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メルマガ♯がんばろう、日本!         №166(12.10.29)

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「がんばろう、日本!」国民協議会

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▼Index 

政権交代後の民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換 

変化のクサビは打ち込まれた。それをどう生かすかは、私たちの問題だ。

● 「政権交代にはガッカリだ」って、誰が言っているの?

● 何が大切か、落ち着いて考える  移行プロセスでの民主主義のバージョンアップ

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【「政権交代にはガッカリだ」って、誰が言っているの?】

 「政権交代したのに、これじゃガッカリだ」という人が多いといわれる。既存政党への失望や不信感が、維新の会などの「グレートリセット」に対する期待となっている、ともいわれる。本当にそうなのか。

 政権交代で日本の政治が大きく変わる、という期待が高かったのは事実だろう。しかし民主主義が独裁と違うのは、権力者が「こうだ」というだけで、制度や仕組みが変わるのではない、という点だ。主権在民とは、特定の権力者ではなく国民が決定権を持つということ。だから「決める」ためには、異なる意見や対立する利害を調整して、「みんな」とまではいかなくても、多数が納得する合意を形成するという、面倒で手間のかかるプロセスが不可欠だ。それをすっ飛ばして「何でもいいから誰か、強いリーダーが決めてくれ」と、民主主義を放棄するのか。

「自分の一票で政権が代わる」ことを実感できなかったときには見えなかった、政権交代後の民主主義の課題を前にして、一度選んだらあとはお任せ、面倒な決定過程は他人任せで、結果には文句を言うという、依存と分配のフォロワーにとどまるのか。それとも民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換を「引き受ける」のか。「政権交代にはガッカリだ」だけでは、主権者としての努力が足りないのではないか。

政権交代のメリットが実感できないって?

 例えば、原子力やエネルギー政策が大きく方向転換したことは間違いない。確かに民主党政権にはミスも失策もあるが、自民党政権だったら、はたしてここまで転換できただろうか(自民党は原発について、将来の方向性としても示していない)。原発に依存した従来のエネルギー政策(依存と分配の政策)を大きく方向転換しえたのは、(これまで密室で決められていた)決定過程をオープンにし、公共政策の決定にはじめて国民的議論を反映させたからだ。それによって原発のコストやリスク、脱原発のコストやリスクも含めて、「誰かに決めてもらう」のではなく、自分たちの問題として決める、という意識が国民の間に生まれてきた。このメリットを実感できないって?

 脱原発は政府が「原発ゼロ」を決めればそれで済む、というものではない。社会経済システム、国民生活全般に大きく係わる以上、社会的なコンセンサスを繰り返し、それを積み重ねていかなければならない。「そうでなければ、たとえ今、脱原発依存を宣言しても、選挙で政権が変われば、その決定は数年もしないうちに、たやすく覆される可能性がある。(脱原発依存を郵政改革にするな)」(枝野幸男「叩かれても言わなければならないこと」)。このプロセスに継続的に参加せずに、「骨抜きになった」と文句を言うだけでは、脱原発はスローガンに終わってしまう。それでいいのか?

 東北の被災地の復興が「遅い」と批判される。被災した人々からすれば、その通りだろう。しかし今回の復興が阪神大震災をはじめとするこれまでの復興と大きく異なる点は、震災前から人口減・高齢化、第一次産業の衰退などに喘いでいた地域を、「凌ぎの時代」の持続可能な地域へと作り変える(「単なる復旧ではない」といわれる所以)という点である。これはプロセス、手法においても地域の自治、参加に根ざしたものでなければならない。みんなで合意を形成するには、手間も時間もかかる。それをすっ飛ばして「誰かに決めてもらう」では、立派な堤防も漁港もできたが担い手はいなくなった、ということになってしまう。自治や参加の新たな歩みに、主権者として伴走しようではないか。

 復興予算が被災地以外にも使われている、民主党政権はメチャクチャだって?

 たしかに「こんなものに」というところに復興予算が使われている事例はある。それについては国会で追及すべきだろう(委員会を速やかに開催しなかった与党の責任は大きい)。しかしそもそもこの予算は野党も賛成して国会で通したものだ。本当に復興に寄与する予算なのかどうか、精査するのは国会の役割であるはずだ。予算委員会で何を議論していたのか。

もぐら叩きのように目の前のことを追及するだけではなく、そろそろ問題を解決するための議論に移るべきではないか。今回の問題が明るみになったのは政権交代後、事業仕分けで各省の事業評価シートが導入されたおかげである。国民の目が届くための、小さな一歩は始まっている。それをどう生かしていくか、そのために智恵を絞るほうが、「任せて文句を言う」よりも、ずっと大切なことではないか。

ほかにも一括交付金化など、依存と分配から方向転換するためのクサビは、確実に打ち込まれている(「日本再生」402号12―14面 関西政経セミナー参照)。それをさらに生かすのか、それとも「ガッカリだ」と文句を言うだけで終わるのか。既存政党やら新党やらを、次期総選挙でどちらの土俵に乗せていくか。それは私たち主権者自身の問題だ。

【何が大切か、落ち着いて考える 移行プロセスでの民主主義のバージョンアップ】

 政権交代で私たちが求めた政治の転換とは、「あれも、これも」という依存と分配の政治から、「あれか、これか」「何をあきらめるか」という選択の政治への転換だ。戦後日本の延長線上での「変える」や「ぶっ潰す」の道は、3.11で最後通牒を突きつけられた。

「3.11であらわとなった、時代と社会のひずみを解消するという“敗戦処理”をしながら、その向こうに新しい時代をつくりたい」(枝野幸男 前出)ということが、民主党政権が背負った歴史的役割だといえる。

「民主党マニフェストでやろうとしたことは、極めて野心的だったのではないかと思うんです。一言でいえば社会構造を変えようとしたわけですが、そのためには移行プロセスにも責任を持たなければなりません。~『コンクリートから人へ』にしても、環境・エネルギー政策にしても、そうした転換が人々の不安を呼び起こすことも事実です。それが政策に対する反発や、うまくいかなかったときの批判という形になるわけです。しかしそういうことを恐れて後退してしまっては、社会の変化についていけなくなるわけで、やはり野心的な転換であればあるほど、社会構造の変化をきちんと見据えて、新しい方向を示す必要があります」(諸富徹・京都大学教授 402号 14面関西政経セミナー参照)

一方で役割を終えたものをたたみながら、他方で新しいものを立ち上げていく。こうした移行プロセスをどうマネージしていくか、そこにおけるフォロワーシップの転換には何が求められるのか。政権交代の総括には、こういう問題設定が不可欠になる。

「原発はやめなければならない。しかし他方で、やめ方を間違えてはいけない。ただ、危ないから早くやめようと言うだけなら、それは政治ではない。どうやったら確実にやめられるのか。それを考えて、そこに一歩でも近づけるのが政治の責任であり義務である」(枝野幸男 前出)

政権交代したのは、民主党に政権担当能力があったからではない。民主党に政権担当能力があるかといえば、大いに疑問符がつくだろう。しかし同時に移行プロセスに求められる政権担当能力は、政権交代を前提としていないときの政権担当能力とはまったく別ものである。

「今回政権を担ったことで、民主党は大きな壁にぶつかったり、障害に直面したりしたわけですが、ここから移行期のマネジメントというものをどれだけ学習できたのか。右肩上がりの成長で人口が増えていく時代における政策マネジメントより、人口が減少していき、いろいろな意味で『たたみ方』をどうするか、というマネージのほうが、やはり難しいと思うんです。政権を担ったことによって、そういう部分をはじめて学習できたのではないか。これは、これまでの(右肩上がりの時代の)政権運営にはない経験です」(諸富 前出 ()は引用者)

 「たたみ方」をどうするかというマネジメント、「何をあきらめるか」を合意するプロセス、利益の分配ではなくリスクと負担を分かち合う民主主義。こうした民主主義のバージョンアップとフォロワーシップの転換にかかわる試行錯誤の教訓、学習をどのようにそれぞれの持ち場で集積してきたのか。そこから政権交代後の三年間を総括、検証しよう。

 「たたみ方「立ち上げ方」という、移行プロセスの論理が使えなければ、この三年間の検証は「○か×か」「できたか、できていないか」だけの視点になる。これでは「脱原発への移行プロセス」を議論できないことは明らかだ。

 民主主義では少数意見にも意思表示の自由がある。同時に民主主義は多数の合意形成であることが決定的だ。デモをする権利はあるが、それで官邸に乗り込んで主張を認めさせる、というのは民主主義ではない。多様な意見、対立する意見を合意形成にまで持っていくには、討議―熟議が不可欠になる。移行プロセスに必要なのは、この熟議のプロセスでもある。

 熟議のためにはお互いの主張をぶつけ合うだけではなく、「何が大切か、落ち着いて考える」ための環境と材料、それを作り出す活動が必要だ。「代議制民主主義の場合には、輿論、民意を形成する型を持っていないと、声の大きいところ―業界団体とか専門家だけで決めることになります。これではヘルプの政策にしかなりません。つまり主権在民というのは―議員も含めて―俗論、世論(セロン)から、輿論(ヨロン)を作っていくという型を持たないとダメなんです。そのための、言論活動の型を持たなければならない。言論というのは、議論を通じて世論を輿論へと収斂していく活動空間です」(戸田代表 402号11面参照)。

 受益者市民―依存と分配のフォロワーシップのリアルでポジティブなたたみ方、主権者市民のフォロワーシップのリアルでポジティブな立ち上げ方―その実践的糸口、教訓をどこまで集積して、次期総選挙を準備できるか。自治の現場での教訓と集積を、移行プロセスの新たな政治回路へと開花させていこう。ドンチャン騒ぎは早めに卒業して、何が大切か、落ち着いて考えるための主権者の場づくりを着実にすすめよう。

(以上は、11/3総会の趣旨でもあります。)

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◆第七回大会 第二回総会

11月3日(土・祝)10時より18時

「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会

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TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333