PDFファイル⇒17年1月天秤棒駅頭15

今年も正月3日間の街宣活動からスタート
例年通り、正月三が日(元旦、2日、3日)の越谷市内一円での、街頭市政報告会を実施した。今年もチーム白川の会員も元旦から行動を共にした。昨日は5人もの参加となり市政レポートの配布やマイクを順番に担当した。
また、別途街宣をしていた私と同じ会派(自治みらい)所属の菊地貴光議員にも急きょ参加して頂いた。ただ、市民から年々正月の華やかが失われて行く。女性の晴れ着姿や福袋を持っている市民が極端に少ない。
振袖姿の女性を唯一見かけたが、駅前のパチンコ店の呼び込みの従業員だった。それは仕事でのスタイルだったのだろうが、笑顔で対応して頂いた事で、束の間の小さな正月気分に浸れた。
               (1月4日)

まばらな人通りでも、関心のある市民が
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時30分から開始したが、昨日とはうって変って強風と寒波に震え上がる。
直ぐに60代後半の男性から正月2日にせんげん台のスーパー・イオン前で街宣をしてましたね、と話しかけられた。
その日は人通りが少なく演説をしていても聞く市民は、当然少なかった。
それでも、やはり聞いて頂いている市民がいる事に、寒さへのホッカイロになった。
また午前7時前には50代の女性から温かな缶コーヒーを頂いた。いつ買って来られたのか分からなかったが、新年の挨拶とともに寒さへの防寒対策に。
更に新年のためか多くの馴染みの市民から、風邪をひかないように気を付けて、と励ましが。
   (1月7日)

うるせぃんだよー、と吐き捨てる背中に見えたもの
昨日の駅立ちは、午前5時30分から3時間、午後7時から午前0時までの5時間の合計8時間の長丁場となった。
それぞれ、せんげん台駅東口と西口で実施した。
特に夜の駅立ちに様々な市民の反応が。
午後10時過ぎ、階段から降りて来た団塊の男性が私に、「うるせぃんだよー」と吐き捨てる。またまた、例のごとくの対応。
「大変夜遅くまでお仕事、お疲れ様です。冷え込んでいますので、気をつけて帰って下さい」との、私の話しが何故うるさいのか?
直ぐに後を追いかけ、背中越しに近距離からちょっとあなた、あなたですよ、と何回も呼び掛けるが、足速に振り向きもせず逃げる様に去って行った。まともに話しをしようとしない。
その背中に、小心と卑屈さにねじ曲がった精神と人生が透けて見えた。憂さ晴らしなのか。
こんな嫌な空気感の中、馴染みの佐賀銀行の行員の方が階段を下りて来られた。
すぐに、1000円札を出して今日はカンパ箱はないのですか、と尋ねられた。
朝の駅立ちの時には、定期的に1000円のカンパをして頂いている。ただ、朝の街宣時には、演壇の机の上にカンパ箱を常設しているのだが、夜は演壇や幟その物を設置していない。
せんげん台地区には、佐賀銀行の社宅があり、私の父が佐賀銀行の行員だったこともあり、20年近く、親しくして頂いている。
午後11時頃、馴染みの40代の越谷生まれのサラリーマンが、20年近く私を見て来たが、顔の見える関係にしか信頼は生まれない、と会話が弾んだ。
また、高齢女性が階段を少し足を引きずりながらゆっくり降りて来て、笑顔であいさつされた。
しかし、暫くしてまたエレベーターを昇っていかれて、再度下りて来られた。そしてペットボトルとチョコレートの差し入れを頂いた。
午前0時過ぎ、春日部市から車でせんげん台駅に来て都内に通勤している女性から話し掛けられた。日本の古武道を練習しており、有段者で居合に取り組んでいるが、なかなか上達しない、とのこと。10年以上も前から支持している、との事だったが初めて話をすることが出来た。夜の駅立ちには気持ちが暗くなることも多々あるが、同時に救われることも多々ある。
見上げた月が静かに光っていた。(1月7日)
   
越谷市の敬老祝い金は、すでに廃止されているのだが
昨朝の駅立ちは、大袋駅東口で午前6時から開始。午前7時前に共産党の街宣活動と重なったが、何時もの様に譲ってそのまま実施して頂いた。
午前7時30分過ぎに通勤している馴染みの男性から、88歳の敬老祝い金は越谷市から贈呈されるのか、廃止されたとも聞くが、医者から申告を進められたのだが、とのお話。
廃止は77歳時での祝い金の事で、88歳には贈呈されるはずだが、よく調べてご返事します、と答えた。
88歳で3万円、99歳で5万円、100歳で7万円の規定になっている。嘗て77歳の敬老祝い金廃止を巡り議会では賛否が別れたが廃止を決定。私は賛成したが、廃止の議案を提案する前には、一切市民への説明をしなかった市長の姿勢に大きな問題を残した。説明すれば混乱するという言う稚拙な理由で。
(1月11日)

あまりの寒さにホッカイロの効果がない
今朝の駅立ちは、北越谷駅東口で午前6時前から開始。気温マイナス4度の冷凍庫状態。終了の午前8時30分までに、手足のしびれと共に、頭がキーンとして少し痛い感じ。
持参したホッカイロはあまり効果がない。
すると、午前7時頃馴染みの50代の女性から熱いペットボトルの差し入れが。これを、ポケットに入れて暖まって下さい、と付け加えて改札に向かわれた。
駅立ち終了後通常は自宅で朝食をとるが、あまりの体の冷え込みに、最寄りのデニーズに向かった。運ばれて来たコーヒーの器を両手で押さえて両ほほにあて暖をとる。顔に血の気が戻るような感じ。店内には、街頭活動を終えた公明党市議3名がコーヒーを飲んでおられた。
          (1月16日)

缶コヒーヒーを歩道に置きっぱなし
今朝の駅立ちは、越谷駅東口で、何時も様に到着して駅周辺の吸殻やゴミの清掃の後、午前6時から開始。まだ辺りは暗く寒さも身にしみる。
午前7時前20代の男性が自分のタバコの吸殻を、飲み干した缶コーヒーの中に入れて、そのまま歩道に置いて、注意する間もなくすたすたと立ち去って行った。
マナーなど微塵もない。身勝手そのものに朝から気分が悪くなった。しかし、その後馴染みのサラリーマンから今回もペットボトルを差し入れて頂いた。毎回同じ様にして貰っている。
更に50代の女性からも缶コーヒーを頂いた。
ベンチウォーマーの左右のポケットにいれたが、市民の気持ちの暖かさも詰まった。
精神的にも、物理的にも気持ちが前向きになった。終了の午前8時30分過ぎに、がんばろう越谷主催のグラウンドゴルフ大会の関係者の高齢女性に会った。仲間の皆さんと午前9時、越谷駅をスタートのウーキングに参加する、との事。私にこんな朝早くから活動しているのですね、と感心しきりに救われた。(1月17日)


PDFファイル⇒一心太助の天秤棒2016年12月-14

短い演説でも、届いていたメッセージ
 昨日の日曜日は、午前中越谷市上間久里東自治会が主催する毎年恒例の餅つき大会が開催された。
会場となったふれあい公園には、自治会の多くの親子連れなどつきたてのお餅をほうばっていた。
私も一臼をつかせて頂き、来賓席で、お餅と豚汁を頂きながら、周辺自治会の役員の皆さんと話がはずんだ。
その中に、70才を過ぎた自治会役員の方がいて、既にサラリーマンを退職したが、現役の時はせんげん台駅で、私の演説を良く聞きながら出勤していた、とのこと。駅のエスカレーターを利用し、私の演説のフレーズが、よく整理されて入っていた、とも。
 私の演説は、起承転結が最低30分はかかるため通勤途中では、全ては聞けない。 
 それでも何らかのメッセージが届いていた事に、嬉しくなった。
また、首都圏に人口が集中し過ぎている事や、独居老人や子どもたちの貧困、地域での市民の関係性の再構築など次々と話が進んだ。
今社会で起きている様々な問題は、地域で可視化され、その解決策と担い手はやはり自治の現場にある事を強く認識した。
(12月5日)

個展開催の案内状を頂く
昨日の朝駅立ちは、北越谷駅西口で実施。
始めてすぐに、馴染みの散歩中の高齢男性が、市政レポートを笑顔で受け取り、何時もチラシは、全部楽しみに読んでいるが、文章が綺麗に整っている、と。
自分は文学に興味があるが、その点からも評価出来る、と。
良く読んでいるとの声は聞くものの、文章自体への評価は初めての事で少し驚いた。
午前8時30分頃に、高齢女性が近づいて来て、私の事分かりますか?と尋ねられたが すぐにはピンと来なかった。(時折こんな質問や出会いが駅頭では起る)
するとハガキに印刷された絵手紙の来年開催の個展の案内状を渡されて、思い出した。
3年程前やはり南越谷での個展を観させて頂いた。
最後にトップ当選ですね(こんなに毎日活動を続けているのだから)と付言され改札口に向かわれた。
(12月6日)

春日部市に在住の市民から差し入れ
 一昨日の朝駅頭は、せんげん台東口で、午前5時30分から開始。開始前は清掃作業をしてから市政レポートを配り始める。一時間程経過して、馴染みの30代前半の春日部市に住む女性から暖かいペットボトルの差し入れが。 師走に入り特に、この時間帯は寒さが身にしみる。しかし暖かく甘いカフェオレにホットしてやはり身にしみた。 終了後12月議会の本会議場にむかった
(12月8日)

差し入れのリンゴは、産地直送
今朝の駅立ちは、大袋駅西口で開始。午前7時40分頃に50代後半のサラリーマンから、袋に入ったりんごを頂いた。信州にりんごの木を所有しており、先般りんご狩りをして沢山あるので、上げます、との事。それは、他の方に差し上げるものではなかったのですか?と尋ねたが、いいんですと素朴な色のりんごと気遣いに感謝です。
午前8時過ぎ60代の女性から、最近福島からの避難者にいじめが有って心配している。友人に仙台からの避難者がいるので。もし越谷市で起きたらちゃんと対応してもらえるのか、との事。学校での対処が基本だが、場合によっては教育委員会や議会でも、と答えた。
(12月8日)

文教大学の定期演奏会へのお誘い
昨朝の駅立ちは、新越谷駅東口で午前6時から開始。午前8時過ぎ馴染みの30代のサラリーマンから熱い缶コーヒーの差し入れが。
缶コーヒーを握りしめるだけで、冷え切った体に血が流れるようだ。
午前8時30分過ぎ駅頭の終了後、街宣用具を片付けていると、文教大の女学生から声が掛かった。
その学生は、文教大学管弦楽団のメンバーで、12月17日(土)午後6時、サンシティ越谷市民ホールでの定期演奏会の案内チラシを配布しながら、参加を呼び掛けるものだった。無料なので、回りにも声を掛けて下さい、ともお願いされた。演目は、ブラームス 交響曲第1番の他2曲。        
(12月14日)

がんばっている議員は、発言制限が
今朝の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始。午前6時30分頃歩行器を押しながら高齢女性から話し掛けられた。夫は83歳で検査入院で院内感染し三か月になり現在も入院中。  自宅は世田谷区だが介護のため娘の家がある越谷市蒲生で身を寄せている。
毎日報道されるニュースは嫌な事ばかり。自分も以前転んで骨を折ったため娘が心配して、出かける時は歩行器が欠かせない。あたなを応援したいが越谷市民でないので残念。世田谷でも、困っている市民のお世話を良くしている区会議員がいるが、そんな議員は議会内では少数派で発言が制約されている、と。私で少しは話し相手なったのだろうか?  (12月19日)
  
「どうゆうかい」を勘違い
昨日の夜駅立ちは、せんげん台駅東口で午後7時から午前0時まで5時間で実施。年末なので、馴染みの何人もの市民が忘年会の帰りで市政レポートを受け取って行く。9時過ぎに60代の男性から、どうゆうかい?と話し掛けられたので、どの様な会派なのかと聞かれたと思い、無所属です、と返答。
いいや同友会(中小企業家同友会)の会員OBとの事。私も会員なので、なるほど全くの聞き違い。づーと私を支持して来た、と笑顔で帰って行かれた。午後11時にもなると居酒屋やパチンコ屋のアルバイトの呼び込みもいなくなる。ただタクシー乗り場の客は途切れる事はなく午前0時を迎えた。   (12月26日)


PDFファイル⇒一心太助の天秤棒2016年12月-13

朝から、再び泥酔おじさんと遭遇
今朝の駅たちは、大袋駅西口で午前6時から開始したが、30分もしない内に遠くから聞いたような口調の男性の怒鳴り声が聞こえて来た。
もしかしたらと思ったら案の定、先般新越谷駅の朝駅立ちで絡んで来た高齢男性で、泥酔状態でやっぱり絡んで来た。
暫くは、相手をせずに市政レポートの配布を続けていたが、例によって通勤客に罵声を浴びせる。それでも、私が相手にしないので駅階段に座り込み、携帯電話を片手に「もしもし警察ですか。白川という市議が選挙中でもないのに、朝早くから活動しているので、迷惑している。なんとかしてくれ」と、電源を切って話し始めた。
 私は笑をこらえて黙って聞いていたが、あまりに続くので階上にいる駅員に対処をお願いした。
すると若い駅員がこの男性に、通勤客が迷惑しているので止めて欲しいと、話をしたら階段からは離れたものの、歩道上に留まっていた。
しかしそこは、駅構内以外の場所であり、駅員はそれ以上の規制が出来ないのか、私に警察に通報するしかないですね、と言い残して駅務室に戻っていった。
すると、今後は演壇の机に上に置いてある市政レポートを散らかし始めた。さすがにこれ以上のやりたい放題を止める必要があるので、市政報告の活動を妨害しないで欲しい、とお願いするが聞く様子がないので、更に強く「おじさん何やっているんだ。」と顔を近づけにらんだ。
 すると、みなさんこの市議が私を恫喝しています、と回りにわめき散らした。こんなやり取りをした後、少し離れた歩道のフェンスに寄りかかっているところに私服の50代の男性と話していた。
同時に私のところにも30代の男性がやって来て件の男との関係を尋ねられた。
実はこの二人は埼玉県警の刑事で、通報があったため駆け付けた、との事で、その後さらにパトカーで二人の制服警官がやって来て4人で、この男性を取り囲んで何やら話し込んでいた。
そして午前7時30分頃私に二人の私服警官から事情の説明をして頂き、身内の組織力を発揮して、この男性の自宅を特定したからこれから車で送り届ける、とのこと。(越谷市以外の居住らしいが、詳しくは教えてくれない)
朝早くから4人もの警察官に面倒をかけてしまったが、別れ際に一人の警察官が、こんな市民にはあまり係らない方がいいですよ、と忠告?された。やれやれ面倒な一日が始まった。
(11月4日)

地震で大揺れの朝に共有感が発生
昨朝の駅立ちは、せんげん台駅西口で、午前5時30分から開始。始めて30分後エスカレーター近くの路面が揺れ始め、ビルの壁が波打ち、閉められシャッターはガタガタと音を出した。
しかも、時間が長く続く。地震に襲われていた。勿論市政レポートの配布は中断して、歩道上に移動して様子を伺っていた。
すると、同じ様に驚きながらスマホを盛に操作していた30代の女性から話しかけられた。
 地震ですよ、地震、怖かった。福島が震源地で5ですよ、と。お互い治るまで静観していたが、小さな共有感を持った。
見ず知らずの他人同士だったが危機的状況では何だか通じ合うものだ。
帰り際に、頑張って下さい、と励まして頂いた。やっぱり大きな地震が発生して、歩道が波打つ程だと緊張感に襲われるものだ。 
 (11月23日)

時々バッティングする朝の駅頭
昨朝の駅立ちは、越谷駅東口だったが、午前7時30分頃馴染みの40代サラリーマンから、暖かいペットボトルの差しいれが。
毎回この駅では、必ず頂いている。有難いが恐縮してしまう。寒さが厳しいため、2時間30分の活動にホットする。この日は、公明党市議団と街宣活動が重なった。
事前に、自民党や民進党の街宣活動に重ならない様に、駅を選んで駅立ちをしている。
ただ公明党市議団の日程までは、把握しておらず、時々バッテングする。その場合でも出来るだけ譲る様にしているが、先方が場所を移動する事もある。
この日も少し離れた所で、活動して頂いた。(11月26日)

15年以上の支持が継続している現実
昨朝の駅立ちは、蒲生駅東口で実施したが、午前6時30分頃60歳過ぎの男性から話しかけられた。
名前はなんといったか、知人の、う〜ん思い出せないが、選挙では、あなたにずうーと投票して来た、と。
それは、ありがとうございます。15年来のご支持ですね、と私。そうだ、と少し誇らしげだった。
時折、市議選で、初回5票差で落選した時から、投票して頂いている市民に出会う。日頃特別な関係ではないのに支持が持続している。
きっと私の活動を何処かで見ているのだろう。今朝の駅立ちは中止。午前8時から永田町で、 法政大の水野教授の、「アベノミクス、マイナス金利」勉強会参加のために電車で向かう。
(11月29日)

下流老人の問題は、人ごとではない
先週金曜日の朝駅頭は、越谷駅西口で実施したが、開始早々馴染みの40代の大きな白い犬と散歩中のサラリーマンから話し掛けられた。
何時もの様に1000円のカンパも。これまで4、5年前から私のチラシや活動に興味を持っていた。他の議員と比較して、とても親しみがあり、分かりやすい。
あれをやった、これを作ったとの他の市議の内容のチラシには、何の関心も起こさない、とも。朝散歩をした後、午前9時前から午後8時までの勤務である事や越谷に住んで10数年になるなど話が弾んでいる所に、自民党衆議員の秘書さんから話し掛られた。
駅頭が重なったため、どうしましょうか、との事。看板の設置やチラシ配布は自由にやって下さい、と私の返事。そのため西口は勿論、東口でも活動が開始された。
事前に駅頭の場所を確認したつもりだったが、見落としていた様だ。更に馴染みの60代前半の自転車に乗った男性から声が。
何時もがんばっているねー、と親しみのある笑顔で。こんな小さな声援に支えられている。
しかし、70代前後の男性がつかつかと歩きながら、こんな朝早くから何やっているんだ、と、怒鳴りながら通り過ぎて行く。
このため、後ろ向きの男性に、何ですか、市政報告をやっているんですよ、と大きな声で呼びかけた。すると例の反応で全く振り向きもせず足速に去っていった。
どうして会話や対話をしようとしないのだろう。何時だって私は話を聞く姿勢は持っているのに。
午前8時20分頃、70代後半の4人連れの女性が近づいて来たので、チラシを渡した。
12月13日に開催する下流老人の著者藤田先生の講演とシンポの案内チラシがあったため手渡した。するとそれを見ながら、最近一人暮らしの老人が多い、また自分達もそうなっていくし、子どもたちの貧困も心配だ、との話。
 問題は日常的に浮上している。
午前8時30分過ぎに街宣用具を片付けていたら、自転車整理のシルバー人材センターの馴染みの高齢者から陳情を受けた。それは越谷駅の工事が始まって随分立つが、工事のために大きな木枠があちこちに設置しているため、視野が狭く歩行者が物かってしまい危険なので早く工事を完了して欲しい、との事。
そうですね危ないですね。ただ東武鉄道の工事なので直接は、市の管轄ではないのですが、と返事。それは分かった上でのお願いです、と付けられた。 
(12月5日)


駅頭は小さなドラマの連続だ!
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(当選から14年間毎日続ける駅頭は、2600回を超えた。私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め、駅前での様々な市民との出会いのエピソード集)

朝6時から、泥酔おじさんと“会話”
今日の朝駅頭は、新越谷東口で、実施。
午前6時前に駅に到着し、街宣用具の設置の後、周辺の清掃を開始。すると60才過ぎのニッカボッカの男性が、ビールのロング缶を飲みながら絡んで来た。この手の酔っ払いは、必ず言ってくる言葉がある。
それは、こんな朝早くから、幾ら貰ってやっているんだ、金が欲しいんだろう(実際小銭をじゃらじゃらと振って見せた)、お前は共産党か、と。
1時間ほど傍で絡んで来るため仕方なく警察を呼んできますよ、と対応。すると、これも必ず返答するのだが、上等じゃねーかー、と。
そのため、最寄りの交番に出向いたが午前7時には警察官は居なかった。その後件の男性は何処かに居なくなっていた。
午前7時30分頃改札口前に警棒を持って警察官が立っていたので、事情を話したが対応する風でもなく何もしなかった。
終了した午前9時頃、駅前広場の阿波踊りの銅像の上に座って相変らずまわりの市民に怒鳴っていた。 

妻が運転出来ない事態は、初めて
今日の朝駅立ちは、せんげん台西口で実施した。何時もの様に、午前5時自宅から駅に向かう予定だったが、運転手を引き受けている妻がハンドルを握ったまま、吐きそうな動作を繰り返した。
何度も嘔吐をしそうで出来ない。そのため、下車させて運転者を私に代わった。
14年間で初めての事。一人で運転し駅に着いたのは午前5時15分頃。
街宣用具を降ろして駅前の清掃の後、市政レポートの配布を午前8時30分過ぎまで続けた。
終了後、後片付けで車に街宣用具を積み込んでいたら、自転車整理の係の高齢者から、今日は秘書さんは休みですか、と尋ねられた。えー、はいと、私。
妻が毎回時間を見計らい迎えに来て、車に積み込むことが日常的になっているためだろう。
あーあ妻は秘書に見えているのか。!?

後日開けてみたらカンパは11000円
今日の朝駅頭は、大袋駅東口で、午前6時から開始。
午前7時前に、前越谷市議が、わざわざ出向いて来て、奥様からのカンパだと断ってカンパ箱に。(この日は、終了後直ちに行政調査のため、東京駅に向かったため、確認出来ず、後日カンパ箱を見たら1000円札と小さく折りたたみ激励の文章を記した花びら型の紙片が出来てきた。
この紙片に10000万円がやっぱり小さく織り込んであった。これが奥さまからだった)
昨日、この前市議と9月議会での議場への国旗掲揚を求める請願に関し電話で長時間、話した。
それは自民党市議団が発行した市政レポートを見て、この請願に反対した9人の議員の名前の中の一人に私が掲載されており、保守派の代表として矢面に立ってもらって感動した、という趣旨だった。
(それにしても反対した議員の一覧を掲載するのは、兎も角、賛成した議員の一覧は掲載していないのは何故なのか?)
そのため、今日の駅頭の場所を聞かれてカンパをする、との事だったが、遠慮します、とやんわり断っていたため驚いてしまった。
午前7時過ぎ馴染みの元気な、中年女性が自転車でやって来て、私に、今大里の白川事務所前を通過した際、白川の看板に挨拶をして来た、と。
それはご丁寧にありがとうございます。
これから、市議会民生常任委員会の行政調で、静岡県三島市に向かう。
駅頭の終了後、そのまま東京駅に向かったので、朝ご飯は東京駅で買ったおにぎりを1個と温かいお茶のペットボトルを新幹線の中で。
今日で3日目になるが、桜井、大袋、新方、大沢の各地区居住の 超党派8人の議員で有志の会を結成し、第1回市政報告会の案内チラシを配布。
11月5日(土)午後6時30分、大袋の北部市民会館で開催する。
8人全員が参加し、発言するが、今から10年前に発足した桜井地区(当時は、6人)での超党派の市政報告会が、試行錯誤の中で、今回を迎えた。
残念だが、4年前に市議会主催の市政報告会が試行開催されて以来、現在まで議会の公式の議題の遡上にも上らない。 (10月26日)

私学に電車通学する男子生徒はルールを、厳しく守る
今日の朝駅頭は、北越谷東口で午前6時から開始したが、風が強く冷たい。
月曜日と寒さのためか普段より通勤客の顔が硬い感じだ。
午前6時30分馴染みの千葉県の私立小学校に電車通学の2年生男子に会った。
寒そうだったので、何時も駅頭で持参しているのど飴を渡したら、一旦は受けとった。が、少し困った様な顔で、学校にはお菓子は持っていけない規則、との事。
そのため戻そうとしたのでバックに入れ様としたが渡せなかった。
たった1個の小さな、しかものど飴なのだが、キチンとルールを守ろうとする姿勢に感心。
更に午前8時前に女高生が笑顔で市政レポートを受けとってくれた。
二人の対応に朝からほっこり気分。
(11月7日)

米国大統領には誰がなるのか?
今朝の駅頭は、午前6時前から越谷駅東口で開始。
冷たい強風が吹く中泥酔した30代の二人の男性の一人が近づいて来た。
10㌢まで顔を近づけ、私が持っていた市政レポートの束を取ろうとした。
読みますか?と束は渡さずに笑顔で対応した。(こんな場合は、まず笑顔で接しないと、必ずトラブル)誰に決まる?と。
何がですか?だから誰になるの?あーあ米国大統領ですか。
そうだ、と返答したが、それは分かりません、と返事すると少しがっかりした様な顔になり、タクシーに乗り込んで行った。
(ヒラリーになるのが、常識的だが、まさにどうなるのか不透明。英国のEU離脱の件もあり、世界は予測不能の時代に入った)
すると残った一人の若者が、すみませんと謝ったので、気をつけてお帰り下さい、と声を掛けた。
午前7時からは、自治みらい4人での市議会の街頭報告会を始め、午前8時まで順次マイクを握った。        (11月9日)


駅頭は小さなドラマの連続だ!
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(当選から14年間毎日続ける駅頭は、2600回を超えた。私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め、駅前での様々な市民との出会いのエピソード集)

  じゃまだ じゃまだ じゃまだ !?  

 今日の朝駅頭は、北越谷東口で、午前6時から開始。
 週明けとあって次々と通勤客が駅に向かって来る。いつもの様に市政レポートの配布を続けたが、午前6時40分頃、30代のポロシャツ姿の男性が真っ直ぐ足速に歩いて来て、私に向かって「じゃまだ じゃまだ じゅまだ」と迫って来た。
 当然だが後ろに下がってスペースを空けた。
しかし、この男性は、歩道の端(店側)を歩いていて、ほんの少し(30センチほど)方向を変えれば十分歩行は可能だ。
 しかも、14年間も朝駅頭を毎日やっていると、市政レポートを受け取る市民は固定化されており、通勤客の手元に無差別に市政レポートを差し出しているわけではない。
また、出来うる限り進行を妨害しないように立つ位置や状況を判断して実施している。
 むしろ、馴染みの市民の多くは、自ら手を出して頂く市民が圧倒的であり、歩行の障害には全くなっていない。
 何故ほんの少し方向を変えて改札口に向かえないのだろうか。
 こちらがよけるまで、ぶつかる様に歩行していく姿に、僅かでも回りや相手のことを考えることすら出来ない程、気持ちに余裕がないのだろう。このような攻撃的な姿勢に、むしろこの男性の弱さを感じてしまう。
              (9月5日)
自転車置き場のルールが守れない

 昨日の夜の駅立ちは、大袋駅東口で午後7時から午前0時まで実施した。
依然として蒸し暑い中での活動だったが、午後9時頃馴染みの30代のサラリーマンが、こんな夜遅くまでやっているんですか、と笑顔であいさつを交わした。
しかし10分位して戻って来て、ペットボトルの差し入れに。キンキンに冷えたお茶の効果と共に、こんな心配りに支えられている事を実感する。(コンビニは80m以上も先にある)
この駅には、有料の自転車置き場が設置されているが、規定の自転車止めの外の通路に10台前後の自転車が駐輪されていた。中には「こどもの見守りステッカー」を貼付したママチャリもあり、持ち主は一体子どもたちに、どの様に説明するのだろうか。
もしかすると、台数には限りがあり、たまたま満車状態のため、道路に駐輪するより自転車置き場内に放置した方がいいと、判断したのかもしれないが。
ただ、そんな理由でも違法駐輪すれば、キチンと駐輪している市民はどう思うのか。
事実通路に駐輪している自転車が妨害して、自転車止めから出そうとする市民がスムーズに移動出来ない事態を何回も目撃した。
そんな中、20代の男性が、放置された自転車を一台一台移動させ、空いた規定の置き場に次々と駐輪させていた(エライ!)。なるほど、空いた規定の場所に移動させればいいのかと、感心してみていた。そこで、私も同じ様に行動したため、通路には一台の自転車もなくなった。
午後8時40分頃私が移動させて規定の位置に駐輪した自転車を、駅から降りて来た20代前後の女性が少しけげんな顔つきで探していた。
6時間100円の有料のお金が惜しかったのか、規定の場所がなかったのかは、不明だが。
市政レポートの配布には何の反応はなかったが、(この女性の自由だが)税金を使って整備した施設を使用・受益している市民の側に、ほんの少しの公共心が欠けている。
誰でも便利に使用出来ることの実現には、自分以外の人も便利に使える状態を市民自身が心がける意識がなければ維持できない。
今日も5時間の市政レポート配布が、12時過ぎの最終の上り電車の通過で終了した。
           (9月6日)(裏へ)
会話の作法を学んでからにして下さい

一昨日の夜の駅頭は、せんげん台駅東口で午後7時から午前0時まで5時間を実施。
夜になっても気温が下がらず、蒸し暑い。
午後11過ぎ団塊の男性から、階段を降りて来るなり、いきなり私を指差し、何を言っているのか分からない、と例の様に捨て台詞。
「大変遅くまでお仕事ご苦労様です。市政レポートを配布しています。気を付けてお帰り下さい」と、呼びかけ市政レポートを配布。
このどこが何を言っているのか、わからない、となるのだろう。そもそも、何の挨拶もなく、人を指さし無表情でクレームを言う姿勢そのものに対話をする意思が全く感じられない。
私は即座に、そうですか、と笑顔で応じている。しかし、それ以上の会話はなくそそくさと去っていった。
この人もまた、政治家への不信と自分には到底出来ない、コツコツとした地道な活動への怨嗟なのか。(まず、よく知らない他人に話し掛ける作法や礼儀を、学んでから話したら、との言葉を飲み込んだ)      (9月7日)

今日は救急の日(9月9日)

今朝の駅頭は、越谷駅西口で実施。
台風一過の秋晴れだが、気温は高い。午前7時前、いつもの様に大型犬と散歩中の30代前半の男性と挨拶。
その後1時間程して戻って来られて1000円をカンパ箱に。
この駅での駅頭では必ず同額を頂いている。心に沁みる。大切に使わせて頂きます、と心で手をあわせる。
市内の6駅何処でもそうだが、必ず差し入れやカンパを頂く市民がおられる。
そして、何百人もの市民から挨拶や声が掛かる。
更に、市政レポートも受け取らず、挨拶もしない市民の中にも、人知れず応援して頂いている市民がいることを、私は承知している。
常に一人一人の市民にまず向きあうことが原点であり、例えクレームの捨て台詞の市民からも学ぶべきことは多い。
今日は救急の日のため、越谷市職員がポケットティッシュを通勤客に駅前で配布していた。
午前8時過ぎに越谷市の担当部長が職員と話した後、近づいて来て、このティッシュを差し出し、救急の日を教えて頂いた。
本日午前10時から本会議で一般質問の3日目を迎える。         (9月9日)

   いきなり バーカとは、何ですか?

昨夜の夜の駅頭は、大袋駅西口で、午後7時から午前0時までの5時間を実施。
時折激しく雨が降りつけたり、すぐに止んだりの天気。
午後11時過ぎに階段から、多くに乗降客とともに降りて来た30代前半のサラリーマンが、自分の時計を見て、私に向かって、いきなり怒鳴った。
「何時だと思っているんだ。バーカ」と。
ちょっと、バカとは何ですか、バカとは、とこちらが対応すると、逃げるようにそそくさと足早に去っていった。
このため、更に追いかけたが振り向かない。
最近この手の市民に駅頭でよく出会う。
共通しているのは、私と正面から話そうとしない。
常に捨て台詞だ。文句があるなら、私はキチンと聞くつもりなのだが、一度もない。
日本社会が営々と築いてきた寛容の精神や自分とは違う他者への包摂が急速に崩壊しようとしていることに危機感がある。
それほど、先行きの不安と目先の刺激以外に気持ちを満たせることがない、市民が大量に生み出されている現実に向き合いしかない。
(9月9日)


駅頭は小さなドラマの連続だ!
PDFファイル⇒%ef%bc%91%ef%bc%96%e5%b9%b4%ef%bc%91%ef%bc%90%e6%9c%88%e5%a4%a9%e7%a7%a4%e6%a3%92%e9%a7%85%e9%a0%ad%ef%bc%91%ef%bc%90

(当選から14年間毎日続ける駅頭は、2600回を超えた。私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め、駅前での様々な市民との出会いのエピソード集)

早朝からサリマーマン同士のいさかいが

一昨日の朝駅頭は、せんげん台駅東口で、いつもの様に午前5時30分から開始した。
前夜からの曇り空のため、今にも雨が降ってきそうだったが、案の定午前6時過ぎには雨が降り始め街宣用の看板や机が濡れたため、直ぐに撤去。
幟だけはタクシー乗り場の屋根付き施設の中に設置した。
通勤客も傘をさして来る人、傘を持ってくる人など様々だ。
するとエスカレーターを利用していた40代前半の男性が、大きな声で「あやまれ」と傍にいた20代の男性に言い寄った。
しかし、その20代の男性は何も言わずエスカレーターの右端を急いで登っていった。
すると再度「あやまれ」との声。
朝から嫌な空気が、周辺を覆ってしまった。
何があったのかは想像の域だ。恐らく傘が原因で雨滴が飛び散ったのか、傘があたったのか。近年特にサラリーマン同士の小さないさかいをよく見かける。
双方に一寸した気持ちの余裕があれば何も起こらない位の出来事だろうに。
こんな風に精神が分断されている。
(8月30日)
朝の通勤時間帯は、あまり大きな声ではない
今日の朝駅頭は、越谷駅東口で午前6時から開始。すると元市会議員が夫婦で山登りの服装で6時30分過ぎに話し掛けられた。
「元気がないんじゃーないのー、うーん元気がないよ」と。
私の体調は良好だし、全くいつもと変わらない。そのため挨拶を交わす市民の誰一人からもそんな言葉は出ていない。
恐らく、この元議員は市役所前で朝街宣を時々実施していたが、マイクを使っての演説スタイルだったため、それに比べて”元気がない”と感じたのだろう。
しかし私のスタイルは、朝6時から大きなマイクを使うのは、逆効果で、静かにしかも自然体で通勤客と接することに、14年間徹して来た。
注意をして頂いたのだろうが、そもそもこの元議員とは在任中から全く姿勢も思考も性格も相容れない関係が最後まで続き、ことごとく意見が対立した。
それでも関心を持って頂いたのだから一つの意見として受け止め、通常通り市政レポートの配布を続けた。
すると、午前7時過ぎにタクシー乗り場に集まっていた高校生の一人から尋ねられた。
越谷市の総合グランド場のバス停は何処ですか、と。
世田谷区にある松原高校の野球部の部員達で、草加市の高校と練習試合に向かうとの事。
へー、都内の野球部が越谷市で試合をするのかー、がんばれ来年の甲子園に向けて、と励ました。
更に午前8時頃、馴染みの40台後半のサラリーマンが。
一旦挨拶をして通り過ぎて戻って来て、ペットボトルの差し入れに。この間毎回越谷駅東口の駅頭では、同じ様にして頂いている。
本当に心に沁みる。更に馴染みの同じ様に礼儀正しい40代後半のサラリーマンから、5000円のカンパを。
半年に一回必ず同額のカンパを頂いて、10年になるだろうか。いつも沁みいっている。
(8月31日)

駅付のタクシー運転手と客のやり取り

今朝の朝駅頭の越谷駅前での、タクシー乗り場での出来事。午前7時30分過ぎ最寄りの派出所の警官が走って来て、客待ちの運転手に話し掛けた。            (裏へ)
隣の大きなもう一つのロータリーにタクシーを回して欲しい、利用客がいるので、と。
10分後遠くで様子を見ていると20代の若い女性と10代の男性が、回って来てドアを開けたタクシーに、乗り込もうとしていた。
しかし、何か警官と3人話をしていたが結局乗らずに、電車の改札に歩いて来た。
気分が悪くなったのか、行き先が変更になったのかは、知る由もないが警官が付き添うからにはそれなりの事情があったはずだ。
ただ件の運転手は車を回しても客がつかないことに。
駅待ちのタクシーにはキチンとしたルールがあり順番で先頭のタクシーだけが乗り場に一台で待機が出来る。
つまり件の運転手は戻って来て最後列に並ぶ事になり時間のロスで、稼ぎに影響が出る事になる。
小さな稼ぎの積み重ねで、生計を立てるタクシー運転手。
元タクシー運転手の私は複雑な心境に。
午前8時30分前、30代前半の酩酊状態の二人の男性が、タクシー運転手に話し掛けたが、直ぐに乗車を断られた。
すると、次のタクシー運転手に、更に断られてその次と、何と4台ものタクシーにふらふらしながら交渉しているが、断り続けられる。
そこで、私から最初の運転手さんに事情を聞いてみた。すると、その男性二人は3000円を限度に、ある所を指定。
しかし、その場所はとても3000円では乗車賃には不足する、とのこと。
だから、次々とタクシー運転手をつかまえて交渉したが、全て断られていたと分かった。
結局、諦めたのか一人の男性だけがタクシーで姿を消した。白タクではない実証例。
             (8月31日)

久しぶりですね。元気ですか?

今朝の駅頭は大袋駅西口で、午前6時前から開始。1時間程の間に中年の2人の女性から、久しぶりですね。元気ですか?と声を掛けられた。
この駅での駅頭は確かに1か月ぶりだろうか。
毎日市内6駅の東西口を順次に駅頭を続けているため、通常は1駅、月最低2回のペースで実施して来た。
だが、先月は私が代表の会派自治みらいの市政報告の駅頭に続き、行政調査や、配布するチラシの内容で駅が重複したり、台風や雨のため中断もあった。
すでに14年間も駅頭を実施していると、市民にとって1か月の空白は、久しぶりという感覚なのだろう。日常の見慣れた風景になっているのかも。
また、市政レポートを受け取った高齢の女性から勉強します、と丁寧な挨拶が。
こんな早朝から仕事か用事なのかは、分からないが高齢者の方からよく声を掛けて頂く。
(9月1日)

午後11時まで活動するのは、気にいらない

昨日の夜の駅頭は、せんげん台西口で午後7時から午前0時まで実施した。
いつもの様に、電車の到着と共に、市民が階段を下りて来る中、自ら手を差し出しご苦労様と挨拶する市民が目立つ。
だが、午後11時過ぎに眉間にしわを寄せ、顔を横に振りながら、私の横を通過して行った30代前後の女性が。   
丁度午後11時きっかりの時間で、「時計は午後11時になりました。気を付けてお帰り下さい」と通勤客に呼びかけて市政レポートを配布していた。
すると、「午後11時なんだから、おかしいよ」と、件の女性から捨て台詞が。
勿論、私と顔を合わせるわけでない。
何がおかしいのか?こんなに夜遅くまで活動することなのか、選挙中でないからか。
市政の報告に時間の制限はない。ただ市民の迷惑や不快感がないように、常に配慮している。
時折団塊の男性から、同じ様な捨て台詞を吐かれるが、こんな若い女性は初めてだった。
恐らく行き場のないささくれた気持ちや政治家への不信感なのだろう。仕事や生活に追い詰められているのだろうか。
(9月3日)


駅頭は小さなドラマの連続だ!
PDFファイル⇒16年7月天秤棒駅頭9
(当選から14年間毎日続ける駅頭は、2600回を超えた。私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め、駅前での様々な市民とのエピソード集)

熊本地震への支援を呼びかけた生徒会長が、今度は星選手を激励
本日午後2時から、本年リオデジャネイロオリンピックの日本代表で、越谷市栄進中学出身のバタフライ選手 星奈津美さんの激励会が、越谷市の主催で開催された。星選手の激励のため栄進中の女子生徒会長がお祝いと3枚の檄文を手渡した。星選手は同中学校の出身のため。
この生徒会長は、5月2日の朝、北越谷駅で熊本地震の被災者のために募金活動をしていた生徒だった。しかも原稿なしで即興で通勤客に呼びかけていた。
キチンとした激励の挨拶であり、一切物怖じしない態度だった。
即興で募金の呼びかけが出来るのだから、300人の市民の前でも平気なのだろう。
(5月11日)

本庁舎の耐震化の必要性は、熊本地震からも当然、との市民の声
今朝の駅頭は、北越谷駅西口で実施したが、午前8時前に馴染みの高齢男性から、熊本地震の事があり高橋市長さんも、本庁舎問題では何とか考えざるを得ませんね、と話し掛けられた。
 先週北越谷駅東口で配布した、同じ市政レポートを読んでの話だった。
先生(この呼び方は苦手だが)の日ごろの主張の通りになりましたね、と付け加えられた。
また議会で問題にするんですよね、とも。
6月1日から市議会の予定だが、当然本庁舎の耐震化対策は最優先課題であることは自明だが、熊本地震とは関係なく着手すべきなのに、市長は昨年9月に一旦平成32年度までに完成する、と公言したものを撤回している。
(5月13日)

若者が近づいて来て、握手を求められた
今朝の朝駅頭は、新越谷駅東口だった。午前8時過ぎに20代のティーシャツ姿の男性が、近づいて来たので、市政レポートを渡そうとしたら、握手を求めて来た。
当然応じてしっかり握手したが、舛添さんにはならないで下さい(公私混同の政治家と言う意味か)、と言ってすぐに、白川さんだからならないか、と付け加えて笑顔で去って行った。
             (6月14日)

ゴミがいつも散乱している、新越谷駅で
昨日の朝駅頭は、新越谷駅西口で実施。午前6時前に到着して何時も様に、駅周辺の掃除に取り掛ったが、タバコや缶コーヒーを始め、ゴミが散乱。
やっと集めきたゴミをカラスが菓子袋をついばみ、また散らかしてしまった。更に、この周辺は条例で規定されているタバコのポイ捨て禁止地区だが、守られていない。
他の市民からタバコの吸い殻を、何とかして欲しいと良く陳情されるが、個人の習慣まで条例では縛れないし、市民の意識の向上を待つしかないのは、悩ましい。(6月14日)

蒲生駅での駅頭を、しばらく実施していないことに心配の声が
昨日の朝駅頭は、蒲生駅東口だった。前日の雨が上がり真っ青な空と強い陽射しの中次第に汗が額に流れ出した午前8時10分頃。
40代前半のサラリーマンから、暑いでしょう、と冷たいペットボトルを頂いた。既に2時間の活動の為涼風に。
その後直ぐに、馴染みのサラリーマンから、舛添知事の辞任に関して話し掛けられた。
自民党や公明党は、舛添知事を推進しておきながら無責任。越谷市議会でも第三庁舎問題にみる体質と同じ。マスコミもイジメを地で行っている、と話しが続いていた。
すると60代の知り合いの男性が通り過ぎに
暑いから、体に気をつけて頑張って、と笑顔での励ましの言葉が。
その途中馴染みの60代の女性が、通り過ぎたので背中から声を掛けて市政レポートを手渡した。この女性は何時も紙代にと1000円をカンパ箱に入れて頂いている。その後確認したら、今日も1000円札があった。何時もありがとうございます。
午前8時30分頃、60代の女性から市政レポートを受け取りながら、駅頭が久しぶりではないですか、と話し掛けられた。
そうですね、議会中と雨のため蒲生駅での駅頭が前回から長くなっています、と説明した。
心配して頂いて感謝です。市内6駅での毎日の駅頭は、1駅に平均1ヶ月に2回のペースだ。
     (6月17日)

一旦通り過ぎてから、コンビニで買ったペットボトルの差し入れに戻って来られて
週明けの今朝の駅頭は、越谷駅東口で午前6時から開始。午前7時過ぎに、一旦通り過ぎた、馴染みのサラリーマンが戻って来られて。
先生、少しですが、とスポーツ飲料を差し入れて頂いた。
先生との呼び方は、苦手だが、心遣いありがとうございます。
(6月20日)

降り出した雨のため、開始10分で撤退
今朝の駅頭は、北越谷西口だったが、午前7時からマイクで市政報告会を始めたが、東口では共産党の街宣が同時刻に始まった。
直ぐに公明党市議団が西口に来て近くの公園前で、同じ様に街宣活動を実施。しかし、雨がポツポツと降り出した為、私は僅か10分程の活動で、撤収した。梅雨の駅頭の特徴だ。
(6月21日)

10年来の付き合いの中、心遣いに感謝
昨朝の駅頭は、せんげん台駅東口だった。
猛烈な暑が続く中での市政レポートの配布となった。
午前6時30分頃から8時まで毎日、駅前広場の掃除をボランティアで行う馴染みの高齢男性から、お茶を頂いた。
もう10年来の知り合いだが、初めての事だ。(7月5日)

夏本番は、暑さと体力との勝負
昨朝の駅頭は、越谷駅東口で午前6時から開始。7月26日に開催する第25回桜井地区市政報告会の案内チラシを配布した。午前7時過ぎ馴染みのサラリーマンから、暑いので、とお茶の差し入れ。
気温がどんどん上昇するが、おニューの真っ白な麦わら帽子で熱射に対応。それでもやはり暑い。すると、通勤中の20代後半のサラリーマンや高齢の馴染みの市民から、良く似合いますね、ステキです、と誉めて頂いた。
多少気はずかしかったが、お茶の差し入れやこんな小さなやり取りが元気の素になる。
更にこれからの夏本番との闘いだ。
今年の夏は、猛暑との予想だが、継続しかない。 
(7月21日)


動画⇒議会中継「6/7一般質問」

PDFファイル⇒16年6月天秤棒

本庁舎の耐震化対策、市長の姿勢は二転三転 平成32年度完成時期を巡って
6月7日越谷市議会での一般質問で、市長に質問しました。
 テーマは、第3庁舎建設の目的と耐震化対策のための本庁舎整備についてです。
 越谷市の本庁舎は、震度5強の地震に襲われたら一気に崩壊、倒壊する、埼玉県の自治体の庁舎ではワースト1の建物であり、この間(5年間ほど)議会で再三再四問題視して来ました。
 現在も熊本、大分地震で被災により重大な状況がまだ続いています。
今回の地震で、熊本県宇土市役所が地震によって損傷し、一切職員の出入りが禁止され、災害対策本部が庁舎前の広場のテントの中で対応している場面が何度も報道される事態になりました。
 地震に対する強度は、IS値で表現されますが、その数値は0,3と聞いています。
(数値が高い程安全。今回の質問準備のため、直接宇土市役所に問い合わせれば分かるのですが、被災証明書の発行さえ困難な現地の状況に、事情を聞くのは当然遠慮したため)
これに対し、越谷市の本庁舎のIS値は、なんと0.16というものでいかに脆弱であることが、すぐにわかります。
しかも、この耐震診断は平成13年に正式に実施されており、歴代市長も執行部も議会も承知している事実でした。
しかし、現在の高橋市長は、この事実を十分認識しておきながら昨年2月に約20億円もの事業費をかけて、第3庁舎を新たに建設してしまいました。
この第3庁舎建設の目的は地震対策とは無縁で、越谷市が中核市に移行するため等の理由でした。
つまり、本庁舎が地震に襲われて出るリスクを少しでも緩和する、と言うことではありませんでした。このため、その危機意識が希薄なため、未だに市長、副市長室は本庁舎の中にあり、震度5強の地震があれば市長自身が被災し、災害対策本部のトップとしての責任や役割を果たすことが出来なくなるのです。
災害自身は天災ですが、災害対策本部の機能が低下することがあれば、そのまま第2次、3次被害が想定されるため、これは人災と言うことになります。
あまりに無計画で唐突で無茶な提案だったのですが、何時もの様に自民党、公明党、民主党(現在の民進党)が賛成して、建設議案は賛成多数で可決されて来ました。

本庁舎建て替えを、答弁したものの・・・
この様な経緯の中、議会では、私をはじめ複数の議員が第3庁舎建設を問題視して来たこともあり、市長は、苦し紛れ(と思えるのですが)に、本庁舎の建て替えを答弁で公言したのです。
(何故本庁舎建設が、第3庁舎建設よりも優先の順位が低いのかは、理由が希薄なのですが)
これを受けて、本庁舎整備審議会が設置され、平成32年度までに完成するのが望ましい、との答申が出されたのが、平成26年です。
そして、昨年9月に市長は、この答申を踏まえて平成32年度の完成を発表しました。
 何とか、何時襲われるかわからない地震に(関東地区では、今後30年間で震度5強の地震の発生確率は70%と言われている。熊本では、18%)対策が出来たと、少しほっとしていた矢先、昨年12月議会で私が代表をしている自治みらい所属の菊池議員が、この本庁舎建設について質問しました。
 すると市長は答弁で、なんと前言を撤回し、平成32年度完成は約束出来ない、いつ建設できるかも分からない、と言い切ってしまったのです。
 このため、本年3月議会で、私は代表質問で再度確認しましたが、市長答弁は、同じ内容を繰り返し、財政のめどが立っていないため、建設が出来ないと。
 この間、本庁舎建設に関し、度重なる計画変更について、市長は定例記者会見、市政だより、市ホームページへの掲載は一切ありません。
 当然ですが、第3庁舎建設と同様に、議会には説明があるものの、市民には説明も意見聴取もないのです。         (裏へ)

平成32年度建設に戻ったものの、財源や建設計画は、これから?
 建設発表から僅か3か月で、これを撤回した姿勢は何故なのか、「安心度埼玉NO1」の公約を掲げて市長選挙や毎年の所信表明に反しないのか、今回の一般質問で市長に質問しました。
 ところが、今度は更に前言を撤回して、平成32年度までに建設を完了する、と市長は答弁されました。
 何故か、それは今回の熊本、大分の地震の被害状況を受けて”英断”したとのこと。
(つまり熊本、大分地震がなければ何時本庁舎の耐震化が行われるのか全くの不透明だったのですが。)
 ただ、私の質問に正面から、今回の地震で方針を転換したとは、答弁されませんでした。
(直接的には、今回の熊本地震を受けて、今議会で議員から質問があると、想定したから、との答弁)
しかも、100億円の建設費に対する、財政のめどが立たないとの理由で、一旦公言した平成32年度建設を撤回したのですから、当然、何故急に財政のめどが立ったのか質問したのですが、「これから庁内で検討する」という答弁が繰り返されただけでした。
 ただ、財政の問題もあるので、全体の計画の中で面積や建築単価を縮小し早急に練り直す、との、答弁はありました。
 それでは、何時ごろまでに変更計画の目途が立つのか、市民への説明や意見公募はどうするのか、他の事業の凍結や先延ばしが必要となるが、どうするのか等への質問には、一切答えがありませんでした。
 勿論、一刻も早く耐震化対策が必要なのは自明のことですが、一体僅か6か月の間に、これほどの大きな地震対策の課題について、市長の方針決定や姿勢が猫の目のように、くるくる変更されるのは何故なのでしょうか。
 1日2000人もの市民が来庁する本庁舎が、地震によって崩壊すれば必ず市民や職員に被害が出るのですから、その本庁舎建設方針が、僅か6か月で変更の上、変更したことに、まず市民へのお詫びが必要ですが、残念ながら一言もありませんでした。
 今後保健センター(20億円)や大沢地区センター(12億円)等の大型施設建設が目白押しの状況で、財政の見通しがつかないと考えるのは普通の市民感覚です。
 また、毎年借金の総額を50億円までとしている既定の方針の変更はないのか。
必要悪との口実で、もしこの上限額を例外的に外して借金すれば、さらに子供たちのツケが増えるのは明確です。
すでに、小中学校の全校にクーラー設置費の55億円もの税金が投入されるのですから。

問われているのは、財政のリスクを含め、市民に徹底して情報を公開すること
 正に、優先順位を決定し、そのためには既存の事業の縮小や凍結を決断すること。
そして、この決定に市民自身が参加し、討議して行く、政治はこの市民同士の公共空間をいくつも用意して行く等が問われています。
特に越谷市自治基本条例(越谷市の憲法)には、予算や計画は案の段階から市民に説明し、市民から出された意見には十分配慮して事業をすすめること、と明確に文章で規定してあります。
第3庁舎建設では、審議会の設置はおろか、パブリックコメントさえとらず、記者発表や市政だよりにも掲載されませんでした。
これは、自治基本条例に抵触する、言わば憲法違反ではないのか、とも質問しましたが、市長は、全てを自治基本条例どおりには運用出来いと、答弁されました。(違憲状態でもいい?)
やはり、ここにも立憲民主主義が存在していないことが浮き彫りになりました。
 質問時間の100分あまり、この問題にあてましたが、市長の態度は初めから硬化しているように見えました。
第3庁舎に関する私の質問に度々、第3庁舎建設議案が提案され審議された、当時の議事録を見て質問する様に、議場で要請?(答弁)されました。
(つまり、議事録に記載されている様に、当時議会には十分説明をしているのだから、そんな質問をくりかえすな、と聞こえましたが)
 こんな発言を4期13年間の中で、市長から初めて受けました。私の質問の内容に当時の質問と重複した点があったかもしれませんが、議会人として、とても残念で、悲しい気分になりました。
(すでに、今回の質問と答弁について本会議の中継録画が越谷市議会ホームページでアップされていますので、ぜひご覧下さい)


越谷市会議員 白川 ひでつぐ
シリーズNO 8

駅頭は小さなドラマの連続だ!
(私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め駅前での様々な市民とのエピソード集)

PDFファイル⇒16年4月天秤棒駅頭8

小学校卒業式の議長代理での出会い
市内小学校30校が一斉に卒業式が開催される3月24日のこの日は、来賓として招待される議長は勿論、全ての市会議員がそれぞれ分担して、議長代理で祝辞の代読のため出席する。
同じ校区に複数の議員が在住している場合は年度ごとに順番を事前に調整して決めている。
当該校区に在住する議員がいない場合は、全体で当面割り当てのない議員で更に調整する。
私は桜井南小学校区の在住だが、今回は他の議員にお願いし、市議がだれも居住していない小学校の中で、一番遠い川柳小学校を希望して出席した。
どうしても新人議員を含め一般的には自身の居住区に近い学校を希望しがちなので、あえて私は、日ごろあまり付き合いの薄い居住区から一番遠い小学校を希望した。
すると、当日来賓用の控室で同席していた自治会長や地域の役員の方を殆ど知らない中、市長代理で出席していた職員から、昨日せんげん台駅西口で駅頭をしていましたね、と話し掛けられた。
また、卒業式の会場となった体育館で議長祝辞の代読を終えて、来賓一同は一列で卒業生退席ののちに後方の出口に向かって歩くのだが、保護者席に日ごろ中小企業家同友会でお世話になっている経営者が座っておられたので、お祝いを小声で申し上げた。
どんな所でも人の縁があるものだと、感じなら桜茶を頂いた。     (3月24日)

初めて知った17年間もの支援
昨日夕方、埼玉政経セミナー主催の、4月9日(土)午後6時30分、越谷市市民活動支援センターで開催する公共施設シンポジュームの街宣活動を、越谷駅で実施した。
午後6時過ぎ越谷駅での朝駅頭で、馴染みの30代半ばの女性が通りかかったので、こちらから声を掛けた。市内在住だが、他の自治体職員だった。
これまで、朝の挨拶は頻繁に交わしていたがゆっくり話すのは初めてだ。
実は最初の市議選時から期待していて、5票差で落選したのは悔しかった、それからの活動量が極めて高いので当選が続いているのですね、との話。
と言うことは、何と17年間に渡り連続した応援だ。初めての会話がこんなに深い。
(3月31日)

朝の気ぜわしい中で、見事な連携プレー
今朝の駅頭は大袋駅西口。開始して直ぐに60代の男性から、今日は暖かい、これまで寒かったでしょう、とねぎらいが。その後同じ年代の女性からも同じ言葉を頂いた。
私の体を気遣って頂いている。午前7時過ぎ私服の高校生らしき女性が盛んに携帯で話していた。
暫くすると自転車で母親が到着まで50m以上を走ってきて、この女性にメモ帳(恐らく忘れ物)を渡した。流れる様にエスカレーターの階段を駆け足で。この間僅か10秒あまり。
連携が見事だった。更にその後昨日の大袋駅東口の朝駅頭でも会った、80歳の元自治会役員の男性から声が掛かった。
昨日配布した公共施設シンポのチラシを家に帰り読んでみたが、自分は地域の福祉に関する委員をしているが、市内には500人位の市民が委員をしている。だが活動する場がない。 地域にもっと貢献できる様に、仕組や場を作る事を市に提言して、との事だった。新たな公共の担い手がここにもいた。   (3月31日)

私は、実は年寄りなのか?
昨日の朝駅頭は、北越谷駅東口で、午前6時前から開始した。直ぐに80代の馴染みの男性が自転車を引きながら、話し掛けられた。
お互い年だから(私も年寄りなのか?)しっかり風邪などひかないように気をつけましょう、と。笑顔での会話だったので、年寄りとは半分冗談のつもりだったのだろうか。(笑い)
(4月2日)

自分の頭で考え続けることの指針に
昨日の夜駅頭は、せんげん台西口で午後7時から始めた。
すぐに、中年男性から「一心太助の天秤棒」を受け取って、へー朝もやって夜もやっているの、とちょっと驚いた様な感心顔の様な対応だった。
午後7時30分ころストリートシンガーによる路上ライブのため女性シンガーがマイクやCD等の準備を始め、最後のライブ終了までの午後11時30分まで時折休憩をはさみ、都合4時間の演奏と歌声が駅前に響き続けた。
私も市政レポートを配布し続けるのだから、終始後方から音楽と歌が流れるため、心地よりBGMとなった。
曲目の中には彼女のオリジナル曲が入るなどシンガーソングライター。また私の好きな中島みゆきの歌「糸」も演奏された。
彼女の紹介チラシによれば「頑張る女性を応援したい。男性にも女性の気持ちをわかって欲しい」「日本武道館でのステージ開催のため90日間の路上ライブとCD300枚販売を目標としている」と、記されている。
目標や領域は違っているが、もしかしたら私の2500日を超える駅頭に通じるものがあるかもしれない、と思いながら彼女の歌を聴き続けた。
午後9時過ぎ、20代後半の女性から話し掛けられた。昨年11月も同じ様に夜市政レポートを受け取ってみて、興味が沸いた。
先般地域新聞に折り込まれていた自治みらいの会報を見て、白川の名前を見つけた。
強く感じたのは、これまでの政治家や政党のチラシ等は一方的に押しつけがましい。しかし白川には、それが一切ないし、自分で考える様に材料を提供しているように思える、との事だった。
私の意図を、こんなに素直に受け止めている若い女性と話せた嬉しさのまま、午前0時まで5時間のこの日の駅頭を終えた。 (4月8日)

レイクタウン駅前は、広すぎる
今朝の自治みらいの、連日の駅前市政報告会は、JRレイクタウン駅で午前7時から開始。
初めての駅での街宣活動だが、兎に角駅前広場が広く、しかも東口も西口も大きい。通勤客は思ったより多いのだが、市政レポートは渡しづらかった。初体験は強風と配りづらさの苦いものとなった。       (4月27日)

連休など無縁な、被災地熊本の子どものために。中学生の叫び
連休中日の昨日朝の駅頭は、北越谷駅東口で午前6時前から開始。夏服では寒いほど冷たい風と気温の中、市政レポートの配布枚数が通常の1割減で、大型連休の市民もいたのだろう。
 一方、馴染みの市民に今日も仕事ですか、とレポートを渡しながら聞くと何人もの市民が、カレンダー通りですと、答えて貰った。
同じフレーズが何度も返って来たが、中には中年の女性が、私に対し休みはないのですか、と聞かれたりもした。(えー。少ないですね)
午前7時30分前に栄進中学の生徒4人が2人ペアで東口と西口で熊本地震被災者への募金活動を始めた。
東口には女子生徒と男子生徒が看板と募金箱を持って通勤客に大きな声で呼びかける。
通常の学生の募金活動では、宜しくお願いします、を繰り返すのが普通だが少し違っていたので、良く聞いてみた。
「連休の中日が休みだったら7連休と思っている皆さん。熊本では普通に学校に行けない生徒が沢山います。私達は、そんな生徒を少しでも救いたい、と1週間募金活動をしています。
皆さんのワンコインで熊本を救いませんか。」
興味が俄然わいてきて活動終了後に生徒達にこちらから話し掛けた。
4人は生徒会役員で、駅での募金活動を毎日30分間続けて今日が最終日であること。呼びかけの内容はその場で即興で話しており、一人の3年生の女性徒が実行していて影響が大きい、と。そのためか何人もの市民が募金を。
震災は不幸な事態ではあるが、阪神淡路大震災、3,11東日本大震災そして今回の熊本、大分地震によって子ども達の社会への向きあい方が、より公的になっている事に驚きと新たな社会的担い手の登場に心が熱い。
また何時もの女子高生が市政レポートを受け取っていった。       (5月2日)


一心太助の天秤棒2016年4月-7
越谷市会議員  白川 ひでつぐ
シリーズNO 7
駅頭は小さなドラマの連続だ!
(私のツィッターのつぶやきから、転載したものを含め駅前での様々な市民とのエピソード集)

PDFファイル⇒16年4月天秤棒駅頭7

せんげん台駅から北越谷駅へ。学生と一緒に駅頭での宣伝活動
今朝の駅頭は、せんげん台駅東口で午前5時30分にスタート。
何時もの様に午前8時30分まで市政レポートを配布して、電車で北越谷駅西口へ。
文教大学の3人の学生と共に、2月6日のデモクラカフェイン越谷の街宣活動を10時過ぎまで実施。
参加3人の議員も学生もマイクで、市民に参加を呼びかけた。この集いは、文教大の学生と市民と議員がフリーに市政や議会や地域の事を話し合う場として企画された。
19歳の女子学生もマイクで、行き交う文教大学生に参加を呼びかけた。   (1月29日)

お茶のペットボトルは、朝の元気の素
今朝の駅頭は、蒲生駅東口で通常通り午前6時から開始した。月曜日の朝で、週明けの日。
この間東武鉄道の各駅は、柱にベニヤ板が張り付けられた工事が一斉に行われている。
この駅も同様だが、それまで設置されていた売店やスピード写真館も消えていた。
そんな事にちょっと驚きながら市政レポートを配布していた午前8時過ぎに、馴染みの40代のサラリーマンの方から、お茶の差し入れ。
朝の出勤の最中に、以前も同じ様に差し入れがあったもので、何時もありがとうございます。
朝のほんの数分のやり取りだが、こんな小さな出来事が連続していることは感慨深い。
(2月15日)

昨夜の雪が木々と地面を真っ白に
今日の朝駅頭は、大袋西口で午前6時から開始。
到着して車を降りたら刺す様な寒気につつまれた。植栽を始め一面は雪景色。
馴染みの何人もの市民から、寒いねーと何回も声を掛けて頂き、市民レポートを少し寒さで硬くなった手で渡した。
寒さには、なかなか慣れないものだが。
(2月25日)

市政だよりだけでは、何が大切か判断がつかない。
今週木曜日の朝駅頭は、越谷駅東口だった。何時もの様に午前6時から8時30分まで、市政レポートを配布して後片付けをしていたら、20代の男性から話しかけられた。
市民に最も身近な市政だが、市政の事は、黙って待っていても何も分からない。
自分で情報を取りに行く必要がある、と。
市政だよりなど頻繁に発行されているが、市民にとって情報を見る視点や関連性が分からないので、何が重要なのか判断がつかないのが通常だろう。
市議が論点を整理して伝える事で、充分補う事が出来る、と思う。
更に自治みらいでは、議員と市民の関係性から、市民相互の関係が作れる様、議会終了後の定例の市政報告会を開催し、運営している。
是非参加して頂くように呼び掛けた。
参加してくれると、体感出来るのだが。
(2月24日)

礼儀正しい小学生は、電車通学
今朝の駅頭は、北越谷駅東口で実施。
昨日からの寒気が治らないため、体が硬い。
午前6時30分過ぎ、馴染みの母親と小学一年の制服姿の男の子と話した。
礼儀正しい子で、丁寧に何時も自分から挨拶をしてくれる。千葉県市川市の私立小学校に電車通学をしていて、片道1時間30分もかかる、との事。しかも、南越谷駅でJRに乗り換えている。            
そのため新越谷駅前でも良く見かける。それにしても、まだ7才の子が1日3時間も電車に揺られて通学するのだから、お友達と遊んだり、お喋りの時間をどうして作っているのだろうか。
お母さんが毎日北越谷駅まで一緒に来ているのだから、きっと仲の良い親子なのだろう。
(2月26日)

選挙の時しか姿が見えない市議?
今朝の北越谷駅での駅頭で、午前8時前に、70代の女性から訪ねられた。近くに、自動車教習所の送迎バスの停留所があるのだが、確認のため聞かれた。
そうです、と答えた後暫くして戻って来てバスが8時10分に来るので、少し待ちますと、再び声がかかった。
更に、何をやっているのか、尋ねられた。
市議会の報告をしています、と返答。すると自治会の報告と間違って聞こえたようで、いいや市議会の報告です、と答えた。
えー市会議員選挙は、まだ先ですよねーと。そうです3年後です、と答えたが、不思議そうな顔に。
つまり選挙の前しか駅頭などしない、と思われたのだろう。市議とはそんな風に見えるのだ。
      (2月26日)

早朝客待ちのタクシー運転手さんから
昨日の朝駅頭は、せんげん台駅東口。午前5時過ぎに駅に到着、街宣用具を設置していたら、客待ちで待機していた60代の男性のタクシー運転手の方が、車を降りて近づいて来て「先生、頑張って下さい」と励まされた。先生の呼称は苦手なのだが、私がタクシー運転手だったためか、何時も早朝からの活動に対してか、いずれにしても朝から元気を貰った。(3月4日)
まだ、市政レポートはありますか?
今朝の駅頭は、大袋駅東口で何時もの様に午前6時から開始。3月議会の報告の市政レポートを配布していたら、午前7時過ぎに馴染みの60代の男性から、市政レポートはすでに日経新聞の折り込みで見たからと、笑顔で話された。      更に午前8時前、同じように馴染みの50代の男性から、のど飴を頂いた。最初から用意したのか、自分用に購入したものかは不明だが、毎日通常2時間30分は喉を使っているので、のど飴は必需品だ。さらに午前8時30分過ぎ後片付けをしていたら、30代の女性や40代の男性など何時もより遅く出勤してくる市民から市政レポートありますか、と尋ねられる程日常の風景となっている。    (3月30日)
17年間で、初めてゆっくり交わした会話
昨日夕方、埼玉政経セミナー主催の、4月9日(土)午後6時30分、越谷市市民活動支援センターで開催する公共施設シンポジウムの街宣を、越谷駅で実施した。午後6時過ぎ越谷駅での朝駅頭でよく挨拶する、馴染みの女性が通りかかったので、こちらから声を掛けた。市内在住で、他の自治体職員だった。これまで、朝の挨拶は頻繁に交わしていたがゆっくり話すのは初めてだ。実は最初の市議選時から期待していて、5票差で落選したのは悔しかった、それからの活動量が極めて高いので当選が続いているのですね、との話。と言うことは、何と17年間に渡り連続した応援だ。初めての会話がこんなに深い。     (3月30日)
地域には意欲ある市民が大勢いる
今朝の駅頭は大袋駅西口。開始して直ぐに60代の男性から、今日は暖かい、これまで寒かったでしょう、とねぎらいが。その後同じ年代の女性からも同じ言葉を頂いた。私の体を気遣って頂いている。午前7時過ぎ私服の高校生らしき女性が盛んに携帯で話していた。暫くすると自転車で母親が到着。50m以上を走ってきて、この女性にメモ帳(恐らく忘れ物)を渡した。流れる様なスピード観でエスカレーターの階段を駆け足で。この間僅か10秒あまり。連携が見事だった。更にその後昨日の大袋駅東口の朝駅頭でも会った、80歳の元自治会役員の男性から声が掛かった。昨日配布した公共施設シンポの件。家に帰り読んでみたが、自分は地域の福祉に関する委員をしている。だが活動する場がない。地域にもっと貢献できる様に、仕組や場を作る事を市に提言して、との事だった。新たな公共の担い手づくりの課題だ。(3月31日)