メルマガ♯がんばろう、日本!         №235(18.3.1)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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Index 

□まっとうな働き方ができる、まっとうな政治を

安倍政治―立憲的独裁に抗して、立憲民主主義を具現化する糸口へ

●安倍政治の検証から、立憲民主主義を具現化する糸口へ

●「働いた分の給与は払ってほしい、残業させるなら残業代は払ってほしい」

 まっとうな働き方を!

□「囲む会」のご案内

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まっとうな働き方ができる、まっとうな政治を

安倍政治―立憲的独裁に抗して、立憲民主主義を具現化する糸口へ

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●安倍政治の検証から、立憲民主主義を具現化する糸口へ

 今国会で安倍首相が改憲とともに前面に掲げる「働き方改革」、その柱である裁量労働制をめぐってとんでもないことになっている。法案の前提・根拠とされるはずのデータがまるでデタラメ、さらに「なくなった」とされていたデータの元である調査票原本が、厚労省の倉庫から段ボール32箱分、野党によって「発見」された。第一次安倍内閣(07年)の「消えた年金」問題を彷彿とさせるような事態ともいえる。

 ここには、安倍政治の検証に関わる二つの論点があるといえる。ひとつは「安倍一強」の下での政策プロセスの問題。もうひとつは、首相が働き方改革を「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」と称するように、憲法実現法律(*)ともいうべき労働法制の改正をめぐって、立憲民主主義を支える意思を暮らしの現場でどう作り出していくか、という問題だろう。(*「『憲法』とは、憲法典だけでなく、憲法典に散りばめられた理念をより豊かなものにしていく憲法実現法律も含むわけです。政治は、『憲法』に縛られつつも、『憲法』を充実していく責務を負っていることになります」山本龍彦・慶應大学教授 7面参照)

 論点のひとつ、政策プロセスについて。

 上西充子・法政大学教授は、安倍政権の労働政策は「労政審(有識者、労使の三者で構成)ではなく、労働側が加わらない官邸の会議など、官邸主導で進められることが目立つ。裁量労働制の対象拡大や『残業代ゼロ制度(高度プロフェッショナル制度)』もこの手法で法案化された。このやり方を労働側は再三批判してきた」と、官邸主導の政策プロセスを問題視している。

 「安倍一強」の下での政策プロセスは、従来のような党や既存の審議会の議論を経ることなく、首相の意向を受けて官邸主導で進められるようになった。消費税の使途変更、教育無償化、出国税、企業拠出金など最近の目玉政策は、押しなべて官邸主導の決定である。

 首相の意向で政策が決まり、国会では野党の質問にまともに答えず、時間が経てば「審議は尽くした」として数の力で押し切る。あたかも「選挙で勝ったのだから、『期限付き独裁』だ」とでもいうような政策プロセスは、民主的というにはほど遠い。

 代議制民主主義の下、国民の声は選挙で選出された議員を通じて国会に届けられる。国民の声を代弁する野党議員の質問には答えず、国民を代表するはずの与党議員もただの頭数にしてしまえば、代議制民主主義はますます機能不全に陥る。(議院内閣制においては、野党は主に国会審議を通じて、与党は主に政府・与党が一体化した政策形成プロセスを通じて、国民の声を代表する。)

 さらに安倍政権の下では、政府税制調査会、中央教育審議会、社会保障審議会なども形骸化している。「隠れみの」「官僚の振り付けどおり」と批判されることもある審議会だが、時の政権に批判的な委員も含まれ、一応国民を代表する形となっている。ところが今やこれに代わり、首相直属の有識者会議が問題ごとに組織され、短期間議論し報告書を作成する。

 「今回の最大の問題は、官邸の産業競争力会議という厚生労働大臣も正規メンバーではなく、労働者も入ってないところで、裁量労働制の拡大を決めて閣議決定でおろしてきた。そのひずみがデータ問題等の現実無視のものとして噴出している」と長妻議員は指摘している。

 「選挙で勝ったのだから、『期限付き独裁』だ」とでもいうような官邸主導の行きすぎは、容易に行政権の私物化に結びつく。国有地、補助金、許認可、特区などをめぐる「お友達」案件の疑惑の数々、それに伴う公文書管理や情報公開といった、民主主義のインフラの毀損の数々。

 「安倍一強」の下で進みつつあるのは、立憲的ではあるが独裁的な政治であり、「議論による統治」「議論を通じた合意形成」をすっ飛ばした「決められる政治」にほかならない。

 「(1930年代に提唱された「立憲独裁」という概念は)『デモクラシー』とはかけ離れたもので、『「立憲デモクラシー』ではありませんでした。『立憲的独裁』は、政党政治から、(行政権に直結する少数の)専門家による国家支配への移行を目指す考え方です(引用者/軍部支配も専門家支配の一形態)。明治憲法を変えることは事実上できないので、明治憲法の枠の中で政治のあり方を変える手段でした」(三谷太一郎 1/22毎日)

 「日本の権力形態は今後、『立憲的独裁』、つまり『専門家支配』に進むのではないかと危惧しています。~中略~『議論による統治』、言い換えれば『立憲デモクラシー』の原点にもどる必要があるでしょう」(同前)

 安倍政治の検証を通じて、「立憲的独裁」に替わる「議論による統治」としての立憲デモクラシーを具現化していく糸口へと、どう転じていくか。ここが問われている。安倍政治を「反立憲」「立憲的独裁」と批判するだけでは、立憲民主主義を支える意思は生み出されない。

 「立憲主義という言葉が登場するのは、大正デモクラシーの時期、薩長藩閥政治との関係の第一次護憲運動です。その時は明治憲法ですから天皇主権。戦後は国民主権ですから、立憲主義も『憲法で権力をしばる』のみならず、『主権者国民が権力を構成する』と。ここが分かっていないと、立憲民主主義は分からない。単なる反権力になってしまうわけです」(戸田代表 11-12面)

 「憲法というのは、憲法制定者が憲法典を作ったらそれで完成ではない。重要なのは、憲法典というフレームワークの上に、どのような憲法秩序を建築するか、です。政治は、あるいは民主主義は、憲法典のフレームワークに制約されながらも、憲法を積極的に建築するものです。そこに、立憲『民主主義』の意味があると私は考えます。憲法に制約された民主主義というのは『立憲民主主義』の一面的な理解でしかない。より豊かな憲法秩序を積極的に『建築』することも、『立憲民主主義』の重要な要素ではないでしょうか」(山本教授 前出)

●「働いた分の給与は払ってほしい、残業させるなら残業代は払ってほしい」

 まっとうな働き方を!

 労働基準法は第1条で「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」としている。憲法的価値を実現するための憲法実現法律と位置づけられるだろう。同時に労働者と資本の関係には圧倒的な非対称性がある(対等ではありえない)ため、労働三権の保障をはじめとして、さまざまな労働者保護が制度化されている(少なくとも形のうえでは)。この労働者保護の「岩盤規制にドリルで穴を開け」ようというのが、今回の裁量労働制の拡大にほかならない。

 裁量労働制とは、実労働時間ではなく「みなし労働時間」で時間管理をする制度で、「みなし労働時間」が8時間なら、実際には9時間働こうが10時間働こうが8時間分の賃金しか支払われない。本来であれば、8時間を超える労働には残業代の支払いが必要であり、なおかつ労使協定(三六協定)の範囲内での残業しか認められない。しかし裁量労働制では、実際に労働者が何時間働いても「みなし労働時間」に対する賃金だけ払えばよい。「定額働かせ放題」「残業代ゼロ円」といわれる所以だ。

 これまで対象職種は厳格に絞り、かつ手続きを必要とすることで、その拡大を抑制してきたが、その対象を拡大しようするのが今回の法案。どの程度の労働者が対象となりうるのか、政府は具体的に示していないが、いったん法改正が行われれば、裁量労働制が際限なく拡大してしまう可能性がある。山井議員の質問主意書への答弁書によれば、正社員だけでなく、契約社員などの有期契約労働者にも適用することが可能で、最低賃金で働く労働者にも適用可能とされている。

 裁量労働制といっても、そもそも働く側に業務量についての裁量はない。使用者側はめいっぱい仕事を与えて、9時間かかろうが10時間かかろうが、「あとはご自由に」ということにすぎない。自分で業務を裁量できる職位や職種ならともかく、業務量について裁量権のない普通の労働者にとっては、ブラック労働が合法化されるに等しい。

 月百時間まで(過労死ライン!)という時間外労働の上限規制の一方で、裁量労働制の実労働時間は上限規制の対象外なので、むしろ上限規制の抜け穴が拡大されかねない。このように裁量労働制の拡大は、憲法―労働法制を大きく揺るがすことになる。

 これに対して「働いた分の給与は払ってほしい、残業させるなら残業代は払ってほしい」というのは、至極まっとうな要求だ。自己責任論が蔓延する世間のなかで、これをどのようにして多くの人の当たり前の声にしていくか。

 自己責任論は、将来不安のなかで誰かを他者化してバッシングすることで蔓延してきたといえるだろう。欧米では主にネオ・ナショナリズムとして現れる「不安」は、日本では「弱者」に「自己責任論」を投げつける形をとることが多いのではないか。こうしたなかで社会活動家の湯浅誠氏は、子どもの貧困は自己責任論を乗り越えられると言う。選択・責任を問うことができない子どもの貧困からは、自己責任論を乗り越える糸口が見えてくる可能性があると。

 そのひそみにならうなら、選択の余地のない労働者を拡大する裁量労働制の拡大は、これまで雇用形態によって分断されていた働く側が、「働いた分の給与は払ってほしい、残業させるなら残業代は払ってほしい」というまっとうな要求を共有する糸口ともなりうるのではないか。それはまた、われわれの民主主義が共通の参照点としうる憲法秩序を、暮らしの現場で具体的に獲得することでもある。ここにも、立憲民主主義を支える意思をつくりだそう。

(「日本再生」466号一面より)

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東京・戸田代表を囲む会

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いずれも

会場 「がんばろう、日本!」国民協議会 事務所(市ヶ谷)

会費 同人 1000円  購読会員 2000円 

 

□第185回 東京・戸田代表を囲む会

 「今国会の論戦と『安倍政治』の検証」(仮)

 3月13日(火) 午後6時45分から

 ゲストスピーカー 小川淳也・衆議院議員(希望の党)

□第186回 東京・戸田代表を囲む会

 「立憲民主主義と地方自治・住民自治」(仮)

 3月24日(土) 正午(12時)から

 ゲストスピーカー 松本武洋・和光市長

□第187回 東京・戸田代表を囲む会

 「米朝戦争の危機と日本の針路」(仮)

 4月9日(月) 午後6時45分から

 ゲストスピーカー 柳澤協二・元内閣官房副長官補


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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