PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭42

気温の変化だけで、気分が落ち着く
今朝の駅立ちは、午前6時から大袋駅東口で実施した。やっと春らしくなって来ているため、早朝でもそれほどの寒さは感じない。
寒気の中体の芯まで冷え切りながら、2時間30分を要して市政レポートの配布や市議会報告を続ける状態と比較すると、今朝の暖かさだけで気分が落ちついてしまう。
午前6時30分頃、朝の散歩中の旧知の高齢男性と話になった。
最近、大袋駅の西口の地域から転居して東口の付近が自宅となったので、私には会えないと思っていたので、今日は良かった(会えて)と。
市政レポートを渡しながら、一心太助は面白いですか、と尋ねた。
そうですね、日記風に書かれていて、駅の日常の風景と私の活動がよく分かります、との返事だった。
午前7時頃、春休み中の中学生が、グループでキャピキャピと楽しげに会話しながら、エスカレーターを昇って行く。やっぱりデズニーランドの行くのかなー、と心と呟いた。
午前8時40分過ぎ、駅頭が終了し街宣用具を撤収しているところに、馴染みの越谷市職員と話になった。
3月で35年務めた市役所を定年退職する。自宅の自治会の役員就任を要望されて、地域で活動することになった。やはり頼りにされるのは嬉しい、との事だった。
そうですね、地域のお役に立てるのはボケ防止になるし、何より身近な地域に友達が増えるのが、これから長い人生にとって価値がありますね、と応じた。      (3月29日)

首都圏サラリーマンの長時間通勤に思う
今朝の駅立ちは、午前6時から越谷駅東口で開始した。
午前6時30分過ぎ、30代のサラリーマンの方から毎回のワンコインのカンパを頂いた。
大きめにキャリーバックを持参しておられたので、出張ですか、と声を掛けた。
えー、現場が名古屋市なので、これから向かいます、との返事だった。
以前も話をしたが、名古屋市での仕事に従事しているとの事だが、新幹線利用で、東京駅からは1時間40分ほどで到着する。近いと言えば近いが、遠いと思えば遠い。
この例に限らず、首都圏の働き方の問題の一つは、職住が接近している環境でないと家庭や子育て、地域活動や趣味を生かすことが難しいことだ。
午前7時頃、馴染みの中年サリーマンの方から、何時もの暖かいペットボトルを頂いた。
この差し入れのペットボトルが、ひんやり冷たくなるに従い、季節が変化して行きますね、と、話し掛けられた。
確かに月2回の定期的なペットボトルをの購入時に暖かい方がいいのか、冷たい方がいのか、考えながら差し入れて頂いているのだろう。
(4月2日)

花見シーズン真っ盛り
今朝の駅立ちは、午前6時から午前8時30分まで、北越谷駅東口で実施した。
午前6時30分過ぎ、馴染みの中年サリーマンの方から、冷たい缶コーヒーを頂いた。直ぐにお礼を言った後、“何時もありがとうございます”と付言した。すると、“何時もではないよ。今回で2回目の差し入れだよ”と笑顔の返事だった。            
それから直ぐに旧知の70代の男性から、昨日会員である年金団体のウォーキングの仲間で花見会を開催したら、80人も集まってしまって、と嬉しそうに話し掛けられた。
そう、今まさに桜が満開でお花見に繰り出す絶好の時期なのだろう。
こんな気温のため、何人もの市民から、暖かくなっていいですね。駅頭も少しはやり易くなったでしょう、と声を掛けられた。
寒気の中、2時間30分間の駅立ちは、起床するにしても、市政レポートを配布するにしても寒さにかじかんだ体に気合いを入れないと、なかなか実行が出来ないのは事実であり、ベントコートも手袋も不要なので、助かっている。
ただ、左手のひじ痛は、完治しないので時々痛みを感じながらの駅頭を続けている。
(4月4日)

駅頭で出会う、“久しぶり”の意味は
今朝の駅立ちは、新越谷駅西口で午前6時前の駅前清掃から開始した。
駅前に到着すると、障がい者用の乗降スペースに大型のセダンが駐車していて、運転手が乗っていない。
運転手が帰って来ないので気になっていたら、30分後20代の男性が運転席に乗り込み車を発車させた。しかし、男性は障がい者ではなかった。
こんなルール無視が、公然と行われている日常の市民意識を基盤に財務省等の公文書改ざん問題が起きるのかなー、と頭をよぎった。
また、別の20代前半(の様に見えたが)の男性と女性を含む制服警官の一団(8人前後)が西口にやって来た。
早朝から何ごとかと思い、清掃の傍らから警察官とこの男性のやり取りが断片的に聞こえて来る。女性警察官は、カメラで周辺を映していた。
そのため正確には分からないが、この男性(酔っている様に見えたが)が飲食中に仲間なのか、同席していた客なのか、喧嘩状態になり事情を聴取されている様子。
時々この男性は、自分は被害者であり、加害者の様な取扱いは許さない、と大声を出している。これを受けて男性警察官が、ため口風に話したことにも腹を立て、敬語で話すように抗議していた。
結局、10分位のやり取りの後、西口の飲食店街に一団は去っていった。
午前8時頃、馴染みの高齢女性から声が掛かり、しばらく私と駅で会わないので、病気ではないのか、心配していた、との事。
いいえ、全く健康ですし、月2回のペースで6駅の東口、西口を順次ローテーションで駅立ちを実施しているので、たまたま気づかなかっただけではありませんか、と返事をした。
何時もの様に、暖かい紅茶ミルクのペットボトルとおにぎり、スコーンを差し入れて頂いた。
また、旧知の高齢男性からも、2か月位会っていないので、今日は久しぶりだと、話された。
同じ様に、説明をしたが、あまり納得されたような顔つきではなかった。
駅立ちがすでに風景となっており、その風景が少し変化したと感じておられるのだろう。
ただ、お二人とも、私の健康状態を心配して頂き、また一心太助を楽しみにされている様だ。
更に午前8時30分過ぎ、何時もは蒲生駅東口を自転車で通過している65才の男性が通りかかった。本年3月15日で長年勤めていた会社を定年退職したので、私には当分会えないと思っていたが、ここで会えて良かった、とのこと。(私も会えてよかった)
              (4月6日)

調理師への就職は不人気
今朝の駅立ちは、午前7時から、北越谷駅西口で実施した。
終了間際の午前8時30分前、越谷駅西口で良くお会いする65才の男性から声が掛かった。
高校を卒業後日本料理の調理師として40年程大きな居酒屋で働いて来た。一旦退職したが職人がいないためアルバイトで再雇用されて、今は昼間の時間帯だけの勤務となっている。
また、長年の労働のため体のあちこちを治療している状態だ。同じ職場に若い人がアルバイトとして働いているが、正規職になっても、低賃金、長時間労働のため、この職種での正規雇用を望んでいない、と。依然として労働環境が改善していない、一例だ。   (4月11日)


PDFファイル⇒18年 1月天秤棒駅頭41

自分たちの地域は、自分たちが守って行く
昨日の駅立ちは、蒲生駅東口で午前6時から開始した。午前7時30分過ぎこの間毎回カンパを頂く60才のサラリーマンの方と話した。
建設会社のコンサルタント会社に勤めていて、30数年公共事業の仕事を続けている。自宅マンションの役員をしていて、高齢者や障害者など災害時への対応は、自分たち住民同士で担う事が重要だ。役所や誰かに任せる事は出来ないので、日ごろから住民間の交流を大切にしている、との話だった。
そうですね、防災との観点だけではなく、地域社会の運営にとって欠かせない事ですが、まだまだ他人称の市民が多いので、モデルを作って下さい、と応じた。
午前8時過ぎ、旧知の40代のサリーマンの方から明日は、息子の中学校の卒業式なので出席する予定だ、との話から、高校はどこに入学されるのですか、と私。
現在野球部で、4番サードで活動していて、高校でも野球をやりたいので、野球の強い春日部高校に進学する、との事だった。
今朝は、市内一斉に中学校の卒業式が行われ、私は北陽中学校の卒業式に参加したため、駅立ちは中止した。       (3月15日)

卒業式、議長代理での祝辞への反応は
今朝は、桜井南小学校の第37回卒業式の受付が、午前8時40分からなので、駅立ちは中止した。卒業する6年生は1組から4組まで153名。
私は議長代理の来賓あいさつで、議長の祝辞を代読した。31名の議員は、市内の何れかの小学校に議長代理で来賓として出席している。
祝辞の代読では、出来るだけ12歳の子ども達に気持ちが伝わるように、ゆっくりとしかもキーワードの言葉をより強調して読むように心がけている。
そのせいか、式典終了後教頭先生から、子ども達の心に残るようにお話をして頂き、ありがとうございました、とお礼を言われた。
褒められて悪い気になる人間はいないと思うが、式典は2時間を超えており、その間卒業する子ども達は、終始緊張状態にある様に見えたし、保護者を含め会場から笑いが起こるような事はあまりなかった。
そのため、どれほど公的な文章に反応してくれたかは分からない。
しかも式次第の一つ一つを正確にこなして行くには、事前の練習に相当な時間を要したのではないか。
ただ、「門出の言葉」を卒業生全員で、分担して短いセリフの発表や合唱曲“旅立ちの日”の最中には、男女とも目頭を押さえる子ども達が続出していた。卒業式ならではの風景かもしれない。         (3月23日)

駅に取り残された歩行器は何故
今朝の駅立ちは、せんげん台駅東口で通常通り午前5時30分から午前8時30分までの3時間実施した。駅に到着して直ぐに駅前清掃の後、市政レポートの配布を開始した。
午前6時過ぎ3人づれの女子(恐らく中学生だろう)が、お揃いの服装でエスカレーターを登ろうとしていたので、今日はディズニーシーに?と声を掛けた。
すると、一斉に「ランド」との返事と笑顔。
すでに春休みの入っていて、千葉県のディズニーランドに向かおうとしていたので、一日楽しんで来て、と送り出した。
その後、次々と女子中学生(もしかすると小学生)が、同じようないでたちでエスカレーターを昇っていった。
午前7時前、馴染みの中年サリーマンの方から、気候があったかくなって、いいですね、と声が掛かり、おにぎりとパンとお茶を頂いた。
市政レポートを配布し始めてから、終了するまでずうっーと気になっていたのが、エスカレーターの入り口に放置(?)された歩行器。
しかも、鉄柱に白い紐でしっかり結ばれていた。入り口なので、通勤客の障害になっていたので、少しずらしたのだが、紐が結構固く大きくは動かなかった。
誰が何の目的で、こんな場所に置いているのか、不明のままだった。
(次の日には、撤去されていたのだが)
(3月26日)

高齢者が持ち込む剪定枝の搬入問題
今朝の駅立ちは、せんげん台駅西口に、午前5時15分頃到着し、吸い殻等の駅前清掃を終え午前5時30分過ぎから、市政レポートの配布を実施。同時に4月25日(水)午後6時30分から、桜井地区センターを会場に開催する、8人の超党派議員が主催する、3月議会報告のための市政報告会の案内チラシを配布。
この日は、東埼玉資源環境組合議会が、増林の焼却場で午前10時から開催された。
越谷市議会から私を含む5人の議員が、この組合議会の議員に選出されており、開会前に議会運営委員会での協議の報告を午前9時30分から聞くのが通例となっている。
そこで、駅頭終了後に朝食を取っている時間がないため、妻におにぎり弁当を作ってもらい、迎えに来た妻の車の座席での食事となった。
時折事前におにぎり作りをお願いするのだが、決まって具やおかずがないと妻からは苦言が寄せられるものの、じっと我慢も慣れている。
議会では3月の当初予算案等の審議や採決が行われたが、興味深い質疑があった。
焼却のため枯草や剪定枝の組合への持ち込みに関して、現状個人で搬入するは、無料で制限がない。
(あくまで個人であり、団体や企業は有料となっている)しかし、高齢化とともに自動車等の運転や搬入が困難な高齢者に対して、関係者で取りまとめて一括して搬入することは、出来ないのか、との質問だった。
これに対し、管理者からは基本的には個人を対象としているが、今後自治会等を通しての搬入を検討する、との答弁だった。
通常のごみ収集でも、高齢者や障害者を対象として、越谷市職員が個人宅までごみを取りに行く「ふれあい収集制度」がある。
高齢化による影響は、右肩上がりの制度や運用では限界になっている現状が、ここでも明らかになった。         (3月27日)

ドラマ「越谷サイコー」に触れて
今朝の駅頭は、午前8時20分から、がんばろう越谷が主催する第49回グラウンドゴルフ大会が、しらこばと運動公園で開催されるため、中止した。
市内一円のクラブチームから毎回150名を超える選手が競技に参加し、熱戦が展開されている。
私は毎回挨拶をさせて頂いているが、この日は3月越谷市議会での自治みらいを代表しての代表質問の視点を話した。
NHKの地域ドラマ「越谷サイコー」(平成3
0年2月28日放映)では、東京在住の若夫婦が、転居先に越谷市を選ぶため、不動産会社の社員(主演の佐久間由衣)に尋ねる。
「東京には住めないから、がまんして越谷市に住むと言うことではなくて、越谷独自の魅力は何ですか」聞かれて、困惑した顔つきで“越谷には何もない”と叫んでしまう。(導入部分)
この事から例え名所、史跡がなくとも有名人がいなくても魅力ある普通の人々が暮らす地域であれば、それが最大のアピールとなる。
これが「越谷サイコー」ではないかと。
 何時も静かに、私の話に聞き入ってもらっている事も、私にとっては、「サイコー」と叫びたくなる。         (3月28日)