PDFファイル⇒18年11月天秤棒No54

両ひざの痛みは、職業病だ?
今朝の駅立ちは越谷駅西口で、午前7時から開始したが、通常通り駅前の吸い殻やごみの清掃の後、市政レポートの配布とともに、9月議会が9月27日に閉会したので、9月議会の焦点や争点をスピカーから報告した。
そして、午後7時から午前0時までの5時間にわたり大袋駅西口で、市政レポートを配布した。一日都合6時間30分の駅立ちを実施した。
すでに夜の駅立ちも開始して4年が過ぎており、当初はこんな遅くまで駅頭をやっていいのか、と質問してくる市民や朝だけでなく、夜もやっているのですか、と驚いた顔で帰宅して行く市民も多くいた。
しかし、4年間も続けると、驚いた様子の市民はへり、むしろご苦労様と優しく声を掛けて行く市民や、ほろ酔い気分でゆっくりと話して行く市民も増えて来ている。
通勤で利用する駅が大袋駅以外でも、職場の飲み会が大袋駅周辺であった後、帰宅途中に私の駅立ちで出会ったりするので、そんな時は“へー夜も、しかもこんな遅くまでやってるの=”と驚かれることもある。
また、朝と同様に差し入れやカンパを頂くことも普通の風景となっている。
問題は、私の体力と夜の日程が空かないと実施出来ないのだが、最近両ひざの痛みに悩まされている。
通常歩行するときは、さほど痛みはないのだが、階段ののぼりや特に下りの場合に筋肉痛の様な痛みが起こる。
そのため、これまで健康のためにエスカレイターやエレベーターの使用は控えて階段を利用していたものの、ひざの痛みが始って以来階段利用はぐっと減ってしまった。
余りに長く痛みが続くため、腕の肘の痛みでお世話になった越谷市花田にあるやざわ整形外科クリニックに診察、治療のため出向いたのだが、診察待ちの患者さんが何時も多く、最低1時間30分後や2時間後になりますと、看護師さんから言われため、2回、日にちをずらして出向いたが、2回とも診察が出来ずにいた。
3回目は時間の余裕をつくり、約1時間30分を病院のロビーの椅子で待機して診察をして頂いた。直ぐに両ひざのレントゲン写真の撮影が行われたが、様々な角度から何枚もの写真撮影となった。
なんでこんなに多く撮るんですか、と担当した看護師さんに尋ねたら、それは後ほど先生から説明があります、と笑顔で返事をされた。
そこで、いよいよ診察室で先生からの問診とレントゲン写真を見ての診断が行われた。
「安心して下さい、ガン発症にともない骨に前立腺ガンの様なガン細胞が転移して異常をきたす場合がありますが、あなたの骨は曲がってもいないし、ガンによる影響は全くありません」と告げられた。
 がん細胞の増殖?!先生それでは痛みの原因は加齢による膝関節の摩耗による異常ですか、と尋ねたら、「いいえ、違います。要するに足の使いすぎによる筋肉疲労です。両側に小さなぐりぐりが出来ていますが、(該当の場所を押さらえたら小さな音がした)これは水が溜まっている証拠です」
えー水が溜まっているー?!「これも安心して下さい。水を注射器で抜くまでの症状ではありません。足を使い過ぎると痛みによる警告を体が発信している状態です」との事だった。
結局、治療としては肘の時と同様に、湿布薬の塗布で行うと言うことだった。
足の使い過ぎとの診断だったが、毎日3時間近く15年間駅に立ち続けているのだから、納得はしたのだが、これは職業病ではないのか、と頭をよぎったが、流石に先生には話さず病院を後にした。        (10月1日)

妻の不満に応えきれない現実が
昨朝の駅立ちは、大袋駅西口で何時もの様に午前6時から開始して、午前8時30分過ぎまで行った。
この日は夜の駅立ちをせんげん台駅東口で、午後7時から午前0時まで実施した。
やっと猛暑の夏から季節が秋へと移行しつつあるので、暑くもなく寒くもない中での駅立ちとなったため、一日7時間30分に及ぶ駅立ちも何とかこなすことが出来ている。
 しかし、毎日、毎朝の駅立ちの送り迎えは、妻が運転する自家用車(事実上は自営業車となっているが)を使用している。毎日の朝の起床時間は午前4時30分頃となり、夜は午前0時過ぎの帰宅となり、それから風呂に入って次の朝の駅立ちの準備をすることもあり、午前2時過ぎに就寝することになる。そのため妻も同様に起床や就寝となってしまっている状態が長く続いている。
「あなたも大変かもしれないけど、私も夜駅立ちの日は特に寝不足になっているのよー」と妻の不満が溜まっていることがある。
 確かにその通りだろうが、議員活動は夫婦で営む小さな自営業者の様なものだから、何とか持続して欲しい、との言葉を飲み込んで、何時もお世話になっていますねー、と声を掛けている。しかし妻への労いにはなっていないかもしれない。明日も朝、夜の駅立ちを実施する予定だ。            (10月10日)

一心太助の記事「直」の文字を巡って
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅東口で実施して、夜は午後7時から大袋駅東口で午前0時まで、市政レポートの配布を実施した。
配布を続ける市政レポートや一心太助の天秤棒への市民の様々な反応が現場の駅頭で日々起きている。
その出来事は「駅頭は小さなドラマの連続だ」とのエピソード集を発行して来ている。
しかし、今日は発行された「駅頭は小さなドラマの連続だ」NO52号の中の記事タイトル「差し入れは、直ぐに胃袋の中へ」のこの「直」の文字への質問がメールであった。
それは、通常は「直」と表記するのだが何故一が抜けた「直」となっているのか丁寧なお尋ねがあった。
メールによると「私の苗字“直○”の“直”は縦の棒が無い字で戸籍登録されていて、関心を持っているからです。
 なお、最近、戸籍には通常使われていない文字を使うことが認められている(通達)関係で、国がそのような文字(漢字)を統一・開発・データーベース化したことは認識しています。」との事だった。
直ぐに回答したが、明朝の「直」を変換するとき「MingLiU」で変換して表示しており、これが「直」となっている以上のことは分からないと返事をした。
 すると、また丁寧に返信が来て「新大字典の“直”の項には、同字と俗字として戸籍上の字も含めて記載があります。(添付)
 また、井伊直虎の花押も縦の棒がありません(添付、花押であり文字とは言えないかもしれませんが)
 その他、いくつか資料があり、昔は結構使われていたのでないかと想像しています。」との事だった。
思わぬやり取りとなったが、何時も市政レポートを読んで頂いている市民との交流がまたこの様な形で実現している事に嬉しさがこみ上げた。         (10月11日)


PDFファイル⇒18年 10月天秤棒駅頭53

仕事に人が合わせるのでなく、人に仕事を合わせる
今朝の駅立ちは、午前8時過ぎから開催された、がんばろう越谷主催の第52回グラウンドゴルフ大会の開会式のあいさつ出席のため、中止した。
会場となった越谷市小曽川にあるしらこばと公園運動場は、良く手入れされた緑の芝生のグランドや、好天に恵まれて約120名の選手の皆さんの好プレーが続出した。
このグランウンドゴルフ大会は、市内の各グラウンドゴルフクラブの皆さんが自主的に実行委員会をつくり、大会の準備や参加選手の呼び掛けを始め当日の運営など全てフラットな話しあいの中で、継続的に大会を開催して来た。
このため、時には運営を巡って意見が対立することもあったものの、納得がゆくまで話し合い、権威主義的な習慣を最も忌避して来たことが、常に和気藹々の雰囲気を醸し出している。
 この日私のあいさつは、障がい者の法定雇用率の水増し問題が、中央省庁で発覚し、残念ながら越谷市でも同様の問題が発生した。
民間企業や中央省庁や自治体では、障がい者の雇用は、法律によってその雇用率が決定されているにも拘わらず、大幅な水増しが日常的に行われていた事に衝撃が走った。
当然のことだが法律を遵守することは最低の責務なのだが、同時に法律を遵守すれば問題が解決するわけでもない。それは障がい者が働き続けることは職場環境の整備とともに仕事のやり方の全面的な見直しが必要とされる。
そこで次の様な例を紹介した。「障がい者が働く場所に植木が5鉢あり、水やり作業に関して健常者に管理者がオーダーする場合、通常“水をやっといて”と言っても作業に支障は起こらない。
しかし、障がい者に同じ様にオーダーしても作業は進まない。そこでオーダーの仕方を大きく変えて、“5つの鉢の内右から3番目の鉢の根本に今から1時間後に水を1リットル上げて下さい。葉っぱにはかけないように”と話すことによって作業は順調に遂行されて行く。
これは障がい者にとって理解しやすいようにオーダーすることに留まらず、全ての作業員にとって植物に水をやる意味やチームとしての作業の平準化をもたらすことに繋がって行く。これまで仕事に人が合わせてきた職場慣行を、人に仕事を合わせていく作業の切り分けと言う意識改革になって行く。多様な働き方は実は、障がい者の問題ではなく、私たち一人一人の問題です」と。
そのせいか、プレー中にルールや作法など不慣れな選手に教えるベテラン選手が極めて丁寧に説明する光景が多く見られたそうだ。
(9月12日)

カンパが今日も続いている
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り午前6時前に駅に到着して、車から街宣用具を運び出して設置の後、駅前清掃からスタートした。
午前6時30分頃、旧知の高齢男性と散歩の途中で良くお会いするのだが、今日も何時もの様におはようございます。お元気ですね、とご挨拶をした。  
すると、白いジャージのポケットから1000円札を出して、これ少ないけど、と話されてカンパを頂いた。
更に午前7時30分過ぎに馴染みの中年女性から、何時も楽しみに市政レポートを読ませて貰っています、と笑顔で話し掛けられ、1000円のカンパを頂いた。       
 午前8時30分過ぎに駅立ちは終了したが、この駅の朝は特に足速に改札に向かう市民が次々と目の前を通り過ぎて行くため、通行の邪魔にならない様に良く気を付けて市政レポートを配布している。
勿論馴染みの市民は常に100人を超えているものの、全く関心を寄せない(その様に見えるだけかも)市民や怪訝そうに傍を通過していく市民も多い。
だからこそ、そんな市民の方にこそ15年間毎日、毎朝継続されている2時間30分に渡る駅立ちの姿勢から、何かを感じて貰いたい、と
思いながら、魔法瓶の麦茶でのどを潤した。
              (9月19日)

東海第二原発の20年間運転延長に反対続出
今朝の駅立ちは、現在開会されている9月議会の中で教育、環境経済常任委員会が午前10時から開かれ、市民請願「政府に対して老朽化した東海第二原発の20年間の延長運転に反対する意見書提出を求める件」が審議されるため傍聴するため中止した。
3,11東日本大震災の折、東京電力福島第一原発の事故によって未曾有の被害が起こった。これによって原発の安全神話は崩壊した。
そのため政府は、全国全ての原発を40年間で廃炉にする法律を成立させた。当該の東海第二原発も危うく福島原発と同様に大事故寸前の状況に追い込まれたが、かろうじて危機一髪で回避した経緯があり、その後7年間にわたり運転を停止していた。
ところが、突然稼働に向け20年間の運転延長のため、原子力規制委員会にその承認を求める姿勢に転じたため、立地県の茨城県内の周辺自治体や議会で延長反対の決議が次々と上がっていた。
越谷市も僅か90キ㎞しか離れておらす、福島原発事故による多大な被害を現在でも受けている状態の中、反対の意見書を政府に提出して欲しいとの市民からの請願が出され、所管の教育、環境経済常任委員会に、この日請願した市民3人も出席して審査と採決が行われた。
この市民請願に反対したのは、自民党の議員だけで賛成多数で請願は採択された。
議会最終日の9月27日に本会場で、全議員によって採決されることになる。(9月19日)
(議会最終日、請願の賛否が行われ、自民党と保守無所属の会と無所属1人が、反対したが、賛成多数で採択された。
私の自治みらいは、当然全員賛成したが、公明党も賛成した。公明党はこれまで越谷市議会での議案の賛否は、自民党とほぼ同一歩調を取り続けて来た経緯があり、今回姿勢が変わったのは何故なのだろうか。沖縄県知知事選挙でも創価学会員の2割強の県民が当選した玉城デニー氏に投票したと出口調査で明らかにされている。学会内部に何らかの異変が起こりつつあるのではないだろうか?)

放水された水の勢いは、思った以上の威力
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で通常通り午前6時から開始して、午前8時30分過ぎまで実施した。
この日は、越谷市議会が主催する平成30年度の災害時対応訓練が午前10時から越谷市谷中にある新設された谷中消防分署で開催されるので、駅立ち終了後直ちに会場に向かった。
ただ、朝食は何時もの様に取っていなので、消防署付近のコンビニで暖かい肉まんとおにぎり1個を駐車した車の座席で胃袋に流し込んで参加した。また防災服着用が義務化されており、これも車の中で着替えた。
 2階の教室で消火栓の種類等の講義を受けたのち、実際の消化訓練や煙が蔓延する建物の中での移動訓練など消防署員から丁寧に指導を受けた。
高さ5メートル近いビルの上から、緊急脱出のため避難訓練も実施され地上に向けトンネルを落ちる様に体をくねらせながら滑り落ちる事や、また消火器の放水用具から水を噴出して消火を体験した。      (9月25日)


PDFファイル⇒18年 9月天秤棒駅頭52

春日部市民だけど、読んでみます
今朝の駅立ちは、駅に到着して街宣用具(今日は午前7時から同駅で自治みらいの駅頭市政報告会を取り組むため、幟と市政レポートのスタンドだけを)を設置して、駅前清掃の後午前5時20分から開始した。
午前6時過ぎ、馴染みの都内のタクシー会社で勤務明けの中年のタクシードライバーから、大きな声でおはよう、とあいさつされた。
何時も階段を降りて来て、この時間に後方から声がかかるので、少し驚いてしまう。
そして何時もは、今日は売上はどうでしたか、と尋ね、よくないよーとの返事だったが、今回は良かった、との返事。
それはいいですね、と応答したら、たまには、こんなこともないとねー、と笑顔で返事。恐らくロング(長距離の客)がはいったのだろう。
更に、馴染みの30代のサリーマンの方から、冷いペットボトルを差し入れて頂いたが毎回のことだ。
次に中年の女性の方が笑顔で、春日部在住だけどたまには読んでみます、と話され市政レポートを受け取って行かれた。
この駅は、春日部市からの駅利用の市民が多く、他にも以前から春日部市在住の市民の方も受け取ってもらっている。
午前6時40分頃、馴染みのサラリーマンの方が、あれカンパ箱はないの、と尋ねられた。
あーすみません。今日は午前7時から自治みらいの街宣なので、通常のカンパ箱は置いていないんですよ、次回お願いしますと返事をした。
すると、それではと1000円札を直接頂いた。
午前7時頃、最近あいさつをして頂けるようになった白人の男性から、今日は手を上げておはよう、とあいさつして頂いた。
小さなことだが、私にとっては大変嬉しい出来事となった。       (8月30日)

差し入れは、直ぐに胃袋の中へ
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前5時50分から開始。駅前清掃の後市政レポートの配布を通常通り午前8時30分過ぎまで取り組んだ。午前8時頃、馴染みの中年女性から、グッドモーニング、と笑顔で挨拶をされた。毎回のことで、新越谷駅西口でも同じように対応して頂いている。
そして、何時もの様にパンと野菜ジュースとお茶等を頂いた。
今日は、9月越谷市議会初日のため、午前9時30分過ぎには、市役所に行かなければならない。何時もは駅頭の後朝食を取っているのだが、時間が余り取れない中市役所の会派控え室で、この差し入れを美味しく食べた。
更に30代のサラリーマンの方から、封筒に入った1000円のカンパを頂いた。封筒は糊付けされていて、「暑い中お疲れ様です。応援しています。頑張って下さい」と直筆の言葉が添えてあった。がんばります。
(9月3日)(裏へ)

チラシ配布にも、その姿勢が表れる
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時30分頃に到着して、街宣用具を自動車から降ろして、一旦最寄りの有料駐車場に駐車し、駅前清掃の後開始した。駅前清掃では、この駅が何時も最も散らかっており、20分位の時間が必要となる。
台風接近の影響で、小雨が降ったり、止んだりしていたが、午前7時過ぎには少し大粒な雨が間断なく降って来た。
そのため、街宣用具を何時もの場所からさらに改札口に近い場所に移動させた。
それでも、時折強く吹く風にのって雨が降りかかってしまい、テーブルが雨水に濡れた。
午前7時からホットヨガの会社の宣伝チラシを配布する20代の女性が二人、通勤客に盛んに呼びかけ、チラシを渡そうとしていた。
この駅は、東武鉄道の新越谷駅とJRの南越谷駅が交差する広場を両方向から市民が大量に行きかう場所で、特に朝のラッシュ時期には混雑している。
その中で、あまり反応しない通勤客を相手に連続して声を掛け続ける動作は、疲れるのではないか、と思いながらこちらも9月議会初日に市長から提案された議案についてマイクで報告をした。
そこで、一人の女性に話しかけてみたが、アルバイトではなく、派遣会社の社員で、午前10時までの3時間を実施するとのこと。あまりチラシをうけとらないではないか、と聞いてみるといいえ、良く受け取って頂けます、との返事だった。結構時給は高いそうだ。
このチラシをこちらから手を出してもらったのだが、私の市政レポートも下さい、と申し出てて頂いた。
先週北越谷駅東口でも同じチラシを一人で配布していた女性がいたが、ただ立っているだけで一切声を発していなかった。そのためチラシを受け取る通勤客はいなかった。
同じ仕事を引き受けるにしても、その姿勢の違いを見ることが出来た。   (9月4日)

駅構内の自転車の駐輪問題
今朝の駅立ちは、北越谷駅西口で通常通り午前7時から開始した。街宣用具の準備があるので駅到着は午前6時40分位だったが、駅前広場で毎日開催されている朝のラジオ体操(越谷市の独自の体操・ハッポちゃん体操だが)が終了する時間帯のため、体操を終えた高齢者が通過していくのが、何時もの風景となっている。
9月越谷定例市議会が、9月3日からスタートしているので、この日は9月議会冒頭に提出された市長提出議員(一般議案15件、110億円余の補正予算案の議案、1800億円を超えた平成29年度決算議案)の説明や問題点を指摘しながらマイクで報告した。
これから午前10時から本会議場で、一般質問(今回は31名の議員の中で19名が登壇する)の2日目となっているので、駅立ち終了後直ちに、議会に向かった。
それにしても、自転車の駅構内への駐輪問題が中々解決していない状態が続いている。
構内には、自転車止めやロープが張られているのだが、自転車を留めて行く市民があとを絶たないようで、指定場所以外に駐輪している自転車は一か所に集積されている。その直ぐ脇には有料の駐輪場が開設されているのだが。
(9月11日)




PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭49

夏祭りの次の日、日焼けの顔で
今朝の駅立ちは、午前5時30分前にせんげん台駅西口に到着して、通常通り街宣用具の搬入と設置の後、駅前清掃を終えて市政レポートの配布をスタートした。
 月曜日の朝、猛烈な暑さが続く連日に比べれば幾分気温が下がり、風も涼しい。
ただ、昨日の日曜日は、私の居住する自治会主催の恒例の東都自治会夏祭りが開催され、午前9時から午後3時過ぎまで、祭りの模擬店で出店した、東都自治会グラウンドゴルフ部の一員として、かき氷やイカ焼き等の販売や、テント等を始め後片付けまで一日中炎天下の中での作業となった。
熱中症対策のため、塩飴やスポーツ飲料を次々と飲み続けるため、直ぐに汗が額からこぼれ落ちるが、同じ動作を繰り返さなければじっとしていることが出来ない状態だった。
サイダーやビールを冷やすために用意された大量の角氷を一握りタオルに包み、首筋や額にあてがうと、ひんやりして体温が下がって気持ちはいいが、冷えすぎて時々痛く感じるほどだった。
その内、氷が解けてしまうので、補給を繰り返したため、タオルはびしょびしょとなっていった。
最後にテント等をリヤカーに積んで、倉庫まで10分位で運搬して終了だったが、同じ様に作業を担当した数人の中の高齢男性が、座り込んだ状態から立とうとしたら、転んでしまったが、軽い熱中症の症状だった。
その後関係者を対象の反省会が、自治会館で開催され、午後4時過ぎにはお開きとなったが、自宅に帰り直ぐにシャワーを浴びて、クーラーをかけて午後7時まで床で眠った。
ここでやっと落ちついたのだが、今年の夏祭りは格別に体力を消耗した。(少し頭痛がしたのだが)
その次の日の朝の駅立ちであり、中止も検討したが、中止の理由を見つけよと思えば、いくらでも見つかるものなので、通常通りに実行した。そのためか、午前6時過ぎに馴染みの高齢女性から、毎日暑さが続き駅頭を続けているので焼けていますね、と声が掛かった。
はい、ありがとうございます、と応答したが、昨日の祭りの日差しがより顔を黒くしたのだったが。
毎回差し入れを頂く、駅前の清掃担当の高齢男性が今回も2本の飲料水を、また次々に馴染みの市民からペットボトルを頂いた。
午前8時過ぎには、旧知の中年男性から、麦茶でも飲んで下さい、と封筒に入った1000円のカンパを頂いた。(日ごろから用意されていたのだろうか)
更に、カンパ箱には、1000円札が入っていた。
今朝は、学校が夏休みに入っており、何時もの混雑は見られなかったが、それでも独協高校生が階段を降りて来ていた。クラブ活動か補修なのだろうか。       (7月23日)

ムクドリ対策の試験威嚇のその後
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分からスタート。
午前8時30分過ぎまでの3時間で実施したが、連日の猛暑と熱帯夜のため体がだるく感じながらの活動だった。            (裏へ)
午前8時前に、毎朝せんげん台駅東口前の広場の清掃を担当している高齢男性から声が掛かった。
前回陳情された、せんげん台駅東口のムクドリ対策について、先般市職員によって威嚇のための機械を使い追い払ったため、一時は効果があり、ムクドリは寄り付かなくなった。
しかし直ぐに機械の使用が終わるとまた飛来して、糞の匂いが一面に広がっているので、その後の対応がどうなっているのか、と尋ねられた。
威嚇の作業は実験のためで、その効果を見ながら対応策を実施する、との市の考え方は前回説明しましたので、その後どうなったのか市に問い合わせてみます、と返答した。
(7月26日、越谷市環境政策課長さんに、対応策を尋ねたが、兆度本日から威嚇用の機械を2台設置したところだ、との回答だった。
これでも効果が薄ければ、木立の枝の剪定も検討すると付言された。当日の夜に現場を見に行って来たが、無数のムクドリが空中を飛んではいるが、間断的に機械が出す音のため木立には一切近寄れない状況だった) (7月24日)

“一心太助”が頭に何故か残っている
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り、午前6時前から開始した。
台風接近の影響で、昨日から暑さが和らぎ、朝晩は涼しく、日中の日差しもそれほど気にならない位になっている。
そのため、早朝から過ごしやすく、少し強い風も吹きぬけており、快調なスタートとなった。
ただ、日差しが時折差し込むため、途中で麦わら帽子をかぶり、市政レポートを配布した。
馴染みの市民からは次々と今日は涼しいですね、少しは楽になりますね、と声が掛かる。
旧知の駅前の自転車誘導係りの数名の高齢男性にも、毎日こんな気温だと助かりますね、と私からも声を掛け、笑顔で応じて頂いた。
午前7時30分過ぎ、旧知の中年女性から、清涼飲料水を2本頂いたが、毎回差し入れをして頂いている。
そこで、私のことを気にして頂いているのは、何故ですか、と尋ねて見た。
以前はせんげん台地区に住んでいて、当時からせんげん台駅でよく、見かけており、北越谷に転居してからも、あちこちの駅で見かけていた。すでに15年位になります、との返事だった。
更に、他の議員は大勢で駅立ちをしているが、あなたはずっと一人で続けていて、“一心太助”が何となく何時も何故か頭に残っていた、と付言された。
午前8時過ぎ、やはり馴染みの中年女性が丁寧に挨拶をして頂いて改札口に向かわれた。
暫くして、袋に入った清涼飲料水を2本差し入れて頂いた。構内のコンビニで購入されたのだろうが、早朝の慌ただしい通勤時間を割いての差し入れを頂き、感謝・感謝。
その後、馴染みの高齢男性からも一旦市政レポートを受け取った後、戻って来られて、何時も市政レポートを頂いているので、少しだけど、と2000円のカンパを頂いた。
台風が通過した後、再び猛暑がぶり返すとの天気予報に、もううんざりとの気分になっていたが、駅頭での様々な市民との出会いに気持ちが支えられている朝となった。
            (7月27日)

レイクタウン付近の信号機の調査へ
今朝の駅立ちは、中止した。
それは先般蒲生駅での駅立ちの折、馴染みのタクシー運転手の方から、イオンレイクタウン付近のケーズ電気前の信号機の点滅に関して、イオン方面に向かい南方向からの右折車が曲がりにくくなっている。延々と車が列をなし渋滞しているので、信号機の改善が出来ないか陳情だった。そこでまず早朝の時間帯で調査するため、通常の駅立ちのこの時間で実施した。
            (7月30日)


PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭48

ガラス張りの長岡市庁舎を再度見学
昨日から建設常任委員会(8人)の行政調査のため、群馬県藤沢市の「道の駅ららん藤岡の取り組み」について、今日は、新潟県長岡市の「空き家対策について」それぞれ調査をした。
そのため、今朝の駅立ちは中止したが、長岡市も早朝から気温がどんどん上昇して蒸し暑さに包まれた。
 ただ、長岡市役所は、独特の庁舎で全国的にも有名で、特に本会議場が一階の通りに面しており、ガラス張りのため市民が議場や議員を外から見ることが出来る構造となっている。
因みに市長室もガラス張りの構造で、これも市民が外から市長の執務状況を見ることが出来る様に工夫されている。
また庁舎内の敷地には、広い広場が整備され、しかも屋根が設置されているため天候を気にせず市民イベントや憩の場として利用されている。
この日は、広場に気温を低下させるミスト(霧状の水蒸気)が大型の噴霧器から出されていた。ひんやりして涼しい。
3年前、自治みらい(私が代表をしている越谷市議会の会派)を結成して最初の会派の行政調査にこの議会棟を訪れ、議会と市民の垣根をなくそうとする努力に感銘を受けていた。
今回も再度議場を見学させて頂いたが、建設常任委員の全員が感激して盛んにスマホのシャッターを押していた。
              (7月5日)

突然の激しい雨に打たれて
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時前に到着して、街宣用具を車から運びだし設置の準備をしているところに、馴染みの大袋地区の自治会長の高齢男性が、朝の散歩の途中で立ち話になった。
大袋地区での再開発を巡り、区画整理事業の進め方の問題点を強調された。まず完成予定が大幅に延長されたことや、予算額が削られたことや、公募の12人で構成する土地区画審査委員会の非民主的な運営など、次々と話された。
また、散歩中なのでお金を持ち合わせていない、と一旦自宅に帰られた。その後、戻ってこられてペットボトルやスタミナ飲料を頂いた。
その後、旧知の中年女性から、飴を、また高齢女性からは、袋詰めのせんべいを次々と頂いた。
この日は、朝から晴れていたものの、午前8時前黒雲に覆われて、激しい雨が降り始めた。
通勤客も突然の降雨のため、驚いた様子の市民が多く、びしょ濡れのまま駅構内の駆け込んでくる人や傘をさしてゆっくり歩いて来る人や、雨が止むまで待機している人など、混乱?した。
市政レポートの配布は通勤客の邪魔にならない様に続けていたが、看板や演説の机は、みるみる間にずぶ濡れ状態となった。  (裏へ)
このため一旦撤収したものの、後片付けに使ったタオルが直ぐにびしょびしょになる程だった。
しかし、この激しい雨は15分程度で止まり、あとは小雨状態となった。
大袋駅の東口にも西口にも広告を張り出すスペース板が設置してあり、夏季期間中の学童保育の臨時職員の募集の紙がはってあった。
期間は7月23日から8月31日までで、時給1080円の表示がしてあった。
この募集ポスターを熱心にみている40代前後の女性がしばらく見た後、エスカレーターを昇って行かれた。
7月4日の駅立ちは、大袋駅東口だったが、同じ様に、このポスターを同じ様な年齢の女性が読んでおられた。
              (7月9日)

連日の猛暑、最強の暑さ対策は
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で午前5時40分頃に到着して、街宣用具を車から降ろし、設置した後、何時もの様に駅周辺の清掃から開始した。
この駅は東武鉄道の市内6駅の中では、乗降客が最も多く、また歓楽街を抱えており、真夜中まで市民で賑わっている。
そのため、早朝には、あちこちのたばこの吸い殻は勿論、テッシュペーパーやファーストフードの包紙やペットボトル、はてはピーナッツの殻など散乱し、しかも広範囲のため、清掃に15分以上かかることもしばしばだ。
今日も午前6時5分まで、清掃を続けたが、連日の猛暑のため、すでに額に汗が噴き出して来た。
日中の猛暑と連夜の熱帯夜のため今日は朝から少し体がだるく、足が重たい。
それでも、気持ちを奮い起こして、市政レポートを1時間余り配布を続け、午前7時から午前8時30分まで、演台前でスピーカーを通して6月市議会の報告や、7月17日(火)に開催する超党派8人の有志議員が主催する、4地区市政報告会の告知と参加を呼びかけた。
暑さ対策のため、水やのど飴は常備しているものの、麦わら帽子は、この時期の必須アイテムだ。
昨年まで使い続けた麦わら帽子が古くなったので、先般購入したオニューで、日差しを避けて演説を続けた。
そのため、何人もの馴染みの市民から、良く似合っていますね、暑いので熱中症に気を付けて下さい、と声が掛かる。
中には、演説台の位置を日陰に移動してやった方がいいのでは、とのアドバイスを頂く市民もおられたが、そうすると通行の障害になるので、現状の位置で、暑さ対策をとるしかない。
しかし、やはり汗が額からこぼれ落ちてくるし、ハンカチで額を何度もぬぐい、ペットボトルの水をこまめに補給するのだが、多少頭がボッーとして来る。
そんな時には救世主が現れるもので、旧知の中年男性が、久しぶりだからと1000円のカンパをして頂いた。
カンパは勿論ありがたいのだが、更に少しの時間でも気兼ねない会話が出来ることは、心身ともにホットできる空間であり、これが最強の暑さ対策となっている。
午前8時30分に終了して、妻が運転する迎えの車に街宣用具を積み込んで、やっと座席に座ることができたのだが、車のクーラーからの冷気をうちわであおいで、熱を冷ました。
それでも、しばらくは体の熱がひかず、朝食をとるため、イオンレイクタウンに向かった。
このところ、連日の猛暑のため、朝駅頭の終了後にとる朝食は、自宅に帰らず(帰宅した後朝食の準備をする妻も疲労気味のため)最寄のレストランのモーニングが続いている。
             (7月11日)

行政調査の集合時間に合わせて
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で、午前6時から開始。
東埼玉資源環境組合議会の行政調査が、今日、明日二日間にわたり、長野県小諸市の「クリーンこもろ」と「浅麓汚泥再生処理センター」を対象に実施されたため、午前9時前には東埼玉資源環境組合に集合となっている。このため通常より早い午前8時15分過ぎには終了した。
午前9時に、資源環境組合を大型貸切バスで出発して、一路小諸市に向かったが、ごみの減量・資源化の取り組みや焼却施設クリーンこもろの運営について調査した。 (7月12日)


PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭47

今年も飛来した、せんげん台駅前のムクドリを巡って
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で、何時もの様に午前5時30分前に駅に到着し、街宣用具の設営の後、駅前清掃を行い、市政レポートの配布をスタートした。
猛烈な暑さが続いているため、午前7時頃には気温がどんどん上昇して来る。
馴染みの20代の女性と笑顔のあいさつの後、双子のお姉さんの話になり、転職して今日が初出勤だとのこと。(何時も早朝の笑顔でやさしく受け取って頂いているので、今日の様に1時間以上もの暑さの中、市政レポートの配布行動には、何時にも増してホットした)
実は前回の同駅の駅頭でどうして何時も市政レポートを受け取って頂くのですか、と尋ねた折に、姉が先に受け取っていたので、自分も自然の受け取る様になっていました、との話だ
った。
ところで、市政レポートの感想は、とも尋ねたが、「駅頭シリーズ」は、様々な市民の反応が身近に感じられて面白い、との返答だった。
午前8時頃、件のお姉さんとお会いして、転職に関して正規雇用で初出勤の話になったので、暑さが続きますが、がんばって下さい、と送り出した。
また、30代のママさんが自転車で駅近くの保育園に子どもさんを送り届けた後、話し掛けられた。昨年の同駅での夜の駅立ちの折、越谷市の婚活について陳情を受け、色々調査して
資料を郵送して対応した。
その件の関して、お礼をしていなかったので、改めてお礼をさせて頂きますと、丁寧に挨拶をされた。
更に、郵送された封筒の切手代金をお支払します、との申し出だったので、大丈夫ですよ、そのために政務活動費を頂いていますので、ご心配なさらずに、と応じた。
しかし、どうしてもと話されて、演台の上にあるカンパ箱にワンコインのカンパを頂いた。
早朝から毎日同駅前の広場の清掃に取り組む高齢男性から、声が掛かった。
毎回清涼飲料水の差し入れを頂いているが、今日も頂いた。
駅前の木立にムクドリが大量に飛来して、鳴き声がうるさく、また路上に落ちる糞の悪臭が一面に漂っていたので、先週市の担当に陳情したが、今日まで何の対応がなされないので、善処して欲しい、と相談された。
確かに、例年ならばムクドリ対策用のギャーギャーと大音響のスピーカーが設置されているが、今年はまだ設置されていないので、駅頭終了後早速、環境政策課長さんに、事情を聞きに行った。
それによると、スピーカーは地元商店街の管理下にあり、今年は早々に梅雨があけて、連日の猛暑のため、匂いが消えず、市民に不快な思いをさせている、と現状を認識されていた。
また、大音量のスピーカーに対して一年目は効果があるが、直ぐにムクドリが学習して慣れてしまう事、更に鷹による一掃手段のため鷹匠にも相談したが、回りに高いビルが林立しており、鷹が本来の機能が果せない、との事だった。
そこで、今日から3日間にわたり夕方2時間程職員がムクドリ撃退用の道具を使いムクドリに向けて威嚇をします、との事だった。
この作業状況を見ながら、更なる対応をします、との話だった。連日の猛暑の中ご苦労様です、と担当職員へのお礼と労を労った。
午前8時過ぎ、馴染みの男子高校生が何時もの様に市政レポートを受け取ってもらっているので、話しかけた。
越谷技術高校の2年生で、下間久里に住んでいて、せんげん台駅から越谷駅まで電車を利用し、それから自転車で通学している、との事。
今年で32歳になる私の二男が、同校を卒業した、との話に驚いていたが、市政レポートは面白いですか、と尋ねた。
すると、前述した20代の女性と同じ様に市民の様々な対応や反応がとても面白い、との返事だった。
駅頭シリーズは、日記風に記述されてはいるが、社会に向き合うためある一つの見方を示めそうと、継続的に発行しており、その意味が届いている事を感じた朝となった。
(7月2日)

“便利で豊かな”社会の裏側にあるもの
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時20分すぎから開始して、午前8時30分まで取り組んだ。
午前6時頃、何時もは7時過ぎに作業がはじまる駅前広場に停車したトラックから荷を下ろし、大きなカーゴに積み替えてエスカレーター横まで、手押しして定位置に移動。
それから荷物を両手一杯に抱え、エスカレーターを昇って行き、その後降りて来て同じ動作を5回ほど繰り返す毎回の行動だ。
しかし、今朝は早い作業だったので、話し掛けて見た。今日の作業は随分早いですね、と。
すると、他に回らなければならない店があったので、との返事だった。これは何処に運ぶのですか、と尋ねたら、駅ビル2階のあるパン店に運んでいる、との事。
毎日こんなに沢山運び込むのですねーと応答したら、そうです、との返事だった。
毎回同駅で、お会いする方なので、すっかり馴染みとなってはいるが、時々利用するパン店の材料等は、早朝しかも毎日のこの様な運搬作業によって始動している。
また以前、このパン店の女性従業員の方から、笑顔であいさつをされた事があり、私を知っていますか、と話した事があった。同じ様に早朝から仕込み等をするので、駅頭の私を見かけていたので、との返事だった。
24時間をフルタイムで仕事が分担、細分化され、今日の“便利で豊かな”暮らしが維持されており、一見すれば発展している様に見えている。しかしその裏にはこれまでにはない様々な労働と作業が発生し、それによって労働形態が劇的に変化している。ライフスタイルも同様に。しかし“便利で豊かな”社会がこれからも同じように持続出来るとは思わないのだが。
(7月3日)

3分で済ませた、行政調査日の朝食
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時前から開始し、午前8時30分まで実施した。
ただ、今日、明日と建設常任委員会の行政調査のため、午前9時40分までに大宮駅の豆の木前に集合となっていた。
そのため、街宣用具をバタバタと片付けて、直ぐに大袋駅から大宮に向かうため、ホームに駆け込んだら同じ常任委員会の松田典子議員も電車を待っておられたので、一緒に乗り込んだ。
午前9時25分頃に大宮駅に到着したものの、朝食を駅構内の喫茶店で取るため、急いで注文したのだが、時間がないため何と3分でトースト、サラダ、コーヒーを流し込んだ。
やっと集合時間5分前までに、他の建設常任委員会の所属の議員と合流できたが、私が最後に集合する結果になった。
何ともあわただしい朝となったが、調査地の群馬県藤岡市に向かう列車の中で、やっと、少し落ち着いている。       (7月4日)


PDFファイル⇒18年 5月天秤棒駅頭46

学校行事に出席したことが話題に

今朝の駅立ちは、大袋駅東口で通常通り午前6時から開始して、午前8時30分過ぎに終了した。
午前7時30分過ぎに、馴染みの中年女性が、エスカレーター前で、市政レポートを一旦受け取って、暫くして階段を降りて来られた。
そして、小さなのし袋を渡して、再びエスカレーターを昇って行かれた。
駅頭終了後、中身を確認したら、2000円のカンパが入っていた。
しかも、のし袋には、「いつも感心して居ます。応援してます。」と記されていた。
午前8時過ぎに馴染みの30代のサラリーマンの方から、話し掛けられた。
5月19日に開催された桜井南小学校の運動会の来賓として出席した私を見かけた、との事。
 同様に、私は同校の入学式でも来賓挨拶をしたが、その事も以前同駅での朝駅立ちで話題にして頂いている。
 地元の子育て世代の父親や母親の方が、学校行事での、私の挨拶を気に留めて頂いているのは嬉しいものだ。
              (5月29日)

障がい者用の停車スペースを確保して
今朝の駅頭は、せんげん台駅東口で、通常通り駅前清掃の後午前5時30分前から開始した。
午前7時頃、30代の馴染みのサリーマンの方から、カンパ箱に1000円のカンパを頂いた。
毎回、同駅では同じ額のカンパを頂いているので、月2000円もの額になる。
お礼とともに、市政レポートをお渡したが、何時も、何時もありがとうございます。
大切に使わして頂きます、とお礼を述べてエスレーターに送り出した。
午前7時30分頃、夫人の運転により大型のセダンで、通勤し盲導犬とともに駅を利用されている高齢男性で障がい者の方から声がかかった。
毎回駅頭の折にはお見かけするので、毎日駅を利用されているのだろう。
それは、送って来る車の停車場所について、通常は駅入り口に一番近いバス停前に停車するのだが、朝の時間帯は特に交通量が多く後続の車からクラクション等で警告をされて困っている。
そのため先般市の担当課に、障がい者用の停車スペースを、現在タクシーが待機している一角に作って欲しいと、陳情したが、答えは今後駅前広場の開発を予定しているので、その時点で考慮します、との事だった、と。
しかし、その開発は当分先のことなので、臨時措置でもいいので、スペースを確保するように、と陳情を受けた。
(その後、越谷市の担当である建設部道路建設課に事情の説明と善処をお願いに出向いた。
新越谷駅を始め他の駅前には、障がい者用の停車スペースが設置されており、せんげん台駅東口にも、タクシー乗り場の直ぐ近くでなくとも、タクシーが列をなして待機している場所に一台分のスペースが出来ないだろうか、タクシー運転手の方やバス会社の了解を取って何とか実現して欲しい、と言う障がい者の声に応えて、と話した。
確約は出来ないが、考えて見ます、との返事が暫くして返って来たが、実現が望まれる。)
午前7時過ぎの何時もなら越谷北高生徒が、大挙して通学のため、階段を降りてくる時間なのだが、今朝はパラパラと生徒が通り過ぎて行く。そこで、3人組の女生徒に理由を尋ねてみたら、今日は開校記念日のため休校との返事。
3人は部活のために、学校向かっている、と付言された。
更に、昨日桜井地区自治連合会の総会が開催され、50数名の自治会長が出席されており、私は来賓として参加した。
その中の通勤に向かう何人もの自治会長さんに、昨日はお疲れ様でした、と声を掛けて送り出した。          (5月31日)

励ましの言葉とともに、カンパが
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で、駅前清掃の後午前6時前から開始した。
午前6時30分頃、駅前の停留所で停車していたアサヒバスの運転手さんが、運転席から降りて来て、「自由にお取り下さい」と書いた張り紙を付けた市政レポートのスタンドから、市政レポートを持って行かれた。
以前も同じ行動があったが、良く確認出来ていないが別々の運転手さんの様だ。
午前7時過ぎ馴染みの中年女性が、足速に通り過ぎて行く途中、これ気持ちですからと小さなのし袋を頂いた。
直ぐにお礼を言ったのだが、足速に改札口に向かわれた。後ほど開封してみたら、5000円のカンパとともに、「お身体に、気を付けて下さい」と書かれていた。
このところ、カンパと一緒に励ましの言葉が添えてあるものが目立っている。 (6月4日)

気が付かれない?花壇のこと
今朝の駅立ちは、午前5時15分頃にせんげん台駅西口に到着し、街宣用具の設置を終え、駅前清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
午前8時過ぎ、この時間帯は独協高校の生徒達が次々としかも大勢階段を降りて来てバス停に向かう。しかも一定のこの時間に集中するため、先生数人が生徒を誘導して、一列に並ぶように呼びかけるほどだ。
同時に昇りのエスカレーターを利用する通勤客と階段を降りてくる市民でごったがえするのが毎回の風景だ。
そのため、市政レポートの配布には、通行の障害にならない様に、注意しながら続けている。
そんな中、つかつかと歩いて来て、いきなり「間を空けて、やったら」と言ってきた高齢男性が。空けているではないですか、と返答したがこの手の市民は全員同様だが、何も言わず憮然とした顔で(よく見えていなので、そのように感じたが)エスカレーターを昇って行かれた。
やはり、会話の作法も応答も出来ない市民だ。
確かに、先述した混雑の状況なのだから、もしかすると邪魔になっているかもしれないが、ほんの半歩、しかもほんの数秒避けて通れば、エスカレーターを利用することは十分可能なはずだ。勿論、この高齢男性の側に立てば、私の言い分は勝手なことに聞こえるかしれない。
しかし、この男性は、パチンコ店のテッシュ配布の店員がいても、なんの対応もせず、ことさら私にだけこの様な態度を示している。
つまり、気に食わないので、文句を一方的に言ってもいいのが、議員だと思っているのではないのだろうか。
こんな市民も市民であり、それが駅前の小さな出来事の一つである現実に向き合うしかない、と飲み込んだ。
午前8時40分頃、終了して街宣用具を片付けていたら、自転車誘導係りの高齢男性から話し掛けられた。
駅前に設置している花壇に関して、周辺自治会の皆さんで手入れをしている幾つもの花壇の中で、同じ花を植栽しも、枯れてしまう花壇がある。
それは、蛾が卵を産み付け、その幼虫が根を切ってしまうためだと、とても残念な表情だった。しかも、どんなに苦労して花壇の手入れをしても、毎日通過していく市民が関心を持ってくれていないのでは、と嘆いておられた。
そうですね、でも綺麗に咲く蓮の花も実は水面下のドロドロとした泥があっての華やかさである事を、知っている市民は必ず存在していますよ、と応答した。    (6月18日)


PDFファイル⇒18年 4月天秤棒駅頭45

今夜会えてよかったが続く、夜の駅頭
昨日は、夜駅立ちを、せんげん台駅西口で午後7時から午前0時まで、5時間で実施した。
午後8時頃、馴染みの中年女性が階段を下りて来られて、私の前で暫くバックに中を探しておられた。そして1000円札を出して、朝の時間帯はせわしなく、渡せないので、と話された。ありがとうございます、助かります、とお礼を述べた。
その後、自民党会派の伊藤市議が、降りて来られたので、挨拶をした。その後9時30分過ぎに再び戻って来られて、大変だね、こちらは飲み会だった、と帰って行かれた。
更に公明党の守屋市議にお会いしたが、4月26日に開催する大相撲越谷場所の関係者で、モンゴルの外交関係者が友達で、そのパーティーの帰り、との事だった。
更に、越谷市教育長が、降りてこられ、更に刷新クラブの武藤市議にもお会いした。
駅立ちを通して、これ程多くの方に集中して出会った事はなく、それぞれ別の要件を済ましての帰宅だっただけに、偶然が重なるとはこの様な事なのだろう。
午後9時頃、旧知の高齢男性が、階段を下りて来られて、またのし袋で1000円のカンパを頂いた。
ありがとうございます、とお礼を述べた後、こののし袋は、どなたかに渡すためにバックに入れておられるのですか、と尋ねた。
すると以前カンパを頂いた記事を掲載した、一心太助の天秤棒をバックから、取り出しながら、いいえ、先生(この呼ばれ方は苦手だが)に渡すためですよ、との返事だった。
朝の時間帯では、午前5時9分の始発電車で通勤しているので、持ち歩いていて、今日会えてよかった、と付言された。
(前回頂いたのは、この始発時間前であり、私はせんげん台駅西口に到着して、街宣用具を準備している最中だった)
また、馴染みの佐賀銀行員の方が同僚の方と降りて来られて、先生に報告があります、と切り出された。
実は、本年4月27日付で、佐賀銀行本社に転勤になりますとの事。
越谷市には、かれこれ20年余り住んでいますで、また戻って来ます、とも。
今日ここで先生に会えて本当のよかった、と。
そして、毎回カンパ(月に2回)を頂いている事に関して、佐賀に転居しても、定期的にカンパをしますから、と申し出て頂いた。
越谷市を離れても、私への支援を続けて行きます、との気持ちに触れて満ち足りた気分になった。
更に、埼玉県立大学を卒業して3年がたち理学療法士をしている女性にお会いした。
以前ツィッターで、励ましのメールを頂き、その内ゆっくりと話しましょう、と返事をしていた。何時も午前7時過ぎに市政レポートを受け取って読んでいて、駅前の情景が良くわかる。他の議員のものは殆ど読まないが、と話し、今日この時間に会えてよかった、と。
今は認知症の患者さんを治療する部署に変わったが、ますます高齢者の治療が増えて来ており、病院や施設だけでは解決出来ない問題となっている、と話された。
暫くして、馴染みの女性が、笑顔で降りて来られて、お菓子を2個頂いた。袋には、「宮古島の海のやさしさつめて 雪塩ふぃなん」と記されていた。
宮古島からの観光土産なのか、誰からか貰われたのか、は不明だが、後日コーヒーと共に美味しく食べさせてもらった。
午前0時過ぎまで、まだまだ電車からは、多くの通勤客が降りてくる中、長時間労働が常態化している現実を何とか変えたい、との思いが
つのりながら、頭上の月を見上げて終了した。
(4月27日)

まず、自分が変わらなければ
昨朝の駅立ちは、北越谷駅西口で午前7時前から開始した。直ぐに高齢の3人連れの女性が、演台前に設置している看板を見て話かけられた。看板には、変えたい、変わろう、変えよう、と書かれていたが、女性の一人の方が、変わんないよねーと話したのに続いて、隣の女性がそうよねー、応じた。
底が抜けた様な、政府の公文書改ざん問題を巡る国会対応に出た言葉だと思い、そうですね、でもまず自分が変わらなければ、回りも変わらないし、社会も変わらないではないですか、と応じた。
すると、自分が変わるねー、うーんとの表情に変わった。また別の女性が、この人(私の事)、一人で大袋駅でいつもやっている人よ、と話された。3人とも納得したような顔つきになり、頑張って下さい、と言いながら笑顔で去って行かれた。午前8時30分過ぎに終了して、直ぐに電車で新越谷駅に向かった。
午前10時から、サンシティ越谷市民ホールで開催された第58回越谷地区メーデーに来賓として出席するためだ。
新越谷駅を降りて直ぐに朝食を取るため、駅構内のパン店でモーニンングを注文したが、なんと290円で、コーヒー1杯と食パンの食べ放題のサービスだった。(お得なモーニングだ)
パンを数切れ食べた後、来賓あいさつの原稿づくりに着手した。恐らく挨拶の時間は5分以内(昨年も参加したが、この程度だった)のため、色々話したいことはあるのだが、中々まとまらないまま時間が過ぎて、完成しないまま会場に向かった。
(労働組合の方が集まる集会なので、労働組合とは全く関係のない私が話せる、唯一の機会がこのメーデーなので)
来賓あいさつは、越谷市議会の自治みらいを代表したもので、同じ会派の辻議員や山田議員を紹介まずして挨拶した。(他にも立憲民主党や共産党の議員も参加されていたが、保守系無所属は私だけだ)
冒頭、北越谷駅での朝の駅頭での会話を紹介した。(この部分は全くその場で思いついたが。つまり、まず自分自身に変わろうとする意志がなければ、社会も人生も変わらない事を強調したかった)
 次に平成デモクラシーと言われる失われた20年とも30年とも言われているが、多くのものを失ってしまった。
特に安倍政権の5年間で、近代国家の最低の条件である政府機能が崩壊してしまった。(公文書改ざん問題等)
しかし、得たものも多い。
それは3年前までは立憲主義と言う言葉さえ、皆さん知らなかったことを知り、護憲や改憲以前の本質的憲法の常識が広がっていった。
また安保法制反対の全国的な運動を通して、これまで野党の議員は、支持されている労働組合や団体に個別のあいさつに行くことはあったが、市民集会で野党の責任者が揃ってあいさつをする様になったことは、戦後初めてのことであり、選挙での統一候補の応援までに発展したことは注目すべきことだ。
憲法改正問題が大きなテーマになっているが、憲法条文を変えるのか、変えないのかに終始して来ている。
しかし日本国憲法は世界的に見ても、条文は非常に少ないのが特徴であり、法治主義によって法律や政令によって肉付けをして来た経緯があり、これら全体の体系を憲法と位置づけている。
立憲主義とは憲法が国家の権力行使を縛ることに留まらず、権力を構成するのは国民自身であることが強く意識しなければならない。
この間、省庁再編や小選挙区制導入、政党助成金制度や官邸への権限集中など、統治機構改革が次々と実施され、これは、憲法改正に勝るとも劣らない改正となって来た。
だからこそ、これから国民主権で統治機構を作りこんで行くプロセスに参加して行く段階になった。立憲民主主義の視点から、この運動をはじましょう、と挨拶した。
その後、参加者全員で会場から、新越谷駅まで、「8時間労働を守ろう」と声を上げてデモ行進をした。         (5月2日)