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議長の許可を頂きましたので、「議第4号議案 辻浩司議員に反省を求める決議について」に反対する立場から討論します。

昭和30年11月15日自由民主党の立党宣言は、「われら立党の政治理念は、第1にひたすら議会民主政治の大道を歩むにある。第2に個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に権力による専制と階級主義に反対する」と宣言しています。
 また平成22年(2010年)綱領では、「新しい綱領 新たな出発 夢と希望と誇りを持てる国・愛する日本を目指して」と題して、その3に「わが党は誇りと活力ある日本像を目指す」として合意形成を怠らぬ民主制で意思決定される国と自治体」と明記しています。
 公明党の政治綱領(平成6年12月5日決定)には、その6「草の根民主主義の開花と地方主権の確立」と題して「地方議会から出発し、草の根民主主義の確立と住民福祉の向上を追求してきましたが、この伝統を受け継ぐわれわれは、中央集権体制の変革、すなわち自立と参加による「地方主権の確立」をめざしていくものです。
 地方自治は、民主主義の学校であり原点です。」と明記しています。
 民主党の綱領は(2013年2月24日2013年定期大会決定として)、私たちの立場と題して「わが党は、生活者 納税者 消費者 働く者 の立場に立つ。同時に未来への責任を果たすため、既得権や癒着の構造と闘う改革政党である。この原点を忘れず、政治改革、行財政改革、地方主権改革、統治機構改革、既成改革など、政治・社会の変革に取り組み」とし「私たちの目指すもの」では「私たちは、一人一人がかけがいのない個人として尊重され、多様性を認めつつ互いに支え合い、すべての人に居場所と出番がある、強くてしなやかな共に生きる社会をつくる」と明記しています。
 この様に、これら3党の政治理念と綱領に共通する政治姿勢には、これまでの中央集権的構造を変革し、地域社会の多様性、多元性を認めながら、基本的人権の尊重や民主主義の深化に向け、住民自治の基盤である地域社会を作り出していくと言う目的は共通しているように思えます。
この目的を実現するためには、議会には重要な役割があり、多様性、多元性があるからこそ相互に自由闊達な論議を保障し、怠らぬ合意形成、特に地方議会、地方自治を重視しています。
 このことは、戦後政治の原点でもあり、戦前の一時期における恐怖政治、特に国民自身が、権力による言論統制を許してしまった強い反省と危機感から出発しています。

勿論、中央政党の結党理念や綱領に留まらず、地方議会が自らこの精神と規範を示し続けています。
それは平成18年5月18日北海道栗山町議会での、日本初の「議会基本条例制定」に端を発した地方議会改革の大きな潮流となっています。
この条例制定は2013年8月27日の段階で、実に合計450自治体に達し、全体の25.2%までになっています。
 その栗山町議会の条例では、「議会は、その持てる機能を十分に発揮して、自治体事務の立案、決定、執行、評価における論点、争点を広く町民に明らかにする責務を有している。自由闊達な論議を通して、これらの論点、争点を発見、公開することは討議の広場である議会の第1の使命である。」と前文に記しています。
 さらに議員の活動原則第3条では「議員は、議会が言論の府であること及び合議制の機関であることを十分に認識し、議員相互間の自由な討議の推進を重んじなければならない」と記述しています。

 しかし、この様な動きがある一方で地方議員の言動を巡り、その適法性の是非が、判例判断等の裁判を通して論議されている現状もあります。
 その一例として、平成12年8月25日大阪高等裁判所第1民事部へ、この問題ついて意見書を提出した 松阪大学大学院政策科学研究科の教授 法学博士の皆川治廣氏の見解を紹介します。以下の様に言及しています。
 「議員の言論の自由は最大限に尊重されるべきこと、戒告が最も軽い処分であるからと言って、懲罰事由該当性を安易に認めてはならない旨を指摘する」としています。
 また、「戒告は、議会広報誌(議会だより)への掲載のみならず、事案如何によってはマスメデアの報道対象となり得ることなのだから、違法・不当な戒告が行われた場合には、議員としての名誉・信用など、人格権に対して重大な影響・侵害を及ぼすことは否定できない」と指摘しています。
 さらに「裁量権の逸脱・濫用」の項目では、「特に昨今は地方議会の政党化現象が進んでいる。この現象は積極的に評価できる面もある。しかし、他方ではイデオロギーの対立による議会混乱、数の力によって多数派議員が少数派議員への圧力をかけるといった実態・弊害も見られることは事実である。政党間の思惑や利害の対立により、報復・抑圧を目的とした動議としたり(これは目的違反・動議違反ですが)、あるいは懲罰の理由とされた事実以外の事実を不当・過大に考慮・斟酌するなど、懲罰の恣意的決議が行われる危険性は否定出来ない」と強く警告しています。

 そして「表現の自由に対する不当な制約」の項目では、「地方議会の議員に関しては、一般市民法秩序における名誉の保護、私生活の自由をそのまま持ち出すことは出来ない。何故なら公的存在者たる議員の集合体である地方議会にあたっては、政治活動に対する批判や論評を行うと言った言論の自由が、最大限保障されなければないからである。」といしています。
 最後のまとめでは、「言われなき嫌疑により戒告を受けた場合であっても、地方議会の自律権・裁量権の問題であるとの理由で、これを当然受任せよとの論理は到底是認しがたい。」としています。

この様に、複数の有力な中央政党の理念や綱領の共通性や、地方議会の憲法である「議会基本条例」の主旨でも、また法的な判断においても、地方議員の発言は最大限保障されるべきものであり、その発言に異論がある場合は相互に議会の論議を尽くして「万機公論に決す」ことであり、その舞台こそが民主主義の学校である地方自治の原点に他なりません。

従って、本決議案は、到底市民を納得させるだけの合理的理由は存在しないと判断せざるを得ません。

最後に18世紀フランスの哲学者ヴォルテールの「民主主義の原点」とされる言葉があります。今日もこの考え方は広く認知されています。
「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命を懸けて守る」
 人間の考え方は多様であり、その多様性こそが民主主義の価値を担保します。
 自分達にとって都合の悪い表現、自分が嫌いな表現の存在を認めて初めて「表現の自由」と言えます。

 以上このことを強く主張して、反対討論を終わります。