PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭49

夏祭りの次の日、日焼けの顔で
今朝の駅立ちは、午前5時30分前にせんげん台駅西口に到着して、通常通り街宣用具の搬入と設置の後、駅前清掃を終えて市政レポートの配布をスタートした。
 月曜日の朝、猛烈な暑さが続く連日に比べれば幾分気温が下がり、風も涼しい。
ただ、昨日の日曜日は、私の居住する自治会主催の恒例の東都自治会夏祭りが開催され、午前9時から午後3時過ぎまで、祭りの模擬店で出店した、東都自治会グラウンドゴルフ部の一員として、かき氷やイカ焼き等の販売や、テント等を始め後片付けまで一日中炎天下の中での作業となった。
熱中症対策のため、塩飴やスポーツ飲料を次々と飲み続けるため、直ぐに汗が額からこぼれ落ちるが、同じ動作を繰り返さなければじっとしていることが出来ない状態だった。
サイダーやビールを冷やすために用意された大量の角氷を一握りタオルに包み、首筋や額にあてがうと、ひんやりして体温が下がって気持ちはいいが、冷えすぎて時々痛く感じるほどだった。
その内、氷が解けてしまうので、補給を繰り返したため、タオルはびしょびしょとなっていった。
最後にテント等をリヤカーに積んで、倉庫まで10分位で運搬して終了だったが、同じ様に作業を担当した数人の中の高齢男性が、座り込んだ状態から立とうとしたら、転んでしまったが、軽い熱中症の症状だった。
その後関係者を対象の反省会が、自治会館で開催され、午後4時過ぎにはお開きとなったが、自宅に帰り直ぐにシャワーを浴びて、クーラーをかけて午後7時まで床で眠った。
ここでやっと落ちついたのだが、今年の夏祭りは格別に体力を消耗した。(少し頭痛がしたのだが)
その次の日の朝の駅立ちであり、中止も検討したが、中止の理由を見つけよと思えば、いくらでも見つかるものなので、通常通りに実行した。そのためか、午前6時過ぎに馴染みの高齢女性から、毎日暑さが続き駅頭を続けているので焼けていますね、と声が掛かった。
はい、ありがとうございます、と応答したが、昨日の祭りの日差しがより顔を黒くしたのだったが。
毎回差し入れを頂く、駅前の清掃担当の高齢男性が今回も2本の飲料水を、また次々に馴染みの市民からペットボトルを頂いた。
午前8時過ぎには、旧知の中年男性から、麦茶でも飲んで下さい、と封筒に入った1000円のカンパを頂いた。(日ごろから用意されていたのだろうか)
更に、カンパ箱には、1000円札が入っていた。
今朝は、学校が夏休みに入っており、何時もの混雑は見られなかったが、それでも独協高校生が階段を降りて来ていた。クラブ活動か補修なのだろうか。       (7月23日)

ムクドリ対策の試験威嚇のその後
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分からスタート。
午前8時30分過ぎまでの3時間で実施したが、連日の猛暑と熱帯夜のため体がだるく感じながらの活動だった。            (裏へ)
午前8時前に、毎朝せんげん台駅東口前の広場の清掃を担当している高齢男性から声が掛かった。
前回陳情された、せんげん台駅東口のムクドリ対策について、先般市職員によって威嚇のための機械を使い追い払ったため、一時は効果があり、ムクドリは寄り付かなくなった。
しかし直ぐに機械の使用が終わるとまた飛来して、糞の匂いが一面に広がっているので、その後の対応がどうなっているのか、と尋ねられた。
威嚇の作業は実験のためで、その効果を見ながら対応策を実施する、との市の考え方は前回説明しましたので、その後どうなったのか市に問い合わせてみます、と返答した。
(7月26日、越谷市環境政策課長さんに、対応策を尋ねたが、兆度本日から威嚇用の機械を2台設置したところだ、との回答だった。
これでも効果が薄ければ、木立の枝の剪定も検討すると付言された。当日の夜に現場を見に行って来たが、無数のムクドリが空中を飛んではいるが、間断的に機械が出す音のため木立には一切近寄れない状況だった) (7月24日)

“一心太助”が頭に何故か残っている
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り、午前6時前から開始した。
台風接近の影響で、昨日から暑さが和らぎ、朝晩は涼しく、日中の日差しもそれほど気にならない位になっている。
そのため、早朝から過ごしやすく、少し強い風も吹きぬけており、快調なスタートとなった。
ただ、日差しが時折差し込むため、途中で麦わら帽子をかぶり、市政レポートを配布した。
馴染みの市民からは次々と今日は涼しいですね、少しは楽になりますね、と声が掛かる。
旧知の駅前の自転車誘導係りの数名の高齢男性にも、毎日こんな気温だと助かりますね、と私からも声を掛け、笑顔で応じて頂いた。
午前7時30分過ぎ、旧知の中年女性から、清涼飲料水を2本頂いたが、毎回差し入れをして頂いている。
そこで、私のことを気にして頂いているのは、何故ですか、と尋ねて見た。
以前はせんげん台地区に住んでいて、当時からせんげん台駅でよく、見かけており、北越谷に転居してからも、あちこちの駅で見かけていた。すでに15年位になります、との返事だった。
更に、他の議員は大勢で駅立ちをしているが、あなたはずっと一人で続けていて、“一心太助”が何となく何時も何故か頭に残っていた、と付言された。
午前8時過ぎ、やはり馴染みの中年女性が丁寧に挨拶をして頂いて改札口に向かわれた。
暫くして、袋に入った清涼飲料水を2本差し入れて頂いた。構内のコンビニで購入されたのだろうが、早朝の慌ただしい通勤時間を割いての差し入れを頂き、感謝・感謝。
その後、馴染みの高齢男性からも一旦市政レポートを受け取った後、戻って来られて、何時も市政レポートを頂いているので、少しだけど、と2000円のカンパを頂いた。
台風が通過した後、再び猛暑がぶり返すとの天気予報に、もううんざりとの気分になっていたが、駅頭での様々な市民との出会いに気持ちが支えられている朝となった。
            (7月27日)

レイクタウン付近の信号機の調査へ
今朝の駅立ちは、中止した。
それは先般蒲生駅での駅立ちの折、馴染みのタクシー運転手の方から、イオンレイクタウン付近のケーズ電気前の信号機の点滅に関して、イオン方面に向かい南方向からの右折車が曲がりにくくなっている。延々と車が列をなし渋滞しているので、信号機の改善が出来ないか陳情だった。そこでまず早朝の時間帯で調査するため、通常の駅立ちのこの時間で実施した。
            (7月30日)


PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭48

ガラス張りの長岡市庁舎を再度見学
昨日から建設常任委員会(8人)の行政調査のため、群馬県藤沢市の「道の駅ららん藤岡の取り組み」について、今日は、新潟県長岡市の「空き家対策について」それぞれ調査をした。
そのため、今朝の駅立ちは中止したが、長岡市も早朝から気温がどんどん上昇して蒸し暑さに包まれた。
 ただ、長岡市役所は、独特の庁舎で全国的にも有名で、特に本会議場が一階の通りに面しており、ガラス張りのため市民が議場や議員を外から見ることが出来る構造となっている。
因みに市長室もガラス張りの構造で、これも市民が外から市長の執務状況を見ることが出来る様に工夫されている。
また庁舎内の敷地には、広い広場が整備され、しかも屋根が設置されているため天候を気にせず市民イベントや憩の場として利用されている。
この日は、広場に気温を低下させるミスト(霧状の水蒸気)が大型の噴霧器から出されていた。ひんやりして涼しい。
3年前、自治みらい(私が代表をしている越谷市議会の会派)を結成して最初の会派の行政調査にこの議会棟を訪れ、議会と市民の垣根をなくそうとする努力に感銘を受けていた。
今回も再度議場を見学させて頂いたが、建設常任委員の全員が感激して盛んにスマホのシャッターを押していた。
              (7月5日)

突然の激しい雨に打たれて
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時前に到着して、街宣用具を車から運びだし設置の準備をしているところに、馴染みの大袋地区の自治会長の高齢男性が、朝の散歩の途中で立ち話になった。
大袋地区での再開発を巡り、区画整理事業の進め方の問題点を強調された。まず完成予定が大幅に延長されたことや、予算額が削られたことや、公募の12人で構成する土地区画審査委員会の非民主的な運営など、次々と話された。
また、散歩中なのでお金を持ち合わせていない、と一旦自宅に帰られた。その後、戻ってこられてペットボトルやスタミナ飲料を頂いた。
その後、旧知の中年女性から、飴を、また高齢女性からは、袋詰めのせんべいを次々と頂いた。
この日は、朝から晴れていたものの、午前8時前黒雲に覆われて、激しい雨が降り始めた。
通勤客も突然の降雨のため、驚いた様子の市民が多く、びしょ濡れのまま駅構内の駆け込んでくる人や傘をさしてゆっくり歩いて来る人や、雨が止むまで待機している人など、混乱?した。
市政レポートの配布は通勤客の邪魔にならない様に続けていたが、看板や演説の机は、みるみる間にずぶ濡れ状態となった。  (裏へ)
このため一旦撤収したものの、後片付けに使ったタオルが直ぐにびしょびしょになる程だった。
しかし、この激しい雨は15分程度で止まり、あとは小雨状態となった。
大袋駅の東口にも西口にも広告を張り出すスペース板が設置してあり、夏季期間中の学童保育の臨時職員の募集の紙がはってあった。
期間は7月23日から8月31日までで、時給1080円の表示がしてあった。
この募集ポスターを熱心にみている40代前後の女性がしばらく見た後、エスカレーターを昇って行かれた。
7月4日の駅立ちは、大袋駅東口だったが、同じ様に、このポスターを同じ様な年齢の女性が読んでおられた。
              (7月9日)

連日の猛暑、最強の暑さ対策は
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で午前5時40分頃に到着して、街宣用具を車から降ろし、設置した後、何時もの様に駅周辺の清掃から開始した。
この駅は東武鉄道の市内6駅の中では、乗降客が最も多く、また歓楽街を抱えており、真夜中まで市民で賑わっている。
そのため、早朝には、あちこちのたばこの吸い殻は勿論、テッシュペーパーやファーストフードの包紙やペットボトル、はてはピーナッツの殻など散乱し、しかも広範囲のため、清掃に15分以上かかることもしばしばだ。
今日も午前6時5分まで、清掃を続けたが、連日の猛暑のため、すでに額に汗が噴き出して来た。
日中の猛暑と連夜の熱帯夜のため今日は朝から少し体がだるく、足が重たい。
それでも、気持ちを奮い起こして、市政レポートを1時間余り配布を続け、午前7時から午前8時30分まで、演台前でスピーカーを通して6月市議会の報告や、7月17日(火)に開催する超党派8人の有志議員が主催する、4地区市政報告会の告知と参加を呼びかけた。
暑さ対策のため、水やのど飴は常備しているものの、麦わら帽子は、この時期の必須アイテムだ。
昨年まで使い続けた麦わら帽子が古くなったので、先般購入したオニューで、日差しを避けて演説を続けた。
そのため、何人もの馴染みの市民から、良く似合っていますね、暑いので熱中症に気を付けて下さい、と声が掛かる。
中には、演説台の位置を日陰に移動してやった方がいいのでは、とのアドバイスを頂く市民もおられたが、そうすると通行の障害になるので、現状の位置で、暑さ対策をとるしかない。
しかし、やはり汗が額からこぼれ落ちてくるし、ハンカチで額を何度もぬぐい、ペットボトルの水をこまめに補給するのだが、多少頭がボッーとして来る。
そんな時には救世主が現れるもので、旧知の中年男性が、久しぶりだからと1000円のカンパをして頂いた。
カンパは勿論ありがたいのだが、更に少しの時間でも気兼ねない会話が出来ることは、心身ともにホットできる空間であり、これが最強の暑さ対策となっている。
午前8時30分に終了して、妻が運転する迎えの車に街宣用具を積み込んで、やっと座席に座ることができたのだが、車のクーラーからの冷気をうちわであおいで、熱を冷ました。
それでも、しばらくは体の熱がひかず、朝食をとるため、イオンレイクタウンに向かった。
このところ、連日の猛暑のため、朝駅頭の終了後にとる朝食は、自宅に帰らず(帰宅した後朝食の準備をする妻も疲労気味のため)最寄のレストランのモーニングが続いている。
             (7月11日)

行政調査の集合時間に合わせて
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で、午前6時から開始。
東埼玉資源環境組合議会の行政調査が、今日、明日二日間にわたり、長野県小諸市の「クリーンこもろ」と「浅麓汚泥再生処理センター」を対象に実施されたため、午前9時前には東埼玉資源環境組合に集合となっている。このため通常より早い午前8時15分過ぎには終了した。
午前9時に、資源環境組合を大型貸切バスで出発して、一路小諸市に向かったが、ごみの減量・資源化の取り組みや焼却施設クリーンこもろの運営について調査した。 (7月12日)


PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭47

今年も飛来した、せんげん台駅前のムクドリを巡って
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で、何時もの様に午前5時30分前に駅に到着し、街宣用具の設営の後、駅前清掃を行い、市政レポートの配布をスタートした。
猛烈な暑さが続いているため、午前7時頃には気温がどんどん上昇して来る。
馴染みの20代の女性と笑顔のあいさつの後、双子のお姉さんの話になり、転職して今日が初出勤だとのこと。(何時も早朝の笑顔でやさしく受け取って頂いているので、今日の様に1時間以上もの暑さの中、市政レポートの配布行動には、何時にも増してホットした)
実は前回の同駅の駅頭でどうして何時も市政レポートを受け取って頂くのですか、と尋ねた折に、姉が先に受け取っていたので、自分も自然の受け取る様になっていました、との話だ
った。
ところで、市政レポートの感想は、とも尋ねたが、「駅頭シリーズ」は、様々な市民の反応が身近に感じられて面白い、との返答だった。
午前8時頃、件のお姉さんとお会いして、転職に関して正規雇用で初出勤の話になったので、暑さが続きますが、がんばって下さい、と送り出した。
また、30代のママさんが自転車で駅近くの保育園に子どもさんを送り届けた後、話し掛けられた。昨年の同駅での夜の駅立ちの折、越谷市の婚活について陳情を受け、色々調査して
資料を郵送して対応した。
その件の関して、お礼をしていなかったので、改めてお礼をさせて頂きますと、丁寧に挨拶をされた。
更に、郵送された封筒の切手代金をお支払します、との申し出だったので、大丈夫ですよ、そのために政務活動費を頂いていますので、ご心配なさらずに、と応じた。
しかし、どうしてもと話されて、演台の上にあるカンパ箱にワンコインのカンパを頂いた。
早朝から毎日同駅前の広場の清掃に取り組む高齢男性から、声が掛かった。
毎回清涼飲料水の差し入れを頂いているが、今日も頂いた。
駅前の木立にムクドリが大量に飛来して、鳴き声がうるさく、また路上に落ちる糞の悪臭が一面に漂っていたので、先週市の担当に陳情したが、今日まで何の対応がなされないので、善処して欲しい、と相談された。
確かに、例年ならばムクドリ対策用のギャーギャーと大音響のスピーカーが設置されているが、今年はまだ設置されていないので、駅頭終了後早速、環境政策課長さんに、事情を聞きに行った。
それによると、スピーカーは地元商店街の管理下にあり、今年は早々に梅雨があけて、連日の猛暑のため、匂いが消えず、市民に不快な思いをさせている、と現状を認識されていた。
また、大音量のスピーカーに対して一年目は効果があるが、直ぐにムクドリが学習して慣れてしまう事、更に鷹による一掃手段のため鷹匠にも相談したが、回りに高いビルが林立しており、鷹が本来の機能が果せない、との事だった。
そこで、今日から3日間にわたり夕方2時間程職員がムクドリ撃退用の道具を使いムクドリに向けて威嚇をします、との事だった。
この作業状況を見ながら、更なる対応をします、との話だった。連日の猛暑の中ご苦労様です、と担当職員へのお礼と労を労った。
午前8時過ぎ、馴染みの男子高校生が何時もの様に市政レポートを受け取ってもらっているので、話しかけた。
越谷技術高校の2年生で、下間久里に住んでいて、せんげん台駅から越谷駅まで電車を利用し、それから自転車で通学している、との事。
今年で32歳になる私の二男が、同校を卒業した、との話に驚いていたが、市政レポートは面白いですか、と尋ねた。
すると、前述した20代の女性と同じ様に市民の様々な対応や反応がとても面白い、との返事だった。
駅頭シリーズは、日記風に記述されてはいるが、社会に向き合うためある一つの見方を示めそうと、継続的に発行しており、その意味が届いている事を感じた朝となった。
(7月2日)

“便利で豊かな”社会の裏側にあるもの
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時20分すぎから開始して、午前8時30分まで取り組んだ。
午前6時頃、何時もは7時過ぎに作業がはじまる駅前広場に停車したトラックから荷を下ろし、大きなカーゴに積み替えてエスカレーター横まで、手押しして定位置に移動。
それから荷物を両手一杯に抱え、エスカレーターを昇って行き、その後降りて来て同じ動作を5回ほど繰り返す毎回の行動だ。
しかし、今朝は早い作業だったので、話し掛けて見た。今日の作業は随分早いですね、と。
すると、他に回らなければならない店があったので、との返事だった。これは何処に運ぶのですか、と尋ねたら、駅ビル2階のあるパン店に運んでいる、との事。
毎日こんなに沢山運び込むのですねーと応答したら、そうです、との返事だった。
毎回同駅で、お会いする方なので、すっかり馴染みとなってはいるが、時々利用するパン店の材料等は、早朝しかも毎日のこの様な運搬作業によって始動している。
また以前、このパン店の女性従業員の方から、笑顔であいさつをされた事があり、私を知っていますか、と話した事があった。同じ様に早朝から仕込み等をするので、駅頭の私を見かけていたので、との返事だった。
24時間をフルタイムで仕事が分担、細分化され、今日の“便利で豊かな”暮らしが維持されており、一見すれば発展している様に見えている。しかしその裏にはこれまでにはない様々な労働と作業が発生し、それによって労働形態が劇的に変化している。ライフスタイルも同様に。しかし“便利で豊かな”社会がこれからも同じように持続出来るとは思わないのだが。
(7月3日)

3分で済ませた、行政調査日の朝食
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時前から開始し、午前8時30分まで実施した。
ただ、今日、明日と建設常任委員会の行政調査のため、午前9時40分までに大宮駅の豆の木前に集合となっていた。
そのため、街宣用具をバタバタと片付けて、直ぐに大袋駅から大宮に向かうため、ホームに駆け込んだら同じ常任委員会の松田典子議員も電車を待っておられたので、一緒に乗り込んだ。
午前9時25分頃に大宮駅に到着したものの、朝食を駅構内の喫茶店で取るため、急いで注文したのだが、時間がないため何と3分でトースト、サラダ、コーヒーを流し込んだ。
やっと集合時間5分前までに、他の建設常任委員会の所属の議員と合流できたが、私が最後に集合する結果になった。
何ともあわただしい朝となったが、調査地の群馬県藤岡市に向かう列車の中で、やっと、少し落ち着いている。       (7月4日)


PDFファイル⇒18年 5月天秤棒駅頭46

学校行事に出席したことが話題に

今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から開始して、午前8時30分過ぎに終了した。
午前7時30分過ぎに、馴染みの中年女性が、エスカレーター前で、市政レポートを一旦受け取って、暫くして階段を降りて来られた。
そして、小さなのし袋を渡して、再びエスカレーターを昇って行かれた。
駅頭終了後、中身を確認したら、2000円のカンパが入っていた。
しかも、のし袋には、「いつも感心して居ます。応援してます。」と記されていた。
午前8時過ぎに馴染みの30代のサラリーマンの方から、話し掛けられた。
5月19日に開催された桜井南小学校の運動会の来賓として出席した私を見かけた、との事。
 同様に、私は同校の入学式でも来賓挨拶をしたが、その事も以前同駅での朝駅立ちで話題にして頂いている。
 地元の子育て世代の父親や母親の方が、学校行事での、私の挨拶を気に留めて頂いているのは嬉しいものだ。
              (5月29日)

障がい者用の停車スペースを確保して
今朝の駅頭は、せんげん台駅東口で、通常通り駅前清掃の後午前5時30分前から開始した。
午前7時頃、30代の馴染みのサリーマンの方から、カンパ箱に1000円のカンパを頂いた。
毎回、同駅では同じ額のカンパを頂いているので、月2000円もの額になる。
お礼とともに、市政レポートをお渡したが、何時も、何時もありがとうございます。
大切に使わして頂きます、とお礼を述べてエスレーターに送り出した。
午前7時30分頃、夫人の運転により大型のセダンで、通勤し盲導犬とともに駅を利用されている高齢男性で障がい者の方から声がかかった。
毎回駅頭の折にはお見かけするので、毎日駅を利用されているのだろう。
それは、送って来る車の停車場所について、通常は駅入り口に一番近いバス停前に停車するのだが、朝の時間帯は特に交通量が多く後続の車からクラクション等で警告をされて困っている。
そのため先般市の担当課に、障がい者用の停車スペースを、現在タクシーが待機している一角に作って欲しいと、陳情したが、答えは今後駅前広場の開発を予定しているので、その時点で考慮します、との事だった、と。
しかし、その開発は当分先のことなので、臨時措置でもいいので、スペースを確保するように、と陳情を受けた。
(その後、越谷市の担当である建設部道路建設課に事情の説明と善処をお願いに出向いた。
新越谷駅を始め他の駅前には、障がい者用の停車スペースが設置されており、せんげん台駅東口にも、タクシー乗り場の直ぐ近くでなくとも、タクシーが列をなして待機している場所に一台分のスペースが出来ないだろうか、タクシー運転手の方やバス会社の了解を取って何とか実現して欲しい、と言う障がい者の声に応えて、と話した。
確約は出来ないが、考えて見ます、との返事が暫くして返って来たが、実現が望まれる。)
午前7時過ぎの何時もなら越谷北高生徒が、大挙して通学のため、階段を降りてくる時間なのだが、今朝はパラパラと生徒が通り過ぎて行く。そこで、3人組の女生徒に理由を尋ねてみたら、今日は開校記念日のため休校との返事。
3人は部活のために、学校向かっている、と付言された。
更に、昨日桜井地区自治連合会の総会が開催され、50数名の自治会長が出席されており、私は来賓として参加した。
その中の通勤に向かう何人もの自治会長さんに、昨日はお疲れ様でした、と声を掛けて送り出した。          (5月31日)

励ましの言葉とともに、カンパが
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で、駅前清掃の後午前6時前から開始した。
午前6時30分頃、駅前の停留所で停車していたアサヒバスの運転手さんが、運転席から降りて来て、「自由にお取り下さい」と書いた張り紙を付けた市政レポートのスタンドから、市政レポートを持って行かれた。
以前も同じ行動があったが、良く確認出来ていないが別々の運転手さんの様だ。
午前7時過ぎ馴染みの中年女性が、足速に通り過ぎて行く途中、これ気持ちですからと小さなのし袋を頂いた。
直ぐにお礼を言ったのだが、足速に改札口に向かわれた。後ほど開封してみたら、5000円のカンパとともに、「お身体に、気を付けて下さい」と書かれていた。
このところ、カンパと一緒に励ましの言葉が添えてあるものが目立っている。 (6月4日)

気が付かれない?花壇のこと
今朝の駅立ちは、午前5時15分頃にせんげん台駅西口に到着し、街宣用具の設置を終え、駅前清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
午前8時過ぎ、この時間帯は独協高校の生徒達が次々としかも大勢階段を降りて来てバス停に向かう。しかも一定のこの時間に集中するため、先生数人が生徒を誘導して、一列に並ぶように呼びかけるほどだ。
同時に昇りのエスカレーターを利用する通勤客と階段を降りてくる市民でごったがえするのが毎回の風景だ。
そのため、市政レポートの配布には、通行の障害にならない様に、注意しながら続けている。
そんな中、つかつかと歩いて来て、いきなり「間を空けて、やったら」と言ってきた高齢男性が。空けているではないですか、と返答したがこの手の市民は全員同様だが、何も言わず憮然とした顔で(よく見えていなので、そのように感じたが)エスカレーターを昇って行かれた。
やはり、会話の作法も応答も出来ない市民だ。
確かに、先述した混雑の状況なのだから、もしかすると邪魔になっているかもしれないが、ほんの半歩、しかもほんの数秒避けて通れば、エスカレーターを利用することは十分可能なはずだ。勿論、この高齢男性の側に立てば、私の言い分は勝手なことに聞こえるかしれない。
しかし、この男性は、パチンコ店のテッシュ配布の店員がいても、なんの対応もせず、ことさら私にだけこの様な態度を示している。
つまり、気に食わないので、文句を一方的に言ってもいいのが、議員だと思っているのではないのだろうか。
こんな市民も市民であり、それが駅前の小さな出来事の一つである現実に向き合うしかない、と飲み込んだ。
午前8時40分頃、終了して街宣用具を片付けていたら、自転車誘導係りの高齢男性から話し掛けられた。
駅前に設置している花壇に関して、周辺自治会の皆さんで手入れをしている幾つもの花壇の中で、同じ花を植栽しも、枯れてしまう花壇がある。
それは、蛾が卵を産み付け、その幼虫が根を切ってしまうためだと、とても残念な表情だった。しかも、どんなに苦労して花壇の手入れをしても、毎日通過していく市民が関心を持ってくれていないのでは、と嘆いておられた。
そうですね、でも綺麗に咲く蓮の花も実は水面下のドロドロとした泥があっての華やかさである事を、知っている市民は必ず存在していますよ、と応答した。    (6月18日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭45

今夜会えてよかったが続く、夜の駅頭
昨日は、夜駅立ちを、せんげん台駅西口で午後7時から午前0時まで、5時間で実施した。
午後8時頃、馴染みの中年女性が階段を下りて来られて、私の前で暫くバックに中を探しておられた。そして1000円札を出して、朝の時間帯はせわしなく、渡せないので、と話された。ありがとうございます、助かります、とお礼を述べた。
その後、自民党会派の伊藤市議が、降りて来られたので、挨拶をした。その後9時30分過ぎに再び戻って来られて、大変だね、こちらは飲み会だった、と帰って行かれた。
更に公明党の守屋市議にお会いしたが、4月26日に開催する大相撲越谷場所の関係者で、モンゴルの外交関係者が友達で、そのパーティーの帰り、との事だった。
更に、越谷市教育長が、降りてこられ、更に刷新クラブの武藤市議にもお会いした。
駅立ちを通して、これ程多くの方に集中して出会った事はなく、それぞれ別の要件を済ましての帰宅だっただけに、偶然が重なるとはこの様な事なのだろう。
午後9時頃、旧知の高齢男性が、階段を下りて来られて、またのし袋で1000円のカンパを頂いた。
ありがとうございます、とお礼を述べた後、こののし袋は、どなたかに渡すためにバックに入れておられるのですか、と尋ねた。
すると以前カンパを頂いた記事を掲載した、一心太助の天秤棒をバックから、取り出しながら、いいえ、先生(この呼ばれ方は苦手だが)に渡すためですよ、との返事だった。
朝の時間帯では、午前5時9分の始発電車で通勤しているので、持ち歩いていて、今日会えてよかった、と付言された。
(前回頂いたのは、この始発時間前であり、私はせんげん台駅西口に到着して、街宣用具を準備している最中だった)
また、馴染みの佐賀銀行員の方が同僚の方と降りて来られて、先生に報告があります、と切り出された。
実は、本年4月27日付で、佐賀銀行本社に転勤になりますとの事。
越谷市には、かれこれ20年余り住んでいますで、また戻って来ます、とも。
今日ここで先生に会えて本当のよかった、と。
そして、毎回カンパ(月に2回)を頂いている事に関して、佐賀に転居しても、定期的にカンパをしますから、と申し出て頂いた。
越谷市を離れても、私への支援を続けて行きます、との気持ちに触れて満ち足りた気分になった。
更に、埼玉県立大学を卒業して3年がたち理学療法士をしている女性にお会いした。
以前ツィッターで、励ましのメールを頂き、その内ゆっくりと話しましょう、と返事をしていた。何時も午前7時過ぎに市政レポートを受け取って読んでいて、駅前の情景が良くわかる。他の議員のものは殆ど読まないが、と話し、今日この時間に会えてよかった、と。
今は認知症の患者さんを治療する部署に変わったが、ますます高齢者の治療が増えて来ており、病院や施設だけでは解決出来ない問題となっている、と話された。
暫くして、馴染みの女性が、笑顔で降りて来られて、お菓子を2個頂いた。袋には、「宮古島の海のやさしさつめて 雪塩ふぃなん」と記されていた。
宮古島からの観光土産なのか、誰からか貰われたのか、は不明だが、後日コーヒーと共に美味しく食べさせてもらった。
午前0時過ぎまで、まだまだ電車からは、多くの通勤客が降りてくる中、長時間労働が常態化している現実を何とか変えたい、との思いが
つのりながら、頭上の月を見上げて終了した。
(4月27日)

まず、自分が変わらなければ
昨朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時前から開始した。直ぐに高齢の3人連れの女性が、演台前に設置している看板を見て話かけられた。看板には、変えたい、変わろう、変えよう、と書かれていたが、女性の一人の方が、変わんないよねーと話したのに続いて、隣の女性がそうよねー、応じた。
底が抜けた様な、政府の公文書改ざん問題を巡る国会対応に出た言葉だと思い、そうですね、でもまず自分が変わらなければ、回りも変わらないし、社会も変わらないではないですか、と応じた。
すると、自分が変わるねー、うーんとの表情に変わった。また別の女性が、この人(私の事)、一人で大袋駅でいつもやっている人よ、と話された。3人とも納得したような顔つきになり、頑張って下さい、と言いながら笑顔で去って行かれた。午前8時30分過ぎに終了して、直ぐに電車で新越谷駅に向かった。
午前10時から、サンシティ越谷市民ホールで開催された第58回越谷地区メーデーに来賓として出席するためだ。
新越谷駅を降りて直ぐに朝食を取るため、駅構内のパン店でモーニンングを注文したが、なんと290円で、コーヒー1杯と食パンの食べ放題のサービスだった。(お得なモーニングだ)
パンを数切れ食べた後、来賓あいさつの原稿づくりに着手した。恐らく挨拶の時間は5分以内(昨年も参加したが、この程度だった)のため、色々話したいことはあるのだが、中々まとまらないまま時間が過ぎて、完成しないまま会場に向かった。
(労働組合の方が集まる集会なので、労働組合とは全く関係のない私が話せる、唯一の機会がこのメーデーなので)
来賓あいさつは、越谷市議会の自治みらいを代表したもので、同じ会派の辻議員や山田議員を紹介まずして挨拶した。(他にも立憲民主党や共産党の議員も参加されていたが、保守系無所属は私だけだ)
冒頭、北越谷駅での朝の駅頭での会話を紹介した。(この部分は全くその場で思いついたが。つまり、まず自分自身に変わろうとする意志がなければ、社会も人生も変わらない事を強調したかった)
 次に平成デモクラシーと言われる失われた20年とも30年とも言われているが、多くのものを失ってしまった。
特に安倍政権の5年間で、近代国家の最低の条件である政府機能が崩壊してしまった。(公文書改ざん問題等)
しかし、得たものも多い。
それは3年前までは立憲主義と言う言葉さえ、皆さん知らなかったことを知り、護憲や改憲以前の本質的憲法の常識が広がっていった。
また安保法制反対の全国的な運動を通して、これまで野党の議員は、支持されている労働組合や団体に個別のあいさつに行くことはあったが、市民集会で野党の責任者が揃ってあいさつをする様になったことは、戦後初めてのことであり、選挙での統一候補の応援までに発展したことは注目すべきことだ。
憲法改正問題が大きなテーマになっているが、憲法条文を変えるのか、変えないのかに終始して来ている。
しかし日本国憲法は世界的に見ても、条文は非常に少ないのが特徴であり、法治主義によって法律や政令によって肉付けをして来た経緯があり、これら全体の体系を憲法と位置づけている。
立憲主義とは憲法が国家の権力行使を縛ることに留まらず、権力を構成するのは国民自身であることが強く意識しなければならない。
この間、省庁再編や小選挙区制導入、政党助成金制度や官邸への権限集中など、統治機構改革が次々と実施され、これは、憲法改正に勝るとも劣らない改正となって来た。
だからこそ、これから国民主権で統治機構を作りこんで行くプロセスに参加して行く段階になった。立憲民主主義の視点から、この運動をはじましょう、と挨拶した。
その後、参加者全員で会場から、新越谷駅まで、「8時間労働を守ろう」と声を上げてデモ行進をした。         (5月2日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭44

春日部市民の受けとめかたは
 昨日は朝の駅立ちを、大袋駅西口で午前6時から午前8時30分まで実施したことに続いて、夜の駅立ちを午後7時から午前0時までせんげん台駅東口で取り組んだため、1日で7時間30分の駅立ちとなった。
夜駅立ちで午後8時過ぎ、一心太助NO43に掲載した大学4年生で就活中の女学生がリクルートスーツで階段を下りて来られた。
就職あれからどうと話し掛けたら、まだです、と少し悲しそうな(と見えた)顔つきで、との返事だった。
そうか、でも就職が今出来ないからと言って人生が終わるわけではないから、今は全力でがんばって、と励ました。はい、がんばります、との返事に続き応援(私を)していますからと、笑顔で話して別れた。
その後偶然にも、同じ記事で紹介した、JAから新宿に出向している60才のサラリーマンの方と、出会った。ほろ酔い気味だったので、歓送迎会ですか、と尋ねたら、うーん、銀座で飲んでいた、との返事。
新宿に職場があり、銀座で飲めるのはいいですね、と応答したら、いいやそうでもないんだ、とうかぬ顔の返事。
そんなに楽しい飲み会ではなかったことは、この表情からも想像された。(仕事の宴席では、気を抜けない場合も当然あるからだろう)
その後、兆度午前0時に、春日部市に住んでいる30代のサラリーマンの方から、朝だけでなく、こんな夜遅くまで活動しているのですか、
と驚いた様子だった。10年近く春日部市に住んでいて、電車通勤の時はせんげん台駅を利用するから私に良く会う、(車で会社に向かうときもある、との事)との事。
市政レポートは何時も読んでいるが、春日部市民のため、直接私を応援出来ないが、と何度も話された。
いや、いいんですよ、越谷市政だけでなく、埼玉県政や国政など、全て繋がっているのですから、それぞれ判断の材料として参考にして頂き、主権者としての選択をして下さい、と応じた。
その他、色々話し込んでいる内に、12時30分を過ぎており、明日も仕事でしょうからと話しを打ち切った。
それから、駅前のタクシー乗り場に並んだが、数人の市民がすでに並んでいて、なかなかタクシーが戻って来ない時間が暫く続いた。
やっと順番が来て自宅に着いたのは午前1時頃で、それから風呂に入り、明日の駅立ちのチラシの準備をして床に就いたのは午前2時過ぎだった。        (4月20日)

チラシ配布のアプローチの違い
今朝は午前5時前、起床をして、北越谷駅東口で午前6時前から、市政レポートを配布した。
同時に5月13日(日)午前10時30分から越谷駅前広場を会場に開催される第4回“アチャアチャ”(しあわせのたねをみつけるマルシェ)の案内パンフを配布した。
このパンフは、綺麗なカラー印刷のパンフで市政レポートより重たく、配布のため左手で束を抱えて配るため、何時もより付加がかかり、終了時にはまた左手の肘が痛み始めた。
(昨日は夜駅立ちのため3時間位しか寝ていない事も原因かもしれないが)  (裏へ)
この間暖かい日が続いており、痛みが去っていたのだが、暫く使用していなかった痛み止めのための湿布薬を昨夜貼り付けた。
午前6時まえ、朝日バスの運転手さんが停車中の運転席から降りて来て、駅前に設置しているカートから市政レポートを取って行かれた。出発までの時間、熱心に読んでおられた。
午前7時30分頃、黄色のジャンバー姿の一団6名が、日経新聞の拡販のためテッシュと無料お試し券を配布し始めた。
中年の4人の男性は、日経新聞の社員で、配布し始めて5分も立たない内に、受け取ってもらえませんよ、と責任者らしい男性に話していた。すると、直ぐに別の男性も同じように“嘆いて”いた。
一方若い女性の方は、次々に通勤して来る市民に笑顔で配布を続けているため、受け取りが多い。(勿論、笑顔で間断なく配布していても、受け取らない市民も多いのだが。営業のチラシ配布に、こんな状態は珍しくはない)
同じ配布の行動でも、あまりに差があったので、午前8時に終了した時点で、この女性に尋ねてみた。
一所懸命に配布していた2人の女性は、アルバイトで、他の男性は社員、との返事。
あーそれで、配布への姿勢が違うのですね、と応じていたら、私の市政レポートをくださいと手を出して頂いた。アルバイトで仕事をつないでおり、大袋駅を利用していて、朝駅立ちの私を良く知っている、との事だった。
更に話を聞こうとしていたら、男性社員が引き上げるため、呼びに来たので、それ以上の話は出来なかった。
午前8時過ぎ、若い女性に市政レポートを手渡したが、何時も気になっていたので、話しかけて見た。(高校生の制服で、市政レポートを毎回笑顔で受け取っていた女性ではないか、と。ただ、私服では随分印象が違うため)
今年の3月までは、高校生だったですよね、と聞いたら、そうです、との返事。卒業して今は、明治大学の1年生です、との事だったので、どうして高校生の時から、市政レポートを受け取って頂いているのですか、と尋ねた。
社会や政治に興味があり、何らかの役に立つのではないか、と思っています、との応答だった。
今朝の二人の若い女性は、社会の中で自分の生き方や人生観を考えようとしている姿勢をみることが出来たため、この間の政府の最低規律の崩壊状態にうんざりしていた気分を、少し転換させてもらった。     (4月20日)

国民保険税や保育料の軽減措置を決定
昨日の駅立ちは、未明から激しい雨が降り続けており、中止した。
当日は、越谷市議会臨時議会が、午前10時から開催されたが、開会に先立ち会派代表者会議が議長招集の中、午前9時30分から開かれた。
議題は、本会議中や委員会開催時に議員が居眠りをしている事に対する市民から指摘についてだった。
議長の説明によれば、本会議の傍聴感想等で、議場での議員の居眠りが問題視されており、当然だが、全議員に会派代表者を通して、徹底する様に、との事だった。
勿論、会議では私を含め一切異論はでなかった。一般質問や意見書への討論のため、前日から徹夜状態で、本会議に出席し、質問が終わった後、ほっとしている時に、ついついうとうととしてしまったことがあり、自戒しなければならない。
また、市長答弁や他の議員の一般質問に全く関心がわかない事もあるため、そんな時に緊張が切れたりもしていた。
午前中に終了した臨時議会では、市長から国民健康保険税の軽減の対象者が更に軽減される議案や、保育料も同じように軽減利用者を更に軽減する議案等4件が提案され、全て原案を可決した。
国民保険税は、改正後269世帯(被保険者数459人)が増加し、その費用は約546万円となり、その内の約410万円は、埼玉県保健基盤安定制度から支出される。
結果として、残り約136万円は、越谷市の負担となった。
保育料の軽減措置は、平成30年4月1日から施行されるが、61人が対象で約225万円の支出増となり、越谷市の負担額は71万4024円となった。
国民健康保健制度は、各自治体で運用されて来たが、財政が破たん状態のため、本年4月1日から、埼玉県全体で統合された。また保育ニーズが年々高まっている中で、軽減措置でどこまで解消できるのだろうか。  (4月26日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭43

入学したLGBTの子ども達のこと
今朝の駅立ちは、午前8時40分から北陽中学校の第45回入学式に参加するため、中止した。男子86名、女子55名合計141名の新入生で1組から4組までのクラス編成となった。
毎年名簿を見ながら、生徒の名前をなかなか読めない事が多く、今回もそうだった。
名づけた保護者は、大切なわが子にそれぞれ熟慮して命名したことが推測できるのだが。
ただ、入学生名簿に男子、女子と記されていたが、LGBTの割合は13人に1人と言われており、それを単純に計算すれば10人程度となる。
(個々の名前には、男女の区別の記載はない)
また、男女ともそれぞれ制服だったが、これも本年4月5日に開校した千葉県柏市立柏の葉中学校は、性的少数者(LGBTなど)への配慮も考えた新しい制服を導入した。
新制服には保護者の意見も取り入れられ、男女とも性別に関係なく、スラックスやスカートなどを自由に選べるようにしたことが特徴だ。
多様性や共生社会の実現に向け、学校の役割が更に大きくなっている。
午後12時50分からは、桜井南小学校の第38回入学式に参加した。入学児童は99名で、1組から3組となっており、名簿には苗字も名前もひらがななので読めた。(あたりまえか)
ただ、個々の名前のあとに「おとこ、おんな」と記されていた。
式典が始る前に来賓に対して式次第の説明を学校側からして頂くため、全体の流れがよく理解出来る。
特に来賓あいさつは、市長、市議会議長、PTA会長の順で行う様に事前の説明書に記されていたが、毎年議長からの祝電披露と地元議員を代表して1名が祝辞を述べており、昨年は松島議員だったので今回は私が担当した。
式典ではピカピカの1年生が小さな椅子にキチンと座ってはいるが、1時間の式典への集中は当然だが途切れる。
そのため、私の挨拶は、短い言葉で新入生にお願いをした。
「皆さん、明日からこの小学校に毎日元気で通学してきたら、昼ごはんはみんなで教室で食べる事になります。これを給食と言います。そこでお願いです。この給食を残さず、仲よく毎日食べることが出来る子は、手を上げて、大きな声で返事をして下さい」と。すると全員が、ハーイと笑顔で応えてくれた。 (4月9日)        

就活中の女学生は、7年ごしの駅友
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅東口で、通常通り午前8時30過ぎまで実施した。
寒くはないのだが、強風が終始吹き込んで来た。そのため、のぼりを始め、看板や演壇の上に設置している市政レポート用ボックスが何度も倒され、吹き飛ばされた。
止む無く撤収状態で、市政レポートを配布した。午前8時頃、この駅で高校1年生の時から挨拶を交わして来た現役の女学生と久しぶりに会った。
今大学3年生だった?と私が尋ねた。いいえ4年生です、との返事。そーか就職は決まったの、との話に今就活中です、と。えーもう4月だけど、どんな会社を希望しているの、との話に、観光会社のツアーコンダクターや企画などの仕事につきたいのだが、倍率が高くなかなか内定がもらえない、との返事だった。
すでに、高校1年生から大学まで、7年間の付き合いでもあり、頑張って欲しいのだが、就職市場は最近緩和されて来たと言われているが、やはり人気職種は門が狭いのだろう。
兎に角がんばって、と声援を送ったら笑顔でエスカレーターを昇って行かれた。
 その後すぐに、駅前広場を毎日早朝、清掃している高齢男性から、今回もコーヒーとお茶のペットボトルを差し入れて頂いた。月2回必ず頂いており、何時も、何時もありがとうございます、と同じお礼を繰り返している。
 午前8時50分過ぎ、駅頭を終了し、車に街宣用具を積み込んでいたら、60才の馴染みのサラリーマンの方から声が掛かった。
現在はJAからの出向で新宿にある会社に勤めているが、会社が遠いし、疲れるので辞めようと思っている、との話だった。
昨年私の夜駅立ちのおり、紙袋一杯の美味しいバナナやリンゴを頂いた事に納得がいった。
そのエピソードを昨年9月6日の一心太助の天秤棒に掲載したのだが、その時にこの男性を「60代のサラリーマン」と表記したことが話題になった。
四捨五入すれば確かに60才ではあるが、当時はまだ59才だったので“不満”があると、笑顔で“抗議”された。
そうですか、すみませんとお詫びしたが、今回は1000円のカンパを頂いた。
女子学生やこの男性の話からも会社や仕事とは人生にとってどんな意味を持つのか、考えた朝だった。         (4月13日)

肌寒い強風の中でも、市民は暖かい
週明けの月曜日、今朝の駅立ちは、午前5時30分から、せんげん台駅西口で実施した。
昨日までの暖かさから、一点して肌寒く時折強風が吹く朝となった。
そのため、のぼりや看板が倒れたため、元に戻そうとしていた午前6時30分頃、何時もの佐賀銀行行員の方から、戸惑った顔つきで今から駅頭ですか、と尋ねられた。
いいえ、風が強くて直していたところですが、と応答した。あーそうですか、と話され何時もの様に1000円のカンパを頂いた。
午前8時過ぎ、旧知の中年サラリーマンの方から、祝儀袋に入ったカンパを、これ気持ちです、と手渡しで頂いた。(キチンと糊付けをしてあり、気モチジャケエ印刷されていた)
終了後、開封してみたら手紙が同封されており、「日ごろの地道な議員活動、感心しております」と手書きの文章とともに、1000円札が入っていた。また、カンパ箱には2000円入っていた。
最近よくのし袋でカンパを頂くが、どの駅で何時駅立ちを実施するかは公表していない。
勿論駅立ちは、同じ駅に一カ月に2回のペースなので、推測を立てることは出来る。
それを見越して、祝儀袋をバックの中に持参しながら毎日通勤していて、今日がその日になったのだろう。そんな事に私が感心した。
(4月16日) 
      
桜井南小学校の入学式を巡って
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から午前8時30分までの2時間30分間で実施した。昨日よりも更に肌寒い朝だ。
午前7時頃、30代の馴染みのサラリーマンの方から、先週の桜井南小学校の入学式では、お出で頂きありがとうございます、とお礼を言われた。
息子さんが新1年生で保護者席の最前列に父親として参加していた、との事。式典で来賓挨拶をした私に対しての言葉だった。
お礼などとんでもありません、おめでとうございます、と応答した。
終了して街宣用具を片付けていた、午前8時40分頃、同入学式に参加した母親の方から声が掛かった。こちらは娘さんが新入生。
私の来賓挨拶の話になり、どうでしたかと尋ねた。笑顔でエー面白かったです、“越谷サイコー” (越谷市が舞台のNHKドラマで、挨拶で紹介した)は、ビデオに録画しているがまだ見ていない、との返事。
やはり地元で身近ではあるが、単なる来賓の地元議員の一人と言うことではなく、本当に感謝や親しみのある会話に触れたのは嬉しいものだ。   
(4月17日)   


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭42

気温の変化だけで、気分が落ち着く
今朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅東口で実施した。やっと春らしくなって来ているため、早朝でもそれほどの寒さは感じない。
寒気の中体の芯まで冷え切りながら、2時間30分を要して市政レポートの配布や市議会報告を続ける状態と比較すると、今朝の暖かさだけで気分が落ちついてしまう。
午前6時30分頃、朝の散歩中の旧知の高齢男性と話になった。
最近、大袋駅の西口の地域から転居して東口の付近が自宅となったので、私には会えないと思っていたので、今日は良かった(会えて)と。
市政レポートを渡しながら、一心太助は面白いですか、と尋ねた。
そうですね、日記風に書かれていて、駅の日常の風景と私の活動がよく分かります、との返事だった。
午前7時頃、春休み中の中学生が、グループでキャピキャピと楽しげに会話しながら、エスカレーターを昇って行く。やっぱりデズニーランドの行くのかなー、と心と呟いた。
午前8時40分過ぎ、駅頭が終了し街宣用具を撤収しているところに、馴染みの越谷市職員と話になった。
3月で35年務めた市役所を定年退職する。自宅の自治会の役員就任を要望されて、地域で活動することになった。やはり頼りにされるのは嬉しい、との事だった。
そうですね、地域のお役に立てるのはボケ防止になるし、何より身近な地域に友達が増えるのが、これから長い人生にとって価値がありますね、と応じた。      (3月29日)

首都圏サラリーマンの長時間通勤に思う
今朝の駅立ちは、午前6時から越谷駅東口で開始した。
午前6時30分過ぎ、30代のサラリーマンの方から毎回のワンコインのカンパを頂いた。
大きめにキャリーバックを持参しておられたので、出張ですか、と声を掛けた。
えー、現場が名古屋市なので、これから向かいます、との返事だった。
以前も話をしたが、名古屋市での仕事に従事しているとの事だが、新幹線利用で、東京駅からは1時間40分ほどで到着する。近いと言えば近いが、遠いと思えば遠い。
この例に限らず、首都圏の働き方の問題の一つは、職住が接近している環境でないと家庭や子育て、地域活動や趣味を生かすことが難しいことだ。
午前7時頃、馴染みの中年サリーマンの方から、何時もの暖かいペットボトルを頂いた。
この差し入れのペットボトルが、ひんやり冷たくなるに従い、季節が変化して行きますね、と、話し掛けられた。
確かに月2回の定期的なペットボトルをの購入時に暖かい方がいいのか、冷たい方がいのか、考えながら差し入れて頂いているのだろう。
(4月2日)

花見シーズン真っ盛り
今朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30分まで、北越谷駅東口で実施した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの中年サリーマンの方から、冷たい缶コーヒーを頂いた。直ぐにお礼を言った後、“何時もありがとうございます”と付言した。すると、“何時もではないよ。今回で2回目の差し入れだよ”と笑顔の返事だった。            
それから直ぐに旧知の70代の男性から、昨日会員である年金団体のウォーキングの仲間で花見会を開催したら、80人も集まってしまって、と嬉しそうに話し掛けられた。
そう、今まさに桜が満開でお花見に繰り出す絶好の時期なのだろう。
こんな気温のため、何人もの市民から、暖かくなっていいですね。駅頭も少しはやり易くなったでしょう、と声を掛けられた。
寒気の中、2時間30分間の駅立ちは、起床するにしても、市政レポートを配布するにしても寒さにかじかんだ体に気合いを入れないと、なかなか実行が出来ないのは事実であり、ベントコートも手袋も不要なので、助かっている。
ただ、左手のひじ痛は、完治しないので時々痛みを感じながらの駅頭を続けている。
(4月4日)

駅頭で出会う、“久しぶり”の意味は
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で午前6時前の駅前清掃から開始した。
駅前に到着すると、障がい者用の乗降スペースに大型のセダンが駐車していて、運転手が乗っていない。
運転手が帰って来ないので気になっていたら、30分後20代の男性が運転席に乗り込み車を発車させた。しかし、男性は障がい者ではなかった。
こんなルール無視が、公然と行われている日常の市民意識を基盤に財務省等の公文書改ざん問題が起きるのかなー、と頭をよぎった。
また、別の20代前半(の様に見えたが)の男性と女性を含む制服警官の一団(8人前後)が西口にやって来た。
早朝から何ごとかと思い、清掃の傍らから警察官とこの男性のやり取りが断片的に聞こえて来る。女性警察官は、カメラで周辺を映していた。
そのため正確には分からないが、この男性(酔っている様に見えたが)が飲食中に仲間なのか、同席していた客なのか、喧嘩状態になり事情を聴取されている様子。
時々この男性は、自分は被害者であり、加害者の様な取扱いは許さない、と大声を出している。これを受けて男性警察官が、ため口風に話したことにも腹を立て、敬語で話すように抗議していた。
結局、10分位のやり取りの後、西口の飲食店街に一団は去っていった。
午前8時頃、馴染みの高齢女性から声が掛かり、しばらく私と駅で会わないので、病気ではないのか、心配していた、との事。
いいえ、全く健康ですし、月2回のペースで6駅の東口、西口を順次ローテーションで駅立ちを実施しているので、たまたま気づかなかっただけではありませんか、と返事をした。
何時もの様に、暖かい紅茶ミルクのペットボトルとおにぎり、スコーンを差し入れて頂いた。
また、旧知の高齢男性からも、2か月位会っていないので、今日は久しぶりだと、話された。
同じ様に、説明をしたが、あまり納得されたような顔つきではなかった。
駅立ちがすでに風景となっており、その風景が少し変化したと感じておられるのだろう。
ただ、お二人とも、私の健康状態を心配して頂き、また一心太助を楽しみにされている様だ。
更に午前8時30分過ぎ、何時もは蒲生駅東口を自転車で通過している65才の男性が通りかかった。本年3月15日で長年勤めていた会社を定年退職したので、私には当分会えないと思っていたが、ここで会えて良かった、とのこと。(私も会えてよかった)
              (4月6日)

調理師への就職は不人気
今朝の駅立ちは、午前7時から、北越谷駅西口で実施した。
終了間際の午前8時30分前、越谷駅西口で良くお会いする65才の男性から声が掛かった。
高校を卒業後日本料理の調理師として40年程大きな居酒屋で働いて来た。一旦退職したが職人がいないためアルバイトで再雇用されて、今は昼間の時間帯だけの勤務となっている。
また、長年の労働のため体のあちこちを治療している状態だ。同じ職場に若い人がアルバイトとして働いているが、正規職になっても、低賃金、長時間労働のため、この職種での正規雇用を望んでいない、と。依然として労働環境が改善していない、一例だ。   (4月11日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭41

自分たちの地域は、自分たちが守って行く
昨日の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始した。午前7時30分過ぎこの間毎回カンパを頂く60才のサラリーマンの方と話した。
建設会社のコンサルタント会社に勤めていて、30数年公共事業の仕事を続けている。自宅マンションの役員をしていて、高齢者や障害者など災害時への対応は、自分たち住民同士で担う事が重要だ。役所や誰かに任せる事は出来ないので、日ごろから住民間の交流を大切にしている、との話だった。
そうですね、防災との観点だけではなく、地域社会の運営にとって欠かせない事ですが、まだまだ他人称の市民が多いので、モデルを作って下さい、と応じた。
午前8時過ぎ、旧知の40代のサリーマンの方から明日は、息子の中学校の卒業式なので出席する予定だ、との話から、高校はどこに入学されるのですか、と私。
現在野球部で、4番サードで活動していて、高校でも野球をやりたいので、野球の強い春日部高校に進学する、との事だった。
今朝は、市内一斉に中学校の卒業式が行われ、私は北陽中学校の卒業式に参加したため、駅立ちは中止した。       (3月15日)

卒業式、議長代理での祝辞への反応は
今朝は、桜井南小学校の第37回卒業式の受付が、午前8時40分からなので、駅立ちは中止した。卒業する6年生は1組から4組まで153名。
私は議長代理の来賓あいさつで、議長の祝辞を代読した。31名の議員は、市内の何れかの小学校に議長代理で来賓として出席している。
祝辞の代読では、出来るだけ12歳の子ども達に気持ちが伝わるように、ゆっくりとしかもキーワードの言葉をより強調して読むように心がけている。
そのせいか、式典終了後教頭先生から、子ども達の心に残るようにお話をして頂き、ありがとうございました、とお礼を言われた。
褒められて悪い気になる人間はいないと思うが、式典は2時間を超えており、その間卒業する子ども達は、終始緊張状態にある様に見えたし、保護者を含め会場から笑いが起こるような事はあまりなかった。
そのため、どれほど公的な文章に反応してくれたかは分からない。
しかも式次第の一つ一つを正確にこなして行くには、事前の練習に相当な時間を要したのではないか。
ただ、「門出の言葉」を卒業生全員で、分担して短いセリフの発表や合唱曲“旅立ちの日”の最中には、男女とも目頭を押さえる子ども達が続出していた。卒業式ならではの風景かもしれない。         (3月23日)

駅に取り残された歩行器は何故
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で通常通り午前5時30分から午前8時30分までの3時間実施した。駅に到着して直ぐに駅前清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
午前6時過ぎ3人づれの女子(恐らく中学生だろう)が、お揃いの服装でエスカレーターを登ろうとしていたので、今日はディズニーシーに?と声を掛けた。
すると、一斉に「ランド」との返事と笑顔。
すでに春休みの入っていて、千葉県のディズニーランドに向かおうとしていたので、一日楽しんで来て、と送り出した。
その後、次々と女子中学生(もしかすると小学生)が、同じようないでたちでエスカレーターを昇っていった。
午前7時前、馴染みの中年サリーマンの方から、気候があったかくなって、いいですね、と声が掛かり、おにぎりとパンとお茶を頂いた。
市政レポートを配布し始めてから、終了するまでずうっーと気になっていたのが、エスカレーターの入り口に放置(?)された歩行器。
しかも、鉄柱に白い紐でしっかり結ばれていた。入り口なので、通勤客の障害になっていたので、少しずらしたのだが、紐が結構固く大きくは動かなかった。
誰が何の目的で、こんな場所に置いているのか、不明のままだった。
(次の日には、撤去されていたのだが)
(3月26日)

高齢者が持ち込む剪定枝の搬入問題
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口に、午前5時15分頃到着し、吸い殻等の駅前清掃を終え午前5時30分過ぎから、市政レポートの配布を実施。同時に4月25日(水)午後6時30分から、桜井地区センターを会場に開催する、8人の超党派議員が主催する、3月議会報告のための市政報告会の案内チラシを配布。
この日は、東埼玉資源環境組合議会が、増林の焼却場で午前10時から開催された。
越谷市議会から私を含む5人の議員が、この組合議会の議員に選出されており、開会前に議会運営委員会での協議の報告を午前9時30分から聞くのが通例となっている。
そこで、駅頭終了後に朝食を取っている時間がないため、妻におにぎり弁当を作ってもらい、迎えに来た妻の車の座席での食事となった。
時折事前におにぎり作りをお願いするのだが、決まって具やおかずがないと妻からは苦言が寄せられるものの、じっと我慢も慣れている。
議会では3月の当初予算案等の審議や採決が行われたが、興味深い質疑があった。
焼却のため枯草や剪定枝の組合への持ち込みに関して、現状個人で搬入するは、無料で制限がない。
(あくまで個人であり、団体や企業は有料となっている)しかし、高齢化とともに自動車等の運転や搬入が困難な高齢者に対して、関係者で取りまとめて一括して搬入することは、出来ないのか、との質問だった。
これに対し、管理者からは基本的には個人を対象としているが、今後自治会等を通しての搬入を検討する、との答弁だった。
通常のごみ収集でも、高齢者や障害者を対象として、越谷市職員が個人宅までごみを取りに行く「ふれあい収集制度」がある。
高齢化による影響は、右肩上がりの制度や運用では限界になっている現状が、ここでも明らかになった。         (3月27日)

ドラマ「越谷サイコー」に触れて
今朝の駅頭は、午前8時20分から、がんばろう越谷が主催する第49回グラウンドゴルフ大会が、しらこばと運動公園で開催されるため、中止した。
市内一円のクラブチームから毎回150名を超える選手が競技に参加し、熱戦が展開されている。
私は毎回挨拶をさせて頂いているが、この日は3月越谷市議会での自治みらいを代表しての代表質問の視点を話した。
NHKの地域ドラマ「越谷サイコー」(平成3
0年2月28日放映)では、東京在住の若夫婦が、転居先に越谷市を選ぶため、不動産会社の社員(主演の佐久間由衣)に尋ねる。
「東京には住めないから、がまんして越谷市に住むと言うことではなくて、越谷独自の魅力は何ですか」聞かれて、困惑した顔つきで“越谷には何もない”と叫んでしまう。(導入部分)
この事から例え名所、史跡がなくとも有名人がいなくても魅力ある普通の人々が暮らす地域であれば、それが最大のアピールとなる。
これが「越谷サイコー」ではないかと。
 何時も静かに、私の話に聞き入ってもらっている事も、私にとっては、「サイコー」と叫びたくなる。         (3月28日)


PDFファイル⇒18年 2月天秤棒駅頭40

選挙中ではないが、陣中見舞を頂く
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常どおり午前6時から開始した。
開始に向けて、街宣用具の準備をしようと、車から運んでいたら、近くの公衆電話ボックスの中で、30代の女性が何かを食べておられた。
なんと、湯気がたっているカップ麺を一人で立ってすすっておられたのだ。
依然として寒気が厳しい中、朝食を取る時間もなく、しかしお腹を満たす食事として、コンビニで購入したカップ麺にお湯を注いで、外で食べるわけにもいかず、電話ボックスの中となったのでは、と勝手に想像しながら準備を進めた。
午前8時前、馴染みの中年サラリーマンの方から、ほんの少し、本当にほんの少しと話して、のし袋に入った1000円のカンパを初めて頂いた。しかも“陣中見舞”と記されており、住所、氏名も書かれていた。
 選挙期間中ではないので、“陣中見舞”の文字も初めての事だが、常在戦場との意味では、それもありか、と思った。
えー、ずうーっと持ち歩いておられたのですか、と応答したら、そう、何時か渡そうと思って持っていた、との返事だった。
最近、常に鞄で持参していて、駅頭時にカンパを頂く市民の方が増えている。
日ごろから、市政レポートや活動を気にして頂いている証左なのだろうと、受け止めている。  
               (2月9日)
風呂場の暖房を巡って
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で午前6時から始めた。午前7時頃、旧知の中年サラリーマンの方と立ち話になった。
この方は、霊きゅう車の販売とリースをする会社に勤めていて、毎回暖かいペットボトルをホッカイロ代わりに、と頂いている。
やはり異常な寒さが続いているので、葬儀が多く仕事が忙しいですか、と私が尋ねた。
えー、やっぱり増えています。風呂場やトイレの寒暖の差がこの季節は大きく、死亡される方が多くなっています、と。
特に風呂場は、一旦服を脱いでしまうので高齢者は体調に異変を起こしやすので、自身も自宅の脱衣場には、暖房の設備している、との事だった。
5時間の夜の駅立ちが終了して、心底体が冷え切っているところに、熱い風呂に飛び込む様な私などが一番危険ですね、と返答した。
脱衣場の暖房は、妻からも希望されてはいるが、ついつい後回しになっている。
(2月14日)

大雪は駅前広場の天井を壊していた
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で通常どおり午前6時から開始。駅に到着して街宣用具を設置して何時もの様に駅前清掃の後、市政レポートの配布を始めた。
暫くすると、何組ものペアルックの2人組の少女達が、キャリーバックを引きながら通過して行く。中には、3人組の少女も。これまで時々見かけたが、ミッキーのセーターを着ていたのでディズニーランドへ向かうのか、と思っていたら、ライブに参加するとの事も。(裏へ)
今日も恐らくそうだろうが、だれのライブなのだろうか。少女達はみな楽しそうな顔つきで、おしゃべりをしながら南越谷駅へ向かって行った。(一日楽しんで、と心で呼びかけた)
午前7時30分頃、馴染みの30代のサリーマンの方から、駅天井の下の歩道2か所に応急の柵が設置されている事に関して、早く修理が出来ないでしょうか、と話し掛けられた。
先般の大雪のため天井の透明ガラスが破損して破片が落下するので、通行人の安全を図るために設置されていた。
これまで、天井が破損した事の記憶がないため、今回の寒気による雪の重さとは相当なものだろう。
更に市政報告の演説をしていたら、作業服姿の中年男性が、じっとこちらを見ていたがⅠm
近くまで接近して何かを呟いている。
明らかに酔っていて、こちらの演説に、あなたは真面目かもしれない、そうそう税金は高い、と反応しているが、私に話し掛けようとはしない。
この状態で10分以上も私の前に立ちはだかっていたため、すみません、演説中なので少し避けて頂けませんか、とお願いした。
すると直ぐにきびすを返して近くのパンショップ前にいた友達(同僚?)と暫く談笑していた。恐らく、現場作業員で、夜勤の仕事を終わり、居酒屋で一杯引っかけて私を見かけたのだろう。政治への不満や日々の生活の苦しさを聞くような政治家がいないため、一言言おうとしたのだろうが、気が小さくて演説を中断させるほどの勇気もなかったのでは。(アルコールが完全に抜けたら、ゆっくりしましょう、と言う間もなく去って行った)
午前8時過ぎ、中年女性が近づいて来て、白い財布の中から、これカンパです、と1000円をカンパ箱に入れて頂いた。
最近どの駅でもカンパや差し入れが継続している、多様な市民の皆さんと小さな絆が広がっている実感がある。   (2月15日)

次々に寄せられるカンパは
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で、通常通り午前6時から午前8時30分の時間帯で実施した。何時ものことだが、午前6時から午前7時までは通勤客は少なく、当然だが市政レポートの受け取りも少ない。
しかし、15年間の駅頭の取り組みで、馴染みの市民は確実におられる。
午前6時10分頃、現場の仕事だろうか厚い防寒着(警備員?)の高齢男性、午前6時20分頃何時もの笑顔で挨拶をされて、市政レポートを受け取って頂く女性や、市政レポートは受けとらないのだが、おはようございます、と挨拶を交わす20代前半(と見える)の女性など多様な市民と出会う時間帯となっている。
午前7時過ぎ、何時も自転車で駅前を通り過ぎて行く高齢男性が、自転車を降りて歩道まで来られて、40年位前東武鉄道の高架に関して越谷市が標語を募集した折、優秀賞を受賞した、等の話で盛り上がっていた。
すると馴染みのサラリーマンの方が、演台に置いてあるカンパ箱にカンパを頂いた。お礼を言って話し掛けようとしたら、高齢男性との談笑に気を使われたのか、笑顔で直ぐに改札に向かわれた。
駅立ち終了後、カンパ箱を確認したら2000円が入っていた。
その後、ベンチコートを着て犬と散歩中の高齢男性が無言で、私に近づいて来られた。
通常は市政レポートを受け取って頂くのだが、その様な様子でもないので、話し掛けようとしたら1000円をカンパ箱へ。
ありがとうございます、大切に使わせて頂きます、と応答し市政レポートを手渡したが、それでも最後まで無言で立ち去って行かれた。
しかし、私や市政への関心がなければこんな行動にはならないのだから、また市民との距離感が縮まった。
午前8時過ぎ、旧知の高齢女性から、今回も1000円のカンパを頂いた。直ぐにお礼を言ったのだが、裸のままカンパをするのは、失礼かもしれませんが、他の方はのし袋に入れてカンパされているので、との返事だった。
(これまでの市政レポートに、最近掲載された、のし袋を使ったカンパが多いとの記事を見られたのだろう)
とんでもありません、皆さんから気持ちを頂いているので、それぞれですよ、応答した。
終了後、カンパ箱の中をみたらなんと合計4000円にもなっていた。より強いつながりが生まれている。      
(2月16日)