2013.4.4「チーム白川」事務局
第114回タウンミーティング報告書
      
●テーマ 3月議会報告:白川議員 
【平成25年度予算案の審議結果】
・予算総額は3年連続で史上最高額を更新した1,564億円になっている。
(一般会計:834億円、特別会計:615億円、病院事業会計:115億円)
・収入があれば構わないが、越谷市税の収入が減少しているにも拘らず増予算になっていることが問題である。下記の理由により、議会で反対意見を述べて、私を含む10名の議員が予算案に反対票を投じた。予算案にこれだけの反対票が出たことはこれまでなかったことだが、賛成票を投じた会派が、議会で賛成意見を述べていないことは、市民に開かれた議会とは言えず、最低限説明責任は果たすべきである。
<少子高齢化の実態:「高齢のひとり親と中高年の息子・娘」>
・「長寿命化」と「交際している異性がいない若者の増加が進んでおり、『75才以上のひとり親と子』世帯が2035年には131万世帯に倍増する。背景には、年金受給者の年収(277万円)に満たない所得(200万円前後)の若者が多くなっている社会情勢がある。
<越谷市の負債残高は改善されていない>
・市長はH16年⇒H25年で越谷市の負債総額が1,447億円⇒1,191億円に減少したことを強調している。確かに普通債は530億円⇒308億円に減少しているが、これは臨時財政対策債(126億円⇒341億円)に回ったに過ぎず、1,000兆円を超える負債を抱えた国から返却される見通しは立っていない。問題は、どちらも市民の借金であり、返済は市民が行うのだという事である。
<中核市移行と市庁舎の建設、耐震化>
・人口が減少する時代は、行政機構を縮小して機能を維持する知恵と工夫が求められる。行政の広域化はその役割を担うものだが、中核市への移行にはそのような効果が意図されていない。第3庁舎建設(20億円)も、本庁舎耐震化対策(60~80億円)も広域化の関係性や、市民への説明と合意がなされないまま進行していることが問題である。
【質疑応答】
Q:中核市になる理由が、越谷に保健所を持ってくること以上の説明がない。であれば、現状のスキームのままで金をかけずにやった方が良いのではないか。
A:行政の縮小化が求められる時代、例えば春日部の保健所を機能強化して広域化活用することが考えられるが、そのような検討は行われていない。今後の課題である。
Q:医療費が赤字になっているのに、小・中学生の医療費を無料化して税金を回すことは市民に新たな負担を強いるだけではないのか。
A:小・中学生が何時でも医療を受けることが出来るという安心感ができるメリットはあるが、モラルハザードを引き起こす要因にもなることが指摘されている。乳幼児を抱えた母親にとって夜中の子供の体調急変は不安感が募るが、共同体の中で培った年長者の知恵があれば不安感が払拭される。すべてを病院に任せるのではない共同体のコミュニケーション作りが求められる。
Q:予算編成のどの過程で歳入と歳出のバランスを考える財政規律が持ち込まれるのか。
A:自治体は出入りのバランスが求められるため、財政を担当する課長クラスの所である。国は大臣に最終責任があるのだが、ほとんどが要求大臣になっているため1,000兆円を超える借金に歯止めがかからない。市議会においても出入りのバランスを問う議論わずかしか行われていない。予算特別委員会をライブ中継してそこでどのような議論がなされているか市民に知ってもらう必要がある。

●越谷市のブランド化って何?:参加者による討議
・ブランド化は二つの路線で進められている。一つは越谷市が認定した12品目(食品)の『こしがやブランド認定品』の品名・写真・価格・販売場所(地図)が市のホームページに紹介され、JA越谷市農産物直売所「グリーン・マルシェ」と「ふれあいファーム」で直売されている。もう一つは越谷市の都市農業振興策として進めている『いちご観光農園』への取り組みである。
・後者は、越谷市が儲かる農業が展開できる地域である利点を生かし、①越谷農業技術センターの研究蓄積を活用する、②農業就農者を育成するための研修制度の導入(15万円/月の研修手当支給)、③集団的いちご観光農園の整備(H25年度予算に事業費2.5億円計上、温室・1,260m2×8棟を建設し事業者に貸与する)という取り組みであり、いちご狩りと同時にいちごの加工・流通化を目指している。ここでの特徴は、農園に来た人が店舗で買って食べるいちごと違った楽しさを体験していることであり、来園後に他の店舗で食事や買い物をすることで越谷市にお金を落としていくという波及効果が期待できる。
・ブランド化に対して今求められているものは販売拡大、高付加価値化、地産地消だけではなく、地域とどのようにかかわり、一緒に暮らしていくのか(社会を作り上げていくのか)を目指す事にあり、単体で作り上げていくものではない。

・次回のタウンミーティング(4/20)はいちご農園で行い、「いちご狩り」の楽しさを体験してみる。

●体罰的指導は、目的達成の手段として有効か?:参加者による討議
・柔道連盟の女子オリンピック選手への体罰、自殺した大阪桜宮高校バスケット部主将への体罰が社会問題として取り上げられている中で、私達が自分の体験から体罰の問題をどう考えているのかについて話し合った。
<体罰的指導に対する意見・評価>
・自分たちの若い頃、クラブ活動では上級生からの鉄拳制裁が当たり前のこととして行われており、そのことによって成長したと考えている。
*しつけを行うことと、技術力を伸ばすこととは異なるものであり、分けて考えるべきではないか。
*運動部で鍛える・しごく、ということと体罰を加えるということに違いがあるのではないか。私的な感情からの体罰は、受けた側に私恨を残してしまい効果的な方法とは言えない。
・学級崩壊が起きている小学校の父親参観において、学校の状況を聞いた父親の殆どが「先生は少々の暴力を使ってもいい」という意見であった。一方で母親の方からは、何割かの人が「先生が生徒に手を出してはならない」という意見であった。
・人が社会生活を行っていくためには、社会的なルールを身に付けることが不可欠であり、そのための強制力があってもいいのではないか。
*子供の成長過程によって、使い分けるべきではないか。幼児期には親が体で止めなければならないことが多々あると思うが、子供の成長と共に言葉で納得させることが求められるのではないか。
<体罰的指導が生まれる背景、その対応策>
・体罰が行われている現場では、そのことを仲間・友人は知っているが、批判する意見を誰も言わず見て見ぬ振りをしているため、関係者以外の目に触れない。いじめと同様に、それを言うと自分が同じ目に合うことが怖いから黙っている。この意識構造は何も教育の現場だけではなく、会社や自治会、様々な社会活動の場、そして議会でも同様であり、理不尽・不条理を目の前にした時、小さき正義感を発揮できない戦後日本社会の問題点がある。
・地域共同体が崩壊し、教室・家庭が崩壊している中で、規律を守った行動で社会を運営して行くための過渡的な手段として、体罰的方法はやむを得ない側面がある一方で、それを批判する意見がある。その現状を踏まえて、オープンな場で双方の意見を戦わせて議論することが、問題解決の土俵作りになるのではないか。
以上