PDFファイル⇒19年5月天秤棒No63

選挙運動も非日常の活動としない
4月14日(日)越谷市議選の告示日、午前8時30分、越谷中央市民会館で、選挙管理委員会への立候補受け付けと選挙グッズの公布のため、40陣営が集まって来た。
私も選挙用街宣車に乗り込み、妻の運転で午前8時10分過ぎには、市役所の駐車場に到着し、市民会館に向かったが、すでに多くの選挙関係者が着席していた。
開始前に、選管から本日の流れが説明されたのち、いよいよ受付開始。
まず、受けつけ順番を決定するのだが、そのための抽選の抽選から始まる。さらにその順番は会場到着時に記載した名簿順となっていた。
四角い木箱に番号入りの割り箸の様なものが束で入っていて、名前を呼ばれて歩いて一人一人その箱をガラガラと揺らし、1本を引き抜く。(おみくじを引く要領と同じ)
私は抽選の抽選には、何と1番を引き当てたが、(会場からは、歓声が上がった)次の本抽選は22番となった。
この22番が市内500か所を超える公営掲示板へのポスター貼付の番号となるので、直ぐに事務所で待機しているポスター貼り部隊にラインで連絡した。
また、駐車している街宣車の看板は、昨日から見えない様に幕を張っており、この幕を取り除くようにも連絡した。
更に、受付書類を提出し、承認を選管から貰う。(最も、提出書類は、すでに事前審査を受けており、封印したものを提出したので、添付の用紙漏れや記載の間違いはないのだが)
そして、所謂選挙の7つ道具が公布された。(街宣車用の許可書、幟、車上運動員用の腕章等、時々市民の方から提灯も公布されますか、との質問も受けるが、提灯は公布されない)
その中には今回から、選挙期間中に配布出来る法定ビラに貼付する証紙4000枚があり、その枚数の確認も求められた。(不思議かもしれないが、市議候補者はこれまで、選挙期間中は一切公約やマニフェストのチラシ配布は出来ない様に公選法で禁止されていた。国会議員や市長には許可されているのも拘わらず。そのため、私を始め全国のローカルマニフェスト推進地方議員連盟は、政府や与野党の国会議員に法改正の運動を10年近く続け、今回の選挙からやっと配布が可能となった)
全ての選挙グッズの確認が終わった段階で、受け取り用紙にサインをするのだが、21日の夜の開票作業をする越谷市総合体育館の入場券もあり、これがないと会場には入れないのか等あれこれ質問を2人(若い人と年配の人)の選管の係りの人にした。
回答は特に年配の男性からは的確ではなかったが、(こちらがこれはこう使うんですね、と質問して、そうですと答えるため)、受け取り用紙には、立候補者本人と代理人の2項目が空白となっており、そこにサインをする。(当然だが、本人である私のサインだけをした)
ところが、係りの年配の男性から、はい代理人の方は、更に署名して下さい、と指摘されたので、少し躊躇していたら、若い人が年配の男性に目配せをしてバツが悪そうな顔で、小さな声で、「本人、本人」と話し掛けた。
すると、ニタニタした様な表情のまま無言で対応していたが、最初にご本人ですか、と尋ねておけば何の問題もなくスムースに行けたはずだ。
そして会場から、越谷市役所駐車場に駐車している街宣車に向かった。
午前9時30分頃、越谷市役所前の公営掲示板には、私のポスターが貼付されおり、この時点ではまだ数人の候補者のポスターしか貼付されてはおらず、ポスター貼付の運動員の方にいきなり励まして頂いた気分になった。
すでに、私の街宣車の幕はほぼ剥がされており、回りの他の街宣車でも次々に作業が終わり、
例の大きな声でウグイス嬢の「ただ今、市会議員候補○○は、立候補の受けつけを済ませ、皆様に立候補のご挨拶に参りました」等と同種のアナウンスで走行していた。
 私の街宣車も駐車場を出て、居住している地元の東都自治会に向かう。
 しかし、前回の選挙と同様に今回も走行中のマイクやスピーカーの使用はしないため、全く無音のまま走行した。(当然ご批判もあるが)
勿論、これまで5回の選挙では名前の連呼も一切して来なかった。
 ただ、地元の東都自治会だけは例外中の例外で、立候補のご挨拶と選挙期間中のご協力の呼びかけだけは、私がマイクを握り周辺をゆっくり、隈なく走行した。

出陣式には、間に合わないポスター貼りのチームも
 午後4時からは、選挙事務所で出陣式が開始されるため、午後3時30分頃には事務所で待機となったが、次々とポスター貼り部隊の市民が作業を終了して事務所で休んで頂いていた。
 12組が市内500か所を超える掲示板に1枚1枚貼付をするため、中には選挙前に2回も現地を確認した上で本番を迎えたチームは、12時前には貼付を終了したとの報告も話題となっていた。
勿論市内全域の広範囲に及ぶ貼付作業のため午後4時過ぎても事務所に戻れないチームもいたが。
 また、私の番号である22番の場所に他の候補者のポスターが貼付されていたり、逆に他者の場所に貼っていたり、貼り忘れのポスターが散見されたのだが、何とか作業は告示日に終了した。
午後4時、出陣式が始まったが来賓に、根本崇前千葉県野田市長、井出大喜草加市議、演出家の内藤裕子さんが駆けつけて頂いた。

4年前から、カンパ袋を用意していた 
この日、大袋駅を利用して通勤していた、中年の女性が事務所に来所された。
実は4年前に会社を退社したため、朝の駅利用をしなくなったが、その当時からカンパをしようと思ってバックに持参していたが、渡す機会を無くしていた。夫は現在でも大袋駅を通勤で利用しており、私から市政レポートを受け取り、良く見せて貰っていた。そのため毎年カンパをしようとこれまで3枚ののし袋を用意してバックで持ち歩いていたが、今回持参したとの事。
この女性は、前日の13日に事務所に尋ねて来て頂き、上記の話しをされたのだが、のし袋をバックの中から取り出そうとされたが、この日は見つからなかった。
そのため、告示日に再度来所され、違うバックに入っていたと、励ましの言葉が記載されたのし袋入りのカンパを頂いた。
この様な市民の方に支えられている事を痛感しただけに、これに応えるための選挙活動に全力を投入する気持ちが湧きあがって来た。
その後、再び地元の東都自治会を街宣車で走行し、立候補のご挨拶と無事出陣式を終えた事の報告とともに、これから1週間の選挙運動へのご協力とご尽力を呼びかけた。
午後6時過ぎから、せんげん台駅東口で、街頭演説の第一声を発し、選挙はゴールではなく、公約実現のためのスタートである、と強調。
演説を午後8時に終了して、選挙1日目の街宣活動を終了した。     (4月14日)