PDFファイル⇒19年1月天秤棒No58

年賀状を出してもいいですか?
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で通常通り午前5時過ぎには、駅に到着して駅前清掃の後、午前5時30分から市政レポートの配布を開始した。
まだ、辺りは真っ暗なうえに猛烈な寒気が全身に襲いかかる中での行動だけに、気持ちの持ち方次第で3時間にわたる活動が持続出来るかどうかを、決定する。
勿論、私だけでなく、始発から電車で通勤する多くの市民の中にも同じように、気持ちを奮い立たせて改札に向かう市民もいるのだろう。
市政レポートの受け取りもなく、私のあいさつにも答えない姿勢だったとしても。
(いやだからこそ、いちいち関係のない市議に対応する気にもならないのかもしれないが)
午前7時過ぎ、東進ハイスクールの男女4人もの職員が、本日締切の冬期講習“2講座無料招待“の文言が印刷されたチラシの配布が始まった。
午前8時過ぎ、馴染みの男子高校2年の生徒から何時もの様に市政レポートを受け取った後に話しかけられた。
新年の年賀状を私に出したいのだが、いいですかとのお尋ねだった。
勿論、歓迎ですが私自身は年賀状を出す慣例を10年前位から止めている、と応答した。
(ただし、頂いた年賀状には出来るだけ返信させて頂いている)
毎年小中学校の恩師を始め、年賀状を出しているとの事なので、へー感心だねー貰った先生は教師冥利に尽きるはずだ、と付言した。
午前8時10分過ぎに、先述した東進の若い職員の方がチラシ配布を終了して引き上げて行く時に、ご苦労様でした、と声を掛けた。
(駅前には様々な市民と宣伝用のチラシ配布で重なることも多くあるのだが、お疲れさまでした等、声を掛ける様に心がけている)
すると、全員が笑顔で、市政レポートを手に取って、エスカレーターを昇って行かれた。
            (12月18日)

今年も頂いた、真っ赤なリンゴ
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で午前5時30分から駅前周辺の清掃後市政レポートの配布を開始して、午前8時30分過ぎまで実施した。
午前6時40分頃馴染みの高級キャバクラ店の経営者の方と話になった。(一人の料金が5万円程だそうで、一度お邪魔したいとは思うものの、財布がその一切の事情を許さないので、当然来店する機会はないのだろうだが)
この時間に、良くお会いするのだが深夜まで営業して後片付け等を終了し、始発電車でせんげん台駅から帰宅する、途中との事。
 20年程まえ、私の最初の越谷市議選の結果、5票差で落選した後、岩槻タクシーの運転手として働かせて頂いた頃から、応援していました、と話された。
しかも、この間両親にも私への投票を呼び掛けて来たとの話に、長年にわたり私の日常の行動を通して、本来の意味での応援がこんな風に持続され、広がっていたのだと、改めて認識させられた。
 午後7時からは、大袋駅西口で午前0時すぎまでの5時間、市政レポートを配布したため、今日一日で8時間を駅立ちに費やした。
 体力と寒さとの闘いは、常に私自身に課した規律と一人一人の市民と何処まで向き合えるのか実践の舞台となっている。
当選以来続けているので、16年になろうとしている。            (裏へ)
午後7時過ぎに一旦市政レポートを受け取った後、自宅から再び戻って来られた馴染みの中年男性から、真っ赤な大きなリンゴを5個も頂いた。
 長野の実家がリンゴ農家で、帰省したおり何時もリンゴを持ち帰るとの事で、それを毎年駅頭で頂いている。
 蜜が沢山はいっていて、美味しいですよと話されていたが、事実芯の周りにはたっぷりの黄色い蜜であふれていた。
午後8時前、一旦市政レポートを受け取った後戻って来られた旧知の中年女性から、あんまり熱くないけれど飲んで下さい、と午後の紅茶のペットボトルを差し入れて頂いた。(いえいえ、甘くて温まりました)
 午後8時30分頃40代の馴染みのサリーマンの方から、お久しぶりです、と声がかかった。IC関係の会社に転職して5年程がたったが、この会社は勤務形態をフレックスタイムが採用されており、今は通勤時間帯がまちまちになってしまった。
そのため、かつての様に定時に私と会えなくなった、との話だった。
こんな話をしている内に、共働きの奥さんが迎えに来られた。ここにも、右肩上がりの時代と比べ夫婦の働き方や勤務形態の大きな違いが現れていた。
午前0時30分過ぎ、冷え切った身体を湯船に潜り込ませた瞬間、全身の血が体中を駆け巡る感覚に、長い一日を終えた至福のひと時を迎えた。
明日は土曜日(いや今日は)のため、駅立ちのため早朝の起床が免除されることも、緊張を和らげていた。      (12月21日)

クリスマスケーキの割引販売は?
今朝の駅立ちは、午前6時から北越谷駅東口で、スタートした。
 午前8時30分に終了と同時に迎えに来た妻の車に早々に飛び乗った。実は午前9時30分からの東埼玉環境資源組合の12月議会に出席するためだ。
この議会の時は、何時もそうしているだが、駅立ち終了後に朝食を取る時間が作れないため、車中で妻が作ったお握りや最寄りのコンビニで購入した肉まんで腹を満たしている。
何とも慌ただしい朝の時間帯だが、環境資源組合の控え室で、午前10時前に暖かなコーヒーを出して頂き、朝5時に起床して、駅立ちを終え、朝食を取り、議会開始直前にやっとゆっくりと椅子に座るその瞬間を迎える事が、何時もの風景となっている。
この日は、午後7時から、せんげん台駅東口で夜の駅立ちを開始し、午前0時過ぎまで市政レポートの配布が続いた。
今日は、クリスマスのため駅前のケーキ店コージーコーナーにはケーキの常設ショーケースとは別に、店頭にクリスマスケーキの特設コーナーが設置される。
予約を含めて次々と市民がケーキを買い求めて行く姿は例年通りだ。
それでも午後9時30分頃には閉店するのだが、女性店長の方に尋ねて見た。それはこれ程大量のケーキが用意されてはいるものの、やはり売れ残ってしまったケーキは、明日以降値引きして売らないのか、と。(そうして、頂くと真っ先に買い求めるのだが)
しかし、淡い期待は裏切られて、店長さん曰く、残ったケーキは各店舗から全て工場に回収されて行くので、割引販売はしない、との返事だった。         (12月25日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、本年2月頃までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒18年12月天秤棒No57

15年前の、自宅訪問の時の印象は
今朝の駅立ちは、通常通り午前6時前から大袋駅東口で開始したが、直ぐに中年男性からペットボトルの差し入れを頂いた。気温は日に日に下がって来ているので、ホットな飲み物はありがたい。
午前7時過ぎ共産党の街宣活動が、同駅で始まったが、何時ものようにマイクの音がかぶらない様に双方で配慮しながら行った。
ただこちらは何時も単独だが、共産党の皆さんは数人で必ず実行されておりそこに差がある。
ただ、チラシを受け取る市民の数はこちらが圧倒的に多いのだが。
午前6時20分過ぎ、せんげん台駅から北千住駅に向かう各駅停車の電車が大袋駅に停車した。その先頭の車両に先週の日曜日に桜井地区消防団が主催する団員と自治会長等の交流会が徳樹庵下間久里店で開催され、その席上で暫くお話した男性が、手を振って頂いたので、こちらからも振り返した。
実は、これまでこの男性は、通勤時毎回、毎回大袋駅での駅立ちの私の姿を見つけては、回りの乗客が驚くほど手を振ってきたのだが、私が全く反応しなかった、との事。気が付かず申し訳ないとお詫びしていた。
そこで、市政レポートを配布しながら、背中、後方に停車する上りの電車に注力している所
に、停車した車両に姿を発見する事が出来た。
更に、一心太助の天秤棒は時々2種類が配布される事が話題となり、私は字だらけの2種類のチラシは読んで頂いていなのでは、と疑心暗鬼だったのだが、何とこの男性は2種類あるとラッキーと思い、夢中で読んでしまう、との応答にすっかり恐縮してしまった。
また、この交流会では、良くせんげん台駅でお会いする、馴染みの中年の男性消防団員の方と話し込んだ。
この男性は、15年前の市議選挙前に私が自宅を訪ねて行き、挨拶や資料を渡した事を鮮明に記憶している、との話だった。僅か数分しか話さなかったが信頼できる人物だと、感じたそうだ。
当時は地域の問題や住民の生活感覚を知るために、毎日、毎日数百軒をローラーで訪問していて、時には訪問先の無遠慮な対応に心が折れそうになった事を何度も体験した。
しかし、こんな風に受け止めて頂いていた市民の気持ちを今聞かせてもらい、その重みを痛感した。
その後直ぐに大きなキャリーバックを抱えた馴染みの30代のサラリーマンとお会いしたので、出張ですか、と尋ねた。
すると、えー神津島に行きます、との返事。カミツシマ?との顔をしていたら、東京都の離島の神津島のことです、と教えて頂いた。
更に、同じ様ないでたちの旧知の男性も、福島に出張との事。気をつけていってらっしゃい、と送り出した。
その後近くの喫煙所から歩いて来た40代(?)の男性から声がかかった。
建設重機を扱う仕事に従事しており、昨日から徹夜の作業となっており、その仕事明け、との事。
大袋駅近くの居酒屋で先ほどまで、一杯飲んでいた、と付言された。
確かに顔が、朝から赤ら顔になっている様にみえたのは、そのせいだったのか。
この男性は何時もは、せんげん台駅で私を見かけているが、大袋駅でもやっているんですか、と聞かれたので、市内6駅の東口、西口11か所で毎日、毎朝取り組んでいますよ、と返答した。               (裏へ)
午前8時30分過ぎ、中年の女性から、私の市政レポートを主人が駅で受け取って、自宅に持って帰ってくるので、何時も楽しみにして読んでいます、とのお話して頂いた。
(11月13日)

午前5時10分からの出会い
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口に午前5時10分過ぎに到着して、街宣用具を車から降ろして設置し始めていたところ、馴染みの中年サリーマンの方から声が掛かった。
この男性は都内の医療機器の製造販売の会社に勤務しており、早朝から出社して仕事をこなした方が効率がいいと、この時間に出勤している、との事。
近年医療保険点数の低下の影響で、かつての様な会社の状況ではないが、何とかやっている、と話されていた。
話が終わって直ぐに、駅階段を降りて来られた旧知の中年男性からも話し掛けられた。
多くのビルに設置してあるエレベーターの整備を徹夜で行った勤務明けで、これから自宅に帰る途中だとの話だった。
それから直ぐに、馴染みの女性が大きなキャリーバックを抱えながら、エスカレーターの入り口に来られたので、どちらかに出張ですか、と尋ねた。
すると、これから沖縄に出張で羽田空港に向かいます、との返事だった。
更に、大きなボストンバックを引きながら旧知の中年女性にお会いしたが、こちらは1週間程カンボジアに旅行に出かける、との事だった。
これら4人の市民の皆さんとの出会いは、午前5時10分から午前6時までの短い間に起きたものだが、早朝から人生悲喜交々の事態に触れた時間帯だった。   (11月14日)

男子高校生からの差し入れに思う
今朝の駅立ちは、午前7時から越谷駅西口で開始して午前8時30分まで実施した。
駅前清掃の後、直ぐに大きなスピーカーを使用して、12月3日から始まる12月議会で提案予定の市長提出議案の事前説明と報告をする市政報告会を開催した。
午前7時30分頃、馴染みの越谷技術高校2年生の男子生徒が笑顔で近づいて来て、暖かいペットボトルを差し入れてくれた。
この男子生徒は、自宅から自転車を使いせんげん台駅東口から、電車に乗り越谷駅で降車して、更に2代目の自転車で高校に通学している。
そのためここ1年以上にわたり、せんげん台駅東口や越谷駅西口で頻繁に出会い、市政レポートを毎回受け取って頂いて来た。
しかし、差し入れは初めての事であり、心から感謝の気持ちを伝えた。 
(11月29日)

庭で育てた大量のみかんを頂いた
今朝の駅立ちは、午前5時30分からせんげん台駅東口で、駅前清掃の後スタートした。
何時もの様に、次々と通勤客が駅構内へもくもくと向かう中、市政レポートの配布も順調に進む日常の光景が今日も。
この駅が、最も馴染みの市民が多いため、朝の挨拶やほんの少しの会話も次々と交わされて行く。そんな中、午前8時過ぎに馴染みの中年女性が笑顔で近づいて来られて、紙袋に一杯入った(30個を超える程の)みかんを差し出して、これ自宅の庭になったみかんですが、食べますか、と尋ねられた。
えーみかんは大好きですが、こんなに大量にいいんですか、と応答した。
どうぞ、と渡して頂いた。恐らく職場の同僚等に差し入れのため持参して行く途中で、私に会ったため、急きょ変更されたのではないか、と推測した。一人占めにしてゴメンナサイ。後程食べてみたが、本当に甘く美味しい味がした。
(12月5日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒18年12月天秤棒No56

越谷はいい町と、思えて来た
今朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30時まで2時間30分、蒲生駅東口で実施した。
一心太助の天秤棒と4地区有志議員が主催する、第9回市政報告会の参加を呼びかける案内チラシの2種類を配布した。
午前8時頃、馴染みの40代のサラリーマンの方から声が掛かった。一心太助の天秤棒に掲載された記事の中で、“甲子園優勝戦の日に、新人戦の大会が”(本年8月21日)の事が話題になった。
この新人戦の高校野球部は、春日部東高なのだが、この男性の息子さんが試合に臨んだとの事だった。そう言えば、野球がやりたくて春日部東高等学校に入学したと以前話しておられた。
午前8時30分まえに、やはり馴染みの高齢女性と会話になった。この女性は、毎回必ず“紙代にして下さい“と1000円のカンパを頂いており、今回も同様にして頂いた。
そして、若い頃はそれほど思わなかったが、越谷がいい町だと最近感じている。歳をとったせいですかね、と笑顔で話されて改札に向かわれた。いい町にして行きましょう、と見送った。(10月17日)

水曜日は定休日なので、参加します
今朝の駅立ちは、何時もの様に午前6時から越谷駅東口で開始した。
開始して直ぐに、駅付けのタクシー運転手の方から声が掛かった。
良くがんばっているねー、と話始められた。春日部市に在住していて、越谷タクシーに20年以上勤務している、との事。私も岩槻タクシーでハンドルを握っていた職歴があるので、より親近感が湧いてくる。
あと半年先の来年4月は市会議員選挙がある事が話題に上ったら、直ぐに“岩槻タクシーがついているから大丈夫だよ”と話された。
(選挙期間中の1週間、街宣車の運転手をタクシー運転手が引き受ける事があるのだが、私は20年前の最初の選挙の折、岩槻タクシーのご好意で運転手さんの協力を頂いた経緯がある。しかしその後は、地元の市民の方にお願いしている)
 どんな意味で、大丈夫と言われたのか確認しなかったが、選挙は様々な市民の皆さんの協力、参加がなければ当選出来ない事は肝に銘じている。
午前6時30分すぎ、何時もの様に団体職員の男性から、先生これ、とペットボトルを頂いた。毎回、毎回の差し入れに感謝、感謝。
その後、すぐにこちらも毎回、毎回なのだが朝の犬の散歩でお会いする、30代のサラリーマンの方から、自分のチラシ代です、と話されてポケットから出した200円を頂いた。
更に、中年の男性からカンパ箱に1000円が、午前8時過ぎには、旧知の礼儀正しいサラリーマンの方から5000円のカンパを頂いた。こちらも定期的にカンパを頂いている。
そして、馴染みの30代の不動産会社に勤める男性から、声がかかった。
11月7日(水)開催する市政報告会への参加の件で、毎週水曜日は、休みなので参加してみます、と話されてペットボトルを差し入れて頂いた。お待ちしています、と返事をした。
午前8時30分過ぎに、旧知の中年男性から一旦市政レポートを受け取った後、戻ってこられて、暖かい肉まん2個とペットボトルを差し入れて頂いた。今朝は、次々にカンパや差し入れが続いたが、それだけに、これに応えるための努力が欠かせない。
(10月25日)(裏へ)

早朝から浦和レッズへの応援が
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時40分に到着して、何時もの駅前清掃の後、午前6時から開始した。この駅の清掃は、市内6駅の中で最もごみや吸い殻等が散乱しており、毎回時間をかけて実行しなければ綺麗にならない。そのため開始時間の午前6時を過ぎることがしばしばあり、この日も同様に遅れての開始となった。
午前7時数人の若い男性と女性の一団が、大きな声で“浦和レッズへ応援、宜しくお願いします”と浦和レッズ一戦必勝と記載されたチラシを配布し始めた。11月3日のガンバ大阪と12月1日のFC東京との試合の案内も。
私は午前7時からは、大きなスピーカーを使用して9月議会の報告をするため、声がかぶってしまうので、肉声の彼らには、少し気が引けたのだが。
しかしそんな心配など物ともしない様な、大きな声で混雑する乗降客に向かって呼びかけていた。また、英会話の会社の宣伝チラシ(ポケットティシュとセットにしてある)の配布も始まり、只でさえ賑やかな朝の駅前広場は、更に賑やかになった。(最も通勤客が朝の慌ただしい中、どう感じているのかは、不明だが)
午前8時30分頃全日本年金組合埼玉県本部の委員長をされている、馴染みの高齢男性から、組合機関紙を渡された。その一面には、この男性が今年春にジュネーブのILO本部を訪問した記事が掲載されているので読んでみて下さい、との事だった。    (11月2日)

到着時間が心配、市政報告会の参加
昨朝の駅立ちは、私が居住する地元自治会の東都にこにこクラブが主催する、毎年恒例の日帰りバス旅行に参加するため中止した。このクラブは毎日早朝にラジオ体操を全員で行っていて、私と妻も会員なのだが、私は殆ど参加しない不良会員。ただこの旅行には必ず参加して来ており、この日も地元を午前7時30分に出発するバスの一員となった。群馬県甘楽町小幡の名勝楽山園の散策やリンゴ園での食べ放題など、一日を楽しみ、午後5時30分には帰って来る行程となっていた。
ところが、この日は8人の議員有志が主催する第9回市政報告会を大袋の北部市民会館で午後6時30分から開始するため、準備のため午後6時には会場入りしなければならない事になっていた。
予定表通りにバスが運行されれば、何とか間に合うはずなのだが、高速道路の混み具合次第であり、あくまで予定となっていた。
役員の方にも心配して頂き、時間通りに運行出来る様に時間配分に配慮して頂いていたのだが、それでも心配が募っていた。だが、無事予定より少し遅れたが、帰宅することが出来た。
 バスを降りて、リンゴを始め沢山のお土産を抱えて家に直行し、直ちに会場に向かい市政報告会の準備に取り組んでいたら、他の議員から“遅れるのではなかったのー”との声が。もしもの事に備えて、遅れるかもしれない、と事前に連絡をしていたため、こんな反応となった。
その市政報告会には、多くの市民に参加して頂き、9月議会の焦点だった、国民健康保険税の引き上げの議案や茨城県東海第二原発の20年間の運転延長に反対する意見書の採択など、賛成反対の主張を含めて活発な議論が展開された。終了後居酒屋での反省会の席上には、私のお土産のこんにゃくのお菓子が並べられ、有志議員が舌鼓を打っていた。 (11月8日)

<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。
 その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒18年12月天秤棒No55

一心太助で紹介した女性が再び
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で午前6時前から始まり、午前8時30分過ぎまで市政レポートと11月7日に開催する、8人の越谷市議有志が主催する第9回市政報告会の案内チラシを配布した。
そして、午後7時から午前0時まで、せんげん台駅東口で夜の駅立ちを実施したため、ダブルヘッダーの活動で、朝、夜合わせて7時間30分の駅立ちとなった。
 午後7時市政レポートの配布を始めた途端、駅前の焼き肉屋の呼び込みのためのチラシを配布していた若い女性が笑顔で近づいて来た。
彼女は、以前一心太助の天秤棒で記事を掲載した(本年4月20日、“チラシ配布のアプローチの違い”で紹介した)女性だった。
その一心太助を大袋駅で私から受け取り読んで、声を掛けて頂き記事の話が話題となった。
この日も、駅前は家路を急ぐ駅乗降客で慌ただしく、それ程チラシを受け取る市民は多くはないのだが、彼女は何時もの笑顔で宣伝チラシの配布を続けていた。
私もそうだが一度チラシを配布してみると分かる事だが、予想以上に受け取りが芳しくない状態も多いのだが、それでも笑顔で区別のない態度で呼びかけ、配布を続けられるのかは、まさに仕事への構え方によって違って来る。
不特定多数の市民へのアピールは、慣れて来ることが重要だが、同時にチラシを受け取らない多くの市民も、無関心の様に見えるものの、プラスにもマイナスにも静かに観察されているので、惰性での活動は直ぐに分かってしまうのではないか、と気を抜かない様に何時も心がけている。
今夜も午前0時過ぎの電車到着から、階段を降りて帰宅する市民が駅前から姿を消した頃、妻の迎えの車で帰宅した。
(10月10日)

夜の駅立ち、次々と議員関係者と出会う
今朝は、通常どおり午前6時から、新越谷駅東口で駅立ちを開始して、午前8時30分過ぎまで、市政報告会を実施した。
昨日に引き続き、午後7時から午前0時過ぎまで、せんげん台西口で市政レポートを配布した。開始して直ぐに、馴染みの中年女性から、「今日は12時すぎまで駅頭をするんですか」と笑顔で声を掛けて頂いた。
 夜の駅立ちを始めてすでに4年が過ぎており、定着して来たのだろうか、こんな言葉を頂くまでになっている。
 午後9時過ぎ高齢男性から話かけられた。私と同じ会派の菊地議員の支持者の方で、この日は千葉県銚子沖で釣ってきたヒラメを肴に仲間達で一杯やって来た帰りだそうだ。
 前回の県議選を始め、街宣車の運転手をこれまで努めた経験談や議員の評価をひとしきり話されて、がんばれよと励まされ、帰って行かれた。
 それから直ぐに、また同じ会派の辻議員のご両親が階段を降りてこられて、あいさつをして頂いた。             (裏へ)
 午後10時過ぎに、前回の県議選で惜敗された藤沢氏が降りて来られた。
 それから30分後位に、中年女性が近づいて来られて、これカンパです、と500円を頂いた。朝と違って夜はカンパ箱を用意していないので直接頂いたものだ。
 午後11時過ぎ、若い男性が近づいて来て、大野市議を知っています、と話されて名刺を渡されたが、そのまま階段を昇って行かれた。
その名刺には、日本語の記載がなく、全て英語の表記のため、どんな方なのかはその場では理解出来なかった。(後日ネットで調べて見たが、ダンサーの方ではないか、と推測された)
午前0時が近づいて来た頃、馴染みのセミナー経営の男性が仕事帰りに声を掛けて頂いた。
遅い時間の帰宅となったが、明日は子どもさんが在学している小学校のPTAのバザーで焼きそばを1000食作る担当なので、がんばります、と張り切っておられた。そして500円のカンパを頂いた。
毎日遅い時間までの仕事で、休日はゆっくりしたいのではないか、と推測したが子ども達や地域のため何か、自分が出来る事を精いっぱい実行する普段の姿勢にこそ、その人の人間性を感じる。
また、馴染みの高齢男性が階段を降りて来られて「先生、こんなに遅くまで活動しておられるんですか」と声を掛かった。
(先生と呼ばれるのは、あまり慣れていなのだが、最近市役所の職員の方も、先生との呼び方はせず、白川議員とか、白川さんと声を掛けて頂いている。)
そして、小さなのし袋に入った1000円のカンパで頂いた。何時もは朝の始発の電車午前5時10分に乗り通勤しているので、私に会えないので、と付言された。
確かにこの駅での朝の駅立ちは、通常午前5時30分から開始するので、お会い出来なかったが、準備のため午前5時過ぎにお会いしたことが以前あり、その折にも1000円のカンパを頂いていた。
それにしても、階段の上方から私を確認してから、降りてくる極めて短い時間にどの様にしてのし袋にお札を入れて頂いたのだろうか。
私がこの日夜の駅立ちを実施することなど知る由もなかったはずなのに。のし袋を常時携帯しておられるのか。そんなことに思いを馳せながら、午前0時過ぎに今日一日(いや、時計の針は、すでに土曜日を示していた。)の活動を終えた。
西口から東口に移動して、妻の迎えの車で帰宅して、就寝したのは午前1時30分を過ぎていた。          (10月12日)

男子高生が市政レポートを受け取る
今朝の駅立ちは、通常どおり駅前清掃の後午前6時から新越谷駅西口で、市政レポートの配布を開始した。
午前7時30分過ぎ、男子高校生から市政レポートを受け取って頂いた。
そのため、こちらから声をかけてみた。どこの高校ですか、と尋ねたら杉戸農業高校園芸科の一年生、との返答。どうして市政レポートを受け取って頂いたのですか、と私。すると地元だから市政のことを知りたかった、との返事に、まだ16歳なのに(いや、そのように高校生のイメージを作ってしまっている自分自身の固定概念ではダメなのだが)興味を持っている事実に嬉しさがこみ上げて来た。
更に越谷技術高校の男子生徒も同じ様に、せんげん台駅頭で何時も市政レポートを受け取って頂いている。
午前8時過ぎ、馴染みの中年女性が毎回だが、差し入れをして頂いた。本当に毎回、毎回ありがとうございます。
朝食にどうぞ、と最寄りのコンビニで販売しているさつまいもの入りの米粉パン、餅米使用のおにぎり、そしてペットボトルを。
そのコンビニ袋には、「レジ袋がご不要な方はお申し出て下さい」と印字されていた。ビニール袋による環境破壊が注目されている昨今、コンビニでも小さな改善が取り組まれている。
            (10月16日)
<お知らせ>
一心太助の天秤棒シリーズ“駅頭は小さなドラマの連続だ”は、すでに50号を超えお陰様で、大変好評を得ています。
そのためか、あちこちでこのシリーズを冊子にして下さい、とのご要望を頂いています。
そこで、これまでに発行したものを一冊のパンフレットにするため、印刷製版の見積もりを取ったところ、1500冊で30万円を超える費用が必要であることが分かりました。
何とかして市民の皆様のご期待に添える様に、努力をして、来年2月までには発行する予定です。その折にはご協力を頂けば幸いです。


PDFファイル⇒18年11月天秤棒No54

両ひざの痛みは、職業病だ?
今朝の駅立ちは越谷駅西口で、午前7時から開始したが、通常通り駅前の吸い殻やごみの清掃の後、市政レポートの配布とともに、9月議会が9月27日に閉会したので、9月議会の焦点や争点をスピカーから報告した。
そして、午後7時から午前0時までの5時間にわたり大袋駅西口で、市政レポートを配布した。一日都合6時間30分の駅立ちを実施した。
すでに夜の駅立ちも開始して4年が過ぎており、当初はこんな遅くまで駅頭をやっていいのか、と質問してくる市民や朝だけでなく、夜もやっているのですか、と驚いた顔で帰宅して行く市民も多くいた。
しかし、4年間も続けると、驚いた様子の市民はへり、むしろご苦労様と優しく声を掛けて行く市民や、ほろ酔い気分でゆっくりと話して行く市民も増えて来ている。
通勤で利用する駅が大袋駅以外でも、職場の飲み会が大袋駅周辺であった後、帰宅途中に私の駅立ちで出会ったりするので、そんな時は“へー夜も、しかもこんな遅くまでやってるの=”と驚かれることもある。
また、朝と同様に差し入れやカンパを頂くことも普通の風景となっている。
問題は、私の体力と夜の日程が空かないと実施出来ないのだが、最近両ひざの痛みに悩まされている。
通常歩行するときは、さほど痛みはないのだが、階段ののぼりや特に下りの場合に筋肉痛の様な痛みが起こる。
そのため、これまで健康のためにエスカレイターやエレベーターの使用は控えて階段を利用していたものの、ひざの痛みが始って以来階段利用はぐっと減ってしまった。
余りに長く痛みが続くため、腕の肘の痛みでお世話になった越谷市花田にあるやざわ整形外科クリニックに診察、治療のため出向いたのだが、診察待ちの患者さんが何時も多く、最低1時間30分後や2時間後になりますと、看護師さんから言われため、2回、日にちをずらして出向いたが、2回とも診察が出来ずにいた。
3回目は時間の余裕をつくり、約1時間30分を病院のロビーの椅子で待機して診察をして頂いた。直ぐに両ひざのレントゲン写真の撮影が行われたが、様々な角度から何枚もの写真撮影となった。
なんでこんなに多く撮るんですか、と担当した看護師さんに尋ねたら、それは後ほど先生から説明があります、と笑顔で返事をされた。
そこで、いよいよ診察室で先生からの問診とレントゲン写真を見ての診断が行われた。
「安心して下さい、ガン発症にともない骨に前立腺ガンの様なガン細胞が転移して異常をきたす場合がありますが、あなたの骨は曲がってもいないし、ガンによる影響は全くありません」と告げられた。
 がん細胞の増殖?!先生それでは痛みの原因は加齢による膝関節の摩耗による異常ですか、と尋ねたら、「いいえ、違います。要するに足の使いすぎによる筋肉疲労です。両側に小さなぐりぐりが出来ていますが、(該当の場所を押さらえたら小さな音がした)これは水が溜まっている証拠です」
えー水が溜まっているー?!「これも安心して下さい。水を注射器で抜くまでの症状ではありません。足を使い過ぎると痛みによる警告を体が発信している状態です」との事だった。
結局、治療としては肘の時と同様に、湿布薬の塗布で行うと言うことだった。
足の使い過ぎとの診断だったが、毎日3時間近く15年間駅に立ち続けているのだから、納得はしたのだが、これは職業病ではないのか、と頭をよぎったが、流石に先生には話さず病院を後にした。        (10月1日)

妻の不満に応えきれない現実が
昨朝の駅立ちは、大袋駅西口で何時もの様に午前6時から開始して、午前8時30分過ぎまで行った。
この日は夜の駅立ちをせんげん台駅東口で、午後7時から午前0時まで実施した。
やっと猛暑の夏から季節が秋へと移行しつつあるので、暑くもなく寒くもない中での駅立ちとなったため、一日7時間30分に及ぶ駅立ちも何とかこなすことが出来ている。
 しかし、毎日、毎朝の駅立ちの送り迎えは、妻が運転する自家用車(事実上は自営業車となっているが)を使用している。毎日の朝の起床時間は午前4時30分頃となり、夜は午前0時過ぎの帰宅となり、それから風呂に入って次の朝の駅立ちの準備をすることもあり、午前2時過ぎに就寝することになる。そのため妻も同様に起床や就寝となってしまっている状態が長く続いている。
「あなたも大変かもしれないけど、私も夜駅立ちの日は特に寝不足になっているのよー」と妻の不満が溜まっていることがある。
 確かにその通りだろうが、議員活動は夫婦で営む小さな自営業者の様なものだから、何とか持続して欲しい、との言葉を飲み込んで、何時もお世話になっていますねー、と声を掛けている。しかし妻への労いにはなっていないかもしれない。明日も朝、夜の駅立ちを実施する予定だ。            (10月10日)

一心太助の記事「直」の文字を巡って
今朝の駅立ちは、午前6時から新越谷駅東口で実施して、夜は午後7時から大袋駅東口で午前0時まで、市政レポートの配布を実施した。
配布を続ける市政レポートや一心太助の天秤棒への市民の様々な反応が現場の駅頭で日々起きている。
その出来事は「駅頭は小さなドラマの連続だ」とのエピソード集を発行して来ている。
しかし、今日は発行された「駅頭は小さなドラマの連続だ」NO52号の中の記事タイトル「差し入れは、直ぐに胃袋の中へ」のこの「直」の文字への質問がメールであった。
それは、通常は「直」と表記するのだが何故一が抜けた「直」となっているのか丁寧なお尋ねがあった。
メールによると「私の苗字“直○”の“直”は縦の棒が無い字で戸籍登録されていて、関心を持っているからです。
 なお、最近、戸籍には通常使われていない文字を使うことが認められている(通達)関係で、国がそのような文字(漢字)を統一・開発・データーベース化したことは認識しています。」との事だった。
直ぐに回答したが、明朝の「直」を変換するとき「MingLiU」で変換して表示しており、これが「直」となっている以上のことは分からないと返事をした。
 すると、また丁寧に返信が来て「新大字典の“直”の項には、同字と俗字として戸籍上の字も含めて記載があります。(添付)
 また、井伊直虎の花押も縦の棒がありません(添付、花押であり文字とは言えないかもしれませんが)
 その他、いくつか資料があり、昔は結構使われていたのでないかと想像しています。」との事だった。
思わぬやり取りとなったが、何時も市政レポートを読んで頂いている市民との交流がまたこの様な形で実現している事に嬉しさがこみ上げた。         (10月11日)


PDFファイル⇒18年 10月天秤棒駅頭53

仕事に人が合わせるのでなく、人に仕事を合わせる
今朝の駅立ちは、午前8時過ぎから開催された、がんばろう越谷主催の第52回グラウンドゴルフ大会の開会式のあいさつ出席のため、中止した。
会場となった越谷市小曽川にあるしらこばと公園運動場は、良く手入れされた緑の芝生のグランドや、好天に恵まれて約120名の選手の皆さんの好プレーが続出した。
このグランウンドゴルフ大会は、市内の各グラウンドゴルフクラブの皆さんが自主的に実行委員会をつくり、大会の準備や参加選手の呼び掛けを始め当日の運営など全てフラットな話しあいの中で、継続的に大会を開催して来た。
このため、時には運営を巡って意見が対立することもあったものの、納得がゆくまで話し合い、権威主義的な習慣を最も忌避して来たことが、常に和気藹々の雰囲気を醸し出している。
 この日私のあいさつは、障がい者の法定雇用率の水増し問題が、中央省庁で発覚し、残念ながら越谷市でも同様の問題が発生した。
民間企業や中央省庁や自治体では、障がい者の雇用は、法律によってその雇用率が決定されているにも拘わらず、大幅な水増しが日常的に行われていた事に衝撃が走った。
当然のことだが法律を遵守することは最低の責務なのだが、同時に法律を遵守すれば問題が解決するわけでもない。それは障がい者が働き続けることは職場環境の整備とともに仕事のやり方の全面的な見直しが必要とされる。
そこで次の様な例を紹介した。「障がい者が働く場所に植木が5鉢あり、水やり作業に関して健常者に管理者がオーダーする場合、通常“水をやっといて”と言っても作業に支障は起こらない。
しかし、障がい者に同じ様にオーダーしても作業は進まない。そこでオーダーの仕方を大きく変えて、“5つの鉢の内右から3番目の鉢の根本に今から1時間後に水を1リットル上げて下さい。葉っぱにはかけないように”と話すことによって作業は順調に遂行されて行く。
これは障がい者にとって理解しやすいようにオーダーすることに留まらず、全ての作業員にとって植物に水をやる意味やチームとしての作業の平準化をもたらすことに繋がって行く。これまで仕事に人が合わせてきた職場慣行を、人に仕事を合わせていく作業の切り分けと言う意識改革になって行く。多様な働き方は実は、障がい者の問題ではなく、私たち一人一人の問題です」と。
そのせいか、プレー中にルールや作法など不慣れな選手に教えるベテラン選手が極めて丁寧に説明する光景が多く見られたそうだ。
(9月12日)

カンパが今日も続いている
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り午前6時前に駅に到着して、車から街宣用具を運び出して設置の後、駅前清掃からスタートした。
午前6時30分頃、旧知の高齢男性と散歩の途中で良くお会いするのだが、今日も何時もの様におはようございます。お元気ですね、とご挨拶をした。  
すると、白いジャージのポケットから1000円札を出して、これ少ないけど、と話されてカンパを頂いた。
更に午前7時30分過ぎに馴染みの中年女性から、何時も楽しみに市政レポートを読ませて貰っています、と笑顔で話し掛けられ、1000円のカンパを頂いた。       
 午前8時30分過ぎに駅立ちは終了したが、この駅の朝は特に足速に改札に向かう市民が次々と目の前を通り過ぎて行くため、通行の邪魔にならない様に良く気を付けて市政レポートを配布している。
勿論馴染みの市民は常に100人を超えているものの、全く関心を寄せない(その様に見えるだけかも)市民や怪訝そうに傍を通過していく市民も多い。
だからこそ、そんな市民の方にこそ15年間毎日、毎朝継続されている2時間30分に渡る駅立ちの姿勢から、何かを感じて貰いたい、と
思いながら、魔法瓶の麦茶でのどを潤した。
              (9月19日)

東海第二原発の20年間運転延長に反対続出
今朝の駅立ちは、現在開会されている9月議会の中で教育、環境経済常任委員会が午前10時から開かれ、市民請願「政府に対して老朽化した東海第二原発の20年間の延長運転に反対する意見書提出を求める件」が審議されるため傍聴するため中止した。
3,11東日本大震災の折、東京電力福島第一原発の事故によって未曾有の被害が起こった。これによって原発の安全神話は崩壊した。
そのため政府は、全国全ての原発を40年間で廃炉にする法律を成立させた。当該の東海第二原発も危うく福島原発と同様に大事故寸前の状況に追い込まれたが、かろうじて危機一髪で回避した経緯があり、その後7年間にわたり運転を停止していた。
ところが、突然稼働に向け20年間の運転延長のため、原子力規制委員会にその承認を求める姿勢に転じたため、立地県の茨城県内の周辺自治体や議会で延長反対の決議が次々と上がっていた。
越谷市も僅か90キ㎞しか離れておらす、福島原発事故による多大な被害を現在でも受けている状態の中、反対の意見書を政府に提出して欲しいとの市民からの請願が出され、所管の教育、環境経済常任委員会に、この日請願した市民3人も出席して審査と採決が行われた。
この市民請願に反対したのは、自民党の議員だけで賛成多数で請願は採択された。
議会最終日の9月27日に本会場で、全議員によって採決されることになる。(9月19日)
(議会最終日、請願の賛否が行われ、自民党と保守無所属の会と無所属1人が、反対したが、賛成多数で採択された。
私の自治みらいは、当然全員賛成したが、公明党も賛成した。公明党はこれまで越谷市議会での議案の賛否は、自民党とほぼ同一歩調を取り続けて来た経緯があり、今回姿勢が変わったのは何故なのだろうか。沖縄県知知事選挙でも創価学会員の2割強の県民が当選した玉城デニー氏に投票したと出口調査で明らかにされている。学会内部に何らかの異変が起こりつつあるのではないだろうか?)

放水された水の勢いは、思った以上の威力
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で通常通り午前6時から開始して、午前8時30分過ぎまで実施した。
この日は、越谷市議会が主催する平成30年度の災害時対応訓練が午前10時から越谷市谷中にある新設された谷中消防分署で開催されるので、駅立ち終了後直ちに会場に向かった。
ただ、朝食は何時もの様に取っていなので、消防署付近のコンビニで暖かい肉まんとおにぎり1個を駐車した車の座席で胃袋に流し込んで参加した。また防災服着用が義務化されており、これも車の中で着替えた。
 2階の教室で消火栓の種類等の講義を受けたのち、実際の消化訓練や煙が蔓延する建物の中での移動訓練など消防署員から丁寧に指導を受けた。
高さ5メートル近いビルの上から、緊急脱出のため避難訓練も実施され地上に向けトンネルを落ちる様に体をくねらせながら滑り落ちる事や、また消火器の放水用具から水を噴出して消火を体験した。      (9月25日)


PDFファイル⇒18年 9月天秤棒駅頭52

春日部市民だけど、読んでみます
今朝の駅立ちは、駅に到着して街宣用具(今日は午前7時から同駅で自治みらいの駅頭市政報告会を取り組むため、幟と市政レポートのスタンドだけを)を設置して、駅前清掃の後午前5時20分から開始した。
午前6時過ぎ、馴染みの都内のタクシー会社で勤務明けの中年のタクシードライバーから、大きな声でおはよう、とあいさつされた。
何時も階段を降りて来て、この時間に後方から声がかかるので、少し驚いてしまう。
そして何時もは、今日は売上はどうでしたか、と尋ね、よくないよーとの返事だったが、今回は良かった、との返事。
それはいいですね、と応答したら、たまには、こんなこともないとねー、と笑顔で返事。恐らくロング(長距離の客)がはいったのだろう。
更に、馴染みの30代のサリーマンの方から、冷いペットボトルを差し入れて頂いたが毎回のことだ。
次に中年の女性の方が笑顔で、春日部在住だけどたまには読んでみます、と話され市政レポートを受け取って行かれた。
この駅は、春日部市からの駅利用の市民が多く、他にも以前から春日部市在住の市民の方も受け取ってもらっている。
午前6時40分頃、馴染みのサラリーマンの方が、あれカンパ箱はないの、と尋ねられた。
あーすみません。今日は午前7時から自治みらいの街宣なので、通常のカンパ箱は置いていないんですよ、次回お願いしますと返事をした。
すると、それではと1000円札を直接頂いた。
午前7時頃、最近あいさつをして頂けるようになった白人の男性から、今日は手を上げておはよう、とあいさつして頂いた。
小さなことだが、私にとっては大変嬉しい出来事となった。       (8月30日)

差し入れは、直ぐに胃袋の中へ
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前5時50分から開始。駅前清掃の後市政レポートの配布を通常通り午前8時30分過ぎまで取り組んだ。午前8時頃、馴染みの中年女性から、グッドモーニング、と笑顔で挨拶をされた。毎回のことで、新越谷駅西口でも同じように対応して頂いている。
そして、何時もの様にパンと野菜ジュースとお茶等を頂いた。
今日は、9月越谷市議会初日のため、午前9時30分過ぎには、市役所に行かなければならない。何時もは駅頭の後朝食を取っているのだが、時間が余り取れない中市役所の会派控え室で、この差し入れを美味しく食べた。
更に30代のサラリーマンの方から、封筒に入った1000円のカンパを頂いた。封筒は糊付けされていて、「暑い中お疲れ様です。応援しています。頑張って下さい」と直筆の言葉が添えてあった。がんばります。
(9月3日)(裏へ)

チラシ配布にも、その姿勢が表れる
今朝の駅立ちは、新越谷駅東口に午前5時30分頃に到着して、街宣用具を自動車から降ろして、一旦最寄りの有料駐車場に駐車し、駅前清掃の後開始した。駅前清掃では、この駅が何時も最も散らかっており、20分位の時間が必要となる。
台風接近の影響で、小雨が降ったり、止んだりしていたが、午前7時過ぎには少し大粒な雨が間断なく降って来た。
そのため、街宣用具を何時もの場所からさらに改札口に近い場所に移動させた。
それでも、時折強く吹く風にのって雨が降りかかってしまい、テーブルが雨水に濡れた。
午前7時からホットヨガの会社の宣伝チラシを配布する20代の女性が二人、通勤客に盛んに呼びかけ、チラシを渡そうとしていた。
この駅は、東武鉄道の新越谷駅とJRの南越谷駅が交差する広場を両方向から市民が大量に行きかう場所で、特に朝のラッシュ時期には混雑している。
その中で、あまり反応しない通勤客を相手に連続して声を掛け続ける動作は、疲れるのではないか、と思いながらこちらも9月議会初日に市長から提案された議案についてマイクで報告をした。
そこで、一人の女性に話しかけてみたが、アルバイトではなく、派遣会社の社員で、午前10時までの3時間を実施するとのこと。あまりチラシをうけとらないではないか、と聞いてみるといいえ、良く受け取って頂けます、との返事だった。結構時給は高いそうだ。
このチラシをこちらから手を出してもらったのだが、私の市政レポートも下さい、と申し出てて頂いた。
先週北越谷駅東口でも同じチラシを一人で配布していた女性がいたが、ただ立っているだけで一切声を発していなかった。そのためチラシを受け取る通勤客はいなかった。
同じ仕事を引き受けるにしても、その姿勢の違いを見ることが出来た。   (9月4日)

駅構内の自転車の駐輪問題
今朝の駅立ちは、北越谷駅西口で通常通り午前7時から開始した。街宣用具の準備があるので駅到着は午前6時40分位だったが、駅前広場で毎日開催されている朝のラジオ体操(越谷市の独自の体操・ハッポちゃん体操だが)が終了する時間帯のため、体操を終えた高齢者が通過していくのが、何時もの風景となっている。
9月越谷定例市議会が、9月3日からスタートしているので、この日は9月議会冒頭に提出された市長提出議員(一般議案15件、110億円余の補正予算案の議案、1800億円を超えた平成29年度決算議案)の説明や問題点を指摘しながらマイクで報告した。
これから午前10時から本会議場で、一般質問(今回は31名の議員の中で19名が登壇する)の2日目となっているので、駅立ち終了後直ちに、議会に向かった。
それにしても、自転車の駅構内への駐輪問題が中々解決していない状態が続いている。
構内には、自転車止めやロープが張られているのだが、自転車を留めて行く市民があとを絶たないようで、指定場所以外に駐輪している自転車は一か所に集積されている。その直ぐ脇には有料の駐輪場が開設されているのだが。
(9月11日)




PDFファイル⇒18年 7月天秤棒駅頭49

夏祭りの次の日、日焼けの顔で
今朝の駅立ちは、午前5時30分前にせんげん台駅西口に到着して、通常通り街宣用具の搬入と設置の後、駅前清掃を終えて市政レポートの配布をスタートした。
 月曜日の朝、猛烈な暑さが続く連日に比べれば幾分気温が下がり、風も涼しい。
ただ、昨日の日曜日は、私の居住する自治会主催の恒例の東都自治会夏祭りが開催され、午前9時から午後3時過ぎまで、祭りの模擬店で出店した、東都自治会グラウンドゴルフ部の一員として、かき氷やイカ焼き等の販売や、テント等を始め後片付けまで一日中炎天下の中での作業となった。
熱中症対策のため、塩飴やスポーツ飲料を次々と飲み続けるため、直ぐに汗が額からこぼれ落ちるが、同じ動作を繰り返さなければじっとしていることが出来ない状態だった。
サイダーやビールを冷やすために用意された大量の角氷を一握りタオルに包み、首筋や額にあてがうと、ひんやりして体温が下がって気持ちはいいが、冷えすぎて時々痛く感じるほどだった。
その内、氷が解けてしまうので、補給を繰り返したため、タオルはびしょびしょとなっていった。
最後にテント等をリヤカーに積んで、倉庫まで10分位で運搬して終了だったが、同じ様に作業を担当した数人の中の高齢男性が、座り込んだ状態から立とうとしたら、転んでしまったが、軽い熱中症の症状だった。
その後関係者を対象の反省会が、自治会館で開催され、午後4時過ぎにはお開きとなったが、自宅に帰り直ぐにシャワーを浴びて、クーラーをかけて午後7時まで床で眠った。
ここでやっと落ちついたのだが、今年の夏祭りは格別に体力を消耗した。(少し頭痛がしたのだが)
その次の日の朝の駅立ちであり、中止も検討したが、中止の理由を見つけよと思えば、いくらでも見つかるものなので、通常通りに実行した。そのためか、午前6時過ぎに馴染みの高齢女性から、毎日暑さが続き駅頭を続けているので焼けていますね、と声が掛かった。
はい、ありがとうございます、と応答したが、昨日の祭りの日差しがより顔を黒くしたのだったが。
毎回差し入れを頂く、駅前の清掃担当の高齢男性が今回も2本の飲料水を、また次々に馴染みの市民からペットボトルを頂いた。
午前8時過ぎには、旧知の中年男性から、麦茶でも飲んで下さい、と封筒に入った1000円のカンパを頂いた。(日ごろから用意されていたのだろうか)
更に、カンパ箱には、1000円札が入っていた。
今朝は、学校が夏休みに入っており、何時もの混雑は見られなかったが、それでも独協高校生が階段を降りて来ていた。クラブ活動か補修なのだろうか。       (7月23日)

ムクドリ対策の試験威嚇のその後
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で午前5時30分からスタート。
午前8時30分過ぎまでの3時間で実施したが、連日の猛暑と熱帯夜のため体がだるく感じながらの活動だった。            (裏へ)
午前8時前に、毎朝せんげん台駅東口前の広場の清掃を担当している高齢男性から声が掛かった。
前回陳情された、せんげん台駅東口のムクドリ対策について、先般市職員によって威嚇のための機械を使い追い払ったため、一時は効果があり、ムクドリは寄り付かなくなった。
しかし直ぐに機械の使用が終わるとまた飛来して、糞の匂いが一面に広がっているので、その後の対応がどうなっているのか、と尋ねられた。
威嚇の作業は実験のためで、その効果を見ながら対応策を実施する、との市の考え方は前回説明しましたので、その後どうなったのか市に問い合わせてみます、と返答した。
(7月26日、越谷市環境政策課長さんに、対応策を尋ねたが、兆度本日から威嚇用の機械を2台設置したところだ、との回答だった。
これでも効果が薄ければ、木立の枝の剪定も検討すると付言された。当日の夜に現場を見に行って来たが、無数のムクドリが空中を飛んではいるが、間断的に機械が出す音のため木立には一切近寄れない状況だった) (7月24日)

“一心太助”が頭に何故か残っている
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で通常通り、午前6時前から開始した。
台風接近の影響で、昨日から暑さが和らぎ、朝晩は涼しく、日中の日差しもそれほど気にならない位になっている。
そのため、早朝から過ごしやすく、少し強い風も吹きぬけており、快調なスタートとなった。
ただ、日差しが時折差し込むため、途中で麦わら帽子をかぶり、市政レポートを配布した。
馴染みの市民からは次々と今日は涼しいですね、少しは楽になりますね、と声が掛かる。
旧知の駅前の自転車誘導係りの数名の高齢男性にも、毎日こんな気温だと助かりますね、と私からも声を掛け、笑顔で応じて頂いた。
午前7時30分過ぎ、旧知の中年女性から、清涼飲料水を2本頂いたが、毎回差し入れをして頂いている。
そこで、私のことを気にして頂いているのは、何故ですか、と尋ねて見た。
以前はせんげん台地区に住んでいて、当時からせんげん台駅でよく、見かけており、北越谷に転居してからも、あちこちの駅で見かけていた。すでに15年位になります、との返事だった。
更に、他の議員は大勢で駅立ちをしているが、あなたはずっと一人で続けていて、“一心太助”が何となく何時も何故か頭に残っていた、と付言された。
午前8時過ぎ、やはり馴染みの中年女性が丁寧に挨拶をして頂いて改札口に向かわれた。
暫くして、袋に入った清涼飲料水を2本差し入れて頂いた。構内のコンビニで購入されたのだろうが、早朝の慌ただしい通勤時間を割いての差し入れを頂き、感謝・感謝。
その後、馴染みの高齢男性からも一旦市政レポートを受け取った後、戻って来られて、何時も市政レポートを頂いているので、少しだけど、と2000円のカンパを頂いた。
台風が通過した後、再び猛暑がぶり返すとの天気予報に、もううんざりとの気分になっていたが、駅頭での様々な市民との出会いに気持ちが支えられている朝となった。
            (7月27日)

レイクタウン付近の信号機の調査へ
今朝の駅立ちは、中止した。
それは先般蒲生駅での駅立ちの折、馴染みのタクシー運転手の方から、イオンレイクタウン付近のケーズ電気前の信号機の点滅に関して、イオン方面に向かい南方向からの右折車が曲がりにくくなっている。延々と車が列をなし渋滞しているので、信号機の改善が出来ないか陳情だった。そこでまず早朝の時間帯で調査するため、通常の駅立ちのこの時間で実施した。
            (7月30日)