メルマガ♯がんばろう、日本!         №171(12.12.19)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

□「憂鬱な圧勝」から始まった「負の再分配」の時代

~2012総選挙の総括視点

●期待感・高揚感なき「憂鬱な圧勝」

魔法の杖はないことを知りつつ、「負の再分配」の時代へ

●「負の再分配」のための合意形成が、待ったなしに問われている。

●選挙を非日常にするのは、終わりにしよう。主権者の勝負はこれからだ。

□望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

「憂鬱な圧勝」から始まった「負の再分配」の時代

~2012総選挙の総括視点

==================================

●期待感・高揚感なき「憂鬱な圧勝」

魔法の杖はないことを知りつつ、「負の再分配」の時代へ

第46回総選挙は、ふたを開けてみれば当初の予想どおり、自民党の圧勝、民主党の惨敗で終わった。自公は参院での否決を覆すことができる、衆院の三分の二を上回る議席を得た。これで「ねじれ」も解消できる。

とはいえ、05年郵政選挙、09年政権交代のような高揚感、期待感とは程遠い。「失われた20年」の負の遺産、少子高齢化、Gゼロといわれる国際政治のパワーシフトと北東アジアの緊張、世界同時財政恐慌といわれるような不安定なマーケットの動向、そして前例のない復興と原発事故の後始末…。野田政権が難儀した宿題は、そのまま自民党・安倍政権に引き継がれる。いずれも右肩上がりの時代の政権運営の経験では、対応できない難題ばかりだ。

自民が支持されたわけではない、民主が自滅しただけだ、といわれるように、自民党にとっても「憂鬱な圧勝」である。(自民党の比例の得票は09年よりも減っている。政党乱立の結果、小選挙区で43%の得票で79%の議席を獲得し、民主は23%の得票でも議席は9%にとどまった。)選挙中に、「われわれがやればうまくいく」と自ら高めた期待に応えることができなければ、すぐに反動が返ってくる。とくにマーケットは、民意よりもはるかに短気だ。

踏みとどまった民主党には、その存在意義が根底から問われる。郵政選挙までは、政権交代という「坂の上の雲」を目指すといえたが、もはやそれはない。「凌ぎ」の時代、「負の再分配」の時代のはじめての政権運営という経験を財産に、30年後、あるいは(高齢化のピークを迎える)40年後の持続可能性から現在を規定する、という責任性や胆力がでてくるか。それなしには、解党的出直しには耐えられないだろう。

「凌ぎ」の時代、「日本が本当はどうなっており、どうなりうるのか」。05年総選挙はもちろん09年総選挙でも、こうした「不都合な真実」に正面から向き合うことを避けてきた。「第二の経済大国」幻想が剥げ落ちてようやく、マニフェストに「負の再分配」「何をあきらめるのか」を求める経営者市民、主権者市民が芽生え始めたが、今回それに正面から応えた政党はなかった。

直前でも「決めていない」が前回より10ポイント近く多く、投票率が戦後最低となったことの本質は、そこにあるといっていいだろう。おそらく多くの有権者は、消去法で選択したことだろう。有権者は、鬱憤晴らしに熱狂しはしなかった。魔法の杖はないことを知りつつ、(棄権も含めて)「憂鬱な」選択をしたということではないか。

「負の再分配」はもはや避けられない、そのことはうすうす分かりつつ、しかし未だ正面から向き合うことを恐れたまま、それでも否応なしにふりかかってくる難題に立ち向かわなければならない。そういうステージが始まった。そう、21世紀の新しい現実はすでに始まっているのだから。そして、税と社会保障をはじめとして原発・エネルギー、TPP、北東アジアでの新たな立ち位置など、野田政権から安倍政権に引き継がれる21世紀の難題は、政権の宿題であるとともに、私たち国民の宿題でもあるのだから。

受益者市民の鬱憤晴らしからは卒業しつつあるが、経営者市民、主権者市民の政治空間は(国政レベルでは)未だならず(自治では点在)、という過渡期。それが第46回総選挙の風景だろう。ここから総崩れになるのか、踏みとどまれるのか。参院選はその最初の試金石となるはずだ。

●「負の再分配」のための合意形成が、待ったなしに問われている。

比例代表の政党別得票 ()は09年 1万以下は四捨五入

自民党 1662万(1881万)

民主   963万(2984万)

公明   712万( 805万)

みんな  525万( 300万)

維新  1226万(-)

共産   367万( 494万)

社民   142万( 300万)

未来   342万(-)

・民主党は03年の民由合併以来、コンスタントに比例で2000万票を維持してきた。いわば政権交代を期待する基礎票である。そのうちの1000万近くを、今回失った。その多くは維新に、一部は未来に流れ、また一部は棄権に回ったと思われる。「政権交代」という「坂の上の雲」の後に、「負の再分配」という21世紀の課題をどれだけ共有できたのか、できるのかが問われてきたし、問われ続けている。

・本来、この選挙は三党合意に基づくものであった。(減税とバーターではない)純増税は31年ぶりであり、それを与野党の圧倒的多数で可決したのもはじめてのことである。恐る恐る「負の再分配」に向き合い始めた。その第一歩ともいえる。

利益の再分配の時代の合意形成は、本質的には分捕り合戦だから、「依存と分配」「寄こせ、寄こせ」でも参加できる。しかし「負の再分配」の合意形成には、「寄こせ、寄こせ」では参加できない。最初から拒否を決め込むとか、ちゃぶ台返しで合意プロセスをぶち壊す、ということになる。

共産、社民、未来の得票は、負の再分配の合意形成への参加拒否、ちゃぶ台返しの政治勢力は、ようやく永田町でも少数派となったということ、そういう民意だろう。維新、みんなについては、今後の「負の再分配」をめぐる合意形成にどう係わるかが問われる。

また圧勝した自民のなかにも、「寄こせ、寄こせ」が少なからず紛れ込んでいる。民主党が難儀した負の再分配をめぐる党の合意形成が、今度は自民党に問われることになる。ここで分捕り合戦に先祖帰りすれば、先の展望はない。

・この点で重要な試金石となるのが、三党合意の確実な実行である。繰り返せば、三党合意とは①消費税増税と社会保障改革 ②赤字国債発行法の三年間の成立 ③衆院定数是正である。「次世代にこれ以上ツケを回さない」という政治意思が、あいまいにされてはならない。

①消費増税と社会保障改革 安倍次期総理は、デフレが続けば消費増税は実施できないとの立場だが、消費増税の先延ばしが日本国債の信認に与える影響は小さくない。下手をすれば、アベノミクスのマジックは簡単に吹っ飛ぶことになる。

リフレ政策の効果は短期的なものに限定される。産業構造の転換、そのスピード、少子高齢化といった構造的変化への対応(社会保障改革の本質はここにある)と、財政健全化といった本質的な課題を先送りすべきではない。消費増税はその一歩にほかならない。

②三党合意によって、赤字国債発行が「ねじれ」国会で与野党の駆け引きに使われることは、少なくとも三年間はなくなった。この間に財政健全化と財政規律について、まともな合意ないし制度化ができるか。三党合意の次の一歩となる、「負の再分配」の合意形成が不可欠だ。これに逆行する予算編成を行い、国債を大量に増発するようなことになれば、そのツケは大きなものになるだろう。

③定数是正は、違憲状態がさらに拡大している以上、急務である。問題は定数削減で、これはまさしく永田町の当事者のなかで、「負の再分配」をいかに合意形成するかだ。三分の二を持つ与党がグズグズしていれば、失望→反動はすぐに現れることになる。

●選挙を非日常にするのは、終わりにしよう。主権者の勝負はこれからだ。

今回は05年、09年のような「旋風」がなかったにもかかわらず、これだけの大差がついた。これが小選挙区制度の特徴だ。選挙のたびにこんなに振れたのでは政治が安定しない、といって選挙制度を変えようという動きも出てくるだろうが、それは間違いだ。

一票で「簡単に」政権を変えられる、大幅に議席を入れ替えることができるからこそ、「何が大切か」よく考えて一票を投じる有権者が大勢いなければならない、というだけのことだ。

選挙を非日常のことにしていては、「何が大切か」よく考えることはできない。いきなり「一ヶ月後に選挙です」と言われ、どこの誰だかわからない「立候補予定者」がウヨウヨ出てきて、検証も評価もできない「公約」を並べ立て、それで「さぁ、選んでください」といわれて、まともに選べるわけがない。こんなふうに選挙を非日常にするのは、終わりにしよう。

選挙が終わったところからが、主権者の勝負だ。

選挙―投票は社会参加のひとつにすぎない。それもごく限定された一部だ。社会参加のルートは選挙以外にも山ほどある。日々、生活を通じて社会の問題にかかわり、自分にできることをやり、それを通じて「何が大切か」をみんなで話し合う。そういう日常の積み重ねがあってこそ、いざ選挙のときにも冷静に、「何が大切か」を考えて一票を投じることができる、というものではないか。

例えば、すでに人口減少、少子高齢化が見えているなかで、地域のインフラをどうやってたたんでいくか(ダウンサイジング)、老朽化した施設をどうやって集約し、更新していくか(何をあきらめるか)、そのなかで地域包括ケアなどの新しいまちづくりをどうすすめていくか、それを行政だけではなく企業、市民もどう担っていくかetc。自治の現場でこうしたことに日常的に取り組み、「何をあきらめるか」の合意形成を繰り返していれば、選挙のときに後先も考えず、「これをやれば解決する」式の公約に飛びついたりはしないだろう。

「何をあきらめるか」「負の再分配」の合意形成をどうするか、と日常的に問いかけられれば、議員も、選挙のときに耳障りのいいことを言う、という職業病にかからずに済むかもしれない。有権者が日常的にそう問いかけることで、バッジ組(+バッジをつけたい組)がどういうレベルのシロモノなのか、日ごろから評価することもできるし、鍛えることもできる。

選挙になっていきなり、どこの誰だか分からない人に投票する。あとはテレビを見て文句を言い、数年後にまた他の誰かに投票する―そういう非日常の選挙は終わりにしよう。日常の社会参加を通じて、自分が選んだ議員や政党が何をしているか、日ごろから検証・評価し、その集積で次の一票を投じよう。

選挙以外にも、社会参加は山ほどあるということは、例えば以下をご参考に。

*病児保育のNPO法人フローレンス代表 駒崎弘樹のブログ より

「選挙結果に凹んでる人、実は勝負はこれからだ」(2012/12/17)

http://komazaki.seesaa.net/article/308104801.html

==================================

望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

●望年会(東京)

12月22日(土)16時から

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 2000円

●新春特別シンポジウム

「エネルギーと自治~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換」

1月12日(土)12時から

アルカディア市ヶ谷 5階「穂高」

参加費 2000円

パネラー 植田和弘・京都大学教授、諸富徹・京都大学教授

     武久顕久・瀬戸内市長、原亮弘・おひさま進歩社長 ほか

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


メルマガ♯がんばろう、日本!         №170(12.12.10)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

□あなたの一票が死票にならないために

未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ

□望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

あなたの一票が死票にならないために

未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ

==================================

《口上》

めっきり冷え込んでまいりました。今日は今年最初の夜回りです。当番の熊さん、八さんはやっぱり、見回りのあとに蕎麦やで一杯ひっかけているようでございます。

《蕎麦や にて》

熊   おー寒っ。おトラ婆さん、熱いのを頼むぜ。

八   今夜はほんとに冷え込むぜ。ところでこの間の寄り合いでも、今度の選挙の話になったが、党首討論とかいって10何人も出てきた日にゃ、どうしていいかわかんなくなるよ。

熊   オイラもテレビでそれをみた瞬間、チャンネルを変えちまったよ。自分たちが当選したいがために、救命ボートをたくさん作っただけのことなんだから、見てるだけでハラがたつよ。

八   おまけに「政策」ったって、にわか仕立てのやっつけみたいな話やら、「これをやればすべてうまくいく」って類のお気軽な花火やら、検証もへったくれもあったもんじゃない。まっ、そもそも選挙目当ての「政党」が選挙後いつまで存在するか、当事者だって分からないんだから、「後は野となれ山となれ」ってことなんだろう。

熊   ところが俺らは、「後は野となれ山となれ」ってわけにはいかねぇんだ。ここでどういう政権を選ぶかは、俺らの生活に係わってくるんだからな。お、寺子屋の大岩先生、いっしょに一杯どうですか。

大岩  これは熊さん、八さん、夜回りご苦労さんです。

八   先生、今度の選挙どうなんですかい。新聞じゃ「自民単独過半数も」って書いてるが、そんなに簡単に政権交代をなかったことにしちまっていいものか…。とはいえ、第三極というのも、あまりにいいかげんだし。この間なんか「今回は白票にしようと思うんだけど、民主党にいれる意味はあるのか」って聞かれちゃって、ウーンとなっちゃいましたよ。

大岩  政党の名前すら覚えられないような状態ですから、難しいですな。ボートマッチといって、政策ごとに質問に答えていくと、自分の考えに一番近い政党はどこかを教えてくれる、という仕組みはありますが…。なにせその「政党」とやらの主張が、あやしいわけですからな。

熊   白票ってのもアリですかい?

大岩  そこは思案のしどころですな。信任をめぐる構図がはっきりしているなら、白票で「不信任」の意思を示す、というテもありますが、今回の場合はちょっと違うように思いますね。むしろ大量の死票が出る可能性があるので、一票が死票にならないようにする、という選択もアリではないかと。

八   死票ですかい。

大岩  今回は多党が乱立しています。A党の得票が30%でも、その他が乱立して票が割れれば、小選挙区でA党の候補が当選します。つまりA党に投票しなかった70%は、死票になるというわけです。逆にA党以外に投票する人がB党にまとまれば、B党が当選する。前回の政権交代は、こういうメカニズムでもあったわけですよ。

熊   なるほど。するってぇと白票ってのは、憂さ晴らしにはなるかもしれねぇが、もったいないな。

大岩  そこで、こう考えるわけです。自分の考えにどの政党が一番近いか、ではなく、「これだけはやらせたくない」「この党だけは落としたい」、そのためにはどうすればいいかと。よりましな候補を選ぶ、あるいは最悪を避けるという選択ですな。

もうひとつは、選挙後の政権の枠組みをどう考えるか。今回、仮に自公が過半数をとっても、参院では過半数に満たないので、来年夏の参院選までは「ねじれ」が続くわけです。簡単にいえば、ここでの政権の枠組みや政党間の関係をどう想定するか。考えられるのは①民自公 ②自公維新 ③非自民連合(自公民以外)。まあ三番目は思考実験のレベルですが。

八   ほー。民自公ってのは、早い話、三党合意を実行していくということですよね。

大岩  これは連立政権ではなく、政策ごとの部分連合でしょう。参院選が近づけば、自公と民主は対立のほうが主になりますから。しかしそれまでは、消費増税や定数削減、原発の安全規制など、当面の懸案に一定の方向性がつけられることになります。まぁドンチャン騒ぎはありませんから、面白くない政治ですが、とりあえず安定はします。

熊   自民党には維新と組む、という選択肢もアリですかい?

大岩  こっちのほうは、原発や憲法改正などで、また花火があがってドンチャン騒ぎでしょう。また安倍さんは「デフレ脱却ができなければ消費税は上げない」といっていますから、消費増税が先送りされるかもしれませんね。

八   そんなことで大丈夫なんですかい?

熊   三党合意で増税を決めたときだって、これで財政再建の意思が示されなければ、日本国債の格付けを下げるって、話だったよな。アメリカだって財政の崖で、議会と大統領が何とか手打ちをしなけりゃ大変だってのに、また先送りなんかしたら…。

大岩  それは何とも分かりません。ただここで先送りした場合、日本国債の格付けは下がるでしょうね。それで長期金利が上がれば、国債の利払いだけでも相当な額になりますよね。

八   そりゃ、なんてったって元が1000兆円だもんな。1%利子が上がっただけで10兆円だ。単純に言えば、赤字国債の発行額が10兆跳ね上がるわけだ。各国の財政危機が連動しているときに、そんなことやってて持つのかよ。

大岩  維新は消費税を地方税化するよう主張していますから、その影響が増すと、2014年4月からの消費税引き上げは不透明になります。実務的には来年10月1日が判断のリミットだといわれていますが、この時期に地方税化の議論になれば、そう簡単にまとまる話ではありませんから。

熊   地方税化っていうが、それじゃ国の社会保障の財源はどうすんだ? これじゃ、グレートリセットごっこじゃないか。

八   つまり、民主がそれなりの存在感を獲得すれば、三党合意を実行する、面白くはないが安定した政治になり、民主惨敗・維新躍進となると、三党合意があいまいになり、ドンチャン騒ぎとしては面白いが、安定しない政治になるってわけだ。

大岩  どちらの枠組みを選ぶか、どちらの枠組みを阻止するか、という選択ですね。自民党のなかにも、憲法改正や教育改革で維新に近い安倍さんと、民主との協力で三党合意を実行し、政権を安定させようという、二つの流れがあるようですし。

熊   安倍さんは、総選挙で過半数獲得、参院選で勝てば、憲法改正を政治の俎上に載せる、といっているからな。維新などと組んだ保守の再編という政界再編含みのシナリオも想定しているってことだろ? 人口減少・高齢化や、世界同時財政恐慌といわれるようなマーケットの動向が、いっさい視野に入らない政界再編ってのもどうかと思うがね。

八   三番目の非自民連合ってのは、何ですかい?

大岩  実現可能性は低いと思いますが、この場合の共通項は「原発ゼロ」くらいです。「政治改革」をかかげて誕生し、一年もたずに瓦解した細川連立政権のイメージでしょうか。

八   なるほど。一票の使い道ってのも、いろいろ考えられるんだ。じつはオイラ、前回の選挙では、生まれてはじめて自民党に投票したんだ。民主党の勢いがすごかったし、比例の名簿を見たら、こんなのが当選したらエライことになると思ってな。それに選挙区の自民党候補は若い公募候補だったし。今回も総裁選では石破さんの応援をしていたよ。

今回は自民が有利だし、選挙後、自民党に三党合意の約束を果たさせるためには、民主をしっかりさせないといけないってことだろ。

熊   三党合意の意味を、永田町が一番分かっていないんだ。増税を与野党の多数で成立させた、というのははじめてのことだ。次世代にこれ以上ツケを回すわけにはいかない、という政治の意思のはずだ。その約束を選挙後、どう果たさせるか、そのための戦略的投票をしようってことだな。政界再編も、次世代にこれ以上ツケを回すわけにはいかない、という共通の土俵の上でやってもらわないと。

おトラ  さっきから聞いてりゃなんだい。あたしゃ、消費税絶対反対だよ。この景気の悪いときに、あたしらの商売、あがったりだよ。役人の無駄遣いだって、まだいっぱいあるんだろ?

八   だけどよ、おトラさん。お前さんだって、孫の小遣いを巻き上げて自分の年金にあてようなんて、思わねぇよな。でも、俺らが今やってるのは、それと同じことじゃねぇか? 高齢化はまだまだ続く。働く世代の人口はどんどん減る。これは動かしようがねぇんだ。ただでさえ困難な時代に向かおうってときに、これ以上、孫たちに重荷を背負わせるわけにはいかんだろ?

おトラ  あたしだって、増税はしかたないと思うよ。だけどさぁ、無駄遣いはどうなるんだよ。バラマキや、いいかげんな使い方されたんじゃ、ハラがたつさ!

熊   だよな。だからよ、増税に文句を言うよりも、使い道をしっかり監視し、おかしな使い方をしていたらすぐに止めさせる、そういうことのほうが主権者としちゃ、大切なんじゃないか。そのためには事業仕分けは当たり前、もっと情報公開しろってことじゃないか。役人の無駄遣いを止めさせる一番の特効薬は、国民の目がいつも届いていて、役人も政治家も説明責任が問われるってことだろ。

八   復興予算がおかしなところに使われていたってのも、それが分かったのは事業仕分けで使った事業評価シートがあったからだ。本当なら、予算委員会でそういう議論をすべきなんだ。与野党とも、そういう仕事がちゃんとできるヤツを国会に送らなきゃ。

熊   たかが一票、されど一票。せっかくの一票が死票にならないように、選挙後の政権の枠組み~参院選までを見越して、戦略的投票をしよう。そのために大いに議論し、智恵を絞ろうじゃねぇか。

八   「任せて文句を言う」習慣から、「引き受ける」民主主義へ。市議会の報告会だって、これまでは予算が決まってから市民に説明するってことだったが、来年度予算からは作成過程から市民と議論していくって、準備を始めているもんな。アレコレ要望するだけじゃなく、優先順位をつけて絞り込んだり、場合によっちゃ「あきらめる」ものを決めたりすることにも、俺らが参加し、責任を持つってことになるわけだ。税金は「取られる」ものじゃなくて、「使い道を決めるのは、われわれだ」ってことじゃねぇか。

《終わりに》

選挙もいよいよ終盤戦となりました。選挙にむけたメルマガ・シリーズはこれが最後となるでしょう。167号から170号まで、改めて通してご笑覧いただければ幸いでございます。

どなた様も、せっかくの一票をよくよくお考えのうえ投じていただけますよう、お願い申し上げます。

(以上)

==================================

望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

●望年会&特別講演会(京都)

12月14日(金)コープイン京都

*特別講演会 18時から 同202会議室

会費 1000円

「米大統領選後の国際情勢を展望する」 村田晃嗣・同志社大学教授

*望年会  19時から 同1階

会費 3500円

●望年会(東京)

12月22日(土)16時から

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 2000円

●新春特別シンポジウム

「エネルギーと自治~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換」

1月12日(土)12時から

アルカディア市ヶ谷 5階「穂高」

参加費 2000円

パネラー 植田和弘・京都大学教授、諸富徹・京都大学教授

     武久顕久・瀬戸内市長、原亮弘・おひさま進歩社長 ほか

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


メルマガ♯がんばろう、日本!         №169(12.12.7)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

□未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ 

~本気なのは誰か

□望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

《口上》

すっかりごぶさたしてしまいました。選挙だということで、騒がしくなってきましたが、永田町がドンチャン騒ぎに明け暮れているあいだに、地域の自治をめぐる風景は、ずいぶん変わったようでございます。

3.11以降は外堀長屋でも、役所や政治家に文句を言う前に、自分たちでできることは自分たちでやろう、ということで、自主防災組織をつくったり、商店街の街灯に自然エネルギーを使ったり(風力と太陽光のハイブリッド)と、いろいろ取り組んでまいりました。市議会の議会報告会も定着してきて、「あれをやってくれ」「これをやってくれ」という陳情合戦から、老朽化施設の更新と統廃合にむけて「何(どこ)をあきらめるか」をめぐって、市民との議論が始まっているとか。

「任せて文句を言うだけ」の受益者市民だけではなく、「引き受ける」負担者市民、さらには経営者市民が、チラホラと見えつつあるようでございます。

さて今日は年末の夜回り当番を決める寄り合いですが、話題はやはり選挙のことに…

《外堀長屋 集会場にて》

熊   新聞各紙がいっせいに「自民単独過半数」って書いてるが、ホントかよ? 俺らそんな簡単に、政権交代をなかったことにしちまっていいのか?

八   まあ、五割の有権者が「まだ決めていない」からな。オイラもその一人だがよ、言わせてもらえば「民主にはガッカリ、でも他もダメ、『で、どうする?』」ってとこじゃないか?

太助  与党がダメなら野党にってのが政権交代だと思ったんだが、既成政党がダメなら今度は第三極にってのも、なんかお手軽すぎる気もするし。

お松  これだけ乱立してるんじゃ、よほど有権者の選択眼とやらを磨かないと。「出たいだけ」「当選したいだけ」っていう類や、選挙区を変えないと出られないような「元」やら「前」やらが、紛れ込んでるみたいだからね。

お梅  ご隠居さんが言ってたよ。初盤でもうノドが枯れてるのはダメだって。なぜかっていうと、このご時勢で政策ってのは、「税と社会保障」にしろ、エネルギーにしろ、TPPにしろ、賛成・反対をがなりたてるレベルじゃないだろ? 初盤でノドが枯れてるんじゃ、がなりたててるだけってことだよね。

太助  なるほど~ じゃ、まずそこを外すと…。それとアレだな。公開討論会に出てこない(出てこられない)ところもバツと。選挙のためのにわか政党(ノアの箱舟?)や、選挙後には空中分解必至ってところも、お引取り願おうや。で、どうする?

お松  日本をとりもどすってのも、どうもねぇ。民主党から自民党へ、日本をとりもどすってことなら、勘違いもいいとこで、国民主権って目線がどこにもないよね。

八   オイラはやっぱり、「ガッカリ感」が抜けない。民主党に政権担当能力があると思ってたわけじゃないし、政権交代したがゆえの迷走や混乱、ときによっちゃ逆走だって、いいとは思わないが、必要な学習過程だと思うよ。だけど、その結果がこのザマかよ?

お松  たしかに。これだけ乱立してるのは、民主党からの遁走が相次いだからだもんね。だけどそれを言うならまず、遁走組にお引取り願おうってことじゃないのかい。

お梅  政権与党にとっちゃ、選挙は業績評価だってのがマニフェスト選挙の常識だ。政権与党の要職にあった者が、その責任評価を放り出して遁走するようじゃ、マニフェスト選挙の風上にも置けないってことだね。

八   そりゃ当然だ。だけどそれ以上に重要なことは、踏みとどまったほうがどういうメッセージを伝えるかだろ。ただ「お詫び」したり、「できたこと」を並べてみたりだけじゃ話にならん。

熊   野田総理は、「民主党で前に進むのか、自民党で後ろに戻るのか。それを問う選挙だ」って言ってるが、「政権交代で何が変わったのか」「これだけは後戻りさせるわけにはいかない」っていう使命感や責任感、本気度がどれだけ伝わってくるかが勝負じゃないのか。俺たちは民主党のために政権交代したんじゃない。これ以上、失われた20年を続けるわけにはいかない、先送りを続けて未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ転換するために、その一歩として政権交代したはずだ。それに応えられるのは誰か、応えられる可能性があるのは誰か、それをしかと見極めさせてもらおうじゃないか。

お松  3.11で、それがもっとはっきりしたんだよね。右肩上がりでパイが拡大していく前提での「利益の分配」と、人口減・少子高齢化で「何をあきらめるか」とか、「たたみ方」が問われる時代とでは、政治のマネジメントはまるっきり違う。これは政権交代以前にはなかった、この三年間ではじめて経験することだよね。ここでの伸びしろがあるのは誰か、伸びしろの可能性はどこにあるのかってことじゃないのかい?

お梅  そういや、うちらだって最近の市議会報告会じゃ、公民館の更新・統廃合で「どこをあきらめるか」って話になっているよね。もちろんお互いに「こっちは必要だ」って言いあっているけど、全部を新しくするのは無理だってことは分かってる。防災計画や高齢化に見合う地域包括ケアの計画なんかも併せたまちづくりを考える中で、納得できる「たたみ方」にしていかなけりゃならないってね。

太助  議会報告会も最初のころは、ここの道路を直してくれ、あれをなんとかしてくれって類の陳情のオンパレードだったが、3.11を境にずいぶん変わったよな。

八   あれをやってくれ、これをやってくれと最前列で言っていた誰かさんが、今じゃ「自分たちでやれることは自分たちでやろう」と、自主防災組織の世話役だもんな。

太助  それって、俺のことかよ。まっいいや。議会報告会で、市の財政のことも分かった以上、「任せて文句を言う」受益者市民の習慣は卒業しないとな。そういや、ゲンじいさんの話、聞いたかい?

熊   あの気難しいじいさんか?

太助  民主党はどうしようもないって、俳句仲間も道連れにして○○さんのタウンミーティングに来なくなっただろ。それがこの間バッタリ会ったら、「野田はよくやっている。もう一度民主党だって、仲間にも言っている」っていうんだ。「なぜですか」って聞いたら、「孫のことを考えたら消費増税は必要だ。逃げずに通したのは野田だ」って言うんだ。

熊   政権交代のキモは、右肩上がりを前提にした粉飾決算をやめて、日本がどうなっており、どうなりうるかを冷静に見る視線を、政治家と国民が共有するところにあったはずだ。人口減・少子高齢化、「もはや世界第二の経済大国ではない」という事実、そしてGDPの二倍の借金の山。

お梅  でも、まず無駄遣いを削ってからってことだったんじゃないのかい?

八   無駄遣いを削るのは当たり前だが、ケタが違う。高齢化にともなって社会保障費は毎年一兆円ずつ増えている。基礎年金の補助増額に必要な財源は毎年二・六兆円。埋蔵金は早晩なくなるし、次世代のことを考えたら、借金の山をこれ以上増やすわけにはいかない。無駄遣いをタテにして、増税を先送りできるのか、「日本がどうなっており、どうなりうるか」が、ここで試されているってことだろ。

熊   ここまで来ると「増税の前にやるべきことがある」ってのは、先送りの屁理屈にしかならねぇからな。この間もそう叫んでいる政党代表がいたけど、演説には人口減・少子高齢化という前提もなければ、世界同時財政恐慌といわれるマーケットの動向も視野に入っていなかったよ。

太助  そりゃ、選挙のことを考えりゃ、政治家は増税なんて言いたかねぇやな。だけど負担と給付が「どうなっており、どうなりうるか」って目線を共有すれば、ゲンじいさんじゃないが、「増税は必要だ」っていう負担者市民がでてくるってわけだ。

八   「増税の前にやるべきことがある」ってのは、受益者市民の屁理屈だ。現に今の社会保障を維持するために、次世代の分を先食いしているわけだから。負担者市民なら、「増税はいいが、何に使うか、しっかり見させてもらう」ってことだろう。そのためには何よりも、予算の見える化がこれまで以上に必要だ。事業仕分けや、事業評価シートの公開は当たり前、さらに情報公開を進めることを約束する政党かどうか、だ。

熊   新しいハコモノにばらまく、なんてことができないように、国民の目が届くシステムをつくるってことだな。同時に老朽化したインフラの更新をどうするかは、地域がまちづくりのなかで決めることで、国がアレコレ指図することじゃない。今まで以上に、地域に権限も財源も渡せってことだ。そういう政党、候補者かどうか、しかと見極めよう。

お松  三党合意に反対ってほうは、じゃあその分の財源はどうするか、しっかり説明してもらわないと。あたしらも09年マニフェストのような説明じゃ、納得できないもんね。

熊   次世代にこれ以上ツケを回さない、という国民合意のタガを、ここで永田町にしっかりはめなけりゃ。受益者市民へのばらまき合戦で政権交代ゴッコを繰り返されたんじゃ、たまらない。次世代にこれ以上ツケを回さない、という合意のうえで政権を争うという民主主義の新しいステージに移れるかどうか、来年の参院選もセットで、その重要な分岐点に差し掛かっているってわけだ。

お梅  次世代にこれ以上ツケを回さない、という国民合意に本気で真剣なのは誰か、そこをしっかり見極める選択眼を磨こうってことだね。未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へってのは、そのことだね。

八   次世代にこれ以上ツケを回さない、というところから年金の制度設計も考える、TPPもそこから考える、働き方もそこから考える。個々の政策の背景にある政策思想の軸ってやつが、それではじめて定まるわけだ。

太助  そのタガが外れちまって、衆院選で過半数とって、参院選でも勝ったら憲法改正なんて冗談じゃねぇや。

お松  ボコボコに打ち込まれて、最後に乾坤一擲の直球勝負に出た先発ピッチャーを、もう一度マウンドに立たせるか。それともこれだけはやれ(やるな)、と監視つきで選手交代させるか。どっちにしろ、参院選も見据えて、一票に自分たちで責任を持たなきゃね。

(以上)

==================================

望年会と新春特別シンポジウムのお知らせ

==================================

●望年会&特別講演会(京都)

12月14日(金)コープイン京都

*特別講演会 18時から 同202会議室

会費 1000円

「米大統領選後の国際情勢を展望する」 村田晃嗣・同志社大学教授

*望年会  19時から 同1階

会費 3500円

●望年会(東京)

12月22日(土)16時から

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 2000円

●新春特別シンポジウム

「エネルギーと自治~民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換」

1月12日(土)12時から

アルカディア市ヶ谷 5階「穂高」

参加費 2000円

パネラー 植田和弘・京都大学教授、諸富徹・京都大学教授

     武久顕久・瀬戸内市長、原亮弘・おひさま進歩社長 ほか

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


メルマガ♯がんばろう、日本!         №168(12.11.29)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

「民主もダメ」「でも政権交代には意味があった」。

で、どうする?

「閉塞感の打破」を求めて、期待と失望を繰り返すのはもう止めよう。

主権者としての議論の深まりこそが、この国の未来を決める。

●政権交代可能な民主主義を定着させられるかどうかは、有権者にかかっている

●未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ

==================================

「民主もダメ」「でも政権交代には意味があった」。

で、どうする?

「閉塞感の打破」を求めて、期待と失望を繰り返すのはもう止めよう。

主権者としての議論の深まりこそが、この国の未来を決める。

==================================

●政権交代可能な民主主義を定着させられるかどうかは、有権者にかかっている

〇九年の政権交代から三年余りの衆院選。政権交代に期待した民意の最大公約数は今、「民主もダメ」「でも政権交代には意味があった」というところではないだろうか。郵政選挙の熱狂、政権交代選挙の高揚。三度目の正直というが、そろそろ「一票で政権を変えられる」という民主主義のステージにおける、主権者としての振舞い方を身に着けるときだろう。

選挙を、憂さ晴らしやドンチャン騒ぎとして消費するのは、もうやめよう。選挙で政権を選ぶのは、政治バラエティーで言いたいことを言ってスッキリするのとは、わけが違う。政党が乱立し、どれが真意か分からない公約が飛び交う中だからこそ、主権者としての選択眼をこれまで以上に磨こう。

逆説的に言えば、民主党政権の最大の功績は、「こうすれば政治が劇的に変わる」という“魔法の杖”はないことを明らかにしたことだろう。民主主義が独裁と違うのは、誰か「強いリーダー」が「こうだ」といえば、制度や仕組みが変わるのではないという点だ。主権在民とは、特定の誰かではなく国民が決定権を持つということ。「決める」ためには、異なる意見や対立する利害を調整して、「みんな」とまではいかなくても、多数が納得する合意を形成するという、面倒で手間のかかるプロセスが不可欠だ。それをすっ飛ばして「何でもいいから誰か、強いリーダーが決めてくれ」と、民主主義を放棄するわけにはいかない。もちろん、選んだら後はお任せで結果には文句を言う、という習慣も卒業しなければならない。

 ようやくその入り口に立った政権交代可能な民主主義が、これからさらに定着していくのか、それとも政権交代さえ、憂さ晴らしのタネとして消費してしまうのか。政権交代可能な民主主義の重要な担い手たる「政党」が液状化し、選挙互助会以下の存在になっている今、政権交代可能な民主主義を定着させられるかどうかは、国民、有権者にかかっている。

そのために政党、候補者に何を問い(彼らが何を宣伝したいか、ではなく)、どんな対話を有権者から仕掛けていくか、フォロワーの智恵を絞ろう。「何を問うべきか」を、主権者としての議論の深まり(熟議)のなかから作り出していこう。その問いに耳を傾け、対話に応じる政党、候補者なのか。言いたいことを一方的に訴えるだけの政党、候補者なのか。そもそも公開討論会にさえ出てこない(出てこられない)ような政党、候補者なのか。選別していこう。

政権交代を定着させるためには、政権与党の業績評価というプロセスも重要だ。民主党マニフェストは(出来の良し悪しとは別に)国政マニフェストとしては、はじめて「検証」というプロセスを経た。その意義は小さくない。これまでに選挙のときの公約が、ここまで検証されたことがあっただろうか。郵政選挙のマニフェストが、このように検証されただろうか。ようやく一歩を踏み出したマニフェスト政治文化をチャラにさせないためには、選挙の公約は必ず厳しく検証される、ということを政党に思い知らせる必要がある。そもそも次の選挙まで存在することを想定していない、その場限りの選挙互助会では、その対象にすら値しないということだ。

民主党マニフェストの躓きの原因の一つは、党内論議を尽くさずに少数で決めたという点にある。政党を規律化するというマニフェストの機能が損なわれた。「政権をとれば何とかなる」との驕りもあった。今回必要なことは、各政党が掲げる公約なりマニフェストなりの中身と同時に、それによって政党がどれだけ規律化されているか、を問うべきだろう。打ち上げ花火のような公約を弄んでいるかぎり、選挙互助会としてのまとまりすら保てないのは当然だ。

われわれが求めているのは、既得権を叩く「破壊のカタルシス」でもなければ、打ち上げ花火のようなスローガンでもない。もっと地道な地に足の着いた議論とその集積だ。

例えば、今回の解散は①消費増税を含む税と社会保障の一体改革、②赤字国債発行法案の成立、③衆議院の定数是正について、民主・自民・公明が合意したことによるものだ。したがって少なくとも三党は、選挙後にこの合意をどう実行していくか、明確に示す必要がある。それは、「決められない政治」から脱却する責任をどう負うのか、政権交代時代の責任政党とは何かを示す一歩にほかならない。

社会保障については国民会議の人事までが決まった。二〇〇〇年代には社会保障改革が政党間の争点となったが、それをようやく卒業するステージに入りつつあるということだ。(政権交代が定着した先進国では、社会保障制度を政権選択の争点としないことは合意されている。)最低、これを後退させないことを三党は約束すべきだ。さらに国民会議の名にふさわしく、国民に開かれた合意形成過程にするためにどうするか、スタンスを明らかにすべきだ。

赤字国債発行法案については、「ねじれ」国会で再三、政治の駆け引きに使われてきた。ようやく向こう三年間は赤字国債の発行を認めることで三党が合意したが、これを「衆院優位」のルール化につなげられるか。政権交代に続いて必要だったのは、一票で選ばれた衆議院の多数派が内閣を構成する、という議院内閣制を機能させるための国会改革だったはずだ。参議院廃止とか大統領制といった打ち上げ花火を弄ぶヒマがあったら、憲法改正なしにできる国会改革―衆院優位の確立に一歩を踏みだせ!

定数是正については、選挙制度改革と絡めた議論が行われることになるだろう。これに三党はどう臨むのか。一部には、中選挙区制の復活につなげようという動きもあるという。少なくとも政権交代可能な民主主義を目指して導入した制度の根幹が歪められたり、すりかえられたりすることがないことを約束させよう。

第三極も含め、この三党合意に加わっていない政党は、この三点にどういう態度をとるのか。消費増税反対なら、その分の財源はどうするのか、民主党政権三年間の総括も含めてきちんと示すべきだ(事業仕分けにも係わることなく、「ムダを削減」という人たちは論外)。

政権交代は、更地に新しい家を建てるようなものでもなければ、真っ白な画用紙に好きな絵を描くようなものでもない。〇九年の政権交代は、「失われた二十年」で積みあがった不良債権を背負ったところから始まった。3.11の原発事故の構造要因は、自民党政権時代のツケだ。そのなかで「できたこと」「できなかったこと」「なぜできなかったのか」「どうすればできるのか」あるいは「やるべきではないのか」を、ひとつずつ検証していくことが必要だ。その積み重ねなくして、次の一歩は始まらない。グレートリセットを求めて期待と失望を繰り返している間に、未来はどんどん搾取されていく。

われわれに必要なものは、「こうすればうまくいく」という“魔法の杖”ではない。「できたこと」「できなかったこと」「なぜできなかったのか」「どうすればできるのか」あるいは「やるべきではないのか」という地道な検証と業績評価に基づく選択、そのフォロワーとしての集積だ。(自治分権の現場では、それは着実に集積されつつある。)そのフォロワーの問いに耳を傾け、対話できる(一方的に訴えるのではなく)政党、候補者をまず次のステージに立たせよう。

●未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ

 〇九年の政権交代の意義は、「世界第二の経済大国幻想」を前提にした粉飾決算をやめて、「本当は日本がどうなっており、どうなりうるか」という21世紀の新しい現実と向き合う目線を共有することにあった。

民主党政権の最大の功績は、この21世紀の新しい現実を示したことだろう。逆にいえば、この21世紀の新しい現実が見えている場合と、見えていない場合とでは、民主党政権の失敗の意味は一八〇度違ったものになる。その仕分けが決定的だ。

 例えば経済、財政、金融をめぐる諸相は、象徴的にリーマンショック以前と以後とでは、大きく変わっている。世界同時財政恐慌といわれるようなリスクが常態化するなか、ユーロ危機は慢性化し、アメリカも「財政の崖」に直面し、中国も景気後退と地方政府の債務の山に直面している。わが国の1000兆円超の政府債務も、国際的な変動に大きく左右されるという点で、リスクの意味はこれまでとは違っている。消費増税を先行させた三党合意の背景には、その危機意識がある。

それが見えていない「民主党の失政」批判では、「これをすれば景気はよくなる」式のお気軽な話しかでてこない。これでは、今や財政も金融も一国の事情だけでは決められない、国際的な変動の中でリスクマネージしなければならない、という肝心なことが見えないことになる。

 安全保障も「集団的自衛権を認めるか、どうか」という空中戦では困る。野田政権の下で設置された国家戦略会議・平和のフロンティア部会は、従来の憲法解釈を改めて集団的自衛権を行使できるよう提言している。ここで重要なポイントは、憲法解釈云々ではなく、二〇五〇年という未来から、現状のG2ないしはG0といわれるようなパワーバランスの大きな変化をとらえ、わが国がいかなる立ち位置を取りうるか(「包括的な平和の創り手」)という議論の中で、こうした提言を行ったという点である。(繁栄、叡智、幸福という他の部会も、二〇五〇年からのバックキャスティングという手法で議論した。)

 こうした基盤を共有したうえでの「民主党の失政」批判なのか。55年体制の復古主義は趣味の問題かもしれないが、東アジアのパワーバランスの変化という現実が見えていないのは、趣味の問題では済まされない。早い話、強面の憲法改正論を振り回すことが、同時期の韓国大統領選挙に影響を与える可能性、そのリスクマネージはできているのか。

 あるいはG2ないしはG0といわれるようなパワーバランスの変化がリアルに見えるからこそ、経済力を背景に力で押してくる中国にルールで対抗する、という立ち位置に立つために、TPPも日米同盟も必要だと言い得る。この変化が見えていなければ、TPPも日米同盟も、単なる中国脅威論や中国包囲網でしか語れない。そのときの「国益」とは何か。(国益を損なうならTPPに参加しない、というときの「国益」とは、まさか個別業界の利害ではあるまい。)

 原発も「脱」やら、「卒」やらの打ち上げ花火に付き合うほど、われわれはヒマではない。脱原発は稼動をゼロにしたり、核燃料サイクルを止めればそれで済む、というものではない。社会経済システム、われわれの生活全般に大きく係わる以上、社会的なコンセンサスを繰り返し、それを積み重ねていかなければならない。ドイツの原発ゼロは、チェルノブイリ事故以来、営々とその国民的議論を積み重ねてきたからこその国民合意にほかならない。そのプロセスをすっ飛ばせば、「たとえ今、脱原発依存を宣言しても、選挙で政権が変われば、その決定は数年もしないうちに、たやすく覆される可能性がある」(枝野幸男「叩かれても言わなければならないこと」)。

だからこそ「止め方」が大切なのだ。「脱原発依存とは、最も深刻な『負の再分配』に直面することである」「原発はやめなければいけない。しかし他方で、やめ方を間違えてはいけない。ただ、危ないから早くやめるべきだ、早くやめようと言うだけなら、それは政治ではない。どうやったら確実にやめられるのか。それを考えて、そこに一歩でも近づけるのが政治の責任であり義務である」(同前)。

この基盤を共有したうえでの、「民主党の失政」批判なのか。そうでなければ単なるスローガンの言い放しか、なし崩しの現状肯定か、どちらかにしか帰結しない。

ここから民主党政権のもうひとつの功績が見えてくる。それは歴史上はじめて、やめ方、たたみ方のマネジメントという政権担当能力のハードルを可視化したことにある。経済も人口も右肩上がりで増えていく時代には、何かをやめるにしても、別の何かを分配することができた。しかしこれからはそうはいかない。21世紀の新しい現実が要求する政権担当能力とは、やめ方、たたみ方のマネジメントであり、不利益や負担の再分配に関する合意を形成することだ。

原発ゼロにしろ、コンクリートから人へにしろ、次の社会ビジョン・21世紀の新しい現実からの転換は、いくらその必要性を説いたとしても、人々の不安を呼び起こすことも事実だ。既得権を叩いて壊せばいい、という次元のことではない。野心的な転換であればあるほど、ついていけない層にまで納得感を醸成するマネジメントが求められる。もはや、分配する利益がない時代に、こうしたたたみ方、やめ方のマネジメントを、どうやって身に着けていくのか。

これは右肩上がりの時代の政権運営にはなかった、民主党政権ではじめて可視化されてきた課題である。これを共有したうえでの「民主党の失政」批判なのか。

自治分権の現場では、老朽化したインフラの縮小も含め、やめ方、たたみ方の合意形成がリアルに求められている。既得権層も含めた納得感、合意形成のためには何よりも、市民に開かれた熟議の場が不可欠だ。その試行錯誤、実践はすでに集積されつつある。そこから民主党の政権運営を批判する場合と、右肩上がりの経験から批判する場合とでは、同じ「稚拙」という言葉でも、意味が一八〇度違うことになる。

 そして民主党政権で明らかに変わったことは、事業仕分けをはじめとするオープンガバメントの取り組みである。これを後戻りさせるわけにはいかない。財政規律が働くかどうかは、結局、決定過程や執行過程に国民の目が届くかどうかにかかっている。統治機構の改革は、憲法改正を振り回すような制度いじりの空中戦ではなく、地道だが確実に国民主権を具体化していくインフラ整備の集積ではないのか。

 チェンジに失敗し、打ち込まれた先発ピッチャーをもう一度マウンドに立たせる、という叱責・批判の方法もある。これだけはやるなとクギをさして、監視つきで選手交代させる、という方法もあるだろう。

 いずれにしろ、「政党」の現状は目を覆うばかりだ。「あっちもこっちも/ひとさわぎおこして/いっぱい呑みたいやつらばかりだ」(宮沢賢治)。だからといって、私たちは次世代に引き継ぐ民主主義を、あきらめるわけにはいかない。そのフォロワーシップこそが必要だ。「われわれは最後まで戦い続ける、敗者に甘んじることはない」(we are the champions Queen)

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━ 

メルマガ♯がんばろう、日本!         №167(12.11.20)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ。

反省しろよ、民主党。それでも、もう一度やってみろよ、民主党。

反省しろよ、自民党。「失われた20年」の政権党だってことを忘れて、

「3.11以前の日本に戻せ」なんて、まさか言わないよね?

●選挙は、憂さばらし、ドンチャン騒ぎじゃない。「何が大切か」落ち着いて考えよう。

●2030年の日本が見えているか。

●3.11以前の日本に戻させない。

●政権交代でできた、国民が政治を動かすツールを後退させるな。

●政権運営能力では、「たたみ方」のマネジメントを問おう。

==================================

未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ。

反省しろよ、民主党。それでも、もう一度やってみろよ、民主党。

反省しろよ、自民党。「失われた20年」の政権党だってことを忘れて、

「3.11以前の日本に戻せ」なんて、まさか言わないよね?

==================================

●選挙は、憂さばらし、ドンチャン騒ぎじゃない。「何が大切か」落ち着いて考えよう。

総選挙の日程が決まったとたん、マスコミでは連日、政局ショーだ。でも私たちが知りたいのは、そんなことじゃない。選挙を、憂さ晴らしやドンチャン騒ぎとして消費するのは、もうやめよう。

「…『郵政選挙』の国家的集団ヒステリーのようなブームに踊らされて『刺激物』に飛びついてむなしさが残った経験と、今の政権を見て国民が学んだ『魅惑的な公約はあてにならない』という教訓をステップにして、何が大事なことかを冷静に見る機会が、近いうちに訪れるのではないか」(松尾貴史 毎日7/28夕)。

現状を否定するだけの、「わかりやすい」「スカッとする」スローガンに飛びつくのは、簡単だ。しかしそれで何が残るのか。また「ガッカリだ」と文句を言って、憂さを晴らすのか。

自民党政権が続くことを前提に、「誰がやっても同じ」と冷笑したり、「お灸をすえて、憂さを晴らそう」という時代では、もはやない。私たちの一票で政権は変わるし、私たちの一票で政権は選べる。だからこそ「何が大切か」、落ちついて考えよう。未来を選ぶのは、私たちの責任なのだから。

政局ショーの観客席に座ったまま、期待と失望を繰り返す受益者市民から、「何が大切か、自分たちで決めよう」という主権者になるチャンスだ。

確かに現状はヒドイ。民主党政権はボロクソだ。しかし、選挙のときの公約がどこまでできたのか、何ができていないのか、その理由は何か、どうすればできるのか、といったことが検証されたことが、これまでにあっただろうか。

郵政選挙のときの公約を、自民党が検証しただろうか。曲がりなりにも民主党は、マニフェストの検証をしている。http://www.dpj.or.jp/article/101565

マニフェストを掲げたからこそ、検証にもさらされる。それを恐れて、選挙のときに政党が、あいまいで漠然としたことや、打ち上げ花火のようなスローガンしか言わなければ、私たちはまともに選ぶことはできない。

そんな選挙に戻させるわけにはいかない。「お願いから約束へ」というマニフェスト選挙文化、その土俵に乗れる政党、候補者を選ぶことは最低限の必要条件だ。

政党や候補者に、こう問うてみよう。

「あなた(たち)は検証可能なマニフェスト(政権公約でもいい)を提示するか。そのマニフェストで検証され、責任を問われることを約束するか」と。

●2030年の日本が見えているか。

政党や候補者の公約をどこから判断したらいいのだろう。

まずは、「2030年の日本が見えているか」と問いたい。

2030年―今から18年後。今年生まれた子どもは高校卒業の時期を迎える。社会の中堅を担っているのは平成生まれだ。高齢化率は、30%を超すと見られている。年金財源でいえば、現役二人で高齢者一人を支える時代になる。おそらく家族構成のトップは、単身世帯となっているだろう。(2011年の国勢調査で、単身世帯は総世帯の30%を超えた。)

2030年の日本は、依然として続く少子高齢化の急坂をのぼる途上にある(ピークは2050年代)。GDPの二倍にのぼる債務をはじめとする「依存と分配」の負債を、これ以上、次の世代につけ回すことができるだろうか。そういう視点を持っている政党、候補者なのか。

昨年、日本はGDPで中国に抜かれたが、2030年にはインドにも抜かれているだろう。米ブルッキングス研究所の予測では、2030年の中間層消費額上位10カ国のうち、アジアからは1位インド、2位中国、4位インドネシア、5位日本となっている。好むと好まざるとにかかわらず、日本はアジアでもはや「ナンバーワン」ではない。

一方で、急速な高齢化にともなう社会保障、環境、エネルギー、都市問題など、日本が直面している問題に、アジア諸国も直面している。

こうした2030年のアジアで、「課題先進国」の位置取りができるのか。それはここで、「右肩上がり」からの転換ができるかどうか、にかかっている。エネルギーシステムの転換、低炭素まちづくり、医療・社会保障の改革、TPPなど、どれもここに係わってくる。そういう視点を持った政党、候補者なのか。

●3.11以前の日本に戻させない。

もうひとつ大切なことは、「3.11以前には戻させない」ということだ。

これまで騙しだましやってきた「戦後」のシステムは、3.11で最終的に破綻した。技術の粋を集めたはずの原発の事故は、その象徴だ。どこでどのように電気が作られているのか、気にも留めずに好きなだけ消費していた私たちの生活も、変わらざるをえなくなった。3.11を契機に、生活や働き方を見直した人たちは大勢いたはずだ。そして、みんなが節電することで、電力会社にコントロールされるのではなく、自分たちで電力をコントロールできることを、実感できたのではないか。

被災地の復興で問われていることは、じつは震災前からの課題である高齢化、過疎化、第一次産業の衰退などに対して、旧来型ではない、21世紀型アプローチのまちづくりができるか、ということだ。立派な堤防も漁港もできたが担い手はいなくなった、ということでは、復興にならない。そのためには、政府が決めて行政が主導するのではなく、地域の人々が自分たちで決めることだ。時間はかかるが、3.11以前のやり方で、被災地の復興はできない。

エネルギー政策も、大きく変わった。これまで密室で決められていたエネルギー政策が、はじめて国民的議論のプロセスを経て決められるようになった。3.11以前のやり方で、3.11後のエネルギー政策を決めることはできないのだ。

たしかに、足りないところはいっぱいある。しかし、「3.11以前には戻させない」という民意が強力なリミッターにならなければ、永田町も霞ヶ関も簡単に3.11以前に戻ってしまう。今回の選挙で、「3.11以前には戻さない」という強い民意を示し、次の政権はその監視にさらされることを、思い知らせよう。

候補者には、こう問いかけてみてはどうか。「あなたは3.11後、何をしたか。生活をどう変えたのか、行動をどう変えたのか」「あなたにとって、『3.11以前に戻さない』とはどういうことか」と。

●政権交代でできた、国民が政治を動かすツールを後退させるな。

民主党政権は迷走、混乱、ときには逆走もあったが、それでも政権交代によって、国民が政治を動かすツールは明らかに増えた。それらを後退させるわけにはいかない。

いくつかポイントを挙げてみよう。

①政策決定過程のオープン化/エネルギー政策の決定過程では、はじめて国民的議論が行われ(もちろん十分というわけではないが)、委員会の資料、試算などもオープンにされた。今後のエネルギー政策はもちろん、社会保障国民会議の議論なども、これを最低基準に、さらにオープン化していくべきだ。

もし政権が変わっても、密室に戻るなんてことは、まさかしないよね? 

②事業仕分け。これもオープンガバメントのひとつ。仕分けの結果がどれだけ反映されているか、という課題は残っているが、事業仕分けの最大の功績は、政府の予算に国民の目が届くようになったこと。文句を言うだけではなく、「私たちは政治を変える道具を手に入れた」(加藤秀樹氏)http://bylines.news.yahoo.co.jp/katohideki/20121109-00022376/

もし政権が変わっても、「事業仕分けは、やーめた」なんて言わないよね?

③一括交付金化。国に指図される補助金から、自治体が自らの裁量と責任で使い道を決める一括交付金へ。これもまだまだ途上ではあるが、方向性ははっきりしている。「依存と分配」の自治体と、自治分権の自治体の格差も次第に出てくるだろう。すでに依存体質のところからは、(責任を取らなくて済む)ヒモつき補助金に戻してくれ、との声も上がっている。

もし政権が変わっても、自治分権の足を引っ張るなんてことは、しないよね?

④新しい公共―政府だけでは解決できない社会の問題に、自分たちで取り組む。そういう公共の担い手を支える税制などの仕組みは、さらに前に進めることはあっても、後退させたりはしないよね?

⑤マニフェストもボロクソに言われるが、これがあったからこそ、何ができて、何ができていないのか、理由は何か、といったことが検証できる。政権交代以前には、選挙のときの公約なんか、誰も覚えていなかっただろう。そして検証できるからこそ、反省すべきところは率直に反省するようになる。「お願いから約束へ」は、ようやく1サイクル目が回ろうとしている。

このマニフェスト政治文化を、まさかチャラにはしないよね?

●政権運営能力では、「たたみ方」のマネジメントを問おう。

民主党に政権運営能力があったかといえば、疑問符がつく。しかし同時に、3.11後の政権運営は、それ以前とはまったく異なるものであることも間違いない。原発を増設し、エネルギーを右肩上がりで増やしていくのが当たり前のときの政権運営と、原発のたたみ方が問われる―原発に依存して成り立っていた社会、経済システムを別のものへ転換させるプロセスのマネジメントとでは、求められる政権運営能力はまったく違うはずだ。

右肩上がりで、人口も経済のパイも増えていった時代の政権運営の経験はあるが、人口が減少するなか、これまでの構造の「たたみ方」が問われるときのマネジメントは、今回がはじめてだ。その経験値が問われる。踏みとどまった民主党から、それが始まる。

3.11後に問うべき政権運営能力は、リアルでポジティブな「たたみ方」のマネジメントだ。

マネジメントついでに。石原都知事の登庁は、週に2,3日だったとのこと。そして今は大阪府知事も大阪市長も、総選挙に全力を傾けているらしい。首長が留守でも業務に支障が出ないのは、自治体職員(地方公務員)がよほど優秀だから?

地方自治を担う首長の職責、公務は、国政の片手間にやれるようなものなのか? 

大阪府民、大阪市民は国政を変えるために、自分たちの税金で知事や市長を選んだのか? 

(「未来を搾取する社会から、未来へ投資する社会へ」は、国家戦略会議・繁栄のフロンティア部会報告のタイトルです。)

(これから総選挙にむけて、随時発行していきます。)

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


電子瓦版(転送はご自由にどうぞ)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━ 

メルマガ♯がんばろう、日本!         №166(12.10.29)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

政権交代後の民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換 

変化のクサビは打ち込まれた。それをどう生かすかは、私たちの問題だ。

● 「政権交代にはガッカリだ」って、誰が言っているの?

● 何が大切か、落ち着いて考える  移行プロセスでの民主主義のバージョンアップ

==================================

【「政権交代にはガッカリだ」って、誰が言っているの?】

 「政権交代したのに、これじゃガッカリだ」という人が多いといわれる。既存政党への失望や不信感が、維新の会などの「グレートリセット」に対する期待となっている、ともいわれる。本当にそうなのか。

 政権交代で日本の政治が大きく変わる、という期待が高かったのは事実だろう。しかし民主主義が独裁と違うのは、権力者が「こうだ」というだけで、制度や仕組みが変わるのではない、という点だ。主権在民とは、特定の権力者ではなく国民が決定権を持つということ。だから「決める」ためには、異なる意見や対立する利害を調整して、「みんな」とまではいかなくても、多数が納得する合意を形成するという、面倒で手間のかかるプロセスが不可欠だ。それをすっ飛ばして「何でもいいから誰か、強いリーダーが決めてくれ」と、民主主義を放棄するのか。

「自分の一票で政権が代わる」ことを実感できなかったときには見えなかった、政権交代後の民主主義の課題を前にして、一度選んだらあとはお任せ、面倒な決定過程は他人任せで、結果には文句を言うという、依存と分配のフォロワーにとどまるのか。それとも民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換を「引き受ける」のか。「政権交代にはガッカリだ」だけでは、主権者としての努力が足りないのではないか。

政権交代のメリットが実感できないって?

 例えば、原子力やエネルギー政策が大きく方向転換したことは間違いない。確かに民主党政権にはミスも失策もあるが、自民党政権だったら、はたしてここまで転換できただろうか(自民党は原発について、将来の方向性としても示していない)。原発に依存した従来のエネルギー政策(依存と分配の政策)を大きく方向転換しえたのは、(これまで密室で決められていた)決定過程をオープンにし、公共政策の決定にはじめて国民的議論を反映させたからだ。それによって原発のコストやリスク、脱原発のコストやリスクも含めて、「誰かに決めてもらう」のではなく、自分たちの問題として決める、という意識が国民の間に生まれてきた。このメリットを実感できないって?

 脱原発は政府が「原発ゼロ」を決めればそれで済む、というものではない。社会経済システム、国民生活全般に大きく係わる以上、社会的なコンセンサスを繰り返し、それを積み重ねていかなければならない。「そうでなければ、たとえ今、脱原発依存を宣言しても、選挙で政権が変われば、その決定は数年もしないうちに、たやすく覆される可能性がある。(脱原発依存を郵政改革にするな)」(枝野幸男「叩かれても言わなければならないこと」)。このプロセスに継続的に参加せずに、「骨抜きになった」と文句を言うだけでは、脱原発はスローガンに終わってしまう。それでいいのか?

 東北の被災地の復興が「遅い」と批判される。被災した人々からすれば、その通りだろう。しかし今回の復興が阪神大震災をはじめとするこれまでの復興と大きく異なる点は、震災前から人口減・高齢化、第一次産業の衰退などに喘いでいた地域を、「凌ぎの時代」の持続可能な地域へと作り変える(「単なる復旧ではない」といわれる所以)という点である。これはプロセス、手法においても地域の自治、参加に根ざしたものでなければならない。みんなで合意を形成するには、手間も時間もかかる。それをすっ飛ばして「誰かに決めてもらう」では、立派な堤防も漁港もできたが担い手はいなくなった、ということになってしまう。自治や参加の新たな歩みに、主権者として伴走しようではないか。

 復興予算が被災地以外にも使われている、民主党政権はメチャクチャだって?

 たしかに「こんなものに」というところに復興予算が使われている事例はある。それについては国会で追及すべきだろう(委員会を速やかに開催しなかった与党の責任は大きい)。しかしそもそもこの予算は野党も賛成して国会で通したものだ。本当に復興に寄与する予算なのかどうか、精査するのは国会の役割であるはずだ。予算委員会で何を議論していたのか。

もぐら叩きのように目の前のことを追及するだけではなく、そろそろ問題を解決するための議論に移るべきではないか。今回の問題が明るみになったのは政権交代後、事業仕分けで各省の事業評価シートが導入されたおかげである。国民の目が届くための、小さな一歩は始まっている。それをどう生かしていくか、そのために智恵を絞るほうが、「任せて文句を言う」よりも、ずっと大切なことではないか。

ほかにも一括交付金化など、依存と分配から方向転換するためのクサビは、確実に打ち込まれている(「日本再生」402号12―14面 関西政経セミナー参照)。それをさらに生かすのか、それとも「ガッカリだ」と文句を言うだけで終わるのか。既存政党やら新党やらを、次期総選挙でどちらの土俵に乗せていくか。それは私たち主権者自身の問題だ。

【何が大切か、落ち着いて考える 移行プロセスでの民主主義のバージョンアップ】

 政権交代で私たちが求めた政治の転換とは、「あれも、これも」という依存と分配の政治から、「あれか、これか」「何をあきらめるか」という選択の政治への転換だ。戦後日本の延長線上での「変える」や「ぶっ潰す」の道は、3.11で最後通牒を突きつけられた。

「3.11であらわとなった、時代と社会のひずみを解消するという“敗戦処理”をしながら、その向こうに新しい時代をつくりたい」(枝野幸男 前出)ということが、民主党政権が背負った歴史的役割だといえる。

「民主党マニフェストでやろうとしたことは、極めて野心的だったのではないかと思うんです。一言でいえば社会構造を変えようとしたわけですが、そのためには移行プロセスにも責任を持たなければなりません。~『コンクリートから人へ』にしても、環境・エネルギー政策にしても、そうした転換が人々の不安を呼び起こすことも事実です。それが政策に対する反発や、うまくいかなかったときの批判という形になるわけです。しかしそういうことを恐れて後退してしまっては、社会の変化についていけなくなるわけで、やはり野心的な転換であればあるほど、社会構造の変化をきちんと見据えて、新しい方向を示す必要があります」(諸富徹・京都大学教授 402号 14面関西政経セミナー参照)

一方で役割を終えたものをたたみながら、他方で新しいものを立ち上げていく。こうした移行プロセスをどうマネージしていくか、そこにおけるフォロワーシップの転換には何が求められるのか。政権交代の総括には、こういう問題設定が不可欠になる。

「原発はやめなければならない。しかし他方で、やめ方を間違えてはいけない。ただ、危ないから早くやめようと言うだけなら、それは政治ではない。どうやったら確実にやめられるのか。それを考えて、そこに一歩でも近づけるのが政治の責任であり義務である」(枝野幸男 前出)

政権交代したのは、民主党に政権担当能力があったからではない。民主党に政権担当能力があるかといえば、大いに疑問符がつくだろう。しかし同時に移行プロセスに求められる政権担当能力は、政権交代を前提としていないときの政権担当能力とはまったく別ものである。

「今回政権を担ったことで、民主党は大きな壁にぶつかったり、障害に直面したりしたわけですが、ここから移行期のマネジメントというものをどれだけ学習できたのか。右肩上がりの成長で人口が増えていく時代における政策マネジメントより、人口が減少していき、いろいろな意味で『たたみ方』をどうするか、というマネージのほうが、やはり難しいと思うんです。政権を担ったことによって、そういう部分をはじめて学習できたのではないか。これは、これまでの(右肩上がりの時代の)政権運営にはない経験です」(諸富 前出 ()は引用者)

 「たたみ方」をどうするかというマネジメント、「何をあきらめるか」を合意するプロセス、利益の分配ではなくリスクと負担を分かち合う民主主義。こうした民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換にかかわる試行錯誤の教訓、学習をどのようにそれぞれの持ち場で集積してきたのか。そこから政権交代後の三年間を総括、検証しよう。

 「たたみ方「立ち上げ方」という、移行プロセスの論理が使えなければ、この三年間の検証は「○か×か」「できたか、できていないか」だけの視点になる。これでは「脱原発への移行プロセス」を議論できないことは明らかだ。

 民主主義では少数意見にも意思表示の自由がある。同時に民主主義は多数の合意形成であることが決定的だ。デモをする権利はあるが、それで官邸に乗り込んで主張を認めさせる、というのは民主主義ではない。多様な意見、対立する意見を合意形成にまで持っていくには、討議―熟議が不可欠になる。移行プロセスに必要なのは、この熟議のプロセスでもある。

 熟議のためにはお互いの主張をぶつけ合うだけではなく、「何が大切か、落ち着いて考える」ための環境と材料、それを作り出す活動が必要だ。「代議制民主主義の場合には、輿論、民意を形成する型を持っていないと、声の大きいところ―業界団体とか専門家だけで決めることになります。これではヘルプの政策にしかなりません。つまり主権在民というのは―議員も含めて―俗論、世論(セロン)から、輿論(ヨロン)を作っていくという型を持たないとダメなんです。そのための、言論活動の型を持たなければならない。言論というのは、議論を通じて世論を輿論へと収斂していく活動空間です」(戸田代表 402号11面参照)。

 受益者市民―依存と分配のフォロワーシップのリアルでポジティブなたたみ方、主権者市民のフォロワーシップのリアルでポジティブな立ち上げ方―その実践的糸口、教訓をどこまで集積して、次期総選挙を準備できるか。自治の現場での教訓と集積を、移行プロセスの新たな政治回路へと開花させていこう。ドンチャン騒ぎは早めに卒業して、何が大切か、落ち着いて考えるための主権者の場づくりを着実にすすめよう。

(以上は、11/3総会の趣旨でもあります。)

==================================

◆第七回大会 第二回総会

11月3日(土・祝)10時より18時

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

□催しのご案内

●大野もとひろ「感謝の集い」

●西粟倉「森の学校」 ユカハリファンド説明会

□東京・囲む会&関西政経セミナー

==================================

●大野もとひろ「感謝の集い」

 防衛大臣政務官に就任した大野元裕参院議員の政経セミナーです。

10月19日(金)16時より

都市センターホール

会費 20000円

第一部 講演

日本のTPP戦略~課題と展望  山下一仁(キャノングローバル戦略研究所)

アメリカ大統領選挙の展望と日米関係  中山俊宏(青山学院大学教授)

大野議員を交えてパネルディスカッション

第二部 レセプション

*当方でもチケットをお預かりしています。ご希望の方はご一報ください。

●西粟倉「森の学校」 ユカハリファンド説明会

「日本再生」401号で紹介した西粟倉村の「森の学校」が新たに資金を調達するための

ユカハリファンド。その説明会が行われます。関心のある方はぜひ!

10月25日(木)19:00-20:00 ユカハリファンド

【概要】
場 所:〒100-6590 東京都千代田区丸の内1-5-1
新丸の内ビルディング 10階 ミュージックセキュリティーズ
(アクセス)http://www.marunouchi.com/shinmaru/access/index.html
定 員:12人(定員になり次第閉め切りますので、お早めにお申込ください)
参加費:無料

http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?ba=b10765a30746 より転載

□東京・囲む会&関西政経セミナー

●第120回 東京・戸田代表を囲む会

政権交代3年あまりの総括視点を絞り込んでいるこの秋の企画。

前田・前国交大臣、五十嵐・前財務副大臣、福山・元官房副長官などのお話を受けて、

さらにフォロワーとしての場づくり、関係づくりについて、同人議員のトークを軸に

進めます。

「依存と分配」から「選択と熟議」へ 転換・移行の場づくり、関係の創り方とは

10月18日(木)18時45分から21時

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

同人 1000  購読会員 2000円

●第23回 関西政経セミナー

 マニフェスト政治文化、「次」のステージへの転換を

10月20日(土)18時から21時

コープイン京都

1000円

隠居・京都市議、上村・京都府議、中小路・京都府議

諸富・京都大学教授、前田・参院議員・前国交大臣
*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

「自分たちで決めたい」のか「誰かに決めてほしい」のか

受益者市民にとって、政治は憂さ晴らし。

「何が大切かを落ち着いて考える」リアルでポジティブな主権者の場づくりを

●リーダー勝負からフォロワー勝負へ

●「依存と分配」から「選択と熟議」へ

 転換のためのフォロワーシップを醸成する場づくりとは

□ご案内

◆10月3日 講演会 福山哲郎・参議院議員

「マニフェスト政治文化『次』のステージへの転換を~エネルギー・温暖化戦略を軸に」

ほか

==================================

「自分たちで決めたい」のか「誰かに決めてほしい」のか

受益者市民にとって、政治は憂さ晴らし。

「何が大切かを落ち着いて考える」リアルでポジティブな主権者の場づくりを

==================================

●リーダー勝負からフォロワー勝負へ●

冷戦終焉に際して「氷が割れるときが一番危ない」と言ったのは、確かサッチャー女史であった。これまでのシステムや枠組みが歴史的に持たなくなり、その命脈は尽きつつあるが、それに代わる新しいシステムや枠組みは未だ成らず、という移行・転換の時期こそ、もっとも不確実で不安定な状態だ。国民国家万能の時代には地政学上の「力の空白」、あるいは内政上の権力の空白といったことが不確実性、不安定性の根源であった。ここでのガバナンスは、主要にリーダー勝負だった。

しかし国民国家が相対化され、G0といわれるようになった時代、そしてグローバル化によって国境を超えたフラット社会が出現しつつある今日では、むしろフォロワーシップの勝負となる。わが国周辺での領土をめぐる一連の事態、あるいは政権交代後の「迷走」―内外ともに「何が大切かを落ち着いて考える」ことができるフォロワーシップこそが、ますます問われている。

韓国、中国の強硬姿勢の背景構造は、いくつかの層をなしている。大きく言えば、ひとつはアメリカの相対的な地位の低下と中国の台頭に象徴される、国際的な力と富のバランスの変化と、それに伴う流動化。もうひとつは大統領選挙や共産党指導部の交代という、政治権力の移行期におけるバランスの変化と流動化。とくに中国の場合、「世界の工場」といわれてきた経済モデルからの転換が否応なく迫られるなか、これまで「経済成長」によって覆われていたさまざまな問題が顕在化、先鋭化しつつあるというきわめて難しい局面にある。このなかで、指導部交代をめぐる権力闘争も絡む複雑な構造になっている。

いつ炎上してもおかしくない、この微妙きわまりない時期に、「尖閣諸島国有化」などという燃料投下はしないでくれ―APECで胡錦濤主席が野田総理に伝えた「日本政府は事態の重大さを認識し」とは、簡単に言えばこういうことだったのだろう。しかしその翌日、尖閣諸島国有化は閣議決定された。これを受けて中国も、領土問題で勝負に出た。反日暴動のきっかけは、おそらくこういうことではないか。(唐家璇・前国務委員は日中友好団体代表との会談の際「会談直後の国有化でメンツをつぶされた」と述べた。毎日9/28)

では、こうした中国の事情を忖度して国有化の時期をずらせばよかったのか。そうではないだろう。領土問題を「棚上げ」して関係を深める、という四十年前からの枠組みそのものが、すでに時代の変化に適応できなくなっている。良くも悪くもリーダーが仕切ることができるなら、「棚上げ」もできるだろう。しかし今や中国でさえ、政府の意向で世論をコントロールするには限界がある。日本においてはとっくに、リーダーの不在を嘆き、政治の劣化を評論するよりも、フォロワーシップの転換・成長こそが具体的課題になっている。

リーダー勝負からフォロワー勝負へ。こうしてみると、違った風景が見えてくる。

(以下「日本再生」401号へ)

●「依存と分配」から「選択と熟議」へ

 転換のためのフォロワーシップを醸成する場づくりとは●

 政権交代から三年あまり。迷走ときには逆走をともないつつ、さまざまな混乱、試行錯誤のなかから民主主義の次のステージが見えてきつつある。それは、利益を分配する民主主義から、リスクと負担を分かち合う民主主義へ転換するための実践的課題であり、別の表現をすれば「依存と分配」政治のリアルでポジティブなたたみ方と、「選択と熟議」の政治のリアルでポジティブな立ち上げ方ということだ。

 ここでも焦点はフォロワーシップである。

「…『郵政選挙』の国家的集団ヒステリーのようなブームに踊らされて『刺激物』に飛びついてむなしさが残った経験と、今の政権を見て国民が学んだ『魅惑的な公約はあてにならない』という教訓をステップにして、何が大事なことかを冷静に見る機会が、近いうちに訪れるのではないか」(松尾貴史 毎日7/28夕)。

「郵政選挙」も〇九年選挙も、依存と分配政治のたたみ方としては、リアルでもポジティブでもなかった。しかし同時に、依存と分配の政治から選択の政治への転換プロセスは、否応なく始まっている。これをチャラにしたり、後戻りさせるわけにはいかない。求められているのはフォロワーシップの転換だ。受益者市民―依存と分配のフォロワーシップのリアルでポジティブなたたみ方、主権者市民のフォロワーシップのリアルでポジティブな立ち上げ方―その実践的糸口、教訓をどこまで持って、次期総選挙を準備できるのか。

受益者市民にとって、政治は「憂さ晴らし」だ。右肩上がりのときなら「あれも、これも」が通用したし、参加とは「自分の要求を通す」ことでよかったが、それができなくなりつつある。逆に「何をあきらめるか」を合意したり、リスクと負担を分かち合うには、面倒な調整が不可避だ。いつまでもモタモタして決められない、としか見えない。「それならグレート・リセットだ」と、「バッサバッサと既得権を切り捨てるヒーロー」を探すことになる。

 しかしこれは一度目は悲劇、二度目は喜劇でも、三度目になると茶番だろう。こうした依存と分配のフォロワーシップを、どのように上手にたたんでいくか。

「歴史を振り返る限り、革命や維新でシステムが壊れて最も損をするのは貧しい民衆。これは万古不易の真理です。しかしそれに民衆が気付かない、というのもまた、普遍的な真理です。よく『おきゅうを据える』といいますが、おきゅう一本ならともかく、システムが壊れたら全身ヤケドです。なぜか有権者は損する方に投票してしまう」「教育の根本は、自分にとって何が得かを長期的視野でしっかり考えられる能力を育てること。最も正しい投票姿勢は、正しく理解された自己利益の追求です」(鹿島茂 毎日9/18「橋本現象を読む」上)

「正しく理解された自己利益の追求」の前提となるのは、生活者としての視点だろう。「税と社会保障」にしろ、「エネルギー」にしろ、あるいは自治体におけるゴミ収集の費用負担にしろ、老朽インフラの更新問題にしろ、「憂さ晴らし」では片付けられない課題、生活の利害にたった議論から始めなければならない課題は目白押しだ。(その意味で、原発をスルーした自民党総裁選は、生活者とはほど遠いものだったといえるだろう。)

あるいは、主権者市民のフォロワーシップを醸成する問題提起とはどのようなものか。それが醸成できない問題提起とはどのようなものか。

福島原発事故を受け、政府は今後のエネルギーのあり方について国民的議論を提起した。二〇三〇年における原発依存度、というところにだけ焦点が当てられた感があり、必ずしも論点が出し尽くされたとは言いがたいが、それでも委員会でのオープンな議論を経て選択肢を三つに絞り、意見聴取会、パブリックコメント、討論型世論調査という方法で国民的議論が展開された。公共政策課題についてこのような方法が展開されたこと自体、わが国でははじめてのことだろう。

だからこそ、「次」が問われる。この国民的議論を通じて、民意は「原発ゼロ」にあることが明らかになった。しかし「原発ゼロ」を柱に据えた「革新的エネルギー・環境戦略」が閣議決定を見送られたことによって、今度は「骨抜きにされた」といわれている。問題はここにある。

エネルギーにしろ、税と社会保障にしろ、問題はきわめて多面的で複雑だ。一度の国民的議論でスッキリ結論がでるようなものではない。だからこそまず「ゼロ」という方向性を確認し、そこから今度は「そのためにはどんなハードルがあるのか」「どういう条件ならどうなるか」という国民的議論を繰り返し、それを積み重ねていく以外に合意形成はできない。一度きりの国民的議論で「結論」を出したら、「あとはお任せ」ではないのだ。

政権交代に対する国民の期待は、日本が直面する難題について「どうなっており、どうなりうるか」を、政治が国民と共有することにあったはずだ。民主党がやるべきことは、「いろいろ問題もありますが、できたこともこれだけあるんです」という“言い訳”ではない。「ここまでは進めました。そこから先に行くには、こういうハードルがあり、こういう課題を解決しなければなりません」と言って、主権者市民のフォロワーシップを醸成することだ。

それができない原因は、受益者市民のフォロワーシップ(「あとはお任せ」)に立脚しているからにほかならない。受益者市民のフォロワーシップに立脚していれば、「次の選挙」のためだけに右往左往したり、足の引っ張り合いをしたりすることになる。

同じことは自民党にもいえる。総裁選で圧倒的に党員票を獲得したのは石破氏である。「自民党は変わらなければならない」と一番鮮明に訴えたのが、石破氏だ。「政権交代は国民が民主党にだまされたからだ、というだけではない」と。民主党がいかにウソつきか、という主張は構わないが、それだけでは「国民がだまされた」ということにしかならない。これでは受益者市民に支持を訴えることはできても、主権者市民のフォロワーシップを醸成することはできない。国会議員の投票が、党員票とかけ離れていた本質的な理由はここにあるといえるだろう。

受益者市民―依存と分配のフォロワーシップのリアルでポジティブなたたみ方、主権者市民のフォロワーシップのリアルでポジティブな立ち上げ方―その実践的糸口、教訓をどこまで集積して、次期総選挙を準備できるか。すでに自治の現場では受益者市民、負担者市民、経営者市民という主体分岐がリアルになりつつある(三九九号など参照)。ここから新たな政治回路を創り出そう。

郵政選挙、そして政権交代選挙、それらを教訓に三度目を茶番にせず、「何が大切かを落ち着いて考える」ための場づくりを進めよう。憂さ晴らしのドンチャン騒ぎは、早めに卒業しよう。

==================================

10-11月のご案内

==================================

◆講演会

「マニフェスト政治、『次』のステージへの転換を~エネルギー・温暖化戦略を軸に」

10月3日(水)18時30分より

福山哲郎・参議院議員(官房副長官として、3.11とその後の事態に対応。また野党時代より温暖化戦略に取り組んでいる。)

アルカディア市ヶ谷 6階「伊吹」

会費 会員 1000円   一般 2000円

◆第120回 東京・戸田代表を囲む会(会員限定)

「『依存と分配』から『選択と熟議』へ 転換・移行の場づくり、関係の創り方とは」

~総会にむけて~同人地方議員のトークを軸に

10月18日(木)18時45分より

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円

◆第23回 関西政経セミナー

「マニフェスト政治、『次』のステージへの転換を」

10月20日(土)18時より

隠塚功・京都市議、上村崇・京都府議、中小路健吾・京都府議

諸富徹・京都大学教授、前田武志・参院議員、

コープイン京都 202会議室

参加費1000円

◆第七回大会 第二回総会

11月3日(土・祝)10時より18時

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

問題提起:福嶋浩彦・元我孫子市長、諸富徹・京都大学教授

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


メルマガ♯がんばろう、日本!         №164(12.9.4)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

リアルでポジティブな「依存と分配」政治のたたみ方、

リアルでポジティブな「選択の政治」の立ち上げ方

●非難やあら探し、足の引っ張り合いはもういらない。

リアルでポジティブな前向きの改善策を話し合おう。

●政策転換の現場としての自治 変化の実績は地域から集積される

●依存と分配の政治から選択の政治へ、転換のプロセスを後戻りさせるな

~来るべき選択にむけて

□ご案内

◆9月-10月の「囲む会」「講演会」

==================================

リアルでポジティブな「依存と分配」政治のたたみ方、

リアルでポジティブな「選択の政治」の立ち上げ方

==================================

●非難やあら探し、足の引っ張り合いはもういらない。リアルでポジティブな前向きの改善策を話し合おう。

政権交代から三年。この間、迷走ときには逆走をともないつつ、さまざまな混乱や試行錯誤のなかで見えてきたことのひとつは、「あれもこれも」という依存と分配の政治から、「あれか、これか」「何をあきらめるか」という選択の政治への転換、その移行期の議論のしかた、合意形成の諸問題だろう。

 GDPの200%におよぶ公的債務、原発・エネルギー問題、急坂を上るような少子高齢社会の社会保障、人口減少時代の地方の生き残り、構造的デフレ下での雇用など、いま日本が直面している問題は、いずれも難問ばかりだ(対外的にはG0時代の外交・安全保障、G20時代の経済外交戦略など)。解決のためには複雑な議論と、途方もない時間を費やさなければならず、その間に「時間切れ」を迎えてしまうかもしれない。そうはいっても、不都合な真実からこれ以上、目を背け続けるわけにはいかない。

 そう、こうした難題の解決を誰かに「お任せ」するわけにはいかないことを、私たちは学んだ。「これをやればすべて解決する」という魔法の杖もなければ、バッサバッサと世直しをしてくれるヒーローもいない。政権交代で求められたのは、依存と分配の政治から選択の政治への転換であり、そのリアルでポジティブな移行プロセスにほかならない。3.11はそのことを、ダメ押し的に明らかにした。

リアルでポジティブな移行プロセスとはなにか。依存と分配の政治もまた社会システムであり、それを否定したり、誰かを打倒したり、「ぶっ潰す~」と叫んでなくなるものでもなければ、ましてやそれで選択の政治へと転換できるわけでもない。社会システムの転換は、Aというやり方をやめてBへ、という単純な話ではない。これまでのやり方の、どこにどういう問題があったのかを検討しながら変えていくというプロセスが、非常に重要であり不可欠だ。その意味で、改革の是非を問うとされた「郵政選挙」も、「八ッ場」をシンボルにまつりあげた〇九年選挙も、依存と分配政治のたたみ方として、リアルでもポジティブでもなかったということだ。

例えばムダな公共事業は、しかし地域の雇用にとっては必要なものでもある。そのリアルでポジティブなたたみ方、転換のしかたとはどういうものか。

「戦後の経済、政治、そして社会も含めて、日本の福祉国家を支える諸要因と公共事業は密接に結びついている。そのシステムが限界に来ている状況のもとで、今回の大震災は起きた。土建国家への安易な逆流は、ポストバブルの『失われた二〇年』を繰り返すことになりかねない。だが、だからといって、公共事業を基盤として成り立ってきた福祉国家にあって、その核心を無視しつつ、ヨーロッパ型福祉国家への大転換が果たして可能であろうか。これも極端な議論であろう。~中略~問われているのはこういうことだ。公共事業を待望する経済主体は依然として存在する。しかも、短期的には公共事業の削減は見通せないどころか、土建国家への流路が再び形成されかねない。ではどうすれば土建国家への逆流を食い止め、現在の公共事業を新しい福祉国家への道筋となりうるような公共事業へと転換できるのか。より明快に言えば、人々に必要な公共事業とはいかなるもので、政府の果たすべき役割とは一体いかなるものなのか」(「雇用連帯社会」井手英策・編)

同じようなことは原発についてもいえる。

「原発の今後のあり方を論じる際に最も重要な点は、『反対』『推進』という原理的な2項対立から脱却し、危険性と必要性の両面を冷静に直視して、現実的な解を導くことである。~相手を批判するときには、必ず、リアルでポジティブ(積極的ないし建設的)な対案を示すべきである。

リアルな議論を展開しなかったからこそ、原発推進派は、エネルギー自給率4%(2008年)という資源小国でありながら、これまで原発への風当たりを弱めることができなかった。ポジティブな対案を示さなかったからこそ、原発反対派は、広島・長崎・第五福竜丸を経験した被爆国でありながら、これまでドイツの緑の党のような有力な脱原発政党を育てることができなかった。原発のたたみ方を論じるのであれば、それはリアルでポジティブなものでなければならない。筆者が『リアルでポジティブな原発のたたみ方』という表現をとるのは、このためである」(橘川武郎・一橋大学教授 ダイヤモンドオンライン8/24)

依存と分配では、もう持たないことははっきりしている。非難合戦やあら探し、足の引っ張り合いはもういらない。依存と分配の政治から選択の政治へ転換するための、リアルでポジティブな前向きの改善策を話し合おう。

ちなみにドイツでは内閣不信任決議提出の際は、必ず後継首相を明示しなければならないという(建設的不信任)。これはワイマール共和国時代、左右の急進派が倒閣のみを目的に共闘して不信任案を乱発し、政治が不安定化した結果、ナチス台頭につながった経験からだ。

●政策転換の現場としての自治 変化の実績は地域から集積される

 依存と分配は「お任せ」で、市民は受益者でしかないが、選択の政治は市民が選択―決定過程に参画することが、決定的に重要になる。依存と分配から選択の政治への、リアルでポジティブな転換―移行プロセスに欠かせないのは市民の決定過程への参画であり、その主戦場こそ自治の現場である。

 「…残念なことに、公共事業は中央集権の象徴でもあった。その核心は公共事業が国庫補助事業だった点にある。地方にとってみれば、自治体の各部局は補助金の付く予算を削る必要性を持たず、議会においては補助金の獲得は利益誘導の成果を示すものに他ならない。このようなバランスのうえに、国は国庫補助金を通じて地方財政の規模を操作することが可能だったのである。

 以上の仕組みのもとでは、住民が公共事業に参画するには、利益集団を媒介とするしかなかった。『利益』のためではなく、自分たちの『生活』という基本的視点からその決定に参加する機会はきわめて少なかったといえよう。~何が必要で、何が不要かという決定に対して、住民の意思が的確に反映される仕組みが工夫されなければ、公共事業への合意形成などできるはずがない」(前出「雇用連帯社会」)

 いま地域では、市民参加による事業仕分け(「何が不要か」を市民参加で決める)のみならず、「必要な公共とは何か」を市民参加で決める―地域課題の公共事業化、社会的共同事業ともいうべき取り組みが、それぞれ智恵と工夫をこらして試行錯誤しながら進められている。(一括交付金化などの)補助金改革は、そうした試みを後押しするものであるべきだし、その観点から政策効果が検証されるべきだろう。

 「~二つの視点―『公共の任務』と『新しい公共事業』―は有機的に結びついている。これまでの仕組みでは、交付税や国庫補助金などによって財源は保障されてきたが、住民が意思決定に参画する機会は少なく、画一的な公共事業が実施されてきた。新しい『公共の任務』のもとだは、それぞれの地域にどのような公共事業が必要で、それをどのように充足し、どのような産業を育成していくのかが問われる。バリエーションは多様であり、人々の議論と選択が決定的に重要となる。一方『新しい公共事業』は、以上のように人々のニーズに支えられ、かつ、新規投資に比べて財源節約的で効果的な事業が可能である。しかも、国の支援は奨励補助金、つまり時限的な補助金が中心となる。~自らが決める公共事業の意味はここにもある」(前出「雇用連帯社会)

 エネルギー・システムについても、同様のことがいえる。これまでの「どこかで、誰かが作った」電気を使うだけの市民から、電源を選択し、さらには自分たちで事業を興して発電する(そういう事業に投資という形で参加する)。中央集権・垂直統合型システムから、分散型・ネットワーク型のシステムへの転換―移行のプロセスへ、われわれは踏み出している。

 「買取制度は、発電された電気を強制的に買い取る仕組みである点で一種の補助金と見ることもできる。この点では、買取制度も公共事業と実質的に変わらないではないかという批判も可能である。

 しかし公共事業と買取制度では決定的に異なる点がいくつかある。公共事業では、どのような事業を行うかは、国(あるいは都道府県)が決め、地域の事業者は発注された事業を請け負うという形で、受身的に参加する。~リスクは存在せず、受注できるかぎりにおいて確実に儲けることができる。その代わり、自治の精神は失われ、競争入札も機能せず、採算性を確保するための創意工夫とは縁遠い事業となっていく。~『依存と分配』とも呼ぶべき地域経済の構造が定着することになる。

 これに対して買取制度の下では、たしかに事業採算性が取れるスキームは国が準備するが、それを活用するもしないも、地域の事業者の主体的な判断次第である。~公共事業の場合、事業主体は自治体やその他の公的機関だが、買取制度の下では民間事業者となる。

 したがって民間事業者が、実施する事業の内容を自ら決め、リスクをとって資金調達を行わなければならない。~買取価格は段階的に引き下げられることになっているため、技術革新によって費用を下げていかねば赤字を出し、やがて倒産の危機を迎える。こうして買取制度は、地域に進取の気性をもった事業体の創出を促進する。

 以上のことから、公共事業による『依存と分配』の構造から抜け出し、再生可能エネルギーによる発電事業へ転換していくことは、その地域の経済・産業構造を、官主導・官需依存型から、民間主導により市場を自ら開拓していく自立したビジネスを成立させる方向に切り替えていくことを意味する」(「エネルギー自治と経済・産業構造ビジョン」諸富徹 季刊 政策・経営研究/三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

脱原発は、政府が決定すればそれで決まるというだけの問題ではなく、これまでのシステムのどこに問題があり、それをどう変えていくのかという具体的なプロセスなしには進まない。大きな制度改革は、それを後押しするものとして構想・設計されるべきだ。

「いまわたしたちに必要とされていることは、未来の持続可能なエネルギー社会のイメージをさまざまな(異なる利害を持った/引用者)ステークホルダーの間で共有し、それを実現するための方法論的な手がかりを得て、実際にそれぞれの地域社会で具体的な取り組みをはじめることです。その過程にはさまざまな困難がともなうことが予想されますが、それぞれの地域で試行錯誤しながら実績を作り出さないかぎり、なし崩しの現状肯定はいつまでも続き、責任ある脱原発・脱化石燃料は実現できません」(古屋将太 「日本の難問をかたづけよう」光文社新書)。

非難合戦では、なし崩しの現状肯定が続くことになる。参加せず、観客民主主義のままでは、始まった変化は見えず、「期待と失望」を繰り返すことにしかならない。変化の実績、転換の内実を作り出すための、リアルでポジティブな改善策を話し合おう。その主戦場は自治の現場だ。

●依存と分配の政治から選択の政治へ、転換のプロセスを後戻りさせるな~来るべき選択にむけて

政権交代を機に、依存と分配の政治から選択の政治への転換は否応なく始まった。確かにそのプロセスには迷走や逆走も伴ったし、とんでもない混乱も少なくなかった。だが「新しい公共」のような変化は確実に始まったし、エネルギー政策の国民的議論(オープンな議論という意味でも)のような、決定過程―合意形成プロセスの変化も始まっている。あるいは「税と社会保障の一体改革」についても、二月から全国各地で対話集会を行っている。公共政策課題について、こうした国民的議論の形式がとられたこと自体、はじめてのことではないか。この移行プロセスを、後戻りさせるわけにはいかない。例えば、三党合意にある社会保障を協議する国民会議の議論のプロセス、合意形成のプロセスは、エネルギー政策の国民的議論の試行錯誤を、さらに「オープンな熟議」に向かって深化させるものになるべきだろう。

「…『郵政選挙』の国家的集団ヒステリーのようなブームに踊らされて『刺激物』に飛びついてむなしさが残った経験と、今の政権を見て国民が学んだ『魅惑的な公約はあてにならない』という教訓をステップにして、何が大事なことかを冷静に見る機会が、近いうちに訪れるのではないか」(松尾貴史 毎日7/28夕)。

「郵政選挙」も〇九年選挙も、依存と分配政治のたたみ方として、リアルでもポジティブでもなかった。しかし、依存と分配の政治から選択の政治への転換プロセスは、否応なく始まっている。大事なことは、これをチャラにしたり、後戻りさせるわけにはいかないということではないか。

 観客民主主義にとどまったまま、期待と失望を繰り返すパターンから、どれだけ卒業できるか。「『維新』という名のミステリートレインが、猛烈な勢いで疾走している。塾生だけではない。国民の誰一人、おそらくは橋下氏本人も、その終着駅を知らない」(祝迫博 中央公論9月号)。なし崩しの現状維持か、イチかバチかのミステリートレインか、という貧弱な選択肢に代わるリアルでポジティブな議論への参加の窓を、いかに広げていくか。

 エネルギー政策をめぐってはじめて、国民的議論が展開された。意見聴取会、パブリックコメントとあわせて行われた初の「討論型世論調査」では、討論を経て「0%」を選択する人がさらに増えるという結果になった。これは「熟慮の選択」の可能性を秘めたものといえるだろう。

 郵政選挙も〇九年の選挙も、一票で政治が変わったことは間違いない。それが自分の望むような変化であったかどうかは別として。「一票で政治が変わる」なら、その選択肢を自ら貧弱なものにしてしまっては、もったいないだろう。

 同時に選択には不確実性がともなう。とくに、依存と分配の政治はもう持たないことはわかっているが、それに代わる選択の政治は未確立、という過渡期―移行プロセスの最中では、「どちらの不確実性を選択するか」が問われることになる。例えばこんなふうに。

「国策でさんざん推進して、とんでもない失敗に至った原発を、それでも続けるという不確実性を選ぶのか、基礎技術が確立されて安全性は問題ないが、未だコストがかかり、系統不安定化などこれから解決しなければならない課題がある再エネの不確実性を選ぶのか。とうに亀裂が入った夫婦関係を続けるか、離婚して出直すのか、どっちを選ぶかに似ていますね(笑)」(高橋洋 日経ビジネスオンライン8/16)

 確かに「ムダを省けば財源は出てくる」という〇九年民主党マニフェストは、「空手形」というほかはない。しかしだからといって、ニッチもサッチも行かなくなっている「依存と分配」に戻るなら、政権交代は政治不信への媒介に過ぎないことになる。「だからミステリートレイン」では、茶番にしかならない。

GDPの二倍という公的債務に目をつぶって、依存と分配を続ける不確実性を選ぶのか、「一票で政治が変わった」ことを出発点にして、試行錯誤の連続である「参加」や「熟議」「自治分権」の深化という不確実性を選ぶのか。何が大事なことかを冷静に見て判断する機会が、近いうちに訪れるだろう。

 その際のリアルでポジティブな議論の前提には、財政のリアリズムが不可欠であることは言うまでもない。マニフェストの標準化、書式化についても、政党がそれをやるかどうかではなく(やらない、ところからしか始まらない)、世間の側が政党の公約なりマニフェストなりを書式に落とし込んで、書くべきなのに書かれていない財政上の裏づけを正す、というところから始めよう。

 依存と分配の政治から選択の政治への転換は、否応なく始まった。それが永田町のドタバタ騒ぎでチャラにされたり、翻弄されたりしないためには、「何を後戻りさせないか」「何をチャラにすべきでないか」について、永田町が無視できないところまで世間の声が明確な意思となる必要がある。「近いうち」も、永田町の政局ではなく、そうした世間の声の高まりと成熟で決するべきだろう。

==================================

8-9月の「囲む会」のご案内

==================================

◆第119回 東京・戸田代表を囲む会(会員限定)

「次世代にこれ以上、ツケを回さないために」(仮題)

9月24日(月)18時45分より

ゲストスピーカー 五十嵐文彦・衆院議員、財務副大臣

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円

◆講演会

「マニフェスト政治、『次』のステージへの転換を」

10月3日(水)18時30分より

福山哲郎・参議院議員

アルカディア市ヶ谷 6階「伊吹」

会費 会員 1000円  一般 2000円

◆第23回 関西政経セミナー

「マニフェスト政治、『次』のステージへの転換を」

10月20日(土)18時より

隠塚功・京都市議、上村崇・京都府議、中小路健吾・京都府議

諸富徹・京都大学教授、前田武志・参院議員、

コープイン京都 202会議室

参加費1000円

◆第七回大会 第二回総会

11月3日(土・祝)10時より18時

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

問題提起:福嶋浩彦・元我孫子市長、諸富徹・京都大学教授

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333


メルマガ♯がんばろう、日本!         №163(12.8.3)

━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━

「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

==================================

▼Index 

利益を分配する民主主義から、リスクと負担を分かち合う民主主義へ

受益者市民との「お約束」から、「何をあきらめるか」を問うマニフェストへ

□ご案内

◆8-9月の「囲む会」

==================================

利益を分配する民主主義から、リスクと負担を分かち合う民主主義へ

受益者市民との「お約束」から、「何をあきらめるか」を問うマニフェストへ

==================================

●受益者市民との「お約束」から、「何をあきらめるか」の選択を問うマニフェストへ

消費増税法案をめぐる論議、攻防は政権交代(および3.11)後の民主主義のステージを、よりクリアに示すものとなった。

 お任せ民主主義では、税は「取られる」あるいは「よこせ、よこせ」だが、本来民主主義とは、社会に必要な費用はどれだけなのか、それをどのように負担しあうのかを、(誰かに決めてもらうのではなく)自分たちで決めるということではないのか。税には権力の発動という側面もあるからこそ、説明責任と合意形成のプロセスが問われる。増税の議論の際にこそ、民主主義の真価が試される。

GDPの二倍にも及ぶ公的債務の山は、財源の議論を先送りし続けてきたお任せ民主主義(民主主義の負債構造)が、可視化されたものにほかならない。消費増税法案が与野党の多数によって成立しようとしていることは、民主主義の負債を次世代につけ回す無責任連鎖を断ち切る一歩が、ようやく踏み出されたことを意味している(前号参照)。

ここから、マニフェスト政治文化も次のステージへの移行が始まることになる。

消費増税法案をめぐって与党民主党が分裂した。その過程では「マニフェストを守れ!」、「これはマニフェスト違反ではない!」という不毛な論争が繰り広げられた。しかしこの論争自体、ナンセンスであると多くの国民は感じている。なぜなら、どんなに財源や工程が明示されていても、受益者市民との「お約束」では、民主主義の負債構造(お任せ・先送り)を脱却することはできないからだ。

多くの国民が政権交代に期待したものは、「特定の政策に過大な期待を寄せることなく」、「本当は日本がどうなっており、どうなりうるか」を考え、示し、国民と共有することだったはずだ。

政権交代から三年。人口減少・少子高齢化、G20ないしはG0時代というグローバル化など、「本当は日本がどうなっており、どうなりうるか」は否応なく見えてきた。財政やエネルギーなどの「不都合な真実」は、もはや「お任せ」ではどうにもならないことが明らかになった。だからこそ消費増税に対しても、「完全に納得はできないが、次世代にツケを残さないようにするためには、やむをえない」という世間の合意はできるようになった。

いいかえれば世間では、受益者市民(依存と分配、現状最適・部分最適)だけではなく、負担者市民(全体最適・将来最適)や経営者市民(持続可能性)が可視化されてきたということだ。世間がこうなってくると、「マニフェスト違反」との声が上がるのは、受益者市民からだということが分かる。問われているのは、受益者市民にとどまったままでのマニフェスト―当事者意識の圧倒的欠如―から脱していくための一歩一歩であり、そのための場づくりやコミュニケーションにほかならない。

「…『郵政選挙』の国家的集団ヒステリーのようなブームに踊らされて『刺激物』に飛びついてむなしさが残った経験と、今の政権を見て国民が学んだ『魅惑的な公約はあてにならない』という教訓をステップにして、何が大事なことかを冷静に見る機会が、近いうちに訪れるのではないか」(松尾貴史 毎日7/28夕)。何が大事なことかを冷静に見る、その経験や訓練はどこにどう集積されているか。そのためのリテラシーは、どのように高まっているか。

「お願いから約束へ」というマニフェスト運動は、〇三年統一地方選から始まった。自治体選挙においては、すでに実行―検証―バージョンアップというマニフェスト・サイクルが二~三巡目にはいっており、「どうなっており、どうなりうるか」のリアリティーに基づいて、受益者市民から嫌われる決断や、適正な負担を求めるという政治文化が多様に展開される、次の新たなステージに入りつつある。自治分権の領域では、負担者市民、経営者市民は、よりいっそう能動的に可視化されつつある。受益者市民から脱していくための多種多様な「共同の場」づくりの経験、試行錯誤も集積されつつある。

 この三年間の経験、集積のうえに、次期総選挙は、受益者市民との「お約束」にとどまった数値の辻褄あわせから、「何をあきらめるか」の選択を問うところへ、マニフェスト政治文化のステージを転換させていかなければならない。既存政党からまともなマニフェストが提示されることを待つのではなく、「『何をあきらめるか』を明記しないマニフェストはニセモノだ」と、世間の側から基準を鮮明に示そうではないか。この土俵に乗るのか、乗らないのかを政党(既存政党にも新党にも)・候補者に問い、選別していく。そういう準備を始めようではないか。

 そのためにもまず、二十一世紀の重い現実を前にして、マニフェストは「何をやるか」ではなく、「何をあきらめるか」の選択を問うものでなければニセモノだということを、世間の常識にしよう。〇九年民主党マニフェストの総括は、この点につきる。

個々の政策がどこまでできたのか、という検証はあってもいいが、その前提となる財政計画にリアリティーがなければ、受益者市民との「お約束」にすぎない。「16・8兆円の財源は、無駄を省けば出てくる」という枠組みそのものが、リアリティーのないものであったことが明らかになった以上、民主党マニフェストは破綻しているというべきだろう。

 事業仕分けで分かったことは、(16・8兆円とは桁違いの)数兆どころか億単位の財源すら、削ったり、付け替えたりすることが、いかに困難な作業であるかということだ。それは単純に官僚や既得権層が抵抗するから、というだけではない。明らかに目的に沿わないものや二重行政、天下り先といったものを削るのは、さほど大変なことではない。それさえきちんとできていない、というところは徹底して追及すべきだろう。

しかし多くの事業は、何らかの必要性があってのものだ(その必要性をめぐる議論は大いにありうるが)。精密機械のように複雑な現在のシステムでは、ひとつ部品を外せば多くの人の生活に影響が及ぶ。数億の財源を付け替えるだけでも、時間をかけて進めざるをえない。あるいは「コンクリートから人へ」には多くの人が賛成でも、自分の地域で計画中の道路が凍結されるとなれば、絶対反対ということになる。どこは止めて、どこは進めるのか。その合意形成は並大抵のことではない。

だからこそ選挙の際のマニフェストは、「何をやるか」ではなく、「何をあきらめるか」の選択を問うものでなければならない。「あきらめる」基準や方向性、それによる影響、さらには政策思想の軸、そういったものを示すことによってこそ、選択が可能になる。すでにローカルマニフェストは、その領域に歩を進めつつある。この土俵に乗るのかどうか、それを政党・候補者に問い、選別していこう。

この問題の格好の訓練の場となりうるもののひとつが、老朽化した施設の更新計画をめぐる議論ではないか。高度成長期に建設された各地のハコモノは、今や老朽化による物理的な崩壊と財源不足による財政的な崩壊という、ふたつの危機に直面している。人口減・少子高齢化がすでに進行しているなかで、既存の施設をすべて更新することは不可能である。新たな施設に機能を集約するにしても、「何を(どこを)あきらめるか」が前提にならなければ、前へは進めない。

その計画を、行政が作るのか(行政が作った計画に市民は賛否を表明するだけなのか)、それとも「何をあきらめるのか」を市民が参加して合意形成するのか。市民が合意形成するためには、あきらめる基準や方向性、そして政策思想の軸(どういうまちをつくるのか)といったことを、討議を通じて合意していかなければならない。

「高度成長の時代には税収もどんどん増えていきましたから、どんな約束をしても、数年すればほとんど実現できたと思います。しかし今はそうではありません。ある意味、はじめて国民が主権者として自分たち自身で考え、判断すべきときにきているのではないでしょうか」(菊地豊・伊豆市長 5面インタビュー)。

こうした経験を積むなかから、「何をあきらめるか」の選択を問うマニフェストのあり方、その土俵の作り方が実践的に見えてくるはずだ。

「何をあきらめるか」の議論の場は、負担者市民(全体最適・将来最適)や経営者市民(持続可能性・必要なものでも借金してまでやりますか、と問う)を登場させる場であると同時に、受益者市民のなかからも、何が大事なことかを冷静に見ようという機運を生み、あるいは「そこまでやるなら仕方ない」というボトムラインを形成する場ともなるだろう。増税やエネルギーなどリスクと負担を分配する時代にはいった今、「何をあきらめるのか」の意思決定に市民・国民が当事者として参加しなければ、納得感のある合意形成はできない。

受益者市民との「お約束」から、「何をあきらめるか」の選択を問うマニフェストへ。民主主義のステージをさらに前へ進めよう。

●民主主義を民主化しよう 疎外・排除ではなく、よりいっそうの参加・納得へ

(以下、「日本再生」399号へ続く)

==================================

8-9月の「囲む会」のご案内

==================================

◆第117回 東京・戸田代表を囲む会(会員限定)

「『コンクリートから人へ』に、民主党政権はどう取り組んできたか」

8月20日(火)18時45分より

ゲストスピーカー 前田武志・参院議員、前国土交通大臣

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円

◆第118回 東京・戸田代表を囲む会(会員限定)

「国に先駆けてきた野田市の取り組み~公契約条例、自然保護、参加型福祉など」

9月4日(火)18時45分より

ゲストスピーカー 根本崇・野田市長

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円

◆第119回 東京・戸田代表を囲む会(会員限定)

「次世代にこれ以上、ツケを回さないために」(仮題)

9月24日(月)18時45分より

ゲストスピーカー 五十嵐文彦・衆院議員、財務副大臣

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円

*10月は東京、京都で、「マニフェスト政治文化を次のステージへ転換する」ことに向けた講演会を、それぞれ行う予定です。

*******************************
石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333