PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭45

今夜会えてよかったが続く、夜の駅頭
昨日は、夜駅立ちを、せんげん台駅西口で午後7時から午前0時まで、5時間で実施した。
午後8時頃、馴染みの中年女性が階段を下りて来られて、私の前で暫くバックに中を探しておられた。そして1000円札を出して、朝の時間帯はせわしなく、渡せないので、と話された。ありがとうございます、助かります、とお礼を述べた。
その後、自民党会派の伊藤市議が、降りて来られたので、挨拶をした。その後9時30分過ぎに再び戻って来られて、大変だね、こちらは飲み会だった、と帰って行かれた。
更に公明党の守屋市議にお会いしたが、4月26日に開催する大相撲越谷場所の関係者で、モンゴルの外交関係者が友達で、そのパーティーの帰り、との事だった。
更に、越谷市教育長が、降りてこられ、更に刷新クラブの武藤市議にもお会いした。
駅立ちを通して、これ程多くの方に集中して出会った事はなく、それぞれ別の要件を済ましての帰宅だっただけに、偶然が重なるとはこの様な事なのだろう。
午後9時頃、旧知の高齢男性が、階段を下りて来られて、またのし袋で1000円のカンパを頂いた。
ありがとうございます、とお礼を述べた後、こののし袋は、どなたかに渡すためにバックに入れておられるのですか、と尋ねた。
すると以前カンパを頂いた記事を掲載した、一心太助の天秤棒をバックから、取り出しながら、いいえ、先生(この呼ばれ方は苦手だが)に渡すためですよ、との返事だった。
朝の時間帯では、午前5時9分の始発電車で通勤しているので、持ち歩いていて、今日会えてよかった、と付言された。
(前回頂いたのは、この始発時間前であり、私はせんげん台駅西口に到着して、街宣用具を準備している最中だった)
また、馴染みの佐賀銀行員の方が同僚の方と降りて来られて、先生に報告があります、と切り出された。
実は、本年4月27日付で、佐賀銀行本社に転勤になりますとの事。
越谷市には、かれこれ20年余り住んでいますで、また戻って来ます、とも。
今日ここで先生に会えて本当のよかった、と。
そして、毎回カンパ(月に2回)を頂いている事に関して、佐賀に転居しても、定期的にカンパをしますから、と申し出て頂いた。
越谷市を離れても、私への支援を続けて行きます、との気持ちに触れて満ち足りた気分になった。
更に、埼玉県立大学を卒業して3年がたち理学療法士をしている女性にお会いした。
以前ツィッターで、励ましのメールを頂き、その内ゆっくりと話しましょう、と返事をしていた。何時も午前7時過ぎに市政レポートを受け取って読んでいて、駅前の情景が良くわかる。他の議員のものは殆ど読まないが、と話し、今日この時間に会えてよかった、と。
今は認知症の患者さんを治療する部署に変わったが、ますます高齢者の治療が増えて来ており、病院や施設だけでは解決出来ない問題となっている、と話された。
暫くして、馴染みの女性が、笑顔で降りて来られて、お菓子を2個頂いた。袋には、「宮古島の海のやさしさつめて 雪塩ふぃなん」と記されていた。
宮古島からの観光土産なのか、誰からか貰われたのか、は不明だが、後日コーヒーと共に美味しく食べさせてもらった。
午前0時過ぎまで、まだまだ電車からは、多くの通勤客が降りてくる中、長時間労働が常態化している現実を何とか変えたい、との思いが
つのりながら、頭上の月を見上げて終了した。
(4月27日)

まず、自分が変わらなければ
昨朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時前から開始した。直ぐに高齢の3人連れの女性が、演台前に設置している看板を見て話かけられた。看板には、変えたい、変わろう、変えよう、と書かれていたが、女性の一人の方が、変わんないよねーと話したのに続いて、隣の女性がそうよねー、応じた。
底が抜けた様な、政府の公文書改ざん問題を巡る国会対応に出た言葉だと思い、そうですね、でもまず自分が変わらなければ、回りも変わらないし、社会も変わらないではないですか、と応じた。
すると、自分が変わるねー、うーんとの表情に変わった。また別の女性が、この人(私の事)、一人で大袋駅でいつもやっている人よ、と話された。3人とも納得したような顔つきになり、頑張って下さい、と言いながら笑顔で去って行かれた。午前8時30分過ぎに終了して、直ぐに電車で新越谷駅に向かった。
午前10時から、サンシティ越谷市民ホールで開催された第58回越谷地区メーデーに来賓として出席するためだ。
新越谷駅を降りて直ぐに朝食を取るため、駅構内のパン店でモーニンングを注文したが、なんと290円で、コーヒー1杯と食パンの食べ放題のサービスだった。(お得なモーニングだ)
パンを数切れ食べた後、来賓あいさつの原稿づくりに着手した。恐らく挨拶の時間は5分以内(昨年も参加したが、この程度だった)のため、色々話したいことはあるのだが、中々まとまらないまま時間が過ぎて、完成しないまま会場に向かった。
(労働組合の方が集まる集会なので、労働組合とは全く関係のない私が話せる、唯一の機会がこのメーデーなので)
来賓あいさつは、越谷市議会の自治みらいを代表したもので、同じ会派の辻議員や山田議員を紹介まずして挨拶した。(他にも立憲民主党や共産党の議員も参加されていたが、保守系無所属は私だけだ)
冒頭、北越谷駅での朝の駅頭での会話を紹介した。(この部分は全くその場で思いついたが。つまり、まず自分自身に変わろうとする意志がなければ、社会も人生も変わらない事を強調したかった)
 次に平成デモクラシーと言われる失われた20年とも30年とも言われているが、多くのものを失ってしまった。
特に安倍政権の5年間で、近代国家の最低の条件である政府機能が崩壊してしまった。(公文書改ざん問題等)
しかし、得たものも多い。
それは3年前までは立憲主義と言う言葉さえ、皆さん知らなかったことを知り、護憲や改憲以前の本質的憲法の常識が広がっていった。
また安保法制反対の全国的な運動を通して、これまで野党の議員は、支持されている労働組合や団体に個別のあいさつに行くことはあったが、市民集会で野党の責任者が揃ってあいさつをする様になったことは、戦後初めてのことであり、選挙での統一候補の応援までに発展したことは注目すべきことだ。
憲法改正問題が大きなテーマになっているが、憲法条文を変えるのか、変えないのかに終始して来ている。
しかし日本国憲法は世界的に見ても、条文は非常に少ないのが特徴であり、法治主義によって法律や政令によって肉付けをして来た経緯があり、これら全体の体系を憲法と位置づけている。
立憲主義とは憲法が国家の権力行使を縛ることに留まらず、権力を構成するのは国民自身であることが強く意識しなければならない。
この間、省庁再編や小選挙区制導入、政党助成金制度や官邸への権限集中など、統治機構改革が次々と実施され、これは、憲法改正に勝るとも劣らない改正となって来た。
だからこそ、これから国民主権で統治機構を作りこんで行くプロセスに参加して行く段階になった。立憲民主主義の視点から、この運動をはじましょう、と挨拶した。
その後、参加者全員で会場から、新越谷駅まで、「8時間労働を守ろう」と声を上げてデモ行進をした。         (5月2日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭44

春日部市民の受けとめかたは
 昨日は朝の駅立ちを、大袋駅西口で午前6時から午前8時30分まで実施したことに続いて、夜の駅立ちを午後7時から午前0時までせんげん台駅東口で取り組んだため、1日で7時間30分の駅立ちとなった。
夜駅立ちで午後8時過ぎ、一心太助NO43に掲載した大学4年生で就活中の女学生がリクルートスーツで階段を下りて来られた。
就職あれからどうと話し掛けたら、まだです、と少し悲しそうな(と見えた)顔つきで、との返事だった。
そうか、でも就職が今出来ないからと言って人生が終わるわけではないから、今は全力でがんばって、と励ました。はい、がんばります、との返事に続き応援(私を)していますからと、笑顔で話して別れた。
その後偶然にも、同じ記事で紹介した、JAから新宿に出向している60才のサラリーマンの方と、出会った。ほろ酔い気味だったので、歓送迎会ですか、と尋ねたら、うーん、銀座で飲んでいた、との返事。
新宿に職場があり、銀座で飲めるのはいいですね、と応答したら、いいやそうでもないんだ、とうかぬ顔の返事。
そんなに楽しい飲み会ではなかったことは、この表情からも想像された。(仕事の宴席では、気を抜けない場合も当然あるからだろう)
その後、兆度午前0時に、春日部市に住んでいる30代のサラリーマンの方から、朝だけでなく、こんな夜遅くまで活動しているのですか、
と驚いた様子だった。10年近く春日部市に住んでいて、電車通勤の時はせんげん台駅を利用するから私に良く会う、(車で会社に向かうときもある、との事)との事。
市政レポートは何時も読んでいるが、春日部市民のため、直接私を応援出来ないが、と何度も話された。
いや、いいんですよ、越谷市政だけでなく、埼玉県政や国政など、全て繋がっているのですから、それぞれ判断の材料として参考にして頂き、主権者としての選択をして下さい、と応じた。
その他、色々話し込んでいる内に、12時30分を過ぎており、明日も仕事でしょうからと話しを打ち切った。
それから、駅前のタクシー乗り場に並んだが、数人の市民がすでに並んでいて、なかなかタクシーが戻って来ない時間が暫く続いた。
やっと順番が来て自宅に着いたのは午前1時頃で、それから風呂に入り、明日の駅立ちのチラシの準備をして床に就いたのは午前2時過ぎだった。        (4月20日)

チラシ配布のアプローチの違い
今朝は午前5時前、起床をして、北越谷駅東口で午前6時前から、市政レポートを配布した。
同時に5月13日(日)午前10時30分から越谷駅前広場を会場に開催される第4回“アチャアチャ”(しあわせのたねをみつけるマルシェ)の案内パンフを配布した。
このパンフは、綺麗なカラー印刷のパンフで市政レポートより重たく、配布のため左手で束を抱えて配るため、何時もより付加がかかり、終了時にはまた左手の肘が痛み始めた。
(昨日は夜駅立ちのため3時間位しか寝ていない事も原因かもしれないが)  (裏へ)
この間暖かい日が続いており、痛みが去っていたのだが、暫く使用していなかった痛み止めのための湿布薬を昨夜貼り付けた。
午前6時まえ、朝日バスの運転手さんが停車中の運転席から降りて来て、駅前に設置しているカートから市政レポートを取って行かれた。出発までの時間、熱心に読んでおられた。
午前7時30分頃、黄色のジャンバー姿の一団6名が、日経新聞の拡販のためテッシュと無料お試し券を配布し始めた。
中年の4人の男性は、日経新聞の社員で、配布し始めて5分も立たない内に、受け取ってもらえませんよ、と責任者らしい男性に話していた。すると、直ぐに別の男性も同じように“嘆いて”いた。
一方若い女性の方は、次々に通勤して来る市民に笑顔で配布を続けているため、受け取りが多い。(勿論、笑顔で間断なく配布していても、受け取らない市民も多いのだが。営業のチラシ配布に、こんな状態は珍しくはない)
同じ配布の行動でも、あまりに差があったので、午前8時に終了した時点で、この女性に尋ねてみた。
一所懸命に配布していた2人の女性は、アルバイトで、他の男性は社員、との返事。
あーそれで、配布への姿勢が違うのですね、と応じていたら、私の市政レポートをくださいと手を出して頂いた。アルバイトで仕事をつないでおり、大袋駅を利用していて、朝駅立ちの私を良く知っている、との事だった。
更に話を聞こうとしていたら、男性社員が引き上げるため、呼びに来たので、それ以上の話は出来なかった。
午前8時過ぎ、若い女性に市政レポートを手渡したが、何時も気になっていたので、話しかけて見た。(高校生の制服で、市政レポートを毎回笑顔で受け取っていた女性ではないか、と。ただ、私服では随分印象が違うため)
今年の3月までは、高校生だったですよね、と聞いたら、そうです、との返事。卒業して今は、明治大学の1年生です、との事だったので、どうして高校生の時から、市政レポートを受け取って頂いているのですか、と尋ねた。
社会や政治に興味があり、何らかの役に立つのではないか、と思っています、との応答だった。
今朝の二人の若い女性は、社会の中で自分の生き方や人生観を考えようとしている姿勢をみることが出来たため、この間の政府の最低規律の崩壊状態にうんざりしていた気分を、少し転換させてもらった。     (4月20日)

国民保険税や保育料の軽減措置を決定
昨日の駅立ちは、未明から激しい雨が降り続けており、中止した。
当日は、越谷市議会臨時議会が、午前10時から開催されたが、開会に先立ち会派代表者会議が議長招集の中、午前9時30分から開かれた。
議題は、本会議中や委員会開催時に議員が居眠りをしている事に対する市民から指摘についてだった。
議長の説明によれば、本会議の傍聴感想等で、議場での議員の居眠りが問題視されており、当然だが、全議員に会派代表者を通して、徹底する様に、との事だった。
勿論、会議では私を含め一切異論はでなかった。一般質問や意見書への討論のため、前日から徹夜状態で、本会議に出席し、質問が終わった後、ほっとしている時に、ついついうとうととしてしまったことがあり、自戒しなければならない。
また、市長答弁や他の議員の一般質問に全く関心がわかない事もあるため、そんな時に緊張が切れたりもしていた。
午前中に終了した臨時議会では、市長から国民健康保険税の軽減の対象者が更に軽減される議案や、保育料も同じように軽減利用者を更に軽減する議案等4件が提案され、全て原案を可決した。
国民保険税は、改正後269世帯(被保険者数459人)が増加し、その費用は約546万円となり、その内の約410万円は、埼玉県保健基盤安定制度から支出される。
結果として、残り約136万円は、越谷市の負担となった。
保育料の軽減措置は、平成30年4月1日から施行されるが、61人が対象で約225万円の支出増となり、越谷市の負担額は71万4024円となった。
国民健康保健制度は、各自治体で運用されて来たが、財政が破たん状態のため、本年4月1日から、埼玉県全体で統合された。また保育ニーズが年々高まっている中で、軽減措置でどこまで解消できるのだろうか。  (4月26日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭43

入学したLGBTの子ども達のこと
今朝の駅立ちは、午前8時40分から北陽中学校の第45回入学式に参加するため、中止した。男子86名、女子55名合計141名の新入生で1組から4組までのクラス編成となった。
毎年名簿を見ながら、生徒の名前をなかなか読めない事が多く、今回もそうだった。
名づけた保護者は、大切なわが子にそれぞれ熟慮して命名したことが推測できるのだが。
ただ、入学生名簿に男子、女子と記されていたが、LGBTの割合は13人に1人と言われており、それを単純に計算すれば10人程度となる。
(個々の名前には、男女の区別の記載はない)
また、男女ともそれぞれ制服だったが、これも本年4月5日に開校した千葉県柏市立柏の葉中学校は、性的少数者(LGBTなど)への配慮も考えた新しい制服を導入した。
新制服には保護者の意見も取り入れられ、男女とも性別に関係なく、スラックスやスカートなどを自由に選べるようにしたことが特徴だ。
多様性や共生社会の実現に向け、学校の役割が更に大きくなっている。
午後12時50分からは、桜井南小学校の第38回入学式に参加した。入学児童は99名で、1組から3組となっており、名簿には苗字も名前もひらがななので読めた。(あたりまえか)
ただ、個々の名前のあとに「おとこ、おんな」と記されていた。
式典が始る前に来賓に対して式次第の説明を学校側からして頂くため、全体の流れがよく理解出来る。
特に来賓あいさつは、市長、市議会議長、PTA会長の順で行う様に事前の説明書に記されていたが、毎年議長からの祝電披露と地元議員を代表して1名が祝辞を述べており、昨年は松島議員だったので今回は私が担当した。
式典ではピカピカの1年生が小さな椅子にキチンと座ってはいるが、1時間の式典への集中は当然だが途切れる。
そのため、私の挨拶は、短い言葉で新入生にお願いをした。
「皆さん、明日からこの小学校に毎日元気で通学してきたら、昼ごはんはみんなで教室で食べる事になります。これを給食と言います。そこでお願いです。この給食を残さず、仲よく毎日食べることが出来る子は、手を上げて、大きな声で返事をして下さい」と。すると全員が、ハーイと笑顔で応えてくれた。 (4月9日)        

就活中の女学生は、7年ごしの駅友
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅東口で、通常通り午前8時30過ぎまで実施した。
寒くはないのだが、強風が終始吹き込んで来た。そのため、のぼりを始め、看板や演壇の上に設置している市政レポート用ボックスが何度も倒され、吹き飛ばされた。
止む無く撤収状態で、市政レポートを配布した。午前8時頃、この駅で高校1年生の時から挨拶を交わして来た現役の女学生と久しぶりに会った。
今大学3年生だった?と私が尋ねた。いいえ4年生です、との返事。そーか就職は決まったの、との話に今就活中です、と。えーもう4月だけど、どんな会社を希望しているの、との話に、観光会社のツアーコンダクターや企画などの仕事につきたいのだが、倍率が高くなかなか内定がもらえない、との返事だった。
すでに、高校1年生から大学まで、7年間の付き合いでもあり、頑張って欲しいのだが、就職市場は最近緩和されて来たと言われているが、やはり人気職種は門が狭いのだろう。
兎に角がんばって、と声援を送ったら笑顔でエスカレーターを昇って行かれた。
 その後すぐに、駅前広場を毎日早朝、清掃している高齢男性から、今回もコーヒーとお茶のペットボトルを差し入れて頂いた。月2回必ず頂いており、何時も、何時もありがとうございます、と同じお礼を繰り返している。
 午前8時50分過ぎ、駅頭を終了し、車に街宣用具を積み込んでいたら、60才の馴染みのサラリーマンの方から声が掛かった。
現在はJAからの出向で新宿にある会社に勤めているが、会社が遠いし、疲れるので辞めようと思っている、との話だった。
昨年私の夜駅立ちのおり、紙袋一杯の美味しいバナナやリンゴを頂いた事に納得がいった。
そのエピソードを昨年9月6日の一心太助の天秤棒に掲載したのだが、その時にこの男性を「60代のサラリーマン」と表記したことが話題になった。
四捨五入すれば確かに60才ではあるが、当時はまだ59才だったので“不満”があると、笑顔で“抗議”された。
そうですか、すみませんとお詫びしたが、今回は1000円のカンパを頂いた。
女子学生やこの男性の話からも会社や仕事とは人生にとってどんな意味を持つのか、考えた朝だった。         (4月13日)

肌寒い強風の中でも、市民は暖かい
週明けの月曜日、今朝の駅立ちは、午前5時30分から、せんげん台駅西口で実施した。
昨日までの暖かさから、一点して肌寒く時折強風が吹く朝となった。
そのため、のぼりや看板が倒れたため、元に戻そうとしていた午前6時30分頃、何時もの佐賀銀行行員の方から、戸惑った顔つきで今から駅頭ですか、と尋ねられた。
いいえ、風が強くて直していたところですが、と応答した。あーそうですか、と話され何時もの様に1000円のカンパを頂いた。
午前8時過ぎ、旧知の中年サラリーマンの方から、祝儀袋に入ったカンパを、これ気持ちです、と手渡しで頂いた。(キチンと糊付けをしてあり、気モチジャケエ印刷されていた)
終了後、開封してみたら手紙が同封されており、「日ごろの地道な議員活動、感心しております」と手書きの文章とともに、1000円札が入っていた。また、カンパ箱には2000円入っていた。
最近よくのし袋でカンパを頂くが、どの駅で何時駅立ちを実施するかは公表していない。
勿論駅立ちは、同じ駅に一カ月に2回のペースなので、推測を立てることは出来る。
それを見越して、祝儀袋をバックの中に持参しながら毎日通勤していて、今日がその日になったのだろう。そんな事に私が感心した。
(4月16日) 
      
桜井南小学校の入学式を巡って
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から午前8時30分までの2時間30分間で実施した。昨日よりも更に肌寒い朝だ。
午前7時頃、30代の馴染みのサラリーマンの方から、先週の桜井南小学校の入学式では、お出で頂きありがとうございます、とお礼を言われた。
息子さんが新1年生で保護者席の最前列に父親として参加していた、との事。式典で来賓挨拶をした私に対しての言葉だった。
お礼などとんでもありません、おめでとうございます、と応答した。
終了して街宣用具を片付けていた、午前8時40分頃、同入学式に参加した母親の方から声が掛かった。こちらは娘さんが新入生。
私の来賓挨拶の話になり、どうでしたかと尋ねた。笑顔でエー面白かったです、“越谷サイコー” (越谷市が舞台のNHKドラマで、挨拶で紹介した)は、ビデオに録画しているがまだ見ていない、との返事。
やはり地元で身近ではあるが、単なる来賓の地元議員の一人と言うことではなく、本当に感謝や親しみのある会話に触れたのは嬉しいものだ。   
(4月17日)   


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭42

気温の変化だけで、気分が落ち着く
今朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅東口で実施した。やっと春らしくなって来ているため、早朝でもそれほどの寒さは感じない。
寒気の中体の芯まで冷え切りながら、2時間30分を要して市政レポートの配布や市議会報告を続ける状態と比較すると、今朝の暖かさだけで気分が落ちついてしまう。
午前6時30分頃、朝の散歩中の旧知の高齢男性と話になった。
最近、大袋駅の西口の地域から転居して東口の付近が自宅となったので、私には会えないと思っていたので、今日は良かった(会えて)と。
市政レポートを渡しながら、一心太助は面白いですか、と尋ねた。
そうですね、日記風に書かれていて、駅の日常の風景と私の活動がよく分かります、との返事だった。
午前7時頃、春休み中の中学生が、グループでキャピキャピと楽しげに会話しながら、エスカレーターを昇って行く。やっぱりデズニーランドの行くのかなー、と心と呟いた。
午前8時40分過ぎ、駅頭が終了し街宣用具を撤収しているところに、馴染みの越谷市職員と話になった。
3月で35年務めた市役所を定年退職する。自宅の自治会の役員就任を要望されて、地域で活動することになった。やはり頼りにされるのは嬉しい、との事だった。
そうですね、地域のお役に立てるのはボケ防止になるし、何より身近な地域に友達が増えるのが、これから長い人生にとって価値がありますね、と応じた。      (3月29日)

首都圏サラリーマンの長時間通勤に思う
今朝の駅立ちは、午前6時から越谷駅東口で開始した。
午前6時30分過ぎ、30代のサラリーマンの方から毎回のワンコインのカンパを頂いた。
大きめにキャリーバックを持参しておられたので、出張ですか、と声を掛けた。
えー、現場が名古屋市なので、これから向かいます、との返事だった。
以前も話をしたが、名古屋市での仕事に従事しているとの事だが、新幹線利用で、東京駅からは1時間40分ほどで到着する。近いと言えば近いが、遠いと思えば遠い。
この例に限らず、首都圏の働き方の問題の一つは、職住が接近している環境でないと家庭や子育て、地域活動や趣味を生かすことが難しいことだ。
午前7時頃、馴染みの中年サリーマンの方から、何時もの暖かいペットボトルを頂いた。
この差し入れのペットボトルが、ひんやり冷たくなるに従い、季節が変化して行きますね、と、話し掛けられた。
確かに月2回の定期的なペットボトルをの購入時に暖かい方がいいのか、冷たい方がいのか、考えながら差し入れて頂いているのだろう。
(4月2日)

花見シーズン真っ盛り
今朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30分まで、北越谷駅東口で実施した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの中年サリーマンの方から、冷たい缶コーヒーを頂いた。直ぐにお礼を言った後、“何時もありがとうございます”と付言した。すると、“何時もではないよ。今回で2回目の差し入れだよ”と笑顔の返事だった。            
それから直ぐに旧知の70代の男性から、昨日会員である年金団体のウォーキングの仲間で花見会を開催したら、80人も集まってしまって、と嬉しそうに話し掛けられた。
そう、今まさに桜が満開でお花見に繰り出す絶好の時期なのだろう。
こんな気温のため、何人もの市民から、暖かくなっていいですね。駅頭も少しはやり易くなったでしょう、と声を掛けられた。
寒気の中、2時間30分間の駅立ちは、起床するにしても、市政レポートを配布するにしても寒さにかじかんだ体に気合いを入れないと、なかなか実行が出来ないのは事実であり、ベントコートも手袋も不要なので、助かっている。
ただ、左手のひじ痛は、完治しないので時々痛みを感じながらの駅頭を続けている。
(4月4日)

駅頭で出会う、“久しぶり”の意味は
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で午前6時前の駅前清掃から開始した。
駅前に到着すると、障がい者用の乗降スペースに大型のセダンが駐車していて、運転手が乗っていない。
運転手が帰って来ないので気になっていたら、30分後20代の男性が運転席に乗り込み車を発車させた。しかし、男性は障がい者ではなかった。
こんなルール無視が、公然と行われている日常の市民意識を基盤に財務省等の公文書改ざん問題が起きるのかなー、と頭をよぎった。
また、別の20代前半(の様に見えたが)の男性と女性を含む制服警官の一団(8人前後)が西口にやって来た。
早朝から何ごとかと思い、清掃の傍らから警察官とこの男性のやり取りが断片的に聞こえて来る。女性警察官は、カメラで周辺を映していた。
そのため正確には分からないが、この男性(酔っている様に見えたが)が飲食中に仲間なのか、同席していた客なのか、喧嘩状態になり事情を聴取されている様子。
時々この男性は、自分は被害者であり、加害者の様な取扱いは許さない、と大声を出している。これを受けて男性警察官が、ため口風に話したことにも腹を立て、敬語で話すように抗議していた。
結局、10分位のやり取りの後、西口の飲食店街に一団は去っていった。
午前8時頃、馴染みの高齢女性から声が掛かり、しばらく私と駅で会わないので、病気ではないのか、心配していた、との事。
いいえ、全く健康ですし、月2回のペースで6駅の東口、西口を順次ローテーションで駅立ちを実施しているので、たまたま気づかなかっただけではありませんか、と返事をした。
何時もの様に、暖かい紅茶ミルクのペットボトルとおにぎり、スコーンを差し入れて頂いた。
また、旧知の高齢男性からも、2か月位会っていないので、今日は久しぶりだと、話された。
同じ様に、説明をしたが、あまり納得されたような顔つきではなかった。
駅立ちがすでに風景となっており、その風景が少し変化したと感じておられるのだろう。
ただ、お二人とも、私の健康状態を心配して頂き、また一心太助を楽しみにされている様だ。
更に午前8時30分過ぎ、何時もは蒲生駅東口を自転車で通過している65才の男性が通りかかった。本年3月15日で長年勤めていた会社を定年退職したので、私には当分会えないと思っていたが、ここで会えて良かった、とのこと。(私も会えてよかった)
              (4月6日)

調理師への就職は不人気
今朝の駅立ちは、午前7時から、北越谷駅西口で実施した。
終了間際の午前8時30分前、越谷駅西口で良くお会いする65才の男性から声が掛かった。
高校を卒業後日本料理の調理師として40年程大きな居酒屋で働いて来た。一旦退職したが職人がいないためアルバイトで再雇用されて、今は昼間の時間帯だけの勤務となっている。
また、長年の労働のため体のあちこちを治療している状態だ。同じ職場に若い人がアルバイトとして働いているが、正規職になっても、低賃金、長時間労働のため、この職種での正規雇用を望んでいない、と。依然として労働環境が改善していない、一例だ。   (4月11日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭41

自分たちの地域は、自分たちが守って行く
昨日の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始した。午前7時30分過ぎこの間毎回カンパを頂く60才のサラリーマンの方と話した。
建設会社のコンサルタント会社に勤めていて、30数年公共事業の仕事を続けている。自宅マンションの役員をしていて、高齢者や障害者など災害時への対応は、自分たち住民同士で担う事が重要だ。役所や誰かに任せる事は出来ないので、日ごろから住民間の交流を大切にしている、との話だった。
そうですね、防災との観点だけではなく、地域社会の運営にとって欠かせない事ですが、まだまだ他人称の市民が多いので、モデルを作って下さい、と応じた。
午前8時過ぎ、旧知の40代のサリーマンの方から明日は、息子の中学校の卒業式なので出席する予定だ、との話から、高校はどこに入学されるのですか、と私。
現在野球部で、4番サードで活動していて、高校でも野球をやりたいので、野球の強い春日部高校に進学する、との事だった。
今朝は、市内一斉に中学校の卒業式が行われ、私は北陽中学校の卒業式に参加したため、駅立ちは中止した。       (3月15日)

卒業式、議長代理での祝辞への反応は
今朝は、桜井南小学校の第37回卒業式の受付が、午前8時40分からなので、駅立ちは中止した。卒業する6年生は1組から4組まで153名。
私は議長代理の来賓あいさつで、議長の祝辞を代読した。31名の議員は、市内の何れかの小学校に議長代理で来賓として出席している。
祝辞の代読では、出来るだけ12歳の子ども達に気持ちが伝わるように、ゆっくりとしかもキーワードの言葉をより強調して読むように心がけている。
そのせいか、式典終了後教頭先生から、子ども達の心に残るようにお話をして頂き、ありがとうございました、とお礼を言われた。
褒められて悪い気になる人間はいないと思うが、式典は2時間を超えており、その間卒業する子ども達は、終始緊張状態にある様に見えたし、保護者を含め会場から笑いが起こるような事はあまりなかった。
そのため、どれほど公的な文章に反応してくれたかは分からない。
しかも式次第の一つ一つを正確にこなして行くには、事前の練習に相当な時間を要したのではないか。
ただ、「門出の言葉」を卒業生全員で、分担して短いセリフの発表や合唱曲“旅立ちの日”の最中には、男女とも目頭を押さえる子ども達が続出していた。卒業式ならではの風景かもしれない。         (3月23日)

駅に取り残された歩行器は何故
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で通常通り午前5時30分から午前8時30分までの3時間実施した。駅に到着して直ぐに駅前清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
午前6時過ぎ3人づれの女子(恐らく中学生だろう)が、お揃いの服装でエスカレーターを登ろうとしていたので、今日はディズニーシーに?と声を掛けた。
すると、一斉に「ランド」との返事と笑顔。
すでに春休みの入っていて、千葉県のディズニーランドに向かおうとしていたので、一日楽しんで来て、と送り出した。
その後、次々と女子中学生(もしかすると小学生)が、同じようないでたちでエスカレーターを昇っていった。
午前7時前、馴染みの中年サリーマンの方から、気候があったかくなって、いいですね、と声が掛かり、おにぎりとパンとお茶を頂いた。
市政レポートを配布し始めてから、終了するまでずうっーと気になっていたのが、エスカレーターの入り口に放置(?)された歩行器。
しかも、鉄柱に白い紐でしっかり結ばれていた。入り口なので、通勤客の障害になっていたので、少しずらしたのだが、紐が結構固く大きくは動かなかった。
誰が何の目的で、こんな場所に置いているのか、不明のままだった。
(次の日には、撤去されていたのだが)
(3月26日)

高齢者が持ち込む剪定枝の搬入問題
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口に、午前5時15分頃到着し、吸い殻等の駅前清掃を終え午前5時30分過ぎから、市政レポートの配布を実施。同時に4月25日(水)午後6時30分から、桜井地区センターを会場に開催する、8人の超党派議員が主催する、3月議会報告のための市政報告会の案内チラシを配布。
この日は、東埼玉資源環境組合議会が、増林の焼却場で午前10時から開催された。
越谷市議会から私を含む5人の議員が、この組合議会の議員に選出されており、開会前に議会運営委員会での協議の報告を午前9時30分から聞くのが通例となっている。
そこで、駅頭終了後に朝食を取っている時間がないため、妻におにぎり弁当を作ってもらい、迎えに来た妻の車の座席での食事となった。
時折事前におにぎり作りをお願いするのだが、決まって具やおかずがないと妻からは苦言が寄せられるものの、じっと我慢も慣れている。
議会では3月の当初予算案等の審議や採決が行われたが、興味深い質疑があった。
焼却のため枯草や剪定枝の組合への持ち込みに関して、現状個人で搬入するは、無料で制限がない。
(あくまで個人であり、団体や企業は有料となっている)しかし、高齢化とともに自動車等の運転や搬入が困難な高齢者に対して、関係者で取りまとめて一括して搬入することは、出来ないのか、との質問だった。
これに対し、管理者からは基本的には個人を対象としているが、今後自治会等を通しての搬入を検討する、との答弁だった。
通常のごみ収集でも、高齢者や障害者を対象として、越谷市職員が個人宅までごみを取りに行く「ふれあい収集制度」がある。
高齢化による影響は、右肩上がりの制度や運用では限界になっている現状が、ここでも明らかになった。         (3月27日)

ドラマ「越谷サイコー」に触れて
今朝の駅頭は、午前8時20分から、がんばろう越谷が主催する第49回グラウンドゴルフ大会が、しらこばと運動公園で開催されるため、中止した。
市内一円のクラブチームから毎回150名を超える選手が競技に参加し、熱戦が展開されている。
私は毎回挨拶をさせて頂いているが、この日は3月越谷市議会での自治みらいを代表しての代表質問の視点を話した。
NHKの地域ドラマ「越谷サイコー」(平成3
0年2月28日放映)では、東京在住の若夫婦が、転居先に越谷市を選ぶため、不動産会社の社員(主演の佐久間由衣)に尋ねる。
「東京には住めないから、がまんして越谷市に住むと言うことではなくて、越谷独自の魅力は何ですか」聞かれて、困惑した顔つきで“越谷には何もない”と叫んでしまう。(導入部分)
この事から例え名所、史跡がなくとも有名人がいなくても魅力ある普通の人々が暮らす地域であれば、それが最大のアピールとなる。
これが「越谷サイコー」ではないかと。
 何時も静かに、私の話に聞き入ってもらっている事も、私にとっては、「サイコー」と叫びたくなる。         (3月28日)


PDFファイル⇒18年 2月天秤棒駅頭40

選挙中ではないが、陣中見舞を頂く
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常どおり午前6時から開始した。
開始に向けて、街宣用具の準備をしようと、車から運んでいたら、近くの公衆電話ボックスの中で、30代の女性が何かを食べておられた。
なんと、湯気がたっているカップ麺を一人で立ってすすっておられたのだ。
依然として寒気が厳しい中、朝食を取る時間もなく、しかしお腹を満たす食事として、コンビニで購入したカップ麺にお湯を注いで、外で食べるわけにもいかず、電話ボックスの中となったのでは、と勝手に想像しながら準備を進めた。
午前8時前、馴染みの中年サラリーマンの方から、ほんの少し、本当にほんの少しと話して、のし袋に入った1000円のカンパを初めて頂いた。しかも“陣中見舞”と記されており、住所、氏名も書かれていた。
 選挙期間中ではないので、“陣中見舞”の文字も初めての事だが、常在戦場との意味では、それもありか、と思った。
えー、ずうーっと持ち歩いておられたのですか、と応答したら、そう、何時か渡そうと思って持っていた、との返事だった。
最近、常に鞄で持参していて、駅頭時にカンパを頂く市民の方が増えている。
日ごろから、市政レポートや活動を気にして頂いている証左なのだろうと、受け止めている。  
               (2月9日)
風呂場の暖房を巡って
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で午前6時から始めた。午前7時頃、旧知の中年サラリーマンの方と立ち話になった。
この方は、霊きゅう車の販売とリースをする会社に勤めていて、毎回暖かいペットボトルをホッカイロ代わりに、と頂いている。
やはり異常な寒さが続いているので、葬儀が多く仕事が忙しいですか、と私が尋ねた。
えー、やっぱり増えています。風呂場やトイレの寒暖の差がこの季節は大きく、死亡される方が多くなっています、と。
特に風呂場は、一旦服を脱いでしまうので高齢者は体調に異変を起こしやすので、自身も自宅の脱衣場には、暖房の設備している、との事だった。
5時間の夜の駅立ちが終了して、心底体が冷え切っているところに、熱い風呂に飛び込む様な私などが一番危険ですね、と返答した。
脱衣場の暖房は、妻からも希望されてはいるが、ついつい後回しになっている。
(2月14日)

大雪は駅前広場の天井を壊していた
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で通常どおり午前6時から開始。駅に到着して街宣用具を設置して何時もの様に駅前清掃の後、市政レポートの配布を始めた。
暫くすると、何組ものペアルックの2人組の少女達が、キャリーバックを引きながら通過して行く。中には、3人組の少女も。これまで時々見かけたが、ミッキーのセーターを着ていたのでディズニーランドへ向かうのか、と思っていたら、ライブに参加するとの事も。(裏へ)
今日も恐らくそうだろうが、だれのライブなのだろうか。少女達はみな楽しそうな顔つきで、おしゃべりをしながら南越谷駅へ向かって行った。(一日楽しんで、と心で呼びかけた)
午前7時30分頃、馴染みの30代のサリーマンの方から、駅天井の下の歩道2か所に応急の柵が設置されている事に関して、早く修理が出来ないでしょうか、と話し掛けられた。
先般の大雪のため天井の透明ガラスが破損して破片が落下するので、通行人の安全を図るために設置されていた。
これまで、天井が破損した事の記憶がないため、今回の寒気による雪の重さとは相当なものだろう。
更に市政報告の演説をしていたら、作業服姿の中年男性が、じっとこちらを見ていたがⅠm
近くまで接近して何かを呟いている。
明らかに酔っていて、こちらの演説に、あなたは真面目かもしれない、そうそう税金は高い、と反応しているが、私に話し掛けようとはしない。
この状態で10分以上も私の前に立ちはだかっていたため、すみません、演説中なので少し避けて頂けませんか、とお願いした。
すると直ぐにきびすを返して近くのパンショップ前にいた友達(同僚?)と暫く談笑していた。恐らく、現場作業員で、夜勤の仕事を終わり、居酒屋で一杯引っかけて私を見かけたのだろう。政治への不満や日々の生活の苦しさを聞くような政治家がいないため、一言言おうとしたのだろうが、気が小さくて演説を中断させるほどの勇気もなかったのでは。(アルコールが完全に抜けたら、ゆっくりしましょう、と言う間もなく去って行った)
午前8時過ぎ、中年女性が近づいて来て、白い財布の中から、これカンパです、と1000円をカンパ箱に入れて頂いた。
最近どの駅でもカンパや差し入れが継続している、多様な市民の皆さんと小さな絆が広がっている実感がある。   (2月15日)

次々に寄せられるカンパは
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で、通常通り午前6時から午前8時30分の時間帯で実施した。何時ものことだが、午前6時から午前7時までは通勤客は少なく、当然だが市政レポートの受け取りも少ない。
しかし、15年間の駅頭の取り組みで、馴染みの市民は確実におられる。
午前6時10分頃、現場の仕事だろうか厚い防寒着(警備員?)の高齢男性、午前6時20分頃何時もの笑顔で挨拶をされて、市政レポートを受け取って頂く女性や、市政レポートは受けとらないのだが、おはようございます、と挨拶を交わす20代前半(と見える)の女性など多様な市民と出会う時間帯となっている。
午前7時過ぎ、何時も自転車で駅前を通り過ぎて行く高齢男性が、自転車を降りて歩道まで来られて、40年位前東武鉄道の高架に関して越谷市が標語を募集した折、優秀賞を受賞した、等の話で盛り上がっていた。
すると馴染みのサラリーマンの方が、演台に置いてあるカンパ箱にカンパを頂いた。お礼を言って話し掛けようとしたら、高齢男性との談笑に気を使われたのか、笑顔で直ぐに改札に向かわれた。
駅立ち終了後、カンパ箱を確認したら2000円が入っていた。
その後、ベンチコートを着て犬と散歩中の高齢男性が無言で、私に近づいて来られた。
通常は市政レポートを受け取って頂くのだが、その様な様子でもないので、話し掛けようとしたら1000円をカンパ箱へ。
ありがとうございます、大切に使わせて頂きます、と応答し市政レポートを手渡したが、それでも最後まで無言で立ち去って行かれた。
しかし、私や市政への関心がなければこんな行動にはならないのだから、また市民との距離感が縮まった。
午前8時過ぎ、旧知の高齢女性から、今回も1000円のカンパを頂いた。直ぐにお礼を言ったのだが、裸のままカンパをするのは、失礼かもしれませんが、他の方はのし袋に入れてカンパされているので、との返事だった。
(これまでの市政レポートに、最近掲載された、のし袋を使ったカンパが多いとの記事を見られたのだろう)
とんでもありません、皆さんから気持ちを頂いているので、それぞれですよ、応答した。
終了後、カンパ箱の中をみたらなんと合計4000円にもなっていた。より強いつながりが生まれている。      
(2月16日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭39

大雪には勝てない日々
昨朝の駅立ちは、午前7時から越谷駅西口で開始した。先週壊れてしまった、たれ幕を吊すキャンプ用具のカンテラ用のグッズを初めて使用した。
先日イオンレイクタウン店の近くにあるワイルド1(アウトドアの専門店)で購入したのだが、やはり年月が経つと、更に使いやすく改善がされていて軽くて安定している。
ただ、慣れていないので、設置に少し時間はかかったが、前のより倒れにくい。
街宣用具を設置して、市政報告会を始めようとした、矢先小雪が降って来た。
天気予報では、午後から雪のはずだったが、結構降って来て小雨まじりなので、止む無く決断して中止。
直ぐに妻に電話して、戻って来る様に連絡したら、案の定何故早く言わないのーと、もう直ぐ家に着いちゃうよう、と不機嫌そうな声で。
えーこちらも全て設置したのだから、実施したいのは山々ですが、実行出来ないのですから、との言葉を飲み込み、何回もお願いして撤収。
そして、今朝は昨夜からの大雪で、一面の雪景色。そのため今日も駅立ちは、中止となった。
明日以降は、一段と冷え込む、との予報なので春が待ち遠しい。    (1月23日)
電車事故の影響なのか、大渋滞

今朝の駅立ちは、午前7時から越谷駅西口で実施した。先週からの大雪と連日の寒気のため、大通りは通常通り通行出来るものの、日蔭や小道には残雪があり、所々アイスバーン化している。
 気温は相変わらずで、駅頭でも肌を刺すように風があたり、寒い。そのためなのか、道路が混んでおり、自宅から駅までに行くのに通常より時間がかかった。
 午前7時開始と同時に、馴染みの犬の散歩中の30代の男性から、今回もワンコインのカンパを頂いた。
 午前8時30分過ぎに終了して、街宣用具を片付けていたら、改札付近から大きなマイクの音が聞こえて来た。何だろうと思って確認のため改札に行ってみたら、曳舟駅付近で人身事故のため、電車が混乱していた。
 そのため駅員さんが、降車してくる乗客、特に高校生に向かって、「学校には東武鉄道からすでに連絡をしています」と呼びかけていた。
 恐らく遅延証明書の発行は必要がない、との案内だったのだろう。
 そして、妻の迎えの車を待っていたが、中々到着せず、30分以上待ってやっと来た。
 大通りが大渋滞のため動かなかった、との事で、午前6時過ぎからの混雑が更に激しくなっていたせいだと、妻から聞かされた。
 待っている間、馴染みの自転車誘導整理係の高齢男性から話し掛けられた。
先日は直ぐに撤収されましたね、と。そうなんですよ、準備が整った途端に雪が降り出して来て、中止しました、と応答した。(大雪となった、1月22日の朝の出来事だ)
 また、駅前のごみや吸い殻の散乱が相変わらず多い。更に駅前のパン販売店の前の道路が凍りついているため、滑って危ないので、市民からこの高齢男性に対して通行出来るように対処して欲しいと要請されたが、断った、との話だった。
 自転車誘導が主な仕事であり、雪の処理までは出来ず、むしろパン販売店にお願いしてもらいたい、との思いだと話された。(裏へ)
 大雪の影響は、こんなところまで及んでいるが、数日後にはまた大型の寒気に襲われるとの天気予想に、多少うんざり気味の気分になった頃、妻の車が到着した。
自宅に帰り着いたのは、午前9時30分をすでに回っており、朝食を取れたのは、午前10時を過ぎていた。     (1月30日)

自転車の駅前問題は解決したのか?
 今朝の駅立ちは、午前7時から開始したが、やっぱり寒さが身に沁みる。
先般開所した有料自転車駐輪場には、値下げしましたとの、のぼりが立っていた。
この間、環境や健康に気遣うため通勤、通学のための自転車利用が急増したため、駅前の自転車駐輪や放置問題が大きな論議となった。
私にも何人もの市民から陳情を頂いた。
このため、駅前には駐輪場の整備が全駅で着々と進み、この駅でも有料駐輪場が設置されていた。
先般、更に増設された駐輪場だったのだが、確かに空車が目立つ状態になっていた。
料金を下げたのは、利用者が少ないのだろうが、すでに、市民の要望は満たされているのだろうか。
午前10時から都内代々木で開催された「保育・幼児教育制度の転換と地方行政」のセミナー参加のため、午前8時30分終了と同時に電車に飛び乗った。こんなタイトな時間の時は、何時もそうするのだが、コンビニでおにぎりとペットボトルを購入して、朝食をとっている。
最も、電車の中で口にするのは多少気が引けるのだが。何とかセミナー開始の2分前には会場に到着した。        (2月6日)

朝と夕方の駅立ちの違いは
今朝は、午前5時30分からせんげん台駅東口で駅立ちを開始して、午前8時30分までの3時間の活動を終えた。
午前5時過ぎに駅前に到着して、低位置に街宣用具の設置に取り掛かろうとしたら、歩道に残雪があり、完全に氷状態になっていた。
止む無く、位置をずらして設置したが、カチンカチンの状態で看板がすべりそうになるほど。更に依然寒気が襲って来って来る。すると駅前清掃係りの馴染みの高齢男性から午前8時頃、暖かいお茶とコーヒーのペットボトルを2本も頂いた。2週間に一度のペースで、この駅での駅立ちでは毎回必ず差し入れを頂いており、恐縮してしまう。
 また、カンパ箱には、これも旧知のサラリーマンの方から定期で1000円を頂いた。
 この日は、午後5時30分から同駅で、自治みらい(私が代表の市議会の会派)の駅頭市政報告会を実施し、会派の会報「ギカイタイムス」(12月市議会報告の特集)を配布した。
 すると馴染みの市民からは、朝貰ったから(私の市政レポートを)との反応が数人あったが、いいえ、これは会派の会報です、と手渡した。明日も午前7時から、せんげん台駅西口で自治みらいの駅前市政報告会に取り組む。
               (2月7日)

駅立ちの日程は、公表してはいなのだが
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台西口で開始したが、市政レポートの配布を始めた途端、馴染みの高齢男性から、のし袋に入った1000円のカンパを頂いた。
こんな朝早くから事前に準備されていたのではないだろうから、徒歩で駅に向かう途中に私の姿を見てか、声を聴いて用意されたのだろう。それにしても、新品ののし袋を持ち歩いていないと、対応が出来ないはずで、感謝の言葉しか浮かばなかった。
更に、午前6時頃、旧知の佐賀銀行の行員の方からも定期の1000円のカンパを頂いた。
そして、前回は15日でしたね、と話し掛けられた。(前回とは、1月15日に実施したこの駅での駅立ちのこと)銀行員なので数字には強いのだろうが、正確に期日を記帳しておられる事に驚いてしまった。また、旧知の市民から500円がカンパ箱へ。
午前7時から自治みらいの駅前市政報告会を開始するため、私の街宣用具はその前に撤収した。今回から自治みらいの街宣用具の運搬は、山田裕子議員が担当する事になり、山田議員の車が開始前に到着した。これから1時間自治みらいの活動を続けた。     (2月8日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭38

新年松の内、駅での市民の反応
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で通常通り午前5時30分から開始して、午前8時30分過ぎに終了した。
昨日は、平成30年桜井地区合同新年会が開催され、懇親会の席上で、参加された各種団体の代表者の多くの方と会話をした。
その中で、毎日朝6時前には、せんげん台駅を利用して通勤しているが、何時もその前に白川さんは、市政レポートを配布していますね、と何人もの方から話して頂いた。
 そうなんですよ。すでに15年間続けているので、さぼる事が出来ないのですが、朝4時に目が覚めても起き上がれない時があるのですが、そんな時は何時も自分の怠け心との闘いとなります。自分自身との闘いです、と。
 特に前の日が酒席で遅くなって、就寝した時はそうなんですよ、と返答したこともあり、今朝も何とか午前5時30分から開始することが出来た。
先週の金曜日、大袋駅西口の朝駅立ちで、垂れ幕を掲げる用具(キャンプ用のカンテラをつるしておく道具)が、根本からポッキリ折れてしまい、使用不能となった。
確か7、8年前にも同じ様にポッキリ折れた。恐らくプラスチック製の接続部分が、毎日の使用のため疲労と猛烈な寒さの中一晩車に積んでいたことで硬くなり折れしまったのだろう。
昨日何とか修理しようと、100円ショツプで瞬間接着剤を購入して作業をしたが、修復出来なかった。
近日中に、新品に買い替えなくてならない。垂れ幕もつぎはぎだらけで、何時まで耐えられるのだろうか。
午前6時前、白川さん頑張って下さい、と階段から降りて来て、大きな声がかかった。毎回声を掛けて頂く。
馴染みの中年男性で、都内のタクシー会社・日の丸交通の運転手さんで、深夜勤務が終了し、一番電車でせんげん台駅に帰ってくるとの事。
 寒さが続くので風邪などひかないように、と応答したら、お互いにですね、と返答だった。
午前6時前、馴染みの中年サラリーマンから、おめでとうございます。これカンパとワンコインを直接頂いた。
直ぐに旧知の佐賀銀行の行員の方から、毎回頂いている1000円のカンパをカンパ箱に入れて頂き、新年のあいさつを交わした。
午前6時30分過ぎ馴染みの物静かなサラリーウーマンの方から、ホッカイロを頂いた。
この季節自前のホッカイロは必須アイテムなので、今日も使用していたが、毎日使用するので何枚あっても必要なグッズだ。
午前7時、春日部市の共産党の市議が街宣活動を始め、30分で引き揚げて行った。
何時ものことだが、先に私が市政レポートを配布しているのだから、一言挨拶があってもいいのではと、毎回思うのだが、妨害されているほどでもないので黙認している。
午前7時30分過ぎ、旧知のサラリーマンからこれも毎回だが、1000円のカンパを頂いた。
 今日まで、松の内なので、馴染みの市民とは、おめでとうございます。本年もお世話になります、と新年のあいさつを交わしたが、200人を有に超えていた。
(1月15日)

朝の缶ビールへの思いは
先週の水曜日(17日)の朝の駅立ちは、新越谷駅西口で通常通り午前6時から開始。
その前に駅前清掃を行ったが、あまりゴミは散乱していなかった。
 午前6時30分頃、20代のアベックが私の前を通り過ぎ東口に、向かわれので、おはようございます、と挨拶をした。(西口を通る市民には全員挨拶をしているのだが)
 すると女性の方がにっこりほほ笑んだ様に見えた。(若い女性をあまりジロジロ見るわけにはいかなので、ほんの数秒なので、そう見えたのだが)
 暫くして、その女性が戻って来られて、笑顔で缶ビールをしかも500mlの大きなものを、私に頂いた。
 どうして、頂けるのですかと尋ねたら、朝からがんばっているから、との返事だった。
その時には、顔を合わせたのだが20代前半で、終始笑顔だったことが印象的だった。
その後、近くのタクシーに乗り込んで行かれた。缶ビールの差し入れは、初めての事でしかも朝から、駅のコンビニでわざわざ購入しての差し入れのため、自宅で夜にでもゆっくり飲んで下さい、と受け止めた。(毎日寒いので、まだ冷蔵庫に収まっているが)
 また、午前7時過ぎには馴染みの中年女性から、温かいホットレモンのペットボトルを何時もの様に頂いた。
 派遣会社に登録しており、この駅に迎えにくる車に乗りこんで現場に行く、とのこと。
それでこの駅で良くお会いする。
 週3日から4日で仕事が入り、今日もその日との話で、お互い頑張りましょうと励まされた。
 そう言えば、この前日の火曜日の朝駅立ちは、越谷駅東口だったが、旧知の中年サリーマンの方から、アツアツの肉まんを2個、お茶のペットボトルを頂いた。
 この差し入れも初めての事。また何時もの中年サラリーマンの方から、ホッカイロ代わりにと、温かいペットボトルを頂き、ベンチコートのポケットに入れて暖をとった。(これが結構温かく、重宝している)
 何時も駅立ちが終了して、朝食をとっており、この日は午前9時30分から市役所で会派会議が開催されるため、パンを買って会議前に控え室で食べる予定だった。
 朝から依然として気温が下がっており、2時間30分の駅立ちで体は冷え切っており、妻の迎えの車が来るまでの間に、歩道上で肉まんを食べてみた。
 こんなに、美味しい肉まんを久しぶりに食べたのだが、この駅で前回は、同じ市民の方からサンドイッチ2個とお茶を頂いており、その気遣いに美味しさが倍増したのかもしれな。         (1月20日)

お年玉なのか?何時もの倍のカンパが
昨朝の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から何時もの様に開始。
依然として寒さで体の芯まで冷え切るような感覚の中、午前8時30分までの活動だった。
午前7時前、公明党の越谷市議がこの駅での市政報告のため準備を始めらたれので、何時もの様に15分交代で実施する事で双方了解した。午前7時30分過ぎ、馴染みの中年女性から、重なりましたね、(公明市議と街宣活動が)と、少し戸惑った顔で市政レポートを受け取り話しかけられた。えー何時ものことですから、と返答をした。
更に、すでに15年間もの知り合いで駅付のタクシー運転手さんが、この市議に歩み寄り何がしか話しておられた。駅頭終了後、何か地元の陳情をされたのかと、思い話しかけてみた。
すると、陳情なんかとんでもない、先般乗せた客から、藤林県議(公明党)が亡くなったと聞いたので、確認していた、との事だった。
また、馴染みの中年サリーマンの方が、夜遅くまで駅頭をやっているのですね、体にくれぐれも気を付けて下さい、と心配の声と共に、今回2000円のカンパを頂いた。
そして、旧知の高齢女性に、新年の挨拶をした後、今日は映画ですか、と話し掛けたら、いいえ今日は習い事です、との返事。
何を習っておられるのですか、と尋ねたら習字、との返事で、何時もの様にカンパ箱にカンパを。(紙代にと、定期的に頂いている)
後ほど、調べて見たら、何時もは1000円を頂いていたが、2000円もあった。正月だからお年玉だったのだろうか。 (1月20日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭37

猛烈な寒気の中でも、ドラマは続く
昨日の駅立ちは、朝は午前6時から午前8時30分まで新越谷駅東口で、夜は午後7時から午前0時まで、せんげん台駅西口で実施。
合計7時間30分で今年最後の市政報告を行った。官公庁の御用納めの日だったが、夜の駅頭で話した市民の中には、次の日まで仕事で、正月は4日から仕事始め、との声も多かった。
午後8時過ぎ、中年男性から、この前チラシに書いてあった整形外科に行こうと思っています、と話し掛けられた。
あー、昨日も再診して来ましたが、湿布に少し効果がありました、と先生にお伝えしたら、それは、お役に立てて嬉しいです、との返事をして頂いたので、いい先生ですよ、応答した。
(駅頭シリーズ33号での、私の肘痛の診療でやざわ整形外科の記事を読んでのことだ)
 今度は、私の記事がお役に立てれば、嬉しい
ですと、心でつぶやいた。
午後8時頃、先日早朝せんげん台駅西口でのし袋入りの1000円カンパを頂いた、旧知の高齢男性が階段を下りて来て。
先生、お年玉です、とバックから同じ様にのし袋の同額のカンパを。更に同じ様に旧知の中年サラリーマンの方から、寒いのにご苦労様です、と一旦通り過ぎてまた戻って来られた。
そして、やはりのし袋入りのクオカード2000円分を、お年玉です、と頂いた。
更に次々と一年間お世話になりました、と女性や30代サラリーマンから缶コヒー等4本の差し入れや1000円のカンパが寄せられた。
午後11時前馴染みの女性から、こんなに遅くまた寒いのに、と労いの言葉が。
そして、バックの中からミニトマトのパックを頂いた。科学薬品の会社に勤めているが、多角経営で水耕栽培の野菜を商品として開発している、との事。
こんな遅くまで、望年会ですか、と尋ねたら、いいえ、残業です、との返事。しかも通常の事だと。長時間労働が日常化している。
更に31歳の独身サラリーマンから、声が掛かった。前回の市議選で、私に投票したとの事だったので、その理由を聞いた。
やはり朝、晩駅に立ち続けている姿には親近感がわく、との返事だった。
この日は猛烈な寒気のため、コートの襟を立てて厳しい顔つきで階段を下りてくる市民は多いのだが、本年もお世話になりました、来年も宜しくお願いします、との私の挨拶に、本当に様々な市民の反応があった。
午前0時過ぎに終了したが、この日の差し入れはペットボトル4本とミニトマト、2000円のクオカードと2000円のカンパとなった。
心遣いや期待が可視化されている環境が、5時間に及ぶ厳冬の中での活動が支えられている。来年は15年目となる、正月三日間の市内一円での街頭市政報告会で、一年の活動がスタートする。        
(12月28日)

恒例の正月街宣、年々華やかさが失われて行く
毎年恒例となっている、新年の正月街宣活動を本年も、元旦、2日、3日と三日間に渡り、せんげん台駅や地元スーパー前や新越谷駅等市内一円で開催した
主催は「チーム白川」で、会員と共に、新年のごあいさつや、12月市議会報告、チーム白川の会報紙元旦号や私の市政レポートを配布し、それぞれがマイクで演説をした。
新年の行事として馴染みとなっており、市民からは、3100円のカンパが寄せられた。
 また、次々と馴染みの市民と新年のあいさつを交わした。
 しかし、年々駅頭でも市民の数は減って来ており、3日目には正月の雰囲気は、あまり感じられず普段の生活に戻っているような空気感となった。
 また、晴れ着の女性は、殆ど見かけず、唯一駅前のパチンコ店の若い女性店員の振袖だけが目立った。
 景気の回復など、市民のくらしにはほど遠いのが、実態なのだろう。
(1月6日)

肘痛を気遣う、手紙を添えて
今朝の駅立ちは、午前6時から北越谷駅東口で開始した。週明けの日であり、通勤客は多く、この駅では皆急ぎ足で改札に向かって行く。
 新年初めてのこの駅での活動でもあり、旧知の市民には、新年のごあいさつを次々に交わした。
午前8時前馴染の中年女性から、体に気をつけて、また一年頑張ってください、と声が掛かり、1000円のカンパを頂いた。
 また、直ぐに旧知の中年サリーマンの方から、封筒を渡されこれは、自分と妻の分です、と話され改札に向かわれた。
 午前8時30分終了後確認したら、封筒の裏には励ましの言葉が書いてあり、3000円のカンパが同封されていた。
さらに小さなのし袋が入っており、2000円と小さなホッカロが同封されていた。奥様の分だ。
そして手紙が添えてあり、開封してみると、昨年市政レポートに掲載した、私のひじ痛の件に関して心配しているし、記事にあったやざわ整形外科の評価がいい(息子さんによれば)、とも記されていた。
そもそも、今日北越谷駅で駅立ちをすることは、事前には分からないはずなので、きっと年あけから毎日この封筒を持参されたのだろう。
また、夫婦で市政レポートを良く読んで頂いている証左を今日また発見した。
 猛烈な寒さがまだまだ、続くだろうが、こんな市民の心使いが広がっているのを感じた朝だった。(1月10日)

やざわ整形外科の記事の反響
昨日の駅立ちは、せんげん台駅東口で、通常通り午前5時30分から開始。思ったより寒くはなかったが、自宅を出る午前5時は辺りは真っ暗で、まだ夜の様だった。
午前6時過ぎ、馴染みの中年サリーマンから、ひじ痛の記事を見て、蒲生に住んでいる娘さんからやざわ整形外科は親切だと、聞いた、との話だった。
前日に続き、同じ様な内容を市民から話して頂いたのだが、こんなに反響があるとは。
午前7時30分頃、旧知の30代サリーマンの方から1000円をカンパ箱へ。終了時点では、更に1000円札が入っていた。
(1月11日)


PDFファイル⇒18年 11月天秤棒駅頭36

使い続けた垂れ幕が、破損
今朝の駅立ちは、通常通り午前6時から午前8時30分まで、越谷駅東口で実施した。
今日は気温が高く寒さがそれ程でもなかったのだが、自宅を出る頃は小雨が降り続いており、しかも風が猛烈に吹いていた。
そのため通常より幟の竿を短くしていたにも拘わらず、2度も倒れてしまった。
また、市政報告会の垂れ幕が、破れてしまった。すでに15年も使い続けており、あちこちガムテープで補修をして何とか維持していたが、もはや限界かもしれない。(それでも、後日何とか補修したが、ガムテープがやけに目立つ様になったが)
午前6時30分頃馴染みの30代サラリーマンからワンコインのカンパを頂いた。
直ぐに高齢の旧知の男性からも同額を、何時も犬の散歩中にカンパを頂く馴染みの30代男性からは、1000円のカンパが。
午前7時過ぎこれも馴染みの中年サラリーマンから、一年間ご苦労様でした、と声が。
ありがとうございます、でも皆さん仕事で同じ様に一年間働いておられますよ、と私。
すると毎日の朝の駅頭は、特別と強調された。
そして何時もの様に、温かいペットボトルの差し入れを。
また何人もの市民から、一年間お疲れ様でした、良いお年を迎えて下さい、と声が掛かった。
先週の駅立ちでも、一年間ご苦労様でした、と声を掛けて行く市民に出会った。15年間の駅立ちは、政治家と市民の距離をフラットにしている。         (12月25日)

差し入れの、ペットボトルが7本も
昨日は、朝の越谷駅に続き、夜はせんげん台駅東口で、午後7時から午前0時まで実施した。
午後7時30分頃、旧知の中年サラリーマンの方が、通り過ぎてまた戻って来られて、これこの前の32号?と尋ねられた。(この日に配布した駅頭シリーズは、NO34号)。恐らく先週せんげん台駅で朝配布したのが、32号だったので同じものだと、思われたのだろう。(原則配布する市政レポートは、朝、と夜で同じものは配らない様にしている)
いいえ、34号です、と返答したら受け取って行かれた。
この「駅頭は小さなドラマの連続だ」のシリーズは好評でよく読まれている様だ。
午後8時過ぎ、30代のサラリーマンの方から、朝も夜も活動を続けている議員はあなたしかいない、選挙の前だけ駅頭をやっている政治家とは違い、信念を感じる、との話だった。
(信念と言う言葉は、よく政治家は使いたがるが、市民からの声だけに嬉しくもあり、少し緊張もした)
そして、暖かいペットボトルを差し入れて頂いた。
午後9時頃、30代の女性から話しかけられた。せんげん台駅近くに自宅があり、先ほど主人から、私が駅に立っていると聞き、出かけて来た、との事。ペットボトルの差し入れも。
15年前の高校生の時から、通学時に見る私の事は知っていたが、最近市政レポートを見て、話し掛けていいのだと思い話している。
1歳の子どもがいて、保育所の空きがなく、母親に面倒を見てもらっているが、それも負担が大きいので困っている。来年の入所を待っている、との事。          
これまで身のつけたスキルを活用して自宅での仕事が出来ないだろうか。
また、他の行政で実施している「婚活」をサポートする団体の資格を取得しているので、越谷市の取組みの実態を教えて欲しい、との陳情を受けた。
年が明けたら、調べて返事をしますので、それを見て今後の対応をしましょう、と応じた。
午後11時30分前、旧知の中年サラリーマンの方から、ほろ酔い気分で声が。またこんな遅くまで大変ですね、カンパします、箱は何処にある、と聞かれた。すみません、夜は置いていないんですよ、朝だけですと返答。
えー朝は忙しくて出来ないだよー、と少し困った様な表情をされたが、財布から1000円札を取り出して直接頂いた。
ありがとうございます。クリスマスのこの日、駅前のコジーコーナーには、特設のケーキのショウケースが外に設置され、次々と市民が列をつくりホールケーキを買って行った。
そう今日はクリスマス、私の3人の子ども達にも誕生日とクリスマスには必す、ホールケーキでお祝いをして来た事を思い出させてくれた。
それでも、午後9時30分過ぎには、閉店して、午後11時過ぎには4、5人の女性店員がケーキ箱を一人3個も4個も抱えて帰宅されて行った。
あんなに、沢山食べるのだろうか、と余計な心配をしてしまった。  (12月25日)

熱すぎるコーヒーに、温まる
昨朝の駅立ちは、午前7時から北越谷駅西口で実施。凄く寒い。午前6時45分頃到着して街宣用具の準備をしていると、「がんばろう、越谷」主催のグラウンドゴルフ大会で、何時も大会役員を担って頂いている高齢女性と挨拶。 
近くの公園で毎日ハッポちゃん体操(越谷市が創作した音楽と踊り)を集団で行っているメンバーだ。
体操が終り、帰宅の途中に良くお会いする。
また後ほど来るからと言い残して去って行かれたが、直ぐに戻って来て、熱いコーヒーの差し入れ。冷めない内に飲んでねー、と。
最近様々なグラウンドゴルフ大会に参加して、全部入賞し賞品を貰っているとの事。張り合いがあっていいですね、と私。
言葉の通り、直ぐに飲もうとしたが、本当に熱くて直ぐには喉を通らなかったが、美味しく体が温まった。
午前7時30分頃中年男性が笑顔で、500円玉をカンパ箱へ。市政レポートを渡そうとしたら、昨日貰ったからと。
昨日とはせんげん台駅での夜の駅立ちですか、と尋ねたら、そうだ、との返事。そうなのか。            (12月27日)

一年間ご苦労様と5000円のカンパ
昨朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30分まで蒲生駅東口で実施した。
この駅は自宅から一番遠い駅なので、午前5時20分には自宅を出るのが通常だ。
辺りはまだ暗く、しかも厳寒の状況だ。
午前8時前に以前も封筒でカンパを頂いた中年のサラリーマンの方から、一年間ご苦労様とカンパが。
後から確認したら、カンパ箱にはなんと5000円札が。確か前回も同額を頂いた。
午前8時30分前、馴染みの中年女性から、今年は今日で終わりですね(駅頭の活動が)、と話し掛けられたので、いいえ明日までやります、と返答。
いや、蒲生駅では最後ですね、と話だったので、そうです、と応答。
毎月平均1つの駅で、2回程度のローテーションで実施している、駅立ちも馴染みの市民にすっかり定着している。
28日の朝は新越谷駅東口で、午後7時からは、せんげん台駅西口での駅立ちの予定で、今年の締めくくりとなる。
依然厳寒が続きそうなので、何時もより少し早めの午前0時過ぎに就寝した(12月28日)