PDFファイル⇒19年8月天秤棒No68

「カラスを何とかしてよー」との受け止め方  
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口の午前5時30分過ぎに到着して、通常通り街宣用具の設置の後、駅前清掃に取り掛かるが、この駅は毎回吸い殻は勿論、コンビニ等で販売しているファ-ストフードや弁当の食べかすやペットボトル等のごみが散乱しており、そのため時間をかけてホウキで作業をする。
しかし、集めて来たごみを目当てに今度はカラスが5匹ほど周辺から降りて来て、ごみをくちばしでつつき、また散乱させた。
中には、そのままくわえて飛んで行くカラスや場所取りで喧嘩状態のカラスなど、モー全く折角集めたのにー。
 午前6時過ぎからやっと市政レポートの配布を開始したところ、救急車がサイレンを鳴らし駅前に横づけとなった。越谷市の救急隊員が2人ストレッチャーを車から出して、駅構内に消えていった。
暫くして、通勤客だろうか、女性(よく顔が分からないので、多分そうだろうと推測したが)が運ばれて来た。
直ぐに、発車するのかと見ていたらなかなか出発せず、何と40分以上も停車している状態が続いた。
多分救急病院の受け入れ先が見つからず、次々と病院への問い合わせをしているのだろう。まま、良く見られる風景だったが、やっと目途が付いたのか、午前7時前に発車して行った。
午前7時過ぎに、30代の現場作業員風(非正規雇用か?)の男性がチラリと私を見て「カラスを何とかしてよー」と捨て台詞のまま立ち去って行かれた。
確かに、私こそつい先ほどカラスたちに腹がたったのだから、気持ちは同じかもしれないが、何の挨拶の言葉もなく、いきなり何とかしてよー、はないでしょう。人と話をする時には最低の礼儀があり、自分の言いたいことだけ言ったら、後は関係がないとの態度をまず改めて下さい、との言葉をかける間もなくすたすたと去って行かれた。
この手の市民が増えているが、私はどんな市民でも出来うる限り会話を試みているが、議員とはそんなもんだ、との認識や会話自身が出来ない市民なのだろう。    (6月25日)

参議院選挙は、どこに投票するのか?
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で何時もの様に午前5時過ぎに到着して準備を始めた。
ただ、今長女と3歳の孫が帰省しており、そのため早朝からその世話に妻がかかりきりで、駅立ちの車での送迎が出来ず、私が一人運転を行う事になってしまい、自宅を出るのも何時もよりも早く出て、街宣用具の設置後は最寄りの駐車場へと車を移動させてからの市政レポートの配布を始めた。       (裏へ)
始めてすぐの午前5時30分過ぎ、何時もこの時間にお会いするなじみの中年女性から、今度の参議院選挙はどこに投票すればいいのですか、と尋ねられた。
各種選挙前にはよく尋ねられるのだが(勿論私の市議選挙だけはそんな質問は当然ないのだが)、安倍政権は6年以上も続いている。
自民党の党内でさえ、官邸主導により議論が出来にくい状態が続いており、この状態は社会全体にとっても自民党にとっても問題であり、野党第一党の躍進により与野党の国会での緊張関係を作り出す事が必要なので、野党第一党の立憲民主党を支持しています、と返事をした。
するとやっぱりそうですね、と笑顔で構内に歩いて行かれた。
午前6時時過ぎ、中学生の一団が次々と駅前に集合して来た。そのひとつのグループに尋ねてみたら、北陽中学校の3年生の修学旅行の一団で、これから京都、奈良へ3日間の旅行だと教えてもらった。
それぞれ事前にグループを編成して、訪問地やコースを調査して実行する方式をとっている。旧来の就学旅行とは取り組む方法が随分変わってしまったが、家庭の事情で参加を断念する生徒もいるのではないか、と心に引っ掛かりながらも、楽しんで来て下さい、と声をかけ送り出した。          (7月5日)

女子高校生に次々と出会った、夜の駅立ち
今朝の駅立ちは、午前6時前から蒲生駅東口で開始した。今回も車の運転は私なので午前5時過ぎには自宅を出て、蒲生駅へ。
午前7時30分頃、前にも紹介した築地の幼稚園に通園している母親と年長の娘さんと出会った。
今日から夏休みに入り、これから自宅に向かう途中での出会いとなった。
参議院選挙の低投票率が予想されることなど話し込んでいたら、あーカンパ箱があるんですね、と気づかれた後、直ぐに5000円ものカンパを頂いた。
(その2日後、“いつも木曜日の朝、蒲生駅でお目にかかれることを楽しみにしています。これからも応援させて頂きます。”とのメールまで頂いた。)
午後6時からせんげん台駅東口で、夜の駅立ちに取り組み午前0時近くまでの6時間、市政レポートを配布したので、朝を入れて合計8時間30分の活動となった。
午後7時頃、何時も大袋駅西口から久喜高校に通学する3年生の女子高生と会った。なんでも突然パフェを食べたくなったので、友人を呼びだして近くの喫茶店に行くとの事だった。
盛んにスマホをいじっていたが、いいお友達だね、と付言したが、満足したのだろうか。
別れたすぐ後、今度は高校生の時からせんげん台駅東口で良く出会っていた女子で、都内の大学に進学し、(大学生の時も、時々駅で挨拶をしたり、先の市議選中にも話した)そしてこの春卒業して就職した22歳の女性と話になった。都内のホテルに就職したとのことで、フロント業務を担当している、と。ホテルにはレストランも併設しているとの事なので、一度ランチを食べに行きます、と話は弾んだ。
午後8時過ぎ、これも朝大袋駅西口から通学している埼玉県羽生市にある誠和福祉高校の3年の女子と話になった。
せんげん台駅東口近くにある歯医者に週4日間、1日3時間程度でアルバイトをしていて、その帰り。福祉の国家試験の準備をしている、と前に聞いていたので時間がなくて大変だねー、と話したら、うーん大丈夫です、との返事だった。
午後8時30分過ぎ、制服姿の女子高校生がだれかと待ち合わせなのか、スマホを手に暫くエスカレーター前で話をしていたが、笑顔で近づいて来て、市政レポートを下さい、と話し掛けられたので直ぐに手渡した。
また、スマホで話ながら待ち続けていたので、私から話し掛けて見た。どうして市政レポートを受け取って頂いたのですか、と。
すると、今度参議院選挙で初めての投票をするので参考になるかと思って、との返事だった。
そうか、18歳まで投票年齢が引き下げられたのだから、現役高校生も有権者となり一票を投ずる責任と権利が発生した、と改めて思いを巡らせたが、果たして参考になったのだろうか。
午後11時30分過ぎに用意した市政レポートが全てなくなってしまった。
今回から午後7時開始ではなく、午後6時から開始したため、想定よりも多くの市民の方に市政レポートを受け取って頂いた結果だ。
そして、これまでポツポツを降っていた雨が本格的に降り出して来たので、本日はこれで終了し長い、長い1日が終わった。(7月18日) 


PDFファイル⇒19年7月天秤棒No67

ふるさと納税問題は高額な返礼品?
今朝は朝から雨が降り続き、駅立ちは中止したが越谷市議会臨時議会が、午前10時から開催され、正副議長を始め議会人事や4つの常任委員会等への全議員の所属を決定した。
 因みに私は、前期に引き続き建設常任委員会の配置となったが、5期目にして会派に所属しない議員となったため、議会運営委員会等のメンバーになることが出来ないため、本会場の議席を始め会派間で協議決定された後に、最終的に処遇が決定されるため、全く意思は発動することが出来ない状態となった。
 議会の控室は提供されたが、最も狭い部屋となり、看板には「無所属」と表記されている。
さて、当日地方税制の改正条例が3本、市長から提案されたがその中にふるさと納税の改正条例があり、本会議場で質疑に立った。
実は、総務省が全国の自治体に呼びかけて「ふるさと納税制度」を法律で制定した。これは政府と自治体の関係が、旧来の垂直的な関係から水平的な関係に変えて行く試みであり、一定の評価は出来るものであり、各自治体で様々な取り組みが行われ、地方自治体の自主財源に寄与する結果となった。
ところが、総務省は自治体の独自の取り組みが中央集権なコントロールが出来なくなるとの思惑から返礼品だけを焦点に法改正をしてしまい、返礼品は寄付額の30%以内とする事や、地場産品に限定するなど省令で自治体に通知した。
これを受けて越谷市でも地方税制の改正が提案された。
しかし、この様な総務省のやり方は、ますます地方分権から離れて行くことになっているが、問題は肝心の自治体のトップにその認識が極めて低いことが問題であり、越谷市もその例外ではない。
勿論、ふるさと納税制度には様々な問題を内包しており、根本的には地方交付制度の問題であるので、運用を是認するものではないが、それにしても何の問題もないように、ただ条例改正を形式的にしてしまう今日の市長の姿勢は問題ではないだろうか。   (5月21日)

議員の最大の職務は、議案への賛否
昨夜から雨が間断なく降っており、今朝の駅立ちは中止せざるを得なくなった。
本日6月10日から6月越谷定例市議会が開始され、6月27日までの約20日間の日程となっている。
 市議選挙後の本格的議会のため、新人を含め18人もの議員が一般質問を予定している。
選挙での公約や主張を披歴したいとの気持ちは良くわかる。
 しかし、一般質問とは議決事項でもなければ、執行部を拘束するものでもない。
昔から議会の花とも言われているが、議会の最大の責任は議決行為であり、一般質問はこれとは一切関係がない。
 勿論一般質問の意味が全くないわけではないし、質問の仕方では大いに執行部に影響を及ぼすことも可能だ。
 しかし、それでも市長提出議案への集中的な関心と質疑を最優先にして行く議員の姿勢が極めて大切であることを自覚する必要がある。
(6月10日)

越谷市の最も基本的な街づくりの指針として、第5次総合振興計画(今後10年間)の策定作業が始まりました。今回の策定には市民参加が重視され、初めての無作為抽出の公募型も採用されています。裏面に市民懇談会の内容を掲載しますので、ぜひご参加をお願いします。


PDFファイル⇒19年7月天秤棒No66

開票結果が午後11時過ぎに事務所へ
投票日となった、4月21日(日)は、習慣となっているので、午前5時過ぎには起床した。
ゆっくりと新聞に目を通し、パソコンでツィッターやフエイスブックも同じようにチェックをしたため、午前中の時間を要した。
午後4時頃、投票場となっている桜井南小学校の体育館に向かった。徒歩で10分足らずの場所にあり、会場には選挙立ち合い人の馴染みの自治会長の皆さんが着席しておられた。
記帳台で投票用紙に氏名を記帳(一字一字思いを込めて、丁寧に書き入れた。こんなに自身の名前を書くことは、4年に一度のことだが)して、投票箱に。
一日中、着席しての立ち合いは大変なことは容易に推測出来るので、挨拶と簡単な労いの言葉をかけて、会場を後にした。
午後8時には、投票時間が締め切られるので、それまでは、何度も越谷市選挙管理委員会が発表する投票状況をスマホで確認するが、極めて投票率が低い。
午後8時過ぎには、選挙事務所でスタッフの皆さんと開票作業の状況を見守ったが、開票場となった越谷市総合体育館には、レポート隊を2名派遣して、状況の報告をして頂いた。
開票は午後9時から開始されるため、まだ正確な開票情報は全く分からない。ただ会場に来ている候補者や運動員の様子等は連絡が随時入って来る。
午後10時選挙管理委員会の公式な開票状況の発表がなされたが、500票との事。
選挙開票事務について、市長に私はこれまで何度も質問と改善提案をして来た。
つまり、迅速にしかも正確な開票事務を進めるためには、これまで習慣として来た作業手順や開票台を始めとした会場のレイアウト、職員スタッフの配置等を全面的に見直す必要がある。
これは実は開票作業を対象としているが、課を超えた全職員が一同に共同作業を迅速に取り組むため、所謂縦割りの障害を物理的にも精神的にも変えて行く最大の舞台となるからだ。
すでに、全国では開票作業の全面見直し運動が10年も前から開始されおり、大幅な時間短縮を実現した自治体が続出している。
「最小の労力で最大の効果を図る」公務員の仕事は、地方自治法でこの様に規定している。
かつて、越谷市は、市議選挙の開票事務で大きなミスを犯した事やその原因が特定出来ない事態や最終結果の確定が県内ワースト1になるなど、不名誉が続いていた。
特に開票事務が遅れる大きな原因に、開票立ち合い人による“丁寧な”一票一票の確認作業に時間を要するため、深夜に及ぶことが多々あった。
これは不明票の判定などのマニアル等の説明が開票日当日に実施されており、事前に立ち合い人に周知する時間が限定されていた。
そこで、私は立ち合い人が丁寧に票を扱うのは当然なので、出来うる限り早く事前説明を開催して頂く様に、何度も何度も質問を繰り返した結果、現在は開票日前に開催する様に改善もなされた。
午後11時当選確実の報とともに4000票を超える得票結果に事務所に三々五々に集まって頂いた支援者の皆さんから歓声が沸き起こった。
開票レポ隊の帰りをまって、午後11時30分頃簡単な選挙報告会が始まった。
選挙期間中の苦労話や失敗談など次々と話題が提供されて、当然だが、皆さん満足な笑顔を見せておられた。
午前1時過ぎには、報告会は一応お開きにはなったが、明日の駅立ちに配布する市政レポート(当選者の一覧や得票など)の作成のため、別のスタッフによる作成作業は別の場所で平行して取り組まれていた。
350枚ほどの市政レポートが届いていたが、これを3つに折る作業はこの時間から開始された。
手織りのためこの作業に3時間以上を要し、担当したスタッフはほぼ徹夜状態だった、と後日報告を受けた。
私は、帰宅して就寝したのは午前2時過ぎで、午前4時に起床して、事務所の市政レポートを取りに行き、せんげん台駅東口に向かった。
(4月21日)

開票日の次の日も、通常通りの駅立ち
午前5時前にせんげん台駅東口に到着して、何時もの様に駅前の清掃作業の後、街宣用具を設置して、事務所から持ってきた市政レポート(市議選挙特集号)の配布を始めた。
通常なら午前5時30分開始なのだが、選挙期間中は、午前5時前から駅立ちに取り組んだ経緯があり、この時間からの配布となった。
流石に、この時間帯は選挙期間中と打って変わり普通の月曜日の朝で、静かな駅前となっていた。
おめでとうございます、これからもしっかり市政を変えて下さい、選挙で疲れているのに、やっぱり駅に立つんですね、等のお祝いの言葉が馴染みの市民だけでなく、次々と間断なく続く状態のまま午前8時30分過ぎまで続いた。
当然だが、当選確定が深夜に及び、まだ当落を知らない市民の方も多くおられた。
このため、当選したの?と恐る恐る尋ねる市民もおられた。
ブッチギリの当選ですね、圧勝ですねとのお祝いも寄せられた。
しかし中には、おめでとう、でもトップ当選ではなかったね、との言葉も少なくない市民の方から頂いた。
すみません、力不足のため期待やご尽力に応える事が出来ませんでした、とお詫びした。
午前6時30分頃、橋本議員(自民党)と午前7時頃山田議員(共産党)も駅頭をそれぞれ開始された。
(4月22日)

当選報告会の開催は、今回で5回目
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時前から開始した。駅前清掃は普段通りだが、開始時間は通常より30分早い。
これは選挙期間中の時間帯を踏襲しての開始となった。
前日に引き続き、当選おめでとうの言葉は、途切れることなく続く。
早朝から駅前の清掃を担当されている高齢者の方から、お祝いの言葉とともに何時もの様にペットボトルを2本差し入れて頂いた。
また、カンパも次々と寄せられて、6人もの市民の方の気持ちを頂いた。
午前6時30分頃馴染みの高級キャバクラの店長さんからも、(この時間帯に営業を終えて帰宅する途中に良く声を掛けて頂いている)おめでとうございます、勝利の印です、と栄養ドリンク(タフマン)を頂いた。
本当にそうですね、勝利のVサインですね、と応じたが、やはり当選したことで何時もよりホットした気分となっていた。
更に、馴染みの自転車整理係りの高齢者からも、当選おめでとうございます。約束通り白川さんに12票入れました、と話しかけられた。
えー、そんなに大家族でしたっけ、と応じたら、いいや息子やその嫁や親せきなどに働きかけた、との返事だった。
今回の4148票は、前回よりも338票も上積みの結果となっており、この様な市民の方の支持によって実現したのだろう、と敬服した。
この日は、午後7時から選挙報告会を白川事務所で開催した。
会場には、様々な支援者や市民の方が駆けつけて頂き、料理の差し入れと共に選挙運動の苦労を労う多くの言葉があふれ、また約束した市民マニフェスト「私たちが創る、地域の未来」の実行を着実にする様に注文する事も多く聞かれた。
5期目に入ったが、平常心とともに4年間の市民の付託の重さも感じ取った集会だった。
(4月23日)


PDFファイル⇒19年6月天秤棒No65

市民主体の街頭演説への関心は
4月19日午前11時から午後1時まで、新越谷駅東口で、市民が中心になって演説会を開催した。
そもそも選挙とは、市民や地域に噴出する問題に対して、どの様な背景や解決策があるのかその主体である市民の役割りとは何かを、訴える舞台だと位置付けていた。
そのため、私は名前の連呼は一切して来なかったし、応援演説をして頂く議員や市民の方にも、白川を褒めたり、白川支持だけを訴えるのは遠慮して頂きた。自分自身が抱えている問題意識や活動を紹介して頂きたいと、お願いして来た。
その中で、今日は、越谷市で脱サラして農業を営んでいる市民とさいたま市で子ども食堂を主宰している子育て中の女性にマイクを握ってもらった。
この女性の訴えに、多くの市民の皆さんの共感をよんだので、当日の演説内容を紹介する。

毎日の生活でせいいっぱい、政治なんて難しくて分からないし考える暇がない、私がいれる一票で何か変わる訳でもない!!と思われるかもしれません。
私も2人の男の子の子育てに追われる毎日、今はまさに新学期/新年度で新たな生活のペースについていくのが必死な時期、とてもよく分かります。
 でも、一生懸命頑張れば報われる、生活はいずれよくなる、幸せになるという時代はもう終わったかもしれない、子ども達の時代にどんな社会を残したいのか?立ち止まって、みんなで考えなければならないとふと思います。
 私自身は現在40代いわゆるバブル崩壊後に超氷河期と言われる厳しい時期に社会に出て、終身雇用は崩壊し、多くの優秀な女性社員が派遣社員としてしか職がなく、転職を繰り返しながらキャリアップを図りながらサバイバルする、というしのぎを削る時代に仕事をしてきました。すべては自分次第、努力次第で結果は必ずついてくる、と信じて頑張ってきましたが、気づけは30代後半になっての出産を経て、この社会は子どもを産み、育てながら仕事を続けるには無理がある、それまでのやり方では無理があると思い、5年前会社員生活にピリオドを打ちました。
 大人たちががむしゃらに働いてきて、一生懸命築き上げてきた私達の日本という社会は、どんな社会でしょうか?!6人に1人、7人に1人の子どもは相対的な貧困と言われる社会、10-14歳の子ども達の死因の第1位は自殺というさみしい社会です。
子育てまっただ中でその中に身を置いてみて、キラキラした元気いっぱいの笑顔が、小学校、中学・高校とあがるにつれて、疲れ、かげり、沈んでいくのに、猛烈な寂しさを感じます。
 地域で子育てをしてみて、気づくことが色々あります。自分の子ども時代にかつてそうであったような、子ども達の元気な声が公園に響いていないこと、賑わいが失われ、地域は空洞化していること、多くのお母さん達が孤独に子育てをしていること。

そしてこの子たちが大人になった時の社会、私達が高齢者・後期高齢者になった時の社会はどうなってしまうのだろう?と思うと、当事者として今、何ができるか?向きあわざるを得ません。
 私はかつてキャリアコンサルタントとして、企業の女性活躍推進を支援し、女性がキャリアを積み、社会で活躍することを後押しする仕事をしていました。
保育園が足りないとどこの地域でも問題になっています。確かに朝の7時から夜の7時8時まで預かってもらえる素晴らしいシステムです。でも、それだけの長時間そこで過ごす子ども達にとって快適な環境なのか?まだそこで働く保育士さん達にとって快適な環境になっているか?健全な心身の育ちを見守られているのか?見過ごされてはならない視点です。選挙権を持たず、まして明確に自分のニーズを声にできない子ども達の声も拾っていかねばなりません。
 また、義務教育課程である小学校・中学校に行けていない、あるいは積極的にいかないことを選択している不登校のお子さんもその人数が年々増えてきています。
少し前までは、本人に問題があるとする風潮もあり、そのような子ども達は引きこもり予備軍として学校に戻すことを目的とした支援が中心でした。
でも、これは、今の学校の何を維持し、何を変えねばならないか?真摯に考える最大のチャンスです。
また、既存の学校には行きづらく感じている子ども達にとって学校以外に多様な学びの場の選択肢を開発することによって、教育界に新風を吹かせられるチャンスでもあります。
 今、私は地元で仲間とともに多世代交流会食、子ども食堂を運営しています。
子どもの貧困が問題になっていますが、現にひとりで晩御飯を食べる、いわゆる孤食の子ども達も多く地域にはいます。
家族そろって食卓を囲むという当たり前のことすら難しいご家庭も多いでしょう。
成長期の子ども達にとって、多世代でだんらんしながら食卓を囲み、親以外の大人に関わってもらう体験はかけがえのないものです。
そして、これは子どもだけの問題ではありません。
子育ては自分の家族だけで行うことはできません、助けて欲しい時には「助けて!」と言えるお互い様で助け合える関係性を大人同士が地域でつくっていくことが大切です。
今は共稼ぎのご家庭も増えています。仕事の他に家事や育児を引き受け、負担の多くが母親にいっていることも多々あります。
それをかつての私自身がそうだったように自分の責任だから、と自己責任で抱え込んでしまう、その意識から変えていく必要があります。
子ども食堂はそのように地域全体で子どもを育てていく実験の場だと思っています。
 今日は子育てを取り巻く環境という観点から私が普段感じている地域の課題をお話させていただきましたが、これらは、誰か特定の人の問題というより、みんなで解決しなければならないことだと思います。
誰かのニーズを満たすために、誰かに無理が行く、しわ寄せがある、ということはあってはならないし、誰が悪いかという犯人捜しに時間を費やすことも無駄なことです。
自分とは反対の意見や立場の人とも、心を開いて話し合っていかねばならない時代だと思います。課題が山積みであるということは、変えられる余地があるということでもあります。
 議員さん達が答えを持っているというよりは、彼らは地域の多様な視点をすいあげて施策に生かしていくための推進役であり、主役はむしろ私達市民だとも言えます。
この選挙期間中は、普段思っていること、よく分からないな、やっと感じていることを議員候補の皆さん達に直接投げかけ、どう考えているのか?考えを聞き、意見交換や対話ができる最大のチャンスだと思います。
誰となら、自分たちの地域の未来をともにつくっていける関係性を築けそうか?そういう視点で候補者の方を見極め、4月21日(もしくはそれまでの期日投票)で、皆さんの大切な一票を投じていただければと思います。
そして、投票して終わりではなく、その後も自分たちの声が果たして議会に届けられているのか?議員さん達の活動を見守り、時に支え、ともに地域をつくっていくプロセスに参加していっていただけたらと思います。
この選挙が越谷の未来につながる大きな一歩になることを心から祈りながら、演説を終えさせていただきます。

             (4月19日)


PDFファイル⇒19年6月天秤棒No64

殺到する駅立ちの中でも通常のスタイルで
4月15日、選挙運動2日目の朝、せんげん台駅東口に午前5時から駅立ちのあいさつを始めた。
通常は午前5時30分前から開始するのだが、選挙期間中はこの時間とした。
というのは、他の候補者が次々と駅立ちを始めるのが予想されており、案の定この日も橋本候補(自民党)が午前6時頃に、山田候補(共産党)が午前6時50分頃に、畑谷候補(公明党)が午前7時に駅立ちを開始した。
これだけの候補が一斉に駅立ちを始め、しかも運動員が大勢列を作りおはようございます。○○です。宜しくお願いします、と呼びかける。
このため、通常通り一人で駅立ちに続けている私は、通勤客に立っているのが分かる様な位置に立っていなければ、全く存在感がなくなるため、駅立ちは始発から開始することになった。
実際、畑谷候補から、暫くしてあーおられたのですか、気がつきませんでした、と話し掛けられた。
つまり、幾つも運動員グループが、駅入り口に大挙して、大きな声であいさつをしている中では、一人、静かにあいさつをしている私は目立たない状態となっていた。
勿論それでも通常通りのスタイルを継続することには、何のためらいないのだが、これまでの選挙で選挙カーは当然一切名前の連呼をして来なかったどころか、駅頭でも名前を発しない事を徹底している。(その必要性を感じない)
ただ、通常は市政レポートの配布の活動をしながらあいさつをしているのだが、今回から法定ビラの配布が解禁されたものの、その配布時間帯は、午前8時から午後8時までと限定されている。
そのため、本当に挨拶だけの駅立ちとなったことは、これで公約やマニフェストを市民に届けられると意気込んでいたので、がっかりしてしまった。
この日の夜の駅立ちは、午後9時から午前0時まで、せんげん台駅西口で実施した。
通常は午後7時から開始していたが、選挙期間中は、選挙カーの運行を午後8時まで行うため、この時間から開始した。
           (4月15日)

選挙違反だろう、と怒鳴る市民が
4月16日、選挙運動3日目の朝は、午前5時から大袋駅東口で開始した。
例によって午前6時40分に細川候補(立憲民主党)、その10分後には武藤候補(刷新クラブ)、午前7時に渡辺候補(無所属)が駅立ちを始めた。
午後6時からせんげん台駅東口に選挙カーを停車しての選挙演説を開始した。
これから午前0時までのロングコースとなった。
選挙前に作成した市政レポートの集大成“一心太助の駅前物語”を駅立ちや郵送で市民の皆さんに配布していた。
そのため、選挙に入っても寄付が次々と寄せられており、午後7時頃馴染みの女性から、のし袋に入った寄付を頂いた。少ないですけど、と何度も話され、パンフ代を頂いたが、帰宅して確認したら5000円も入っていたので、恐縮してしまった。
午後9時過ぎ階段から降りて来た中年男性から、いきなり“選挙違反だろう”と例によって捨て台詞で通り過ぎていった。
(裏へ)
直ぐに、あとをおって行き耳元で、今なんとおっしゃいましたか。
選挙運動は公職選挙法で規定さており、告示から1週間24時間運動が出来る様になっています。だから選挙違反でなく、合法的な活動です。と話しかけるが無表情で去って行こうとする。
止む無く、更に話し掛ける、お分かりですか、選挙違反ではありません、と何度も。
それでも反応しないので、更にお分かりですか、と少し大きな声で話したところ、やっと小さな声で、“分かりました”と返事が。
分かって頂ければ結構です。と返答した。
(4月16日)

ゲストスピーカーとともに、地域問題の論点整理を訴える
選挙運動4日目、この日は、午前5時から大袋駅西口で駅立ちを開始した。昨日は午前0時までせんげん台駅東口で駅立ちを続け、帰宅して就寝したのは午前2時で、午前4時には起床しているので、睡眠時間は大よそ2時間程度だが、不思議と疲労は残っていない。通常通りの選挙スタイルとは言え、やっぱりテンション上げ上げの状態なのだろうか。
午後6時から1時間30分にわたり越谷駅東口で、多くのゲストスピーカーを迎えての街頭演説会を開催した。
弁士には埼玉県和光市長の松本武洋氏、下流老人の著者で越谷市在住の藤田孝典氏、千葉県野田市の前市長の根本崇氏、草加市議の井出大喜氏、富士見市議の田中栄志氏、松伏町議の堀越利雄氏が激励に駆けつけて頂いた。
            (4月17日)

候補者への暴言に対する対応は
選挙運動6日目の朝は、午前5時から北越谷駅東口で駅立ちを開始したが、例によって午前7時島田候補(自民党)、小林候補(自民党)が揃いのジャンバーを着た10人前後の運動員が横一線に並び、大きな声で○○です、宜しくお願いします、の連呼が始まった。
私は気にもしていないが、午前6時30分頃30代前半の男性が私の前を通り過ぎながら、何をやっているんだ、と怒鳴った。
そのまま、改札に向かおうとしていたので、今何と言いましたか、それは私に向かって話されましたよね。私にですよねー、とこれも後を追いながら話し掛けた。反応せず歩き続ける。
すると、やっと改札前の場所で立ちどまったので、今あなたの私への暴言は公職選挙法違反の疑いがありますが、と。
これは重大事件ですので、近くに交番があるので、同行して事態を明確にしましょう、とも。
しかし、完全に目が泳いでいて、だんまりを決め込んでいる様に反応しない。
もう一度言いますが、これは候補者への侮辱ですので、看過出来ません。と迫ったらやっとすみません、と小さな声で返事があった。
分かって頂ければ、それでいいですので出勤して下さい、と“解放”した。
この日の夜は午後6時から大袋駅東口で、午前0時までの駅立ちを実行した。
午後10時頃馴染みの30代のサラリーマンの方から、今日はマイクを使わないのですか、と話しかけられた。
そうなんですよ、選挙期間中は午前8時から午後8時までしかマイクやスピーカーは使用出来ないので、この時間は使用禁止です、と応答したら、そうなんだー、と返答して頂いた。
午後11時頃酩酊した2人の中年男性から声がかかった。その内の一人の男性が、こんな夜遅くまで、頑張らなくても大丈夫だから、と。
ええ、そうかも知れませんが、私の最初の選挙は5票差で落選した経緯があり、全力を尽くします、と返答したら、それも知っている、との返事。そこで、もう一人の男性がもう帰ろうと肩を抱いてエスカレーターを昇って行かれた。
この日は激しい雨が時より降り続き、幟等がびしょ濡れで気温も下がる中、午前0時を迎えた。            (4月19日)


PDFファイル⇒19年5月天秤棒No63

選挙運動も非日常の活動としない
4月14日(日)越谷市議選の告示日、午前8時30分、越谷中央市民会館で、選挙管理委員会への立候補受け付けと選挙グッズの公布のため、40陣営が集まって来た。
私も選挙用街宣車に乗り込み、妻の運転で午前8時10分過ぎには、市役所の駐車場に到着し、市民会館に向かったが、すでに多くの選挙関係者が着席していた。
開始前に、選管から本日の流れが説明されたのち、いよいよ受付開始。
まず、受けつけ順番を決定するのだが、そのための抽選の抽選から始まる。さらにその順番は会場到着時に記載した名簿順となっていた。
四角い木箱に番号入りの割り箸の様なものが束で入っていて、名前を呼ばれて歩いて一人一人その箱をガラガラと揺らし、1本を引き抜く。(おみくじを引く要領と同じ)
私は抽選の抽選には、何と1番を引き当てたが、(会場からは、歓声が上がった)次の本抽選は22番となった。
この22番が市内500か所を超える公営掲示板へのポスター貼付の番号となるので、直ぐに事務所で待機しているポスター貼り部隊にラインで連絡した。
また、駐車している街宣車の看板は、昨日から見えない様に幕を張っており、この幕を取り除くようにも連絡した。
更に、受付書類を提出し、承認を選管から貰う。(最も、提出書類は、すでに事前審査を受けており、封印したものを提出したので、添付の用紙漏れや記載の間違いはないのだが)
そして、所謂選挙の7つ道具が公布された。(街宣車用の許可書、幟、車上運動員用の腕章等、時々市民の方から提灯も公布されますか、との質問も受けるが、提灯は公布されない)
その中には今回から、選挙期間中に配布出来る法定ビラに貼付する証紙4000枚があり、その枚数の確認も求められた。(不思議かもしれないが、市議候補者はこれまで、選挙期間中は一切公約やマニフェストのチラシ配布は出来ない様に公選法で禁止されていた。国会議員や市長には許可されているのも拘わらず。そのため、私を始め全国のローカルマニフェスト推進地方議員連盟は、政府や与野党の国会議員に法改正の運動を10年近く続け、今回の選挙からやっと配布が可能となった)
全ての選挙グッズの確認が終わった段階で、受け取り用紙にサインをするのだが、21日の夜の開票作業をする越谷市総合体育館の入場券もあり、これがないと会場には入れないのか等あれこれ質問を2人(若い人と年配の人)の選管の係りの人にした。
回答は特に年配の男性からは的確ではなかったが、(こちらがこれはこう使うんですね、と質問して、そうですと答えるため)、受け取り用紙には、立候補者本人と代理人の2項目が空白となっており、そこにサインをする。(当然だが、本人である私のサインだけをした)
ところが、係りの年配の男性から、はい代理人の方は、更に署名して下さい、と指摘されたので、少し躊躇していたら、若い人が年配の男性に目配せをしてバツが悪そうな顔で、小さな声で、「本人、本人」と話し掛けた。
すると、ニタニタした様な表情のまま無言で対応していたが、最初にご本人ですか、と尋ねておけば何の問題もなくスムースに行けたはずだ。
そして会場から、越谷市役所駐車場に駐車している街宣車に向かった。
午前9時30分頃、越谷市役所前の公営掲示板には、私のポスターが貼付されおり、この時点ではまだ数人の候補者のポスターしか貼付されてはおらず、ポスター貼付の運動員の方にいきなり励まして頂いた気分になった。
すでに、私の街宣車の幕はほぼ剥がされており、回りの他の街宣車でも次々に作業が終わり、
例の大きな声でウグイス嬢の「ただ今、市会議員候補○○は、立候補の受けつけを済ませ、皆様に立候補のご挨拶に参りました」等と同種のアナウンスで走行していた。
 私の街宣車も駐車場を出て、居住している地元の東都自治会に向かう。
 しかし、前回の選挙と同様に今回も走行中のマイクやスピーカーの使用はしないため、全く無音のまま走行した。(当然ご批判もあるが)
勿論、これまで5回の選挙では名前の連呼も一切して来なかった。
 ただ、地元の東都自治会だけは例外中の例外で、立候補のご挨拶と選挙期間中のご協力の呼びかけだけは、私がマイクを握り周辺をゆっくり、隈なく走行した。

出陣式には、間に合わないポスター貼りのチームも
 午後4時からは、選挙事務所で出陣式が開始されるため、午後3時30分頃には事務所で待機となったが、次々とポスター貼り部隊の市民が作業を終了して事務所で休んで頂いていた。
 12組が市内500か所を超える掲示板に1枚1枚貼付をするため、中には選挙前に2回も現地を確認した上で本番を迎えたチームは、12時前には貼付を終了したとの報告も話題となっていた。
勿論市内全域の広範囲に及ぶ貼付作業のため午後4時過ぎても事務所に戻れないチームもいたが。
 また、私の番号である22番の場所に他の候補者のポスターが貼付されていたり、逆に他者の場所に貼っていたり、貼り忘れのポスターが散見されたのだが、何とか作業は告示日に終了した。
午後4時、出陣式が始まったが来賓に、根本崇前千葉県野田市長、井出大喜草加市議、演出家の内藤裕子さんが駆けつけて頂いた。

4年前から、カンパ袋を用意していた 
この日、大袋駅を利用して通勤していた、中年の女性が事務所に来所された。
実は4年前に会社を退社したため、朝の駅利用をしなくなったが、その当時からカンパをしようと思ってバックに持参していたが、渡す機会を無くしていた。夫は現在でも大袋駅を通勤で利用しており、私から市政レポートを受け取り、良く見せて貰っていた。そのため毎年カンパをしようとこれまで3枚ののし袋を用意してバックで持ち歩いていたが、今回持参したとの事。
この女性は、前日の13日に事務所に尋ねて来て頂き、上記の話しをされたのだが、のし袋をバックの中から取り出そうとされたが、この日は見つからなかった。
そのため、告示日に再度来所され、違うバックに入っていたと、励ましの言葉が記載されたのし袋入りのカンパを頂いた。
この様な市民の方に支えられている事を痛感しただけに、これに応えるための選挙活動に全力を投入する気持ちが湧きあがって来た。
その後、再び地元の東都自治会を街宣車で走行し、立候補のご挨拶と無事出陣式を終えた事の報告とともに、これから1週間の選挙運動へのご協力とご尽力を呼びかけた。
午後6時過ぎから、せんげん台駅東口で、街頭演説の第一声を発し、選挙はゴールではなく、公約実現のためのスタートである、と強調。
演説を午後8時に終了して、選挙1日目の街宣活動を終了した。     (4月14日)


PDFファイル⇒19年4月天秤棒No62

銀行の窓口での手続きの時に
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口で通常通り午前6時前に駅に到着して、街宣用具を設置し、駅前清掃の後、市政レポートの配布を始めた。
午前7時30分頃、20代の青年が近寄って来て、こんなに続けている(駅立ちを)事に感心しています、と話されカンパを。
 更に、午前8時頃北越谷駅東口でも出会う中年の女性からのし袋に入った5000円のカンパを笑顔で頂いたが、通勤を急いでおられたのか、ありがとうございます、との声で対応しか出来なかった。
やはり、朝のこの時間帯ではゆっくりとは話せないので、残念な気持ちに良く襲われる。
駅立ち終了後、自宅近くの栃木銀行弥十郎支店で、預金の引き出しに出向いた。
越谷市議選が、4月21日に実施されることに伴い、立候補のための供託金30万円を必要とするからだ。
窓口で対応して頂いた女性行員の方が、あー白川さん、と名前を呼んで頂いた。何故私の事を知っているのですか、と尋ねたら以前大袋支店に勤務している頃朝の大袋駅での駅立ちで見かけていたので、との事。
朝の時間帯は通常改札に向かう市民に対して、市政レポートを配布しており、降りてくる市民に配布するのは稀だが、市政レポートを受け取らなくても長年の駅立ちのスタイルは印象に残るのだろう。     
(2月26日)

始めて直ぐに降って来た雨で移動
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口に午前5時30分前に到着して、駅前清掃を終えてから市政レポートの配布を開始。
どんよりとした空模様が朝から広がっていたものの、最初は雨は降ってはいなかった。
午前6時30分頃若い男女6人が、駅改札に向かう制服姿の中学生に対して時々がんばって、と声を掛け何かを配布し始めた。
興味が湧いて来たので、声を掛けてみたら予備校の先生や職員で、本日が高校入試日のため受験に向かう生徒に合格祈願と記載した消しゴムを配布しているとの事。
そうか、みんながんばれ、との声援を心の中で送った。
その後直ぐに、馴染みの中年男性が、バックの中から紙をファイルした物を取り出しながら話し掛けられた。
それはこれまで駅で配布した一心太助の天秤棒を大切に保管して頂いたファイルだった。
また見せて頂いた後、第10号以降しかなくそれまでの分がどうしてもない、と付言された。
10号以降であればなんと2年間にわたるものであり、しかも私に何時会うかわからないため、何時も持ち歩いていた、との言葉に恐縮してしまった。そんなやり取りをしていた、午前6時30分頃にそれまでポツポツと降っていた雨が激しく落ちて来た。
そのため、午前7時前にはこれ以上実施が出来ないと判断し、急きょ妻に連絡して迎えに来てもらい、そのまま大袋駅東口に向かった。
この駅には改札に向かう階段入り口が広く、しかも屋根が設置してあるため、少々の雨でも配布が出来るためだ。
また、幟等の街宣用具がなくとも、市政レポートを受け取って頂く馴染みの市民も多い。
ただ、通勤客は傘をさして歩いて来て、一旦傘をたたみ階段やエスカレーターを利用されるので、その邪魔にならないように配布の仕方には注意が必要とされるのだが。(2月28日)

予算特別委員会の初日開催の日は
今朝の駅立ちは、大袋駅東口で午前6時前から午前6時45分までの時間帯で実施した。
先週せんげん台駅の駅立ちで、雨のため急き変更して始めた時間が6時45分だったためだ。また、今日は3月議会の予算特別委員会の初日で午前10時から開始されるため、終了後直ちに市議会に向かうために短時間での取組となった。
2月21日、3月議会の冒頭、市長提出議案として平成31年度当初予算案の一般会計、特別会計(国民健康保険、介護保険、下水道会計、区画整理事業等の9会計)そして市立病院の病院事業会計の総合計1800億円弱の予算案が市長から提案説明された。
この予算案は、7つの会派9人の議員で構成する予算特別委員会を設置して、5日間にわたり集中審議の後、採決される。
委員の人数は会派の人数によって割り振られるため、自治みらいは1人となっている。
そのため、今期4年間は、私以外の自治みらいの3人の議員が毎年選出されていたが、4月に市議選を控えているため、代表の私が担当する事を会派で事前の決定していたため、4年間で初めての予算委員会に質問に立つこととなった。
今回から、本会議でのライブ中継に引き続き、予算委員会でも質問や答弁の一部始終を録画配信によって、市民に公開出来る様になった。
3月下旬には、越谷市議会ホームページにアップされるが、午前10時から午後5時まで、5日間なので、関心のあるテーマだけでも視聴することも出来る。      (3月4日)

一心太助のリーフレットを配布開始
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分前に到着して、駅前清掃の後市政レポートの配布を開始したが、「一心太助の駅前物語」のパンフも同時に配布を始めた。
このパンフは、これまで一心太助の天秤棒の中で特集記事として「駅頭は小さなドラマの連続だ」の第1号から第50号までの過去発行したものを冊子にしたものだ。
好評を得ている駅頭シリーズを読んだ多くの市民の皆さんからパンフ作成の要望をこの間頂いていた。
そのため、作成に向け原稿やチラシの整理、また1500部で30万円を超える費用の捻出等慎重に検討して来たが、少し無理をしてでも発行するこが必要と判断し、発行にこぎつけた。
その配布開始日が今朝となったので、市民の皆さんがどんな反応をして頂けるのか、大いに胸を躍らせながらの配布となった。
ただ、少し重たいため一冊ならばそれ程の重みはないのだが、30冊が一締めとなっており、実は車への出しおろしだけでも相当大変な作業量となってしまった。
しかし、馴染みの市民の皆さんからは、あーこれですか、出来たんですね、と直ぐに反応が返って来た。
また、こんなに立派なものをありがとうございます、との感謝の言葉も。
中には、有料ですか、と財布を出そうとする方やこんなにすごい物を頂く訳には行きません、と遠慮される方など、発刊して良かったと直ぐに実感することが出来た。
しかも、少ないですけどカンパです、と次々とカンパ箱に投入されて行った。
これから、全駅での配布となるので、ますます楽しみな配布行動となって行くだろう。
(3月12日)

北陽中学校の卒業式は、議長代理で出席
今朝の駅立ちは、越谷市立北陽中学校の第45回卒業式に午前8時30分から受け付けで、来賓あいさつを議長代理(あいさつ文を代読する)で出席するため、中止した。
毎年の恒例行事で出席しているが、お別れの言葉を卒業生全員の合唱とセリフの演出には、担当教諭や保護者だけでなく、目頭が熱くなるのも恒例事となっている。
(3月15日)


PDFファイル⇒19年2月天秤棒No61

一日遅れたバレンタインデーの贈り物
今朝の駅立ちは、通常通り午前5時30分前からせんげん台駅東口で、市政レポートの配布を開始した。
まだ薄暗く寒さに震える体に、この期間は必携しているホッカイロを懐に入れて、駅前に5時10分過ぎに到着して、駅前清掃の後開始。
午前6時過ぎ、馴染みの中年女性から、小さなのし袋に入った1000円のカンパを頂いた。それから直ぐにこれも旧知の中年サラリーマンの方から、暖かな缶コーヒーを差し入れて頂いたが、寒気の中ベンチコートのポケットに入れておくと結構暖が取れるので、一層ありがたい。
更に、旧知の市民から1000円の、のし袋入りのカンパが続いたが、皆さん、異口同音に“こんな寒い中、ご苦労様です”と声を掛けて頂く事にも暖かさを貰っている。更に午前6時30分頃馴染みの女性から“一日遅れましたが、バレンタインデーのプレゼントです”とラムレーズン入りのとらやの羊羹を頂戴した。
 帰宅後、暫くして食してみたが上品な甘みが口一杯に広がり、美味しく戴いた。それにしても、事前に準備して頂いていても、近日中に私に会えるかどうかは分からない中、バックに持ち歩いて頂いたのだろうか。最近袋に入ったカンパを頂く機会が増えているのだが、皆さん私に会えるまで通勤時にバック等に納めている様なので、改めて感謝し恐縮している。
 午前7時前、公明党の市議2人が市政報告のため看板や幟を持参して、話し掛けられた。
駅前の隅っこの方でやりますから、との申し出だったが、いいえ、真ん中でやって頂いていいですよ、と返答したが、遠慮されたのか私から少し離れた場所で実施されていた。
午前7時30分過ぎ、その市議のお一人から、こんなに寒い中、駅立ちをしていると直ぐにつま先が固くなり、体が冷え切るのだが、白川さんはどんな防寒対策をしておられるんですか、と質問された。
 携帯のホッカイロは常に用意しています、と返事をした。そうですか、それ以外はないですか、とも聞かれた。んーん、そうですね、と返事をする途中で、気合いですか、と話された。
そうかもしれません、と答えたが、市民の皆さんの市政レポートの受け取りや挨拶に気持ちを持続させています、との返事を飲み込んだ。
それは、なにやら、同じ市議へのためあてつけがましい様に聞こえてしまうのではないか、と危惧したからだ。     (2月15日)

選挙が近いと、駅立ちが重なる
今朝の駅立ちは、午前6時前に大袋駅東口に到着し、街宣用具を車から搬出して設置しようとしたら、すでにエスカレーター前には人が立っていた。松田典子市議が一人で市政レポートを通勤客に配布しておられた。そのため、私は何時もの場所ではなく、入り口付近での配布となった。
松田市議に何時から立っているのですか、と尋ねたら、午前5時からです、との返事だった。
そして、私は午前8時30分頃通常通り終了したが、まだやりますか、と再度尋ねたら、いいえこれで終わりです、腰が痛くてこれ以上は無理です、との応答だった。 
いきなり、3時間30分間しかも寒気の中実施し、これから毎日このペースで続けていると、体力が疲弊して肝心の選挙準備や3月議会に影響してしまうのでは、と心配になったのだが。
明日は何処の駅ですか、と聞いたらせんげん台駅西口でやります、との返事だった。
実は私もせんげん台駅西口を予定していたので、急きょ変更して明日は越谷駅東口で実施する事にした。
また、西口には大袋在住の新人の市議選の予定候補者も駅立ちを実施されていたようだ。(駅の線路向かいに幟だけが見えているが、当然顔も見えないし、マイクの音も聞こえないので)
最近、通常の衆議院議員の自民党や立憲民主党とは重ならない様にしているものの、どの駅の駅立ちでも他の市議や候補予定者や県会議員の候補予定者など、入れ乱れているので、重なるのはやむを得ない状態となっている。
しかし、市民の方からは、選挙が間じかなので、よく知らない人が駅に立っていますよ、と話し掛けられる事が多くなった。
 様々な人が駅立ちを実施するのは、いい事ではあるものの、選挙前に顔を売るため急に実施することに市民の批判は強い。(2月19日)

9メートルの強風に看板が飛んだ
今朝の駅立ちは、午前6時前から北越谷駅東口で開始したが、昨夜から猛烈な風が吹き抜けており、時々正面から吹きつける風を受けて通勤客の顔は強張っていた。
 天気予報によれば、風の強さは風速9mとのことで、終了時点まで止むことはなかった。
 そのため、看板が何度も倒れてしまい、駅前のバス停で並んでいた女子高校生の足に当たってしまった。
 直ぐに、駆け寄って大丈夫ですか、と謝ったが、何とか怪我まではならなかったので、安心したが、高校生は流石にビックリした様子。
 しかも、机ごと飛ばされたため、看板にひびが入ってしまう程だった。
 本日は3月越谷市議会の初日であり、午前10時から本会議が開催され、市長、教育長による施政方針演説が行われ今期最後の議会に。
 このため、駅立ち終了後、街宣用具を車に搬入して直ぐに、そのまま電車で越谷駅に向かった。  (2月21日)

様々な子ども達との出会いに、安らぎが
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で何時もの様に、午前6時前に到着して、街宣用具の設置や駅前清掃の後、市政レポートの配布を始めた。
 午前7時30分過ぎ、30代の男性から声が掛かった。これだけ駅立ちを、続けていることは、すごい事だと思います、と少しはにかんだ顔で。はい、ありがとうございます。これからもがんばりますから、と応答した。
 直ぐに、何時もこの時間帯に出会う母親と少女とおはようございます、と挨拶を交わした。
だが、今日は少し事情が変わり、この母親が娘に向かって、チラシをもらいますか、と促して頂いた。すると少女は可愛いらしい手を差し出したので、市政レポートを手渡し、お年は幾つですか、と尋ねて見た。
すると、また小さな手を開いて5歳との返事。幼稚園児と母親が一緒に電車通園をしておられるのだろう、毎回ホットさせられる瞬間だが、今日は格別だった。
 更に、女子中学生が、遠くから笑顔で近づいて来て、市政レポートを受け取って貰った。
毎回の事なので、何年生と尋ねてみたら、越谷北中学校の1年生との返事。そうなんだ、いつも読んで貰っているけど、回りのお友達と話が合いますか、と聞いてみたら、んーん、合わない、との返事だった。(先験的と言うことだ)
更に、午前8時30分頃には、精華幼稚園の遠足のため沢山の園児達が母親と共に次々と集まって来て、駅前は賑やかな空気となった。
背中のリックサックの後ろ姿からも、一日楽しい時間を過ごす期待感が、園児達だけでなく、母親の笑顔にも伺えた。    (2月22日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、本年2月頃までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒19年2月天秤棒No60

小冊子発行に役立てて下さい
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で何時もの様に午前6時前の駅前清掃、街宣用具の設置の後、市政レポートの配布を開始した。
まだ、辺りは薄暗く、猛烈な寒気で直ぐに、足先が凍えて固くなってしまう。
午前8時頃、馴染みの女性から、かわいい封筒を頂き“少しですが”と渡された。封筒には“いつもありがとうございます。小冊子発行の役立てて下さい”と言葉が寄せられていた。
3000円のカンパが封入されていたが。この間一心太助の天秤棒の中で、これまでの分を冊子にして発行する事に伴い、市民の皆さんにご協力を呼びかけていたが、まだ冊子が完成もしていないにも拘わらず、こんなに早く最初のカンパを頂いた事は、期待も大きいと実感した。
3月議会前と4月21日投票の市議選の準備に時間が取られているが、アクセルを踏み込もうと、自分に言い聞かせた。(2月5日)

バス路線の休止を巡り、市民の役割を論議した超党派議員主催の市政報告会
今朝の駅立ちは、午前6時前から蒲生駅東口で市政レポートの配布を始めた。
同時に本日新方地区センターで開催する、8人の超党派の越谷市議が主催する市政報告会の案内チラシも配布した。
報告会のテーマは、昨年12月20日に最終日を終えて閉会した越谷12月市議会での焦点や争点の7項目。
この日は、民間バス会社の路線休止を巡り、地域の足を守るため、補助金等で行政に要求するだけでなく、市民自身の取り組みや、合意形成の手法など活発な論議となった。
年4回の議会閉会後、定期的に開催して来た市政報告会は、今回で10回目を迎えた。
市政報告会がよくあるように議員からの一方的な報告であったり、市民の陳情の場であったりする旧来の内容を大きく変えて行く努力をこの間続けて来た。
結果として、個々の議案に対する賛否の理由を明確に披歴することに留まらず、(会派の見解だけでなく、個々の議員を含めて)議案や市政の課題を多角的に理解出来るように常に配慮して来た。
それは単に議員の主張の”正しさ”を証明するのでなく、市民が自分自身の課題として考え続ける公共空間を提供して行くことを大きな目的として来たからだ。
更に、予算や議案の審議過程を出来うる限りオープンにして、問題点や方向性を始め論点の整理をはかることを前提として来た。
そのため、多くの市長提出の議案が全会一致で可決されていく中で、稀に反対する場合は当然のことだが、むしろ多くの議員が賛成する理由の多面性こそが強調されるべきで、これが全く可視化されていないことに、市民の議会への無関心を起こしている大きな原因だ。
(2月8日)       

高校の修学旅行のお土産を頂く
今朝の駅立ちは、3連休明けの火曜日、午前7時から越谷駅西口でスタートした。
雲一つない青空が広がる朝となったが、依然として寒気に包まれる駅前だ。
午前7時30分頃、馴染みの越谷技術高校2年の男子生徒から声が掛かった。
先般、高校の修学旅行で大阪、神戸市を訪問したが、大阪城にも行って来た。実は当初の計画では北海道が目的地だったのだが、災害のため旅行先が関西に変更になった、との事。
そして、カバンの中からその時のお土産ですと、小さな紙袋を頂いた。いえいえ、そんな貴重なものは頂く訳にはいかない、と一旦は断ったのだが、そんな、遠慮されるほどのものではありません、とのお話だったので、恐縮しながら、ありがたく頂いた。
更に、何時もの様にペットボトルの差し入れも頂いた。色々と私への気配り、本当にありがとうございます。(2月12日)

おニューのポスターを看板で設置
今朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅西口で、市政レポートの配布を開始した。
 昨夜から猛烈な風が吹いており、設置した幟が度々倒れてしまうので、ポールの長さを最短にして、立て直した。
 今日から、これまで10年近く使用していた、看板に挟んだポスターを新しいものと交換した。そのキャッチコピーは“自己責任論より自己決定権の尊重を!”と印刷されている。
 このキャッチコピーは、4月の市会議員選挙での私の公約のメインタイトルにする予定だ。
 人口減少時代に入り、特に安倍政権の6年余り、社会の隅々に「自己責任論」が蔓延している。その傾向は10年位前、ボランティアの海外協力隊の日本人女性が人質となり、その救出を巡り、“勝手に現地に行っておいて、困ったら政府を頼るのは筋違いで、命に危険があることは前提の上で、紛争地での活動をしているのだから、政府を頼らず、自力で解決すべきだ”と特にネット上で批判が相次いだ。
 この事に限らず、生活保護受給者やシングルマザー等様々な社会的問題に対して、“自己責任”が強調され同調圧力となって来た。
 大変残念だが、分断と憎悪の連鎖が広がっている。更に国政選挙がそれを増幅して来た。
 その原因の大きな理由は、戦後日本を支えてきた圧倒的な中間層が、凋落してしまい、同時に戦後民主主義の大きな転換点に入っている。
 ただ、貧困や困窮の状況に追い込まれているのは、人生を自由に選択する事や、知識不足や相談出来る機関や市民の存在が薄い社会そのものにあり、そもそも最初からその選択肢以外に選ぶ事が出来ないことが、最大の問題だろう。
だから多様な選択肢があり、その中から自分の人生の見通しを、それぞれの市民が自身で出来る様に社会保障制度の整備や地域を再生して行く事が必要で、この舞台が自治に他ならない。その自治のリーダーを選ぶ審判者としての市民への呼びかけとして、このスローガンを使用して行く。
本日は、3月議会の告示日となり午前11時過ぎには市議会代表者会議が開催されため、出席した。
(2月14日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、本年2月頃までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒19年2月天秤棒No59

正月なのに、その気分にひたれない
2019年(平成31年)の元旦、2日、3日の3日間、新年街頭市政報告会を本年も開催したが、当選以来4期15年毎年取り組んでおり、今回で14回目となった。
 例年、越谷市の新年元旦マラソン大会が、元旦午前9時20分から越谷市総合体育館で開会式が開催され、これに参加して午後からの街頭活動を始めている。
 今回も市内一円で実施をして、せんげん台駅東口を皮切りに3日の最終日は、新越谷東口で締め括った。
 しかし、年々人出は少なくなっている様に見えるし、元旦だけは何とか正月気分の市民の様子ではあるが、それでも福袋や買い物袋を手にしている市民は殆どいない。2日目からは通常の全く普段の様子で、晴れ着や正装の市民はまずいない。
唯一元旦には駅前のパチンコ店の餅つきと女性店員の艶やかな振袖だけがやたらに目立つ風景も毎年続いている。
人出で言えば、元旦マラソン大会も昨年より200人程少なかったし、イオンレイクタウン店での初売りも少なかった様なのだが、久伊豆神社を始め、神社はどこも盛況の模様だった。
つまり、貧困と格差が更に広がり、実質賃金の低下や先行きの不安が市民の生活を直撃しているため、買い物や飲食は控えざるを得ず、その代り神だのみに気持ちが向かっているのではないか、と演説を続けながら感じた。
勿論、例年通り多くの市民の皆さんと新年のごあいさつやカンパを頂くのも新年の風景となっている。(カンパ箱に入れて頂く馴染みの市民、また若い女性からチーム白川のメンバーに対して封筒に入ったカンパを手渡された)
3日の午後からの新越谷駅東口も、昨年より人出が少ない様に感じた。その中で70代後半の高齢女性と会話となったが、年金生活の中では正月でもウキウキした気分にはなれず、2020年オリンピック大会や大阪万博までは何とかやれるけど、その後は急激に社会や経済が悪化するだろう、と話された。
その通りなので、そのために社会や地域の再生のための準備をしている、と返答した。
年金を始め社会保障全体を根本的に転換しなければ、未来はないですね、とも話したら、うなずいておられた。
更に本年は統一地方選挙、参議院選挙、埼玉県知事選挙が続くので、主権者として大きな政治の転換を可能にできますね、とも話した後、笑顔で去って行かれた。
今回もチーム白川の市民の皆さんが元旦から、市政レポートの配布やマイクでの演説等に一緒に取り組んで頂いているが、特に昨年11月の市議挙をトップで4期目の当選を果たされた山中啓之松戸市議と、同じく初当選された中西香澄松戸市議にこの日参加頂いた。
マイクでの演説は勿論、市政レポートの配布など自分の選挙の様に熱心に取り組んで頂いた。終了後近くの喫茶店での反省会で、チーム白川のメンバーから例年より市政レポートの配布枚数が増えたのは、お二人の行動の貢献ですね、との声が上がるほどだった。
この様な持続的な活動が、選挙を非日常としない風景に変えて行ける、と心がけているので、1月6日開催のがんばろう日本国民協議会の第9回全国大会参加の構え方として改めて認識した、正月街宣活動だった。(1月3日)

新年早々、早朝からビール缶片手のおじさんとの会話
今朝の駅立ちは、午前6時から蒲生駅東口で開始したが、まだ薄暗く深々と冷え切った空気の中で、午前8時30分過ぎまで市政レポートの配布を実施した。
 駅前には、休息のためにベンチが設置されており、時々散歩途中の市民が足を休めたり、待ち合せに利用されている。
 ところが、この日中年男性がビールのロング缶を片手にぐびぐびと口に流し込みながら、ベンチに座り込んでおられた。
 しかも、手持無沙汰なのだろうか、私の市政レポート配布に何度も目を走らせている。
 その内、つかつかと歩み寄って来て、こんな朝早くやっているなんて、凄い、安倍よりも凄い、と話し掛けられた。
そして今の政治を変えて下さい、と“お願い”された。そうですね、あなたと一緒に変えましょう、と応答した。
すると、今後はどこ?どこ?と尋ねられた。(よく市民の方から政党はどこか、と尋ねられることが多くあるのだが、つまりどこの政党に所属しているのか、との質問だろう)
政党には入っていませんし、市議会では保守系無所属で活動しています、と答えた。
そしたら、あーそれで、無所属だから朝早くから駅頭をやっているのー、と聞かれたので、いえいえ、市議会や日常の活動を市民に報告するのは、議員の責任だと、考えているからです、と返答した。
選挙期間中でもなく、しかも午前6時の早朝から現職の市議が、市政レポートを配布する姿は、恐らくこの市民にとっては、全く想像出来ない風景であり、納得したような、しない様な顔をしておられた。
私にとっては、正に早朝の寒気の中、缶ビールを飲む状況に何故なっているのかが、むしろ興味があったのだが。
              (1月8日)

高校生からの年賀状を巡って
今朝の駅立ちは、通常どおり午前7時から越谷駅西口で開始したのだが、猛烈な寒気とともに強風が吹き抜けていくため、幟等が倒れてしまう程だった。
午前8時過ぎ、馴染みの越谷技術高校年生の2年の男子生徒から、暖かいペットボトルを差し入れて頂いた。毎回の事なので例え100円だろうと高校生にとっては大切な小遣いなのだろうから、恐縮してしまう。
そして、年賀状を出したのだが、着きましたか、と尋ねられた。
はい、頂きました。ありがとうございます、と返答したが、昨年暮れに年賀状を出して良いのか、聞かれた事に関連した話だった。
(返信用の年賀状はすでに投函していたが)
             (1月15日)

継続は力なり、寄せられた言葉
今朝の駅立ちは、午前6時前から大袋駅東口でスタートしたが、始めて直ぐに馴染みの中年男性から、ペットボトルを頂いた。
午前7時30分頃、旧知の女性から、小袋の2000円のカンパを笑顔で頂いた。
更に午前8時頃、馴染みの中年女性から、小袋に入った1000円のカンパを頂いた。
終了して、自宅で開封してみたら、同封されたメッセージカードに“継続は力なり。毎日続ける事って大変な事だと思います。誠実で信頼が持てます。頑張って下さい”で記述されていた。寄せられた言葉こそが力の源泉となっている。            (1月16日)
<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、本年2月頃までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。