PDFファイル⇒20年1月天秤棒No74

いたずらによるパンク事件が発生
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で実施するため、午前5時10分すぎには自宅を出て車に乗り込むためドアを開けようとしたら、運転席の前輪のタイヤの空気が少し減っていて、後輪も同じ様に減っていた。
少し気にはなったが、そのまま蒲生駅に向かい、午前6時前に到着して、何時もの様に街宣用具をセットして市政レポートの配布を開始した。
ところが、午前7時まえに自民党の黄川田衆議員の秘書の方が幟等を車から運んで来られた。
なんと、事前に自民党や民主党、公明党、共産党の駅頭の日程一覧表を毎月頂いていたものの、日付を見誤っていた。つまりブッキングしてしまった。止む無く、直ぐに新越谷駅西口に変更し、そうそうに街宣用具を撤収して移動した。
午前8時30分過ぎに終了して、自宅に車を運転して帰って来た。その時にもタイヤを見たがやはり大分減ってはいたが、午前中に市役所に用事があり、バスと電車を乗り継ぎ市議会に向かった。
午前10時30分頃、妻から連絡があり、運転席側のタイヤの前、後輪がペシャンコになっているので、何故なのか、との問い合わせだった。今朝からのタイヤの状態や駅立ちの様子などを報告した。
その後、パンク修理のためジャフを呼んだことや、ジャフの進言もあり警察に連絡して自宅
に来て頂いた連絡が妻からあった。
そして、警察官の方に電話で詳しく状況を説明したが、いたずらであり被害届けを出すことになった。
鋭いきりの様なもので、切り裂かれていたらしく、今のタイヤは釘が刺さっても、直ぐには空気が抜けない様な構造にはなってはいるものの、一旦パンクしてしまうと、全部を交換しなければならない。
そのため、馴染みの車販売のサービス工場にレッカー車で移動した後、新品のタイヤへの交換となった。35000円程の出費となった。
それにしても、一体誰が何の目的で悪戯をしたのか、今後も道路に面した場所にある車への悪戯をどう防ぐのか、検討が必要となった。
妻によると警察官が言っていたらいしいが、
市会議員なので、何かうらみややっかみを買う事もあるのでは、との事。
 んーそれにしても、大里にある私の事務所に設置している看板にも、かつて悪戯されたと思われる節があり、駅立ちの場所の誤りを含め、何ともいやな気分となった一日だった。
             (12月16日)

議会最終日、市民請願への賛成討論
 今朝の駅立ちは、12月議会最終日に行われた市民請願「パートナーカップルに対して越谷市の認証制度を導入して欲しい」に対する賛成討論の原稿精査のため、午前3時過ぎから起床しての作業となったため、中止した。
 この市民請願を審査した12月13日の総務常任委員会では、全会一致で採択されていた。
そして本日、本会場での議員全員による賛成、反対の採決を行うにあたり約25分間の賛成討論に立った。
( 以下はその賛成討論の抜粋を掲載。詳しくは越谷市議会ホームページの中継録画を参照)

議長の許可の下、ただ今論議されています元請願第1号「越谷市におけるパートナーシップの認証制度(仮称)及び性的少数者に関する諸問題への取り組みの件」に賛成の立場から討論します。            (裏へ)
12月13日の総務常任委員会で、私は紹介議員の一人として委員会を傍聴しました。その中で参考人の市民の方からの、冷静かつ論理的な発言を聞かせて頂き、特に日時生活の中で、市民なら何の障害も疑問もなく暮らしていける中にあって、躊躇や戸惑い、恐れや不安に襲われ、時には屈辱や恥辱に耐えなければならない日々を送られて来たのではいかと想像しました。
それは、立ち止まり、心細く叫ぶ事さえ出来ない様な、そして自己の存在自体を自ら疑い、生きる目的を見失うこともあったのでは、と思います。
また、最も身近で信頼の証である親や家族にさえ、苦悩を打ち明ける事をためらう日々が続き、勇気を降り絞って打ち明けたからと言って、直ぐには理解や同意に繋がる事が大半でないこともあったと思います。
 それだけに、採決の結果全会一致で採択された後、何が起きたのか即断できず一瞬の間があり、どっと仲間の皆さんが笑顔でかけよって来て声がかけられ、それで事態を理解された参考人の方の目からあふれ出る涙をまじかに見させて頂きました。
 まさに、今日までどれほどの社会的な不条理が、日常的にそれぞれの人生や将来や生活が痛めつけられて来たのか、その涙が全てを物語っていました。    (中略)
最後に、私たちは、誰ひとりとして生まれる国や生まれる時代や生まれる親を選びとることが出来ません。これは絶対的な不条理であり、不自由です。
私たちは、この不条理と不自由を超える事が出来ないがゆえに、それゆえに、今生きている社会におけるあらゆる不条理と闘う自由を全ての市民が共有し与えられています。
だからこそ、普段のくらしや政治の中で、目の前で起きているあらゆる不条理を正していくことが求められ、更に未来へつながる不条理に対しても、人生をかけて日常的に果敢に挑む責任と役割があることを、全ての市民が胸に刻んで頂くことを心から呼びかけて賛成討論を終わります。        (12月19日)

危険なので、チラシを配布しないように?            
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で、午前6時前から開始した。到着して駅前清掃を実施したが相変わらず、ごみや吸い殻ファーストフードの容器等散乱しており、しかも広範囲のため何時も20分程の時間を要している。
 市政レポート配布を始め午前6時30分頃、30代の女性から声がかかった。
 前から言おうと思っていたが、この場所での市政レポートの配布は危険なので止めて下さい、との話だった。
 そこで、はい、どう危険なのですか、と返答したら、新越谷駅から降りてくる通勤客と南越谷駅から新越谷駅に向かう乗降客が重なるため危ないでしょう、とこの女性。
 えー、ですからラッシュが激しい時には、大きく避けて移動していますし、そもそも無差別に配布しているわけではなく、手を出して頂いている市民の方に配布しています、何故そんなことをおっしゃるのでしょうか、と私。
 目の不自由な方もおられるので、危ないでしょう、とこの女性。そうですね、盲目の方や高齢者の方の時は、勿論その方の通行を最優先していて配布しません。それでも危険ですか、と私。
すると、あなたが目立つからですよ。他の方は誰もそんなことはやっていないじゃないですか、との返答。
 はい、他の方がどうしているのか、またその評価がどうなのかは、私には分かりませんが、何十人もの市民の方が受け取って頂いており、すでに16年間もこのスタイルでやっていますが、そんなお話は初めてですが、と私。
そんなことはありません、みんなそう思っています。との返事だったので、みんなとは誰のことですか、教えて下さい、との返答には返事がない。
 そもそも、何故私にだけ抗議されるのでしょうか、営業のテッシュ配布や不動産のチラシ配布など、この場所よりもっとエスカレーターに近い場所で、猛烈なラッシュ時に行っているのに、その方には同じ様に抗議しているのですか、違うでしょう、と少し強めに話したら、へーキレるんだ、こんなことでキレるんだと嘲笑気味の顔つき。
えー、あたなが不快に思っておられるのは受け止めますが、私にだけ抗議してくるからですよ、と返答。
 するときびすを返して、あーやっぱり選挙が大事なんだ、大事なんだと捨て台詞だったので、違います、これは政治活動です、と後ろ姿に強くたしなめた。       (12月24日)


PDFファイル⇒19年12月天秤棒No73

邪魔だ邪魔だ、と怒鳴る若者が背負っているもの
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で何時もの様に午前6時から市政レポートの配布を開始。
午前5時30分過ぎに駅に到着して駅前清掃を終え、街宣用具の設置とスムーズな段取りで進んだ。
ところが、午前8時30分過ぎになると市政レポートを設置しているスタンドが、所定の歩道の位置から大きく移動されており、しかも看板が見えない様に裏返しにしてビル側に置かれることが、この間続いていた。
そのため、誰が移動しているのか確かめるため、午前8時20分過ぎから近くで監視していた。
すると、30代のセーターにジーンズ姿の男性が駅階段を降りて来て、このスタンドを移動するのを目視した。
直ぐに、近づいて行き、あなたどうしてこのスタンドを移動するのですか、と尋ねた。
すると、邪魔なんだよ、邪魔と不機嫌な顔つきで返答された.いーいや、邪魔ではないでしょう、この歩道は3メートルもの幅があり、ほんの少し避ければ通過できるのでしょう、と私。
いや、邪魔なんだよう、邪魔。皆なそう思っているから、と男性が返事をされたので、皆とは誰の事ですか、あなたが邪魔だとおっしゃるのは分かりましたが、他の誰ですか、教えて下さい、と私。
すると返事は全くせずに、今度はこのスタンドを勝手に車道側に移動させたので、何をしているのですか、この市政レポートを毎回楽しみにして、読んで頂いている市民の方が大勢おられます、と私。
するとそんなの関係がない、邪魔なんだからここに置けばいいじゃないか、とこの男性。
あなただけが邪魔と思っているだけで、私は16年間にわたりこの場所で、市政レポートの配布を継続していますが、誰一人としてそんな意見を聞いたことはありませんので、止めて頂けませんか、と少し強い口調で反論した。
すると、なんでそんなに迫って来て話をするんだ、との返答だったので、あなたは、他の人には言わないのに、私にだけで抗議しているからですよ、と私。
忙しから、いい加減にしろよ、と男性、私も忙しいですよ、あなたが納得していないからですよ、と私が話したのを最後に私の顔を見る事もなく去って行かれた。
午前9時頃駅立ちが終了して考えたのだが、やり場のない不安とウップンのはけ口のためスタンドを移動することで、この男性の少しの気分晴らしになっていたかもしれない。
そうだとしたらスタンドの事よりも、むしろ恐らく非正規雇用の不安的な仕事や将来を描くことが出来ない現実の問題を一時でも話し相手になって、聞き役に徹することが必要だったかもしれない、と反省しながら帰宅した。
           (11月12日)

四か月間も持ち歩いていた、カンパ
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で、午前6時前から開始したが、通常通り到着後すぐに街宣用具の設置の後、駅前清掃を行い市政レポートを配布。11月初旬から娘が出産のため、母子で帰省しており、妻が日常生活の世話をするため、駅立ちでの送り、迎えが出来ない状態となっている。           (裏へ)                      
そのため自家用車の運転は私がハンドルを握り、街宣用具の設置の後は、最寄の有料駐車場に車を駐車して、その後歩いて再び駅前での行動となっている。
 ただ、この日の空は雨模様のため、何時雨が降り出してくるのか心配しながらの、市政レポートの配布だったが、幸い終了の午前8時30分過ぎまで、何とか小雨程度となった。
 午前8時過ぎ、馴染みの中年男性と女性が笑顔で挨拶をされ、相変わらずがんばっているねー、と声を掛けて頂き、改札口に向かわれた。
 暫くして、女性が一人戻って来られて、のし袋に入った3000円のカンパを頂いた。
 そして、この間四か月あまり私に会う機会を目指し、のし袋を何時も持ち歩いていたので、今日会えて良かったです、と話された。
 ヘー、四か月もの間、バックに入れておかれたのですね、大切に使わせて頂きます、とお礼を申し上げた。
             (11月25日)

非常勤職員を会計年度任用職員に変える条例への質疑
 今朝の駅立ちは、12月越谷市議会が12月2日から開催されており、議会初日の市長提出議案の「会計年度任用職員制度の導入に関する条例制定」について本会議場で質疑をした。
このため、議会開会前から資料等の調査を重ね準備をして来たが、この日は午前4時過ぎに起床して 質疑の最終チェックを行ったため、駅立ちは中止した。
 現在越谷市では、臨時、非常勤職員が1000人を超えており、正規職員の三分の一を占めている。しかしその身分や処遇は不安定な状態であり、少なくとも正規職員に準じて身分や賃金を全員に保障するため条例を制定するもので、総務省の呼びかけで、全国の自治体では次々と条例を制定して来ている。
 そのため、臨時、非常勤職員の賃金総額よりも少し高めの賃金体系となり、期末手当てや年休や育児休業、経験年数など、改善されることになった。
しかし、名称の通り、一年を区切りとする職員であり、職場での経験値やノウハウが継承されにくく、やはり継続して勤務することが出来ない状態は、不安定と言わざるを得ない。
例えどんなに優秀な会計年度任用職員だったとしても、無期雇用や正規職員への道は閉ざされており、その結果市民サービスの低下が想定される。
 特に市内30の小学校全てに設置されている学童保育室は、全て非常勤職員が配置されその90%以上が女性であることから、職員間の格差が固定化されるとの強い批判も起きている。詳しい質疑の様子は、越谷市議会ホームページの中継録画(約20分程度)を参照して頂くと分かり易い。
             (12月12日)

何故政府はCO2削減に後ろ向きなのか
 今朝の駅立ちは、越谷駅西口で午前7時から開始した。この駅では大きなスピーカーを使い12議会での焦点や争点をマイクで演説するスタイルを採っている。
 私の一般質問(12月6日)でも取り上げたが、地球温暖化の大きな原因は、工場や街から排出されるCO2が増加傾向にあり、世界基準である(パリ協定)2035年までに49%の削減目標に対して、世界の国々が足並みを揃えていないため、地球規模で異常気象が続発している。(最大の排出国である米国はトランプ大統領になりパリ協定から離脱している)
 日本政府は、26%の削減目標を掲げてはいるものの、年次毎の数値目標を提示出来ていない。そのため、極めて不名誉な賞である化石賞を今回も受賞した。
 12月スぺインのマドリッド市で開催されているコップ25(国連の環境国際会議)でも、日本代表の小泉環境大臣は、全く精彩を欠き、最もCO2を排出する火力発電所の海外輸出を促進するなど、世界の流れとは逆行していると厳しい批判に晒された。
 特に、スゥエーデンの環境活動家である16歳の少女グレン・トゥーベルさんの演説は、この様な国や大人に対して痛烈な言葉で猛省を求めている。
 こんな内容の演説をしていたところ、30代の男性から声が掛かった。この男性は東京にある自然エネルギーを再生、配電する会社の社員の方で、私の演説に強く同調されていた。
 この会社の社長は、福島県人で、7年前の東日本大震災の時、東京電力第一原発事故の影響から、生き方や価値観を大きく変えて、現在の会社を立ち上げた等話が続いた。
 名刺も頂いたので、何かの折にはまたお話をすることを約束して別れた。 (12月13日)


PDFファイル⇒19年12月天秤棒No72

12月議会、子どもの虐待問題を質問

今朝の駅立ちは、12月議会で市長、教育長への一般質問をするため、午前4時から最終の準備をしたため中止した。以下に第1回目の質問原稿を掲載する。

議長の許可のもと、発言通告に従い順次、市長、教育長に対して質問します。
「もうパパママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりか  もっと あしたはできるようにするから もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします。
ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにち やってきたことをなおす これまでどんだけ あほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめるので もうぜったいやらないからね わかったね ぜったいの ぜったいのおやくそく」
 これは東京都目黒区で昨年3月に起きた養父と実母の被告からの虐待により亡くなったとされる 船戸ゆあちゃんの最後の命乞いとなった反省文です。
 わずか5歳の少女の必至の訴えに、両被告はこれを無視し、その幼い命を奪ったのです。しかし同時にこの事件は被告がわが子を死に追いやってしまう社会や私たち自身の問題であると強く意識せざるを得ないものです。
 まず、このことを私自身が強く自覚して質問に入りたいと思います。
 第1の「子どもの権利と支援について」市長・教育長に質問します。
まずその1「児童の権利に関する条約30周年にあたっての今日的意義について」お尋ねします。
本年は国連が定めた「児童の権利に関する条約」から30年目にあたり、日本政府がこの条約を批准して25年目の節目の年になります。
そこで、市長、教育長にこのことに対する所感をお聞かせ下さい。
次に第2の「子どもの貧困について」市長・
教育長に質問します。
政府は本年11月29日「子どもの貧困対策に関する大綱」を閣議決定しました。
そこで、本市における子どもの貧困対策
ための取り組みをお示し下さい。

 第3に、「子どもの虐待について」市長・教育長にお尋ねします。
先述した東京都目黒区の船戸ゆあちゃん2019年3月2日に死亡、千葉県野田市の栗原みあさん(小学校4年生、10歳)2019年1月7日に死亡、札幌市の池田ことりちゃん(2つ)、2019年6月5日死亡、鹿児島県出水市の大塚りあらちゃん(4才)2019年8月28日死亡。また東京都江東区の山田竜太郎ちゃん(4才)が9月28日に死亡。この様に本年だけでも5人もの子ども達が親の虐待によってその幼い命を奪われています。
 そこで、本市では、子どもの虐待の防止策に対してどの様な施策をとっておられるのか、質問します。
第4に、「子どものいじめについて」教育長にお尋ねします。
 本市のいじめ認知件数等の実態によればいじめの認知件数は、平成28年108件、平成29年153件、平成30年350件となっています。
そこで、いじめ防止にむけた「越谷市いじめ防止基本方針」の概要をお尋ねします。

2問目以降の一問一答は、越谷市議会ホームページの中継録画をご覧下さい。
次に第5の「子どもの自殺について」市長・教育長に質問します。

 自殺者は平成28年50人、平成29年54人、平成30年53人となっています。
この様な事態に対応するため越谷市は、本年3月に「越谷市いのちを支える自殺対策推進計画」(誰も自殺に追い込まれることにない越谷の実現を目指して)を策定されました。
 そこで、この計画の重点施策とともにこども達への対策を合わせてお聞かせ下さい。
第6に、「事故、怪我について」市長・教育長に質問します。
本市における保育所、学童保育所、小中学校における子ども達のけがや事故に対する現況とその対応をお尋ねします。
第7に、「子ども食堂について」市長に質問します。
こども食堂は地域のボランティャを中心に開設や運営が行われており、全国に広がっており、2016年319か所であったものが、2019年には3718件まで増えており、この3年間で実に12倍になっています。
 そこで、本市におけるこども食堂の実態とその支援策についてお聞かせ下さい。

次に第2の項目「女性の人権と支援について」市長に質問します。
第1の「DV被害について」お尋ねします。
 DV被害に関する相談件数は、平成30年度埼玉県全体では、6631件、その内、越谷市は549件となっています。
 そこで、その中には性暴力被害者もおられますが、この様な状況に対して、越谷市ではどの様な対応をされているのか、お示し下さい。
 第2に「ひとり親への支援について」質問します。
子育てに関しての不安や悩み等の相談件数は、平成28年度278件、平成29年度394件、平成30年度500件と年々増加傾向にあります。
 そこで、ひとり親への支援策についてお尋ねします。
 第3に「成育法基本法」について質問します。
本年12月1日「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育を切れ間なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律」が施行されました。
この法律の名の通り、特に妊産婦をはじめ女性へのシームレスの支援策ですが、その目的や意義さらに本市の受け止め方をお示し下さい。

次に第3の項目「地球温暖化対策について」市長に質問します。
第1の「異常気象の認識について」お尋ねします。
本年9月9日台風15号により首都圏は記録的な暴風雨に襲われ、また10月6日台風19号により93人死亡 3人不明 71河川で決壊 8万棟余で住宅被害が出ました。越谷市でも水害による被害を受けました。また世界でも記録的な猛暑や熱波、北極圏での氷床の大融解など異常気象に襲われています。
 そこで、この様なかつてないない気候の異常な進行についての認識をお尋ねします。

 第2に「CO2削減に対する目標値と本市の計画について」お聞きします。
 本年12月2日から第25回国連気候変動枠組み条約国会議(コップ25)がスペインの首都マドリッドで開幕され日本政府も参加しています。
 「パリ協定」を踏まえ各国が温室効果ガスの削減に向けて論議が展開されています。
 そこで、CO2削減に対する本市の計画や目標値についてお示し下さい。

第3に、「気候の非常事態宣言について」お尋ねします。
 先述しましたが、地球規模の気候の異常事態はますます深刻な状況にあり、正に人類の生存にとって危機的な事態にあります。
 そのため、世界では大学、研究者、医学界、宗教界、建築学会等あらゆる分野で「気候の異常事態宣言」が相次いでいます。
 日本でも自治体を中心に「異常事態宣言」が発表されています。
 そこで、本市ではこの宣言に対してどの様に対応されるのか、お聞かせ下さい。 以上
             (12月6日)  


PDFファイル⇒19年12月天秤棒No71

将来は女医さんになるのかな?
文化の日の振替休日明けの火曜日の朝、駅立ちは、蒲生駅東口で何時もの様に午前6時前から開始して午前8時30分すぎまで市政レポートの配布と市議会報告を実施した。
午前6時30分頃30代のサラリーマンの方が、がんばって下さい、と1000円のカンパを頂いた。
午前8時頃、築地に自宅があり実家が蒲生で幼稚園年長組の女の子の母親と会話になった。
何時もは、親子で築地の幼稚園に蒲生駅から通園されておられるので、来年入学の小学校の話になった。
都内の小学校ですか、と尋ねたら、いいえ千葉の小学校です、との返事。そうですか、それでは私立の小学校ですね、とお聞きしたら、そうです、将来は医者を希望しています、との事。
それなら日本大学第一小学校なので、通学がまた大変ですね、と付言した。
えーそうですね、と笑顔で話された後、何時もの様にカンパ箱に1000円を頂いた。
その後、旧知の中年会社員の方から、1000円のカンパを、更に午前8時30分頃馴染みの高齢女性から今回も1000円のカンパを頂いたので、この日はなんと合計4000円にも達した。
この高齢女性は、都内に映画を観に行くとの事だったので、何を観られますか、とお尋ねしたら、まだ決めていないとの返事だった。
そうですか、だったら「楽園」が面白かったので、よければご覧になって下さい、と推奨した。
実は先週この映画を鑑賞した。主演は綾野剛、杉咲花、佐藤浩市等。監督は瀬々敬久で脚本と演出も原作吉田修一の短編集「犯罪小説集」の一部の趣旨を踏まえた作品。
小さな町や村の人々が、同調しない人間、理解出来ない人間を排除する集団の“暴力”をじわじわと胸を締め付ける様な迫力で映像化したもので、女児殺人を巡る、所謂現代版の村八部を描いたものだ。     (11月5日)

マニフェスト大賞のノミネート賞受賞
今朝の駅立ちは、北越谷西口で通常通り午前7時から開始した。
午前7時30分頃30代の女性から声が掛かった。子どもさんが千葉の私立小学校に通学しているため、駅に来たので、と事だった。
暖かいペットボトルを差し入れて頂いた。
越谷市から千葉の私立小学校に通学する子ども達が結構多いことを今週の蒲生駅での件でも知った。
その後、馴染みの大学4年生の男子学生からペットボトルの差し入れが。
この学生は、すでに就職は内定しており、鉄道の敷設や設計をする会社で、事前のセミナー等に参加しているそうだ。そして先般親子、祖母等で2泊3日をかけ福岡に観光旅行に出来かけたとの事。
今時、22歳の息子と一緒に家族旅行が出来る家庭なのだが、私には一切そんな体験がないため、なんとも想像がつかなかった。(裏へ)
この日の午後は、第14回のマニフェスト大賞の受賞式が六本木ヒルズで開催されたため、参加した。
自治体における、市長や議員や市民による様々な部門での政策コンテスト大会を毎年開催しており、今回は14回目で過去最多の2619件の応募があった。
私は、優秀マニフェスト大賞議会部門に、本年4月の市議選でのマニフェスト(公約)の策定や実践の教訓をテーマに応募した。
その中で8人の議員(議会)がノミネートされ、私もその内の一人となったが、残念ながら今回の優秀賞は受賞出来なかった。
(11月8日)

「私は買われた展」観賞の衝撃
マニフェスト大賞の授賞式に参加した後、越谷から同式典に参加した市民と“総括会議”?を夜遅くまで続けた次の日は、埼玉で始めての開催となった「私は買われた展」のイベント会場であるさいたま市子ども家庭総合センターに出かけた。
このイベントを主催した「kokokara ねっと埼玉」は、「貧困、虐待、ネグレクト、DV、いじめ、性的搾取などの様々な問題を抱えている若者・子どもたち特に女の子たちのSOSを受け止める埼玉県内の支援施設は十分ではありません。私たちは若者・子ども達を取りまく、この現状や課題を社会へ広く啓発し、青少年の育ちを見守り、支援し、伴走していく環境づくりに寄与することを目的に活動しています。」と記載している。
会場には、子ども達(特に中高校生の女子)の実物の写真パネルともに、添え書きが置かれていた。(勿論、本人とは特定出来ないが)
その原稿の中身は、家庭や学校や地域で居場所を失くした子ども達が、大人に脅され、騙され性的被害や性産業に従事して行くさまが赤裸々に語られていた。しかし、こんな悲惨な状況下でも「私を買ったおじさんが一番優しかった、安心出来た」とある女子校正は告白している。
それほどまでに、子ども達にとって最も身近な大人たちからの仕打ちが身も心もボロボロにしていることへの事実に、何枚ものパネルの前で何回も固まってしまった。
本年は国連が採択した「子どもの権利条約」から30周年であり、日本が批准して25周年にあたる。その年に起きている心が締め付けられる現実があり、12月市議会での一般質問でこのテーマを取り上げる事を決めて会場を後にした。
             (11月9日)

桜井消防団の懇親会でのあいさつ
今日は朝から、市内全域の消防団員が集まり、日ごろの訓練と成果の発表と表彰式が開催され、午後から桜井地区の消防団員と市民との懇親会が特樹庵で開催され参加した。
桜井地区に居住する議員や自治会長との懇親の場として毎年開催されている。
この日来賓挨拶をさせて頂いたが、9月議会で採決された条例で、消防団員の入団資格が大きく変わったことを報告した。
それは、これまで認知症等の被成年後見人と後見人は、入団が認められなかったが、今回これを撤廃することになった。
つまり、知的障害者等を始め団員の対象となった。私は9月議会の本会議場でこの条例への質疑を消防長に対して行った。その折に以下の様に発言した。
「定期的に実施される消防訓練は、消防職員や消防団という区別をせず消防活動を一体的に取り組もうと変化しています。
つまり地域消防本来の形だと思います。その意味で市民は共同体の一員として出来うる限り防災や消防等の日常活動に参加して頂くことで、より地域消防が充実して行きます。
勿論、指揮官の指示に的確に応える能力や対応が求められているので、救出の最も危険な火事の現場に直接対応するかどうかは、日頃の訓練とチームワークが必要とされるので、公報や広聴活動を始め、その役割と責任もまた明確にして行く事も同時に求められることです」と。
      (11月10日)


PDFファイル⇒19年11月天秤棒No70

埼玉県参議院補選は誰に投票?
 今朝の駅立ちは、何時もの様に午前4時過ぎには起床して、妻の運転でせんげん台駅東口に午前5時前に到着。直ぐに街宣用具の設置の後、駅前清掃の作業を終えて市政レポートの配布を開始した。
今朝から一心太助の天秤棒“駅頭は小さなドラマの連続だ”の最新号第69号の配布をスタートした。
掃除の後マイクのスイッチを入れようとした午前5時過ぎに、馴染みの中年女性から今回の選挙(10月27日投票の参議院埼玉県選挙区の補欠選挙)は誰に投票したらいいですか、と尋ねられた。はい、勿論上田候補にお願いします、と返答。やっぱりそうですよね、N国党ではダメですね、と応答されエスカレーターに向かわれた。
同じお話を午前8時40分過ぎ駅頭を終了して街宣用具を片付けていたら、旧知の客待ちのタクシー運転手さんから、声が掛かった。
上田さんをお願いします。恐らく低投票率になりそうですから、必ず投票に行って下さいね、投票をするという行動がないと、選挙後の政治状況に対して無関心になり、当事者意識が希薄になりますから、と返事をした。
すると、分かりました、うちは5票あるから、皆投票するようにするから、との応答だった。
えー5票もあるんですか、しっかりお願いします、と付言した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの中年女性から小さなのし袋に入った1000円のカンパを頂いた。この女性は毎回同額をキチンとのし袋の入れて頂いているので、本当に毎回感謝している。
同じ様に春日部市に在住されている30代のサラリーマンの方からも、毎回1000円のカンパをカンパ箱に投入して頂いている。
各駅には、必ず定期的にカンパを頂く市民の方がおられるが、その気持ちに十分応えきっているのだろうか、と何時も自問自答している。
午前7時過ぎには、やはり馴染みの30代のサラリーマンの方からペットボトルを差し入れて頂いた。この男性も毎回の事だ。
ペットボトルの差し入れに関しては、早朝からせんげん台駅東口周辺の掃除を毎日続けておられる高齢男性から、これも毎回しかも2本も頂いている。
時には気づかない内に近くに置いて帰宅される事もあり、恐縮している。
午前7時40分頃ピンクのビプスを着た6人の女性が駅前に集まって何やら盛んに打ち合せをしておられたので、何をしているのかその内のお一人に聞いてみた。すると北陽中学校のPTAの方で、今日は北陽中学校の合唱発表会を南越谷のサンシティのホールで開催するため、生徒達の誘導をしている、との事だった。
あーそうか、それで先ほどから集団で男女の中学生が階段を昇って行くのはそのためか、と納得した。
この中学校は私の子ども達の母校でもあり、全校生徒による合唱に力を注いでおり、毎年入学式や卒業式ではすばらしい合唱を聞かせて頂いている。
その後、先生がお二人引率のため近づいて来られたので、大変ですね、ご苦労様です、と声を掛けたら、迷惑をかけてすみません、と頭を下げられた。いえいえ、迷惑だなんで、頑張って下さい、と応答した。
            (10月21日)

3日間連続で駅立ちは中止、県外出張のため
23日から5日間連続して、愛知県への行政調査と大阪での研修会参加のため、この間の駅立ちは中止した。
越谷市議会建設常任委員会の行政調査は、23日と24日の二日間で、議員8名と建設部長と都市整備部長、議会事務局2名の合計12名が参加した。まず初日は愛知県岡崎市の「乙川リバーフロント地区公民連携まちづくり基本計画」と「下水道事業の公営企業会計移行」の2つのテーマを。二日目は、静岡県沼津市の「沼津駅周辺総合整備事業」を調査して来た。
23日は、午前9時に東京駅新幹線中央乗降口に集合のため、午前7時30分過ぎにはせんげん台駅を出発した。ところが西新井駅手前まで来て、電車が停止した。車内アナウンスによれば事故のための停車だと、何度もお知らせがあったものの一向に動く気配がない。
なんと30分近くたってやっと動き出した。
後程分かったのだが、通勤客のカバンが列車に引っ掛かり死亡されたとの事。このためやっと北千住駅から上野駅にJRで到着したら、今度はJRが都内の地震のため運行が乱れており時間通りに出発せずこれまた、幾つものホームをうろうろして、東京駅の集合時間ギリギリに間に合うことになった。
なんとも朝からひやひやする初日となった。
24日夕方帰宅したが、25日早朝から3日間大阪府堺市で開催された「大阪で考える健康で文化的な最低限度の生活」をメインテーマとする講演会と分科会に参加した。会場は大阪府立大学 中百舌鳥キャンパス。主催は全国公的扶助研究会で、毎年1度の全国の都市で開催されており、毎回参加して来た。
1日目が終わり、大阪地下鉄御堂筋線の公園前駅で下車して徒歩5分で予約していたホテルに午後6時過ぎに到着した。
夕食を採るためホテルを出で驚いてしまった。広い歩道には、アジア系の観光客がひしめき、大阪名物串揚げやお好み焼きや居酒屋が密集している歓楽街で、通天閣が目の前に見える場所だった。大阪には何度か訪れていたが、あの通天閣を見るのは初めて。興味が湧いてきて周辺を歩き回ったのだが、大きな声で大阪弁が飛び交い、泥酔したおっちゃんが安酒屋でたむろしている様にイメージしていた大阪の印象とは全く違っていた。賑やかしい居酒屋から少し離れたもつ焼きの店に入って食事をしたが、実に静かで店主と奥様で対応してくれたが、大阪弁ではなく、所謂標準語で話し掛けて頂いた。
客引きもいないし、どの店も飲み客であふれており、24時間営業のお好み焼きや焼きそば
店の100人も入るのではないか、と思えるほどの大きな店も散見された。路上にごみもない。
また、立飲みの10席もない小さな居酒屋が何軒もあり、確かに高齢男性がビールを飲んではいたが、喧噪的な雰囲気はなく、実にフレンンドリーな空気感が漂っていた。中には一人で飲んでいる若い女性も見受けられた。
次の日朝食を採るため、午前8時前から昨日と同じ様に歓楽街を散策してみたが、土曜日なのに午前6時から開店している喫茶店(モーニングを注文したがコーヒーとパンとゆで卵がついて350円)やこの時間帯に開店準備のため、掃除や商品を陳列する小さな洋品店の高齢店主を見かけた。(懐かしいレスカや冷コーの表示もあり、サンパツ屋の看板も)
その中で、うどん店が2軒営業しており、何と、かけうどんが1杯170円、きつねうどんが230円と激安。このためモーニングを食べたにも拘わらずうどんも食べてみた。安いだけでなく美味しい。最終日(日曜日)にはもう一軒のうどん店(ここは立ち食いで席は7席位しかなく、男性店主一人で切り盛りしていた)でやはりかけうどん(同じ様に170円)を注文したが、日曜日のこの時間帯なのに並んで順番を外で待ってからの注文となった。
値段は東京よりも2割以上も安く、人々の会話や雰囲気は、東京で言えば浅草を彷彿させるような町であり、この町で暮らす庶民の気風やエネルギーを十分感じるとる事が出来た事は、講演会受講以上の収穫となった。
その大学での分科会で大阪からの参加者の方から、大阪では様々な施設がボランティアで食事を必要とする市民に無料で提供することが当たり前となっている。提供する側もされる側も上下の関係がないフラットな付き合いが普通に出来る地域であり、特に通天閣の近くには西成地区(低所得者の方が暮らすドヤ街とかつて呼ばれた地域)があり、そんな雰囲気が強い土地柄です、と教えて頂いた。
生活保護や社会的な支援の制度や担い手の重要性が増々必要とされてはいるが、そんな制度や組織がなくても、そこで暮らす人々が地域の中で自然に助け合い、フラットな関係を持続出来て行く生き方こそが、原点なのだと感じさせられるものだった。    (10月27日)


PDFファイル⇒19年8月天秤棒No69

せんげん台駅東口の停車場の完成
 今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で何時もの様に午前5時過ぎから開始した。
自宅を午前4時40分過ぎに、音を立てずに玄関ドアを開け自家用車で駅に向かった。先週から娘と子どもが帰省しており、まだ当然だが二人ともグッスリ睡眠中であり、妻からもくれぐれも静かに出かける様に“厳命”されていた。
また娘たちの世話のため妻が時間が取られており、自家用車の運転は私がハンドルを握る事になった。
そのため午前5時前には駅に到着して街宣用具を車から降ろし設置した後、最寄りの有料駐車場に一旦駐車した後、徒歩で駅前に戻って来たのが午前5時過ぎとなった。
到着後直ぐに恒例のホウキと塵取りを持って駅前清掃をした後、市政レポートの配布をスタートして午前8時30分過ぎまでの行動となった。
終了して今度は徒歩で駐車場に向かい車を駅前に移動させて街宣用具を積み込んで帰宅したのが午前9時頃。
今日から、配布する宣伝物は、11月4日(月・祝)に開催する第1回市政報告会の案内チラシ。本年4月の市議選挙で当選した32名の議員を対象に市政報告会の開催主体に参加して頂くようにこの間呼びかけていた。そのため6月議会の市政報告会を7月31日に大袋地区センターで開催したが、その時の主催者は仮称3地区有志議員の会として取り組み、より多くの超党派の議員参加に向けて門を広げて来た。
この様な経過を通して、今回は7人の会派や党派の枠組みを超えた超党派の「議員有志の会」が結成され、第1回目の市政報告会の主催者となり、私は案内チラシの作成担当で、印刷されたチラシ1000枚の配布を引き受け、この日から配布開始となった。
この駅に車で移動し、(運転手は奥様)停車した後、盲導犬を伴って電車に乗降されている高齢の男性から1年以上も前に障がい者用の停車スペースを設置して欲しいと陳情を受けていた。
何時も停車している場所はバス停の間際であり、停車中に他の自動車運転手から移動するように注意を何度も受けている。
しかし盲目のため出来うる限りエスカレーターの近くに停車する必要があるにも拘わらず、障がい者用の場所が駅周辺の何処にも設置されていない。このため、ご自身でも市役所に陳情したが、なかなか実現しないので、何とか善処して欲しい、との陳情を1年も前に受けていた。
当時直ぐに、市役所の道路総務課長さんに実情の報告と改善をお願いした。東武鉄道の他の駅は、すでに設置されていることもあり、また障がい者に限らず妊産婦や子連れの親子など利用対象者が広いことも設置目的に合致しているとも強調してお話した。
ただ、現在停車しているバスの停車の場所は困難が予想されるが、タクシーが客待ちをして繋がっている一角にこのスペース1台分を確保出来るのではないか、勿論その場合はタクシー運転手さんの同意が必ず必要となるので、大変だと推測するが、善処をお願いしていた。
しかし、その後進展がなく本年4月の市議選挙前となり、課長さんだけでなく、建設部長さんにもお願いした。(私は陳情だけでなく、資料の提出など担当の課長さんにお話しする時は陳情に限らず、事情の説明を受ける場合でも課長さんとの対応を原則としており、滅多に部長さんに陳情しないのだが、今回の件は珍しいケースだ。勿論担当課長さんとのやり取り等を報告することは時々あるが)
選挙が終了して、それでも実現の目途が立たないようなので、5月にも再度善処をお願いした。その結果今回駐車スペースの場所を確保すとの事を知ったため、当該の高齢者に経緯の説明と実現の日程を説明していた。
工事が終了した後、設置のお礼を道路総務課長さんにしたところ、いや設置しましたが、あまり目立たないので、看板等を新たに設置して対処をする様に検討している、との有難いご返事を頂いた。
(9月30日)

N国党とは一体何なんですか!?
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で何時も様に午前6時前から開始して、午前8時30分過ぎまで2時間30分、市政レポートの配布と9月議会の市政報告会開催の案内をした。
この駅は、私の自宅から最も遠い場所に位置しており、最低でも30分位の時間を要するため午前5時20分過ぎには自宅を出発している。
まだこの時間帯では辺りは薄暗いものの、今夏の猛暑の影響も流石に弱まっている。
午前8時20分頃、馴染みの高齢女性と話になった。それは現在選挙運動期間中である参議院議員の埼玉補欠選挙に立候補しているNMKから国民を守る党の候補者の事だった。
この党は一体何がしたいのでしょうか。今年7月になったばかりの参議院議員なのに、直ぐに辞職してまた参議院選挙に立候補するなんて。しかも埼玉県全体をどうしたいのか、示さずNHKの料金集金の問題だけを主張するなんて、埼玉県民を馬鹿にしています、とのお話だった。
しごく、当然のお話だったが、私からもご返事をした。お話の通りですが、7月の参議院選挙では全国で約100万票を獲得しています。
しかも、既成政党への不信感を梃に、この不信感を煽り、逆手にとって政策やマニフュストをパッケージして一切提起出来ていない政党です。さらに市議選だろうが、市長選挙だろうが知事選挙だろうが、全く同じ政策しか訴えない。(訴えることが出来ない)
こんな党が地方議員を含め当選出来ているのは、益々貧困と格差が広がる中、既存政党が制度の外に広がる地域や市民の困りごとの解決策や市民の役割や責任を伝える事が出来ていない空間にスーット入り込んでいるためです。
令和新撰組もその点では同質です。決定的な問題はこの間一貫している国政、地方選挙の低投票率ですね、この低投票率こそ「静かなる全体主義」の温床となっています、と。
10分以上お話したが、何時もの様に1000円のカンパをされて改札口に向かわれた。
(10月8日)

台風被害は大丈夫?との心配の声が
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前6時前からスタートして午前8時30分までの行動となった。恒例の駅前清掃の作業の後、市政レポートの配布を始めた。
午前7時30分頃馴染みの中年サラリーマンの方から、台風は大丈夫でしたか、と心配の声を掛けて頂いた。
はい私に被害は出ませんでした。ただ越谷市内では、せんげん台駅が浸水した上、床上浸水(20件)、床下浸水(100件)が出ており、これから復旧や罹災証明書の発行等の事務作業が始まります。
全国では50名(この時点で)もの死者が出ましたが、幸いにして越谷市では軽症者が数名出ただけだったので、一安心です、と応答した。
近年の災害は、二つの要因で、対応を困難にしている。第一は、地球環境の激変による異常気候。(人類が人工的に作り出したものだが)
第ニに、右肩上がりの時の発想と視点による都市造りなので常に拡大基調しかなかった。だから人間や社会の持続性を無視したため、対策が後手、後手になるのは当然の結果だろう。       
(10月16日)


PDFファイル⇒19年8月天秤棒No68

「カラスを何とかしてよー」との受け止め方  
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口の午前5時30分過ぎに到着して、通常通り街宣用具の設置の後、駅前清掃に取り掛かるが、この駅は毎回吸い殻は勿論、コンビニ等で販売しているファ-ストフードや弁当の食べかすやペットボトル等のごみが散乱しており、そのため時間をかけてホウキで作業をする。
しかし、集めて来たごみを目当てに今度はカラスが5匹ほど周辺から降りて来て、ごみをくちばしでつつき、また散乱させた。
中には、そのままくわえて飛んで行くカラスや場所取りで喧嘩状態のカラスなど、モー全く折角集めたのにー。
 午前6時過ぎからやっと市政レポートの配布を開始したところ、救急車がサイレンを鳴らし駅前に横づけとなった。越谷市の救急隊員が2人ストレッチャーを車から出して、駅構内に消えていった。
暫くして、通勤客だろうか、女性(よく顔が分からないので、多分そうだろうと推測したが)が運ばれて来た。
直ぐに、発車するのかと見ていたらなかなか出発せず、何と40分以上も停車している状態が続いた。
多分救急病院の受け入れ先が見つからず、次々と病院への問い合わせをしているのだろう。まま、良く見られる風景だったが、やっと目途が付いたのか、午前7時前に発車して行った。
午前7時過ぎに、30代の現場作業員風(非正規雇用か?)の男性がチラリと私を見て「カラスを何とかしてよー」と捨て台詞のまま立ち去って行かれた。
確かに、私こそつい先ほどカラスたちに腹がたったのだから、気持ちは同じかもしれないが、何の挨拶の言葉もなく、いきなり何とかしてよー、はないでしょう。人と話をする時には最低の礼儀があり、自分の言いたいことだけ言ったら、後は関係がないとの態度をまず改めて下さい、との言葉をかける間もなくすたすたと去って行かれた。
この手の市民が増えているが、私はどんな市民でも出来うる限り会話を試みているが、議員とはそんなもんだ、との認識や会話自身が出来ない市民なのだろう。    (6月25日)

参議院選挙は、どこに投票するのか?
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で何時もの様に午前5時過ぎに到着して準備を始めた。
ただ、今長女と3歳の孫が帰省しており、そのため早朝からその世話に妻がかかりきりで、駅立ちの車での送迎が出来ず、私が一人運転を行う事になってしまい、自宅を出るのも何時もよりも早く出て、街宣用具の設置後は最寄りの駐車場へと車を移動させてからの市政レポートの配布を始めた。       (裏へ)
始めてすぐの午前5時30分過ぎ、何時もこの時間にお会いするなじみの中年女性から、今度の参議院選挙はどこに投票すればいいのですか、と尋ねられた。
各種選挙前にはよく尋ねられるのだが(勿論私の市議選挙だけはそんな質問は当然ないのだが)、安倍政権は6年以上も続いている。
自民党の党内でさえ、官邸主導により議論が出来にくい状態が続いており、この状態は社会全体にとっても自民党にとっても問題であり、野党第一党の躍進により与野党の国会での緊張関係を作り出す事が必要なので、野党第一党の立憲民主党を支持しています、と返事をした。
するとやっぱりそうですね、と笑顔で構内に歩いて行かれた。
午前6時時過ぎ、中学生の一団が次々と駅前に集合して来た。そのひとつのグループに尋ねてみたら、北陽中学校の3年生の修学旅行の一団で、これから京都、奈良へ3日間の旅行だと教えてもらった。
それぞれ事前にグループを編成して、訪問地やコースを調査して実行する方式をとっている。旧来の就学旅行とは取り組む方法が随分変わってしまったが、家庭の事情で参加を断念する生徒もいるのではないか、と心に引っ掛かりながらも、楽しんで来て下さい、と声をかけ送り出した。          (7月5日)

女子高校生に次々と出会った、夜の駅立ち
今朝の駅立ちは、午前6時前から蒲生駅東口で開始した。今回も車の運転は私なので午前5時過ぎには自宅を出て、蒲生駅へ。
午前7時30分頃、前にも紹介した築地の幼稚園に通園している母親と年長の娘さんと出会った。
今日から夏休みに入り、これから自宅に向かう途中での出会いとなった。
参議院選挙の低投票率が予想されることなど話し込んでいたら、あーカンパ箱があるんですね、と気づかれた後、直ぐに5000円ものカンパを頂いた。
(その2日後、“いつも木曜日の朝、蒲生駅でお目にかかれることを楽しみにしています。これからも応援させて頂きます。”とのメールまで頂いた。)
午後6時からせんげん台駅東口で、夜の駅立ちに取り組み午前0時近くまでの6時間、市政レポートを配布したので、朝を入れて合計8時間30分の活動となった。
午後7時頃、何時も大袋駅西口から久喜高校に通学する3年生の女子高生と会った。なんでも突然パフェを食べたくなったので、友人を呼びだして近くの喫茶店に行くとの事だった。
盛んにスマホをいじっていたが、いいお友達だね、と付言したが、満足したのだろうか。
別れたすぐ後、今度は高校生の時からせんげん台駅東口で良く出会っていた女子で、都内の大学に進学し、(大学生の時も、時々駅で挨拶をしたり、先の市議選中にも話した)そしてこの春卒業して就職した22歳の女性と話になった。都内のホテルに就職したとのことで、フロント業務を担当している、と。ホテルにはレストランも併設しているとの事なので、一度ランチを食べに行きます、と話は弾んだ。
午後8時過ぎ、これも朝大袋駅西口から通学している埼玉県羽生市にある誠和福祉高校の3年の女子と話になった。
せんげん台駅東口近くにある歯医者に週4日間、1日3時間程度でアルバイトをしていて、その帰り。福祉の国家試験の準備をしている、と前に聞いていたので時間がなくて大変だねー、と話したら、うーん大丈夫です、との返事だった。
午後8時30分過ぎ、制服姿の女子高校生がだれかと待ち合わせなのか、スマホを手に暫くエスカレーター前で話をしていたが、笑顔で近づいて来て、市政レポートを下さい、と話し掛けられたので直ぐに手渡した。
また、スマホで話ながら待ち続けていたので、私から話し掛けて見た。どうして市政レポートを受け取って頂いたのですか、と。
すると、今度参議院選挙で初めての投票をするので参考になるかと思って、との返事だった。
そうか、18歳まで投票年齢が引き下げられたのだから、現役高校生も有権者となり一票を投ずる責任と権利が発生した、と改めて思いを巡らせたが、果たして参考になったのだろうか。
午後11時30分過ぎに用意した市政レポートが全てなくなってしまった。
今回から午後7時開始ではなく、午後6時から開始したため、想定よりも多くの市民の方に市政レポートを受け取って頂いた結果だ。
そして、これまでポツポツを降っていた雨が本格的に降り出して来たので、本日はこれで終了し長い、長い1日が終わった。(7月18日) 


PDFファイル⇒19年7月天秤棒No67

ふるさと納税問題は高額な返礼品?
今朝は朝から雨が降り続き、駅立ちは中止したが越谷市議会臨時議会が、午前10時から開催され、正副議長を始め議会人事や4つの常任委員会等への全議員の所属を決定した。
 因みに私は、前期に引き続き建設常任委員会の配置となったが、5期目にして会派に所属しない議員となったため、議会運営委員会等のメンバーになることが出来ないため、本会場の議席を始め会派間で協議決定された後に、最終的に処遇が決定されるため、全く意思は発動することが出来ない状態となった。
 議会の控室は提供されたが、最も狭い部屋となり、看板には「無所属」と表記されている。
さて、当日地方税制の改正条例が3本、市長から提案されたがその中にふるさと納税の改正条例があり、本会議場で質疑に立った。
実は、総務省が全国の自治体に呼びかけて「ふるさと納税制度」を法律で制定した。これは政府と自治体の関係が、旧来の垂直的な関係から水平的な関係に変えて行く試みであり、一定の評価は出来るものであり、各自治体で様々な取り組みが行われ、地方自治体の自主財源に寄与する結果となった。
ところが、総務省は自治体の独自の取り組みが中央集権なコントロールが出来なくなるとの思惑から返礼品だけを焦点に法改正をしてしまい、返礼品は寄付額の30%以内とする事や、地場産品に限定するなど省令で自治体に通知した。
これを受けて越谷市でも地方税制の改正が提案された。
しかし、この様な総務省のやり方は、ますます地方分権から離れて行くことになっているが、問題は肝心の自治体のトップにその認識が極めて低いことが問題であり、越谷市もその例外ではない。
勿論、ふるさと納税制度には様々な問題を内包しており、根本的には地方交付制度の問題であるので、運用を是認するものではないが、それにしても何の問題もないように、ただ条例改正を形式的にしてしまう今日の市長の姿勢は問題ではないだろうか。   (5月21日)

議員の最大の職務は、議案への賛否
昨夜から雨が間断なく降っており、今朝の駅立ちは中止せざるを得なくなった。
本日6月10日から6月越谷定例市議会が開始され、6月27日までの約20日間の日程となっている。
 市議選挙後の本格的議会のため、新人を含め18人もの議員が一般質問を予定している。
選挙での公約や主張を披歴したいとの気持ちは良くわかる。
 しかし、一般質問とは議決事項でもなければ、執行部を拘束するものでもない。
昔から議会の花とも言われているが、議会の最大の責任は議決行為であり、一般質問はこれとは一切関係がない。
 勿論一般質問の意味が全くないわけではないし、質問の仕方では大いに執行部に影響を及ぼすことも可能だ。
 しかし、それでも市長提出議案への集中的な関心と質疑を最優先にして行く議員の姿勢が極めて大切であることを自覚する必要がある。
(6月10日)

越谷市の最も基本的な街づくりの指針として、第5次総合振興計画(今後10年間)の策定作業が始まりました。今回の策定には市民参加が重視され、初めての無作為抽出の公募型も採用されています。裏面に市民懇談会の内容を掲載しますので、ぜひご参加をお願いします。


PDFファイル⇒19年7月天秤棒No66

開票結果が午後11時過ぎに事務所へ
投票日となった、4月21日(日)は、習慣となっているので、午前5時過ぎには起床した。
ゆっくりと新聞に目を通し、パソコンでツィッターやフエイスブックも同じようにチェックをしたため、午前中の時間を要した。
午後4時頃、投票場となっている桜井南小学校の体育館に向かった。徒歩で10分足らずの場所にあり、会場には選挙立ち合い人の馴染みの自治会長の皆さんが着席しておられた。
記帳台で投票用紙に氏名を記帳(一字一字思いを込めて、丁寧に書き入れた。こんなに自身の名前を書くことは、4年に一度のことだが)して、投票箱に。
一日中、着席しての立ち合いは大変なことは容易に推測出来るので、挨拶と簡単な労いの言葉をかけて、会場を後にした。
午後8時には、投票時間が締め切られるので、それまでは、何度も越谷市選挙管理委員会が発表する投票状況をスマホで確認するが、極めて投票率が低い。
午後8時過ぎには、選挙事務所でスタッフの皆さんと開票作業の状況を見守ったが、開票場となった越谷市総合体育館には、レポート隊を2名派遣して、状況の報告をして頂いた。
開票は午後9時から開始されるため、まだ正確な開票情報は全く分からない。ただ会場に来ている候補者や運動員の様子等は連絡が随時入って来る。
午後10時選挙管理委員会の公式な開票状況の発表がなされたが、500票との事。
選挙開票事務について、市長に私はこれまで何度も質問と改善提案をして来た。
つまり、迅速にしかも正確な開票事務を進めるためには、これまで習慣として来た作業手順や開票台を始めとした会場のレイアウト、職員スタッフの配置等を全面的に見直す必要がある。
これは実は開票作業を対象としているが、課を超えた全職員が一同に共同作業を迅速に取り組むため、所謂縦割りの障害を物理的にも精神的にも変えて行く最大の舞台となるからだ。
すでに、全国では開票作業の全面見直し運動が10年も前から開始されおり、大幅な時間短縮を実現した自治体が続出している。
「最小の労力で最大の効果を図る」公務員の仕事は、地方自治法でこの様に規定している。
かつて、越谷市は、市議選挙の開票事務で大きなミスを犯した事やその原因が特定出来ない事態や最終結果の確定が県内ワースト1になるなど、不名誉が続いていた。
特に開票事務が遅れる大きな原因に、開票立ち合い人による“丁寧な”一票一票の確認作業に時間を要するため、深夜に及ぶことが多々あった。
これは不明票の判定などのマニアル等の説明が開票日当日に実施されており、事前に立ち合い人に周知する時間が限定されていた。
そこで、私は立ち合い人が丁寧に票を扱うのは当然なので、出来うる限り早く事前説明を開催して頂く様に、何度も何度も質問を繰り返した結果、現在は開票日前に開催する様に改善もなされた。
午後11時当選確実の報とともに4000票を超える得票結果に事務所に三々五々に集まって頂いた支援者の皆さんから歓声が沸き起こった。
開票レポ隊の帰りをまって、午後11時30分頃簡単な選挙報告会が始まった。
選挙期間中の苦労話や失敗談など次々と話題が提供されて、当然だが、皆さん満足な笑顔を見せておられた。
午前1時過ぎには、報告会は一応お開きにはなったが、明日の駅立ちに配布する市政レポート(当選者の一覧や得票など)の作成のため、別のスタッフによる作成作業は別の場所で平行して取り組まれていた。
350枚ほどの市政レポートが届いていたが、これを3つに折る作業はこの時間から開始された。
手織りのためこの作業に3時間以上を要し、担当したスタッフはほぼ徹夜状態だった、と後日報告を受けた。
私は、帰宅して就寝したのは午前2時過ぎで、午前4時に起床して、事務所の市政レポートを取りに行き、せんげん台駅東口に向かった。
(4月21日)

開票日の次の日も、通常通りの駅立ち
午前5時前にせんげん台駅東口に到着して、何時もの様に駅前の清掃作業の後、街宣用具を設置して、事務所から持ってきた市政レポート(市議選挙特集号)の配布を始めた。
通常なら午前5時30分開始なのだが、選挙期間中は、午前5時前から駅立ちに取り組んだ経緯があり、この時間からの配布となった。
流石に、この時間帯は選挙期間中と打って変わり普通の月曜日の朝で、静かな駅前となっていた。
おめでとうございます、これからもしっかり市政を変えて下さい、選挙で疲れているのに、やっぱり駅に立つんですね、等のお祝いの言葉が馴染みの市民だけでなく、次々と間断なく続く状態のまま午前8時30分過ぎまで続いた。
当然だが、当選確定が深夜に及び、まだ当落を知らない市民の方も多くおられた。
このため、当選したの?と恐る恐る尋ねる市民もおられた。
ブッチギリの当選ですね、圧勝ですねとのお祝いも寄せられた。
しかし中には、おめでとう、でもトップ当選ではなかったね、との言葉も少なくない市民の方から頂いた。
すみません、力不足のため期待やご尽力に応える事が出来ませんでした、とお詫びした。
午前6時30分頃、橋本議員(自民党)と午前7時頃山田議員(共産党)も駅頭をそれぞれ開始された。
(4月22日)

当選報告会の開催は、今回で5回目
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時前から開始した。駅前清掃は普段通りだが、開始時間は通常より30分早い。
これは選挙期間中の時間帯を踏襲しての開始となった。
前日に引き続き、当選おめでとうの言葉は、途切れることなく続く。
早朝から駅前の清掃を担当されている高齢者の方から、お祝いの言葉とともに何時もの様にペットボトルを2本差し入れて頂いた。
また、カンパも次々と寄せられて、6人もの市民の方の気持ちを頂いた。
午前6時30分頃馴染みの高級キャバクラの店長さんからも、(この時間帯に営業を終えて帰宅する途中に良く声を掛けて頂いている)おめでとうございます、勝利の印です、と栄養ドリンク(タフマン)を頂いた。
本当にそうですね、勝利のVサインですね、と応じたが、やはり当選したことで何時もよりホットした気分となっていた。
更に、馴染みの自転車整理係りの高齢者からも、当選おめでとうございます。約束通り白川さんに12票入れました、と話しかけられた。
えー、そんなに大家族でしたっけ、と応じたら、いいや息子やその嫁や親せきなどに働きかけた、との返事だった。
今回の4148票は、前回よりも338票も上積みの結果となっており、この様な市民の方の支持によって実現したのだろう、と敬服した。
この日は、午後7時から選挙報告会を白川事務所で開催した。
会場には、様々な支援者や市民の方が駆けつけて頂き、料理の差し入れと共に選挙運動の苦労を労う多くの言葉があふれ、また約束した市民マニフェスト「私たちが創る、地域の未来」の実行を着実にする様に注文する事も多く聞かれた。
5期目に入ったが、平常心とともに4年間の市民の付託の重さも感じ取った集会だった。
(4月23日)


PDFファイル⇒19年6月天秤棒No65

市民主体の街頭演説への関心は
4月19日午前11時から午後1時まで、新越谷駅東口で、市民が中心になって演説会を開催した。
そもそも選挙とは、市民や地域に噴出する問題に対して、どの様な背景や解決策があるのかその主体である市民の役割りとは何かを、訴える舞台だと位置付けていた。
そのため、私は名前の連呼は一切して来なかったし、応援演説をして頂く議員や市民の方にも、白川を褒めたり、白川支持だけを訴えるのは遠慮して頂きた。自分自身が抱えている問題意識や活動を紹介して頂きたいと、お願いして来た。
その中で、今日は、越谷市で脱サラして農業を営んでいる市民とさいたま市で子ども食堂を主宰している子育て中の女性にマイクを握ってもらった。
この女性の訴えに、多くの市民の皆さんの共感をよんだので、当日の演説内容を紹介する。

毎日の生活でせいいっぱい、政治なんて難しくて分からないし考える暇がない、私がいれる一票で何か変わる訳でもない!!と思われるかもしれません。
私も2人の男の子の子育てに追われる毎日、今はまさに新学期/新年度で新たな生活のペースについていくのが必死な時期、とてもよく分かります。
 でも、一生懸命頑張れば報われる、生活はいずれよくなる、幸せになるという時代はもう終わったかもしれない、子ども達の時代にどんな社会を残したいのか?立ち止まって、みんなで考えなければならないとふと思います。
 私自身は現在40代いわゆるバブル崩壊後に超氷河期と言われる厳しい時期に社会に出て、終身雇用は崩壊し、多くの優秀な女性社員が派遣社員としてしか職がなく、転職を繰り返しながらキャリアップを図りながらサバイバルする、というしのぎを削る時代に仕事をしてきました。すべては自分次第、努力次第で結果は必ずついてくる、と信じて頑張ってきましたが、気づけは30代後半になっての出産を経て、この社会は子どもを産み、育てながら仕事を続けるには無理がある、それまでのやり方では無理があると思い、5年前会社員生活にピリオドを打ちました。
 大人たちががむしゃらに働いてきて、一生懸命築き上げてきた私達の日本という社会は、どんな社会でしょうか?!6人に1人、7人に1人の子どもは相対的な貧困と言われる社会、10-14歳の子ども達の死因の第1位は自殺というさみしい社会です。
子育てまっただ中でその中に身を置いてみて、キラキラした元気いっぱいの笑顔が、小学校、中学・高校とあがるにつれて、疲れ、かげり、沈んでいくのに、猛烈な寂しさを感じます。
 地域で子育てをしてみて、気づくことが色々あります。自分の子ども時代にかつてそうであったような、子ども達の元気な声が公園に響いていないこと、賑わいが失われ、地域は空洞化していること、多くのお母さん達が孤独に子育てをしていること。

そしてこの子たちが大人になった時の社会、私達が高齢者・後期高齢者になった時の社会はどうなってしまうのだろう?と思うと、当事者として今、何ができるか?向きあわざるを得ません。
 私はかつてキャリアコンサルタントとして、企業の女性活躍推進を支援し、女性がキャリアを積み、社会で活躍することを後押しする仕事をしていました。
保育園が足りないとどこの地域でも問題になっています。確かに朝の7時から夜の7時8時まで預かってもらえる素晴らしいシステムです。でも、それだけの長時間そこで過ごす子ども達にとって快適な環境なのか?まだそこで働く保育士さん達にとって快適な環境になっているか?健全な心身の育ちを見守られているのか?見過ごされてはならない視点です。選挙権を持たず、まして明確に自分のニーズを声にできない子ども達の声も拾っていかねばなりません。
 また、義務教育課程である小学校・中学校に行けていない、あるいは積極的にいかないことを選択している不登校のお子さんもその人数が年々増えてきています。
少し前までは、本人に問題があるとする風潮もあり、そのような子ども達は引きこもり予備軍として学校に戻すことを目的とした支援が中心でした。
でも、これは、今の学校の何を維持し、何を変えねばならないか?真摯に考える最大のチャンスです。
また、既存の学校には行きづらく感じている子ども達にとって学校以外に多様な学びの場の選択肢を開発することによって、教育界に新風を吹かせられるチャンスでもあります。
 今、私は地元で仲間とともに多世代交流会食、子ども食堂を運営しています。
子どもの貧困が問題になっていますが、現にひとりで晩御飯を食べる、いわゆる孤食の子ども達も多く地域にはいます。
家族そろって食卓を囲むという当たり前のことすら難しいご家庭も多いでしょう。
成長期の子ども達にとって、多世代でだんらんしながら食卓を囲み、親以外の大人に関わってもらう体験はかけがえのないものです。
そして、これは子どもだけの問題ではありません。
子育ては自分の家族だけで行うことはできません、助けて欲しい時には「助けて!」と言えるお互い様で助け合える関係性を大人同士が地域でつくっていくことが大切です。
今は共稼ぎのご家庭も増えています。仕事の他に家事や育児を引き受け、負担の多くが母親にいっていることも多々あります。
それをかつての私自身がそうだったように自分の責任だから、と自己責任で抱え込んでしまう、その意識から変えていく必要があります。
子ども食堂はそのように地域全体で子どもを育てていく実験の場だと思っています。
 今日は子育てを取り巻く環境という観点から私が普段感じている地域の課題をお話させていただきましたが、これらは、誰か特定の人の問題というより、みんなで解決しなければならないことだと思います。
誰かのニーズを満たすために、誰かに無理が行く、しわ寄せがある、ということはあってはならないし、誰が悪いかという犯人捜しに時間を費やすことも無駄なことです。
自分とは反対の意見や立場の人とも、心を開いて話し合っていかねばならない時代だと思います。課題が山積みであるということは、変えられる余地があるということでもあります。
 議員さん達が答えを持っているというよりは、彼らは地域の多様な視点をすいあげて施策に生かしていくための推進役であり、主役はむしろ私達市民だとも言えます。
この選挙期間中は、普段思っていること、よく分からないな、やっと感じていることを議員候補の皆さん達に直接投げかけ、どう考えているのか?考えを聞き、意見交換や対話ができる最大のチャンスだと思います。
誰となら、自分たちの地域の未来をともにつくっていける関係性を築けそうか?そういう視点で候補者の方を見極め、4月21日(もしくはそれまでの期日投票)で、皆さんの大切な一票を投じていただければと思います。
そして、投票して終わりではなく、その後も自分たちの声が果たして議会に届けられているのか?議員さん達の活動を見守り、時に支え、ともに地域をつくっていくプロセスに参加していっていただけたらと思います。
この選挙が越谷の未来につながる大きな一歩になることを心から祈りながら、演説を終えさせていただきます。

             (4月19日)