PDFファイル⇒天秤棒駅頭 17年5月NO22

朝日がまぶしい駅前で、体温も上昇
昨朝の駅立ちは、午前6時前に越谷駅東口に到着して、清掃の後、市政レポートの配布を始めた。連日の暑さのためコートを使用せず、夏服で対応した。
 午前7時馴染みのサラリーマンが、一旦レポートを受け取り戻って来て冷たいペットボトルを頂いた。更に馴染みの女性からも同じ様に頂いた。
午前8時過ぎには、太陽の光が眩しく体が暑くなっているのが、分かるのかその女性から、暑くなるので、体を大切に、と言って頂いた。 
また、午前8時過ぎにスピーカーの電池が切れてしまい、終了までの30分間は、肉声での呼びかけのため、喉が痛くなる程だった。(4月20日)

泥酔状態の若者のため口に
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅西口で開始したが、事前の清掃では相変わらずゴミや吸い殻、食べ物の容器等散乱しているため時間がかかった。
清掃をしている間に、若い男性4人と女性の一団が怒鳴りながら歩いて近づいて来た。こんな状態の時はトラブルが起きやすい。案の定トラブルが発生。
泥酔状態の男性の一人が、市政レポートを入れていたギャップの袋を見つけて持ち去ろうとした。このため、それは私の物です、と話すと、おまえの物か、と返事。(大人に向かって、タメ口はやめなさい)、と言おうとしたら、別の男性が、すみません、と謝った。その後タクシー乗り場で更にコンビニから買って来たのか、包装容器を道に散らかして去って行った。
直ぐにまた清掃したのだが、朝までアルコール漬けになる程、気持ちが晴れない事があったのか?
午前6時30分頃作業着姿の中年男性から、成田空港行きのバスに乗り遅れたが、どうすれば成田に行けるか、教えて下さい、と。
直ぐにスマホで、東武鉄道を利用して成田空港までの検索をして教えようとした。
ところが、タクシー乗り場付近にいた妻とおぼしき人に声をかけ、大きなトランク2個を抱えてタクシーに乗り込んで行った。
飛行機の出発に間に合う様に利用したのだが、恐らくタクシー料金は、3万円を超えるだろう。所要時間は、1時間30分くらいだろうが、私なら時間に間に合うなら電車を利用するのだろうが、どんな事情かは分からない。
更に午前7時前に自民党の街宣用の幟が車から運ばれて来た。市議も顔を見せた。駅立ちの日程を時々見間違ってしまう。
今朝も同様のミスを犯してしまった。また、昨日と同じ夏服のため体が冷え切った朝に。
その後、18年前5票差で落選した最初の越谷市議選の折、熱心に支援を頂いた地元の中小企業の社長さんに、10年ぶりに会った。
最近赤山町に自宅を移転、大宮で午前8時からの会議に向かう、との事。普段は電車を利用しないが、あれからずーっと駅頭をしているのか、尋ねられ、今72才でオリンピックを二度体験出来る等の話に時間を忘れた(4月21日)

偶然が次々に重なった、ファミレスで
昨朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時から開始したが、演壇の場所は喫煙者用の灰皿の横にあり、次々と出勤前の市民がタバコを吸っている。
時には10名前後にもなり、当然煙が周辺を覆い漂ってくる。午前8時30分過ぎに終了して、街宣用具を積み終えた車の中で、妻が何度も私に言った。
服に匂いが染みついている、と。すでに自分では気づかない程ニコチン臭になっていた。
これから政務活動費の作成と報告のため市役所に直ぐに向かうため、役所の近所の東越谷のデニーズで朝食を食べた。席に座ったら知り合いの女性が前の席におられたのでご挨拶をした。なんと6年ぶりの再会。
私が事務所を借りているビルの1階で営業をされていた居酒屋の女性店主で、当時二軒の店を切り盛りされていたが、1軒に集中するため移転された。
それ以来お会いしていなかったので話が盛り上がった。そしてバタバタして挨拶もせず引っ越したので気持ちです、とデニーズで販売していたマンゴーを頂いた。
気持ちは十分受け止めたし、お世話になったのはこちらの方なので、品物は遠慮したいと何回も断った。
しかし、どうしてもとの事だったので、ありがたく頂いた。その後3年前に亡くなった室内清掃の会社の社長の奥様が、入って来られた。 
こちらも葬儀以来3年も会っておらず、社長の最後の話に。
会社を引き継ぎ、従業員の協力の中順調に経営を続けている、との事。
社長はガンのため様々な治療を試みたが、死期が迫り、覚悟を決められて病室から自らの携帯電話で、私に最後に会いたいとの連絡が。
当時入院していた独協病院に駆けつけ15分程話したが、死期が近いとは感じない程元気だった。
それが7月20日だったが、奥様が携帯を取り出し通話記録の私の名前を見せて頂き、今でも消さずに持ち歩いている、と。実は縁の近い人に次々と病室に来てもらったが、私が最後の人間となり、それから1週間程で亡くなった、との事だった。
偶然とは言え、何年も会えなかった人々に触れ合う朝となった。    (4月26日)

気配りの暖かさと冷たさの差し入れ
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分から開始。午前7時頃に30代の馴染みのサラリーマンから、冷えた缶コーヒーを頂いた。午前8時過ぎ、駅前広場の清掃係りの高齢男性から、暖かいベットボトルを頂いた。この間毎回の差し入れだ。それぞれ私の体への気配りだけに、駅頭継続の元に。(4月27日)

カンパが入った封筒に激励の言葉が
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅西口で開始。午前6時に駅前のパチンコ店のガラス張りの正面側に縦2m横4mの巨大スクリーンが設置されており、ニュースの画像とテロップが次々に映し出され始めた。パチンコ店と言へども、社会的関心とは無縁ではない。いやむしろ人びとの関心や興味が何処にあるのか、市場の動向に敏感でなければ生き残っていけない。 
午前6時過ぎに、何時もカンパを頂くサラリーマンから、恥ずかしいから、あんな事は書いちゃダメですよ、と笑顔で異議申し立て?を受けた。(一心太助の記事だが、また書いてしまった。それ程私にとっては意味がある事なので)
更に馴染みの女性2人から同じ事を言われた。市政レポートと共に配布した、来月開催されるイベントの案内パンフがカラー刷りでイラストが入っている。まあーカラー刷りですか、可愛いイラスト、と。確かに普段私が作成するチラシは、単色で、イラスト描写はないので、驚かれたのだろう。(もう少し財政に余裕があれば、カラー印刷が出来るのだが。)  それでも、年に1回カラー刷りの市政レポートを作成、配布しているが1回で30万円を超える。
 午前8時過ぎ、旧知の中年女性から、ご苦労様と声が掛かり、封筒を渡された。中身を直ぐには確認しなかったが、封筒には、自記筆で一心太助を楽しく読んでいます、と。中には2000円が同封されていた。
 今日、せんげん台駅で駅立ちをするのは、事前には把握出来ないので、何時も持ち歩いていて、たまたま渡して頂いたのだろう。最近、市政レポートやチラシをバックに入れて話し掛ける市民の方が目立っている。14年間毎日続ける駅立ちは、少しつづ目に見えない広がりになっているのだろうか。   (4月28日)   


PDFファイル⇒17年4月天秤棒駅頭21

今年も入学児童、生徒の名前の読み方に
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分から開始したが、寒さが大夫和らいでいる。午前7時頃旧知の佐賀銀行員の男性から、また1000円のカンパを頂いた。
長年東京支店勤めだったので、今回は、転勤かと思っていたら、現行の勤務先になったので、引き続きよろしくと言われた。
こちらこそ、お世話になります、と返事をした。午前9時には北陽中学校の入業式に出席するため、午前8時30分に終了後急いで会場に向かった。
車の中で妻が作ってくれたおにぎりをほおばり、身なりを整えて控え室に到着。式典は例年新入生が呼名の後校長先生と全員が、壇上で握手をする。式次第に名前が掲載されている。
ただ、男子も女子も読み方が、分からないのも例年どおりだ。
午後からは、桜井南小学校の入学式に参加。可愛過ぎる新入生に例年気持ちが華やかになる。
こちらの名前は、平がなのため、読めるのだが今度は、漢字は想像出来ない名前がある。ただ、どの子の親も色々考えて命名したのだろう。
おめでとう。
(4月10日)

大学生は、均質性を日常的に強制
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前6時に開始したが、睡眠時間は3時間30程。
昨晩は、がんばろう、日本!国民協議会主催の戸田代表を囲む会が、都内市ヶ谷で開催された。テーマは「孤立と分断に抗して~”目線を合わせる”ということ」で講師は湯浅誠・社会活動家・法政大学教授。
半径5mの範囲で起きている学生のくらしの問題をどう社会問題化するのか、との話が印象深かった。それは女学生が湯浅教授の講義の後、質問に来たので返答をしたが、次にまた質問に来てもいいですよ、と誘った。
なんとその返事に驚く。常にグループの一員として行動していて、次の講座も一緒に移動する。
だから、自分ひとり抜け駆け的に行動出来ない、との返事だった。これを、もう大学生なんだからそんなことは関係がない、と仮に返事したらもう二度もその学生は質問に来ないだろう。
つまり極めてデリケートな人間関係を終始意識しているのが、今の一般の学生の状態だ、との事で高いストレスに晒されている。
その後参加者で居酒屋での総括会議?が、遅くなり帰宅したのが午前1時過ぎだった。
今日は昨日の氷雨とはうって変って春本番の柔らかな空気の中、通勤客も心なしかゆっくり目を感じる。
ただ強風のため街宣用の看板が何度も倒れた。このため簡易テーブルの上のカンパ箱も飛ばされるため収納していた。
ところが、午前8時過ぎ馴染みの中年女性が一旦市政レポートを受け取った後、戻って来て何かを探しておられた。
そう強風のため収納していたカンパ箱だった。直ぐに駆け寄って行き持ち出したカンパ箱に、ほんの気持ちです、と500円を頂いた。
この方からは恐らく初めてのカンパだけに、感謝倍増。        (4月12日)
 
超党派の市政報告会を巡って 
 今朝の駅立ちは大袋駅東口で、午前6時から開始。春の日差しが心地よいものの冷たい風が時々吹き抜けて行く。       (裏へ)
午前7時30分頃階段を利用して通勤している馴染みの中年のサラリーマンから、今度の日曜日だったかなーと話しかけられた。
えーなんの事ですか、と返事。すると新方公民館のやつ。
あーそれは市政報告会ですよ。今週の土曜日です。お渡したチラシに記載しています、と応じた。
4月15日(土)午後6時30分、新方地区センターを会場に第3回4地区有志議員の会が主催する市政報告会の事だ。
私が居住する桜井地区の周辺に住む超党派の8人の議員が主催し、議会終了後定例開催して来たが今回も3月議会の報告をする。
私は毎回もあるあるクイズを担当しており、開会早々参加者の頭と雰囲気を和らげるのが役割だ。          (4月13日)

「駅頭シリーズ」の思わぬ反響に驚き
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で清掃の後午前6時から開始したが、相変わらず吸い殻や食べ物の袋等が散乱している。
午前7時40分頃、サラリーマンが演壇に近づいて来て、前回の一心太助 駅頭は小さなドラマの連続だ(NO18)、のチラシを渡された。
 なんと、そこには書き込みがしてあり感想です、と。
夜遅くまでの残業の日常を綴った記事に、自分も30代の頃は同じ様な仕事ぶりだったが、50代ではきつい、と記してあった。また、誤字にも訂正が。(よく間違ってしまいます)
 この駅で、いつ駅頭があるのか正確には知る由もないのだから、チラシをカバンにづーっと持ち歩いて頂いたのだろう。更に馴染みの50代?のサラリーマンが。
同じ様にカンパの記事を掲載したチラシを見て、自分もカンパをしなくては、と1000円のカンパを頂いた。
更に全く同じ様に缶コーヒーの差し入れを旧知の市民から頂いた。
思っている以上に駅頭シリーズのチラシは、読んで頂いているのだろう。
連鎖の行動がこんなに続くとは、驚かされた。
終了間際の午前8時30分頃、シルバー人材センターの自転車整理係の高齢者から、陳情を受けた。
それは駅東口のロータリーにゴミの集積場があるが、多くの市民から、景観上良くないので撤退して、とお願いされていた。
行政は、元々西口にあったものを、三カ月程前に東口に移動させて来たので、市民の要望の実現のため、先般市に陳情したとの事。
まだ前向きの回答を貰っていなので、是非実現にむけ、市をプッシュして欲しいとの事だった。即断出来ないので、調査してご返事します、と答えた。来週早々にも担当課に尋ねてみよう。
             (4月14日)

解雇問題が解決した報告を駅で
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時から開始。この間の夏日のためベンチコートは不要で服装は夏バージョン。
午前7時過ぎ、先般突然解雇通知を言い渡され相談を受けた、中年女性と会った。
私に会えるかと思って早めに駅に来たが、実は、この駅近くの段ボール製造会社にあれからすぐに、就職が決まった。
このため失業保険を請求することはなく、切れ間なく働き始めた、とのお礼の話だった。
 勿論、私の駅立ちの日は事前に公開しておらず、たまたまだが会えてよかったし、(恐らく通常より1時間程早く駅に来られたのだろう)仕事が続けられて本当に良かったですね、と応対した。
 市政レポートを受け取り、9時まで時間が少しあるのでと、一旦別れた後、再び戻ってこられて、配布したチラシ駅頭シリーズの中の話に。
 睡眠時間が3時間程との記事に関して、睡眠だけは十分に取って下さい、とお願いされた。
              (4月17日) 


PDFファイル⇒17年4月天秤棒駅頭20

銀座の映画観、鑑賞に出かける折に
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から午前8時30分まで実施。7時前に馴染みの50代のサラリーマンから、昨日の新聞折り込みの市政レポートを見ました、と話し掛けて頂いた。
日経と産経新聞に、越谷3月議会の報告と、高橋市政の検証記事を掲載した、レポートを折り込んだのだが。
直ぐに反応があったが、午前8時過ぎにも旧知のOLからやはり見ました、と。
午前7時前公明党の市議2人が、街頭宣伝の準備を始めた。何時も様にそれぞれ時間を割り振って活動した。
ただ、馴染みの市民からは、重なっていますね、とやや迷惑気味な顔つきに。何時もそうしていますから、と返事をした。
その後毎回1000円のカンパをして頂く60代の女性と三カ月ぶりに会った。
今回もカンパを頂いたが、銀座に映画を鑑賞に行くとの事。越谷市のイオンにも映画館はあるが若い人が中心のため、わざわざ有楽町まで出掛けている、そのため蒲生駅を利用している、と。初めての会話だった。
(3月31日)

不法駐車が2時間30分以上続いた
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で、午前6時前から開始。通常どおり駅前の清掃を終えて市政レポートを配布しようとしたら、羽田空港に向かう大型バスのクラクションが何度も鳴らされた。
駅前の駐車禁止地区の ロータリーに自家用車が駐車していてカーブから進行する大型バスの進路を妨害。
それでも動こうとしない。無人かと思ったが、バス会社の乗降担当の男性が歩み寄ってドアガラスを叩いていた。
車の中にはジャンバーを被って運転手が寝ている。その後何台も大型バスが停留所に進行しようとする。再びバス会社の男性が、ガラスを叩くが効果がない。
後ほど見にいって見たら、茶髪の若い男性が、寝ていて午前8時30分過ぎまで駐車していた。
疲れて爆睡だったかもしれないが、駐車禁止の場所だ。
一方カンパ箱が定位置から、ずれていたので中を見たら1000円札が、入っていた。
先週のせんげん台駅東口でも同額のカンパがあったが、誰からのカンパか不明。お礼をこの場でします。
(4月3日)

3年かかった北越谷駅東口の灰皿撤去
今朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時から開始。暫くして馴染みの男性の通勤者が、東口から西口に歩いてタバコを吸いに来た。
理由は、東口にあった灰皿が撤去されたためとの事。実は、北越谷駅東口、西口の灰皿は、陳情が相次いてあり3年も前から市役所に撤去をお願いしていたのが実現。
市役所では、東口も西口も当時から移動する意向はあったのだが、移動先の確保と、地域の合意が必要との事だった。
そのため時間を要したのだろう。次は、西口の移動を速やかに取り組んで欲しい。
政府でも、受動喫煙の問題で規制の法案が準備されている程、深刻な事態だ。写真は、撤去後の東口。
(4月4日)

うるさいんだよ、と怒鳴る女性がここにも
今朝の駅立ちは、越谷駅西口で午前7時前に到着し通常どおり駅前の清掃を始めた。最寄りの手作りパン販売店から、閉鎖しているドアを抜けて焼き上がりのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。
(開店は午前7時からだが)
何時も朝食は、駅立ちが終了した後午前9時過ぎになるので、空腹には毒だ。集めて来たゴミを整理していたら馴染みの駅前自転車整理係りの高齢男性も清掃をしていて話しになった。
越谷駅の耐震化工事が、完了しており、駅全体がスッキリし過ぎてスカスカの感じがする。
着工して半年余りもたっている。以前この男性から早く工期を終える様に陳情を受けていたので話が弾む。(工事期間中は、柱の周りに更に大きな板で覆っており、視界が狭くなり、市民がよくぶつかっているので早期完成の)
更に犬の散歩が日課の若いサラリーマンと立ち話。4才になる愛犬の食費は、月に6000円程かかる事や、シャンプー後の毛の乾燥に3時間も要する等一しきり愛犬の話しが続いた。
その後、何時もと同様にカンパを頂いた。
午前8時前、これも毎回ペットボトルを差し入れて頂くサラリーマンが、東口から西口に歩いて来て、今回も差し入れを。
霊柩車を扱う会社の名刺を始めて頂いた。
元々は、歯科技工士だったのが色々あって転職したとの事。
越谷市の葬祭場は大型の霊柩車の運行は禁止されているが、私の里では霊柩車を見ると幸福になると言われていた、と会話。
するとそれは昔の話ですよと諭された。終了間際の午前8時30分頃30代の女性が私に向かって来て、怒鳴った。
うるさいんだよー、と何度も口にして過ぎ去って行く。
こちらも直ちに後を追って行き、何がうるさいんですか、と何度も問いかける。顔だけこちらに向けて同じセリフを繰り返す。
更に、誰も文句を言わないからやっているでしょう。迷惑なんだよ、と。
それはあなただけでしょう、と対応をしたが。
常に歩きながらの会話(?)だが、一度も振り向こうとはしない。戻ってきたら先程の自転車整理係の男性が、朝から大変ですね。
変なのがいますよ、と。そうなんですよ、時々他にもこんな事あるが一度も会話を真面にした事がない。今日は会話した方ですよ、と返事。
すると男性も業務で同様のトラブルになると。
自転車の駐輪場所が違うため、駐輪場の説明をしようとするが、一切聞こうとしない。
ただただ、うるさい、と言うばかり、の市民との体験談を話して頂いた。
最近こんな市民が増えてきており、気持ちがささくれ立っていますよねー、との返事にうなずいておられた。仕事だから仕方がないですよ、と自嘲気味に話されたのには、なんともやりきれない。            (4月5日)

あかちゃんファーストを実施中 
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分から開始。駅前の清掃後市政レポート(3月議会報告と高橋市政の検証記事)を配布したが、春の気温のため随分とやり易い。
ただ、前夜は大袋駅西口で午後7時から午前0時過ぎまで夜駅立ち。自宅に帰宅して就寝は午前2時頃、起床は午前4時30分。
睡眠時間が2、3時間位なのは、慣れてはいるもの現在娘とあかちゃんが帰省しているため、妻からはくどいほどドア等の音を出さないように注意されている。静かに帰ってきて、入浴し、配布チラシの準備をして床につき、直ぐに起きだし街宣用具の車への搬入など、いつもより静かにやっているのだが? (4月5日)


PDFファイル⇒17年3月天秤棒駅頭19

予期しない高校一年の女生徒の労い
昨日の夜駅立ちは、せんげん台駅西口で、午後7時から午前0時過ぎまで実施した。
午後7時前に東口に到着したが、幸福実現党の男性がタスキをかけてチラシを配布していた。1枚頂いたが、トランプ現象を評価する内容になっており、保護主義を推進する方針には賛成しかねる。そのまま 西口に回る。
すると、10分もしない内にその男性が西口に回って来て何処かに立ち去っていった。
すでに、西口では駅ビルで営業している居酒屋のアルバイトの女性店員が呼び込みのためチラシを配布していた。
30分毎に別の女性と交代して配布。午後9時過ぎ制服姿の1年の女高校生から、笑顔で缶ココアを頂いた。何の関係もなさそうだったので、お礼と共に何故私が頂けるのか、尋ねてみた。
都内の公立高校の生徒で、住まいも都内。
チラシをづーっと配布していたから、との返事だった。
恐らく寒さの中で、居酒屋の呼び込みチラシを受け取る市民の反応はそれほどよくはない中で30分でも辛い仕事を、私が2時間近く一人で配布している事への労いなのだろう。
今時の高校生にいたく感動した。あなたもがんばれ、私も午前0時間までがんばるから。
また、それからすぐに馴染みの30代の女性からも缶コーヒーを頂いた。夜駅立ちでは毎回頂く。
一段と気温が下がり、体調もテンションも下がりかけている時、こんな気遣いは本当に元気が湧いて来る。
時間の経過と共に、気温が下がっていくため乗降客も寒いね〜、と会話している。
午後11時を過ぎた頃30代のサラリーマンに声をかけてみた。
随分遅い帰宅ですが、今日は送別会ですか、と。するといいえ、いつもこの時間になります、との返事。
更に他の男性にも同じ質問をしたが同じ返事。日常的のこの時間なのだ。つまり長時間労働が常態化している。
午前0時過ぎ帰宅の女性から、10年以上も前から私を知っている。私の市議選のパンフレットを作成し、インカム姿が以前から印象的だった、との話。
実は私が依頼していた印刷会社の元社員で、作成の担当者との話だった。今は都内の会社に通勤している、と。
この日は送別会があちこちで開催されていた様だ。3月議会終了後、本会議場で3月一杯で退職する11人もの部長級の越谷市職員の退任セレモニーを開催した。
その内の2人の部長がほろ酔い状態で通過した。また、刷新クラブの一人の議員も議会終了の反省会後に出会った。
(3月18日)

初めてのコッペパンの差し入れに
昨夜の夜駅立ちは、午後7時から午前0時過ぎまでせんげん台駅東口で実施。午後8時過ぎ旧知の40代のサラリーマンが、一旦市政レポートを受け取った後、戻って来てペットボトルの差し入れを。
直ぐに馴染みの別のサラリーマンも同じ様に、差し入れをして頂いたが、ペットボトルとコッペパンを一つ。
このパンは、本当に美味しいですよ、と笑顔で。コッペパンの差し入れは初めての体験だが、気遣いに感謝。
午後9時頃平方地区に居住する50代の男性から、声が掛かる。
すでに10年以上も私を見て来たが、朝も夜もそうだがあなたの呼びかけの声が、物凄く聴きやすい。
他の議員は朝からうるさく聞こえると。うるさくない様に、またあまりに小さな声でないように続けて来たが、こんな反応を始めて聞かせて頂いた。        (3月24日)

高橋市長の公約の検証を要請される
昨朝の駅立ちは、北越谷駅東口で、午前6時から開始したが、前日はせんげん台駅での夜駅立ちのため就寝したのは午前2時。
起床したのが午前5時なので睡眠時間は、3時間程だがままある事なので、それ程眠くはない。
午前8時過ぎ大沢地区の自治会の役員をしている馴染みのサラリーマンから話しが。
本年10月の越谷市長選挙に関して、先般高橋市長との懇談会で話をしたが、小学校の洋式トイレの整備方針には疑問がある。
一校に一個づつの計画では、防災対応が、出来ないと市長に質問したが、黙ってしまって返事がなかった。
この件を含めて高橋市長の公約の検証を是非やって欲しい、との事。
しかも、高橋市長の前回の選挙チラシをカバンから取り出して、私に渡された。
当然だがこの駅で事前に連絡をし合ってこの話しをした訳ではないが、日頃から関心を持っておられた事に嬉しくなった。
今月末には市長公約を検証した市政レポートを作成し配布する、と伝えた。次回に配布する。
(3月25日)

夜駅立ちは居酒屋の呼び込みか?
昨日の駅立ちは、朝は越谷駅東口で午前6時から8時30分まで実施。
午前6時30分頃30代の馴染みのサラリーマンから、500円のカンパを頂いた。
確か初めての事と思うが、会話をする間もなく改札に向かわれた。
更に大きな犬の散歩中に出会う男性からも同額のカンパが。毎回頂いている。
午前8時過ぎ、これも毎回ペットボトルを頂くサラリーマンに、今日は少し出勤が遅めですね、と話したら、栃木県に今から出張のため通常より少し遅いとの返事。
すみません時間がなくて差し入れが出来ませんと、申し訳なさそうに話されたので、とんでもありません。早く電車に乗って下さい、と。
送り出した。
夜の駅立ちは大袋駅東口で、午後7時から午前0時まで実施。駅近に浜焼きの居酒屋がオープンし海鮮物を焼くためいい匂いが駅入り口まで漂って来る。
あーあ生ビールが美味いだろうな、と思っていると、ほろ酔い気分のおじさんの何人からも、この居酒屋の呼び込みか、と尋ねられた。
違いますよ、と返事をするとじゃー何だと聞いて来る。市議会の報告です、と答えると何党、自民党?と尋ねて来るので、保守系の無所属です、と返答すると直ぐに立ち去っていった。
この例だけではなく、この手の市民は、何党、自民党と必ず聞くのに、何故か民進党や共産党とは聞いてこないのか。
自民党と言った方か、話し易いのか、それ以外の政党には敷居が高いのか、次に機会があれば質問して見よう。
夜駅立ちが終了して自宅に帰り就寝したのが、午前1時30分。起床は午前4時30分で、せんげん台駅東口で朝の駅立ちを午前5時30分から開始。
私は慣れているが、送迎担当の妻は高負担になっているが、だから続けられているとも思う。      
(3月29日)


PDFファイル⇒17年3月天秤棒駅頭18

よそ者は追い出してしまえ、保護主義のために
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅東口で開始した。直ぐに60代後半の男性で、缶ビールを片手にいきなり話しかけて来た。
グローバリズムは、小泉政権から進められて来ていてユニクロもシマムラも自然を破壊している。これからは地場企業が中心の時代だ。全て保護主義で行くべきだ。
そのために、よそ者は追い出すべきだ。そんな事が分からない政治家は辞めてしまえ、と捨て台詞とともに立ち去っていった。
トランプ大統領の保護主義と排外主義に触発されている。権力者の言動は、こんな不見識な市民に位置を与えている。グローバリズムが、市民の意識に確実に影響している。
午前7時30分レッズ応援団の男性6人が、大きな声で、通勤客に向かって明日開催されるレッズ戦への参加を呼びかけ始めた。
当然私の議会報告のスピーカーの音とだぶってしまったので、通勤客は朝から少しうるさかったかもしれない。
更に住宅情報紙の配布を女性3人が始めた。この駅は市内では、最も乗降客が多く一日中賑やかだが、今日月曜日は朝から更に賑やかな事になった。
(2月27日)

10年かかった市政レポートの手渡し
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で実施した。
午前5時15分に駅に到着し、街宣用具の設置と、駅前のゴミや吸い殻の清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
直ぐにこの時間に通勤する白人男性から、手を上げて挨拶をしてもらった。
この男性とは3年位前から駅で出くわしていたが、当初はこちらが挨拶をしても無反応だった。(在住の外国人は、あいさつを殆どしないのが通例)
しかし、半年前から小さな声で会釈の状態から、今回の手を上げてのリアクションとなった。
なんだか嬉しい気分でいたら、今度はいつもこの時間に出会う、大きな買い物籠の30代の男性から、市政レポートへ手を出して頂いた。挨拶は毎回していた。(恐らく店の仕込みのため生鮮の材料を築地等の朝市場で買い出しに毎日出来かけているのではないか)
実は、毎回笑顔で挨拶をするだけで会話をしておらず、10年以上が経過している。
だからこそ初めて、市政レポートを求められて、嬉しさが込み上げてきた。
たかが、たった1枚の市政レポートのことで、配布した約250枚の内の一枚にしか過ぎないが、私にとっては大きな意味を持っている。
更に午前6時過ぎ旧知の佐賀銀行員の方から、1000円のカンパを頂いた。
先の夜駅立ちの時カンパ箱を設置していなかったため、カンパが出来なかったが意思を持って頂いていた。
次々に起こる市民の反応に日々の仔細なことでも時代や社会を感じることが出来る。
一方こんな反応も。午前8時過ぎ、60代後半の男性が、市政レポートを指さしてこれは、なんだ、と聞いて来た。
市議会の報告です、と返答。するとけげんそうな表情で、選挙じゃーねーのか?と聞くので、違います、と返答したら勿論受け取りもせず直ぐにいなくなった。
選挙以外の日常活動は想像がつかないのだろう。選挙の時しか意識されない議員の存在とは何なのだろうか。
(3月13日)

継続された駅立ちは、様々な新たな出会いを生んでいる
昨日は、越谷市内15の中学生が一斉に卒業式を開催し、私は地元の北陽中に、議長代理で出席した。
体育館での式典では、議長の祝辞を代読する役割だ。
極寒の冬に戻った様な、寒さの中で挙行された。午前8時30分玄関での受け付けの時、在校生のPTAの母親の一人は、駅立ちで良く合う方だった。
挨拶をしたら、駅でお会いする時挨拶をしよう、と思うんですがと、母親。えー挨拶をして頂けば、朝から元気が出ますから、とお願いした。式典は、午前9時50分から開始されたが予定された、午前10時50分を大幅に延長して終了した。
北陽中学校は、全校生徒の合唱で有名だが、在校生と110名の卒業生の送り送られる合唱。
毎年北陽中学校の卒業式では、合唱しながら涙する生徒が続出する。
今回も同様だが指揮棒をふった女生徒は、指揮棒をし、自ら歌っている途中から感極まって目頭を時々押さえていた。
冷え切った身体のまま式典が終わり暖かい控え室に戻って来たら、70歳の元タクシー運転手で、地元自治会役員の男性から話し掛けられた。現役の時は、越谷駅で朝から客待ちをしていた話から始まった。
当時良く駅立ちを見ていたが、今でも続けているのですか、と。はい、もう14年になりますが、継続しています、と返事をした。
受け付けの母親や、この男性のように駅ではない場所での出会いに、卒業生への祝福と共に、繋がりの深さに、厳寒を忘れた一日だった。
(3月16日)

労基法違反が公然で行われている
昨朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時から開始した。午前7時過ぎ馴染みの60代の女性から、何時も頂く暖かな缶コーヒーとチョコレートをまた頂いた。
忙しい中、相談があるのですが時間いいでしょうか、とおずおずと話しかけられた。
いいですよ、何でしょうか、と応じた。
(話している最中でも旧知の市民は、手を出して頂き市政レポートを次々に受け取っていく)
吉川市の工業団地にある会社に3年前から、勤務していたが、先週経営者から、3月20日までにロッカーの私物を整理して退職するように言い渡された、と。
解雇の理由は、他の従業員と比べ仕事の覚えが悪く、これ以上は上達が見込めないから、と。
そこで職安に相談したら、労基法違反だと助言されたが、揉めてしまうと弁護士など知らないので不安だとのこと、だった。
解雇をする場合は、経営者は最低1か月前に解雇理由とともに通知をしなければならない。
もし、一か月後でなく直ちに解雇したい場合は、一か月分の給与を支払う必要があるはずです、と返事をした。(正当な理由が前提だが)
すると、これから職安に出かけるので、良く相談してみます、と改札に向かわれた。
非正規雇用やブラック企業や残業時間100時間以内の容認など、ますます労働環境は悪化の一途の状態になっている。
一方ワークライフバランスを始め、女性や高齢者の働き方革命など喧伝されているが、全ての労働者に対して、まず労働基準法の厳格な適用を政府が責任を持って進めることが最優先されるべきだ。
この日の夜、私が会員である中小企業家同友会東部地区の3月例会で「越谷イチゴ農園ブランド化に学ぶ」をテーマに越谷市環境経済部長を講師に、越谷市中央市民会館で開催された。
講演の後、参加者は5,6人でテーブル毎にグループ討論を行うのだが、その座長と初めて会ったので名刺交換をした。するとその座長さんが、私の名刺のインカム姿の顔写真を見ながら、一年前まで大袋駅から南越谷駅を利用して通勤していたが、その時の駅頭の議員さんですね、思い出しました、と話された。
講演終了後、越谷駅近くの中華料理店での懇親会を終えて、午後10時30分頃歩いて駅に向かっていたら、朝駅立ちで午前7時過ぎに毎回差し入れを頂く帰宅途中の50代のサラリーマンとばったり出会った。毎日この時間の帰宅になるとの話だったが、長時間労働に少し驚いてしまった。        (3月16日)


PDFファイル⇒17年2月天秤棒駅頭17

自治みらい全員の思いは、通じる
今朝の駅立ちは、私が代表の越谷市議会の会派 自治みらいの街頭市政報告会を、せんげん台駅西口で、午前7時からメンバー4人全員で開始。昨日も同様に朝は大袋駅で、夕方は北越谷駅で取り組んだ。
今週は猛烈な寒波と北風のため震え上がりマフラーも手袋もコートもホッカイロも余り役に立たない程。
それでも、自治みらいの会報の12月議会の特集号を市民に届けたい一心で、全員マイクを握りレポートを配り続けた。
その思いが通じたのか、東口駅前を毎日清掃しているシルバー人材センターの男性から、温かいペットボトルを4本も頂いた。
以前にも同様にして頂いている。直ぐに喉と身体に流し込んだ。感謝、感謝。市民の中には、今日は大勢での街宣ですね(何時も一人のため)と、声を掛けて頂くことも多くなった。
     (2月6日)  

ギリチョコでも、駅頭で頂くのは嬉しいものだ
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分から開始。
昨夜来の雨が心配されたが天気予報が曇り後晴れだったので街宣用具を設置したものの、直ぐに強風のため倒れてしまった。
おまけに、午前6時過ぎには雨まで降ってきたため街宣用具を全て駅構内に移動させた。
だが、これが裏目に。
30分後に馴染みの佐賀銀行員の方がカンパをしようとしたが、カンパ箱がないため次回にします、とエレベーターを登って行かれた。
同時に民進党のスタッフの方が街宣のため看板設置を始めた。
駅立ちの日程は予め承知していたが、民進党は東口だけと勘違いしていた。
更に2名での予備校のチラシ配布も始まった。
この時間帯の駅前は、大勢の獨協中高の生徒も含めて賑やかな場所になってしまう。
そして、民進党のスタッフの一人の方が、私の市政レポートを配布しましょう、と声を掛けて頂いたが丁寧にお断りした。
また、暫くして温かなペットボトルの差し入れに来られた。度々ご配慮ありがとうございます。
終了間際の8時40分過ぎにハッピーな出来事が。馴染みの中年女性から、チョコレートを頂いた。いつも頑張っているから、ギリチョコですと笑顔で渡されたが。
体が冷え切っているため近くの星野珈琲で新メニューのスープモーニングを注文。落ち着いた頃に、同じ会派の辻浩司議員が朝食に偶然入って来たので、妻と3人で暫く歓談した。
(2月10日)

別れ話がこじれた末に、起こること?
今朝の駅立ちは、午前5時からせんげん台駅東口で街宣用具の設置を始めた。
直ぐに駅付のタクシー運転手さんから声が掛かった。この道40年のベテランで前は都内のタクシー会社で働いていて、今は松伏タクシー。今日は午前5時から午前0時までの、長時間勤務で私の事は良く知っていると。
大袋駅でも駅立ちをしているし、こんなに早くから活動している議員はいないと、話した後、良く思い切ったね(私がタクシー運転手から選挙に出た事)と付け加えられた。
午前6時頃20代の男性1人女性2人連れの内の一人の女性がいきなり男性に殴りかかった。男性は応戦して女性を突き飛ばした。
このため女性は、地面に倒れたが、更に殴り掛かろうとする。泥酔状態だ。少しもみ合いの後男性は離れて行った。
もし男性がこれ以上腕力を振るったら止めに入ろうとした矢先だったが、女性は警察に訴えてやる、と叫びながら路上に寝転んでいる。それまで静観していたもう一人の女性が介抱をする。
心配となり、女性の所に向かっていたら、その男性とすれ違い、ほほから少し血を流していたので、大丈夫ですかと声をかけたら笑顔で大丈夫です、との返事だった。(冷静に見えた)
更に、介抱している女性にも、声を掛けたが同じ様に笑顔で、大丈夫だと、返事があった。
恐らく別れ話がこじれて末の激怒だろう。
少し落ち着いたので、市政レポートの配布を続けた後、様子を見に行ったら未だ警官が来ていない最寄りの交番前に二人で座り込んでいた。
午前6時30分頃再度交番を見に行ったら、中で警官が対応していた。安心した午前7時30分頃その女性二人は笑顔で歩いていった。
酔いから覚めて、現実の世界に。
(2月15日)

国民皆保険の恩恵を受けて、透析治療
作朝の駅立ちは、越谷駅東口で実施した。午前7時30分頃20代後半の男性が、咥えていたタバコを火がついたまま歩道に捨てて行った。駅に向かっている市民も大勢いる中でのこと。
確かこの男性は、以前同じ様にタバコの吸殻を缶コーヒーに入れて、そのまま歩道に放置して行った男性ではないのか
マナーとかポイ捨て禁止レベルの話しではない。何しろ火がついており、事故が起きたらどうするのか。
午前8時、駅正面のツィンシティビルに設置されている大型スクリーンから映像と音楽が流れ始めた。越谷市の観光や伝統を紹介するビデオを始め、ビル内で営業している居酒屋や用品店のCMが何回の放映されている。
その前には、毎回必ず温かいペットボトルを差し入れて頂く旧知の市民に出会う。
更に大袋駅から乗車して越谷駅で下車している中年の馴染みの女性から声が掛かった。
駅前ビルの病院で働く看護師の方で、透析治療を担当しており、若い患者もいて国民皆保険制度だから患者は安心して透析が出来る、と。
午前8時30分過ぎ、自転車に乗った男性が笑顔で話しかけて来た。すでに引退したが、現在38才で15年前にはフライ級のプロボクサーで、対戦成績30勝無敗で、当時は1億円も稼いでいた。
そのため、彼女に一軒家を買って上げたり、車の購買等で散財し、貯金ゼロになった。
その内白内障が悪化した事や酔って喧嘩し相手をボコボコにしたため逮捕された体験もある。
今は、駅近くの職場で商品のピッキング内職中、と次々と話が続いた。
様々な市民と出会う駅立ち。当たり前の様だが、それぞれの市民にはそれぞれの人生があり、悲喜こもごもだろう。
やはり社会を形成する人は多様であり、だから面白くもあり、また辛くもある。(2月23日)


PDFファイル⇒17年天秤棒駅頭16

産業道路の開通は、いつなのか?
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で、午前6時から開始。午前7時前に自転車を引いた50代の女性が、直ぐ近くのマンションに、昼間ピッキングで空き巣が頻発している。市長への手紙でも防犯をお願いした。 現状を知っておいて下さい、との話だった。
駅前交番の後方の場所だけに、大胆な犯罪だ。
午前8時30分過ぎ、15年来の旧知のタクシー運転手さんから、産業道路の南越谷地区の開通は、何時なのか。
また東側の広大な土地に何が出来るのか、尋ねられた。即答が出来ないため後日市役所で調べて答えます、と返事をした。
この運転手さんは50年前の東武鉄道の駅舎の様子まで良く知っていた。
街頭用具を片付けていたら、後方に高齢男性が倒れていて、中年男性が介助していた。
私も直ぐに近寄り手伝った。この男性は76才で独協病院に電車で行く途中転んだとの事。
メガネが飛び、顔面も擦り傷で少し鮮血。
介助の男性は、朝から駅前で布教していた宗教団体の人。高齢男性は、タクシーで独協に向かわれたが、無事に診察は終わったのだろうか。

(1月18日)
(その後、調べてみた結果)
南越谷の産業道路(県道越谷八潮線の西方工区)の開通や工場跡地の土地利用について越谷市道路建築課で調査した。
 工事は、埼玉県越谷県道整備事務所が、担当しており本年3月25日に開通予定。
懸案の中央圧延の工場の跡地約7000㎥の一部600㎥を、産業道路に供与する。また、残りの土地は中央圧延から王子圧延に譲渡し開業の方向だったが、王子圧延も開業を断念した。
 現在は新日本興和不動産が所有しており、現在その利用は未定である。

駅前のごみは、誰かが掃除している
今朝の駅立ちは、新越谷西口で午前6時からスタート。到着して何時も様に、吸殻やゴミの清掃作業を行なったが、通常よりゴミが少なかった。
通常なら空き缶やペットボトルや、ファーストフードの容器等散乱しているのだが。午前6時前に誰かが清掃したとは想像しにくいので、昨夜誰かが清掃して頂いたのか? 
 (1月19日)

電池切れのスピーカーへの対応は
昨朝の駅立ちは、新越谷東口で午前6時から開始。掃除後エスカレーター前での市政レポートを配布して、午前7時からタクシー乗り場側に移動してスピーカーによる市政報告会に移った。ところが、10分もしない内に電池が切れていて使用不能に。充電をしていなかったためだ。時々充電を忘れてしまう。仕方がないので、エスカレーター前に戻って配布を再開。
しばらくして、馴染みの中年女性が何時もと違う場所での配布ですね、との声が。
14年も続けると定位置が風景になるものだ。
その後、越谷駅で出会う馴染みの団塊男性から、南越谷駅を利用し都内の病院に通院している、との会話が続いた。
暫くして立ち去られた後、すぐに後ろから呼び止められ、1000円のカンパを頂いた。黙って行く訳に行かないと、笑顔で付け加えられた。
      (1月21日)      

防寒対策の秘訣 ここにあり
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で午前6時前から開始。昨日の暖かな北越谷駅とは打って変わって強風と寒さのため、顔が痛くなる程。
このため、ホッカイロ二個で暖をとっていたが、それでも体が冷え切って行く。
また強風対策で幟の長さを短くして設置したものの、激しくたなびき今にも倒れそう。
午前7時過ぎ、馴染みのサラリーマンから毎回必ずペットボトルの差し入れが。
直ぐにベンチウォーマーのポケットに入れ込む。更に30代の男性から同じペットボトルの差し入れが。
そこでこれもポケットの中へ。ホッカイロ2個、ペットボトル2個と何より市民の気づかいが最強の防寒対策となった。  (1月31日)

朝食は、野田市のサンドイッチをほおばる
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口でいつもの様に駅前の清掃の後、午前5時30分から開始したものの、猛烈な風が吹き付けて来る。
そのため、街宣用具の設置にも、手間取り市政報告会の案内幕を立てらない程だった。
しかし、市政レポートの配布は、通常どおりスムースに運び午前8時30分過ぎには終了した。
連日の寒さのため、体が冷え切っており、また自家用車で迎えに来た妻も自宅に帰ってからの朝食の準備に時間がかかりそうだったので、先般来行きつけになっている、お隣の町の野田市のサンドイッチ専門点に二人で向かった。およそ30分位で店に到着した。
 この店は、午前7時から営業しており50種類ものサンドイッチしか販売しておらず、持ち帰りは勿論、広い店内でモーニングサービスとして食べることも出来る。
サンドイッチは、ガラスケースにずらりと並べられており、好きなものを指定出来る。
1個500円から350円まで好きなものをチョイスできるし、コーヒーはおかわり自由で何杯でも飲める。オーナーのこだわりのため苦味や渋みがなく極めて飲みやすい。
当然だが、サンドイッチも美味しく、店員さんに話したら、毎日午前1時から仕込みをして準備しているとのこと。
また、オーナーは三重県出身でとにかく美味しいサンドイッチを食べたくて店を始めたとのこと。関東では何故か野田店しかないそうだ。
店内には子育て世代のお母さんたちの談笑があちこちで聞かれた。    (2月2日)

人身事故の影響が、翌朝の駅立ちまで
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で午前6時から開始したが、昨日就寝したのは午前2時で起床は午前5時なので睡眠時間3時間。
午前4時起きの事もあるのでそれほど珍しい事ではないのだが、昨夜は北越谷駅での人身事故のため、日本橋からの帰りの電車が大幅に乱れてしまった。午後10時37分事故発生。
この日は、日本橋のマニフェスト研究所で開催されたマニフェスト大賞を主催する実行委員会の委員長職を公募による選挙が実施された。二人の地方議員が立候補し、選挙演説と参加者からの質問に答えた後、電話やメールを含め投票の結果、委員長が公選された。
その後、居酒屋での総括会議(?)で今後のマニフェスト運動について語りあい、午後10時30分過ぎに最寄りの日本橋駅から地下鉄で帰路についた。
事故発生後に北千住駅に到着し、急行に乗り換えようと移動し待ったものの、事故情報の駅アナウンスとともに、一切電車が動かない。
再度各駅停車の電車にむかったが市民でホームは溢れかえっていた。寒さに震えながら、待ちに待ってやっと電車に乗ったのが12時近く。当然ラッシュ並みの込みよう。しかも新越谷駅で30分以上停車し、車内アナウンスが小声のため良く聞こえない。状況が掴めず、イライラがピークに達してしまう程。
当初北越谷駅まで、自家用車で迎えに来てもらった妻にラインのやり取りの後、越谷駅で下車してやっと自宅に着いたのが午前1時30分頃だった。散々の夜にうんざり。(2月3日)


PDFファイル⇒17年1月天秤棒駅頭15

今年も正月3日間の街宣活動からスタート
例年通り、正月三が日(元旦、2日、3日)の越谷市内一円での、街頭市政報告会を実施した。今年もチーム白川の会員も元旦から行動を共にした。昨日は5人もの参加となり市政レポートの配布やマイクを順番に担当した。
また、別途街宣をしていた私と同じ会派(自治みらい)所属の菊地貴光議員にも急きょ参加して頂いた。ただ、市民から年々正月の華やかが失われて行く。女性の晴れ着姿や福袋を持っている市民が極端に少ない。
振袖姿の女性を唯一見かけたが、駅前のパチンコ店の呼び込みの従業員だった。それは仕事でのスタイルだったのだろうが、笑顔で対応して頂いた事で、束の間の小さな正月気分に浸れた。
               (1月4日)

まばらな人通りでも、関心のある市民が
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時30分から開始したが、昨日とはうって変って強風と寒波に震え上がる。
直ぐに60代後半の男性から正月2日にせんげん台のスーパー・イオン前で街宣をしてましたね、と話しかけられた。
その日は人通りが少なく演説をしていても聞く市民は、当然少なかった。
それでも、やはり聞いて頂いている市民がいる事に、寒さへのホッカイロになった。
また午前7時前には50代の女性から温かな缶コーヒーを頂いた。いつ買って来られたのか分からなかったが、新年の挨拶とともに寒さへの防寒対策に。
更に新年のためか多くの馴染みの市民から、風邪をひかないように気を付けて、と励ましが。
   (1月7日)

うるせぃんだよー、と吐き捨てる背中に見えたもの
昨日の駅立ちは、午前5時30分から3時間、午後7時から午前0時までの5時間の合計8時間の長丁場となった。
それぞれ、せんげん台駅東口と西口で実施した。
特に夜の駅立ちに様々な市民の反応が。
午後10時過ぎ、階段から降りて来た団塊の男性が私に、「うるせぃんだよー」と吐き捨てる。またまた、例のごとくの対応。
「大変夜遅くまでお仕事、お疲れ様です。冷え込んでいますので、気をつけて帰って下さい」との、私の話しが何故うるさいのか?
直ぐに後を追いかけ、背中越しに近距離からちょっとあなた、あなたですよ、と何回も呼び掛けるが、足速に振り向きもせず逃げる様に去って行った。まともに話しをしようとしない。
その背中に、小心と卑屈さにねじ曲がった精神と人生が透けて見えた。憂さ晴らしなのか。
こんな嫌な空気感の中、馴染みの佐賀銀行の行員の方が階段を下りて来られた。
すぐに、1000円札を出して今日はカンパ箱はないのですか、と尋ねられた。
朝の駅立ちの時には、定期的に1000円のカンパをして頂いている。ただ、朝の街宣時には、演壇の机の上にカンパ箱を常設しているのだが、夜は演壇や幟その物を設置していない。
せんげん台地区には、佐賀銀行の社宅があり、私の父が佐賀銀行の行員だったこともあり、20年近く、親しくして頂いている。
午後11時頃、馴染みの40代の越谷生まれのサラリーマンが、20年近く私を見て来たが、顔の見える関係にしか信頼は生まれない、と会話が弾んだ。
また、高齢女性が階段を少し足を引きずりながらゆっくり降りて来て、笑顔であいさつされた。
しかし、暫くしてまたエレベーターを昇っていかれて、再度下りて来られた。そしてペットボトルとチョコレートの差し入れを頂いた。
午前0時過ぎ、春日部市から車でせんげん台駅に来て都内に通勤している女性から話し掛けられた。日本の古武道を練習しており、有段者で居合に取り組んでいるが、なかなか上達しない、とのこと。10年以上も前から支持している、との事だったが初めて話をすることが出来た。夜の駅立ちには気持ちが暗くなることも多々あるが、同時に救われることも多々ある。
見上げた月が静かに光っていた。(1月7日)
   
越谷市の敬老祝い金は、すでに廃止されているのだが
昨朝の駅立ちは、大袋駅東口で午前6時から開始。午前7時前に共産党の街宣活動と重なったが、何時もの様に譲ってそのまま実施して頂いた。
午前7時30分過ぎに通勤している馴染みの男性から、88歳の敬老祝い金は越谷市から贈呈されるのか、廃止されたとも聞くが、医者から申告を進められたのだが、とのお話。
廃止は77歳時での祝い金の事で、88歳には贈呈されるはずだが、よく調べてご返事します、と答えた。
88歳で3万円、99歳で5万円、100歳で7万円の規定になっている。嘗て77歳の敬老祝い金廃止を巡り議会では賛否が別れたが廃止を決定。私は賛成したが、廃止の議案を提案する前には、一切市民への説明をしなかった市長の姿勢に大きな問題を残した。説明すれば混乱するという言う稚拙な理由で。
(1月11日)

あまりの寒さにホッカイロの効果がない
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前6時前から開始。気温マイナス4度の冷凍庫状態。終了の午前8時30分までに、手足のしびれと共に、頭がキーンとして少し痛い感じ。
持参したホッカイロはあまり効果がない。
すると、午前7時頃馴染みの50代の女性から熱いペットボトルの差し入れが。これを、ポケットに入れて暖まって下さい、と付け加えて改札に向かわれた。
駅立ち終了後通常は自宅で朝食をとるが、あまりの体の冷え込みに、最寄りのデニーズに向かった。運ばれて来たコーヒーの器を両手で押さえて両ほほにあて暖をとる。顔に血の気が戻るような感じ。店内には、街頭活動を終えた公明党市議3名がコーヒーを飲んでおられた。
          (1月16日)

缶コヒーヒーを歩道に置きっぱなし
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で、何時も様に到着して駅周辺の吸殻やゴミの清掃の後、午前6時から開始。まだ辺りは暗く寒さも身にしみる。
午前7時前20代の男性が自分のタバコの吸殻を、飲み干した缶コーヒーの中に入れて、そのまま歩道に置いて、注意する間もなくすたすたと立ち去って行った。
マナーなど微塵もない。身勝手そのものに朝から気分が悪くなった。しかし、その後馴染みのサラリーマンから今回もペットボトルを差し入れて頂いた。毎回同じ様にして貰っている。
更に50代の女性からも缶コーヒーを頂いた。
ベンチウォーマーの左右のポケットにいれたが、市民の気持ちの暖かさも詰まった。
精神的にも、物理的にも気持ちが前向きになった。終了の午前8時30分過ぎに、がんばろう越谷主催のグラウンドゴルフ大会の関係者の高齢女性に会った。仲間の皆さんと午前9時、越谷駅をスタートのウーキングに参加する、との事。私にこんな朝早くから活動しているのですね、と感心しきりに救われた。(1月17日)


PDFファイル⇒一心太助の天秤棒2016年12月-14

短い演説でも、届いていたメッセージ
 昨日の日曜日は、午前中越谷市上間久里東自治会が主催する毎年恒例の餅つき大会が開催された。
会場となったふれあい公園には、自治会の多くの親子連れなどつきたてのお餅をほうばっていた。
私も一臼をつかせて頂き、来賓席で、お餅と豚汁を頂きながら、周辺自治会の役員の皆さんと話がはずんだ。
その中に、70才を過ぎた自治会役員の方がいて、既にサラリーマンを退職したが、現役の時はせんげん台駅で、私の演説を良く聞きながら出勤していた、とのこと。駅のエスカレーターを利用し、私の演説のフレーズが、よく整理されて入っていた、とも。
 私の演説は、起承転結が最低30分はかかるため通勤途中では、全ては聞けない。 
 それでも何らかのメッセージが届いていた事に、嬉しくなった。
また、首都圏に人口が集中し過ぎている事や、独居老人や子どもたちの貧困、地域での市民の関係性の再構築など次々と話が進んだ。
今社会で起きている様々な問題は、地域で可視化され、その解決策と担い手はやはり自治の現場にある事を強く認識した。
(12月5日)

個展開催の案内状を頂く
昨日の朝駅立ちは、北越谷駅西口で実施。
始めてすぐに、馴染みの散歩中の高齢男性が、市政レポートを笑顔で受け取り、何時もチラシは、全部楽しみに読んでいるが、文章が綺麗に整っている、と。
自分は文学に興味があるが、その点からも評価出来る、と。
良く読んでいるとの声は聞くものの、文章自体への評価は初めての事で少し驚いた。
午前8時30分頃に、高齢女性が近づいて来て、私の事分かりますか?と尋ねられたが すぐにはピンと来なかった。(時折こんな質問や出会いが駅頭では起る)
するとハガキに印刷された絵手紙の来年開催の個展の案内状を渡されて、思い出した。
3年程前やはり南越谷での個展を観させて頂いた。
最後にトップ当選ですね(こんなに毎日活動を続けているのだから)と付言され改札口に向かわれた。
(12月6日)

春日部市に在住の市民から差し入れ
 一昨日の朝駅頭は、せんげん台東口で、午前5時30分から開始。開始前は清掃作業をしてから市政レポートを配り始める。一時間程経過して、馴染みの30代前半の春日部市に住む女性から暖かいペットボトルの差し入れが。 師走に入り特に、この時間帯は寒さが身にしみる。しかし暖かく甘いカフェオレにホットしてやはり身にしみた。 終了後12月議会の本会議場にむかった
(12月8日)

差し入れのリンゴは、産地直送
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で開始。午前7時40分頃に50代後半のサラリーマンから、袋に入ったりんごを頂いた。信州にりんごの木を所有しており、先般りんご狩りをして沢山あるので、上げます、との事。それは、他の方に差し上げるものではなかったのですか?と尋ねたが、いいんですと素朴な色のりんごと気遣いに感謝です。
午前8時過ぎ60代の女性から、最近福島からの避難者にいじめが有って心配している。友人に仙台からの避難者がいるので。もし越谷市で起きたらちゃんと対応してもらえるのか、との事。学校での対処が基本だが、場合によっては教育委員会や議会でも、と答えた。
(12月8日)

文教大学の定期演奏会へのお誘い
昨朝の駅立ちは、新越谷駅東口で午前6時から開始。午前8時過ぎ馴染みの30代のサラリーマンから熱い缶コーヒーの差し入れが。
缶コーヒーを握りしめるだけで、冷え切った体に血が流れるようだ。
午前8時30分過ぎ駅頭の終了後、街宣用具を片付けていると、文教大の女学生から声が掛かった。
その学生は、文教大学管弦楽団のメンバーで、12月17日(土)午後6時、サンシティ越谷市民ホールでの定期演奏会の案内チラシを配布しながら、参加を呼び掛けるものだった。無料なので、回りにも声を掛けて下さい、ともお願いされた。演目は、ブラームス 交響曲第1番の他2曲。        
(12月14日)

がんばっている議員は、発言制限が
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始。午前6時30分頃歩行器を押しながら高齢女性から話し掛けられた。夫は83歳で検査入院で院内感染し三か月になり現在も入院中。  自宅は世田谷区だが介護のため娘の家がある越谷市蒲生で身を寄せている。
毎日報道されるニュースは嫌な事ばかり。自分も以前転んで骨を折ったため娘が心配して、出かける時は歩行器が欠かせない。あたなを応援したいが越谷市民でないので残念。世田谷でも、困っている市民のお世話を良くしている区会議員がいるが、そんな議員は議会内では少数派で発言が制約されている、と。私で少しは話し相手なったのだろうか?  (12月19日)
  
「どうゆうかい」を勘違い
昨日の夜駅立ちは、せんげん台駅東口で午後7時から午前0時まで5時間で実施。年末なので、馴染みの何人もの市民が忘年会の帰りで市政レポートを受け取って行く。9時過ぎに60代の男性から、どうゆうかい?と話し掛けられたので、どの様な会派なのかと聞かれたと思い、無所属です、と返答。
いいや同友会(中小企業家同友会)の会員OBとの事。私も会員なので、なるほど全くの聞き違い。づーと私を支持して来た、と笑顔で帰って行かれた。午後11時にもなると居酒屋やパチンコ屋のアルバイトの呼び込みもいなくなる。ただタクシー乗り場の客は途切れる事はなく午前0時を迎えた。   (12月26日)


PDFファイル⇒一心太助の天秤棒2016年12月-13

朝から、再び泥酔おじさんと遭遇
今朝の駅たちは、大袋駅西口で午前6時から開始したが、30分もしない内に遠くから聞いたような口調の男性の怒鳴り声が聞こえて来た。
もしかしたらと思ったら案の定、先般新越谷駅の朝駅立ちで絡んで来た高齢男性で、泥酔状態でやっぱり絡んで来た。
暫くは、相手をせずに市政レポートの配布を続けていたが、例によって通勤客に罵声を浴びせる。それでも、私が相手にしないので駅階段に座り込み、携帯電話を片手に「もしもし警察ですか。白川という市議が選挙中でもないのに、朝早くから活動しているので、迷惑している。なんとかしてくれ」と、電源を切って話し始めた。
 私は笑をこらえて黙って聞いていたが、あまりに続くので階上にいる駅員に対処をお願いした。
すると若い駅員がこの男性に、通勤客が迷惑しているので止めて欲しいと、話をしたら階段からは離れたものの、歩道上に留まっていた。
しかしそこは、駅構内以外の場所であり、駅員はそれ以上の規制が出来ないのか、私に警察に通報するしかないですね、と言い残して駅務室に戻っていった。
すると、今後は演壇の机に上に置いてある市政レポートを散らかし始めた。さすがにこれ以上のやりたい放題を止める必要があるので、市政報告の活動を妨害しないで欲しい、とお願いするが聞く様子がないので、更に強く「おじさん何やっているんだ。」と顔を近づけにらんだ。
 すると、みなさんこの市議が私を恫喝しています、と回りにわめき散らした。こんなやり取りをした後、少し離れた歩道のフェンスに寄りかかっているところに私服の50代の男性と話していた。
同時に私のところにも30代の男性がやって来て件の男との関係を尋ねられた。
実はこの二人は埼玉県警の刑事で、通報があったため駆け付けた、との事で、その後さらにパトカーで二人の制服警官がやって来て4人で、この男性を取り囲んで何やら話し込んでいた。
そして午前7時30分頃私に二人の私服警官から事情の説明をして頂き、身内の組織力を発揮して、この男性の自宅を特定したからこれから車で送り届ける、とのこと。(越谷市以外の居住らしいが、詳しくは教えてくれない)
朝早くから4人もの警察官に面倒をかけてしまったが、別れ際に一人の警察官が、こんな市民にはあまり係らない方がいいですよ、と忠告?された。やれやれ面倒な一日が始まった。
(11月4日)

地震で大揺れの朝に共有感が発生
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時30分から開始。始めて30分後エスカレーター近くの路面が揺れ始め、ビルの壁が波打ち、閉められシャッターはガタガタと音を出した。
しかも、時間が長く続く。地震に襲われていた。勿論市政レポートの配布は中断して、歩道上に移動して様子を伺っていた。
すると、同じ様に驚きながらスマホを盛に操作していた30代の女性から話しかけられた。
 地震ですよ、地震、怖かった。福島が震源地で5ですよ、と。お互い治るまで静観していたが、小さな共有感を持った。
見ず知らずの他人同士だったが危機的状況では何だか通じ合うものだ。
帰り際に、頑張って下さい、と励まして頂いた。やっぱり大きな地震が発生して、歩道が波打つ程だと緊張感に襲われるものだ。 
 (11月23日)

時々バッティングする朝の駅頭
昨朝の駅立ちは、越谷駅東口だったが、午前7時30分頃馴染みの40代サラリーマンから、暖かいペットボトルの差しいれが。
毎回この駅では、必ず頂いている。有難いが恐縮してしまう。寒さが厳しいため、2時間30分の活動にホットする。この日は、公明党市議団と街宣活動が重なった。
事前に、自民党や民進党の街宣活動に重ならない様に、駅を選んで駅立ちをしている。
ただ公明党市議団の日程までは、把握しておらず、時々バッテングする。その場合でも出来るだけ譲る様にしているが、先方が場所を移動する事もある。
この日も少し離れた所で、活動して頂いた。(11月26日)

15年以上の支持が継続している現実
昨朝の駅立ちは、蒲生駅東口で実施したが、午前6時30分頃60歳過ぎの男性から話しかけられた。
名前はなんといったか、知人の、う〜ん思い出せないが、選挙では、あなたにずうーと投票して来た、と。
それは、ありがとうございます。15年来のご支持ですね、と私。そうだ、と少し誇らしげだった。
時折、市議選で、初回5票差で落選した時から、投票して頂いている市民に出会う。日頃特別な関係ではないのに支持が持続している。
きっと私の活動を何処かで見ているのだろう。今朝の駅立ちは中止。午前8時から永田町で、 法政大の水野教授の、「アベノミクス、マイナス金利」勉強会参加のために電車で向かう。
(11月29日)

下流老人の問題は、人ごとではない
先週金曜日の朝駅頭は、越谷駅西口で実施したが、開始早々馴染みの40代の大きな白い犬と散歩中のサラリーマンから話し掛けられた。
何時もの様に1000円のカンパも。これまで4、5年前から私のチラシや活動に興味を持っていた。他の議員と比較して、とても親しみがあり、分かりやすい。
あれをやった、これを作ったとの他の市議の内容のチラシには、何の関心も起こさない、とも。朝散歩をした後、午前9時前から午後8時までの勤務である事や越谷に住んで10数年になるなど話が弾んでいる所に、自民党衆議員の秘書さんから話し掛られた。
駅頭が重なったため、どうしましょうか、との事。看板の設置やチラシ配布は自由にやって下さい、と私の返事。そのため西口は勿論、東口でも活動が開始された。
事前に駅頭の場所を確認したつもりだったが、見落としていた様だ。更に馴染みの60代前半の自転車に乗った男性から声が。
何時もがんばっているねー、と親しみのある笑顔で。こんな小さな声援に支えられている。
しかし、70代前後の男性がつかつかと歩きながら、こんな朝早くから何やっているんだ、と、怒鳴りながら通り過ぎて行く。
このため、後ろ向きの男性に、何ですか、市政報告をやっているんですよ、と大きな声で呼びかけた。すると例の反応で全く振り向きもせず足速に去っていった。
どうして会話や対話をしようとしないのだろう。何時だって私は話を聞く姿勢は持っているのに。
午前8時20分頃、70代後半の4人連れの女性が近づいて来たので、チラシを渡した。
12月13日に開催する下流老人の著者藤田先生の講演とシンポの案内チラシがあったため手渡した。するとそれを見ながら、最近一人暮らしの老人が多い、また自分達もそうなっていくし、子どもたちの貧困も心配だ、との話。
 問題は日常的に浮上している。
午前8時30分過ぎに街宣用具を片付けていたら、自転車整理のシルバー人材センターの馴染みの高齢者から陳情を受けた。それは越谷駅の工事が始まって随分立つが、工事のために大きな木枠があちこちに設置しているため、視野が狭く歩行者が物かってしまい危険なので早く工事を完了して欲しい、との事。
そうですね危ないですね。ただ東武鉄道の工事なので直接は、市の管轄ではないのですが、と返事。それは分かった上でのお願いです、と付けられた。 
(12月5日)