PDFファイル⇒20年6月天秤棒NO80号

市政報告会を中止して、コロナ関連情報の発送へ
 今朝の駅立ちは、5月連休明けと重ったことや、コロナウィルス感染予防のための緊急事態宣言の発出と共に、通勤客が通常の半分以下となったため、次週の月曜日からの開始となった。
コロナ禍の影響は、3密を避けるため予定していた会合や集会は軒並み中止や延期となっている。
その内の一つであった、5月10日(日)午後3時から、大袋の北部市民会館での「第3回市政報告会」も中止となった。越谷市議会31名の中で超党派7名の議員によって構成する「議員有志の会」が主催する催しだった。
すでに、案内チラシの作成を始め、当日の報告項目の説明担当者等、事前の会議で打合せ、協議していた。
しかし、北部市民会館が5月中は使用禁止となっており、ギリギリまで状況を見ていたが止む無く開催を中止した。
そのため、前回市政報告会で参加頂いた市民に約束した3月市議会の報告会開催の中止のお知らせと共に、コロナ関連の市の支援策等の情報発信が必要と判断して、午前中に有志議員が市議会に集まり、発送作業をこの日行った。
郵送した情報は、越谷保健所でのPCR検査の現況や国、埼玉県、そして越谷市独自のコロナ対応の支援策等を掲載しており、これまでに市政報告会に参加して頂いた約250名の市民を対象とした。        (5月7日)

ズーム会議の連続で多少疲れ気味
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で通常通り午前6時前から開始したが、やはりコロナ禍の影響で何時もの半分程度の通勤客となっていた。
午前8時30分過ぎに駅立ちは終了し直ぐに街宣用具を撤収し、妻の迎えの車で自宅に帰り朝食を取った後、パソコンでメールやフェースブック等を確認した。
午前11時から、大里にある私の事務所でズームを使用した「日本再生埼玉読者会」を開催した。この読者会は、がんばろう、日本!国民協議会が毎月発行する機関誌「日本再生」の読者を対象に毎月当月の紙面を題材に運動の視点や方向性を話し合うもので、コロナ禍の影響でこの日はズーム会議となった。
午後1時過ぎまでの会議となり、午後4時から6月議会に提案予定の市長提出議案の説明を担当部長から受けるために、市役所に向かった。その後、午後6時30分から再度私の事務所で中小企業家同友会の東部地区会の地域づくり委員会の定例会議に参加した。
これもズームを使用しての会議で約1時間30分ノートパソコンに向き合った。
更に午後8時から「コロナ後の選挙・政治活動をネットへ最適化するセミナー」をやはりズームで受講し2時間30分間視聴、この日は多少ネット疲れとなった。(5月18日)

感染防止策のため6月議会も変更
今朝の駅立ちは、午前5時過ぎからせんげん台駅東口で開始した。市政レポート(一心太助
幕政に物申す 最新号)を今日から全駅頭での配布のスタートとなった。
また2万枚の地域配布も先週から開始している。(カラー印刷のため制作、印刷、地域配布で合計21万960円の費用となる)
今回の市政レポートは新型コロナウィルス感染問題の特集号を作成した。因みに日常の駅頭での小さな出来事を取り上げているのは「一心太助の天秤棒 駅頭は小さなドラマの連続だ」で、年4回の市議会終了後の報告のために発行しているのが「一心太助 幕政に物申す 長屋から幕政変える心意気」と分けている。
今回は、新型コロナウィルスによって明らかになった新自由主義の蔓延から30年間に及ぶ社会的病理とは何か、そしてコロナ後とは以前の暮らし方に戻す事ではなく、社会構造の抜本的な転換の好機にあることを一面に記載。
そして二面にコロナ支援策に関する国、埼玉県、越谷市の独自策等を一覧にして示した。
午前5時15分、都内のビル清掃のため駅を利用されている馴染みの高齢女性から、1000円のカンパを頂いた。何時も持ち歩いているのだが渡すことが出来なかったので、今日渡せて良かった、本当に些少ですけど、と話された。
午前7時過ぎ、何時も散歩の途中で出会う高齢女性から声が掛かった。政府からの特別給付金10万円に関して、あれこれ文句ばかりが聞こえて来るが、ありがたいことである。しかし誰にお礼を言っていいのか分からないので、代表するあなたにお礼を言います、と頭を下げられた。いえいえ、それは税金ですから、皆さんのものですよ、と返答した。
ただ現状は、経済が蒸発しているので、税金で社会を最低限継続させるために必要な支援ではあるが、将来への負担となって返済をしなければならない膨大な負債である事も切実な事実だろう。
午前8時30分過ぎの終了後、直ちに市議会に向かった。今日は6月議会の初日であり午前10時から本会議が開催された。
コロナ禍の影響で、議会運営が大きく変更された。まず全議員が健康管理表を毎日議会事務局に提出しなければならず、当然だが高熱や体調不良の場合は欠席となる。また、議場は3密を避けるため窓やドアを常時開けていることを始め、議席間に透明の間仕切り版が設置され、発言中を含めマスクの着用や着座の議員数を半減し、残りの議員は議員控室のテレビモニターで議場を視聴する状態となった。
そして最も重要な変更は、市長提出議案の審査や採決を議会日程の前半に集中させ、後半に一般質問を行う事になった。
議会の最大の責任である議決行為を最優先として取り組むことは、以前から議会改革の一環として主張していたこと事なので、コロナ後も変更して実行される事を期待しながら四角に仕切られた議席で市長提出議案の提案と説明を聞いていた。       (6月1日)

コロナ禍でも通常業務は続けられている
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時過ぎから何時もの様に開始した。駅前清掃を終えて市政レポートを配布。
午前6時前、大型トラックを駅前に駐車して荷台から搬入品をおろし駅ビル2階のパン販売店に運びこむ作業をする、女性の運転手の方と何時もの様に挨拶をした。
彼女の勤務は午後10時から始まり、各店舗にパン等を届け終わるのが午前8時。コロナの影響で一時数量が減少したが最近は通常より増えているとの事。勤務状態はコロナ禍の最中でも変化はなく、正にこれもエッセンシャル労働であり、こんな深夜、早朝労働によって社会が維持されていることを実感した。
午前7時過ぎ、旧知の女性とリモートワークの話題となった。自宅でのリモートワークを続けているが、今日は出勤日なので、電車で通勤との事。ただ時短のため午前10時から午後4時までの勤務だと、話され笑顔でエスカレーターを昇って行かれた。
午前8時過ぎ、中年男性が私を見つめながら何か言いたそうな顔つきで近づいて来られた。
あなた市会議員でしょう。例の10万円の知らせがまだ来ないんだが、どうなっているの、と尋ねられた。そうですか、5月一杯までに越谷市内の全世帯の14万世帯に郵送の作業は終了しているはずですが、と返答。いいやまだ来ていない、せんげん台地区に住んでいるので、市に言っておいてくれ、との陳情だった。
本来この特別給付金は国の制度であり、自治体は全くの下請けとなってしまっている事が大きな問題だ。        (6月2日)


PDFファイル⇒20年6月天秤棒No79号

コロナ禍のリモートワークの不具合?
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で何時もの様に、午前6時前に駅に到着して街宣用具を車から降ろし、設置した。
直ぐに市政レポートの配布を始めたが、午前8時頃馴染みの都内にある会社に勤務する男性とコロナウィルス感染の影響について話になった。会社は、通常社員1000人程が勤務しているが、今回のコロナ禍で、人数を8割減つまり200人で回す様に要請されているが、とてもこの人数では対応出来ず、現在500人の体制で仕事をこなしている。
しかし、事務的な処理は女性が中心となっているので、どうしても女性社員に負荷がかかっている。領収書の発行を始めハンコ文化が抜けきらず、手形の裏書も依然として必要で、ネット決済が叫ばれている中、前近代的な習慣となっている。
また、健康チェックのため全員から、毎日体調管理表での報告が義務づけられているが、特に女性の体温等を男性の部長に報告するのは、あまりに個人情報が詳細となるため、健康状態を○、△、×での報告を検討している。
またズーム会議で数人単位の各グループで対応しているが、各人の仕事の評価が画面だけの表情からは難しく、所謂カリスマ的な指導が困難になっている。
しかも、自宅でのテレワークでは子ども達が接触して来てなかなか、会議に集中出来ない社員も多くいる。(書斎や子どもたちの部屋が確保出来ていない都市の住宅事情のため)
一方そのため役員は会社近くのホテルの一室でテレワークに臨み、会議終了後は自宅に帰宅する、と言う方式をとっている。
これはほんの一部の役員なので、自宅でのテレワークの課題も多く見えて来た、との話だった。
午前8時20分頃、同じく旧知の中年女性ともコロナの話になった。現在が40人程の印刷会社の従業員の中でパートとして勤務しており、一週間勤務して、一週間は休みで仕事をしている。今のところ休みの期間も有給となっているが、5月以降もそうなるのか、不安がいっぱいで、直ぐにでも支援金が必要だと話された。
コロナ感染の影響は、更に社会全体に広がりつつある。         (4月17日)

緊急事態宣言の後も続く、継続される駅立ちの活動
今朝の駅立ちは、通常通り午前5時過ぎにせんげん台駅東口に街宣用具を設置して、駅前清掃の後市政レポートの配布を開始。
4月7日にコロナウィルス感染防止のため政府による緊急事態宣言が発出された後も、駅立ちの活動は休む事なく取り組んで来た。
勿論私は感染してはいないが、無自覚感染の可能性があるため、飛沫感染予防のためマスクの使用を始め、出来うる限り言葉数を制限して活動しており、また看板にその事を明記している。
ただ、マスクを着用しての3時間余りの活動には慣れておらず、口のまわりが蒸れて話しづらく、またマスクがずれて来ることもあり、ジョギング用のマスクをネット購入しようと調べたが、売り切れ状態だった。 (4月22日)

駅立ちに対する、ある市民の疑問
今朝の駅立ちは、午前6時前から大袋駅東口で開始した。通常通り市政レポートの配布に取り組み、午前8時30分過ぎまでの活動が終了した。
この日の駅立ちに対して、大袋駅を利用しているある市民の方から、市長あてにコロナ感染で自粛要請がなされる中駅立ちには疑問があり、不要不急であり不愉快である、市民の手本となるべき議員としてどうなのかとのメールが送信され、これを巡りその後何回も私の回答がメールで繰り返された。
この市民の方は、実名でメールを送信され、しかも直ぐに誠実に対応して頂いた事に感謝している。
この様な市民の声を聞かせて頂く大きな機会としての駅立ちを改めて確認することになったので、概略を紹介する。

「おはようございます。早速ご返信頂き感謝申し上げます。何故駅頭を続けているのかその理由は以下の通りです。
1) Aさんも認めておられる様に議会は必要です。それでは何故議会が必要でしょうか。それは越谷市では住民福祉の向上のため様々な予算や条例が制定され市長が執行しています。この予算や条例は議会の議決行為によって決定されて初めて市長はこれらを執行出来ます。つまり、議会は議決行為(議会開催中に)に最も大きな責任と役割をになっています。そこで私は議決行為の時賛成でも反対でもその予算や条例の適否を判断するため適格性、優先順位、財政措置、他条例や決算との整合性等を基準としています。そして私が最も重視しているのは、市民への影響であり、市民への説明責任です。そのためには日常的に市民のくらしや気分を出来うるかぎり知っておく事が必要で、そのための様々な日常活動を行っています。その日常活動の中に駅頭の活動があります。すでに17年間、毎日毎朝午前6時から午前8時30分、市内6駅全てを順次駅頭を続け、通算3400日を超えました。従って、緊急事態だからこそ、市民の皆さんのくらしや政治に対する受け止め方や疑問をしっかりつかんで議会の議決行為に臨もうとしていますし、6月1日から開始される議会ではコロナ関連の条例が目白押しとなっているので、更に重要となっています。Aさんのメールも大変貴重な市民のくらしの現状や気持ちを知り得たことは、この駅頭を通じた事でした。
2) 市政に関して様々な施策や予算が執行されており、市政だより等で定期的に全市民にお知らせがなされています。しかし、議会での質疑や討論、条例の見方や視点等を議員が日常的に発信していくことは、議員の義務と思っており、駅頭での市政レポートを配布する機会であり、だからこそ初当選以来17年間続けています。また情報発信の中には、今回のコロナ対策や制度をお知らせする事にも重点を置いています。  今回のコロナ感染に関して、駅頭での市政レポート配布は通常と違い飛沫感染防止のためマスクの着用は当然ですが、言葉数は必要最小限に止めたうえで、通勤者との距離を何時もより出来る限りとって実行していますし、無差別に市政レポートを差しだしてはいません。すでに読みたいと自ら意思表示をして頂く市民の方に配布しており、全駅でおよそ1000人の市民に手渡しています。

3) 先述したように、市民への説明責任や意見を広範囲に聞かせて頂くため数十人規模の市政報告会を始め、講演会、懇談会等を日常的に取り組んでいます.しかし今回のコロナのため3密を避けるため全て中止しており、止む追えない場合はズーム会議を開催しており、現在は6月議会の準備をしています。当然ですが、私個人の日常生活はAさんと同様に自粛しています。
 以上ですが、駅頭を続けている理由ですが、非常事態だからこそ、日常的な政治活動を止めてはいけないと思っています。戦前それまで日常の活動であった政治活動や社会運動が、一気に翼賛体制に流れていったのは、日常のこれらの活動を市民自らが否定して来たことで、300万人の日本人が死亡した戦争の教訓を忘れてならないと痛感しています。」
           (4月23日)



20年5月天秤棒No78

早朝出勤に切り替えた、サラリーマン
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に何時もの様に午前5時30分過ぎに到着して、街宣用具の荷卸しと設置。
その後駅前周辺の清掃を始めた直後の午前6時前に馴染みの30代のサラリーマンと話になった。
えー、こんなに早くから出勤ですか、と尋ねたら、早くに出社して仕事をした方が効率的に出来るのでそうしている、との返事だった。
そして、午後5時には退社して電車内でのコロナ感染予防のため過密化が避けられる、とやっているが、実は結構夕方の電車は混んでいる、との話だった。
私も午前4時30分すぎには起床して、駅立ちに毎日臨んでいるが、議会質問の準備や急ぎの原稿書きのためパソコンに向かわざるを得ない時の早朝の時間帯は頭が冴えている気がしているので、早朝のデスクワークもそうだろうと、思った。
ただ、最近コロナ対応のため時差出勤が増えているのだが、夕方の電車が結構込み合っているとの話を多くの市民から聞く様になっている。午前7時頃サラリーマン風の方から、声がかかった。何時も楽しみに市政レポートを読んでいますとの、嬉しい話だった。
そして、先週はご苦労様でしたと付言された。えっーと何の事を指摘されているのか、一瞬戸惑っていたら、私の事わかりますか、と尋ねられた。直ぐに返事が出来なかったため、越谷市役所の課長だと、話された。
確かに先週は3月議会開催中であり、管理職の方は議会答弁等の仕事に就いておられる。
しかし、何時も市政レポートを受け取って頂いているにも拘わらず、認識が出来なかった失礼な対応に恥かしくなりながら、いってらっしゃいと見送った。
午前8時30分過ぎ市政レポートの配布を終了して、街宣用具を肩づけていたら20年来の知人で大手運送会社の幹部役員の男性と話になった。
何時も市政レポートを読ましてもらっているが、激しく変化している社会の中で、通常では知りえない情報が掲載されているので、役にたっています、と感想を頂いた。
5期17年間月2回のペースで発行、配布して来た市政レポートは、単なる私の活動の宣伝や政策の押し付けにならない様に留意して来た。しかし同時に私の考え方、データーの見方等を出来るだけ分かり易く掲載して来たつもりだ。
だからこんな風に受け取って頂いているのは、目的に沿った反応を聞くことが出来た朝だった。          (3月17日)

握手ではなく、グーでの挨拶に変更
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り駅前清掃の後、午前6時前から市政レポートの配布を始めた。
午前7時過ぎ馴染みの中年サラリーマンの方が何時もの様に笑顔で歩いて来られた。
そして毎回握手のあと、市政レポートを受け取り、時には1000円のカンパを頂いて来た。
しかし、今朝は違っており、私から握手しようと手を出したら、コロナ感染対応のためグーでのタッチを求められた。
そうですね、接触感染の予防ですね、とお互い笑顔でグータッチ。
その後、旧知の中年女性で看護師をされている方から声が掛かった。
こんな時期に駅頭、大変ですね、(コロナ対応で通常の生活や仕事が継続で出来なくなっている)と労いの言葉をかけて頂いた。そして、1000円のカンパを頂いた。
何時もありがとうございます。大切に使わせて頂きます。気を付けていってらっしゃいと声を掛け見送った。
午前8時過ぎ、今年東京電機大学を卒業し、鉄道を始め道路敷設の会社に内定が決まった馴染みの学生と話になった。
コロナの影響で大学の卒業式はどうなりましたか、と尋ねた。(市内の小中学校の卒業式は旧来とは様変わりして、在校生や来賓等の出席を制限する中、卒業証書の手渡し行われた)
すると、卒業式そのものが中止となり、そのため卒業証書は郵送で卒業生の自宅に送られて来た、との返事だった。
大学の卒業式では、恒例の学長のアカデミックな挨拶(最も近年ではそれも少なくっているようだが)や卒業生を代表しての首席者の答辞が名物ではあったが、何ともさびしい限りとも思いが走った。
(3月19日)

コロナ感染の影響がいたるところで
今朝の駅立ちは、午前5時前ににせんげん台駅西口に到着して、午前5時30分前から市政レポートの配布を開始。これから午前8時30分すぎまでの3時間の活動が続く。
午前6時前、都内のタクシー会社に勤務して仕事明けにせんげん台駅から帰途に就く、中年の運転手の方から元気な声で、おはよう、ご苦労さん、と何時もの様に声が掛かった。
そして何時もの様に、今日の売り上げはどうでしたか、との私の挨拶がわりの言葉にその時々の収益の状況で返事を頂いて来た。
今回の返事は、さっぱり売り上がない、と少し自嘲気味の反応だった。
そうですか、やっぱりコロナの影響が露骨に出でいますね、応答した。
午前8時過ぎ、旧知の40代の社員教育、セミナー講座を運営する経営者と話になった。
やはりコロナの影響で、3月は新入社員のための啓発セミナー開催で、1年の内最も忙しい時期にも拘わらず、3月は今日の1件だけしかない、との会話になった。
笑顔ではあったがその顔に気落ちした様な雰囲気を感じた。いやー本当に厳しい状況ですよ、と応答しながらエスカレーターを昇って行かれた。
             (3月31日)
夜来からの雨のため、今日は中止
今朝は、昨日から激しく雨が降り続き、せんげん台駅東口での駅立ちは中止した。
平日に天候不良のため駅立ちを中止することは時々あるのだが、雨だけでなく今朝は猛烈な寒さに襲われる朝となった。
すでに習慣になっているので、午前5時まえには起床しており、朝食を取る午前9時ころまでは、パソコンと向き合い、メールやフェースブックやツイッターの読み込みや書き込みの時間が取れるため、有効な時間帯となっている。
中止したせんげん台駅東口前には、障がい者や妊婦の市民のための停車スペース設置の陳情を受けて、先般実現したことを以前、市政レポートに掲載した。
この設置の担当課である、越谷市道路総務課の課長さんから、3月議会中に開催された建設常任委員会の審議終了後に、遠くからも見えやすい様に表示版の設置を検討して来たが、近々設置するとの報告を受けた。
ただ表現をどうするのか随分検討した結果「福祉専用乗降場」との看板表示となった、との経緯も説明して頂いた。
早速現場を確認したが、確かにこのスペース利用者にはより分かり易くなっていた。
また一つユニバーサルデザインに沿った設備が実現した。
これで市内6駅全駅での停車スペースが確保された。
             (4月1日)


PDFファイル⇒20年3月天秤棒no77

蒲生駅前の灰皿の撤去と受動喫煙
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時30分前に到着して、街宣用具の設置、そして何時もの様に駅前清掃に取り掛かった。
この駅は東武鉄道とJR鉄道の駅が交差した市内の駅の中で一番乗降客が多く、しかも近くに歓楽街が明け方まで営業している。
そのためタバコの吸い殻を始め空き缶やペットボトルの飲料水やファーストフードの包紙や、食べかけた物までも散乱していることが多々ある。この様なごみが広く落ちているため6駅の中では清掃に一番の時間が必要とされる。
その清掃を終えて、市政レポートの配布を始めて午前8時過ぎ、中年男性から声が掛かりペットボトルとサンドイッチの差し入れを頂いた。そして地方議員はむなしい仕事ですね、と話されて、駅改札に向かわれた。推測するに地道に
頑張っていても、国会議員の様に目立つわけではなく、評価が低い仕事ではないのか、と言う意味ではないのかと思った。
市政や政治に元々興味がない市民、関心があってもあまり期待していない市民にとってはそうかもしれない。しかし日々のくらしや政治の中で矛盾や不条理に対して何かを感じている市民は沢山おられるのだが、議員との対話や接触がなく、あっても府に落ちる説明を聞くことが出来ない気分の市民も多くおられる。
だからこそ、何とか社会や市政の問題や解決策を考える材料を提供し続ける事に徹して16年が経過している。
どれほどの評価があるのかは、市民の側の受け止め方なので、私は少なからず主権者として、参加、行動する市民がおられるので、それを信じて活動を続けている。
午前8時30分過ぎ、蒲生駅から南越谷駅を利用されている馴染みの男性と話になった。昨年来お願いされていた蒲生駅東口に設置されている灰皿の撤去の事で、2月18日付で撤去が実行されるとの事で、そのお礼の言葉だった。
駅前の灰皿の撤去の陳情はせんげん台駅を始め、北越谷駅等これまで何年にもわたり受けており、これで全駅での撤去が実行された事になる。受動喫煙問題が社会問題化されており、市役所本庁舎の建て替えに際して市議会フロアーに喫煙所を設ける当初案も、市議会代表者会議での論議の中で、異論が出され結局設置しない事に変更された経緯もあり、飲食店等での禁煙禁止も広がっている。
              (2月4日)

新型コロナウィルスによる影響
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から市政レポートの配布を開始した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの30代のサリーマンの方とお会いした。何時もはもっと遅い時間にお会いするので、今日は随分早い出勤ですね、と声を掛けた。すると、えー時差出勤のためです、との返答だった。あーコロナウィルスのためですね、と応答しいってらっしゃい、気を付けてと声を掛け見送った。
午前7時30分過ぎ、同じ様に馴染みの中年サラリーマンの方とコロナの話題になった。
(裏へ)
すると、この男性は空調の会社に勤めておられるが、ウィルス菌の除去を徹底するとなるとビル全体の空調設備のメンテナンスに繋がり大変な事態になるかもしれない、との心配の声だった。
未知の病原菌との接触や治療の問題であり、小中学校の卒業式も通常通り開催されるのか、不安視されている状況であり、更に影響が広がって行くことが予想される。(2月18日)       

マスクを何とかしろ、と怒鳴る市民
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で午前6時前から開始した。
この駅は、東口に比べると乗降客が極めて少ない駅で、しかも出入り口が広いため余計に少なく感じる駅だ。
それでも、この16年間欠かさずに、駅立ちに取り組んで来た駅で、かつては見ず知らずの20代前半と見える女性から午前6時過ぎに良く冷えた缶ビール、しかもロング缶の差し入れを頂たり、羽田空港行きのバス停が駅前にあるため旅行用の大きなボストンバックを抱えた旧知の市民に出会う事もある駅だ。
午前8時過ぎ自転車で東口からきた高齢男性が(そもそも駅構内は自転車での通行は禁止されているのだが)、私の目の前を通り過ぎた途端、そんなことをやっているだったら、マスクを何とかしろ、と怒鳴りながら走っていった。
エー何ですか、と聞き返したら、マスクだよ、マスクと停車することなく、また捨て台詞。
あーだったらまず政府に行って下さい、と声を掛け会話をこころみたが、すでに遠くに走り去っていかれたので、その反応は分からなかった。
最近出来うる限り、この様なマイナスの市民の反応にも、何とか話そうと心がけてはいるが、相手は全く会話の意思はなく、何時も後ろ姿での捨て台詞が定番となっているため、実行出来ていない。
店頭でマスクの品切れ状態が続いている事は事実だし、異常事態だ。(デマが流れトイレットペーパーの買い占め騒ぎも起こっている)
だからこそ人と人の関係性を円滑に進めて行く姿勢が必要で、不満をぶつけることでは何も解決しない。
むしろ事態を悪化させることにもなりかねない。そんな話や気持ちを聞きたかったのだが。
誰も話し相手がいないため、不満を議員にぶつけ何を言っても構わないと思っている市民も多く、だからこちらが説明や反論をしようとすると逃げる様に去って行く市民は、残念だが近年増えている様に感じた朝だった。 
              (3月6日)

バレンタインデーで貰った送りものを
今朝の駅立ちは、せんげん台西口に午前5時前に到着して街宣用具を車から降ろしてセッテングしていたら、午前5時5分頃駅階段に向けて歩い行く旧知の高齢男性から声がかかった。久しぶりですね。昨年以来じゃあないですか、と笑顔で話して、何時もの様に小さなのし袋にはいった1000円のカンパを頂いた。(会ったら何時でも渡せるようにバックに入れて準備しているもの)そうですかね、以前お会いしたのは昨年でしたっけ、と返答したら、そうですよ、との応答だった。
通常での妻の運転では、この時間はギリギリ準備していなため、暫くお会い出来なかったのだ、と気が付いた。
 午前6時過ぎ、こちらも馴染みの都内で働く勤務明けの男性タクシードライバーから何時もの様に後方からご苦労様、との声がかかった。
 今日は売上げどうでしたか、と尋ねたら、例のコロナの件でさっぱりですよ、との返事だった。やはり新ウィルス感染のため客が減っている、との事。
 午前7時30分過ぎ、中年女性から少し恥ずかしげに、これ、私女性なのにバレンタインデーで幾つもプレゼントを頂くんですよ。これおすそ分けですが、どうぞ、と綺麗な小箱を頂いた。帰宅して空けて見たら日本橋にある有名なバームクーヘンのお店のものでした。(次男の妻からの情報だが、彼女はお菓子つくりの教室を自宅で開設しており、詳しいだろうと思い、蒲生に住んでいる次男に聞いて貰うように頼んでいた返事で)
 勿論大変美味しく戴いたが、新型コロナウィルスの影響で何かと気持ちが萎縮する日々に暫しの清涼剤となった。   (3月11日)


PDFファイル⇒20年3月天秤棒No76

「知覧特攻平和館」等の行政調査の報告

1月29日、30日、31日の3日間にわたり、「子どもの貧困対策について」「知覧特攻平和会館について」「再生可能エネルギーの効率利用について」の3項目を調査事項とし、宮崎県宮崎市、鹿児島県南九州市、鹿児島県日置市への行政調査を実施しました。

 まず、宮崎市の「子どもの貧困対策について」調査しました。
質問 ①宮崎市では子どもの権利条例は、すでに成立しており、今回の子ども対策基本方針も確定しているが、国連の子どもの権利条約の理念や指針はどの様に生かされているのか。
②近年国は様々な社会的な課題への対応として、法律を制定してきているが、そもそも、それらの問題には各自治体で不十分だったとしてもその対応策を実行して来ている。しかし国の要綱や大綱の実施を自治体が担うことになり、結果として屋上屋を重ねた上に国からは財源や人材の登用がないと言う状況に対しての受けとめ方は。

 宮崎市では平成30年12月1日に、子どもの学びの支援の充実、家庭生活の支援の充実、生活基盤の確立に向けた支援の充実、つながり・見守りの仕組みの充実の4点にわたる視点で構成された「宮崎市子ども未来応援基本方針」を策定しました。策定にあたり事前にアンケートや市内の子どもに関する団体に対し意見交換会を実施し、これらの「子どもの生活実態状況調査」では、学習習慣と経済的困難・生活習慣に関すること、家庭的な養護と社会的相続に関すること、健康、家計と収入に関すること、他者や団体とのつながりに関すること、地域の交流に関することなどのほか、支援が必要な子どもを広く把握し、効果的な支援へとつなげていくことが課題としてあがっています。
 今後は、市における子どもの貧困に関する状況、暮らし向きに関する認識、「物質的剥奪」の状況にある世帯の割合、経済的貧困等、特に貧困を抱えやすい子ども・世帯についての課題や調査結果を踏まえ、今年度改定を進めている「第二期宮崎市子ども子育て支援プラン」との一体型としての貧困対策の計画を策定することになっているとの事でした。

次に、南九州市の「知覧特攻平和会館について」調査しました。

質問 ①年間人件費を含む経費約1億500
0万円(入場料)での運営は特質するも
のがあるが、今後どの様な課題を想定し
ているのか。
②特攻隊員の遺書や手紙だけを見て美化する傾向が高まっているが、戦争に突入していく、日中戦争当時からの社会や市民のくらし、雰囲気等を正確に伝えて行く事が大切と思われるが、その取り組はどうしているのか。

知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期の沖縄戦において、人類史上類のない特攻作戦で亡くなられた隊員の遺品や関係書類等を収集・保存・展示しその記録を後世に残すこと、またその史実を通じて平和の大切さ、命の尊さを語り継ぎ、世界恒久の平和に寄与することを目的として建設されました。
当初は運動公園の休憩施設として「特攻遺品館」という名前で建設されましたが、(裏へ)痛ましい事実に大きな反響が寄せられ、展示資料も増え手狭になったことから、特別対策事業として場所を移し、昭和62年2月に現在の会館が建設され名前も「知覧特攻平和会館」に改名されました。            
その後も数年にわたり増築・増設が行われてきました。
事業内容は資料の収集・保存活動、教育・普及活動、またその他に広報活動と平和事業があります。平和事業では、平成元年に届いたある女子高生からの手紙がきっかけとなり、平成2年から「平和へのメッセージfrom知覧スピーチコンテスト」が毎年8月15日に開催されています。
 「知覧特攻平和会館」を支えてきた遺族の方々の高齢化、また毎年多くの人が来館していることもあり、史実を正確に伝えていく場として今後もますます「知覧特攻平和会館」の役割が大きくなると考えられています。無謀な特攻作戦を実施して来た資料取集や展示をすることで、それを見た当時を知らない人々にも歴史に向き合ってほしい、とのことでした。
この様に一時資料の展示、保存に注力してきたが、その基本的な視点は特攻の様な無謀な作戦を二度繰り返してはならない事です。
そのため、特攻をむやみに美化したり、英雄として受け止めないよう様に配慮しています。
ただ、この「知覧特攻平和館」を支えて頂いて来た遺族の皆さんが高齢化しているので、史実を正確に伝えて行く場として、ますます「知覧特攻平和館」の役割が大きくなっており、学芸員も増員しました。
「何故特攻という作戦が取られたのか、それを何故受け入れて来たのか、事実に基づき当時の社会や家族、人々の生活感など伝えるための特段の努力をしている。
そのため学芸員の増員や明治期からの知覧地区での庶民の暮らしぶりまでさかのぼり、資料取集や展示をすることを通して歴史に向き合って欲しいとの館長の言葉が印象に残りました。

最後に日置市の「再生可能エネルギーの効率利用について」調査しました。
 
質問 ①町づくりの基本指針に、再生可能エ
ネルギーによる循環型・21世紀モ デルの地域起こしが必要とされているが、総合振興計画には、どの様に位置付けられているのか。
②単なる第3セクター方式は、すでに失敗しているが、日置市の取組は何がどう違うのか。
③この取組は、人と人の関係性を次世代
の社会に向けて再編していく運動となっており、また不採算
部門である福祉や公共交通等への財政支出までを目指しているのか。

日置市では、ひおき地域エネルギー株式会社の方にもご出席いただき、「日置市における地産地消型エネルギー利用のためのコンパクトネットワークについて」ご説明いただきました。
ひおき地域エネルギー株式会社は、平成26年6月16日に設立され、小売電気事業、特定送配電事業、水力発電事業の3部門の事業を行っている会社です。小売電気事業の目的は大手電力会社から地域電力に切り替えることにより、地域の経済活性化、地域循環とエネルギーの地産地消の仕組みを電気の販売を通して構築していくことです。
 コンパクトネットワークの概要は、行政エリアと福祉エリアをネットワーク化し、太陽光発電設備や、福祉エリアにおいてはそれに加えてコジェネ設備による電力を自家消費しています。
こうして外からの買電量を削減することで、電気料金と二酸化炭素排出削減に寄与しています。
また新設電気設備は、ひおき地域エネルギー株式会社が運用、管理、保守しています。今後も地域循環型のエネルギーシフトの加速が見込まれており、地域と共に歩む会社、IターンやUターンの若者をはじめ地域雇用を生み出す会社を目指している、とのことでした。
一連のお話の中で、今後とも地域循環型にエネルギーシフトが加速していく事を確信している。地域と共に歩む会社を経営し、IターンやUターンの若者をはじめ地域雇用を生みだす会社として、社員が子どもを大学卒業までを賄える給料(400万円から500万円)を出すことが出来る事を目指している、との発言に自信と地域の未来を感じました。   以上


PDFファイル⇒20年1月天秤棒No75

今年で17年間続く正月街宣活動
2020年の幕開けの新年の元旦、2日、3日の新年正月街頭市政報告会を本年も元旦の午後、せんげん台駅東口を皮切りに、3日間取り組んだ。
毎年定例開催をしていて、今回で17回目を数える。毎年元旦の午前9時20分、越谷市総合体育館前から周辺道路を走る親子づれ(歩く?)を含む市民ランナーが参加する「越谷市市民マラソン大会」の開会式への出席から1年が始まる。
本年も一連の正月からの活動のスタートを切って、その後市内一円での街頭市政報告会を実施した。せんげん台パークタウン団地前のイオンスーパー前や地元の大里のスーパーバリュー前なども恒例の場所となっている。
また、例年通り「チーム白川」の市民の方も行動を共にして頂いている。
例年元旦を返上しての参加となっている。
ただ、本年がこれまでと大きく違ったのは、3日の午後2時から新越谷駅東口での、街宣活動には、6人もの市民が駆けつけ、2時間30分程のマイクでの訴えの全てを市民がマイクリレーしながら、社会に増々広がる貧困と格差に対してそれぞれの思いを伝えた事だった。 
つまり、私はこの日は1回もマイクを握る事はなく、市政レポートの配布を終始担当した。
そして終了後、近くの居酒屋で急きょ反省会兼ささやかな新年会の開催となった。
(今年初めてお酒を口にしたが)
その中では、昨年と違い道行く市民の表情に少しの明るさがあった事や服装も正月らしい若者も散見されるなど、雰囲気が良くなっている様に感じた、との感想が出された。オリンピック気分なのか。
ただ、昨年は本当に全体に暗く、晴れ着姿の女性は一人もいなかった事と比べれば、との前提条件つきではあったが。
そして、私はその後帰宅しての夜、広島県福山大学から帰省している長男と妻と3人でおせち料理を食べながら、やっとゆっくり自宅で過ごすのも例年の事となっている。(1月3日)

財布の有り金全部をカンパ箱に
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、何時もの様に午前5時過ぎに駅に到着して、街宣用具を車から降ろして設置した後、駅前の掃除をして市政レポートの配布を開始した。
午前6時30分頃、馴染みの中年サリーマンの方から、1000円をカンパ箱に入れて頂いた。
この日はその後、次々とカンパが4人もの市民から寄せられた。その中には、午前7時過ぎすでに退職した元サラリーマンの方で、娘さんを駅まで車で送って来て、現役の当時と同じ様に市政レポートを受け取って頂いている市民がおられる。
この日も同じ行動だったが、暫くカンパ箱の、前で何やらしておられた。
私は、通勤客への市政レポート配布に集中しており、良く見ていなかったのだが、後で確認したら合計848円の沢山の小銭が入っていた。恐らく財布の中の小銭を全部取り出していたので、時間がかかっていたのでは、と推測した。そのためこの日のカンパの総額は4848円となった      (1月21日)

友達に上げるので、2枚下さい
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時前から開始して午前8時30分過ぎまでの2時間30分、市政レポートを配布した。
午前7時30分頃馴染みの中年女性に挨拶をした後、市政レポートを手渡した。
すると、この女性がもう一枚下さいと手を出されたので、どうしてですか、とお尋ねしたら、お友達に上げて見せてやるの、との返事だった。
16年もの駅立ちを通して多くの市民の皆さんと交流や会話を交わして来ており、中には手渡した市政レポートをファイルに全部保管しておられる方がおられる。
更に午前8時前、馴染みの大袋地区でスポーツレクリエーションの役員をされているサラリーマンの方から、「第5回大道自治会マラソン大会」開催の案内チラシを頂いた。
主催は、大道自治会と大道スポレク委員会で、2月23日(日)に大道自治会館及び隣接の9号公園が会場となっている。なんと参加者全員に記念品と豚汁等の飲食を提供する事になっていた。
その他にも、職場の仲間に毎回読むように薦めている市民もおられる。
今回の様に自分以外の市民に広げようとしている市民の方が存在している事にまた勇気付けられた。
毎日自宅を出る5時過ぎは、まだあたりは暗く、しかも猛烈に寒い。ベンチコート等の防寒着に身を包み携帯のホッカロを持参してはいるが、3時間近くの活動は正直肉体的にも精神的にもつらく感じる事は稀ではない。
それだけに、数分間に過ぎないこんな市民の声や反応がどれほどの支えになっているのか。
市民の方それぞれの小さな連帯の行動が物資化している事を強く感じる日となった。
まだまだ、肌を差す寒気の日が予測されるのだが、続ける事が市民に応える道だと信じて。(1月23日)

5票差で落選してから、づーっと
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前5時20分頃到着して、街宣用具を設置して車を最寄りの有料駐車場に駐車して、再び駅に戻って来て、駅前の清掃作業をした後、市政レポートの配布を開始した。有料駐車場の利用で何時もより早く到着し、終了後は清算するのだが550円の料金となってしまう。昨年11月末から出産のため娘が里帰りしており、妻がその世話で早朝から係りきりとなり、駅立ちへの輸送が出来ない。
そのため、私が車を運転して、街宣用具の積み出しの全てを引き受けている日が続いている。
午前8時頃、中年女性から声が掛かった。白川さん、今何期目ですか?と尋ねられた。えー5期当選して議員活動17年目に入りました、と返事。
あたなが5票差で落選されて、それ以来づーっと応援して来たんでよ、と。
そうなんですか、と言うことはほぼ20年間を超えますね、そのお蔭で今日も駅立ちをすることが出来ています、と応答した。
今思えば、最初の越谷市議選での5票差の落選と言う試練を経験しなければ、今日の位置も感覚も身に着くことはなかっただろう。
落選当時は、政治生活や社会活動の全てに終止符を打ち、家族のためだけに生きて行く事を迫られた。しかし人生には人との出会いがその後の人生を大きく転換する事を、落選後から20年間を通して学び続けている。
             (1月27日)

3日連続で、駅立ちは中止
朝の駅立ちは、行政調査を今日から3日間実施したため、3日間連続して中止した。
これまで議員任期の期間中は当選以来、市議会会派に所属していたので、会派主催の行政調査も議会派遣の行政調査も複数の議員で参加して来た。しかし、今期無所属で1人となったため、会派の行政調査は出来なくなった。ただ議会派遣の調査は1人でも実施出来るため、(ただ、必ず事前に調査地、調査項目、日程等議会で議決される必要があり、12月議会で承認された)宮崎市、鹿児島県知覧市、日置市の3市を調査した。      (1月29日)


PDFファイル⇒20年1月天秤棒No74

いたずらによるパンク事件が発生
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で実施するため、午前5時10分すぎには自宅を出て車に乗り込むためドアを開けようとしたら、運転席の前輪のタイヤの空気が少し減っていて、後輪も同じ様に減っていた。
少し気にはなったが、そのまま蒲生駅に向かい、午前6時前に到着して、何時もの様に街宣用具をセットして市政レポートの配布を開始した。
ところが、午前7時まえに自民党の黄川田衆議員の秘書の方が幟等を車から運んで来られた。
なんと、事前に自民党や民主党、公明党、共産党の駅頭の日程一覧表を毎月頂いていたものの、日付を見誤っていた。つまりブッキングしてしまった。止む無く、直ぐに新越谷駅西口に変更し、そうそうに街宣用具を撤収して移動した。
午前8時30分過ぎに終了して、自宅に車を運転して帰って来た。その時にもタイヤを見たがやはり大分減ってはいたが、午前中に市役所に用事があり、バスと電車を乗り継ぎ市議会に向かった。
午前10時30分頃、妻から連絡があり、運転席側のタイヤの前、後輪がペシャンコになっているので、何故なのか、との問い合わせだった。今朝からのタイヤの状態や駅立ちの様子などを報告した。
その後、パンク修理のためジャフを呼んだことや、ジャフの進言もあり警察に連絡して自宅
に来て頂いた連絡が妻からあった。
そして、警察官の方に電話で詳しく状況を説明したが、いたずらであり被害届けを出すことになった。
鋭いきりの様なもので、切り裂かれていたらしく、今のタイヤは釘が刺さっても、直ぐには空気が抜けない様な構造にはなってはいるものの、一旦パンクしてしまうと、全部を交換しなければならない。
そのため、馴染みの車販売のサービス工場にレッカー車で移動した後、新品のタイヤへの交換となった。35000円程の出費となった。
それにしても、一体誰が何の目的で悪戯をしたのか、今後も道路に面した場所にある車への悪戯をどう防ぐのか、検討が必要となった。
妻によると警察官が言っていたらいしいが、
市会議員なので、何かうらみややっかみを買う事もあるのでは、との事。
 んーそれにしても、大里にある私の事務所に設置している看板にも、かつて悪戯されたと思われる節があり、駅立ちの場所の誤りを含め、何ともいやな気分となった一日だった。
             (12月16日)

議会最終日、市民請願への賛成討論
 今朝の駅立ちは、12月議会最終日に行われた市民請願「パートナーカップルに対して越谷市の認証制度を導入して欲しい」に対する賛成討論の原稿精査のため、午前3時過ぎから起床しての作業となったため、中止した。
 この市民請願を審査した12月13日の総務常任委員会では、全会一致で採択されていた。
そして本日、本会場での議員全員による賛成、反対の採決を行うにあたり約25分間の賛成討論に立った。
( 以下はその賛成討論の抜粋を掲載。詳しくは越谷市議会ホームページの中継録画を参照)

議長の許可の下、ただ今論議されています元請願第1号「越谷市におけるパートナーシップの認証制度(仮称)及び性的少数者に関する諸問題への取り組みの件」に賛成の立場から討論します。            (裏へ)
12月13日の総務常任委員会で、私は紹介議員の一人として委員会を傍聴しました。その中で参考人の市民の方からの、冷静かつ論理的な発言を聞かせて頂き、特に日時生活の中で、市民なら何の障害も疑問もなく暮らしていける中にあって、躊躇や戸惑い、恐れや不安に襲われ、時には屈辱や恥辱に耐えなければならない日々を送られて来たのではいかと想像しました。
それは、立ち止まり、心細く叫ぶ事さえ出来ない様な、そして自己の存在自体を自ら疑い、生きる目的を見失うこともあったのでは、と思います。
また、最も身近で信頼の証である親や家族にさえ、苦悩を打ち明ける事をためらう日々が続き、勇気を降り絞って打ち明けたからと言って、直ぐには理解や同意に繋がる事が大半でないこともあったと思います。
 それだけに、採決の結果全会一致で採択された後、何が起きたのか即断できず一瞬の間があり、どっと仲間の皆さんが笑顔でかけよって来て声がかけられ、それで事態を理解された参考人の方の目からあふれ出る涙をまじかに見させて頂きました。
 まさに、今日までどれほどの社会的な不条理が、日常的にそれぞれの人生や将来や生活が痛めつけられて来たのか、その涙が全てを物語っていました。    (中略)
最後に、私たちは、誰ひとりとして生まれる国や生まれる時代や生まれる親を選びとることが出来ません。これは絶対的な不条理であり、不自由です。
私たちは、この不条理と不自由を超える事が出来ないがゆえに、それゆえに、今生きている社会におけるあらゆる不条理と闘う自由を全ての市民が共有し与えられています。
だからこそ、普段のくらしや政治の中で、目の前で起きているあらゆる不条理を正していくことが求められ、更に未来へつながる不条理に対しても、人生をかけて日常的に果敢に挑む責任と役割があることを、全ての市民が胸に刻んで頂くことを心から呼びかけて賛成討論を終わります。        (12月19日)

危険なので、チラシを配布しないように?            
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で、午前6時前から開始した。到着して駅前清掃を実施したが相変わらず、ごみや吸い殻ファーストフードの容器等散乱しており、しかも広範囲のため何時も20分程の時間を要している。
 市政レポート配布を始め午前6時30分頃、30代の女性から声がかかった。
 前から言おうと思っていたが、この場所での市政レポートの配布は危険なので止めて下さい、との話だった。
 そこで、はい、どう危険なのですか、と返答したら、新越谷駅から降りてくる通勤客と南越谷駅から新越谷駅に向かう乗降客が重なるため危ないでしょう、とこの女性。
 えー、ですからラッシュが激しい時には、大きく避けて移動していますし、そもそも無差別に配布しているわけではなく、手を出して頂いている市民の方に配布しています、何故そんなことをおっしゃるのでしょうか、と私。
 目の不自由な方もおられるので、危ないでしょう、とこの女性。そうですね、盲目の方や高齢者の方の時は、勿論その方の通行を最優先していて配布しません。それでも危険ですか、と私。
すると、あなたが目立つからですよ。他の方は誰もそんなことはやっていないじゃないですか、との返答。
 はい、他の方がどうしているのか、またその評価がどうなのかは、私には分かりませんが、何十人もの市民の方が受け取って頂いており、すでに16年間もこのスタイルでやっていますが、そんなお話は初めてですが、と私。
そんなことはありません、みんなそう思っています。との返事だったので、みんなとは誰のことですか、教えて下さい、との返答には返事がない。
 そもそも、何故私にだけ抗議されるのでしょうか、営業のテッシュ配布や不動産のチラシ配布など、この場所よりもっとエスカレーターに近い場所で、猛烈なラッシュ時に行っているのに、その方には同じ様に抗議しているのですか、違うでしょう、と少し強めに話したら、へーキレるんだ、こんなことでキレるんだと嘲笑気味の顔つき。
えー、あたなが不快に思っておられるのは受け止めますが、私にだけ抗議してくるからですよ、と返答。
 するときびすを返して、あーやっぱり選挙が大事なんだ、大事なんだと捨て台詞だったので、違います、これは政治活動です、と後ろ姿に強くたしなめた。       (12月24日)


PDFファイル⇒19年12月天秤棒No73

邪魔だ邪魔だ、と怒鳴る若者が背負っているもの
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で何時もの様に午前6時から市政レポートの配布を開始。
午前5時30分過ぎに駅に到着して駅前清掃を終え、街宣用具の設置とスムーズな段取りで進んだ。
ところが、午前8時30分過ぎになると市政レポートを設置しているスタンドが、所定の歩道の位置から大きく移動されており、しかも看板が見えない様に裏返しにしてビル側に置かれることが、この間続いていた。
そのため、誰が移動しているのか確かめるため、午前8時20分過ぎから近くで監視していた。
すると、30代のセーターにジーンズ姿の男性が駅階段を降りて来て、このスタンドを移動するのを目視した。
直ぐに、近づいて行き、あなたどうしてこのスタンドを移動するのですか、と尋ねた。
すると、邪魔なんだよ、邪魔と不機嫌な顔つきで返答された.いーいや、邪魔ではないでしょう、この歩道は3メートルもの幅があり、ほんの少し避ければ通過できるのでしょう、と私。
いや、邪魔なんだよう、邪魔。皆なそう思っているから、と男性が返事をされたので、皆とは誰の事ですか、あなたが邪魔だとおっしゃるのは分かりましたが、他の誰ですか、教えて下さい、と私。
すると返事は全くせずに、今度はこのスタンドを勝手に車道側に移動させたので、何をしているのですか、この市政レポートを毎回楽しみにして、読んで頂いている市民の方が大勢おられます、と私。
するとそんなの関係がない、邪魔なんだからここに置けばいいじゃないか、とこの男性。
あなただけが邪魔と思っているだけで、私は16年間にわたりこの場所で、市政レポートの配布を継続していますが、誰一人としてそんな意見を聞いたことはありませんので、止めて頂けませんか、と少し強い口調で反論した。
すると、なんでそんなに迫って来て話をするんだ、との返答だったので、あなたは、他の人には言わないのに、私にだけで抗議しているからですよ、と私。
忙しから、いい加減にしろよ、と男性、私も忙しいですよ、あなたが納得していないからですよ、と私が話したのを最後に私の顔を見る事もなく去って行かれた。
午前9時頃駅立ちが終了して考えたのだが、やり場のない不安とウップンのはけ口のためスタンドを移動することで、この男性の少しの気分晴らしになっていたかもしれない。
そうだとしたらスタンドの事よりも、むしろ恐らく非正規雇用の不安的な仕事や将来を描くことが出来ない現実の問題を一時でも話し相手になって、聞き役に徹することが必要だったかもしれない、と反省しながら帰宅した。
           (11月12日)

四か月間も持ち歩いていた、カンパ
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で、午前6時前から開始したが、通常通り到着後すぐに街宣用具の設置の後、駅前清掃を行い市政レポートを配布。11月初旬から娘が出産のため、母子で帰省しており、妻が日常生活の世話をするため、駅立ちでの送り、迎えが出来ない状態となっている。           (裏へ)                      
そのため自家用車の運転は私がハンドルを握り、街宣用具の設置の後は、最寄の有料駐車場に車を駐車して、その後歩いて再び駅前での行動となっている。
 ただ、この日の空は雨模様のため、何時雨が降り出してくるのか心配しながらの、市政レポートの配布だったが、幸い終了の午前8時30分過ぎまで、何とか小雨程度となった。
 午前8時過ぎ、馴染みの中年男性と女性が笑顔で挨拶をされ、相変わらずがんばっているねー、と声を掛けて頂き、改札口に向かわれた。
 暫くして、女性が一人戻って来られて、のし袋に入った3000円のカンパを頂いた。
 そして、この間四か月あまり私に会う機会を目指し、のし袋を何時も持ち歩いていたので、今日会えて良かったです、と話された。
 ヘー、四か月もの間、バックに入れておかれたのですね、大切に使わせて頂きます、とお礼を申し上げた。
             (11月25日)

非常勤職員を会計年度任用職員に変える条例への質疑
 今朝の駅立ちは、12月越谷市議会が12月2日から開催されており、議会初日の市長提出議案の「会計年度任用職員制度の導入に関する条例制定」について本会議場で質疑をした。
このため、議会開会前から資料等の調査を重ね準備をして来たが、この日は午前4時過ぎに起床して 質疑の最終チェックを行ったため、駅立ちは中止した。
 現在越谷市では、臨時、非常勤職員が1000人を超えており、正規職員の三分の一を占めている。しかしその身分や処遇は不安定な状態であり、少なくとも正規職員に準じて身分や賃金を全員に保障するため条例を制定するもので、総務省の呼びかけで、全国の自治体では次々と条例を制定して来ている。
 そのため、臨時、非常勤職員の賃金総額よりも少し高めの賃金体系となり、期末手当てや年休や育児休業、経験年数など、改善されることになった。
しかし、名称の通り、一年を区切りとする職員であり、職場での経験値やノウハウが継承されにくく、やはり継続して勤務することが出来ない状態は、不安定と言わざるを得ない。
例えどんなに優秀な会計年度任用職員だったとしても、無期雇用や正規職員への道は閉ざされており、その結果市民サービスの低下が想定される。
 特に市内30の小学校全てに設置されている学童保育室は、全て非常勤職員が配置されその90%以上が女性であることから、職員間の格差が固定化されるとの強い批判も起きている。詳しい質疑の様子は、越谷市議会ホームページの中継録画(約20分程度)を参照して頂くと分かり易い。
             (12月12日)

何故政府はCO2削減に後ろ向きなのか
 今朝の駅立ちは、越谷駅西口で午前7時から開始した。この駅では大きなスピーカーを使い12議会での焦点や争点をマイクで演説するスタイルを採っている。
 私の一般質問(12月6日)でも取り上げたが、地球温暖化の大きな原因は、工場や街から排出されるCO2が増加傾向にあり、世界基準である(パリ協定)2035年までに49%の削減目標に対して、世界の国々が足並みを揃えていないため、地球規模で異常気象が続発している。(最大の排出国である米国はトランプ大統領になりパリ協定から離脱している)
 日本政府は、26%の削減目標を掲げてはいるものの、年次毎の数値目標を提示出来ていない。そのため、極めて不名誉な賞である化石賞を今回も受賞した。
 12月スぺインのマドリッド市で開催されているコップ25(国連の環境国際会議)でも、日本代表の小泉環境大臣は、全く精彩を欠き、最もCO2を排出する火力発電所の海外輸出を促進するなど、世界の流れとは逆行していると厳しい批判に晒された。
 特に、スゥエーデンの環境活動家である16歳の少女グレン・トゥーベルさんの演説は、この様な国や大人に対して痛烈な言葉で猛省を求めている。
 こんな内容の演説をしていたところ、30代の男性から声が掛かった。この男性は東京にある自然エネルギーを再生、配電する会社の社員の方で、私の演説に強く同調されていた。
 この会社の社長は、福島県人で、7年前の東日本大震災の時、東京電力第一原発事故の影響から、生き方や価値観を大きく変えて、現在の会社を立ち上げた等話が続いた。
 名刺も頂いたので、何かの折にはまたお話をすることを約束して別れた。 (12月13日)


PDFファイル⇒19年12月天秤棒No72

12月議会、子どもの虐待問題を質問

今朝の駅立ちは、12月議会で市長、教育長への一般質問をするため、午前4時から最終の準備をしたため中止した。以下に第1回目の質問原稿を掲載する。

議長の許可のもと、発言通告に従い順次、市長、教育長に対して質問します。
「もうパパママにいわれなくても しっかりとじぶんから きょうよりか  もっと あしたはできるようにするから もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします。
ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできなかったこと これまでまいにち やってきたことをなおす これまでどんだけ あほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめるので もうぜったいやらないからね わかったね ぜったいの ぜったいのおやくそく」
 これは東京都目黒区で昨年3月に起きた養父と実母の被告からの虐待により亡くなったとされる 船戸ゆあちゃんの最後の命乞いとなった反省文です。
 わずか5歳の少女の必至の訴えに、両被告はこれを無視し、その幼い命を奪ったのです。しかし同時にこの事件は被告がわが子を死に追いやってしまう社会や私たち自身の問題であると強く意識せざるを得ないものです。
 まず、このことを私自身が強く自覚して質問に入りたいと思います。
 第1の「子どもの権利と支援について」市長・教育長に質問します。
まずその1「児童の権利に関する条約30周年にあたっての今日的意義について」お尋ねします。
本年は国連が定めた「児童の権利に関する条約」から30年目にあたり、日本政府がこの条約を批准して25年目の節目の年になります。
そこで、市長、教育長にこのことに対する所感をお聞かせ下さい。
次に第2の「子どもの貧困について」市長・
教育長に質問します。
政府は本年11月29日「子どもの貧困対策に関する大綱」を閣議決定しました。
そこで、本市における子どもの貧困対策
ための取り組みをお示し下さい。

 第3に、「子どもの虐待について」市長・教育長にお尋ねします。
先述した東京都目黒区の船戸ゆあちゃん2019年3月2日に死亡、千葉県野田市の栗原みあさん(小学校4年生、10歳)2019年1月7日に死亡、札幌市の池田ことりちゃん(2つ)、2019年6月5日死亡、鹿児島県出水市の大塚りあらちゃん(4才)2019年8月28日死亡。また東京都江東区の山田竜太郎ちゃん(4才)が9月28日に死亡。この様に本年だけでも5人もの子ども達が親の虐待によってその幼い命を奪われています。
 そこで、本市では、子どもの虐待の防止策に対してどの様な施策をとっておられるのか、質問します。
第4に、「子どものいじめについて」教育長にお尋ねします。
 本市のいじめ認知件数等の実態によればいじめの認知件数は、平成28年108件、平成29年153件、平成30年350件となっています。
そこで、いじめ防止にむけた「越谷市いじめ防止基本方針」の概要をお尋ねします。

2問目以降の一問一答は、越谷市議会ホームページの中継録画をご覧下さい。
次に第5の「子どもの自殺について」市長・教育長に質問します。

 自殺者は平成28年50人、平成29年54人、平成30年53人となっています。
この様な事態に対応するため越谷市は、本年3月に「越谷市いのちを支える自殺対策推進計画」(誰も自殺に追い込まれることにない越谷の実現を目指して)を策定されました。
 そこで、この計画の重点施策とともにこども達への対策を合わせてお聞かせ下さい。
第6に、「事故、怪我について」市長・教育長に質問します。
本市における保育所、学童保育所、小中学校における子ども達のけがや事故に対する現況とその対応をお尋ねします。
第7に、「子ども食堂について」市長に質問します。
こども食堂は地域のボランティャを中心に開設や運営が行われており、全国に広がっており、2016年319か所であったものが、2019年には3718件まで増えており、この3年間で実に12倍になっています。
 そこで、本市におけるこども食堂の実態とその支援策についてお聞かせ下さい。

次に第2の項目「女性の人権と支援について」市長に質問します。
第1の「DV被害について」お尋ねします。
 DV被害に関する相談件数は、平成30年度埼玉県全体では、6631件、その内、越谷市は549件となっています。
 そこで、その中には性暴力被害者もおられますが、この様な状況に対して、越谷市ではどの様な対応をされているのか、お示し下さい。
 第2に「ひとり親への支援について」質問します。
子育てに関しての不安や悩み等の相談件数は、平成28年度278件、平成29年度394件、平成30年度500件と年々増加傾向にあります。
 そこで、ひとり親への支援策についてお尋ねします。
 第3に「成育法基本法」について質問します。
本年12月1日「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育を切れ間なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律」が施行されました。
この法律の名の通り、特に妊産婦をはじめ女性へのシームレスの支援策ですが、その目的や意義さらに本市の受け止め方をお示し下さい。

次に第3の項目「地球温暖化対策について」市長に質問します。
第1の「異常気象の認識について」お尋ねします。
本年9月9日台風15号により首都圏は記録的な暴風雨に襲われ、また10月6日台風19号により93人死亡 3人不明 71河川で決壊 8万棟余で住宅被害が出ました。越谷市でも水害による被害を受けました。また世界でも記録的な猛暑や熱波、北極圏での氷床の大融解など異常気象に襲われています。
 そこで、この様なかつてないない気候の異常な進行についての認識をお尋ねします。

 第2に「CO2削減に対する目標値と本市の計画について」お聞きします。
 本年12月2日から第25回国連気候変動枠組み条約国会議(コップ25)がスペインの首都マドリッドで開幕され日本政府も参加しています。
 「パリ協定」を踏まえ各国が温室効果ガスの削減に向けて論議が展開されています。
 そこで、CO2削減に対する本市の計画や目標値についてお示し下さい。

第3に、「気候の非常事態宣言について」お尋ねします。
 先述しましたが、地球規模の気候の異常事態はますます深刻な状況にあり、正に人類の生存にとって危機的な事態にあります。
 そのため、世界では大学、研究者、医学界、宗教界、建築学会等あらゆる分野で「気候の異常事態宣言」が相次いでいます。
 日本でも自治体を中心に「異常事態宣言」が発表されています。
 そこで、本市ではこの宣言に対してどの様に対応されるのか、お聞かせ下さい。 以上
             (12月6日)