参議院選挙の低投票率51、35%は、選びたいのに選べない市民の苦悩
しかし、争点や選択肢を巡る市民の悩みからこそ生まれる、共同体の再生

7月の参議院選挙の結果は、与党政党の圧勝となりましたが、投票率は戦後3番目の低さであり、6月の東京都議会選挙の2番目の低さ、さらに昨年12月の衆議院選挙は最低の記録となりました。何故これほどまでの低投票率がわずか半年の選挙で次々と起きているのか、その結果として与党の大勝となっているのでしょうか。
選挙とは複数の政党や候補者がこれからの社会をどの様にしていくのか、そのための理念や方策を、市民に選択肢として示し争点化していく事です。(マニフェストもそのための重要な手段です)しかし、この間の選挙では国や自治体の大きな転換点にたつ政策の軸が、殆ど争点化されなかったのです。
消費税と社会保障の一体改革では、増税によって社会保障制度がどう変わり、その時受益と負担がどう変わるのか、リスクをどの様に公正に分かち合うのか。脱原発に向けた今後のエネルギー政策はどの様に変わるのか、それはこれまでの中央集権的供給システムから地域分散型のエネルギーシステムにどうシフトするのか。景気と雇用の問題では、ますます広がる格差問題から新たな地域産業の展開を、地域共同体を基盤にどの様に再生していくのか、その時の市民の責任と役割とは何か。どれを一つをとっても何一つ争点化しませんでした。
さらに都議選は地方自治体の選挙であるにも拘わらず、アベノミックスの是非を問う参議院選挙の前哨戦と位置づけられ、猪瀬都政への評価や東京都議会の議会改革を始め、最低でも争点化されるべき政策の選択肢は一切提起されませんでした。
自治体の選挙で、これほど地域のことが遡上に上らなかった選挙は過去にはないはずです。
この様な状況では、市民が政策決定の全ての過程に参加し、一市民として、一フォロワーとして行動しようとしている市民ほど「選びたいのに、選べない」と言う思いが強くなっています。
特に、3,11以降に自身の価値観の大きな転換と受け止めた市民ほど、この思いが強く働き投票箱には収まらない民意が、投票箱の外側に留まったままである事を逆説的ですが証明しました。一方既得権に乗っ取られた既存政党、それに回収される世論が投票箱に収まっている、とも言えます。
だからこそ、争点は市民が盛り上げていくのであり、候補者を選ぶ事を目的とするのではなく、多面的な政策や地域共同体の課題にどうコミットするのかを、市民自身が試行する事が大切になって来ています。
 「○○市がどうなっており、どうなりうるのか」の選択肢があれば、市民は反応する

この間国政レベルの選挙とともに、各地の市長選挙が実施され、30代の現職市長が次々と二期目の当選を決めています。象徴的な選挙は、6月30日の横須賀市長選挙でした。二期目の当選を果たした吉田市長(37才)に対抗したのは、元副市長で自民・公明推薦の候補者で選対委員長は自民党の小泉進次郎衆議院議員でした。業界団体の推薦の元、連日小泉議員は街頭演説を始め選挙の先頭にたったそうです。
しかし結果は吉田市長が約1万票の大差をつけ、しかも投票率は前回より5%も伸ばしました。また三重県松坂市の二期目の山中市長(37才)も、現職県議(自民、民主両党(公明は支持)をはじめ、松阪市職労組や連合三重地協、医師会など多くの推薦を得て「オール松阪」の態勢で、地元の田村憲久厚労相も応援に入った)を、大差で破り投票率も5%アップしました。
さいたま市長選挙でも、二期目の清水市長(51才)が現職県議(自民、公明推薦)をこれも大差で破り当選しています。また同じく二期目の埼玉県和光市の松本市長(44歳)は、政権与党は対抗馬さえ擁立出来ず無投票当選となっています。
これらの市長選挙に共通するのは、国政レベルの政権政党がどうであろうと、その自治体が時代の変化に相応しい地域共同体をどう作っていくのか、その時公正なリスクの分担の視点から、市民の責任と役割を徹底して市民に訴え、共有していく選択肢を示し続けている事です。
つまり、ひっ迫した財政状況を徹底して公開する事を含め、市がどうなっており、どうなりうるのか、を問い続けたことです。一方破れた候補者は、「政権与党との太いパイプ論」を主張することで産業や雇用や福祉の充実を図り、「市民サービスには何でも応えるために、政権との強い人脈や組織が必要」という展開でした。既得権層には耳障りはよかったはずですが、結果は惨敗でした。
この事からも、はっきりしてきたことは社会を変革するには、社会保障制度を始めとして、受益と負担が現在どうなっており、今後既存の受給者にも給付カットや相応の税負担がどうなっていくのか、を正面から説明し、徹底した市民参加によって利害が相対立する市民を対象に合意形成を図る舞台をどう作っていくのか、と言う統治能力が極めて重要だ、と言う事です。
勿論、市民も市長や行政にお任せにせず、選挙での一票は当然ですが地域を変えていく手法や環境はますます広がっており、「未来へ投資する社会」のための熟議と日常行動が問われています。

 10月27日投票の越谷市長選挙で、試される市民の責任と役割。高橋市長の再選を巡り

今後3年間は国政レベルの大きな選挙を当面はない、と言われていますが、自治の現場では日々劇的な変化に対して、地域共同体の再生への挑戦が続けられています。
この間の各地での市長選挙だけでなく、越谷市でも約12億円もの保健所建設や約20億円の第3庁舎建設や、埼玉県内で最悪の耐震強度の本庁舎問題の先送り、中核市移行に伴う毎年の職員人件費7億円増等、市民の税負担とサービス実施の課題の明確化とそのオープンな議論を通した市民合意が待ったなしです。
しかし、高橋市長のこの4年間は毎年過去最高の予算額を更新しつつ、「市民サービスのため」という名分で、形式的な市民参加に留まっており依然「未来を搾取する市政」が続いています。
市長がもうこれ以上、市政のトップにいることは許されない事が、4年間の実績が証明しており、そのために投票箱に収まりきれない民意とどの様に向き合い、集約していくのか、本年10月の市長選挙にむけ市民とともに全力で取り組んで行きます。

越谷市の中核市移行に、メリットだけでデメリットは本当にないのか

高橋市長は、平成27年4月をメドに、越谷市を現在の特例市から中核市に移行させる事を目指しています。中核市になれば現在の事務事業のほか約2000事業の移管が県からなされます。典型的な事業は保健所業務ですが、これは全体の7割をも占めるものです。
当然事務量が増えれば、それに伴い歳出も増えます。例えば職員が約80名の増員(60名は保健所関係)が必要で人件費は約7億円が年間支出されます。その他産業廃棄物関連対策事業や外部監査事業など9事業で約2億4千万円の増額が見込まれます。
また、県支出金の内生活保護費負担金、保育所運営費負担金、放課後児童対策事業補助金等の17項目約5億5千万円の減額となります。
さらに、中核市移行で約20名の職員の増員や、現在の本庁舎の狭隘化の解消ための職員用の事務スペース、会議室の確保のため、平成27年4月までに、5階建て約4500㎡の第3庁舎を建設します。事業費は約20億円ですが、現在市役所の敷地内の土地を整備しています。
この様な状況について、6月議会で「中核市のメリットは十分伝わるが、デメリットも市民に知らせるべきではないのか」との議員の質問に、市長は「デメリットはない」と言い切ったのです。
その意味するのは、保健所業務を始め2000もの事業サービスが実現し、その財政負担は、地方交付税が16億円相当増えるので市民の税負担はないので、一切不利益がないと言うものと推測されます。
そのせいか、市民の中核市認知度は平成24年度市民世論調査では僅か13,7%となっています。
しかし、そもそも中核市の移行の意義とは、何なのか。それは国の地域主権改革に伴い、市民主権の推進を図るため「政策決定は、それにより影響を受ける市民、共同体により近いレベルで行われるべき」(越谷市作成の中核市移行の関する検討報告書・平成22年10月)という趣旨です。
つまり、市民は自分達の地域の問題を自分達で考え、決定して行く事を通して、市民自治を確立していく、と言う事です。
これは、行政のあらゆる領域に市民が参加し、市民同士で議論し、決定に参画する事で税負担を始め、一定のリスクをも引き受けることに他なりません。
そのため、市長は事業の推進にあたっては、出来うる限り情報を公開し、複数のシュミレーションを提案し、公開の場で説明し、利害調整を含む合意形成を進める役割に徹する事になります。
この視点から見れば、まず第3庁舎建設について市長は、一切市民に説明する必要もないし、ましてや意見聴取もしないし、パブリックコメントも取らない、としています。
その理由として、第3庁舎は本庁舎の機能を持つものではなく、単なる職員用の事務スペースであり、市民とは直接関係しないためその必要はない、と言うものです。
さらに、市民の更なる税負担はない、と言うものの、地方交付税制度は自治体の努力を必要としない、言わば国が地方をコントロールするものであり、自治体の努力で税収が増えれば、交付されなくなる制度なのです。
しかも、交付されても国の税収不足のため
越谷市が不足分を自ら借金をして補う「臨時財政対策債」が、平成25年度で341億円も積みあがっているのです。
 しかも、この制度は本年度で打ち切られ、今後の見通しは全く立っていません。
これに通常債が308億円もあり、さらに特別会計での累積債務は501億円となっています。
国の債務が1000兆円を超えていることから、今後の歳出の内、地方交付税が増えていくことは想定出来ないはずです。
にも拘らず、「地方交付税が増額されるから、市民への税負担は一切ない」という無責任な発言は到底容認出来ません。
市民サービスの消費者から供給者へ 役割を変えていく
さらに、市民サービスが増えるのだから、問題はない、という見識も甚だ不適切です。
確かに事務事業が増える事により、市民サービスが増加することは間違いがありませんが、それはサービスを消費する市民の立場から、むしろサービスを自ら改善し、供給する立場に市民が変わっていく機会にする事が可能になって行きます。
これは、先の参議院選挙で示された「投票箱に収まりきれない民意」の市民を、新たな地域社会の担い手として組織化していくことにも繋がっています。
この事から、市長の発言とその姿勢は「市民サービスをとにかく増やして、税負担や役割を担わない市民」に依拠し、さらに拡大を図る事になりかねません。
これでは、中核市移行の目的が達成されないのは明らかです。
市長任期最後の年に、この様な基本的な政治姿勢では、次期当選すれば「未来を搾取する市政」を続ける事になり「未来へ投資する市政」への転換を10月の市長選挙で実現しなければなりません。

平成25年6月14日付で国は、子宮頸がん予防ワクチンの接種について、越谷市を含む全国の自治体に対して積極的な勧奨を差し控えるように通知しました。
この問題は、6月議会の質問の中で、越谷市が進めて来た子宮頸がんワクチンの接種で「事故」が全国的に多発しているが、その対応はとの質問で遡上に上りました。
このワクチンは、がん予防のため女子中学1年生年齢相当を対象としており、かつては越谷市独自の事業としていたものから、国の事業に統一されていました。ところがワクチン接種による2000件を超える副反応の事故が起こり、重篤な障害を受ける被害もあり、国は自治体による勧奨を控えることを決定しましたが、依然希望者には接種を続ける、と言うものです。
これに対し、議会の答弁ではまだ国から通知が出されていない事もあり「公衆衛生上、リスクをゼロにする事は出来ない。市民への周知も事故を大きく取り上げるわけにはいかない」として接種を引き続き続ける姿勢を示しました。
ところが、それから僅か1週間後に国からの通知で「子宮頸がんワクチン接種のリスク・まれに重い副反応もあります」との内容が示されたのです。
これに従い越谷市は、対応を一変させ、今度はこれまでの事故(副反応)の状況を周知したのです。
事は子ども達の健康被害の問題であり、国の対応が極めて問題ですが、市民に最も近い越谷市が、ただただ国の言う通りの対応なののですから、無責任と言わざるをえません。

PDFファイル⇒B5-市政レポート2013-6