(H21.8.28)     「チーム白川」事務局

今回のタウンミーティングは8月30日の衆議院選挙の投票日直前であり、又越谷市長選の公募者公開審査結果も踏まえたタイミングでの日程だけに、①歴史的な衆議院選挙での主権者の判断基準(白川議員)、②市長選挙についての現場活動報告(「チーム白川」)という二つのテーマへの関心が高く、質問や意見が多く出たタウンミーティングでした。

最初に司会(今回の司会は浅子さん=「チーム白川」リーダーの一人)より、タウン案内送付にも同封された「衆議院選に望む私の視点」(白川秀嗣)の要旨説明がなされ、そこから今回のテーマに入っていきました。

★ 歴史的な衆議院選での主権者の判断基準――白川議員

今回の衆議院選挙で政権交代は間違いなく起こると思うが、(その中には「一度民主党に任せて見るか」という感覚の人もいらっしゃるかとも思うが)新しい時代の幕開けとして捉えていただきたい。

◎今回選挙の歴史的意義

■歴史的転換は15年間が勝負
・1853年・ペリー来航~68年・明治維新(15年間),1929年・世界恐慌~45年大東亜戦争敗北(16年間)等、歴史的に見ても在るポイントの事柄が起こり、その後の15・6年間の間に世界はがらりと変わっている。今回・2009年位からの15.6年間の間にエネルギー革命を伴う産業構造の転換がおきることは間違いない。

■明治維新は「流血コスト」が少ない政権交代
・歴史を紐解くと、今から150年前の幕末は権力の座にあった徳川幕府が従来の統治機構では国家支配を維持できなくなった状況である。明治維新は内戦になるが、欧米諸国の近代化に比べて驚くほど低い「流血コスト」で明治の国家の創出に成功した。今回自民党支配に終止符が打たれ民主党政権が成立したとしても、起きるのは政権交代であって、政体(国家の統治形態)の変化ではない。(政体とは明治元年・1868年から昭和20年・1845の敗戦までを『第一帝政』、戦後日本を『第一共和制』ととらえるようなマクロな視野での分野である))

■「開国か攘夷か」の背景には外国貿易の利益独占をめぐる幕府と西国雄藩(薩摩・長州)の熾烈な戦いがあった
・明治維新にいたるまでに幕府と有力大名との様々な共和政治めぐる「談合」があった。1860年井伊大老暗殺後、幕府は攘夷テロリズムの圧力の下、有力大名との「合議制」に歩み寄り1867年、兵庫開港をめぐって「談合」が開かれる。徳川慶喜・幕府側と西国雄藩(薩摩・長州)の利害対立に見られた幕末政治の争点は「開国か攘夷か」にあったが、その意味も現実に即して変化していった。
「開国」とは幕府による貿易利益の独占であり、膨大な既得権の独占に対して、薩摩をはじめとする雄藩は兵庫開港に反対する。(まさに権力交代の際にどちらかが外国貿易を担うのかの熾烈な戦いであった)西郷は雄藩連合さえ乗り越え、「共和政治か割拠か」という選択を指針とし、大政奉還に進んでいった。大政奉還とは朝廷に政権を返還するという権力の平和的移行ではなかった。
・まさに権力を手に入れようとする者は幕府の失敗に代わり、開国による世界市場への強制編入に伴う未曾有の政治的・経済的・社会的混乱を解決する責務を負っていた。まぎれもなくそれは今日でも同様のことであり民主党がこれに当たることになる。(確実に実行できるかは今のところ不透明)

◎ 政権選択・統治機構という点からみるとどうか

■「政権交代を伴う政治システム」の必要性は、明治から提唱され、大正・昭和に継承された
・日本で議会制の導入が考えられたのは今から145年前の1864年のことであり、福沢諭吉の「民情一新」(国会議員は『守旧』と『改進』の二大政党に分かれ、民意に従って4~5年に1回政権を交代するシステム)を著し、吉野作造が「民本主義」(第1に二大政党制、第2に普通選挙権、第3に格差の是正)を提唱している。その意味では140年にして初めて実現することになる。

◎ 政権交代は目的か手段か

■統治機構の変革を実現するためには、「政権交代」は目的である。
・総選挙は在る政党がその党派性に従って国家権力を運営することに承認を与えるという行為である。
総選挙はこの国民の承認をめぐる争いであり、それまでの政権政党がこの承認の獲得に失敗すれば政権交代が実現し、別の党派性に従った国家権力の運営が始まるということである。
・現在の政権交代論の背後に反官僚主義があることはまぎれもない事実であり、自民党が作ってきた仕組みをスクラップし、新しい政官関係をルール化しようとすれば、政と官との共同作業の場を政府内に限定し、新たな統治機構による国家運営を担う政府を作るという点では、政権交代は単なる手段ではなく目的になる。

◎ 政権運営のイメージ

■民主党は「内閣・与党の一元化」の政権運営
・自民党政治は行政府と立法府の分立を前提に内閣と与党の二元性を引いてきたが、一方民主党がマニフェストで言っているのは政策決定を「内閣・与党の下に一元化する」ということである。内閣と与党を並立的にとらえず、両者を同心円内に重ねあわせるという構想である、

◎ 民主党のマニフェストと自民党のマニフェストは具体的にどう違うのか

■民主党のバラまき批判に関して
・同じバラマキなら直接国民に渡すほうが良い:税金の流れが大きく違う事、自民党は様々な団体を通じてお金を国民に配ってきたが、民主党は直接国民に届ける点が全く違う。

■財源問題の呪縛から脱皮しよう
・「財源を伴う」という点で、自民党のイメージは従来ある予算の山からすこしずつ削っていって新たな政策に回すということになるが、民主党のイメージは「削る」ではなく「組み替える」ということ。政策ごとに優先順位をつけ緊急性の低い政策は従来の実績とは関係なく翌年へ。収入と支出の枠組みそのものを変えていくということ。さらに政権交代後の4年は浪費のシステム(無駄遣い)を徹底的になくし、その後消費税を始め、国民への負担をせざるを得ない場合、国政政選挙で民意を問うことになる。

★ 質疑応答及びまとめ
・民主党は政権交代したら高速道路の無料化等本当にやるのか等を心配する向きもあるが、マニフェストに書かれたことを実行する、これが国民との約束ということだ。政権交代で何もかもハッピーになるというおめでたい話ではないことは有権者は百も承知だ。民主党に投票するという人の80%が「選挙情勢によって投票先を帰ることはない」(8/27朝日)という意思の固さを見せている。まさに風ではなく民主政の深いところで地殻変動が起こっているということだ。
・国と地方との関係で言えば、政権交代でより地方分権ということが見えやすくなる。自治体政治では地方の課題ということも国との政策転換との兼ね合いで語られるようになり、ローカルマニフェストの検証や改善としてPDCAサイクルが当たり前になって行かなければならない。

★ 市長選挙等についての現場活動報告
――「チーム白川」
・2月以来の5回に亘る市民セミナーの開催、市民マニフェストの作成、公募運動における13地区の説明会の開催、さらに8月8日の公開公募審査会までの経過が述べられ、審査の結果として応募された両氏とも「語る会」としての推薦が行われなかったこと、市民報告会が中止となり書面による審査結果の報告に変更されたという報告がありました。活動が進展できなくなった結果を踏まえ、これまでの反省にたって、これからの活動を組み立てる必要があると考えています。

次回タウンミーティング
9月26日(土)午後2時から
白川秀嗣事務所 です。

ふるってご参加下さい。