、自分の未来の話~主体は私たちだ

□「囲む会」のご案内 

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私たちの民主主義を、さらに鍛える―国民主権の発現としての憲法改正

 「主権者として憲法を立てる」を身近に創りだし、実感するために

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【望む未来がありますか?

選挙は政治家のものではなく、自分の未来の話~主体は私たちだ】

参議院選挙は、「改憲勢力、三分の二議席に」という当初の予想どおりの結果となった。イギリスの国民投票でも、アメリカの大統領候補選びでも、韓国や台湾の選挙でも、既存政治の枠の外の変化が事前の想定を覆す、既存政治のインサイダー、制度の枠内にいる者ほどが事態を見誤る、ということになっている。当初の想定どおりの結果、という選挙は主要国では日本くらいだろう。

では日本の有権者には、無関心や政治不信がさらに増大しているのか。〇五年郵政選挙、〇九年政権交代選挙では七割近かった投票率は、この間50%台前半という低投票率が続いている。投票に行かなくなった人々は、政治をあきらめて思考停止しているのか。

既存の政治、既存の制度の枠内から見ているかぎり、生まれつつある立憲民主主義のフォロワーシップの静かなる芽生えをとらえることも、そこに近づくこともできない。そういうステージが始まっている。

選挙は政治家や政党、候補者のものではなく、自分(たち)の未来の話。そんな感覚が当たり前のものとして共有されつつある。このままでも「明日」は来るけれど、その先に「未来」は見えない、そんななかで、少なくとも自分自身の「未来」には主体者であろうとする人々のなかから、それは始まっている。

「…だが自分は、これは自分たちの選挙で、○○さんの選挙ではないと思っています。候補者が主体ではなく、選挙民が主体だからです。○○さんは私たちの選挙に候補者として選ばれる客体なのです。私たちが○○さんのサポーターではなく、○○さんが私たちのサポーターなんです。候補者がどんな政策を訴えようとも、私たちに望む世界がなくては、選びようがありません。『選べない』とか『選択肢がない』とか耳にします。その前に望む世界がありますか。もしなければ誰も望まない世界になります。世界は望む力が大きいように形成されていきます。多くの人々が、目先の面倒事を知らないふりをすることを望めば、望まなかった世界ができてしまいます」。(ある会員のFacebookより)

 「『若者は保守寄りで、自民党支持が多い』とニュースが言っていた。たしかにそうだろうと感じる。だっていまの生活を格別変えてほしい、変えたいと思っている若者はそんなにいないはずだ。変わらなくても明日はくるのだから。

 しかし、その明日が来続けた先にあるのは、高齢化社会だ、年金だ、リストラだ、社会保障だ……明日は来るけれど、その先にはなにもない。

 どの党の公約を見ても、この不安や不満は解消されない。解決策が示されてないわけじゃないのに、しっくりこない。物足りないのはなぜか。

 きっと、未来なのだと思う。

 僕が託したいのは——僕たちの不満を理解し、正義を示し、理想を政策で実現しようとする存在への一票なのだと思う。僕は、これから生きていく道に希望を感じさせてくれる誰かに、未来を託したいのだ。

 ~中略~それは『9条を守るための選挙』だとか、『アベ政治を許さない』としか言わない人たちではないんじゃないか、少なくとも僕はそう思ってしまう。僕は、選挙で問われるべき本来の論点を政策でどう解決するのかを聞きたい。僕たちが一票を入れるべき選挙は『誰かにNOをつきつけるための選挙』ではないはずだ。

 だけど……自民党に手放しで賛成もできない。いまの政治に納得のいかないことはたくさんある。

 きっとどんな人でも漠然とした不安は抱えているのだと思う。大事なのは、日本をどうしたいか、どんな国であってほしいか、どんな未来を目指すのかを考えることだ。その意志表示が投票だ。というか、そもそも『良識の府』って、そういうところじゃなかっただろうか。

 19歳になった僕は明日初めて投票にいく。若者の意志表示のために、僕たちの未来を託すために。突きつけられた現実に屈するためでも、理想論に踊らされるためでもない。未来のために、だからこそ選挙にいこうと思う」

(Yamato 19歳 ポリタスhttp://politas.jp/features/10/article/517より)

 選挙は政治家や政党、候補者のものではなく、未来を生きる自分の話。与えられた選択肢を選ぶしかない、のではなく、自分の一票は自分の未来のために。国民は「統治される」のではなく、統治の主体であるという国民主権の当事者性の感覚は、こうしたところから芽生えているのではないか。ここからさらに、権力を制約するだけではなく、主権者として権力を構成するという立憲主義へ。「選んで終わり」ではなく、参院選後の社会をさらに自分たちの手に引き寄せるために。

【「主権者として憲法を立てる」を身近に創りだし、実感するために】

開票で圧勝が判明した途端、安倍総理は選挙中には憲法改正の是非を問うていなかったことを認めたうえで、「今後はどの条文をどのように変えるのかという議論に移るので、憲法審査会を動かしていきたい」と述べた。好むと好まざるとにかかわらず、護憲vs改憲という神学論争の世界から、戦前回帰の亡霊を封じ込めつつ、国民主権の発現として憲法改正を議論する、その転換の入り口を開けられるかという攻防のステージに移る。戦前回帰の亡霊は、国民主権の発現としての憲法改正の力が弱い度合いによって彷徨うのであって、逆ではない。

「自民党は『憲法は押しつけ』『占領下で作られた』と言い続けているが、権力を持っている人が憲法に疑義を唱えるのは、社会にとっていいことではない。今の憲法が主権のない時に作られたのは事実だが、主権を回復した後、我々は憲法を破棄せず、認めてきている。憲法が無効なら、今までの法律も国会議員も全部否定されてしまう。

最初の改正は、憲法に対して国民が意思表示をし、承認する機会にすればいい。いろいろな条文を変えたい自民党にとっては都合が悪いかもしれないが、それによって『押しつけ論』は消える。今の憲法を認めた上で、それと一体を成すものとしての改正案も認める、と国民が意思表示をすることに意味があると思う」(井上武史・九州大学准教授 読売7/25)

戦前回帰の改憲論、二度と戦争はゴメンだという護憲論は、憲法を「不磨の大典」に祭り上げてしまい、逆に社会の変化に対応して憲法を変える―三原則を発展させる―ことによって暮らしや社会がこう変わったという、主権者としての実感を私たちは持てないままでいる。その結果、広がるのは憲法への無関心、それと表裏一体となった「憲法については何を言ってもいい」(何でもアリ)の歪んだ世界。「主権者として憲法を立てる」という実感を持てる世界へと、転換していく一歩を踏み出すときだ。

「改正論議は、70年間、社会の変化に応答しなかった憲法を今後も持ち続け、解釈変更や法律の制定で対応していきますか、という点を問うことになる。~中略~海外でも憲法改正のハードルは高い。エネルギーがいる。政治家には、憲法改正は社会の変化に対応する政治を作るチャンスだという視点を持ってほしい」(井上准教授 前出)

 戦前回帰の改憲論を封じるのは、日本国憲法の三原則―基本的人権、平和主義、国民主権を、時代や社会の変化に対応してどう深化・発展させるか、という問題設定からの憲法改正論だ。この点、自民党の憲法草案の基軸は、基本的人権の制限、平和主義の放棄、国民主権の縮小だ。また「政府の規定がない」ということは、主権者国民が権力を構成する、という国民主権の原則とは別のものに拠っているということにほかならない。

 憲法の三原則を時代の変化に即して発展させ、社会の変化に対応する政治を作るチャンスとするためには、憲法論議の土台を常識の線に持っていくことも必要になる。

 「憲法には①前文に代表される国の基本的な性格やその象徴に関わるような規定②平和主義や人権保障の基本原則など国の政治のあり方の基本原理を定めるような規定③統治機構に関する専門技術的な色彩の強い規定――など様々な内容の規定が混在する。

 ~こうした規定の性格により改正プロセスのあり方も相違があるべきである。①や②については、国民的な熟議が求められる。ある事項を憲法に規定するということは、国会による法律の制定に帰結する通常の民主政プロセスでは手の届かないところにその事項を置くということだ。通常の民主政プロセスで激しく対立している争点について、一時的な多数を頼んで憲法化することはあってはならない。

 ~中略~他方、③の専門技術的な色彩の強い規定については、議論の段階では専門家の関与が不可欠だろう。~最終的には国民が憲法改正を決定するとしても、検討過程まで国民の代表である国会に独占させるべきではない。~なお、60回の改正を経験したドイツをはじめ、諸外国では頻繁に憲法が改正されていることが指摘されるが、多くの場合、専門技術的色彩の強い規定に関するものであることに留意すべきだろう」(曽我部真裕・京都大学教授 日経6/9)

 こうした憲法改正の常識に立てば、自ずと「今の憲法を認めた上で、それと一体を成すものとしての改正案も認める、と国民が意思表示をすること」(井上准教授 前出)となる憲法改正のテーマも、常識の範囲に絞られてくるはずだ。当然それは、特定政党の党是や草案に基づくものではなく、主要な与野党間で合意がとれる項目、論点となるべきであることは、言うまでもない。

 大切なことは、こうした問題設定を「憲法改正の話」としてだけではなく、時代や社会の変化に対応する政治を作るための議論を起点に、国民的な議論にしていくことだ。あえて言えば、それは憲法の話ではなく、私たちがどんな未来を望むのか、という話なのだから。

 「反立憲政治を止める」は、単なる選挙のスローガンではない。国民がこれほど憲法を意識した選挙は、おそらく初めてだろう。憲法が、教科書のなかの知識だけでなく、自分がどんな未来を望むのかに関わるものとして、意識され始めている。「主権者として憲法を立てる」という実感を持てる世界へと、転換していく一歩を踏み出すときだ。

 

【身の丈に合った卑近な要求を通じて、政治を身近に】

 「主権者として憲法を立てる」ために憲法を論じることは、私たちの民主主義を鍛えることにほかならない。例えば未来に対する責任、将来世代も含めた公平・公正を、民主主義にビルドインできるのか。

 「財政をめぐる政策論議は、この20年で、ぐるりと一周して元に戻ってきたかのようだ。

 1990年代初頭、バブル崩壊後の日本では、財政出動と減税で景気を刺激しさえすれば不況を脱出できる、と皆が信じ、巨額の財政政策を毎年繰り返した。90年代も今とまったく同じ議論をしていたのだ。違いといえば、当時は国の借金は少なく、高齢化も進んでいなかったことである」(小林慶一郎 日経6/20)

 「消費税増税延期に象徴されるような『世代を越えたコストの先送り』は、産業社会に過去100年あまりで出現した新しい問題である。有限な化石燃料資源、環境問題、原子力発電とその放射性廃棄物の超長期的管理の問題、そして政府債務によって支えられた社会保障制度の持続性の問題。これらはすべて『コストを後世に先送りする』誘因とどう戦うかという問題だが、近代民主主義の初期の設定には入っていなかったことばかりである。いま日本が直面している財政の持続可能性という問題も、従来の民主主義で解決できるとは限らないし、実際に解決不可能であることを、我々日本人が現在進行形で証明しつつある。

 こうした問題を解決するためにこそ、憲法改正は必要なのかもしれない」(同前)

 財政規律条項を持つ憲法は少なくないし、EUは加盟国に財政規律を課している。与野党合意によって(党派的駆け引きも含め)縛っている国もある。日本では「税と社会保障の一体改革」(三党合意)がその糸口になるはずだったが、今や完全に反故にされている。

 「このままでも明日はくるが、その先に未来は見えない」と感じている人々に提示すべき選択肢は、「未来への責任」や「持続可能な社会」ではないか。憲法論議はこうした視点から出発すべきだろう。

 主権者として、望む未来を思い描くことができるための主権者教育も重要だ。初めての18歳選挙権ということで、今回の参議院選挙では主権者教育の成果が投票率として表れたと思われるケースが散見される。しかし主権者教育が必要なのは、大人も同様だろう。それは、民主主義の作法ともいうべきものだ。例えばこんなふうに。

(以下は finalvent  http://politas.jp/features/10/article/510 より)

 ドイツでは1972年に選挙権年齢が18歳に引き下げられ、教師などが議論を重ねた結果、学生と政治活動についての指針「ボイテルスバッハ・コンセンサス」ができた。

提示されているのは次の三つの原則。

①学生に威圧をかけることの禁止

②異論が多い課題は異論が多いままにしておけ

③学生の個人的な利害を考えさせよ

 日本の現状に即して考えるなら

① 政治活動の届け出など、生徒への威圧そのものだろう。これは即刻、止めさせるべきだ。

② 「ヘイトスピーチ」や「歴史修正主義」などは論外だが、安保法改正が「戦争法」なのかという点には異論があるので、各教師が思うまま各種の異論をそのまま生徒に語ればよい。

③ 18歳・19歳の若者の生活上の利害を考慮すべきだ。バイト代を上げてくれでもいいし、授業料を下げてくれでもいいし、市役所で合コンパーティーをやってくれでもいい。政治なんて高尚なもんじゃない。身の丈に合った卑近な要求をがんがんぶつけていけばいい。

日本の「18歳選挙権」はこうした、民主主義の根幹的な議論がなされることなく、諸外国の「18歳選挙権」風潮に流されるように実現した。しかし、今からでも遅くない。日本版「ボイテルスバッハ・コンセンサス」を確立し、高校を改革すべきだ。【引用終わり】

 ①も②も、民主主義の重要な作法だが、とくに③の個人的な利害(個人的な、と思われている困り事も)を考えることは重要だ。「個人的」なことが、じつは社会と大きく関わっていることを知り、他者との合意形成のプロセスを身につけることは、市民性という点でも主権者教育の重要な視点だ。

 身の丈に合った卑近な要求を通じて、政治を身近に感じていく機会を、若者だけではなくさまざまな人々がもっと普通に実感できる社会。それこそが、主権者として憲法を立てる、憲法が機能している実感をもてる社会だろう。(その最も重要かつ身近なフィールドこそ、住民自治の現場、まちづくりの現場であることは、言うまでもない。)

 ここから、多数決だけが唯一の決め方ではない、民意を集約するよりよい方法を検討しようとか、一人一票だけではなく人口とは別の理念での代表制(地域代表など)もありうるのではないかなど、各国の知恵も学びながら、民主主義をより豊かにするための議論も可能になる。そういうステージを開いていこう。

(11―12面「囲む会」も合わせて参照を)

(「日本再生」447号一面より)

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囲む会のご案内  「凡庸の善で考え続けるために」

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●第164回・東京・戸田代表を囲む会

「立憲民主主義のフォロワーシップの転換と、主権者運動の前史から本史へ」

戸田代表の提起と討議

8月11日(木・祝) 1330から1800まで

「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

参加費 なし(この回に限り)