PDFファイル⇒20年7月天秤棒no82号

1駅に対して月に2回のペースで、市政レポートや各種イベントの案内チラシと共に、「日本再生」の一面の記事を掲載したチラシを配布しています。
チラシの種類は2種類から3種類となっていますが、6駅を一順すると大よそ1000人の市民にチラシを手渡ししています。
 県外への行政調査や天候不良や体調不良、また議会質問の準備等で中止する事はありますが、16年間の駅立ちはすでに駅前の風景となっています。
 この活動は、自民党や立憲民主党の衆議院議員にも影響を与えたらしく、同じように連日の駅立ちが取り組まれています。そのため駅立ちが重ならないように、1か月の駅立ちの日程表を送付して頂き、駅を選びながらの活動となっ
ています。16年間ですので、当時小学生だった子どもが成人し、大学を出て、就職して通勤時に出会うとか、サラリーマンの現役から引退した市民に出会うとか、市外に居住する市民など、地域も年齢も職種も性別も実に多様な市民と馴染みになっています。
 おはようございます。ご苦労さまです、との挨拶はもちろんの事、ペットボトルやパンや果物の差し入れ、里帰りや旅行でのお土産、バレンタンデーのチョコレートやケーキなどの差し入れをいただきます。毎回使用する飲料水は買ったことがないほどです。
 またカンパ箱を設置していますが、全駅でカンパを頂く市民が各駅におられ、中には定期的に駅立ち毎にカンパを頂く市民もおられます。
 社会で問題となっているテーマや選挙の投票先、さまざまな陳情なども折りに触れて話し掛けられることもあります。(陳情されたテーマは、例え実現しなくても実情をお伝えし、何故実現しないのか、また実現する場合はその日程、手続き等を必ずお話しするようにしています。)同時に、罵倒しながら通り過ぎる市民や、邪魔だ、邪魔だと怒鳴りながら改札に向かう市民、通勤の妨害になるから止めろ、と言って来る市民もおられます。
 このような駅立ちでの市民との出会いを通じて、何気なく通り過ぎる駅前の風景や時代や社会が大きく変化することに伴って、市民のくらしや政治、時には命に係る事など、日々のくらしを通した息遣いを私の視点で取り上げた市政レポートが「一心太助の天秤棒 駅頭は小さなドラマの連続だ」です。これも現在76号まで発行し、駅立ちで配布しています。
 毎日午前4時すぎには起床して活動を開始、終了して帰宅するのが午前9時過ぎで、それから朝食を取る毎日です。時には午前10時から議会や会議に出席するため、移動する車の中でお握りをつまむこともあります。
また冬には自宅を出る時間は、辺りは真っ暗で身を切る様な寒さに耐えることや、真夏の猛烈な暑さに汗を
吹き出しながらの日々もあります。
このような毎日の活動を肉体的にも精神的にも支え続け、また通勤時の市民との僅かな会話や出会いを時代の変化の中で、どのように受け止め、また発信して行くのか、決してプラスの反応だけでなく、マイナスの反応にも時代の影響があるため、(むしろ近年では、このマイナスに反応する市民とどの様に会話を続けるのか、相手に迎合せず、しかし理念を曲げずに納得してもらえるのか、合意形成の実践の場として臨むようにしています)注意深く感じとる感性が必要であり、ここにも「日本再生」から読み解かれるポイントのキーワードや論旨が毎号掲載されています。
 演説の組み立てや言葉やアピールの視点にも十分生かされているのは当然のことで、朝の通勤時間帯の僅かな瞬間でも、市民にとって気にかかるものがあるようで、現役を引退した高齢者と地域のお祭り等でお話する機会には、良く駅立ちの様子や演説内容が印象に残っていた、との反応もあります。
 
新たな社会関係資本の形成による自治の基盤整備のために
昨年4月の越谷市会議員選挙での投票率は、35・48%と過去最低となりましたが、私の得票は4143票となり、初当選以来5回の選挙で得票は選挙のたびに上乗せが続き、右肩上がりの結果となっています。
 高得票、高位当選の要因について、議員や市民の方から連日の駅立ちが大きな効果を及ぼしたのでは、と話して頂きます。
もちろん、この駅立ちが多くの市民の評価(プラスでもマイナスでも)を受けたのは事実だとは思いますが、ただ知名度を上げるために取り組んでいるわけではありませんし、選挙の当選が第一義的な目的でもありません。
 地元自治会の行事や地域でのさまざまなイベントにも、出来うる限り参加しています。
先般地元の早朝体操クラブが主催する年1回の定期バス旅行に参加した事が話題となった時、少なくない議員から、「へー白川さんが、バス旅行なんかに行くのですか」と驚きながら話し掛けられました。
 これは政策や理屈ばかりをアピールして駅立ちだけの活動だとの(善意なのでしょうが)評価でした。議員があらゆる機会を捉えて地域のイベントに顔を出し、個人宣伝をしている事の対極に駅立ちがある、との理解なのでしょう。
 しかし私が積極的に地域のイベント等に参加している目的は、市民が日常どのような生活実感や社会的問題に対する感覚を持っているかを知るために他なりません。
お祭りなどでのほろ酔い気分の市民との会話も、貴重な意識調査の機会ととらえています。
 どうしても議員は選挙を意識するあまり、市民を票としか見ない傾向が強いため、市民に迎合するか、支持者以外は無視することが多々あります。
市民を一主権者として、地域や社会全体の運営にその責任と役割を問うことを忌避してしまうのです。
市民に共同体の一員としての主権者に成長してもらうためには、まず議員自身に一主権者としての自覚と運動が必要とされます。
社会的問題や不条理に対して、当事者としての生き方や生きざまを持っているのか、と言う事にほかなりません。

「失われた30年」で、新たな格差と貧困が増々深刻化しました。
しかも地球環境危機が目前の大きな課題であり、資本主義の非物資化による転轍が必要とされる時代に私たちは生きています。
21世紀型の未来を私たちがどう構想し、実現していくか、それが地域の自治の中での実践として提起されています。新たな現実を創造するために、新たな地域社会を担う新たな担い手(社会関係資本の形成)を生み出して行く日々の持続的な取り組みが問われています。
 このような活動を目指して日々、小さな実践を繰り返して来ましたが、思い描く成果を築くことが出来ていないのも事実です。
何度試みても成果どころか、失敗の連続と時には孤立感に襲われることが少なくない20年間でした。
 それでも右往左往しながら、何とか持続的活動を担う事が出来ているのは、社会の不条理に対する怒りと憤りが私の生き方の根底にあり、その不条理を解決して行く道筋や光明が「日本再生」の紙面の中に見出せるからです。
 最後に「日本再生」が、政治活動、議会活動、市民運動(経済的活動を含めて)そして人生設計の指針であり、武器であることを改めて強調し、今後とも主権者運動を進めて行く構えであることを表明させて頂きます。