メルマガ♯がんばろう、日本!         №246(19.1.30)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

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Index 

□『2020後』を生き延びる自治の力を

~第九回大会を受けて、統一地方選にむけて

●立憲民主主義の社会関係資本をどうつくるか

●〝面倒くささ〟に向き合って合意形成する手ごたえを、どう手にしていくか 

□囲む会 シンポジウム(外交・安保)のご案内

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□『2020後』を生き延びる自治の力を

第九回大会を受けて、統一地方選にむけて

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●立憲民主主義の社会関係資本をどうつくるか 

 1月6日、「がんばろう、日本!」国民協議会第九回大会を開催。第八回大会から約三年半ぶりの開催となる。この間の国内外での「多数決民主主義」やポピュリズムの台頭などのいわゆる「民主主義の危機」は、ある人々には「あきらめ」や無力感を与えたかもしれないが、ある人々にとっては「民主主義のイノベーション」に向けた課題やチャンスを明らかにする契機となっている。

 こうした主体状況からさらに前へ踏み出すべく、第九回大会は開催された。記念シンポジウムのタイトルは「『2020後』にむけて 立憲デモクラシー(議論による統治)か、立憲的独裁か~国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ」。

 第一部は講演&問題提起。吉田徹・北海道大学教授からは、「『民主主義の〈赤字〉』をいかに解消するのか~民主政治のイノヴェーションに向けて~」とのタイトルで、民主主義の劣化の要因とともに、イノベーションに向けた課題として「〈代表〉の新たな経路をつくる」こと、とりわけ自治の領域において、「自治能力の『選出』ではなく、能力の形成を可能にする制度設計」にむけて、民主主義の赤字=自治の空洞化をむしろ奇貨として捉えることが提起された。

 諸富徹・京都大学教授からは、「人口減少時代の都市経営と住民自治」とのタイトルで、人口減少時代にまちを自ら「経営」していくという、自治体にとっても市民にとってもチャレンジングかつイノベーティブな方向性が提起された。ドイツのシュタットベルケにならった日本版シュタットベルケによるエネルギー自治の試みや、熱海市における財政危機から再生への取り組みなど、人口減少時代を危機としてではなく、むしろ自治の新たなチャンスととらえる実例に基づく提起は、自治の当事者性を涵養するうえでも実践的な示唆に満ちていた。

 第二部は、吉田先生、諸富先生に加えて、廣瀬克哉・法政大学教授、山本龍彦・慶應大学教授、松本武洋・和光市長によるパネルディスカッション。AIと民主主義・自治、水道民営化と自治、熟議民主主義と議会、地域経営と自治など、パネラーの間で多様な論点、切り口が交わされていく議論は、さながら迫力に満ちたラリーのようだった。

 多岐にわたる論点に通底しているのは、「選挙で勝てば何を決めてもいい」という「多数決民主主義」に替わる民主主義のイノベーションとは、立憲民主主義を支える社会関係資本をいかに作り出し、不断に豊かなものにしていくか、ということであり、そこにおいては自治、とりわけ住民自治の当事者性を涵養していく観点が不可欠だということだ。

 この観点に立てば「平成デモクラシー」の総括は、「決められる政治」をより民主的にコントロールするべく国民主権で統治機構を作りこんでいくプロセスへ、ということになる。反対にこの観点が抜ければ、「平成デモクラシー」の総括は、「『安倍一強』の弊害」云々という話に留まる。「『2020後』を生き延びる自治の力」がどちらから始まるかは、明らかだろう。

 立憲民主主義の社会関係資本をどう作り、どう発展させていくか。ここから選挙や議会改革、地域経営、まちづくりなど、自治の領域の諸問題、課題を共有していこう。

●〝面倒くささ〟に向き合って合意形成する手ごたえを、どう手にしていくか 

「2020後」という問題設定は、依存と分配の民主主義、消費者民主主義の破局にどう備えるか、ということを意味している。そこでなによりも問われるのは、自治の当事者性にほかならない。

「2020後」は、ある日突然訪れる危機ではない。すでに課題は見えている。その「不都合な真実」に向き合って、どう準備するかが問われている。それを当事者性で考える自治の力が決定的なのだ。それが抜ければ「危機だから『決められる政治』だ」という立憲独裁になる。人口減少→厳しい決断が迫られるという発想は、「痛みを伴う改革」から通底したものだ。

第九回大会での「2019年統一地方選にむけたよびかけ」(別紙「付録」参照)は、以下のように提起している。【以下、引用】

人口減少時代には、これまでの拡大基調から縮小・減退基調への転換が問われることは、言うまでもありません。「あれも、これも」から「あれか、これか」、「何をあきらめるか」と言われる所以です。

 問題は、この転換を経済合理性や効率、選択と集中などの「市場の論理」「行財政改革の論理」で行うのか、それとも「民主主義」「自治」の論理で行うのか。この価値軸を持ちたいと思います。

 少なくない人々が、地域の持続可能性に漠然とした不安を持ちつつあるなかで提起されるべき議論は、経済合理性からの「あれか、これか」ではなく、何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増という選択肢も選ぶのか、というような議論でしょう。

 こうした議論を提起し、市民に開かれた議論を展開することこそ、議会の重要な役割だと考えます。【引用終わり】

 「何を切るか」を効率的に決めるのなら、選挙で勝ったほうに決定を〝お任せ〟する多数決民主主義でいいだろう。立場や利害の違いも「数の力」で決着をつければよい。だがその先にあるのは「貧すれば鈍する」とも言うべき政策の劣化であり、それは生活や経済の劣化として市民、国民にブーメランのように返ってくる(返って来つつある)。

 何のために何をカットするのか、絶対に譲れない領域は何か、あるいは何を守るためには負担増という選択肢も選ぶのか、という議論は手間のかかる面倒なものだが、小さなことからでも、その〝面倒くささ〟に向き合って合意形成―自己決定する手ごたえを、どう手にしていくか。2019統一地方選は、「『2020後』を生き延びる自治の力」を準備していく、そのギリギリのところで行われるといえる。

 第九回大会での、いわゆる水道民営化をめぐる議論を例にみてみよう。【以下、引用】

廣瀬 (国会での議論は)「水道料金がどんどん上がるぞ」という話の一方で、「水がなくては暮らしていけない、そういうものを営利企業に明け渡していいのか」という話と、「いや、これでやるしかないんだ」という「魔法の杖に頼るしかない」みたいな話とが、議論の土俵が成り立たないところで進んでしまっている、というふうに見ていました。

 この状況に対して、こうすればいいという処方箋を書けるかと言われると、それはかなり難しい話だと思います。ただあの法律は国の法律として通りましたが、実際に水道事業を営んでいるのは地方自治体ですから、その自治体がこれからどう判断していくのか。たとえばどういう形で民間企業を水道事業に入れるのかについても、いろいろな判断、選択がありうるわけです。また自治体の思い通りに制度設計ができるわけではなくて、入札の仕組みをはじめ、さまざまな点で制約がかかる。たとえばTPPのルールの中でいったん民営化した場合、どういう制約がかかるのかとか。そういうことをきちんと議会で問題提起していただいて、納得のいく形で議論する。

 納得がいくというのは、みんなが諸手を挙げて賛成という意味ではなくて、おそらく都合の悪いことをいくつも受け入れながら、場合によっては一定のエリアから水道事業が撤退することを含めて、覚悟を決めないといけないという選択を、いずれ迫られるのだろうと思います。その中で、何をあきらめて何を守るのかという選択肢について、意思決定ができるように議論を展開していただきたい。具体性を帯びれば帯びるほど、その議論はしやすいし、具体的な問題提起は地元の方がわかりやすいわけです。

 「こういう法律ができて、こういう方式で民営化できるようになったらどうなるんだ」という話は、国政レベルでは抽象度が高い。なおかつ、この法律が通ればうちの市の水道事業がこうなります、という話には直結していない。そういう意味では国会レベルでの意思決定というのは、具体的な生活レベルでの取捨選択という問題提起になりにくい、ということだと思います。

 しかし「わが市の水道事業の将来」となってくると、極端に言えば「この地区から水道事業が撤退しても、井戸の水質検査などを含めて考えてみると、いけるんじゃないか」「そうであればここから撤退する一方、残ったエリアについては一定の更新の投資は何とか担えるのではないか」とか、「いや別の選択をすべきじゃないか」とか、そういう具体例に直面しながら議論していくということを、ぜひやっていっていただきたい。そこからしか進まないかなと思います。

 これはいろいろなところでよく申し上げるんですが、マンションの管理組合の話でもあるわけです。マンションというのは、実は水道事業を含んでいるわけです。市町村の水道が来ているのは、マンションの入り口までです。そこから後、例えば屋上の給水タンクまでどうやってポンプアップするか、そこから各住戸に水を配っていく管がどうなっているか、共用部分も含めてどう維持管理し、費用負担していくかということは、実はマンションごとに自営しているわけです。

その経験を市全体に延長して投影しながら、具体的に意思決定をする。そういうマンションでの経験になぞらえながら、市民に説明をする。こういった力量を磨いていくことが、意味のある議論につながるのではないか。

 「何かにすがれば何とかしてもらえるんじゃないか」という選択は、本当の意味の選択ではありません。どこで思い切って負担をするのかなど、いろいろな選択がマンション単位でもあるだろうし、市の水道事業全体でもある。そういったことが実は地続きの問題なんだということを、具体論を通して訴えていくということ以外からは、なかなか解決策は出てこないのではないかと思っています。【引用終わり】

 「何を守るために、何をあきらめるのか」「絶対に譲れないものは何か」「何を守るためには負担増という選択肢も選ぶのか」といった議論は、多数決だけでは決められない複雑で手間のかかるものだ。その〝面倒くささ〟に向き合って、自分たちのことを自分たちで決める自治の手ごたえを手にしていくこと。それが立憲民主主義の社会関係資本にほかならない。そこから選挙に限定されない合意形成のプロセスを不断に「作りこんでいく」ことを始めよう。「『2020後』を生き延びる自治の力」を。

(「日本再生」477号一面より)

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□囲む会 シンポジウム(外交・安保)のご案内

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□第198回 東京・戸田代表を囲む会
「第九回大会を受けて」(仮)

戸田代表の提起と討議
2月9日(土)1300から1700 市ヶ谷事務所

□シンポジウム(外交・安全保障)

米中「戦略的競争」関係と東アジア・日本

~「自国第一主義」の広がり、新たな国際協調の再構築は可能か

日時 2019年4月14日(日) 1300から1700

場所 TKP飯田橋ビジネスセンター 3階 ホール3A

   (JR「飯田橋」東口 徒歩3分)

参加費 2000円

【問題提起とパネルディカッション】

中西寛・京都大学教授  川島真・東京大学教授

大庭三枝・東京理科大学教授  佐橋亮・神奈川大学教授  ほか 

【趣旨】

「自国第一主義」を掲げるトランプ政権、「一帯一路」「中国製造2025」などの挑戦的な目標を掲げる習近平政権。米中関係は「新冷戦」とも称される状態です。ただし、米ソ冷戦と大きく違うことは、今や米中は貿易はもとより金融、ハイテク技術まで相互の依存関係を深めていることです。対立をエスカレートさせる一方で、決定的になる前に「寸止め」する「適度な間合い」を探るための、〝海図のない〟プロセスともいえるでしょう。

こうした米中の「戦略的競争」関係が東アジアにもたらす〝波乱〟に、どう向き合うか。そのなかから、APECやASEANなどの〝資産〟を元に、新たな東アジアの国際協調を構築できるか。

また、米中の「戦略的競争」関係がもたらす〝波乱〟に対処するために、日本(外交、内政)にどういうことが問われるのか。それは、「2020後」の課題にも通じるものがあるのではないか。

こうした観点から議論をすすめたいと思います。


石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp