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□地域再生、日本再生の主体変数は「自治分権」

主権在民の切り口から、依存と分配の全てを生活仕分けしよう

□「囲む会」のご案内

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地域再生、日本再生の主体変数は「自治分権」

主権在民の切り口から、依存と分配の全てを生活仕分けしよう

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【依存と分配にもどすのではなく、自治の力で地域再生、日本再生を】

「3・11は、これまでの『当たり前』をすべて破壊した。でも3・11以前の『当たり前』は、正しい『当たり前』だったんだべかって、百日経った今では思うんです。私たちは3・11以前に戻すんじゃなくて、もっと前に進まないといけない」。津波で工場も住居も失いながら、復興にむけて歩みだした被災企業家の言葉である。

東日本大震災は「千年に一度」といわれるほどの大地震と津波、さらには原子力発電所の事故という、未曾有の危機の連鎖であった。政府や自治体の機能が麻痺する事態は、避けて通れない。この時に、自ら治める―自治の力がよみがえるのかどうか、これが本質問題である。

「人は一人では生きていけません。お互いに支え、助け合って生きていくしかありません。大きな問題を抱えた時、人が人とつながって、一緒に乗り越えていかなければなりません。社会は、相互扶助によって成り立っていたのです。いいことだけでなく、苦しく困難なことも分かち合ってきたのです。被災地の人たちを見て、多くの人が忘れかけていた人間が持つ本質に気付いたのです」

高度成長やバブル経済の下でこびりついたアカ(依存と分配の社会・人間形成)が、大震災でバサッと剥げ落ちたのか、それともそのアカが本性として露呈したのか。震災後はこの本質問題がきれいに現れた。どんな立派な復興プランも、依存と分配の基礎のうえでは砂上の楼閣と化すしかない。

国民の多くは、支えあおうとした。政府や東電の批判は、後からいくらでもできる。今は被災地のためにやれることを、みんなでやろうと。不信任騒動に見られるように、依存と分配の世界しか見えない永田町は完全に圏外となった。国会の仕事は「首相はけしからん、政府はけしからん」ということではなく、立法機関として被災地に必要な法律をつくり、改正することであるはずだ。海外の報道も、「日本は国民は一流(超一流ではないが)、官僚機構は三流、政治は四流以下」と報じるようになった。

あるいは、大震災によって「活動の自粛」という選挙しかできなかった政党、政治家と、しっかりと四年間の評価や政策を訴え、有権者に選択肢を提示する選挙を、むしろこれまで以上に展開した政治家と。永田町に従属した地方選挙―依存と分配なのか、自治分権の自治体選挙なのかという違いは、如実に可視化された(『日本再生』386号、関西政経セミナー、松本・和光市長講演、6・21囲む会、「一灯照隅」など参照)。

 公共事業や補助金頼みだけが、依存と分配ではない。福島第一原発が立地する双葉町は、原発建設にともなう多大な財政支援に依存してきた。議会決議で七基目、八基目の原発建設を要請したように、誰が何に依存してきたのか、目に見える。

一方で首都圏自治体、住民は、原発立地のための費用を電力料金に上乗せして払いながら、電気がどこでどう作られているのか、(消費者としてさえ)考えもせずにジャブジャブ使い続けてきた。もしも原発が近所に出来るとなれば反対するが、どこか遠くにあるんだし、電力供給は誰かがどこかで解決してくれるだろうと。こうした首都圏の依存の土台をゆるがしたのが計画停電であり、この夏の節電対策である。

この依存(お任せ)は構造的なものである。電力供給をどうするかといった問題は、自然エネルギーも含めたエネルギーシフトをどうするか、それにふさわしい新しいインフラ(スマートグリッドなど)をどうするか等の体系的な戦略が必要であり、何よりも中央集権、地域独占といった現状のシステムの転換(依存と分配からの脱却)が不可欠となる。依存と分配の基礎、その社会・人間形成を残したまま、そこに新しい政策の理屈を接木すればいい、というものではない。

依存と分配の基礎のうえでは、日本再生は不可能である。

大地震と津波、原発事故で政府も自治体も機能しないときに、避難所を誰が運営するのか。東北の被災地では、ごくの当たり前のように、まちのリーダーが避難所を運営し、少ない物資をみんなが納得できるように分け合った。そうしたまちのリーダーが、地域復興のリーダーでもあり、産業再建の先頭にも立っている。復興資金も国だけに頼るのではなく、民間資金、マイクロクレジットの知恵(*)も活用されている。

(*例えば セキュリテ被災地応援ファンドhttp://oen.securite.jp/)

東京23区ならどうなるか。役所や区議に文句や不平を言う人は山のようにいるだろうが、いったい避難所を運営できるところがどれだけあるか。避難所の運営すら役所にお任せ、というのは文字通り、依存と分配の心臓部だろう。こういうところでは、少しでも「余裕」があれば、他人を押しのけてでも、我さきにと逃げ出すものが続出するだろう。

あるいは、非常時に避難所を誰が運営するんですか、役所は避難所の中のことまでやってくれませんよ、と問題提起されれば、自分たちのなかで課題出しをし、話し合いを進めようとなる地域なのか。

こうした地域の力、自治の力を抜きにして、復興も日本再生もありえない。依存と分配に戻すのではなく、3・11以前の「当たり前」に戻すのではなく、自治の力での地域再生、日本再生へと転換していけるか、その正念場である。

例えていえばこうだ。高台にコンパクトシティーを造った、世界に冠たるエコシティー、スマートシティーを造った、でも過疎化はさらに進んだ。あるいは津波が来ても大丈夫な最新の漁港を造った、でも漁業の後継者はさらに減った。こういう轍を踏んではならない、ということである。

九五年の阪神大震災で大きな被害をうけた神戸市長田地区では、区画整理を進めて大きなビル群を建てたが、大規模商業施設にはテナントが入っておらず、街に活気があるとはとてもいえない。ケミカルシューズの製造拠点だったこの地区の多くは、家内工業だ。製造機械を失い、分散して住むことを余儀なくされた人々は困窮するか、生活保護に頼らざるをえなくなった。防災のための道路と公園を確保して、バラックを許容してシューズ製造を再開していれば、仕事を続けることができたかもしれない。バラックから中層の耐火住宅へ、順次移っていけばよかっただけだ。

九三年の奥尻島地震では、巨額の費用を投じて防潮堤や人工地盤を造ったが、漁協組合員は半分以下に、島の人口も三割以上減った。残ったのは町財政を圧迫する負担だけである。こうした轍を踏んではならない。

阪神、奥尻と違い、今回は日本が人口、国力ともに明確にピークアウトし、右肩上がりから右肩下がりの逆回転に入った時代、いわば「凌ぎ」の時代である。新幹線を引いた、でもさらに人は都会に出ていった。高速道路を通した、でも人もカネもさらに素通りしていくようになったという、これまでも繰り返されてきた構造に終止符を打ち、転換できるかどうか。それが東日本復興の課題にほかならない。

依存と分配に戻すのではなく、自治の力での地域再生、日本再生へと転換していく、その舞台が始まっている。

(以下、「日本再生」386号へ続く)

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「囲む会」のご案内

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●第100回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】

7月7日(木)18時30分  「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

「自治の力で復興を主導する」

ゲストスピーカー 久野晋作・我孫子市議、川田虎男・前日高市議、藤田憲彦・衆院議員

参加費 同人2000円 購読会員3000円(お弁当つき)

*震災復興は、被災地はもとより支援する側にも、自治力が試されます。現地で活動してきた同人の報告を交えて、自治の力で復興を主導するための諸問題について、議論します。

【ボランティア・ツアーもあります】

*「地球の歩き方」

http://www.arukikata.co.jp/volunteer/kokunai/higashi-nihon01a.html

*「東北トラベル」(朝日新聞日曜版 6/26に紹介された山口スティーブさんの会社。スタンフォード大学→東大で「自民党政治」を研究。三菱商事勤務の後、山形の地域ゼネコンのお嬢様と結婚。結婚の条件は日本国籍をとることと家業を継ぐこと。依存と分配の現場を間近で経験し、退職金が払えるギリギリのところで建設業を廃業。「あるものみがき」のツーリズムを起業したという)

http://www.traveltohoku.co.jp/?p=2433

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

http://www.ganbarou-nippon.ne.jp

TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333