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「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

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Index 

□ 埼玉県知事選、大野参院議員が出馬を表明

□ 第九回大会 第一回総会のおしらせ

□ お薦めの映画

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埼玉県知事選、大野参院議員が出馬を表明

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8月8日告示、25日投票の埼玉県知事選挙に、大野もとひろ参議院議員が出馬を表明しました。

「日本再生」482号(7/1)にインタビューを掲載。

7月4日から21日は参院選のため、県知事選の実質的な活動期間はきわめて短期間となります。

「制度のなか」にとどまらない選挙戦を展開するため、県民党として勝手連的な選挙に挑戦するとのこと。埼玉県内でポスター掲示などに協力いただける方は、下記にご連絡を。

大きな安心、もっとひろがる未来の埼玉の会

048-271-5252

さいたま市浦和区高砂3-17-21 高砂武蔵ビル7階

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第九回大会 第一回総会

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1月6日の第九回大会に基づいて、統一地方選、参院選の総括と、今後の方向について

共有するために、下記のように「総会」を開催します。

第九回大会 第一回総会

8月4日(日) 1000から1800

戸田代表の提起

江藤俊昭先生(山梨学院大学教授)の問題提起 コメント

討議

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お薦めの映画 2本

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■新聞記者

https://shimbunkisha.jp/

森友・カケ、伊藤詩織さん… 安倍官邸の下で実際に起きた出来事をほうふつとさせる

内閣官房vs女性記者の社会派ドラマ。マスコミの忖度が横行するなか、この時期(参院選!)に

この作品が公開される意義は大きい。

女性記者のモデルは、東京新聞・望月記者。内閣官房若手官僚(フィクション)を演じるのは松阪桃李。

6月28日から全国で公開

■存在のない子供たち

http://sonzai-movie.jp/

中東の過酷な貧困や移民の問題を、一人の少年を通じて描く。

3年間のリサーチですくい取った事実に基づく、リアルなフィクション。

誕生日も知らない、戸籍もない少年ゼインが、「僕を産んだ罪」で両親を告訴しようとするに至る

痛切な思いとは。

カンヌ国際映画祭などで高い評価を得た2018年のレバノン映画

7月20日から、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館などでロードショー

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第九回大会記念シンポジウム 報告集

1部700円 (送料300円)

お申し込みは 「がんばろう、日本!」国民協議会

郵便振替 00160-9-77459

ゆうちょ銀行 019店 当座0077459

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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人生百年時代の税金!?◆市民シンポジウム◆ 市の財政は?増税?減税?社会保障は?

「開催」7/19(金)、午後7時~9時(休憩含め2時間)
主催:埼玉政経セミナー(マニフェスト大賞2014・2016優秀賞受賞)
後援:越谷市
場所:越谷市市民活動支援センター 活動室A&B
東武スカイツリーライン 越谷駅東口から徒歩1分
住所:埼玉県越谷市弥生町16番1号 越谷ツインシティBシティ5階
資料代:300円

PDFファイル⇒人生100年時代の税金シンポジウムチラシ


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Index 

□ 第九回大会 第一回総会のおしらせ

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1月6日の第九回大会に基づいて、統一地方選、参院選の総括と、今後の方向について

共有するために、下記のように「総会」を開催します。

第九回大会 第一回総会

8月4日(日) 1000から1800

戸田代表の提起

江藤俊昭先生(山梨学院大学教授)の問題提起 コメント

討議

同日選はほぼなくなりましたが、

8月8日告示 25日投票の埼玉県知事選挙に、大野元裕さんが立候補します。

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石津美知子
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PDFファイル⇒19年6月天秤棒No65

市民主体の街頭演説への関心は
4月19日午前11時から午後1時まで、新越谷駅東口で、市民が中心になって演説会を開催した。
そもそも選挙とは、市民や地域に噴出する問題に対して、どの様な背景や解決策があるのかその主体である市民の役割りとは何かを、訴える舞台だと位置付けていた。
そのため、私は名前の連呼は一切して来なかったし、応援演説をして頂く議員や市民の方にも、白川を褒めたり、白川支持だけを訴えるのは遠慮して頂きた。自分自身が抱えている問題意識や活動を紹介して頂きたいと、お願いして来た。
その中で、今日は、越谷市で脱サラして農業を営んでいる市民とさいたま市で子ども食堂を主宰している子育て中の女性にマイクを握ってもらった。
この女性の訴えに、多くの市民の皆さんの共感をよんだので、当日の演説内容を紹介する。

毎日の生活でせいいっぱい、政治なんて難しくて分からないし考える暇がない、私がいれる一票で何か変わる訳でもない!!と思われるかもしれません。
私も2人の男の子の子育てに追われる毎日、今はまさに新学期/新年度で新たな生活のペースについていくのが必死な時期、とてもよく分かります。
 でも、一生懸命頑張れば報われる、生活はいずれよくなる、幸せになるという時代はもう終わったかもしれない、子ども達の時代にどんな社会を残したいのか?立ち止まって、みんなで考えなければならないとふと思います。
 私自身は現在40代いわゆるバブル崩壊後に超氷河期と言われる厳しい時期に社会に出て、終身雇用は崩壊し、多くの優秀な女性社員が派遣社員としてしか職がなく、転職を繰り返しながらキャリアップを図りながらサバイバルする、というしのぎを削る時代に仕事をしてきました。すべては自分次第、努力次第で結果は必ずついてくる、と信じて頑張ってきましたが、気づけは30代後半になっての出産を経て、この社会は子どもを産み、育てながら仕事を続けるには無理がある、それまでのやり方では無理があると思い、5年前会社員生活にピリオドを打ちました。
 大人たちががむしゃらに働いてきて、一生懸命築き上げてきた私達の日本という社会は、どんな社会でしょうか?!6人に1人、7人に1人の子どもは相対的な貧困と言われる社会、10-14歳の子ども達の死因の第1位は自殺というさみしい社会です。
子育てまっただ中でその中に身を置いてみて、キラキラした元気いっぱいの笑顔が、小学校、中学・高校とあがるにつれて、疲れ、かげり、沈んでいくのに、猛烈な寂しさを感じます。
 地域で子育てをしてみて、気づくことが色々あります。自分の子ども時代にかつてそうであったような、子ども達の元気な声が公園に響いていないこと、賑わいが失われ、地域は空洞化していること、多くのお母さん達が孤独に子育てをしていること。

そしてこの子たちが大人になった時の社会、私達が高齢者・後期高齢者になった時の社会はどうなってしまうのだろう?と思うと、当事者として今、何ができるか?向きあわざるを得ません。
 私はかつてキャリアコンサルタントとして、企業の女性活躍推進を支援し、女性がキャリアを積み、社会で活躍することを後押しする仕事をしていました。
保育園が足りないとどこの地域でも問題になっています。確かに朝の7時から夜の7時8時まで預かってもらえる素晴らしいシステムです。でも、それだけの長時間そこで過ごす子ども達にとって快適な環境なのか?まだそこで働く保育士さん達にとって快適な環境になっているか?健全な心身の育ちを見守られているのか?見過ごされてはならない視点です。選挙権を持たず、まして明確に自分のニーズを声にできない子ども達の声も拾っていかねばなりません。
 また、義務教育課程である小学校・中学校に行けていない、あるいは積極的にいかないことを選択している不登校のお子さんもその人数が年々増えてきています。
少し前までは、本人に問題があるとする風潮もあり、そのような子ども達は引きこもり予備軍として学校に戻すことを目的とした支援が中心でした。
でも、これは、今の学校の何を維持し、何を変えねばならないか?真摯に考える最大のチャンスです。
また、既存の学校には行きづらく感じている子ども達にとって学校以外に多様な学びの場の選択肢を開発することによって、教育界に新風を吹かせられるチャンスでもあります。
 今、私は地元で仲間とともに多世代交流会食、子ども食堂を運営しています。
子どもの貧困が問題になっていますが、現にひとりで晩御飯を食べる、いわゆる孤食の子ども達も多く地域にはいます。
家族そろって食卓を囲むという当たり前のことすら難しいご家庭も多いでしょう。
成長期の子ども達にとって、多世代でだんらんしながら食卓を囲み、親以外の大人に関わってもらう体験はかけがえのないものです。
そして、これは子どもだけの問題ではありません。
子育ては自分の家族だけで行うことはできません、助けて欲しい時には「助けて!」と言えるお互い様で助け合える関係性を大人同士が地域でつくっていくことが大切です。
今は共稼ぎのご家庭も増えています。仕事の他に家事や育児を引き受け、負担の多くが母親にいっていることも多々あります。
それをかつての私自身がそうだったように自分の責任だから、と自己責任で抱え込んでしまう、その意識から変えていく必要があります。
子ども食堂はそのように地域全体で子どもを育てていく実験の場だと思っています。
 今日は子育てを取り巻く環境という観点から私が普段感じている地域の課題をお話させていただきましたが、これらは、誰か特定の人の問題というより、みんなで解決しなければならないことだと思います。
誰かのニーズを満たすために、誰かに無理が行く、しわ寄せがある、ということはあってはならないし、誰が悪いかという犯人捜しに時間を費やすことも無駄なことです。
自分とは反対の意見や立場の人とも、心を開いて話し合っていかねばならない時代だと思います。課題が山積みであるということは、変えられる余地があるということでもあります。
 議員さん達が答えを持っているというよりは、彼らは地域の多様な視点をすいあげて施策に生かしていくための推進役であり、主役はむしろ私達市民だとも言えます。
この選挙期間中は、普段思っていること、よく分からないな、やっと感じていることを議員候補の皆さん達に直接投げかけ、どう考えているのか?考えを聞き、意見交換や対話ができる最大のチャンスだと思います。
誰となら、自分たちの地域の未来をともにつくっていける関係性を築けそうか?そういう視点で候補者の方を見極め、4月21日(もしくはそれまでの期日投票)で、皆さんの大切な一票を投じていただければと思います。
そして、投票して終わりではなく、その後も自分たちの声が果たして議会に届けられているのか?議員さん達の活動を見守り、時に支え、ともに地域をつくっていくプロセスに参加していっていただけたらと思います。
この選挙が越谷の未来につながる大きな一歩になることを心から祈りながら、演説を終えさせていただきます。

             (4月19日)


PDFファイル⇒19年6月天秤棒No64

殺到する駅立ちの中でも通常のスタイルで
4月15日、選挙運動2日目の朝、せんげん台駅東口に午前5時から駅立ちのあいさつを始めた。
通常は午前5時30分前から開始するのだが、選挙期間中はこの時間とした。
というのは、他の候補者が次々と駅立ちを始めるのが予想されており、案の定この日も橋本候補(自民党)が午前6時頃に、山田候補(共産党)が午前6時50分頃に、畑谷候補(公明党)が午前7時に駅立ちを開始した。
これだけの候補が一斉に駅立ちを始め、しかも運動員が大勢列を作りおはようございます。○○です。宜しくお願いします、と呼びかける。
このため、通常通り一人で駅立ちに続けている私は、通勤客に立っているのが分かる様な位置に立っていなければ、全く存在感がなくなるため、駅立ちは始発から開始することになった。
実際、畑谷候補から、暫くしてあーおられたのですか、気がつきませんでした、と話し掛けられた。
つまり、幾つも運動員グループが、駅入り口に大挙して、大きな声であいさつをしている中では、一人、静かにあいさつをしている私は目立たない状態となっていた。
勿論それでも通常通りのスタイルを継続することには、何のためらいないのだが、これまでの選挙で選挙カーは当然一切名前の連呼をして来なかったどころか、駅頭でも名前を発しない事を徹底している。(その必要性を感じない)
ただ、通常は市政レポートの配布の活動をしながらあいさつをしているのだが、今回から法定ビラの配布が解禁されたものの、その配布時間帯は、午前8時から午後8時までと限定されている。
そのため、本当に挨拶だけの駅立ちとなったことは、これで公約やマニフェストを市民に届けられると意気込んでいたので、がっかりしてしまった。
この日の夜の駅立ちは、午後9時から午前0時まで、せんげん台駅西口で実施した。
通常は午後7時から開始していたが、選挙期間中は、選挙カーの運行を午後8時まで行うため、この時間から開始した。
           (4月15日)

選挙違反だろう、と怒鳴る市民が
4月16日、選挙運動3日目の朝は、午前5時から大袋駅東口で開始した。
例によって午前6時40分に細川候補(立憲民主党)、その10分後には武藤候補(刷新クラブ)、午前7時に渡辺候補(無所属)が駅立ちを始めた。
午後6時からせんげん台駅東口に選挙カーを停車しての選挙演説を開始した。
これから午前0時までのロングコースとなった。
選挙前に作成した市政レポートの集大成“一心太助の駅前物語”を駅立ちや郵送で市民の皆さんに配布していた。
そのため、選挙に入っても寄付が次々と寄せられており、午後7時頃馴染みの女性から、のし袋に入った寄付を頂いた。少ないですけど、と何度も話され、パンフ代を頂いたが、帰宅して確認したら5000円も入っていたので、恐縮してしまった。
午後9時過ぎ階段から降りて来た中年男性から、いきなり“選挙違反だろう”と例によって捨て台詞で通り過ぎていった。
(裏へ)
直ぐに、あとをおって行き耳元で、今なんとおっしゃいましたか。
選挙運動は公職選挙法で規定さており、告示から1週間24時間運動が出来る様になっています。だから選挙違反でなく、合法的な活動です。と話しかけるが無表情で去って行こうとする。
止む無く、更に話し掛ける、お分かりですか、選挙違反ではありません、と何度も。
それでも反応しないので、更にお分かりですか、と少し大きな声で話したところ、やっと小さな声で、“分かりました”と返事が。
分かって頂ければ結構です。と返答した。
(4月16日)

ゲストスピーカーとともに、地域問題の論点整理を訴える
選挙運動4日目、この日は、午前5時から大袋駅西口で駅立ちを開始した。昨日は午前0時までせんげん台駅東口で駅立ちを続け、帰宅して就寝したのは午前2時で、午前4時には起床しているので、睡眠時間は大よそ2時間程度だが、不思議と疲労は残っていない。通常通りの選挙スタイルとは言え、やっぱりテンション上げ上げの状態なのだろうか。
午後6時から1時間30分にわたり越谷駅東口で、多くのゲストスピーカーを迎えての街頭演説会を開催した。
弁士には埼玉県和光市長の松本武洋氏、下流老人の著者で越谷市在住の藤田孝典氏、千葉県野田市の前市長の根本崇氏、草加市議の井出大喜氏、富士見市議の田中栄志氏、松伏町議の堀越利雄氏が激励に駆けつけて頂いた。
            (4月17日)

候補者への暴言に対する対応は
選挙運動6日目の朝は、午前5時から北越谷駅東口で駅立ちを開始したが、例によって午前7時島田候補(自民党)、小林候補(自民党)が揃いのジャンバーを着た10人前後の運動員が横一線に並び、大きな声で○○です、宜しくお願いします、の連呼が始まった。
私は気にもしていないが、午前6時30分頃30代前半の男性が私の前を通り過ぎながら、何をやっているんだ、と怒鳴った。
そのまま、改札に向かおうとしていたので、今何と言いましたか、それは私に向かって話されましたよね。私にですよねー、とこれも後を追いながら話し掛けた。反応せず歩き続ける。
すると、やっと改札前の場所で立ちどまったので、今あなたの私への暴言は公職選挙法違反の疑いがありますが、と。
これは重大事件ですので、近くに交番があるので、同行して事態を明確にしましょう、とも。
しかし、完全に目が泳いでいて、だんまりを決め込んでいる様に反応しない。
もう一度言いますが、これは候補者への侮辱ですので、看過出来ません。と迫ったらやっとすみません、と小さな声で返事があった。
分かって頂ければ、それでいいですので出勤して下さい、と“解放”した。
この日の夜は午後6時から大袋駅東口で、午前0時までの駅立ちを実行した。
午後10時頃馴染みの30代のサラリーマンの方から、今日はマイクを使わないのですか、と話しかけられた。
そうなんですよ、選挙期間中は午前8時から午後8時までしかマイクやスピーカーは使用出来ないので、この時間は使用禁止です、と応答したら、そうなんだー、と返答して頂いた。
午後11時頃酩酊した2人の中年男性から声がかかった。その内の一人の男性が、こんな夜遅くまで、頑張らなくても大丈夫だから、と。
ええ、そうかも知れませんが、私の最初の選挙は5票差で落選した経緯があり、全力を尽くします、と返答したら、それも知っている、との返事。そこで、もう一人の男性がもう帰ろうと肩を抱いてエスカレーターを昇って行かれた。
この日は激しい雨が時より降り続き、幟等がびしょ濡れで気温も下がる中、午前0時を迎えた。            (4月19日)


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Index 

□ 「2020後」を生き抜くために、私たちはどういう社会を望むのか

  ~人口減少時代の政策思想の軸の転換にむけて

●「制度の外」の声に、どのように近づき、とらえるか

「声をあげたから変わった」という政治的有用感へと、どう結びつけるか

●「2020後」を生き抜くために

 自己責任―今だけ、カネだけ、自分だけ―で逃げ切れるのか

 「選択―責任―連帯」の社会をめざすのか

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「2020後」を生き抜くために、私たちはどういう社会を望むのか

人口減少時代の政策思想の軸の転換にむけて

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●「制度の外」の声に、どのように近づき、とらえるか

 「声をあげたから変わった」という政治的有用感へと、どう結びつけるか

 この夏の参院選を控えて同日選も含めた永田町の駆け引きが始まっている。令和フィーバーやトランプ来日狂騒など、「パンとサーカス」ならぬ「パンなしのサーカス」が連日繰り広げられるのも、その一環ともいえる。この統一地方選で(も)浮き彫りになった事態を直視することなしには、こうした事態に浮き足立つことになる。

 私たちが直視すべき現実は、例えばこのように提起される。

「今日確認する必要があると思っていたことを、まずお話しします。

首都圏では、十名以上落選するような選挙がむしろ普通だったのではないか。場所によって違いますが、一・三倍から一・五倍くらいの競争率の選挙は、首都圏近郊にはざらにあった。そしてそれは特別なことではなくて、大都市とその近郊では激戦の選挙が普通の状態になりつつあると。~中略~

空前の競争率にもかかわらず、投票率は全然上がらなかったところが多いわけです。普通に考えれば、立候補する人が増えれば、その人たちはこれまでの立候補者が訴えてきた以外の人にも訴えているはずです。つまり新たな投票者を開拓できるはずなのに、それが効果をもたらしていない。立候補者数が増えても、票を開拓をする力―有権者に選挙にコミットしてもらう力は上がっていないということです。

立候補者が足りない地方の町村議会の方が、まだ原因――あんな報酬では生活できないなど――は分かりやすいかもしれない。地域によっては、女性が立候補すること自体「ありえない」という感覚がいまだに根強いので、余計に担い手不足になっている。そうなると、生業と議員活動の両立を考えるとか、女性が立候補しやすくするにはどうしたらいいかとか、対策を立てるべきポイントもそれなりには見える。

ところが都市部では専業議員として生活できる報酬はあるし、女性議員も―まだ課題は多いとはいえ―増えている。立候補者数は多いにもかかわらず、有権者に選挙に来てもらえない。これはなかなか深刻な問題だと思います。(意欲を持って出てきた人がいても、それが有権者に響かない構造でもある。)~中略~競争率が上がったにもかかわらず、投票率が上がっていないところの方が、実は難しい課題に直面しているのではないか、と感じます。

 個々の当落を超えて、選挙全体としてこういう深刻な課題に直面していることは、確認しておく必要があるだろうと思います」(廣瀬克哉・法政大学教授 2―6面「囲む会」)。

 今や投票率は国政選挙でも五割、都市部の地方選挙では三割台も珍しくない。過疎地だけではなく、都市部でも無投票選挙区が出現している。このように多くの民意が「投票箱の外」に置き去りにされたままでは、選挙を通じて地域の課題を表出することさえできない。

 選挙を変えるとは、この構造を変えることにほかならない。そのためには、候補者が一方的に政策を示したり、有権者市民を支持者として見るのではなく、「地域の課題を共有する」場として選挙をどうセットするか、という問題設定が必要になる。

 「言い換えれば、選挙を地域の利害や意見の違いを『数で決着つける』場ではなく、さまざな地域の課題が提起され、それらを共有していくための場へとつくりかえることです。公約やマニフェスト、審査員としての構えについても、市民との共同作業を通じて、課題を共有する当事者性を涵養しようではありませんか」(第9回大会 よびかけ)。

 問題の構造は、例えばこういうことだろう。選挙では多くの候補者、政党が「子育て支援」を掲げる。一方で子育て当事者たちは、「これは何とかならないか」「こうしたらいいのに」と思っていても、「言ってもしかたない(伝わらない)」と思っていたり、「どこにどう伝えれば物事が動くのか、ラインがみえない」とあきらめていたりする。しかも選挙の「公約」に並ぶ子育て支援は抽象的なスローガンばかりで、どれも同じにしか見えないので、選びたくても選べない。

 公的なサポートなしに子どもを育てることにはさまざまな困難が伴う、というのが子育て当事者の生活実感だが、その生活実感が選挙での選択―主権者としての一票―と結びつかないまま、「制度の外」に追いやられている。

 子育てに限らないが、こうした「制度の外」に追いやられた生活実感を、どのように社会の問題(自己責任ではなく社会で解決する課題)へと押し上げるか、そしてさらに「制度を変える」プロセスにのせていくか。こうした民主的プロセスの媒介、促進剤になることは、パブリックな存在としての政党や議員の役割だろう。選挙はそうした場のひとつにほかならない。

 多くの人は生活のなかの「困りごと」に直面したときに、政策の当事者としての実感を持つ。しかし政策決定の場が、そうした実感とかけ離れていればどうなるか。

 2016年、「保育園落ちた、日本死ね」という待機児童問題を訴えるブログが話題になった。制度の外に追いやられた声を女性議員が国会で取り上げたとき、制度の中の反応はどうだったか。首相の答弁は「匿名なので(事実かどうか)確認できない」。与党議員からは「本人を出せ」というヤジが飛んだ。

 公的なサポートなしに子どもを育てることにはさまざまな困難が伴う、という生活実感が分からない、分かろうともしない人たちが、選挙公約として打ち出したのが、消費増税と引き換えの幼保無償化。制度の外から上がった声は大きな反響を呼んだため、制度の中にも届いたかもしれないが、アウトプットとして出てきたのは、誰がこんなものを望んでいるのかという政策だった。

 無償化といっても、厳密には無償化の範囲には制約がある。しかも保育料は元々所得に応じて決まっているので、無償化の恩恵が相対的に大きいのは高い保育料を払っている(所得の高い)世帯である。そして何よりも子育て当事者が望んでいるのは、無償化ではなく全入であり、そのための保育士の確保・待遇改善などの施策だ。

 さらに子育て支援策の現場を担う自治体にとっては、国がおしつける無償化の財源を一部負担するために、自治体独自の施策の財源を削って、それに充てなければならないことになる。子育て支援と一口に言っても、地域によってニーズも課題も異なる。それに対応して工夫されてきたはずの自治体独自の施策が、国から押し付けられた全国一律の政策によって制約されることにもなりかねない。自治体によっては子育て支援よりも優先度の高い施策がありうるが、その財源を削らなければならないかもしれない。まさに地方自治―自己決定権の侵害にほかならない。(第九回大会 パネルデイスカッション 松本・和光市長 参照)

 そのうえ待機児童問題の反響に慌てて打ち出された支援策が、規制緩和による企業主導型保育事業(付け焼刃で箱だけ増やす)だったり、あろうことか「子連れ出勤」への補助金ときては、「何を言っても伝わらない」と絶望的な気持ちになるのも当たり前だろう。

 制度の外の声に反応する、あるいは政策の受け手(当事者)との関係性―実態とのズレも含めて―を実感を伴ってとらえることができるのは、国政ではなく地方自治の現場だ。ここでこそ、生活実感と政治・政策決定が絶望的に乖離している構造を変えなければならない。

「特に小学生や、もっと小さいお子さんを育てている世代では、政策によって支えられないと子育ては厳しい、というのは当たり前の現実ですが、それ以外の世代にはその切実感がない。現実がどうなっているかも見えていない。~社会を維持、再生産していくために不可欠な政策領域に、どれだけの資源をつぎ込まなければならないかという現実認識がないまま、やっているわけです。

小学校には待機児童はいません。義務教育だからです。では学童や保育所にはなぜ待機児童が出るのか。政策を判断する時の優先順位の高さ、(義務教育と同じ程度に)必要なだけ確保することがなぜ必然でなければならないのか、という認識がズレていたからです。

財源が云々と言いますが、ハッキリ言えば増税すればいいんです。日本社会の国民負担率は、先進国のなかでもアメリカを除けば圧倒的に低い。低い負担と必要なサービスとのギャップを、どうやって埋めているかといえば借金です。あえて言えば、もっと借金することもできる、それが望ましいかどうかは別として。借金してでもやるべきだという認識がなかっただけの話です。

政策による公のサポートが確保できなければ、個々人のレベルでは、子どもを産まないという選択をしてしまう。『産めよ、育てよ』と国が旗を振るのはおかしい、という感覚は分かりますが、じつは『産めない、育てられない』という風潮に向けて国が旗を振っているわけです、無意識のうちに。その結果、他の多くの国にはあった第三次ベビーブームを日本では起こさせなかった。

これが政策の結果なんだという反省へのとっかかりが、国政の中で出てくる可能性は低いと思います。他方で自治体は、政策の受け手とその政策の関係性についての切実さとか、何がないからこういう選択になるのか、ということを実感できる現場がある」(廣瀬先生 前出)

生活実感に根ざした優先度の高い政策領域をめぐって、候補者と支持者あるいはそのメッセージが伝わっている層(政策の当事者)との実感をめぐる相互関係を、どこまで作り出すことができるか。選挙を通じて、そうした「制度の外」の声をとらえることができるなら、選挙後は任期を通してその関係性どう持続し、再生産していけるか。議会審議への参画などを通じて、「声を上げればこう変えられる」という政治的有用感へとどう結び付けていけるか。市民の側も「私の困りごと」を議員を通じてなんとかする、ではなく「市の課題、社会の課題として提起し、解決にむけて合意形成するのが議員の仕事だ」というところへと押し上げていけるか。

 地域や社会を維持・再生産していくための、民主主義の持続可能性が問われている。

●「2020後」を生き抜くために

 自己責任―今だけ、カネだけ、自分だけ―で逃げ切れるのか

 「選択―責任―連帯」の社会をめざすのか

~以下「日本再生」481号一面へ続く

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